特許第6116300号(P6116300)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6116300
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】能動型消音システム
(51)【国際特許分類】
   G10K 11/178 20060101AFI20170410BHJP
【FI】
   G10K11/16 H
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-57153(P2013-57153)
(22)【出願日】2013年3月19日
(65)【公開番号】特開2014-182303(P2014-182303A)
(43)【公開日】2014年9月29日
【審査請求日】2015年11月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107308
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 修一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100120352
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100128901
【弁理士】
【氏名又は名称】東 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】金内 健
(72)【発明者】
【氏名】西村 浩一
【審査官】 菊池 充
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−207473(JP,A)
【文献】 特開平06−167987(JP,A)
【文献】 特開平07−098594(JP,A)
【文献】 特開平08−319912(JP,A)
【文献】 特開2008−149922(JP,A)
【文献】 特開平05−008694(JP,A)
【文献】 特開2008−005269(JP,A)
【文献】 特開平07−160271(JP,A)
【文献】 特開2010−246716(JP,A)
【文献】 米国特許第05426703(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 11/00−13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
騒音発生源が発生する騒音を検出する第1マイクロホンと、制御音を出力するスピーカと、前記騒音と前記制御音との合成音を検出する第2マイクロホンとを備え、
消音制御フィルタを用いて前記第1マイクロホンの検出信号から前記スピーカに対して前記騒音と逆位相の干渉音を前記制御音として発生させる干渉音信号を出力する消音制御を実行する消音制御部を備えた能動型消音システムであって、
前記消音制御部が、消音対象とする特定周波数範囲における前記第1マイクロホンの検出信号の強度である第1特定周波数範囲強度が所定の消音判定値を超えたときに、前記消音制御の実行を開始し、
前記消音制御部による消音制御の実行中において、前記特定周波数範囲における前記第2マイクロホンの検出信号の強度である第2特定周波数範囲強度が所定の更新判定値を超えたときに、前記消音制御の実行を停止して前記スピーカから所定の更新音を前記制御音として発生させた状態で、前記消音制御部における制御パラメータを更新する制御パラメータ更新処理を実行する制御パラメータ更新部を備え
前記更新判定値が、前記消音制御の実行中における前記第2特定周波数範囲強度の最小値を基準にして当該最小値から所定の設定増加幅分増加した値に設定されている能動型消音システム。
【請求項2】
前記第1特定周波数範囲強度及び前記第2特定周波数範囲強度が、夫々のマイクロホンの検出信号を周波数領域の信号に変換し、当該変換した周波数領域の信号における前記特定周波数範囲のオーバーオール値である請求項1に記載の能動型消音システム。
