特許第6115776号(P6115776)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6115776
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】パーソナルビークル
(51)【国際特許分類】
   A61G 5/04 20130101AFI20170410BHJP
【FI】
   A61G5/04 708
   A61G5/04 703
【請求項の数】5
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2013-155586(P2013-155586)
(22)【出願日】2013年7月26日
(65)【公開番号】特開2015-24016(P2015-24016A)
(43)【公開日】2015年2月5日
【審査請求日】2016年4月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】アイシン精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081776
【弁理士】
【氏名又は名称】大川 宏
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 努
【審査官】 中村 泰二郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−193939(JP,A)
【文献】 特開2004−120875(JP,A)
【文献】 特開昭59−017807(JP,A)
【文献】 特開2013−001229(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61G 5/04
B60L 15/00−15/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と、前記車体の左右に設けられた左駆動輪及び右駆動輪と、前記車体の走行に関する指令信号を入力する操作部と、前記左駆動輪及び前記右駆動輪を独立して回転駆動する駆動部と、前記左駆動輪及び前記右駆動輪の実回転数を検出する回転数検出部と、前記指令信号ならびに前記左駆動輪及び前記右駆動輪の実回転数に基づいて前記駆動部を制御する制御部と、を備えたパーソナルビークルであって、
前記車体のヨー軸周りの角速度であるヨー角速度を検出する車体角速度検出部と、前記車体がロール軸周りに回転して傾斜したときのロール角を検出するロール角検出部と、をさらに備え、
前記制御部は、
前記指令信号に基づいて、前記車体が前記ヨー軸周りに回転する目標車体角速度、及び前記車体が直進する目標直進速度を設定する指令値設定手段と、
前記目標車体角速度と前記ヨー角速度との差分を用いた所定の制御則に基づいて前記目標車体角速度を補正するフィードバック補正手段と、
前記フィードバック補正手段によって補正された後の目標車体角速度及び前記目標直進速度に基づいて前記左駆動輪及び前記右駆動輪の目標回転数を演算する目標演算手段と、
前記左駆動輪及び前記右駆動輪の目標回転数ならびに前記左駆動輪及び前記右駆動輪の実回転数に基づいて前記駆動部の駆動力を制御する駆動制御手段と、
走行を開始する際に前記ロール角検出部が前記車体の傾斜を検出すると機能して、前記左駆動輪及び前記右駆動輪を前記傾斜の上側の山側車輪及び前記傾斜の下側の谷側車輪に判別し、前記駆動制御手段の制御開始時期を前記谷側車輪よりも前記山側車輪で遅らせあるいは前記駆動制御手段の制御作用を前記山側車輪で制限して、前記山側車輪及び前記谷側車輪が概ね同時に回転し始めるように制御する走行開始制御手段と、を有するパーソナルビークル。
【請求項2】
前記走行開始制御手段は、前記駆動制御手段の前記谷側車輪に対する制御開始時期を基準として、前記ロール角の大きさに対応した遅延時間だけ前記駆動制御手段の前記山側車輪に対する制御開始時期を遅らせる山側遅延制御手段を含む請求項1に記載のパーソナルビークル。
【請求項3】
前記走行開始制御手段は、前記駆動制御手段の前記谷側車輪に対する制御開始時期が過ぎてから前記回転数検出部が前記谷側車輪の回転開始を検出するまで、前記駆動制御手段の前記山側車輪に対する制御開始時期を遅らせる山側追従制御手段を含む請求項1に記載のパーソナルビークル。
【請求項4】
前記走行開始制御手段は、前記駆動制御手段の前記谷側車輪に対する制御開始時期が過ぎてから前記回転数検出部が前記谷側車輪の回転開始を検出するまで、前記駆動制御手段が制御する前記山側車輪の駆動力を小さく制限する山側駆動力制限手段を含む請求項1に記載のパーソナルビークル。
【請求項5】
前記駆動部は前記左駆動輪及び前記右駆動輪をそれぞれ回転駆動する2台のモータを含み、
前記山側駆動力制限手段は、前記回転数検出部が前記谷側車輪の回転開始を検出するまで、前記山側車輪を回転駆動するモータに印加する駆動電圧の時間増加率を小さく制限する請求項4に記載のパーソナルビークル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電動車いすなどのパーソナルビークルに関し、より詳細には、カント走行を開始するときに発生しがちな片流れを軽減したパーソナルビークルに関する。
【背景技術】
【0002】
電動車いすなどのパーソナルビークルが傾斜している路面を横切る方向に直進走行(カント走行)する際に、路面の傾斜がきつく車体のロール角(左右方向の傾斜角)が大きいと片流れの問題が生じやすい。すなわち、直進走行するように乗員が操作部を操作しているにもかかわらず、車体が動き始めるときに谷側(傾斜下側)に向かって進む片流れが発生しがちである。片流れの要因として、旋回モーメントの発生、および左右の駆動輪が分担する荷重の不均衡の2点が考えられる。
【0003】
詳述すると、左右の駆動輪の回転中心を結ぶ車軸に対して車体及び乗員を含んだ総荷重の重心が前後方向に偏移していると、旋回モーメントが発生する。例えば、車軸に対して重心が前側に偏移していると、重心に作用する荷重(重力)を傾斜路面に垂直な成分と傾斜下側に向かう成分とに分解して考えた場合に、傾斜下側に向かう成分は車軸を谷側に旋回させる旋回モーメントを発生させる。この旋回モーメントは、重心と車軸との前後方向距離に概ね比例して変化する。したがって、旋回モーメントにより、パーソナルビークルの進行方向は、谷側(傾斜下側)に向かいがちになる。
【0004】
また、車体のロール角や乗員の着座姿勢に依存して左右の駆動輪が分担する荷重が不均衡になると、大きな荷重を分担している側の駆動輪が動き始める発進トルクは他側よりも大きくなる。また、カント走行開始時の発進トルクの左右差は、カント走行中の走行トルクの左右差よりも大きくなる。このため、一般的には分担する荷重の小さい山側の駆動輪が先に回転し始める場合が多い。これにより、パーソナルビークルの発進方向が傾斜路面を横切る方向から谷側に向かう方向へ片流れしがちになる。
【0005】
本願出願人は、上記したカント走行時の片流れの問題を軽減したパーソナルビークル制御装置を特許文献1に開示している。特許文献1のパーソナルビークル制御装置は、パーソナルビークルがカント走行するにあたり、パーソナルビークルのロール角が大きい場合であっても、操作部が直進するように操作されている限り車体のずり落ちが抑制され、パーソナルビークルの直進走行性が確保されるように制御する制御部を備えている。具体的に、特許文献1では、車体のロール角及びヨー角に関する物理量を検知するためのセンサを備える。そして、制御部は検知されたロール角をもとにしたフィードフォワード項で目標車体角速度指令値を補正して左右の駆動輪にトルク差を与える。これにより、カント走行開始時の車体の片流れを軽減することができる。つまり、発進トルクの左右差の要因に対して、ロール角をもとにしたフィードフォワード制御で対応している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−193939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、特許文献1の技術で、車体のロール角に応じて予め目標車体角速度をフィードフォワード補正している。しかしながら、乗員の体重の軽重の影響や総荷重の重心位置の変化の影響を考慮したソフトウェアや実機の微調整が必要となり、そのためのコストアップなどが課題となっている。
【0008】
また、特許文献1の技術では、ロール角及びヨー角を検知するセンサとして複数のセンサ、例えば加速度センサ及びジャイロセンサを併用する。さらに走行開始時だけでなく、走行中もロール角によりフィードフォワード補正を行うので、ロール角を常時高精度に検出する必要が生じる。このため、走行中の遠心力の影響を取り除く補正処理や、センサの取付け位置の影響を取り除く補正処理などが複雑化し、パーソナルビークルのコストアップが問題となっている。
【0009】
