【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行い、水酸化マグネシウムをベースとする皮膜を有するマグネシウム系材料を起点とする開発を行った。これは、上記の通り、水酸化マグネシウムは、化学的に安定な物質であり防食皮膜として有用だからである。もっとも、水酸化マグネシウムも全く侵食を受けない防食皮膜ではなく、塩水中の塩素イオン等のアニオン(陰イオン)による侵食まで回避できるわけではない。
【0012】
そこで、本発明者は、水酸化マグネシウムを皮膜のベースとしつつ、耐食性を向上させる要素を追加することとした。そして、この追加要素としてAl−Mg系の層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide:LDH)の効果的な適用を見出した。
【0013】
層状複水酸化物とは、2価の金属(Mg)の水酸化物に3価の金属(Al)のイオンが固溶した複水酸化物が積層構造を形成してなる化合物である。この積層構造においては、複水酸化物基本層が正の電荷を持つことから、層間に負の電荷の陰イオンを挟んだ構造を維持している。
【0014】
この層状複水酸化物の特徴として、ホスト−ゲスト反応による陰イオン交換能が挙げられる。これは、層状複水酸化物は、他の陰イオンや水分子等の分子(ゲスト物質)が近接したとき、その基本層(ホスト層)の構造を維持しつつ、層間に包含していた陰イオンとゲスト物質とを交換し、ゲスト物質を取り込むことができるというものである。そして、かかるイオン交換能は、層状複水酸化物を含む皮膜の耐食性向上に有用である。皮膜が塩水等の腐食環境に曝されたとき、環境中の陰イオンを取り込むことで皮膜の侵食を抑制できると考えられるからである。
【0015】
但し、層状複水酸化物を防食皮膜に適用するとしても、その適正な含有量があるといえる。そこで、本発明者は、水酸化マグネシウムと層状複水酸化とからなる皮膜を有するマグネシウム材料について、好適な構成及びこれを形成するための方法について更なる検討を行い、本発明に想到した。
【0016】
即ち、本発明は、マグネシウム又はマグネシウム合金からなる基材と、前記基材表面上に形成された皮膜とからなるマグネシウム系材料において、前記皮膜は、水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2)と、次式で示されるMg−Al系層状複水酸化物とからなり、皮膜表面についてなされるX線回折の回折ピークについて、前記水酸化マグネシウムの(101)面のピーク強度(X)と、前記Mg−Al系層状複水酸化物の(003)面のピーク強度(Y)との比(Y/X)が、0.05〜0.3であることを特徴とするマグネシウム系材料である。
【0017】
【化1】
(式中、陰イオンであるA
n−は、炭酸イオン(CO
32−)、硝酸イオン(NO
3−)、フッ素イオン(F
−)の少なくともいずれかである)
【0018】
以下、本発明についてより詳細に説明する。上記の通り、本発明はマグネシウム系材料からなる基材上に、水酸化マグネシウムと適正量のAl−Mg系層状複水酸化物とからなる皮膜を形成することを特徴とする。以下の説明では、これら各構成について説明する。
【0019】
基材となるマグネシウム系材料は、純マグネシウム又はマグネシウム合金である。マグネシウム合金としては、少なくとも1質量%以上のアルミニウムを含むマグネシウム合金が好ましい。本発明では、Al−Mg系層状複水酸化物を必須の構成とするが、その形成にあっては、構成元素であるアルミニウムを合金素地から供給するのが合理的だからである。また、アルミニウムは、マグネシウムに合金化することで強度を向上させる合金元素であり、工業的なマグネシウム合金においては必須ともいえる元素だからである。
【0020】