【請求項3】
前記制御パラメータ更新部が、前記第2特定周波数範囲強度が所定の設定遅延時間連続して前記更新判定値を超えたときに、前記制御パラメータ更新処理の実行を開始する請求項1又は2に記載の能動型消音システム。
【請求項4】
前記制御パラメータ更新部が、前記制御パラメータ更新処理において、前記第1特定周波数範囲強度又は前記第2特定周波数範囲強度が所定の設定増加幅分増加するまで前記更新音を漸次増加させる形態で、当該更新音の発生を開始する請求項1〜3の何れか1項に記載の能動型消音システム。
【請求項5】
前記消音制御部が、前記第1特定周波数範囲強度が所定の設定遅延時間連続して前記消音判定値を超えたときに、前記消音制御を実行する請求項1〜4の何れか1項に記載の能動型消音システム。
【請求項6】
前記消音制御部が、前記第1マイクロホンの検出信号から前記スピーカが干渉音を発生するための干渉音信号を生成する消音制御フィルタと、前記第1マイクロホン及び前記第2マイクロホンの検出信号に基づいて前記消音制御フィルタのフィルタ係数を更新する消音制御フィルタ係数更新部とを備えると共に、前記消音制御において、前記消音制御フィルタのフィルタ係数が所定回数に亘って所定の設定値を超えた場合には、当該消音制御を停止する請求項1〜5の何れか1項に記載の能動型消音システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、騒音発生源が発生する騒音を検出する第1マイクロホンと、制御音を出力するスピーカと、前記騒音と前記制御音との合成音を検出する第2マイクロホンとを備え、
消音制御フィルタを用いて前記第1マイクロホンの検出信号から前記スピーカに対して前記騒音と逆位相の干渉音を前記制御音として発生させる干渉音信号を出力する消音制御を実行する消音制御部を備えた能動型消音システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、騒音発生源から伝播する騒音に対して当該騒音とは逆位相の干渉音を合成させることで、当該騒音を低減させる消音制御を実行する能動型消音システムが知られている(例えば、特許文献1を参照)。
この種の能動型消音システムは、騒音を検出する第1マイクロホンの検出信号に基づいて、デジタルフィルタである消音制御フィルタ(適応フィルタ)を用いて、スピーカが干渉音を発生するための干渉音信号を生成する。また、この消音制御フィルタのフィルタ係数は、騒音やそれと干渉音との合成音を検出する第1マイクロホン及び第2マイクロホンの検出信号に基づいて常時更新されるので、騒音の状況に応じた消音が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−210175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の能動型消音システムでは、消音制御において消音制御フィルタのフィルタ係数を逐次更新した場合でも、消音効果を十分に発揮できない場合があった。
例えば、周囲に設けられる障害物の大きさや位置の変化、気温の変化、マイクロホンやスピーカの劣化等の環境変化が発生した場合には、消音制御フィルタのフィルタ係数の更新だけでは対応しきれなくなってしまうという問題があった。
【0005】
本発明は、かかる点に着目してなされたものであり、その目的は、能動型消音システムにおいて環境変化に適宜対応して十分な消音効果を発揮することができる技術を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的を達成するための本発明に係る能動型消音システムは、
騒音発生源が発生する騒音を検出する第1マイクロホンと、制御音を出力するスピーカと、前記騒音と前記制御音との合成音を検出する第2マイクロホンとを備え、
消音制御フィルタを用いて前記第1マイクロホンの検出信号から前記スピーカに対して前記騒音と逆位相の干渉音を前記制御音として発生させる干渉音信号を出力する消音制御を実行する消音制御部を備えた能動型消音システムであって、
その第1特徴構成は、