本発明は、上記背景技術の問題点に鑑みてなされたものであり、カント走行開始時に左右の駆動輪が概ね同時に回転し始めるように制御することで片流れを軽減したコスト低廉なパーソナルビークルを提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明のパーソナルビークルは、車体と、前記車体の左右に設けられた左駆動輪及び右駆動輪と、前記車体の走行に関する指令信号を入力する操作部と、前記左駆動輪及び前記右駆動輪を独立して回転駆動する駆動部と、前記左駆動輪及び前記右駆動輪の実回転数を検出する回転数検出部と、前記指令信号ならびに前記左駆動輪及び前記右駆動輪の実回転数に基づいて前記駆動部を制御する制御部と、を備えたパーソナルビークルであって、前記車体のヨー軸周りの角速度であるヨー角速度を検出する車体角速度検出部と、前記車体がロール軸周りに回転して傾斜したときのロール角を検出するロール角検出部と、をさらに備え、前記制御部は、前記指令信号に基づいて、前記車体が前記ヨー軸周りに回転する目標車体角速度、及び前記車体が直進する目標直進速度を設定する指令値設定手段と、前記目標車体角速度と前記ヨー角速度との差分を用いた所定の制御則に基づいて前記目標車体角速度を補正するフィードバック補正手段と、前記フィードバック補正手段によって補正された後の目標車体角速度及び前記目標直進速度に基づいて前記左駆動輪及び前記右駆動輪の目標回転数を演算する目標演算手段と、前記左駆動輪及び前記右駆動輪の目標回転数ならびに前記左駆動輪及び前記右駆動輪の実回転数に基づいて前記駆動部の駆動力を制御する駆動制御手段と、走行を開始する際に前記ロール角検出部が前記車体の傾斜を検出すると機能して、前記左駆動輪及び前記右駆動輪を前記傾斜の上側の山側車輪及び前記傾斜の下側の谷側車輪に判別し、前記駆動制御手段の制御開始時期を前記谷側車輪よりも前記山側車輪で遅らせあるいは前記駆動制御手段の制御作用を前記山側車輪で制限して、前記山側車輪及び前記谷側車輪が概ね同時に回転し始めるように制御する走行開始制御手段と、を有する。
【0011】
上記したうちのヨー角速度と目標車体角速度とは、同じ次元を有する量である。本明細書では、検出されたヨー角速度と制御目標にする目標車体角速度とで用語を使い分けることにより明瞭化を図っている。ヨー角速度は、検出車体角速度と言い換えてもよい。
【0012】
さらに、前記走行開始制御手段は、前記駆動制御手段の前記谷側車輪に対する制御開始時期を基準として、前記ロール角の大きさに対応した遅延時間だけ前記駆動制御手段の前記山側車輪に対する制御開始時期を遅らせる山側遅延制御手段を含むことでもよい。
【0013】
また、前記走行開始制御手段は、前記駆動制御手段の前記谷側車輪に対する制御開始時期が過ぎてから前記回転数検出部が前記谷側車輪の回転開始を検出するまで、前記駆動制御手段の前記山側車輪に対する制御開始時期を遅らせる山側追従制御手段を含むことでもよい。
【0014】
また、前記走行開始制御手段は、前記駆動制御手段の前記谷側車輪に対する制御開始時期が過ぎてから前記回転数検出部が前記谷側車輪の回転開始を検出するまで、前記駆動制御手段が制御する前記山側車輪の駆動力を小さく制限する山側駆動力制限手段を含むことでもよい。
【0015】
さらに、前記駆動部は前記左駆動輪及び前記右駆動輪をそれぞれ回転駆動する2台のモータを含み、前記山側駆動力制限手段は、前記回転数検出部が前記谷側車輪の回転開始を検出するまで、前記山側車輪を回転駆動するモータに印加する駆動電圧の時間増加率を小さく制限することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、走行開始制御手段は、走行を開始する際にロール角検出部が車体の傾斜を検出すると機能して、左駆動輪及び右駆動輪を山側車輪及び谷側車輪に判別し、駆動制御手段の制御開始時期を谷側車輪よりも山側車輪で遅らせあるいは駆動制御手段の制御作用を山側車輪で制限する。これにより、カント走行開始時に山側車輪及び谷側車輪の駆動力の発生タイミングに差を与え、あるいは山側車輪と谷側車輪との間にトルク差を与えて、山側車輪が先に回転し始めるのを抑制できる。したがって、ロール角が変化しても左右の駆動輪が概ね同時に回転し始めるように制御することが可能になり、パーソナルビークルの谷側への片流れを軽減できる。
【0017】
加えて、本発明では、走行開始時のロール角を検出できればよく、走行途中はロール角を検出する必要は無い。したがって、特許文献1と異なり、走行中の遠心力の影響を取り除く補正処理、及びセンサの取付け位置の影響を取り除く補正処理を簡略化でき、コスト低廉なパーソナルビークルを提供できる。
【0018】
さらに、走行開始制御手段が山側遅延制御手段を含む態様では、ロール角の大きさに対応した遅延時間だけ山側車輪及の駆動力の発生タイミングが谷側車輪より遅延する。したがって、山側車輪が先に回転し始めるのを遅延時間にわたって確実に抑制でき、パーソナルビークルの谷側への片流れを軽減できる。
【0019】
また、走行開始制御手段が山側追従制御手段を含む態様では、谷側車輪が回転し始めたことを確認してから山側車輪の駆動力を発生させるように追従制御する。したがって、山側車輪が先に回転し始めるのを確実に抑制でき、パーソナルビークルの谷側への片流れを軽減できる。
【0020】
また、走行開始制御手段が山側駆動力制限手段を含む態様では、谷側車輪が回転し始めるまで、山側車輪の駆動力を小さく制限する。したがって、山側車輪が先に回転し始めるのを確実に抑制でき、パーソナルビークルの谷側への片流れを軽減できる。
【0021】
さらに、山側駆動力制限手段が山側車輪を回転駆動するモータに印加する駆動電圧の時間増加率を小さく制限する態様では、谷側車輪が回転し始めるまで山側車輪の駆動力を小さく制限し、かつ、谷側車輪が回転し始めた後は速やかに山側車輪の駆動力を増加させることができる。したがって、パーソナルビークルの谷側への片流れを軽減でき、かつ、円滑な発進を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】第1実施形態のパーソナルビークルである電動車いすの全体構成を示す背面図である。
図2】電動車いすの駆動系及び制御系の構成を説明する構成ブロック図である。
図3】電動車いすの走行制御を行う制御部の制御ブロック図である。
図4】第1実施形態の制御部のうちの山側遅延制御部の詳細ブロック図である。
図5】傾斜路面を横切る方向にカント走行する電動車いすのロール角θを示した背面図であり、(A)はロール角θが正値の場合、(B)はロール角θが負値の場合を示している。
図6】第1実施形態の山側遅延制御部を有する制御部を備えた電動車いすのカント走行実験の実験結果を示す図である。
図7】山側遅延制御部を有さない従来制御技術を用いた比較実験の実験結果を示す図である。
図8】第2実施形態の電動車いすの走行制御を行う制御部の制御ブロック図である。
図9】第2実施形態の制御部のうちの山側追従御部の詳細ブロック図である。
図10】第2実施形態の山側追従制御部を有する制御部を備えた電動車いすのカント走行実験の実験結果を示す図である。
図11】第3実施形態の電動車いすの走行制御を行う制御部の制御ブロック図である。
図12】第3実施形態の制御部のうちの電圧増加率調整部の詳細ブロック図である。
図13】第3実施形態の電動車いすを用いてカント走行実験を行ったときに、左右のモータに印加された駆動電圧を実測した波形図である。
図14】第3実施形態の電動車いすのカント走行実験の実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の第1実施形態のパーソナルビークルについて、図1図5を参考にして説明する。第1実施形態のパーソナルビークルは電動車いす1であり、まず、その全体構成について説明する。図1は、第1実施形態のパーソナルビークルである電動車いす1の全体構成を示す背面図である。電動車いす1は、車体2、左駆動輪3L及び右駆動輪3R、操作ユニット4、左駆動ユニット5L及び右駆動ユニット5R、ならびに左荷重センサ81L及び右荷重センサ81Rなどで構成されている。
【0024】
車体2は、左右対称形状をしている。車体2は、左側面部21L及び右側面部21R、着座部22A、背もたれ部22B、左アームレスト23L及び右アームレスト23R、左フットレスト24L及び右フットレスト24R、ならびに左転倒防止バー25L及び右転倒防止バー25Rなどからなる。左側面部21L及び右側面部21Rは、離隔平行して垂直に配置され、X字状に交差する2本の結合部材211、212によって結合されている。着座部22Aは、左側面部21L及び右側面部21Rの略中間高さ位置に配設されて、左側面部21Lから右側面部21Rまで概ね水平に架け渡されている。背もたれ部22Bは、着座部22Aの後縁から上方に延在して、左側面部21Lから右側面部21Rまで架け渡されている。背もたれ部22Bの後ろ側には、走行用電源及び制御用電源を兼ねるバッテリ29が2分割されて配設されている。
【0025】
左側面部21L及び右側面部21Rの上端後部から後方に延出するように、左ハンドル部27L及び右ハンドル部27Rが配設されている。左アームレスト23L及び右アームレスト23Rは、左側面部21L及び右側面部21Rの上方寄りの外側から左右両側に略水平に張り出すように配設されている。左フットレスト24L及び右フットレスト24Rは、左側面部21L及び右側面部21Rの下方寄りの内側から前方に延出するように配設されている。
【0026】