このマグネシウム合金の例としては、Mg−Al−Zn合金が挙げられ、より具体的には、Mg−(2.5〜3.5質量%)Al−(0.6〜1.4質量%)Zn合金(AZ31合金)、Mg−(5.5〜7.2質量%)Al−(0.5〜1.5質量%)Zn合金(AZ61合金)、Mg−(7.5〜9.2質量%)Al−(0.2〜1.0質量%)Zn合金(AZ80合金)、Mg−(8.3〜9.7質量%)Al−(0.35〜1.0質量%)Zn合金(AZ91合金)が挙げられる。尚、合金の特性上の観点から、マグネシウム合金におけるアルミニウムの添加量は、10質量%を上限とするのが好ましい。また、アルミニウムはマグネシウム合金基材へ添加が好ましい元素ではあるが、純マグネシウム、又は、アルミニウムを含まないマグネシウム合金が基材であっても良い。後述するように、本発明に係る表面処理方法により、皮膜中にAl−Mg系層状複水酸化物を形成することができるからである。例えば、Mg−Zn系合金、Mg−希土類元素系合金等もマグネシウムの強度を向上させた合金であるが、これらについても本発明の基材として適用できる。
【0021】
基材上の皮膜について、その主な構成は水酸化マグネシウムである。上記の通り水酸化マグネシウムは、化学的に安定であり本来的に防食皮膜として有用だからである。この水酸化マグネシウムは、Al−Mg系層状複水酸化物のマトリックスであるが、微細粒子が緻密に結合した状態のものが好ましい。水酸化マグネシウムは、結晶子径が10〜100nmの微細なものが好ましい。このような好適な水酸化マグネシウムの形成については、後述の本発明に係る表面処理方法における処理温度、圧力により達成される。
【0022】
そして、水酸化マグネシウム中に包含されるAl−Mg系層状複水酸化物について、層間の陰イオン(化1の式におけるA
n−)は、炭酸イオン、硝酸イオン、フッ素イオンとする。これらを対象とするのは、腐食反応を促進する塩化物イオンや硫酸イオン等とイオン交換反応が可能な陰イオンだからである。
【0023】
本発明は、Al−Mg系層状複水酸化物の含有量として、皮膜表面についてなされるX線回折の回折ピークを基に、水酸化マグネシウムの(101)のピーク強度(X)と、Mg−Al系層状複水酸化物の(003)面のピーク強度(Y)との比(Y/X)が、0.05〜0.3とする。Al−Mg系層状複水酸化物は、上記した陰イオン交換能により皮膜を保護し、マグネシウム系材料の耐食性を向上させるが、ピーク強度比Y/Xが0.05未満の場合、その量が少なすぎるため皮膜が有効に保護されず侵食を受けるおそれがある。一方、ピーク強度比Y/Xの上限を0.3とするのは、Al−Mg系層状複水酸化物の混合量が増加すると、皮膜の主物質である水酸化マグネシウムの皮膜形成時にクラック等が形成されやすくなるためである。このピーク強度比Y/Xのより好ましい範囲は、0.1〜0.25である。
【0024】
本発明において、Al−Mg系層状複水酸化物の含有量の規定のためにX線回折におけるピーク強度を用いるのは、Al−Mg系層状複水酸化物は微細な化合物であり(電子)顕微鏡等での観察が困難であるからである。そして、X線回折は比較的簡易な分析手段であり、本発明におけるAl−Mg系層状複水酸化物のような不可視の微量物質の定量性についても一定の信頼性があるからである。ここで、ピーク強度比産出の基準となる水酸化マグネシウムの回折ピークとして(101)面の回折ピークを適用するのは、皮膜分析において最も強度の高いピークだからである。この水酸化マグネシウム(101)面のピークは、2θ=38°付近でみられる。一方、Al−Mg系層状複水酸化物の回折ピークとして(003)面の回折ピークを適用するのは、Al−Mg系層状複水酸化物の回折ピークの中で最も強い強度を示すからである。そして、Al−Mg系層状複水酸化物の回折ピークの位置は、包含する陰イオンの大きさによって多少異なるものの、2θ=11°付近で見られる。
【0025】
以上説明した水酸化マグネシウム及びAl−Mg系層状複水酸化物からなる皮膜は、その厚さが10〜100μmのものが好ましい。10μm未満では、微小な傷が生じた場合、そこから基材の侵食が発生することになる。また、100μmを超えるばあい、応力や熱衝撃により皮膜に割れ、剥離が生じることがある。
【0026】