前記消音制御部が、消音対象とする特定周波数範囲における前記第1マイクロホンの検出信号の強度である第1特定周波数範囲強度が所定の消音判定値を超えたときに、前記消音制御の実行を開始し、
前記消音制御部による消音制御の実行中において、前記特定周波数範囲における前記第2マイクロホンの検出信号の強度である第2特定周波数範囲強度が所定の更新判定値を超えたときに、前記消音制御の実行を停止して前記スピーカから所定の更新音を前記制御音として発生させた状態で、前記消音制御部における制御パラメータを更新する制御パラメータ更新処理を実行する制御パラメータ更新部を備え
前記更新判定値が、前記消音制御の実行中における前記第2特定周波数範囲強度の最小値を基準にして当該最小値から所定の設定増加幅分増加した値に設定されている点にある。
【0007】
上記第1特徴構成によれば、上記消音制御部が、騒音において消音対象とした特定周波数範囲における強度を示す上記第1特定周波数範囲強度を用いて、消音制御の実行開始タイミングを決定する。よって、特定周波数範囲の騒音が増加した場合にはその騒音を適切に低下させることができ、一方、特定周波数範囲の騒音が増加していない場合には無用に干渉音を発生させることが無い。
そして、このように消音制御部が消音制御の実行を開始する場合において、上記制御パラメータ更新部が、騒音と干渉音との合成音において消音対象とした特定周波数範囲の強度を示す上記第2特定周波数範囲強度を用いて、上記消音制御部における制御パラメータを更新する。よって、上記第2特定周波数範囲強度が十分に低いものでない場合には、周囲に設けられる障害物の大きさや位置の変化、気温の変化、マイクロホンやスピーカの劣化等のような上記消音制御では対応しきれない環境変化が発生したと判断して、消音制御に代えて制御パラメータ更新処理を実行する形態で消音制御における制御パラメータを更新し、消音制御において特定周波数範囲の騒音を適切に低下させるようにすることができる。
更に、上記第1特徴構成によれば、制御パラメータを更新した直後の消音制御では、騒音と干渉音との合成音の特定周波数範囲の強度を示す上記第2特定周波数範囲強度が十分に低下されて最小値を示すことになるが、その最小値を基準に制御パラメータ更新処理を実行の開始を判定するための更新判定値を設定すれば、第2特定周波数範囲強度がその最小値に対して経時的に増加して十分な消音効果が得られなくなったことを適切に把握して、制御パラメータ更新処理を適切なタイミングで実行することができる。
従って、本発明により、環境変化に適宜対応して十分な消音効果を発揮することができる能動型消音システムを実現することができる。
【0008】
本発明に係る能動型消音システムの第2特徴構成は、上記第1特徴構成に加えて、
前記第1特定周波数範囲強度及び前記第2特定周波数範囲強度が、夫々のマイクロホンの検出信号を周波数領域の信号に変換し、当該変換した周波数領域の信号における前記特定周波数範囲のオーバーオール値である点にある。
【0009】
上記第2特徴構成によれば、上記第1周波数範囲強度及び上記第2周波数範囲強度は、夫々のマイクロホンの検出信号を高速フーリエ変換等により周波数領域の信号に変換したものを利用して簡単に得ることができる。更に、それら周波数領域の信号における特定周波数範囲のオーバーオール値を利用することで、上記第1周波数範囲強度及び上記第2周波数範囲強度は、特定周波数範囲の騒音又は合成音のレベルを適切に示すものとなり、これらを用いて消音制御及び制御パラメータ更新処理を適切なタイミングで実行することができる。
【0010】
本発明に係る能動型消音システムの第3特徴構成は、上記第1乃至第2特徴構成の何れかに加えて、
前記制御パラメータ更新部が、前記第2特定周波数範囲強度が所定の設定遅延時間連続して前記更新判定値を超えたときに、前記制御パラメータ更新処理の実行を開始する点にある。
【0011】
上記第3特徴構成によれば、上記制御パラメータ更新部は、上記制御パラメータの実行開始タイミングを、上記第2特定周波数範囲強度が更新判定値を超えて直ぐのタイミングとするのではなく、数分等の設定遅延時間連続して超えたタイミングとするので、人が通過したなどの一時的な環境変化による制御パラメータ更新処理の実行を回避して、適切な制御パラメータによる消音制御を継続させることができる。