左転倒防止バー25L及び右転倒防止バー25Rは、左側面部21L及び右側面部21Rの下端から後方に延出するように配設されている。左転倒防止バー25Lの後端には左後輪26Lが設けられ、右転倒防止バー25Rの後端には右後輪26Rが設けられている。左側面部21L及び右側面部21Rの外側の下方の後方寄りに、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rが設けられている。左駆動輪3Lの車軸は左側面部21Lによって回転可能に軸承され、右駆動輪3Rの車軸は右側面部21Rによって回転可能に軸承されている。左駆動輪3L及び右駆動輪3Rの着地点の間隔はトレッドTである。左側面部21L及び右側面部21Rの外側の下方の前方寄りに、図1には見えない左前輪及び右前輪が回転可能に設けられている。
【0027】
右アームレスト23Rの上面の前方寄りに、概ね直方体形状の操作ユニット4が配設されている。操作ユニット4は、その上面から突出したジョイスティック41を有している。左側面部21L及び右側面部21Rの後ろ側の着座部22Aよりも少し低い位置に、概ね直方体形状の左駆動ユニット5L及び右駆動ユニット5Rが配設されている。左駆動ユニット5Lは左駆動輪3Lの車軸に臨んでおり、右駆動ユニット5Lは右駆動輪3Rの車軸に臨んでいる。
【0028】
乗員は、着座部22Aに着座して背もたれ部22Bにもたれかかり、左アームレスト23L及び右アームレスト23Rに足を載せて電動車いす1に乗ることができる。さらに乗員は、右手を右アームレスト23Rに載せてジョイスティック41を操作することができる。また、介護者は、左ハンドル部27L及び右ハンドル部27Rを押動操作して、電動車いす1を移動させることができる。
【0029】
乗員が通常の姿勢で乗車したとき、車体2及び乗員を含んだ総荷重の重心位置は、左駆動輪3L、右駆動輪3R、左前輪、及び右前輪の各着地点を結んだ矩形の内部に位置する。電動車いす1の通常の走行では、左駆動輪3L、右駆動輪3R、左前輪、及び右前輪で総荷重が分担され、左後輪26L及び右後輪26Rは着地されない。左後輪26L及び右後輪26Rは、路面に凹凸があるときや、重心位置が後方に極端に偏移したときに着地して、車体2の後方への転倒を防止する。また、車輪径に関して、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rの有効半径Reが最も大きく、左後輪26L及び右後輪26Rの有効半径が最も小さく、左前輪及び右前輪の有効半径は中間的な大きさである。
【0030】
次に、電動車いす1の駆動系及び制御系の構成について説明する。図2は、電動車いす1の駆動系及び制御系の構成を説明する構成ブロック図である。図示されるように、駆動系及び制御系は、操作ユニット4、左駆動ユニット5L、及び右駆動ユニット5Rで構成されている。左駆動ユニット5Lは主に左駆動輪3Lの駆動及び制御に係わり、右駆動ユニット5Lは主に右駆動輪3Rの駆動及び制御に係わっている。操作ユニット4は、乗員からの指令信号S1を受け取り必要な情報を表示するマンマシンインターフェース機能を備え、指令信号S1に対する演算処理機能を備え、さらに、左駆動ユニット5L及び右駆動ユニット5Rを協調作動させるメインコントロール機能を備えている。
【0031】
操作ユニット4は、前述したジョイスティック41及びメインコントローラ42からなる。ジョイスティック41は、乗員の操作によって任意の方向に傾動する。ジョイスティック41は、乗員の操作を指令信号S1に変換してメインコントローラ42の操作制御部43に入力する。ジョイスティック41が傾動する方向は電動車いす1の進行方向を指令し、傾動角度は走行速度を指令する。つまり、傾動角度が大きいほど電動車いす1は高速で走行する。ジョイスティック41は、車体2の走行に関する指令信号S1を入力する本発明の操作部に相当する。
【0032】
メインコントローラ42は、操作制御部43、操作通信部44、スイッチ45、表示部46、及び操作電源部47で構成されている。スイッチ45は、乗員が操作して速度レンジを設定する部位である。速度レンジは、例えば第1〜第5速度レンジとして、各速度レンジで異なる上限速度に規制することができる。具体的に、例えば、第1速度レンジではジョイスティック41の傾動角度を最大にしたときに時速1kmで走行し、第5速度レンジではジョイスティック41の傾動角度を最大にしたときに時速6kmで走行するように設定できる。表示部46は、設定されている速度レンジや、バッテリ29の蓄電状況などを乗員に向けて表示する。表示する情報は、上記に限定されず、例えば、現在の走行速度をバーグラフで表示してもよい。
【0033】
操作制御部43は、ジョイスティック41からの指令信号S1を受け取り、スイッチ45から速度レンジの設定信号を受け取り、表示部46に表示内容を指令する。また、操作制御部43は、指令信号S1に対する演算処理を行う。操作通信部44は、操作制御部43と他装置とを双方向通信可能に接続して、情報を授受できるようにしている。操作電源部47は、バッテリ29から電源供給を受け、電源電圧を安定化してメインコントローラ42内の各部43〜46に電源供給する。メインコントローラ42には、例えば、CPU、メモリ、及び入出力部を有してソフトウェアで作動する電子制御装置を用いることができる。
【0034】
左駆動ユニット5Lは、左モータ51L、左回転数センサ52L、及び左コントローラ53Lからなる。左モータ51Lは、その出力軸が左駆動輪3Lの車軸に回転連結されており、左駆動輪3Lを回転駆動する。左モータ51Lの種類に特別な制約はないが、正転及び逆転の両方向に回転できることが好ましい。左回転数センサ52Lは、左駆動輪3Lの車軸の近傍に配設されており、左駆動輪3Lの実回転数NLを検出し、左回転数信号に変換して出力する。
【0035】
左コントローラ53Lは、左制御部54L、左通信部55L、左角速度センサ56L、左モータ駆動部57L、左電源部58L、及び左ロール角センサ59Lで構成されている。左角速度センサ56Lは、車体2のヨー軸周りの角速度であるヨー角速度ωYを検出し、左角速度信号に変換して出力する。左角速度センサ56Lとして、例えばジャイロセンサを用いることができる。ヨー角速度ωYが正値のときに車体2は右旋回しており、ヨー角速度ωYが負値のときに車体2は左旋回している。
【0036】
左ロール角センサ59Lは、車体2がロール軸周りに回転して傾斜したときのロール角θを検出し、左ロール角信号に変換して出力する。左ロール角センサ59Lとして、例えば、特許文献1に開示した加速度センサを用いることができる。この加速度センサは、作用する力を検出して加速度に換算する方式を採用している。したがって、加速度センサは、重力の方向を検出して、ロール角θを求めることができる。左ロール角センサ59Lは、走行開始時のロール角θを検出できればよく、走行途中に作動する必要は無い。したがって、特許文献1と異なり、走行中の遠心力の影響を取り除く補正処理、及びセンサの取付け位置の影響を取り除く補正処理を簡略化できる。
【0037】
左モータ駆動部57Lは、左制御部54Lからの左駆動信号に基づいて、左モータ51Lに印加する左駆動電圧VLを調整する。また、左モータ駆動部57Lは、左モータ51Lに流れる左駆動電流を左電流信号に変換して出力する。左制御部54Lは、左回転数センサ52Lから左回転数信号を受け取り、左角速度センサ56Lから左角速度信号を受け取り、左ロール角センサ59Lから左ロール角信号を受け取り、左モータ駆動部57Lから左電流信号を受け取る。そして、左制御部54Lは、主に左駆動輪3Lの駆動及び制御に係わる演算処理を行い、左モータ駆動部57Lに左駆動信号を指令する。
【0038】
左通信部55Lは、左制御部54と他装置とを双方向通信可能に接続して、情報を授受できるようにしている。左電源部58Lは、バッテリ29から電源供給を受け、電源電圧を安定化して左コントローラ53L内の各部54L〜57Lに電源供給し、さらに前記の左駆動電圧VLを供給する。左コントローラ53Lには、例えば、CPU、メモリ、及び入出力部を有してソフトウェアで作動する電子制御装置を用いることができる。
【0039】
右駆動ユニット5Rの構成は、左駆動ユニット5Lと同様であり、名称に付された左を右に読み替え、符号に付されたLをRに読み替えて理解できる。略述すると、右駆動ユニット5Rは、右モータ51R、右回転数センサ52R、及び右コントローラ53Rからなる。右コントローラ53Rは、右制御部54R、右通信部55R、右角速度センサ56R、右モータ駆動部57R、右電源部58R、及び右ロール角センサ59Rで構成されている。また、右駆動ユニット5Rの機能も左駆動ユニット5Lと同様であるので、説明は省略する。
【0040】
ここで、左モータ駆動部57L及び右モータ駆動部57Rは、独立して左及び右駆動電圧VL、VRを調整することができるので、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rを独立して回転駆動する本発明の駆動部に相当する。また、左回転数センサ52L及び右回転数センサ52Rは、本発明の回転数検出部に相当する。
【0041】