尚、本発明に係るマグネシウム系材料について、その形状は限定されることはなく、板状、管状等あらゆる形状のものが適用できる。また、寸法についても制限はない。後述のように、本発明に係るマグネシウム系材料の製造方法で行われる表面処理方法においては、形状的制限・寸法的制限なく皮膜を形成することができるからである。更に、皮膜の形成は部分的なものであってもよく、片面又は両面のいずれでも良い。
【0027】
次に、本発明に係るマグネシウム系材料の製造方法について説明する。上記の通り、本発明はマグネシウム系材料に水酸化マグネシウムをベースにした皮膜を形成したものである。ここで、マグネシウム系材料に水酸化マグネシウムからなる皮膜を形成する方法としては、特許文献3が開示しており、マグネシウム系材料を水蒸気に養生(曝露)する。この水蒸気による皮膜形成は、水酸化マグネシウムを効果的に生成する処理としては有用であり、本願発明でもその基礎的な技術要素となり得る。但し、この従来の表面処理法を基にするマグネシウム系材料の製造方法では、膜厚制御が困難であるという問題があり、更に、本発明で必須とするAl−Mg系層状複水酸化物を有効量生成できないと考えられる。
【0028】
本発明者は、本発明に係るマグネシウム系材料の製造方法として、膜厚制御の問題を解決する方法として、水蒸気で処理する際の圧力を制御し、所定範囲の圧力で保持することで、緻密な水酸化マグネシウム皮膜を基材上に均一に形成できるとした。
【0029】
また、Al−Mg系層状複水酸化物の生成について、従来の水蒸気養生でもAl−Mg系層状複水酸化物は微量ながら生成していると考えられる。Al−Mg系層状複水酸化物は、マグネシウムの水酸化物にアルミニウムが固溶したものを基本とする。従って、マグネシウム合金基材にアルミニウムが含まれている場合に限れば、両者の水酸化物が生成し、ここに陰イオンとして処理雰囲気(大気)から炭酸イオンを取り込むことでAl−Mg系層状複水酸化物が生成すると考えられる。ただ、Al−Mg系層状複水酸化物の単位層は正の電荷を有する水酸化物であり、電荷的な中性状態を維持するためには陰イオンの供給が必要となる。この点、処理雰囲気から十分な陰イオンが供給できるとは考えられない。従って、単に水蒸気で処理をしても、生成できるAl−Mg系層状複水酸化物は極微量であり、本発明で規定するような効果的な量は不可能である。
【0030】
そこで、本発明者は、Al−Mg系層状複水酸化物を安定的に生成する手段として、上記の考察を基に、処理雰囲気中に陰イオンの供給源となる化合物を添加することとした。この処理雰囲気への陰イオンの供給源となる化合物の添加方法としては、従来の純水による蒸気を用いるのに替えて、陰イオンを含む炭酸塩、硝酸塩、フッ化物塩の水溶液の蒸気を利用することで可能となる。
【0031】
以上から、本発明に係るマグネシウム系材料の製造方法は、マグネシウム又はマグネシウム合金からなる基材を、温度150〜170℃、圧力0.4〜0.9MPaの処理液蒸気に接触させて皮膜を形成する工程を含み、前記処理液は、炭酸塩、硝酸塩、フッ化物塩の少なくともいずれかを含む水溶液であるものとする。
【0032】
このマグネシウム系材料の製造方法では、マグネシウム系材料からなる基材を、所定温度・圧力の処理液の蒸気中に曝露することで、基材表面に水酸化マグネシウムとAl−Mg系層状複水酸化物とからなる皮膜を形成するものである。
【0033】
ここで、処理液とは、炭酸塩、硝酸塩、フッ化物塩の少なくともいずれかを含む水溶液である。これらの塩はアルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム等)の塩(炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム等)や、アルカリ土類金属(カルシウム、ストロンチウム、バリウム等)の塩(炭酸カルシウム、硝酸カルシウム等)の他、貴金属の塩、コモンメタルの塩等が適用できる。これらの塩は、1種又は複数種を組み合わせて処理液とすることができる。
【0034】
