特許第6115935号(P6115935)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6115935二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材とそれを用いたダイヤフラムと圧力センサとダイヤフラムバルブ及び二相ステンレス鋼の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6115935
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材とそれを用いたダイヤフラムと圧力センサとダイヤフラムバルブ及び二相ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170410BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20170410BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20170410BHJP
【FI】
   C22C38/00 302H
   C22C38/44
   C21D8/00 E
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-12373(P2013-12373)
(22)【出願日】2013年1月25日
(65)【公開番号】特開2014-141726(P2014-141726A)
(43)【公開日】2014年8月7日
【審査請求日】2015年11月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142837
【弁理士】
【氏名又は名称】内野 則彰
(74)【代理人】
【識別番号】100123685
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 信行
(74)【代理人】
【識別番号】100166305
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】大友 拓磨
(72)【発明者】
【氏名】内藤 慶大
(72)【発明者】
【氏名】菅原 量
(72)【発明者】
【氏名】小林 智生
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/088282(WO,A1)
【文献】 特開平09−202942(JP,A)
【文献】 特開2002−339042(JP,A)
【文献】 特表2009−516230(JP,A)
【文献】 特開平06−240410(JP,A)
【文献】 特開平07−173579(JP,A)
【文献】 特開昭61−157626(JP,A)
【文献】 特開昭59−070719(JP,A)
【文献】 特開2004−083937(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有し、0.2%耐力が1300MPa以上、破断伸び6%以上を示し、引張試験において弾性変形終了直後に破断する脆性破壊を起こさない二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材。
【請求項2】
0.2mol/lの濃度のリン酸水溶液中で過不動態電位が1.2V(v.sRHE)以上であり、過不動態電位を超えた電位上昇に伴って生じる電流密度の増加状態にピークを有する安定状態が存在することを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材
【請求項3】
Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有し、0.2%耐力が1300MPa以上を示す二相ステンレス鋼からなるダイヤフラム
【請求項4】
請求項3に記載のダイヤフラムを備えた圧力センサ。
【請求項5】
請求項3に記載のダイヤフラムを備えたダイヤフラムバルブ。
【請求項6】
Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する二相ステンレス鋼素材に、減面率50%以上の加工を施し、500℃以下で時効熱処理を施すことにより、0.2%耐力を1300MPa以上とすることを特徴とする二相ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する二相ステンレス鋼素材に、減面率83%以上の加工を施し、500℃以下で時効熱処理を施すことにより、0.2%耐力を1500MPa以上とすることを特徴とする二相ステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
前記時効熱処理を350〜500℃で行うことを特徴とする請求項またはに記載の二相ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材とそれを用いたダイヤフラムと圧力センサとダイヤフラムバルブ及び二相ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタルダイヤフラムは圧力センサの接液部分であり、耐食性、耐圧性に優れる合金材料を素材として構成されている。このメタルダイヤフラムの実用環境は多岐に亘るため、プロセス流体の液性、圧力、温度など使用環境を考慮して素材を検討する必要がある。
従来、この種メタルダイヤフラムの素材にはCo基合金、Ni基合金あるいは析出硬化型ステンレス鋼などが適用されてきた。