さらに、操作制御部43、左制御部54L、及び右制御部54Rは、それぞれの通信部44、55L、55Rで双方向通信可能に接続されて、情報を授受できるようになっている。そして、3つの制御部43、54L、54Rは、協動して電動車いす1の走行を制御する。したがって、操作制御部43、左制御部54L、及び右制御部54Rは、指令信号S1ならびに左駆動輪3L及び右駆動輪3Rの実回転数NL、NRに基づいて駆動部を制御する本発明の制御部を構成する。制御部の構成は上述に限定されず、例えば1つのコントローラで集中制御する構成であってもよい。3つの制御部43、54L、54Rの機能分担に制約は無いので、以降では単に制御部の機能として説明する。
【0042】
また、左角速度センサ56L及び右角速度センサ56Rは、ともに車体2のヨー角速度ωYを検出して左角速度信号及び右角速度信号を出力するので、本発明の車体角速度検出部に相当する。左角速度信号及び右角速度信号は、本来等しくなるが別々の量と考えて、左制御部54Lで左回転数信号を受け取り、右制御部54Rで右回転数信号を受け取るように構成できる。これに限定されず、左角速度センサ56L及び右角速度センサ56Rは、一方を常用とし、他方を予備とすることができる。また、左角速度センサ56Lの左角速度信号と右角速度センサ56Rの右角速度信号とを平均化してヨー角速度ωYを求めるようにしてもよい。さらには、左角速度センサ56L及び右角速度センサ56Rの一方を無くすことも可能である。
【0043】
同様に、左ロール角センサ59L及び右ロール角センサ59Rは、ともに車体2がロール軸周りに回転して傾斜したときのロール角θを検出して右ロール角信号及び左ロール角信号を出力するので、本発明のロール角検出部に相当する。左ロール角信号及び右ロール角信号は、本来等しくなるが別々の量と考えて、左制御部54Lで左ロール角信号を受け取り、右制御部54Rで右ロール角信号を受け取るように構成できる。これに限定されず、左ロール角センサ59L及び右ロール角センサ59Rは、一方を常用とし、他方を予備とすることができる。また、左ロール角センサ59の左ロール角信号と右ロール角センサ59Rの右ロール角信号とを平均化してロール角θを求めるようにしてもよい。さらには、左ロール角センサ59L及び右ロール角センサ59Rの一方を無くすことも可能である。
【0044】
次に、電動車いす1の走行制御の方法について説明する。図3は、電動車いす1の走行制御を行う制御部の制御ブロック図である。図示されるように、制御部は、目標速度及び角速度演算部61、ならびに目標出力演算部62を有している。また、目標速度及び角速度演算部61は、角速度補正部63を内包している。さらに、目標出力演算部62は、山側遅延制御部64を内包している。制御部は、ジョイスティック41からの指令信号S1を入力とし、検出された車体2のヨー角速度ωY及び検出された左及び右駆動輪3L、3Rの実回転数NL、NRをフィードバック入力としている。さらに、制御部は、ロール角θを制御入力として取り込んでいる。そして、制御部は、最終的に左駆動電圧VLを左駆動信号の形態で出力し、右駆動電圧VRを右駆動信号の形態で出力する。
【0045】
目標速度及び角速度演算部61は、指令信号S1に基づいて、車体2が直進する目標直進速度V1及び、車体2がヨー軸周りに回転する目標車体角速度ω1を設定する。ジョイスティック41の傾動方向が前側180°の範囲にあると目標直進速度V1は正値となり、傾動方向が後側180°の範囲にあると目標直進速度V1は負値となる。また、ジョイスティック41の傾動方向が左側180°の範囲にあると目標車体角速度ω1は正値となり、傾動方向が右側180°の範囲にあると目標車体角速度ω1は負値となる。目標直進速度V1及び目標車体角速度ω1を設定する機能は、本発明の指令値設定手段に相当する。
【0046】
角速度補正部63は、目標車体角速度ω1を入力としヨー角速度ωYをフィードバック入力として補正演算を行い、補正後の目標車体角速度ω2を目標出力演算部62に出力する。具体的に、角速度補正部63は、目標車体角速度ω1とヨー角速度ωYとの差分Δωを用いた所定の制御則、例えば、比例制御則にしたがった補正演算を行う。これに限定されず、角速度補正部63は、比例制御則以外の制御則にしたがってもよい。
【0047】
目標出力演算部62は、まず、補正後の目標車体角速度ω2と目標直進速度V1とに基づいて左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rを演算する。具体的に、目標直進速度V1を左及び右駆動輪3L、3Rの有効半径Reで除算すると、車体2の直進に寄与する分の車軸角速度を求めることができる。また、目標車体角速度ω2にトレッドTを乗算して有効半径Reの2倍で除算すると、車体2のヨー軸周りの回転に寄与する分の車軸角速度を求めることができる。そして、目標出力演算部62は、直進に寄与する分の車軸角速度と回転に寄与する分の車軸角速度とを加算し、回転数に換算して目標回転数N1L、N1Rを演算する。この演算機能は、本発明の目標演算手段に相当する。
【0048】
山側遅延制御部64は、電動車いす1の走行開始時に制御入力のロール角θがゼロでないとき、すなわち走行開始時に車体2が左右方向に傾斜しているときに機能する。山側遅延制御部64は、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rを傾斜の上側の山側車輪3M及び傾斜の下側の谷側車輪3Vに判別し、制御開始時期を谷側車輪3Vよりも山側車輪3Mで遅延時間Tdだけ遅らせる。つまり、山側遅延制御部64は、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rの一方を素通しするとともに、他方を遅延時間Tdだけ遅らせて目標回転数N2L、N2Rを演算する。山側遅延制御部64は、本発明の走行開始制御手段ならびに山側遅延制御手段に相当しており、詳細は後述する。
【0049】
目標出力演算部62は、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N2L、N2Rと実回転数NL、NRに基づいて、左及び右駆動電圧VL、VRを演算する。目標出力演算部62は、左駆動電圧VLを左駆動信号の形態で左モータ駆動部57Lに出力し、右駆動電圧VRを右駆動信号の形態で右モータ駆動部57Rに出力する。これにより、左及び右モータ51L、51Rに印加される実際の駆動電圧が制御される。この制御機能は、本発明の駆動制御手段に相当する。
【0050】
次に、山側遅延制御部64の詳細について説明する。図4は、第1実施形態の制御部のうちの山側遅延制御部64の詳細ブロック図である。山側遅延制御部64は、遅延時間演算部71、左遅延制御部72、及び右遅延制御部73からなる。
【0051】
遅延時間演算部71は、ロール角θの大きさに対応した遅延時間Tdを演算し、走行制御を開始した時点からの遅延時間Tdの経過を判定するものである。遅延時間演算部71は、リミッタ711、サイン演算器712、モーメント演算器713、乗率設定部714、乗算器715、絶対値演算器716、計時カウンタ717、及び第1比較器718で構成されている。リミッタ711は、正値及び負値を取り得るロール角θが正側制限値や負側制限値を超過している場合に、ロール角θを正側制限値または負側制限値で頭切り補正する。サイン演算器712は、リミッタ71を通った後のロール角θのサイン値(sinθ)を演算し、モーメント演算器713に出力する。
【0052】
モーメント演算器713は、ロール角θによって発生する旋回モーメントMを次式(1)により演算し、乗算器715に出力する。
旋回モーメントM=LG・Ftot・sinθ………………………………(1)
ただし、車体2及び乗員を含んだ総荷重Ftotは、総質量に万有引力定数を乗じた力の次元を有するものとしている。また、前後方向距離LGは、左及び右駆動輪3L、3Rの車軸に対して総荷重Ftotの重心位置が前後方向に偏移した距離である。総荷重Ftot及び前後方向距離LGは、例えば、車体2に複数の荷重センサを設けて実測及び演算により求めてもよいし、実測に代えて適正な設定を行うようにしてもよい。
【0053】
乗率設定部714には、遅延時間Tdを適正に定めるための乗率kが設定されている。乗算器715は、旋回モーメントMに乗率kを乗算して絶対値演算器716に出力する。絶対値演算器716は絶対値演算を行って遅延時間Tdを求め、比較器718に出力する。絶対値演算を行うことで、ロール角θが負値の場合も遅延時間Tdは正値となる。計時カウンタ717は、走行制御開始からの経過時間tを計時して、第1比較器718に出力する。第1比較器718は、経過時間tと遅延時間Tdとを比較し、比較結果CP1を左遅延制御部72及び右遅延制御部73に出力する。第1比較器718の比較結果CP1は、経過時間tが遅延時間Tdに達していない間はローレベルとなり、経過時間tが遅延時間Tdに達するとハイレベルに変化し、以降ではハイレベルが継続する。
【0054】
左遅延制御部72は、第1切替器721、第2切替器722、及び第2比較器723で構成されている。第1切替器721及び第2切替器722は、同じ内部構成であり、第1入力部I1、第2入力部I2、制御入力部IC、及び出力部OTを有している。そして、制御入力部ICがハイレベルであると第1入力部I1が出力部OTに接続され、制御入力部ICがローハイレベルであると第2入力部I2が出力部OTに接続される。
【0055】
