【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を達成するために、この発明は、ストランド径が21.8mm、28.6mm又は29.0mmの何れかよりなる19本撚りPC鋼より線において、そのPC鋼より線を構成する素線の成分が、C:0.97〜1.02質量%、Si:0.80〜1.0質量%、Mn:0.30〜0.60質量%、Cr:0.15〜0.30質量%であって、Al、B、Ti、Cu、Mo、Nから選択される一種以上を総量で0.05質量%以下含み、1.2%伸びに対する荷重が、ストランド径21.8mmのものでは600kN以上、ストランド径28.6mmのものでは950kN以上、ストランド径29.0mmのものでは1000kN以上であって、最大伸びが8%以下である構成を採用したのである。尚、各ストランドの断面積はストランド径の寸法誤差を含めると若干の差がでるものの、大凡、312.9mm
2、532.4mm
2又は547.5mm
2とする。
【0009】
発明者は、まず、コンクリートに加えるプレストレス(荷重)はPC鋼より線が弾性変形から塑性変形する境界付近で最大のものが望まれ、この限界点として、1.2%伸び量での荷重が、ストランド径21.8mmで600kN以上、28.6mmのもので950kN以上、29.0mmのものでは1000kN以上であれば良いことを各種の実験及び経験によって見いだした。
つぎに、PC鋼より線の最大伸び量(破断時までの伸び量)が8%を超えると、1.2%伸び量での上記荷重特性(600kN以上、950kN以上、1000kN以上)での荷重特性を両立させる(上記限界点の荷重を1.2%伸び量の荷重とする)ことが困難になる(適切でなくなる)ことを各種の実験及び経験によって見いだした。
【0010】
その限界点及び最大伸び量の両立を得られる素線の成分は、実験等により、C:0.97〜1.02質量%、Si:0.80〜1.0質量%、Mn:0.30〜0.60質量%、Cr:0.15〜0.30質量%であって、Al、B、Ti、Cu、Mo、Nから選択される一種以上を合計で0.05質量%以下含む鋼材であることを見いだした。このとき、前記成分以外は不可避的不純物からなる鋼材が好ましい。
なお、上記ストランドの径の寸法許容差としては、JIS G 3536の表4「寸法及び許容差」に示される「+0.6mm〜−0.25mm」の範囲内とする。
【0011】
Cは高強度化に有効な元素であり高強度の鋼線を得るためのものであって、0.97質量%以上とすることが必要であり、一方、1.02質量%を超えると、初析セメンタイトが析出しやすいため、延性が低下し、かつ伸線性が劣化する。
Siは鋼の脱酸のために必要な元素であり、0.80質量%未満であると、脱酸効果が不十分となり、一方、1.0質量%を超えると、熱処理性を阻害して、その熱処理後に形成されるパーライト中のフェライト相に固溶しパテンティング後の強度を上げる作用を円滑に行えなくなる。
Mnは鋼の焼き入れ性を確保するために添加するが、0.30質量%未満ではその十分な焼き入れ性を担保できず、一方、0.60質量%を超えると、パテンティングの際の変態時間を長くしすぎる。
Crは鋼の強度を高めるために添加するが、0.15質量%未満ではその添加効果が望めず、一方、0.30質量%を超えると、鋼線の延性を引き起こす。
【0012】
添加元素AlはAl酸化物やAlNの析出物としてオーステナイト粒の粗大化防止、遅れ破壊防止効果を有する下記作用をなすBを確保する効果を有する。そのAlの含有量は好ましくは0.02%以下とする。
Bはオーステナイト粒界への偏析等により焼入性の向上や遅れ破壊防止効果を有する。そのBの含有量は好ましくは0.01%以下とする。
Tiはチタンの酸化物・窒化物を形成してオーステナイト粒の粗大化防止、遅れ破壊防止効果を有する前記Bを確保する効果を有する。そのTiの含有量は好ましくは0.02%以下とする。
Cuは焼き入れ性を改善すると供に腐食生成物を生成して水素の浸入を防止して遅れ破壊を改善する。そのCuの含有量は好ましくは0.02%以下とする。
Moはブルーイング処理時の強度低下を防止する効果を有する。そのMoの含有量は好ましくは0.01%以下とする。
NはAlやTiと窒化物等を形成してオーステナイト粒の粗大化を防止するとともに遅れ破壊特性を改善する。そのNの含有量は好ましくは0.01%以下とする。
これらの多量の添加は介在物の量を増加させて強度、延性の低下を招くため、総量(合計)で0.05質量%以下とする。
【0013】
上記PC鋼より線材に用いる素線は高強度のため伸線加工中に割れ等が生じる恐れがある。このため、その割れ等を防ぐためには、絞り量(引張り試験において、試験片破断後における断面積の減少量と元の断面積の比の百分率)が55%以下のものを用いるのが好ましい。55%を超える絞り値(絞り量)を有するものでは高強度のPC鋼より線が得られない。好ましくは40%〜55%の範囲に調整するのがよい。