【0003】
例えば、Ti、Al、Nb等の析出強化元素を混合したFe−Ni系合金あるいはFe−Ni−Co系合金からなる金属材料の固溶体に対して熱処理を施し、時効効果処理を行うことにより強度を高めた金属材料からなるダイヤフラムが知られている(特許文献1参照)。
圧力センサの金属製ダイヤフラムの構造として、Cr+Mo20〜40%、Ni20〜50%、Co25〜45%を主成分とし、20%以上の冷間加工を施した後に400〜600℃で熱処理された合金からなるダイヤフラムが知られている(特許文献2参照)。
薄膜センサの製造方法として、金属ダイヤフラムを用いる薄膜圧力センサにおいて、金属ダイヤフラムの析出強化処理を薄膜圧力センサの形成工程と同時に行う方法が開示されている(特許文献3参照)。
圧力検出器の構造として、コバール材からなる受圧用金属ダイヤフラムのダイヤフラム面に低融点ガラス層を介して板ガラスを接合し、該板ガラスに歪ゲージ半導体チップを載置して板ガラスと半導体チップを陽極接合した圧力検出器が知られている(特許文献4参照)。
半導体圧力センサとして、Niを36〜40重量%含有し、残部Feの組成を有するFe−Ni合金で固定ヘッダーを構成し、該固定ヘッダーの中央部に外部圧力導入管を設け、ステム本体を取り付け、固定ヘッダー上に装着される半導体圧力センサ素子を備えた半導体圧力センサが知られている(特許文献5参照)。
【0004】
これら各種従来技術のメタルダイヤフラムを構成する合金には、Crが添加されており、合金の表面に緻密な酸化クロム層からなる不動態膜が形成されて優れた耐食性を示す。また、メタルダイヤフラムの素材にはTi合金を用いることもあるが、Ti合金の場合は酸素との親和力が高いTiが表面で酸化チタン層を形成するため、優れた耐食性を示す。
メタルダイヤフラムに要求される機械的特性は耐力の高さである。メタルダイヤフラムを適用する圧力センサの原理は、プロセス流体から力を受けた際、メタルダイヤフラムに添設したひずみゲージを介しメタルダイヤフラムの変形量を電気的に検知することである。従って、圧力測定の再現性が保たれるのは、メタルダイヤフラムが弾性変形する場合であり、耐力以上の応力をプロセス流体から受け取ると、メタルダイヤフラムが塑性変形してしまい、塑性変形後は適正な圧力値を示すことが不可能となる。従って、高精度な圧力検知性能を維持するため、メタルダイヤフラムの耐力はプロセス流体から受ける応力よりも高いことが必要である。
【0005】
メタルダイヤフラムにひずみ検出機能を付加するため、一般的には以下のような2パターンの構造が採用されている。1つ目の構造は、メタルダイヤフラムの液接面の反対面にひずみゲージを接着して設ける構造、2つ目の構造は、メタルダイヤフラム自体をひずみ素子として用いる構造である。いずれの構造においても、ひずみ検知精度を良好とするためには、メタルダイヤフラムの表面を平滑にする必要がある。そのためダイヤフラムの表面は種々の研磨工程を経て平滑面に仕上げられている。
したがって、圧力センサ用の素材を検討する際にあたり、使用環境を考慮して耐食性と耐圧性を発揮できる材料、圧力センサを組み立てる際の製造上の都合を考慮して有利な材料を選択することが重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−275128号公報
【特許文献2】特開平5−013782号公報
【特許文献3】特開平1−0173846号公報
【特許文献4】特開昭62−291533号公報
【特許文献5】特開昭58−148437号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Crを十分に含有する合金の多くは、ある程度の酸化性の環境下で緻密な酸化クロムの不動態皮膜が形成され、優れた耐食性を呈する。しかし、不動態皮膜の形成が乏しい非酸化性の環境下、あるいは不動態皮膜がさらに酸化される強力な酸化性の環境下では、不動態皮膜が破壊されるため下地が露出し、溶解してしまう。例えば、非酸化性の環境としては、アルカリ性水溶液中や高温の中性水溶液中がある。一方で強力な酸化性の環境としては、電気化学的な防食法を適用して干渉が生じ、意図せずアノード電位が印加される場合がある。メタルダイヤフラムは上述のいずれの環境にも配置される可能性があり、これらの環境に適した材料を支給することが技術的課題である。
【0008】
従来からメタルダイヤフラムの素材として広く用いられているCo−Ni基合金の耐力は、加工することで1500〜1600MPa程度まで増加させることができ、高強度化を達成できる。ところが、同様な機械的特性を他の合金、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼あるいはTi合金にて達成することは出来ない。
また、析出硬化型合金からなるメタルダイヤフラムの場合、メタルダイヤフラムの表面を研磨すると、軟質の母相が優先的に研磨され、硬質相の突出、あるいは硬質相の脱落が生じてしまい、良好な平滑状態を得られにくい問題がある。そのため、メタルダイヤフラムの表面に形成するひずみゲージのパターンの組み方にバラツキが生じてしまい、圧力検知の精度が粗くなる問題がある。さらに、析出硬化型合金からなるメタルダイヤフラムの場合、腐食環境下における析出相の脱落によるピットの形成、およびそのピットを基点とする破壊のおそれがある。