第1切替器721は、第1入力部I1に左駆動輪3Lの目標回転数N1Lが入力され、第2入力部I2にゼロ(固定値)が入力され、制御入力部ICに第1比較器718の比較結果CP1が入力されている。第2切替器722は、第1入力部I1に第1切替器721の出力部OTが接続され、第2入力部I2に目標回転数N1Lが入力され、制御入力部ICに第2比較器723の比較結果CP2が入力されている。第2比較器723は、ロール角θとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP2を出力する。第2比較器723の比較結果CP2は、ロール角θが正値であるとハイレベルになり、ロール角θがゼロや負値であるとローレベルになる。そして、左遅延制御部72は、第2切替器722の出力部OTから演算後の左駆動輪3Lの目標回転数N2Lを出力する。
【0056】
右遅延制御部73は、第3切替器731、第4切替器732、及び第3比較器733で構成されている。第3切替器731及び第4切替器732の内部構成は、第1切替器721及び第2切替器722と同じであり、第1入力部I1、第2入力部I2、制御入力部IC、及び出力部OTを有する。
【0057】
第3切替器731は、第1入力部I1に右駆動輪3Rの目標回転数N1Rが入力され、第2入力部I2にゼロ(固定値)が入力され、制御入力部ICに第1比較器718の比較結果CP1が入力されている。第4切替器732は、第1入力部I1に目標回転数N1Rが入力され、第2入力部I2に第3切替器731の出力部OTが接続され、制御入力部ICに第3比較器733の比較結果CP3が入力されている。第3比較器733は、ロール角θとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP3を出力する。第3比較器733の比較結果CP3は、ロール角θが正値やゼロであるとハイレベルになり、ロール角θが負値であるとローレベルになる。そして、右遅延制御部73は、第4切替器732の出力部OTから演算後の右駆動輪3Rの目標回転数N2Rを出力する。
【0058】
次に上述のように構成された第1実施形態の電動車いす1の作用について、走行開始時のロール角θがゼロ、正値、及び負値の場合についてそれぞれ説明する。図5は、傾斜路面を横切る方向にカント走行する電動車いす1のロール角θを示した背面図であり、(A)はロール角θが正値の場合、(B)はロール角θが負値の場合を示している。図5の(A)に示されるロール角θが正値の場合には、紙面手前側から紙面奥側に前進しながらカント走行する電動車いす1の左側が山側(傾斜上側)で、右側が谷側(傾斜下側)になる。すなわち、左駆動輪3Lが山側車輪3Mで、右駆動輪3Rが谷側車輪3Vになる。また、図5の(B)に示されるロール角θが負値の場合には、電動車いす1の左側が谷側で右側が山側になり、左駆動輪3Lが谷側車輪3Vで、右駆動輪3Rが山側車輪3Mになる。
【0059】
(a)ロール角θがゼロの場合の作用
ロール角θがゼロの場合、図4の第2比較器723の比較結果CP2はローレベルになる。このため、第2切替器722の出力部OTは、第2入力部I2の目標回転数N1Lをそのまま出力する。また、第3比較器733の比較結果CP3はハイレベルになる。このため、第4切替器732の出力部OTは、第1入力部I1の目標回転数N1Rをそのまま出力する。つまり、山側遅延制御部64の全体が実質的に機能せず、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rがともに素通しされて目標回転数N2L、N2Rになる。
【0060】
(b)ロール角θが正値の場合の作用
ロール角θが正値の場合、第3比較器733の比較結果CP3はハイレベルになり、第4切替器732の出力部OTは、第1入力部I1の目標回転数N1Rをそのまま出力する。つまり、山側遅延制御部64のうちの右遅延制御部73は実質的に機能せず、右駆動輪3Rの目標回転数N1Rが素通しされて目標回転数N2Rになる。換言すると、谷側車輪3Vとなった右駆動輪3Rに対して通常の走行制御を行う。
【0061】
一方、第2比較器723の比較結果CP2はハイレベルになり、第2切替器722は、第1入力部I1側に切り替えられて、第1入力部I1への入力内容を出力部OTから出力する。これにより、遅延時間演算部71及び左遅延制御部72が機能する。遅延時間演算部71のリミッタ711〜絶対値演算器716では、式(1)を用いてロール角θの大きさに対応した遅延時間Tdを演算する。第1比較器718の比較結果CP1は、計時カウンタ717から出力される経過時間tが遅延時間Tdに達する以前はローレベルである。したがって、第1切替器721の出力部OTは、第2入力部I2のゼロを出力し、さらに第2切替器722の出力部OT(目標回転数N2L)もゼロを出力する。つまり、左遅延制御部72は、遅延時間Tdが経過する以前は山側車輪3Mとなった左駆動輪3Lに対して制御を行わない。
【0062】
経過時間tが遅延時間Tdに達すると、第1比較器718の比較結果CP1はローレベルからハイレベルに変化する。これに伴い、第1切替器721の出力部OTはゼロから目標回転数N1Lに切り替わる。さらに同時に、第2切替器722の出力部OT(目標回転数N2L)もゼロから目標回転数N1Lに切り替わる。つまり、左遅延制御部72は、谷側車輪3V(右駆動輪3R)よりも遅延時間Tdだけ制御開始時期を遅らせて、山側車輪3M(左駆動輪3L)の制御を開始する。これにより、山側遅延制御部64は、山側車輪3M(左駆動輪3L)及び谷側車輪3V(右駆動輪3R)が概ね同時に回転し始めるように制御できる。
【0063】
(c)ロール角θが負値の場合の作用
ロール角θが負値の場合、第2比較器723の比較結果CP2はローレベルになり、第2切替器722の出力部OTは、第2入力部I2の目標回転数N1Lをそのまま出力する。つまり、山側遅延制御部64のうちの左遅延制御部72は実質的に機能せず、左駆動輪3Lの目標回転数N1Lが素通しされて目標回転数N2Lになる。換言すると、谷側車輪3Vとなった左駆動輪3Lに対して通常の走行制御を行う。
【0064】
一方、第3比較器733の比較結果CP3はローレベルになり、第4切替器732は、第2入力部I2側に切り替えられて、第2入力部I2への入力内容を出力部OTから出力する。これにより、遅延時間演算部71及び右遅延制御部73が機能する。遅延時間演算部71は、ロール角θが正値の場合と同様に遅延時間Tdを演算する。第1比較器718の比較結果CP1は、計時カウンタ717から出力される経過時間tが遅延時間Tdに達する以前はローレベルである。したがって、第3切替器731の出力部OTは、第2入力部I2のゼロを出力し、さらに第4切替器732の出力部OT(目標回転数N2L)もゼロを出力する。つまり、右遅延制御部73は、遅延時間Tdが経過する以前は山側車輪3Mとなった右駆動輪3Rに対して制御を行わない。
【0065】
経過時間tが遅延時間Tdに達すると、第1比較器718の比較結果CP1はローレベルからハイレベルに変化する。これに伴い第3切替器731の出力部OTはゼロから目標回転数N1Rに切り替わる。さらに同時に、第4切替器732の出力部OT(目標回転数N2R)もゼロから目標回転数N1Rに切り替わる。つまり、右遅延制御部73は、谷側車輪3V(左駆動輪3L)よりも遅延時間Tdだけ制御開始時期を遅らせて、山側車輪3M(右駆動輪3R)の制御を開始する。これにより、山側遅延制御部64は、山側車輪3M(右駆動輪3R)及び谷側車輪3V(左駆動輪3L)が概ね同時に回転し始めるように制御できる。
【0066】
次に、第1実施形態の電動車いす1の効果について、山側遅延制御部64の有無を比較した実験の結果を参考にして説明する。図6は、第1実施形態の山側遅延制御部64を有する制御部を備えた電動車いす1のカント走行実験の実験結果を示す図である。カント走行実験の実験条件は、車体2及び乗員を含んだ総荷重=約100kg、傾斜路面のロール角θ=約10°で、ジョイスティック41を正面前方に傾動操作して目標直進速度V1=約1m/s、目標車体角速度ω1=0としている。また、図7は、山側遅延制御部64を有さない従来制御技術を用いた比較実験の実験結果を示す図である。比較実験の実験条件は図6の場合と同様であり、制御部の山側遅延制御部64以外の走行制御機能も同一である。
【0067】
図6及び図7で、横軸は傾斜路面を横切る方向の走行距離であり、縦軸は傾斜に沿った方向の片流れ量であり、原点Oから走行を開始している。また、太い破線は、ジョイスティック41の指令信号S1が目標とする目標軌跡を示し、細い実線は電動車いす1の実際の走行軌跡を示している。図6の第1実施形態で、走行軌跡は、目標軌跡からごくわずかずれているだけである。一方、図7の従来制御技術で、走行軌跡は、目標軌跡から大きく偏移している。図6及び図7の走行軌跡を比較すれば明らかなように、山側遅延制御部64を有することで、カント走行開始時の電動車いす1の谷側への片流れが格段に軽減されている。
【0068】
第1実施形態の電動車いす1によれば、山側遅延制御部64は、走行を開始する際に左及び右ロール角センサ59L、59Rが車体2の傾斜(ゼロでないロール角θ)を検出すると機能して、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rを山側車輪3M及び谷側車輪3Vに判別し、制御開始時期を谷側車輪3Vよりも山側車輪3Mで遅延時間Tdだけ遅らせる。これにより、カント走行開始時に山側車輪3M及び谷側車輪3Vの駆動力の発生タイミングに差を与えて、山側車輪3Mが先に回転し始めるのを抑制できる。したがって、ロール角θが変化しても左及び右駆動輪3L、3Rが概ね同時に回転し始めるように制御することが可能になり、電動車いす1の谷側への片流れを軽減できる。