【0014】
本発明に係る能動型消音システムの第特徴構成は、上記第1乃至第特徴構成の何れかに加えて、
前記制御パラメータ更新部が、前記制御パラメータ更新処理において、前記第1特定周波数範囲強度又は前記第2特定周波数範囲強度が所定の設定増加幅分増加するまで前記更新音を漸次増加させる形態で、当該更新音の発生を開始する点にある。
【0015】
上記第特徴構成によれば、制御パラメータ更新処理においてスピーカにホワイトノイズなどの更新音を発生させるにあたり、いきなり大きな更新音を発生させるのではなく、上記のように第1乃至第2の何れかのマイクロホンで検出信号から得られる第1特定周波数範囲強度又は第2特定周波数範囲強度を監視しながら、当該監視する強度が所定の設定増加幅分増加するまで漸次増加させるので、更新音によって周囲の騒音を増加させることを抑制しながら、制御パラメータの更新に必要な大きさの更新音を発生させることができる。
【0016】
本発明に係る能動型消音システムの第特徴構成は、上記第1乃至第特徴構成の何れかに加えて、
前記消音制御部が、前記第1特定周波数範囲強度が所定の設定遅延時間連続して前記消音判定値を超えたときに、前記消音制御を実行する点にある。
【0017】
上記第特徴構成によれば、上記消音制御部は、上記消音制御の実行開始タイミングを、上記第1特定周波数範囲強度が消音判定値を超えて直ぐのタイミングとするのではなく、数分等の設定遅延時間連続して超えたタイミングとするので、一時的な騒音による消音制御の実行を回避して、消音制御の不安定な実行や発散等を防止することができる。
【0018】
本発明に係る能動型消音システムの第特徴構成は、上記第1乃至第特徴構成の何れかに加えて、
前記消音制御部が、前記第1マイクロホンの検出信号から前記スピーカが干渉音を発生するための干渉音信号を生成する消音制御フィルタと、前記第1マイクロホン及び前記第2マイクロホンの検出信号に基づいて前記消音制御フィルタのフィルタ係数を更新する消音制御フィルタ係数更新部とを備えると共に、前記消音制御において、前記消音制御フィルタのフィルタ係数が所定回数に亘って所定の設定値を超えた場合には、当該消音制御を停止する点にある。
【0019】
上記第特徴構成によれば、上記消音制御部は、消音制御において、消音制御フィルタのフィルタ係数を騒音やそれと干渉音との合成音を検出する第1マイクロホン及び第2マイクロホンの検出信号に基づいて常時更新するにあたり、十分な消音効果を発揮できずに当該消音制御フィルタのフィルタ係数が所定回数に亘って所定の設定値を超えた場合には、消音は断念して消音制御を停止し、不適切な干渉音による騒音増加を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本実施形態の能動型消音システムの全体構成図
図2】消音制御の原理を示すブロック図
図3】FIRフィルタに対する適応制御の原理を説明する図
図4】帰還経路フィルタに対するフィルタ係数更新処理の原理を示すブロック図
図5】二次経路フィルタに対するフィルタ係数更新処理の原理を示すブロック図
図6】FFT演算部が出力した周波数領域の信号を示すグラフ図
図7】能動型消音システムの動作状態を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0021】
〔能動型消音システムの全体構成〕
本実施形態に係る能動型消音システム100の全体構成について、図面に基づいて説明する。
図1に示すように、能動型消音システム100は、エンジンの排気管などのような騒音発生源が発生する騒音が伝播する消音対象空間において、騒音発生源に近い側から順に、騒音を検出する第1マイクロホンとしての参照マイクロホン1と、制御音を出力するスピーカ4と、騒音と制御音との合成音を検出する第2マイクロホンとしての誤差マイクロホン7とを配置して備える。