また、メタルダイヤフラムを構成するTi合金は疵がつきやすく、仕上げ研磨後も僅かな接触で傷が付いてしまう問題があるので、メタルダイヤフラムとしてより良い材料の開発が望まれている。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みなされたものであり、高強度化を達成でき、耐食性に優れ、平滑な表面状態を得ることができる二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材とそれを用いたメタルダイヤフラムとそのダイヤフラムを備えた圧力センサ及び二相ステンレス鋼の製造方法の提供を目的とする。また、本発明は、前記ダイヤフラムを備えたダイヤフラムバルブの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は、Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有し、0.2%耐力が1300MPa以上、破断伸び6%以上を示し、引張試験において弾性変形終了直後に破断する脆性破壊を起こさない二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材に関する。
本発明において、0.2mol/lの濃度のリン酸水溶液中で過不動態電位が1.2V(v.sRHE)以上であり、過不動態電位を超えた電位上昇に伴って生じる電流密度の増加状態にピークを有する安定状態が存在するものであっても良い。
【0011】
本発明は、Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有し、0.2%耐力が1300MPa以上を示す二相ステンレス鋼からなるダイヤフラムに関する
本発明は、先に記載のダイヤフラムを備えた圧力センサに関する。
本発明は、先に記載のダイヤフラムを備えたダイヤフラムバルブに関する。
【0012】
本発明に係る二相ステンレス鋼の製造方法は、Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する二相ステンレス鋼素材に、減面率50%以上の加工を施し、500℃以下で時効熱処理を施すことにより、0.2%耐力を1300MPa以上とすることを特徴とする。
本発明に係る二相ステンレス鋼の製造方法は、Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する二相ステンレス鋼素材に、減面率83%以上の加工を施し、500℃以下で時効熱処理を施すことにより、0.2%耐力を1500MPa以上とすることを特徴とする。
本発明において、前記時効熱処理を350〜500℃で行うことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高強度化を達成でき、耐食性に優れ、平滑な表面状態を得ることができる二相ステンレス鋼からなる時効熱処理加工材であって、引張試験において弾性変形終了直後に破断する脆性破壊を起こさない時効熱処理加工材及び二相ステンレス鋼からなるダイヤフラムを提供できる。本発明は、前記ダイヤフラムを備えた圧力センサを提供することができる。また、本発明は、前記ダイヤフラムを備えたダイヤフラムバルブを提供することができる。
また、本発明によれば、時効熱処理により高強度化を達成でき、耐食性に優れ、平滑な表面状態を得ることができる二相ステンレス鋼を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は本発明に係る二相ステンレス鋼からなるダイヤフラムの第1実施形態を示す概略断面図である。
図2図2は本発明に係るダイヤフラムを備えた加圧センサの一実施形態を示す概略断面図である。
図3図3は本発明に係るダイヤフラムを備えたダイヤフラムバルブの一実施形態を示す概略断面図である。
図4図4は本発明に係るダイヤフラムを備えた加圧センサの他の実施形態を示す概略断面図である。
図5図5は本発明に係る二相ステンレス鋼をアノード分極試験した状態において二相ステンレス鋼試料の腐食電位とCo−Ni合金試料の腐食電位の電流密度依存性を示すグラフである。
図6図6は二相ステンレス鋼試料とCo−Ni合金試料をスウェージ加工した場合の減面率に応じた加工硬化状態の一例を示すグラフである。
図7図7は二相ステンレス鋼について加工率83%でスウェージ加工した試料とスウェージ加工していない試料において350℃保持時間と硬度の変化率の関係を示すグラフである。
図8図8は最適化条件で処理した二相ステンレス鋼試料の応力とひずみの関係を示すグラフである。
図9図9は最適化条件で処理した二相ステンレス鋼試料の引張破断面を示すもので、図9(a)は破断面全体を示す図、図9(b)は破断面の中央部拡大図である。
図10図10は実施例試料のアノード分極試験結果を示すグラフである。
図11図11は異なる減面率で加工した各試料を200〜400℃の温度で時効熱処理した場合のビッカース硬度を示すグラフである。
図12図12は各試料の熱処理前と熱処理後のターフェルプロットを示すグラフである。
図13図13は熱処理前と熱処理後の試料のアノード分極曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の二相ステンレス鋼からなるダイヤフラムの一実施形態および該ダイヤフラムを備えた加圧センサの一実施形態について説明する。
本実施形態のダイヤフラム1は、中央部が上部側へ膨出された曲率半径を有する部分球殻形状(ドーム形状)のドーム部2と、このドーム部2の周縁に境界部3を介し連続的に形成された鍔部4を備えてなる構造を1つの形態として採用できる。この形態のダイヤフラム1は、図示略のケーシング等に収容されて配管などに取り付けられ、配管の内部を流れる流体の圧力を受けて変形し、流体圧の計測などに使用される。このようなダイヤフラムを圧力センサに適用した例を図2に示す。
【0016】