【0069】
加えて、本第1実施形態では、左及び右ロール角センサ59L、59Rは、走行を開始する直前のロール角θを検出できればよく、走行途中はロール角θを検出する必要は無い。したがって、特許文献1と異なり、走行中の遠心力の影響を取り除く補正処理、及びセンサの取付け位置の影響を取り除く補正処理を簡略化でき、コスト低廉な電動車いす1を提供できる。
【0070】
次に、第2実施形態の電動車いす1について、第1実施形態と異なる点を主に説明し、同じ点については同じ符号を用いて説明を省略する。第2実施形態の電動車いす1の全体構成(図1参照)ならびに駆動系及び制御系の構成(図2参照)は、第1実施形態と同じである。図8は、第2実施形態の電動車いす1の走行制御を行う制御部の制御ブロック図である。図8図3と比較すれば分かるように、第2実施形態では、第1実施形態の山側遅延制御部64に代えて、山側追従制御部65を用いる。
【0071】
山側追従制御部65は、電動車いす1の走行開始時に制御入力のロール角θがゼロでないとき、すなわち走行開始時に車体2が左右方向に傾斜しているときに機能する。山側追従制御部65は、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rを傾斜の上側の山側車輪3M及び傾斜の下側の谷側車輪3Vに判別し、谷側車輪3Vの回転開始を検出するまで、山側車輪3Mに対する制御開始時期を遅らせる。山側追従制御部65は、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rを入力とし、ロール角θおよび左右の実回転数NL、NRを制御入力として、左駆動輪3Lの目標回転数N2L及び右駆動輪3Rの目標回転数N2Rを演算する。山側追従制御部65は、本発明の走行開始制御手段ならびに山側追従制御手段に相当する。
【0072】
図9は、第2実施形態の制御部のうちの山側追従制御部65の詳細ブロック図である。山側追従制御部65は、左追従制御部75及び右追従制御部76からなる。なお、左追従制御部75及び右追従制御部76に用いる比較器や切替器の基本的な構成は山側遅延制御部64で用いたものに類似し、入出力の内容や比較条件が異なる。
【0073】
左追従制御部75は、第1比較器751、第1切替器752、第2比較器753、及び第2切替器754で構成されている。第1比較器751は、右駆動輪3Rの実回転数NRとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP1を出力する。第1比較器751の比較結果CP1は、走行開始時に実回転数NRがゼロから微小量だけ増加するとローレベルからハイレベルに変化する。第1切替器752は、第1入力部I1に左駆動輪3Lの目標回転数N1Lが入力され、第2入力部I2にゼロ(固定値)が入力され、制御入力部ICに第1比較器751の比較結果CP1が入力されている。
【0074】
第2比較器753は、ロール角θとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP2を出力する。第2比較器753の比較結果CP2は、ロール角θが正値であるとハイレベルになり、ロール角θがゼロや負値であるとローレベルになる。第2切替器754は、第1入力部I1に第1切替器752の出力OTが接続され、第2入力部I2に目標回転数N1Lが入力され、制御入力部ICに第2比較器753の比較結果CP2が入力されている。そして、左追従制御部75は、第2切替器754の出力部OTから演算後の左駆動輪3Lの目標回転数N2Lを出力する。
【0075】
右追従制御部76は、左追従制御部75と対照的であり、第3比較器761、第3切替器762、第4比較器763、及び第4切替器764で構成されている。第3比較器761は、左駆動輪3Lの実回転数NLとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP3を出力する。第3比較器761の比較結果CP3は、走行開始時に実回転数NLがゼロから微小量だけ増加するとローレベルからハイレベルに変化する。第3切替器762は、第1入力部I1に右駆動輪3Rの目標回転数N1Rが入力され、第2入力部I2にゼロ(固定値)が入力され、制御入力部ICに第3比較器761の比較結果CP3が入力されている。
【0076】
第4比較器763は、ロール角θとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP4を出力する。第4比較器763の比較結果CP4は、ロール角θが正値またはゼロであるとハイレベルになり、ロール角θが負値であるとローレベルになる。第4切替器764は、第1入力部I1に目標回転数N1Rが入力され、第2入力部I2に第3切替器753の出力OTが接続され、制御入力部ICに第4比較器763の比較結果CP4が入力されている。そして、右遅追従制御部76は、第4切替器764の出力部OTから演算後の右駆動輪3Rの目標回転数N2Lを出力する。
【0077】
次に上述のように構成された第2実施形態の電動車いす1の作用について、走行開始時のロール角θがゼロ、正値、及び負値の場合についてそれぞれ説明する。ロール角の正負、傾斜路面の山側及び谷側、ならびに山側車輪3M及び谷側車輪3Vの関係は、第1実施形態で図5を参考にした説明と同様である。
【0078】
(d)ロール角θがゼロの場合の作用
ロール角θがゼロの場合、図9の第2比較器753の比較結果CP2はローレベルになる。このため、第2切替器754の出力部OTは、第2入力部I2の目標回転数N1Lをそのまま出力する。また、第4比較器763の比較結果CP4はハイレベルになる。このため、第4切替器764の出力部OTは、第1入力部I1の目標回転数N1Rをそのまま出力する。つまり、山側追従制御部65の全体が実質的に機能せず、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rがともに素通しされて目標回転数N2L、N2Rになる。
【0079】
(e)ロール角θが正値の場合の作用
ロール角θが正値の場合、第4比較器763の比較結果CP4はハイレベルになり、第4切替器764の出力部OTは、第1入力部I1の目標回転数N1Rをそのまま出力する。つまり、山側追従制御部65のうちの右追従制御部76は実質的に機能せず、右駆動輪3Rの目標回転数N1Rが素通しされて目標回転数N2Rになる。換言すると、谷側車輪3Vとなった右駆動輪3Rに対して通常の走行制御を行う。
【0080】
一方、第2比較器753の比較結果CP2はハイレベルになり、第2切替器754は、第1入力部I1側に切り替えられて、第1入力部I1への入力内容を出力部OTから出力する。これにより、左追従制御部75が機能する。第1比較器751の比較結果CP1は、走行開始時に右駆動輪3Rが回転し始める以前はローレベルである。したがって、第1切替器752の出力部OTは、第2入力部I2のゼロを出力し、さらに第2切替器774の出力部OT(目標回転数N2L)もゼロを出力する。つまり、左追従制御部75は、右駆動輪3Rが回転し始める以前は、山側車輪3Mとなった左駆動輪3Lに対しての制御を行わない。
【0081】
右駆動輪3Rが回転し始めると、第1比較器751の比較結果CP1はローレベルからハイレベルに変化する。これに伴い、第1切替器752の出力部OTはゼロから目標回転数N1Lに切り替わる。さらに同時に、第2切替器754の出力部OT(目標回転数N2L)もゼロから目標回転数N1Lに切り替わる。つまり、左追従制御部75は、谷川車輪3Vとなった右駆動輪3Rが回転し始めてから、山側車輪3Mとなった左駆動輪3Lの制御を開始する。これにより、山側追従制御部65は、谷川車輪3V(右駆動輪3R)に追従して、山側車輪3M(左駆動輪3L)が遅滞なく回転し始めるように制御できる。
【0082】
(f)ロール角θが負値の場合の作用
ロール角θが負値の場合、第2比較器753の比較結果CP2はローレベルになり、第2切替器754の出力部OTは、第2入力部I2の目標回転数N1Lをそのまま出力する。つまり、山側追従制御部65のうちの左追従制御部75は実質的に機能せず、左駆動輪3Lの目標回転数N1Lが素通しされて目標回転数N2Lになる。換言すると、谷側車輪3Vとなった左駆動輪3Lに対して通常の走行制御を行う。
【0083】
一方、第4比較器763の比較結果CP2はローレベルになり、第4切替器764は、第2入力部I2側に切り替えられて、第2入力部I2への入力内容を出力部OTから出力する。これにより、右追従制御部76が機能する。第3比較器761の比較結果CP3は、走行開始時に左駆動輪3Lが回転し始める以前はローレベルである。したがって、第3切替器762の出力部OTは、第2入力部I2のゼロを出力し、さらに第4切替器764の出力部OT(目標回転数N2R)もゼロを出力する。つまり、右追従制御部76は、左駆動輪3Lが回転し始める以前は、山側車輪3Mとなった右駆動輪3Rに対しての制御を行わない。
【0084】