尚、消音対象空間において、参照マイクロホン1から誤差マイクロホン7に至る経路を一次経路P(z)と呼び、スピーカ4から誤差マイクロホン7に至る経路を二次経路C(z)と呼び、スピーカ4から参照マイクロホン1に至る経路を帰還経路B(z)と呼ぶ。ここで、これらの経路に付した符号は、夫々の経路における伝達関数を示すものとする。
【0022】
参照マイクロホン1は、上記騒音発生源に対してスピーカ4よりも近い側に配置されており、主に、その配置位置における騒音等の音響を検出する。
参照マイクロホン1の検出信号は、増幅器2で増幅され、A/D変換器3でアナログ信号からデジタル信号に変換された上で、消音制御部61及び制御パラメータ更新部62の帰還経路フィルタ係数更新部12等に入力される。以下、このA/D変換器3から出力されるデジタル信号を、参照マイクロホン1の検出信号と呼ぶ場合がある。
【0023】
誤差マイクロホン7は、上記騒音発生源に対してスピーカ4よりも遠い側に配置されており、主に、その配置位置における騒音とスピーカ4が発生した制御音との合成音等の音響を検出する。
誤差マイクロホン7の検出信号は、増幅器8で増幅され、次にA/D変換器9でアナログ信号からデジタル信号に変換された上で、消音制御部61及び制御パラメータ更新部62の二次経路フィルタ係数更新部13等に入力される。以下、このA/D変換器9から出力されるデジタル信号を、誤差マイクロホン7の検出信号、若しくは誤差信号と呼ぶ場合がある。
【0024】
スピーカ4は、消音対象空間において参照マイクロホン1と誤差マイクロホン7との間に配置されており、消音用の干渉音や後述する制御パラメータの更新用のホワイトノイズを発生する。スピーカ4には、消音制御部61や制御部20から出力された信号が、D/A変換器6でデジタル信号からアナログ信号に変換され、次に増幅器5で増幅された上で、入力される。尚、このD/A変換器6へ入力されるデジタル信号を、スピーカ4への入力信号、若しくは干渉音信号と呼ぶ場合がある。
【0025】
参照マイクロホン1、誤差マイクロホン7、及びスピーカ4と電気的に接続されている制御ボード(図示省略)が、騒音を低減するための消音制御を実行する消音制御部61、及び、当該消音制御部61における制御パラメータを決定・更新する制御パラメータ更新部62として機能する。
以下に、消音制御部61と制御パラメータ更新部62の構成について夫々説明する。
【0026】
〔消音制御部〕
まず、消音制御部61の詳細構成について、図1図2図3に基づいて説明する。
消音制御部61は、デジタルフィルタである消音制御フィルタh(z)を用いて参照マイクロホン1の検出信号からスピーカ4に対して騒音と逆位相の干渉音を制御音として発生させる干渉音信号を出力する消音制御を実行する。尚、当該消音制御の詳細については、後に説明する。
消音制御部61には、消音制御フィルタh(z)に加えて、当該消音制御フィルタh(z)のフィルタ係数hk[n]を更新する消音制御フィルタ係数更新部15が設けられており、更に、二次経路C(z)の音響伝達特性を模擬したデジタルフィルタである二次経路フィルタc(z)と、帰還経路B(z)の音響伝達特性を模擬したデジタルフィルタである帰還経路フィルタb(z)とが設けられている。ここで、これらのフィルタに付した符号は、夫々のフィルタにおける伝達関数を示すものとする。
【0027】
帰還経路フィルタb(z)は、スピーカ4への入力信号が入力され、当該入力された信号を伝達関数b(z)によりフィルタリングして出力する。
二次経路フィルタc(z)は、参照マイクロホン1の検出信号から帰還経路フィルタb(z)が出力した信号を減算器10により減算した信号が入力され、当該入力信号をフィルタリングして出力する。
【0028】
更に、消音制御フィルタh(z)は、参照マイクロホン1の検出信号から帰還経路フィルタb(z)が出力した信号を減算器10により減算した信号が入力され、当該入力信号をフィルタリングして出力する。そして、詳細については後述するが、この消音制御フィルタh(z)が出力する信号が干渉音信号としてスピーカ4に入力されることで、スピーカ4から消音対象空間に対して干渉音が制御音として発生されることになる。
【0029】