また、前記ダイヤフラムは、図示略のケーシング等に収容されてケーシング内部の流路を開閉するダイヤフラムバルブなどに使用される。ダイヤフラムをダイヤフラムバルブに適用した例を図3に示す。また、ダイヤフラム上に絶縁層を介してひずみゲージを形成することで、圧力センサとして利用することができる。ひずみゲージを備えた圧力センサにダイヤフラムを適用した例を図4に示す。
ダイヤフラムの適用例はこれらに限らず種々の形態を考えられるが、いずれにおいてもこれらのダイヤフラムは後に詳述する二相ステンレス鋼からなり、高強度化を達成でき、耐食性に優れ、平滑な表面状態を得ることができる特徴を有している。
【0017】
ダイヤフラム1を構成する二相ステンレス鋼として、Cr:24〜26質量%、Mo:2.5〜3.5質量%、Ni:5.5〜7.5質量%、C≦0.03質量%、N:0.08〜0.3質量%、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する二相ステンレス鋼を採用できる。
なお、本実施形態において説明する成分含有量の範囲について、特に注釈しない限りは上限と下限を含むものとする。よって、Cr:24〜26質量%は、Crを24質量%以上、26質量%以下含有することを意味する。
【0018】
ダイヤフラム1を形成する二相ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相の比率が近い範囲の二相組織を呈し、上述の組成比を有する。ただし、オーステナイト相とフェライト相の比率について同率である必要はなく、二相が共存した組織であればよい。各成分の限定理由について以下に説明する。
Cr(クロム):Crは大気腐食からの保護に必要な安定した不動態皮膜を形成するために必要であり、二相ステンレス鋼として20質量%以上が必要であるが、本実施形態のダイヤフラム6において目的を達成するためには24〜26質量%程度必要である。
Mo(モリブデン):MoはCrがステンレス鋼に耐孔食性を付与することを補助する。上述の範囲のCrを含有するスレンレス鋼に対しMoを2.5〜3.5質量%程度含有させることで孔食や隙間腐食への耐性をCrのみ含有する場合よりも向上させることができる。
【0019】
N(窒素):Nは、二相ステンレス鋼の耐孔食性と耐隙間腐食性を高める。また、Nは二相ステンレス鋼の強度向上に寄与し、有効な固溶体強化元素である。Nは、靭性の向上にも寄与するので、0.08〜0.3質量%含有することが好ましい。
Ni(ニッケル):Niはステンレス鋼の結晶構造を体心立方(フェライト)から面心立方(オーステナイト)への変化を促進し、オーステナイト相の安定化に寄与し、加工性を確保するためにも必要である。このため、Niは、5.5〜7.5質量%含有することが好ましい。
C(炭素):炭素は脆さの原因となるカーバイドの生成を抑制するため低い含有量であることが好ましい。このため、C含有量を0.03質量%以下とする。また、CはCrと結合した状態で組織内に存在すると粒界から腐食される原因となるため、C量は低いことが好ましい。
【0020】
前記組成比の二相ステンレス鋼であるならば、0.2mol/lの濃度のリン酸水溶液中で過不動態電位が1.2V(v.sRHE)以上を示す。このため、従来から知られているCo−Ni基合金よりも過不動態電位が高くなり、非酸化性の酸性溶液中においてCo−Ni基合金よりも均一腐食が生じにくい特徴を有する。
【0021】
上述した組成比の二相ステンレス鋼について、上述の組成の合金溶湯から溶製し、鋳片から鍛造や熱間圧延、冷間圧延、スウェージ加工などの常法を用いて目的の形状、円盤状やドーム形状に加工してダイヤフラムを得ることができる。
本実施形態の目的を達成するために、冷間加工、例えば、冷間スウェージ加工により、減面率50%以上、より好ましくは57.8%以上、更に好ましくは62%以上、最も好ましくは減面率83%以上の加工を施し、その後、300〜500℃の温度で熱処理を施し時効硬化させる。上述の減面率50%以上かつ300〜500℃の温度で熱処理を施して二相ステンレス鋼を時効熱処理により硬化させることで、0.2%耐力で1300MPa〜1700MPaの高耐力を示す耐食性に優れた二相ステンレス鋼を得ることができる。なお、上述の加工によりダイヤフラム形状に加工して時効熱処理するならば、0.2%耐力で1300MPa〜1700MPaの高耐力を示す耐食性に優れたダイヤフラムを得ることができる。
【0022】
従来から二相ステンレス鋼の時効硬化については知られておらず、本発明者が今回見出した現象である。また、上述の組成比の二相ステンレス鋼に対し500℃を超える温度、例えば650℃で熱処理して時効すると、耐力や引張強度は向上するものの、破断伸びが得られず、引張試験において弾性変形終了直後に脆性破壊を呈する。更に、熱処理温度が200℃程度と低い場合は時効硬化する割合が低く、減面率の条件によっては室温での硬さより低下する。
このため、熱処理温度は300〜500℃の範囲が好ましく、350〜500℃の範囲がより好ましい。上述の時効熱処理が有効に作用することで、1500MPa以上の二相ステンレス鋼となる
【0023】
図2は上述の二相ステンレス鋼からなるダイヤフラムを圧力センサに適用した一実施形態の構造を示す。
図2に示す圧力センサ10は、圧力測定の対象流体を導入する導入路を備えたキャップ部材5とキャップ部材5の内部に一体化されたダイヤフラム6を備えている。このダイヤフラム6は、薄肉の受圧部6Aとその外周縁を囲むように延設された筒部6Bと該筒部6Bの外周に形成された鍔部6Cとからなり、筒部6Bの内部空間が圧力室6Dとされている。