左駆動輪3Lが回転し始めると、第3比較器761の比較結果CP1はローレベルからハイレベルに変化する。これに伴い、第3切替器762の出力部OTはゼロから目標回転数N1Rに切り替わる。さらに同時に、第4切替器764の出力部OT(目標回転数N2L)もゼロから目標回転数N1Rに切り替わる。つまり、右追従制御部76は、谷川車輪3Vとなった左駆動輪3Lが回転し始めてから、山側車輪3Mとなった右駆動輪3Rの制御を開始する。これにより、山側追従制御部65は、谷川車輪3V(左駆動輪3L)に追従して、山側車輪3M(右駆動輪3R)が遅滞なく回転し始めるように制御できる。
【0085】
次に、第2実施形態の電動車いす1の効果について、山側追従制御部65の有無を比較した実験の結果を参考にして説明する。図10は、第2実施形態の山側追従制御部65を有する制御部を備えた電動車いす1のカント走行実験の実験結果を示す図である。図10のカント走行実験の実験条件は、図6を参考にして説明した第1実施形態と同じであり、実験結果の見方も同じである。さらに、山側追従制御部65を有さない比較実験の実験結果として図7を兼用できる。図10の第2実施形態で、走行軌跡は、目標軌跡からごくわずかずれているだけである。図10及び図7の走行軌跡を比較すれば明らかなように、山側追従制御部65を有することで、カント走行開始時の電動車いす1の谷側への片流れが格段に軽減されている。
【0086】
第2実施形態の電動車いす1によれば、山側追従制御部65は、谷側車輪3Vが回転し始めたことを確認してから山側車輪3Mの駆動力を発生させるように追従制御する。したがって、山側車輪3Mが先に回転し始めるのを確実に抑制でき、電動車いす1の谷側への片流れを軽減できる。また、第1実施形態と同様に、コスト低廉な電動車いす1を提供できる。
【0087】
次に、第3実施形態の電動車いす1について、第1及び第2実施形態と異なる点を主に説明し、同じ点については同じ符号を用いて説明を省略する。第3実施形態の電動車いす1の全体構成(図1参照)ならびに駆動系及び制御系の構成(図2参照)は、第1実施形態と同じである。図11は、第3実施形態の電動車いす1の走行制御を行う制御部の制御ブロック図である。図11図3と比較すれば分かるように、第3実施形態では、第1実施形態の山側遅延制御部64に代えて電圧増加率調整部66を用いる。また、目標出力演算部62Aの機能が異なる。
【0088】
図11で、目標出力演算部62Aは、まず、補正後の目標車体角速度ω2と目標直進速度V1とに基づいて左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rを演算する。この演算機能は、第1実施形態と同じであり、本発明の目標演算手段に相当する。目標出力演算部62Aは、次に、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1R、ならびに実回転数NL、NRに基づいて、必要とされる左右の目標駆動電圧V1L、V1Rを演算する。
【0089】
電圧増加率調整部66は、電動車いす1の走行開始時に制御入力のロール角θがゼロでないとき、すなわち走行開始時に車体2が左右方向に傾斜しているときに機能する。電圧増加率調整部66は、まず、左駆動輪3L及び右駆動輪3Rを傾斜の上側の山側車輪3M及び傾斜の下側の谷側車輪3Vに判別する。さらに、電圧増加率調整部66は、谷側車輪3Vの回転開始を検出するまで、山側車輪3Mを回転駆動するモータに印加する駆動電圧の時間増加率dVL、dVRを小さく制限する。電圧増加率調整部66は、左及び右駆動輪3L、3Rの実回転数NL、NRならびにロール角θを制御入力とし、左モータ51Lの駆動電圧の時間増加率dVL、ならびに右モータ51Rの駆動電圧の時間増加率dVRを演算する。
【0090】
時間増加率dVL、dVRは、電動車いす1の走行開始時に実際の駆動電圧をゼロから必要とされる目標駆動電圧V1L、V1Rまで増加させる制御に用いられる。時間増加率dVL、dVRは、制限の無い条件下では、最短時間で発進できるように装置性能上の最大増加率dVmaxとされる。また、時間増加率dVL、dVRは、制限された条件下では、予め設定された制限増加率dVlimとされる。また、時間増加率dVL、dVRは、実際の駆動電圧が増加する途中の時点で、変更されることも有り得る。なお、当然ながら、最大増加率dVmaxは制限増加率dVlimよりも大きい。
【0091】
図12は、第3実施形態の制御部のうちの電圧増加率調整部66の詳細ブロック図である。電圧増加率調整部66は、左増加率調整部81及び右増加率調整部82からなる。なお、左増加率調整部81及び右増加率調整部82に用いる比較器や切替器の基本的な構成は山側遅延制御部64で用いたものに類似し、入出力の内容や比較条件が異なる。
【0092】
左増加率調整部81は、第1比較器811、第1切替器812、第2比較器813、及び第2切替器814で構成されている。第1比較器811は、右駆動輪3Rの実回転数NRとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP1を出力する。第1比較器811の比較結果CP1は、実回転数NRがゼロから微小量だけ増加するとローレベルからハイレベルに変化する。第1切替器812は、第1入力部I1に最大増加率dVmaxが入力され、第2入力部I2に制限増加率dVlimが入力され、制御入力部ICに第1比較器811の比較結果CP1が入力されている。
【0093】
第2比較器813は、ロール角θとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP2を出力する。第2比較器813の比較結果CP2は、ロール角θが正値であるとハイレベルになり、ロール角θがゼロや負値であるとローレベルになる。第2切替器814は、第1入力部I1に第1切替器752の出力部OTが接続され、第2入力部I2に最大増加率dVmaxが入力され、制御入力部ICに第2比較器813の比較結果CP2が入力されている。そして、左増加率調整部81は、第2切替器814の出力部OTから左モータ51Lの駆動電圧の時間増加率dVLを出力する。
【0094】
右増加率調整部82は、左増加率調整部81と対照的に構成されており、第3比較器821、第3切替器822、第4比較器823、及び第4切替器824で構成されている。第3比較器821は、左駆動輪3Lの実回転数NLとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP3を出力する。第3比較器811の比較結果CP3は、実回転数NLがゼロから微小量だけ増加するとローレベルからハイレベルに変化する。第3切替器822は、第1入力部I1に最大増加率dVmaxが入力され、第2入力部I2に制限増加率dVlimが入力され、制御入力部ICに第3比較器821の比較結果CP3が入力されている。
【0095】
第4比較器823は、ロール角θとゼロ(固定値)とを比較して、比較結果CP4を出力する。第4比較器823の比較結果CP4は、ロール角θが正値やゼロであるとハイレベルになり、ロール角θが負値であるとローレベルになる。第4比較器824は、第1入力部I1に最大増加率dVmaxが入力され、第2入力部I2に第3切替器822の出力部OTが接続され、制御入力部ICに第4比較器823の比較結果CP4が入力されている。そして、右増加率調整部82は、第4切替器824の出力部OTから右モータ51Rの駆動電圧の時間増加率dVRを出力する。
【0096】
図11に戻り、目標出力演算部62Aは、左モータ51Lの駆動電圧をゼロから目標駆動電圧VL1まで増加させるために、時間増加率dVLで増加する左駆動電圧VL2を演算する。そして、目標出力演算部62Aは、左駆動電圧VL2を左駆動信号の形態で左モータ駆動部57Lに指令する。これにより、左モータ駆動部57Lから左モータ51Lに印加される実際の駆動電圧が制御される。
【0097】
同様に、目標出力演算部62Aは、右モータ51Rの駆動電圧をゼロから目標駆動電圧VR1まで増加させるために、時間増加率dVRで増加する右駆動電圧VR2を演算する。そして、目標出力演算部62Aは、右駆動電圧VR2を右駆動信号の形態で右モータ駆動部57Rに指令する。これにより、右モータ駆動部57Rから右モータ51Rに印加される実際の駆動電圧が制御される。
【0098】
第3実施形態において、目標出力演算部62A及び電圧増加率調整部66は、本発明の走行開始制御手段を構成し、かつ山側駆動力制限手段を構成する。
【0099】
次に上述のように構成された第3実施形態の電動車いす1の作用について、走行開始時のロール角θがゼロ、正値、及び負値の場合についてそれぞれ説明する。ロール角の正負、傾斜路面の山側及び谷側、ならびに山側車輪3M及び谷側車輪3Vの関係は、第1実施形態で図5を参考にした説明と同様である。
【0100】
(g)ロール角θがゼロの場合の作用
ロール角θがゼロの場合、図12の第2比較器813の比較結果CP2はローレベルになる。このため、第2切替器814の出力部OTは、第2入力部I2の最大増加率dVmaxをそのまま出力する。また、第4比較器824の比較結果CP4はハイレベルになる。このため、第4切替器824の出力部OTは、第1入力部I1の最大増加率dVmaxをそのまま出力する。つまり、電圧増加率調整部66の全体が実質的に機能せず、左及び右駆動電圧V2L,V2Rはともに最大増加率dVmaxで目標駆動電圧VL1、VR1まで最短時間で増加する。