耐遅れ破壊特性は上記鋼成分と下記構造を採用することで相乗的に改善される。即ち、
PC鋼より線を構成する素線の表面30μm以内の金属組織中にフェライト相が50体積%以上とする。詳細は不明だが、素線表面の金属組織中にフェライト相を含ませると、水素拡散が抑制され遅れ破壊を改善するものと考えられる。この効果は、組織中の50体積%以上のフェライト相が必要となる。体積量は素線断面を組織観察してフェライト相の面積量から換算して求める。そのフェライト相の体積量は表面の脱炭量が大きくなるほど多くなる。尚、50%以外の相としては、パーライト、ベイナイト等が含まれる。
【0014】
また、上記素線構造ではフェライト相はパーライト相に比較して硬度が低いため素線表面が軟化して定着効率が低下することがある。その定着効率とは、定着体を用いたときの破断荷重と規格破断荷重の比(破断荷重/規格破断荷重)をいう。通常、95%以上となるように設計される。規格破断荷重は、ストランド径:21.8mmものでは659kN、同28.6mmのものでは1044kN、29.0mmのものでは1139kNである。
以上から、この定着効率を維持するために、PC鋼より線を構成する素線の表面30μm以内の硬度の平均が素線中心部の硬度に対して、0.6以上とする。素線の表面30μm以内の硬度の平均が素線中心部の硬度に対して、0.6未満であると、定着効率が95%未満に低下する。30μm以内の硬度の平均値を問題にするのは、定着の際、定着体が表面から一定の深さに食い込むため表面の硬度よりも表面近傍の硬度の平均値が問題となるためである。更に、硬度比が0.6以上の場合でも表面から30μm以上に亘ってフェライト相が存する場合は定着効率が低下するので好ましくない。
なお、PC鋼より線を構成する素線の表面30μm以内の硬度の平均が素線中心部の硬度に対して、0.6以上、1未満とし、表面硬度が中心硬度とほぼ同じ位以下であると、耐疵感受性が向上する。
【0015】
さらに、FIP試験で破断に至る時間が10時間以上となるようにする。このFIP(Federation Internationate de la Precontratinte)試験とは国際プレストレストコンクリート協会の基準による評価方法である。
この試験は、質量%で20%濃度のNH
4SCN(チオシアン酸アンモニウム)水溶液(比液量12cc/cm
2)を50℃±1℃に加熱し、その溶液中にサンプルを浸漬して破断荷重の0.7〜0.8倍の一定荷重を負荷し、破断時間を測定して耐遅れ破壊特性を評価するものである。
この特性の向上は、上記の鋼成分のものを素線表面30μm以内の金属組織中のフェライト相の量を50体積%以上存するように制御することで担保できる。フェライト量が多いほど、その相を含む領域が深いほど破断に至る時間は長くなる。最小値として10時間あればよい。
【0016】
以上の構成の高強度PC鋼より線は、従来周知の種々の方法によって適宜に製造しても良いが、例えば、上記構成の鋼材を、LNGと空気の混合ガス雰囲気中で980℃〜1020℃、100秒〜200秒間加熱保持して冷却後、500℃〜550℃で溶融塩浴及び/又は鉛浴中に40秒〜60秒加熱した後、伸線加工を施し、引き続いて200℃〜450℃でブルーイング処理を行うことができる。
【0017】
混合ガスが980℃未満ではオーステナイト化が不十分であり、同1020℃を超えるとオーステナイト粒の粗大化が起きて伸線加工性が低下する。加熱時間は100秒から200秒が好ましい。LNGと空気の混合ガス比(LNG量/空気量)は0.8未満だと表面の酸化による脱炭が大きくなり表面部に生じるフェライト相が多くなる。1.2を超えると、酸化による脱炭が少なく表面に生じるフェライト相が少なくなる。
【0018】
溶融塩浴又は鉛浴中の処理は500℃〜550℃で40秒〜60秒間加熱して行なう。この範囲を外れると伸線後の素線の強度が不足する。
【0019】
より線の最大伸び量はその温度と加熱時間を適宜選択して8%以下に制御できる。また、溶融塩浴と鉛浴は択一的に使用するか、または温度を変えて溶融塩浴の後に冷却後更に鉛浴処理してもよい。この処理により伸線前の鋼材の強度として、1450N/mm
2〜1600N/mm
2のものを伸線加工後に200℃〜450℃でブルーイング処理することで,1.2%伸び時での荷重270〜290kN以上のものを得ることができる。200℃未満だとブルーイングの効果が出ず、450℃を超えると強度が低下する。
【0020】
PC鋼より線を構成する素線の表面のフェライト相の厚さは伸線加工により制御する。即ち、減面率(引く抜き(伸線)前後の線の断面積の差と引き抜き前の同断面積との比の百分率)を70%から85%の範囲内とする。減面率が85%を超えると、伸線加工により素線表面のフェライト相が殆ど除去されてしまうため好ましくない。70%未満だとフェライト相の除去が困難となる。尚、この伸線加工は通常のより線の強度を発現させる処理として行った後、フェライト相の厚さ制御のために再度伸線加工として行ってもよい。