キャップ部材5は、開口部5aを有したカップ状で、開口部5aの外周側にフランジ部5bを有し、開口部5aの内周がダイヤフラム6の鍔部6Cと接合されている。キャップ部材5は、例えば、金属あるいは金属と樹脂との複合材などから構成されている。キャップ部材5の内部にはキャップ部材5とダイヤフラム6とで仕切られるように基準圧力室8が形成されている。キャップ部材5には基準ガスを導入する導入口(図示略)が形成され、この導入口から基準ガスが導入され、基準圧力室8の内圧が制御される。
【0024】
図2に示すように圧力センサ10が測定対象物の流路11を形成する配管12の周壁に形成した開口部12aの周囲に取り付けられ、ダイヤフラム6の圧力室6Dに配管12内の流体が導入されると、受圧部6Aが流体の圧力を受けて変形できるようになっている。
ダイヤフラム6の受圧部6Aにおいて基準圧力室8側は平滑面、例えば鏡面に加工され、シリコン酸化膜などの絶縁膜13とブリッジ回路15が形成されている。ブリッジ回路15は図示略の4つの歪ゲージにより構成され、各歪ゲージにはコネクタ用配線16a、16b、16c、16dなどの配線16が接続されている。
【0025】
基準圧力室8に基準ガスを導入して圧力室6Dに配管12の流体圧が印加されるとダイヤフラム6の受圧部6Aが変形し、この変形により4つの歪ゲージの抵抗が変化するのでブリッジ回路15により抵抗変化を計測することができ、この計測結果を演算することにより圧力室6Dの圧力を検出することができる。しかし、受圧部6Aは薄肉であり、流体の圧力を直に受けるので、ダイヤフラム6の受圧部6Aを構成する金属材料は強度が高く、耐食性に優れていることが必要とされる。
【0026】
また、配管12が食品医薬品の分野などの配管の場合、配管12の衛生管理維持のため、非酸化性の酸性洗浄液が用いられる場合がある。このような配管の腐食を防ぐために、カソード防食法を適用し、配管12に特定の電位を付加して防食対策を講じる場合、圧力センサ10と配管12に電源17が接続される。この電源17のアース側(陰極側)が配管12に接続され、陽極側が圧力センサ10のキャップ部材5に接続され、これらの間に電位差が付加される。
このように電位差が生じると、配管12そのものをカソード防食することはできるものの、条件によってはダイヤフラム6がアノード側に分極される結果、ダイヤフラム6の薄肉の受圧部6Aが優先的に腐食される傾向となる。以上のような場合においてもダイヤフラム6の受圧部6Aは良好な耐食性を示す必要がある。
【0027】
以上説明のように高強度が要望され、カソード防食法が適用される腐食環境下においても優れた耐食性を要求されるダイヤフラム6の受圧部6Aを構成する金属材料は、上述した組成を有し、上述した時効熱処理が施された高強度かつ高耐食性の二相ステンレス鋼からなることが好ましい。上述した二相ステンレス鋼からなる、時効熱処理したダイヤフラム6であるならば、0.2%耐力を1300〜1700MPaの範囲の優れた強度とすることができ、配管12内の流体から高い圧力を受けた場合であってもダイヤフラム6が塑性変形することなく弾性変形する領域が広いので広い圧力範囲で高精度な圧力検知性能を維持できる。
また、二相ステンレス鋼は析出強化型の合金とは異なり、表面を鏡面などのように平滑に研磨した場合であっても、部分的に優先研磨されるおそれがなく、均一に研磨できるので、研磨により鏡面などの平滑面を確実に得ることができる。平滑面を得やすいことは、二相ステンレス鋼からダイヤフラム6の受圧部6Aを構成し、受圧部6Aの研磨した一面にひずみゲージなどの回路を構成する場合、ひずみゲージを正確に形成できるので、圧力検知精度の高い圧力センサを得る場合に有利となる。
更に、前述の二相ステンレス鋼であれば、0.2mol/l濃度のリン酸水溶液中で過不動態電位が1.2V以上であるため、図2に示すように電位差を与えるカソード防食法を採用した場合であっても、ダイヤフラム6を優先腐食させてしまうおそれが少なく、耐食性の高いダイヤフラム6を備えた圧力センサ10を提供できる。
【0028】
図3は本発明に係るダイヤフラムをダイヤフラムバルブに適用した形態を示すもので、この形態のダイヤフラムバルブ20は、内部に第1流路21と第2流路22とが形成された平板状の本体23と、本体23上に設置されたダイヤフラム26と、前記本体23とともにダイヤフラム26を挟み付けている蓋体25を備えてなる。本体23の内部には、本体23の一方の側面23aから本体23の上面23bの中央部に達する第1流路21と、本体23の他方の面23cから本体23の上面23bの中央部近くに達する第2流路22が形成されている。本体23において一方の側面23aに第1流路21が開口された部分が流入口27とされ、本体23において他方の側面23cに第2流路22が開口された部分が流出口28とされている。
【0029】
本体23の上面中央側において第1流路21が連通した部分に周段部28が形成され、この周段部28に台座29が取り付けられている。ダイヤフラム26は先に説明したダイヤフラム1と同等の二相ステンレス鋼からなり、前述したダイヤフラム1と同様にドーム部26Aと境界部26Bと鍔部26Cからなる円盤ドーム状に形成されている。
このダイヤフラム26はドーム部26Aの膨出側を上にして本体23の上面23bとの間に圧力室26aを構成するように本体23と蓋体25の間に挟持されている。
また、蓋体25の上面中央部にステム24を挿通するための貫通孔25aが形成され、ステム24がダイヤフラム26の上面中央部に接するように配置されている。
【0030】