消音制御フィルタ係数更新部15は、二次経路フィルタc(z)が出力した信号と誤差マイクロホン7の検出信号とを参照する形態でFiltered−X 最小2乗平均(LMS)法を用いた適応制御アルゴリズム(以下、「LMSアルゴリズム」と呼ぶ。)を実行し、誤差マイクロホン7で検出される残存騒音が無くなる、即ち誤差マイクロホン7の検出信号が0になるように、消音制御フィルタh(z)のフィルタ係数hk[n]を逐次最適なものに更新する。
【0030】
次に、図2も参照して、消音制御部61による消音制御の詳細について説明を加える。
尚、x[n]は、参照マイクロホン1の検出信号から帰還経路フィルタb(z)が出力した信号を減算器10により減算して生成された入力信号であり、e[n]は、誤差マイクロホン7で検出される誤差信号である。
また、x’[n]は、参照マイクロホン1の設置位置において騒音発生源が発生する騒音に相当する信号である。即ち、参照マイクロホン1で検出信号は、この信号x’[n]に、スピーカ4の干渉音信号y[n]が帰還経路B(z)を伝達して検出されたB(z)・y[n]とを加えた信号x’[n]+B(z)・y[n]となる。
そして、かかる消音制御では、誤差マイクロホン7の設置位置に到達する騒音が0となった場合に、消音が良好に行われたこととなる。
【0031】
従って、騒音発生源からの騒音を示す入力信号x[n]を基に誤差マイクロホン7における誤差信号e[n]である音が小さくなるように、入力信号x[n]とは逆位相の干渉音信号y[n]を生成してスピーカ4から発生させるように、消音制御フィルタh(z)により、消音制御フィルタ係数更新部15におけるLMSアルゴリズムを実行して決定されたフィルタ係数hk[n]でフィルタリングが行われる。
【0032】
具体的に、下記[数1]を参照して、一次経路P(z)と二次経路C(z)との夫々の伝達関数P(z)、C(z)は、式(1)に示す関係を有することになり、一方、事前に二次経路C(z)の特性を模擬した二次経路フィルタc(z)が二次経路C(z)を精度よく表しているとき、夫々の伝達関数C(z)、c(z)は、式(2)に示す関係を有することになる。
そして、これら式(1)及び式(2)の関係から、下記の式(3)の関係を導くことができる。
【0033】
【数1】
【0034】
従って、消音制御フィルタ係数更新部15は、上記(3)の関係が成り立つように、消音制御フィルタh(z)のhk[n]を最適化する。
尚、消音制御フィルタh(z)の最適なフィルタ係数hk[n]を求めるためにLMSアルゴリズムは、下記の[数4]で示される。
【0035】
【数2】
【0036】
離散化した状態での適応制御は、簡略化すると、図3の形態となる。この図では、消音制御フィルタh(z)を実際に使用するFIRフィルタ(Finite Impulse Responseフィルタ(有限インパルス応答フィルタ))と記載し、二次経路フィルタと係数更新アルゴリズムを適応制御アルゴリズムと記載している。
図3から判明するように、入力信号x[n]にフィルタ係数hk[n]をかけた出力信号y[n]を生成し、その出力信号y[n]と入力信号x[n]との合成信号(具体的には和信号で、この信号が誤差信号e[n]である)が0となるようなhk[n]が生成される。
【0037】
FIRフィルタは、具体的には、下記の[数3]に示すように、入力信号x[n−k]にフィルタ係数hk[n]をかけた結果y[n]を出力するフィルタである。
【0038】
【数3】
【0039】
更に、誤差信号e[n]を最小にするためのフィルタ係数hk[n]の作成は、公知のLMS適応制御アルゴリズムを採用することで実行できるが、このアルゴリズムは下記の[数4]の形態となる。
【0040】
【数4】
【0041】
更に、消音制御部61は、上述したような消音制御フィルタ係数更新部15による更新される消音制御フィルタh(z)のフィルタ係数hk[n]が、例えば10回などの所定回数に亘って所定の設定値を超えるような発散状態が発生した場合には、消音は断念して消音制御を停止し、不適切な干渉音による騒音増加を回避するように構成されている。
【0042】
〔制御パラメータ更新部〕