【0101】
(h)ロール角θが正値の場合の作用
ロール角θが正値の場合、第4比較器823の比較結果CP4はハイレベルになり、第4切替器824の出力部OTは、第1入力部I1の最大増加率dVmaxをそのまま出力する。つまり、電圧増加率調整部66のうちの右増加率調整部82は実質的に機能せず、右駆動電圧V2Rは最大増加率dVmaxで目標駆動電圧VR1まで最短時間で増加する。
【0102】
一方、第2比較器813の比較結果CP2はハイレベルになり、第2切替器814は、第1入力部I1側に切り替えられて、第1入力部I1への入力内容を出力部OTから出力する。これにより、左増加率調整部81が機能する。第1比較器811の比較結果CP1は、右駆動輪3Rが回転し始める以前はローレベルである。したがって、第1切替器812の出力部OTは、第2入力部I2の制限増加率dVlimを出力し、さらに第2切替器814の出力部OT(目標回転数N2L)も制限増加率dVlimを出力する。つまり、左増加率調整部81は、右駆動輪3Rが回転し始める以前は、山側車輪3Mとなった左駆動輪3Lの側の時間増加率dVLを小さく制限する。
【0103】
右駆動輪3Rが回転し始めると、第1比較器811の比較結果CP1はローレベルからハイレベルに変化する。これに伴い、第1切替器812の出力部OTは制限増加率dVlimから最大増加率dVmaxに切り替わる。さらに同時に、第2切替器814の出力部OT(目標回転数N2L)も制限増加率dVlimから最大増加率dVmaxに切り替わる。つまり、左増加率調整部81は、谷川車輪3Vとなった右駆動輪3Rが回転し始めると、山側車輪3Mとなった左駆動輪3Lの側の駆動電圧の時間増加率dVLの制限を解除する。これにより、電圧増加率調整部66は、谷川車輪3V(右駆動輪3R)に追従して、山側車輪3M(左駆動輪3L)が遅滞なく回転し始めるように制御できる。
【0104】
(i)ロール角θが負値の場合の作用
ロール角θが負値の場合、第2比較器813の比較結果CP2はローレベルになり、第2切替器814の出力部OTは、第2入力部I2の最大増加率dVmaxをそのまま出力する。つまり、電圧増加率調整部66のうちの左増加率調整部81は実質的に機能せず、左駆動電圧V2Lは最大増加率dVmaxで目標駆動電圧VL1まで最短時間で増加する。
【0105】
一方、第4比較器823の比較結果CP4はハイレベルになり、第4切替器824は、第1入力部I1側に切り替えられて、第1入力部I1への入力内容を出力部OTから出力する。これにより、右増加率調整部82が機能する。第3比較器821の比較結果CP3は、左駆動輪3Lが回転し始める以前はローレベルである。したがって、第3切替器822の出力部OTは、第2入力部I2の制限増加率dVlimを出力し、さらに第4切替器824の出力部OT(目標回転数N2L)も制限増加率dVlimを出力する。つまり、右増加率調整部82は、左駆動輪3Lが回転し始める以前は、山側車輪3Mとなった右駆動輪3Rの側の時間増加率dVRを小さく制限する。
【0106】
左駆動輪3Lが回転し始めると、第3比較器821の比較結果CP3はローレベルからハイレベルに変化する。これに伴い、第3切替器822の出力部OTは制限増加率dVlimから最大増加率dVmaxに切り替わる。さらに同時に、第4切替器824の出力部OT(目標回転数N2R)も制限増加率dVlimから最大増加率dVmaxに切り替わる。つまり、右増加率調整部82は、谷川車輪3Vとなった左駆動輪3Lが回転し始めると、山側車輪3Mとなった右駆動輪3Rの側の駆動電圧の時間増加率dVLの制限を解除する。これにより、電圧増加率調整部66は、谷川車輪3V(左駆動輪3L)に追従して、山側車輪3M(右駆動輪3R)が遅滞なく回転し始めるように制御できる。
【0107】
次に、第3実施形態の電動車いす1の効果について、電圧増加率調整部66の有無を比較した実験の結果を参考にして説明する。図13は、第3実施形態の電動車いす1を用いてカント走行実験を行ったときに、左右のモータ51L、51Rに印加された駆動電圧を実測した波形図である。また、図14は、第3実施形態の電動車いす1のカント走行実験の実験結果を示す図である。図13及び図14のカント走行実験の実験条件は、図6を参考にして説明した第1実施形態と同じであり、実験結果の見方も同じである。さらに、比較実験の実験結果として図7を兼用できる。
【0108】
図13で、横軸は走行制御開始後の経過時間tを示し、縦軸は山側車輪3Mを回転駆動するモータの山側駆動電圧VM、及び谷側車輪3Vを回転駆動するモータの谷側駆動電圧VVを示している。図示されるように、時刻t1で走行制御が開始されると、谷側駆動電圧VVはゼロから遅滞なく増加し始め、概ね一定の最大増加率dVmaxで急峻に増加を続ける。一方、山側駆動電圧VMは、時刻t1にゼロから制限増加率dVlimで緩やかに増加し始める。そして、時刻t2に谷側車輪3Vが回転し始めると、以降は山側駆動電圧VMも最大増加率dVmaxで急峻に増加するようになる。その後の時刻t3に山側車輪3Mの実回転数が適正化されると、山側駆動電圧VMの増加が終了して、以降は加減調整制御される。さらに、その後の時刻t4に谷側車輪3Vの実回転数が適正化されると、谷側駆動電圧VVの増加が終了して、以降は加減調整制御される。なお、谷側車輪3Vが分担する荷重は山側車輪3Mよりも大きいので、谷側駆動電圧VVのほうが山側駆動電圧VMよりも大きな電圧値で落ち着いている。
【0109】
電動車いす1が図13に示される駆動電圧波形で走行したときの走行軌跡が図14に示されている。さらに、電圧増加率調整部66を有さない比較実験の実験結果として図7を兼用できる。図14の第3実施形態で、走行軌跡は、目標軌跡からごくわずかずれているだけである。図14及び図7の走行軌跡を比較すれば明らかなように、第3実施形態では、カント走行開始時の電動車いす1の谷側への片流れが格段に軽減されている。
【0110】
第3実施形態の電動車いす1によれば、電圧増加率調整部66は、谷側車輪3Vが回転し始めるまで、山側車輪3Mを回転駆動するモータに印加する駆動電圧の時間増加率(dVLまたはdVR)を小さく制限する。したがって、山側車輪3Mが先に回転し始めるのを確実に抑制でき、かつ、谷側車輪3Vが回転し始めた後は速やかに山側車輪3Mの駆動力を増加させることができる。したがって、電動車いす1の谷側への片流れを軽減でき、かつ、円滑な発進を行うことができる。また、第1実施形態と同様に、コスト低廉な電動車いす1を提供できる。
【0111】
なお、本発明のパーソナルビークルは、上述した第1〜第3実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施できることは言うまでもない。例えば、車体角速度検出部として、左及び右角速度センサ56L、56Rを省略し、左及び右回転数センサ52L、52Rで検出した実回転数NL、NRからヨー角速度を演算するようにしてもよい。また例えば、各実施形態の左回転数演算部64、右回転数演算部65、左駆動力演算部66、及び右駆動力演算部67で、回転数に代えて同じ次元を有する車軸角速度を用いた演算処理を行うようにしても、同じ走行制御機能を具備できる。この場合、左及び右駆動輪3L、3Rの目標回転数N1L、N1Rに代えて目標車軸角速度を用いるとともに、実回転数NL、NRを車軸角速度に換算する。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明は、実施形態で説明した電動車いす1以外にも、個人用乗物などに代表されるパーソナルビークルに広く利用することができる。
【符号の説明】
【0113】
1:電動車いす(パーソナルビークル)
2:車体 26L:左後輪 26R:右後輪 29:バッテリ
3L:左駆動輪 3R:右駆動輪 3M:山側車輪 3V:谷側車輪
4:操作ユニット 41:ジョイスティック(操作部)
42:メインコントローラ 43:操作制御部 44:操作通信部
5L:左駆動ユニット 51L:左モータ 52L:左回転数センサ
53L:左コントローラ 54L:左制御部 55L:左通信部
56L:左角速度センサ 57L:左モータ駆動部 59L:左ロール角センサ
5R:右駆動ユニット 51R:右モータ 52R:右回転数センサ
53R:右コントローラ 54R:右制御部 55R:右通信部
56R:右角速度センサ 57R:右モータ駆動部 59R:右ロール角センサ
61:目標速度及び角速度演算部 62、62A:目標出力演算部
63:角速度補正部 64:山側遅延制御部 65:山側追従制御部
66:電圧増加率調整部
71:遅延時間演算部 72:左遅延制御部 73:右遅延制御部
75:左追従制御部 76:右追従制御部
81:左増加率調整部 82:右増加率調整部
S1:指令信号 V1:目標直進速度
ωY:ヨー角速度 θ:ロール角 ω2:補正後の目標車体角速度
N1L、N1R、N2L、N2R:目標回転数 NL、NR:実回転数
VL、VR、V2L、V2R:左及び右駆動電圧(駆動力)
V1L、V1R:目標駆動電圧 Td:遅延時間 dVL、dVR:時間増加率
dVmax:最大増加率 dVlim:制限増加率
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14