以上構成のダイヤフラムバルブ20は、ステム24を下降させてダイヤフラム26のドーム部26Aを図3の2点鎖線に示すように下向きに変形させて弁座29に押し付けることで第1流路21と第2流路22との連通を遮断し、ステム24を上昇させてダイヤフラム26のドーム部26Aを弁座29から引き離すことで第1流路21と第2流路22を連通させることができる。
ダイヤフラムバルブ20はステム24の上下移動に応じて第1流路21と第2流路22の連通と遮断を切り替えできるバルブとして使用できる。
【0031】
以上構成のダイヤフラムバルブ20においても、ダイヤフラム26を上述の二相ステンレス鋼から構成しているので、強度が高く、耐食性に優れたダイヤフラム26を備えることで、優れたダイヤフラムバルブ20を提供できる効果がある。
【0032】
図4は本発明に係るダイヤフラムを圧力センサに適用した形態を示すもので、この形態の圧力センサ30は、上述の二相ステンレス鋼からなる薄肉の受圧部36Aを筒部36Bの一端側に有するダイヤフラム36を備え、受圧部36Aの上面側に絶縁層31を介し4つの感圧抵抗膜32とこれらの感圧抵抗膜32に接続された6本の配線層とから構成されている。6本の配線層のうち、2つの配線層33の一側端部は2つの感圧抵抗膜32に接続され、これら2つの配線層33の他側端部には端子接続層35が形成されている。また、残り4本の配線層34の一側端部にそれぞれ1つの感圧抵抗膜32が接続され、これら配線層34の他端側に端子接続層37が形成されている。これらの端子接続層35、37に測定器を接続することで4つの感圧抵抗膜32を備えるブリッジ回路を構成することができ、このブリッジ回路を利用して受圧部36Aに付加された圧力を各感圧抵抗膜32の抵抗変化から算出することができる。
【0033】
以上説明した構成の圧力センサ30においても、上述の実施形態の圧力センサ10と同様、上述の二相ステンレス鋼からなるダイヤフラム36を備えているので、受圧部36Aの強度が高く、高い圧力に耐えることができ、また、配管等にカソード防食法を採用したとしても耐食性に優れたダイヤフラム36とすることができ、計測精度が高く耐食性に優れたダイヤフラムバルブ30を提供できる効果がある。
【0034】
以上説明したように上述の実施形態では上述の二相ステンレス鋼からなるダイヤフラムを図1図4に具体構造を示す各ダイヤフラムに適用した例について説明したが、本発明は図1図4に示す各構成のダイヤフラムのみに適用される技術ではなく、多種多用な用途のダイヤフラム一般に広く適用できるのは勿論である。
また、図1図4に示す実施形態では図面を見易くするためにダイヤフラム各部の縮尺や形状を適宜調整して描いているので、本発明に係るダイヤフラムが図示した形状に拘束されないのは勿論である。
【実施例】
【0035】
ダイヤフラムを構成する材料の対比のため、Ni:31%(質量%、以下同じ)、Cr:19%、Mo:10.1%、Nb:1.5%、Fe:2.1%、Ti:0.8%、残部Coの組成を有するSPRON510(登録商標:セイコーインスツル株式会社)を試料1合金として用意した。
また、JIS規定SUS316Lの合金を試料2として用意し、JIS規定SUS329J4Lの合金を試料3として用意した。SUS316Lは、C:0.08%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:11%、Cr:18%、Mo:2.5%で示される組成比のオーステナイト系ステンレス鋼であり、試料2合金とした。SUS329J4Lは、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.5%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Ni:6%、Cr:25%、Mo:3%、N:0.1%で示される組成比の二相ステンレス鋼であり、試料3合金とした。
試料1合金として、均質化熱処理上がり材であり、1070℃、2時間保持後炉冷した合金を用いた。試料2合金は、均質化熱処理上がり材であり、1070℃、水冷により得た合金である。試料3合金は、均質加熱処理上がり材、1080℃、水冷により得た合金であり、後に詳述する如く冷間スウェージング加工により後述する減面率にて加工された試料である。
【0036】
それぞれの試料1〜3合金を用いてリン酸水溶液中でアノード分極試験を行った。分極試験の条件は以下の通りである。
電解液:1%リン酸水溶液0.2mol/l)、1回の測定にて200ml使用、対極:Pt、参照極:可逆水素電極(RHE)、ポテンショスタット/ガルバノスタット:EG&G PRINCETON APPLIED RESEARCH model 263A、脱気:Nガスで15分バブリング、試験方法:−0.4V(v.s RHE)で15sec保持し、2.0V(v.s RHE)まで0.333 mV/sで掃引。以上説明のアノード分極試験結果を図5に示す。
【0037】
図5の低電位側からアノード分極試験の結果を見ていくと、リン酸溶液での試料1合金の腐食電位(電流密度が0mA/cmのときの電位)は、試料2合金や試料3合金に比べて高いことが分かる。すなわち、単純な浸漬状態では試料1〜3合金の耐食性はいずれも良好である。
ところが、さらに電位を高めると、試料1合金では、電流密度が急激に増加する過不動態腐食が生じる。この電流密度の急激な増加は電極表面では緻密な不動態皮膜が破壊されることに起因する。この際の電位を過不動態電位と称し、この値が高いほど過不動態腐食が生じにくく、耐食性に寄与する不動態皮膜が維持されていることを示す。
【0038】