また、本発明に係るマグネシウム系材料の製造方法は、純マグネシウム又はアルミニウムを含まないマグネシウム合金を基材とする場合でも皮膜を形成し、本発明に係るマグネシウム系材料の製造が可能である。これは、処理液の塩としてアルミニウムを含む塩(炭酸アルミニウム、硝酸アルミニウム)を適用することで、処理液中にアルミニウム(イオン)を含有させることができ、これがAl−Mg系層状複水酸化物の構成元素となるからである。このとき、アルミニウム塩は、Al−Mg系層状複水酸化物の構成成分である、アルミニウムと陰イオンの双方の供給源となる。尚、この場合、アルミニウム塩と共に炭酸ナトリウム等の上記の他の塩の双方から処理液を製造しても良い。
【0035】
そして、本発明では処理液の塩濃度を調整することで、皮膜中のAl−Mg系層状複水酸化物の含有量を制御することができ、塩濃度の上昇に伴いAl−Mg系層状複水酸化物の含有量は増加する。好ましい処理液の塩濃度は、1mM〜1Mである。この塩濃度は、従来のリン酸塩溶液等による化成処理で使用する処理液よりも極めて低減されている。本発明は、高温・高圧雰囲気により活性化された水を利用するものであり、処理液の塩濃度(陰イオンの供給量)はAl−Mg系層状複水酸化物の形成に必要な量程度で足りるからである。より好ましくは、処理液の塩濃度は、10mM〜0.5Mである。
【0036】
本発明では、マグネシウム系材料の蒸気による皮膜形成処理について、温度に加えて圧力制御を必須構成とする。圧力を高圧制御して一定圧で処理することで、水分子の活性を高め、基材と水との反応効率が向上する。これにより、緻密な皮膜を密着性良好な状態で形成することができる。また、圧力を一定に保持することで、均一な皮膜を形成することができる。
【0037】
本発明では、温度150〜170℃、圧力0.4〜0.9MPaの処理液蒸気により処理を行う。処理温度を150〜170℃とするのは、150℃未満では緻密な水酸化マグネシウムが形成されず、また、Al−Mg系層状複水酸化物の生成も不十分となる。一方、170℃を越えると、層状複水酸化物の存在量が減少するため、これを上限とする。処理圧力については、0.4MPa未満では緻密な水酸化マグネシウムが形成されない。また、0.9MPaを超えると皮膜形成の反応速度が速くなりすぎるため、皮膜の形成時にクラックが形成されやすくなるためである。好ましい処理条件は、温度155〜165℃、圧力0.5〜0.8MPaである。
【0038】
処理液の水蒸気による処理時間は、3〜8時間が好ましい。処理時間と皮膜厚さには相関があり、処理時間の増加に伴い皮膜は厚くなる。好適な膜厚の皮膜を形成するためには上記時間とするのが好ましい。尚。処理液の水蒸気と基材の接触の方法については特に限定はない。例えば、圧力容器に基材を処理液と共に配置し、温度・圧力を制御して発生した水蒸気雰囲気に基材を曝露することで処理が可能である。
【0039】
以上の処理がなされたマグネシウム系材料については、洗浄等の後処理を適宜に行っても良いし、行わなくても良い。処理液中の塩濃度は低いことから、処理後のマグネシウム系材料表面の不純物吸着量は低減されているからである。また、処理後のマグネシウム系材料については、塗装を行っても良い。
【0040】
また、本発明に係るマグネシウム系材料の製造については、皮膜形成の処理前に基材について、酸化膜除去処理、脱脂処理、酸洗処理、防錆処理、除錆処理等の前処理は不要である。本発明は高温高圧の蒸気を基材表面に作用させるものであるので、基材表面に不純物が付着していても水蒸気の清浄作用により除去されるからである。
【0041】
そして、以上説明したマグネシウム系材料の製造方法は、所定の塩を含む処理液の水蒸気を用いて、マグネシウム系材料からなる基材について表面処理を行うことを中心とする。そして、この表面処理方法は、マグネシウム系材料からなる部材、構造物等についても有用である。即ち、これら部材等を基材として、上記の水蒸気処理を行うことで、好適な皮膜を形成し耐食性を向上させることができる。
【0042】
そして、本発明に係る表面処理方法は、圧力の規定はあるものの、水蒸気を基材に接触させることで可能であるから、被処理材に形状的制限・寸法的制限はない。また、上記の通り、この前処理方法は、洗浄等の前処理は不要であることから、その有用性は高いといえる。