試料1合金の過不動態電位は試料2合金や試料3合金の値と比べて低い。すなわち、試料1合金は、電位が低い状態では優れた耐食性を示すが、電位が高い状態では過不動態腐食が容易に生じてしまい、腐食が激しく進行し、全面腐食を呈することを示している。図5に示す結果では、試料1合金の過不動態電位は、約1.2V(v.s RHE)前後であるのに対し、試料3合金の過不動態電位は、1.2V(v.s RHE)より高く、約1.4V(v.s RHE)程度であると読み取ることができる。ここで、試料1合金の電流密度の増加状態が直線的に急激に立ち上がるのに対し、試料3合金の電流密度の増加状態は単調ではなく、一端立ち上がった後、2.0E−03前後で小さなピークを有してから1.9V程度まで安定する状況から、試料合金3の腐食挙動は、一気に全面腐食するに至らず、一端安定状態となってから腐食が再開されるので、試料1の合金より試料3の合金の方が明らかに耐食性に優れていると見なすことができる。この領域で上述の小さなピークを生じた後に安定化することは、もともと生じていた1次不動態膜が腐食して破壊された後、合金表面においてCrの価数が変わることにより更に厚い2次不動態膜(Crの酸化皮膜)が生成されることを意味する。そして、この2次不動態膜が有効となって防食機能を奏すると推定できる。
図5に示す結果から、二相ステンレス鋼からなる試料3合金は、試料1合金に比べて電位が高い場合であっても耐食性に優れ、全面腐食が生じ難いと解釈できる。
【0039】
図6は試料1、2、3合金のスウェージ加工による硬さ(Hv)(ビッカース硬さ試験、荷重:300gf、試験時間:15sec)の変化を示したグラフである。スウェージ加工の進行に伴い、試料1、2、3合金のいずれもが加工硬化している。比較のために用意した試料1合金と試料2合金の硬さを示す。試料3合金の加工硬化の程度は、試料1合金ほどではないが、減面率が60%以上になると飽和傾向を示す試料2合金とは異なり、単調増加している。試料1合金は減面率80%において約500Hv程度、試料3合金は減面率80%において約400Hv程度を示している。
【0040】
図7は350℃における時効時間と硬度の変化率の関係を示す。時効硬化は図中□印で示している減面率(加工率)83%の試料において顕著であり、時効時間が2h(120分)で増加率が最大となった。ステンレス鋼は析出硬化型の鋼種を除き、特に、二相系ステンレス鋼では時効硬化しない(「ステンレス鋼便覧」はじめ多数文献に開示されている。)とされているが、本実施例において初めて二相ステンレス鋼である試料3合金の時効硬化現象を確認できた。
なお、加工を施していない減面率(加工率)0%の試料は硬度変化率が小さいことも分かる。
【0041】
図8は上述の最適化条件(減面率83%、350℃、2時間時効)で時効熱処理を施した最適化材としての試料合金の引張試験(ひずみ速度:1.5×10−4−1)から得られた応力とひずみの関係を示す線図である。ダイヤフラム用のCo−Ni基合金の従来材(SPRON510:登録商標:セイコーインスツル株式会社)を参考にして得られた最高目標とする境界条件の耐力1500MPaを図中に点線で示している。Red.83%(減面率83%)の加工まま材(熱処理なしの試料)にあっては、最大強度でさえも最高目標の1500MPaに達していない。
しかし、最適化条件で時効熱処理を施すことで最高目標とする境界の1500MPaを十分に超える値となった。最適化(減面率83%、350℃、2時間時効)後の0.2%耐力は1640MPaであった。
図8に示す試験結果で判明したのは、減面率0%で加工していない試料合金と、減面率57.8%、83%でスウェージ加工し、時効熱処理していない試料合金は、いずれも弾性変形終了直後に破断してしまう脆性破壊を呈するが、減面率83%でスウェージ加工し、時効熱処理した試料は1600MPaを超える耐力を示した。また、減面率83%でスウェージ加工し、時効熱処理した合金試料は、耐力が高い上に、脆性ではない特性を示すので以下に説明する。
【0042】
図9は、図8に示す最適化条件で時効熱処理した試料の破断面を示す金属組織写真である。図9(a)に示すSEM写真(走査型電子顕微鏡写真)は、最適化処理材の引張破断面の全体を示し、図9(b)に示すSEM写真は、同引張破断面中央部の部分拡大を示す。
図9に示すように引張破断面には多数のボイドとともに滑らかな破断面も観察された。上述の最適化条件での時効熱処理を行った試料は、硬度が増しているため、塑性変形しにくい粒において、へき開破壊を呈していると考えられる。これらの金属組織写真において、破壊面にディンプルの存在を認めることができるが、破壊面にディンプルが存在することは、延性破壊したことを意味する。また、図9(b)に示す破壊面の中央部拡大写真においてディンプルの他に滑らかな面の存在も確認できるので、粒内破壊している部分も存在する。このようにディンプルの部分と滑らかな面が破断面に共存していることは、部分的に異なる破壊形態が共存していることとなり、耐力が高いながらも延性を示し、脆性破壊的ではない破断面であることを意味している。
【0043】
図10は二相ステンレス鋼からなる先の試料3合金の未加工材(Red.0%)のアノード分極曲線と、同試料3合金の83%加工材(Red.83%)のアノード分極曲線と、最適熱処理施した試料3合金(最適熱処理材)のアノード分極曲線である。加工履歴によらず、低電位側の腐食電位および不動態域においては大きな違いが認められなかった。すなわちリン酸水溶液の浸漬に対しては加工の有無によらずいずれの試料も低電位側では同程度の腐食度を示すと考えられる。
一方、高電位側では、未加工材に比べ加工材の過不動態電位には差がないものの、過不動態電流密度が加工を行うことで高くなった。これは加工により高密度な転位が材料内に導入されたことによるものと考えられる。さらに注目すべきは、多くのステンレス鋼で報告されているような熱処理後の耐食性の悪化は観察されなかったことである。これは耐食性に影響を及ぼす炭素が試料3合金にほとんど添加されていないため、炭化Crが形成されず粒界付近でのCr欠乏が起きていないためであると考えられる。
【0044】
図11は試料3合金を各減面率(50%、62%、83%)で加工後、200〜400℃の温度で時効熱処理施した試料のビッカース硬さ(Hv)(ビッカース硬さ試験、荷重:300gf、試験時間:15sec)を示している。参考のために熱処理前の硬さを横軸にR.T.(室温)と表記してプロットしている。いずれの減面率の試料合金も熱処理温度の増加に伴い、硬さが増加することを確認できた。
【0045】
以下の表1に、試料3合金を用いて減面率57.8%と83%の冷間スウェージ加工を施した後、350℃、500℃、650℃の各温度で時効熱処理を行った試料の引張特性を示す。表1に各処理における熱処理温度、保持時間(h)、0.2%耐力(MPa)、引張強度(MPa)、破断伸び(%)の値を併記した。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示す結果から、減面率57.8%の試料であっても、650℃で2.5時間の時効熱処理を施すと耐力が1400MPa以上となる。しかし、この試料は、弾性変形終了直後に破断してしまう脆性破壊を呈した。減面率が83%の試料では温度が350℃でも1500MPa以上の耐力を示し破断伸びが7.0%であった。
以上説明した図7図8に示す試験結果と、図11と表1に示す試験結果に鑑み、ダイヤフラムとして必要な耐力1300MPa以上を確保し、かつ、引張試験において弾性変形終了直後に破断する脆性破壊を起こさず、破断伸び6%以上を示すには、塑性加工によって減面率60%以上の加工が施され、350〜500℃で時効熱処理が施されることが必要であると思われる。
【0048】
以上説明した図7図8に示す試験結果と、図11と表1に示す試験結果に鑑み、ダイヤフラムとして従来材を超える優れた耐力1500MPa以上を確保し、かつ、引張試験において弾性変形終了直後に破断する脆性破壊を起こさず、破断伸び6%以上を示すには、塑性加工によって減面率83%以上の加工が施され、350〜500℃で時効熱処理が施されることが必要であると思われる。
また、減面率50%以上として減面率(加工率)が高いほど、目標の機械的特性が得られることが図11と表1の結果において示された。スウェージ加工ではダイス径のみを考慮すると、スタートから減面率に換算して99.6%の加工を施すことができる。しかし、圧力センサの製品としての使用寸法以下となってしまうため、90%程度の減面率が現実的な限界であると考えられる。このため、製品を考慮した実用的な減面率は50%以上、90%以下の範囲を選択することができる。勿論、機械特性の面でより高い目標値、例えば耐力1400MPa以上を得るためには、60〜90%の範囲が好ましく、耐力1600MPa以上を得るためには83〜90%の範囲がより好ましい。
【0049】
なお、時効熱処理の時間については、表1に示すように0.5〜5時間の間を選択できるが、図7に示す保持時間に伴う硬度変化率の関係から、0.2〜10時間の範囲で選択することが可能となる。なお、硬度を高めつつ生産効率を考慮すると、表1に示す0.5〜5時間の範囲を選択することが好ましい。
【0050】
図12は熱処理前および熱処理後の試料合金3のターフェルプロットである。
熱処理前の試料と350℃で熱処理を施した合金では大きな差がないが、熱処理温度が500℃以上では、腐食電位の低下と腐食電流密度の増加が認められる。すなわち、耐食性への熱処理の影響は処理温度が500℃以上で顕著であることが示された。このことから、リン酸系で非酸化性の酸性洗浄液が用いられる配管等に対し、カソード防食法を適用するような系において本発明のダイヤフラムを適用した圧力センサを適用する場合、ダイヤフラムがアノード側に分極される場合であっても、優れた耐食性を発揮するためには、二相ステンレス鋼を時効熱処理する場合の熱処理温度は500℃以下、より好ましくは350〜500℃の範囲に設定する必要があると考えられる。
【0051】
図13は熱処理前および熱処理後の試料3合金のアノード分極曲線である。
アノード分極試験では不動態皮膜形成についての情報を得ることができる。熱処理前材と350℃での熱処理材のアノード分極曲線はほぼ等しいため、両者の不動態皮膜の形成状態には差がないことが分かる。しかし、500℃および650℃で熱処理を施すと0V付近に活性態域が生じ、さらに0.5V近傍において電流密度のピークが確認された。電流密度の高まりは金属元素の酸化による溶解を示唆しており、500℃以上での熱処理は不動態皮膜形成へ影響を与えることを意味する。したがって試料3合金に対し500℃以上で熱処理を施すと不動態膜が形成されたとしても耐食性を示すほどの強さを有してはいないことを示唆している。
【符号の説明】
【0052】
1…ダイヤフラム、2…ドーム部、3…境界部、4…鍔部、5…キャップ部材、6…ダイヤフラム、6A…受圧部、6B…筒部、6C…鍔部、6D…圧力室、10…圧力センサ、11…流路、12…配管、12a…開口部、13…絶縁層、15…ブリッジ回路、17…電源、20…ダイヤフラムバルブ、21…第1流路、22…第2流路、23…本体、24…ステム、25…蓋体、26…ダイヤフラム、26a…圧力室、30…圧力センサ、31…絶縁層、32…感圧抵抗膜、33、34…配線層、35、37…端子接続層、36…ダイヤフラム、36A…受圧部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13