次に、制御パラメータ更新部62の詳細構成について、図1図4図5に基づいて説明する。
制御パラメータ更新部62は、スピーカ4から全ての周波数で同じ強度となる所定のホワイトノイズ(更新音の一例)を制御音として発生させた状態で、参照マイクロホン1及び誤差マイクロホン7の検出信号を参照して、制御パラメータとしての二次経路フィルタc(z)及び帰還経路フィルタb(z)の夫々のフィルタ係数を決定し更新する制御パラメータ更新処理を実行する。
具体的に、制御パラメータ更新部62には、制御部20が生成したホワイトノイズ信号z[n]をスピーカ4に入力して当該スピーカ4からホワイトノイズを発生させた状態で、帰還経路フィルタb(z)のフィルタ係数bk[n]を更新する帰還経路フィルタ係数更新部12、及び、二次経路フィルタc(z)のフィルタ係数ck[n]を更新する夫々の二次経路フィルタ係数更新部13が設けられている。
【0043】
尚、上記夫々の係数更新部12,13は、上述した消音制御フィルタ係数更新部15による消音制御フィルタh(z)のフィルタ係数hk[n]の更新方法と同様に、図4及び図5に示すように、上記LMSアルゴリズムを実行して、帰還経路フィルタb(z)のフィルタ係数bk[n]及び二次経路フィルタc(z)のフィルタ係数ck[n]を更新する。
【0044】
詳しくは、帰還経路フィルタ係数更新部12は、図4に示すように、ホワイトノイズ信号z[n]と参照マイクロホン1(図1参照)の検出信号e[n]とを参照する形態でLMSアルゴリズムを実行し、帰還経路フィルタb(z)のbk[n]が帰還経路B(z)の伝達関数B(z)に略一致するように、帰還経路フィルタb(z)のフィルタ係数bk[n]を最適なものに更新する。
一方、二次経路フィルタ係数更新部13は、図5に示すように、ホワイトノイズ信号z[n]と誤差マイクロホン7(図1参照)の検出信号とを参照して、二次経路フィルタc(z)の伝達関数c[n]が二次経路C(z)の実際の伝達関数c[n]に略一致するように、二次経路フィルタc(z)のフィルタ係数ck[n]を最適なものに更新する。
【0045】
また、これら夫々の係数更新部12、13は、下記の[数5]で示すように、フィルタ係数k[n](bk[n]又はck[n])の変化値をステップサイズで除した値が、設定値ε0を所定の設定時間に亘って下回った場合に、当該フィルタ係数k[n]の更新を終了する。
【0046】
【数5】
【0047】
〔能動型消音システムの動作状態〕
次に、消音制御部61による消音制御及び制御パラメータ更新部62による制御パラメータ更新処理の実行タイミングなどに関する能動型消音システムの動作状態について、図6図7も参照して説明する。
時間領域の信号を周波数領域で表した信号に変換する形態で、参照マイクロホン1及び誤差マイクロホン7の夫々の検出信号に対して高速フーリエ変換を行う夫々のFFT演算部11、14が設けられており、これらFFT演算部11,14が出力した周波数領域の信号が、制御部20に入力される。
【0048】
更に、制御部20は、図6に示すように、夫々のFFT演算部11,14が出力した周波数領域の信号について、消音対象とする特定周波数範囲におけるオーバーオール値を求めて監視し、これらの値に基づいて、上述した消音制御並びに制御パラメータ更新処理の実行タイミングを見極めるように構成されている。
【0049】
尚、参照マイクロホン1の検出信号を変換するFFT演算部11が出力した周波数領域の信号から求められたオーバーオール値は、特定周波数範囲における参照マイクロホン1の検出信号の強度に対応するものであると言え、以下、この値を「第1特定周波数範囲強度」と呼ぶ。
一方、誤差マイクロホン7の検出信号を変換するFFT演算部14が出力した周波数領域の信号から求められたオーバーオール値は、特定周波数範囲における誤差マイクロホン7の検出信号の強度に対応するものであると言え、以下、この値を「第2特定周波数範囲強度」と呼ぶ。
また、上記特定周波数範囲は、消音対象としたい周波数の範囲として任意に設定することができ、例えば、騒音発生源がエンジンの場合には、その排気音の状態に合わせて50Hz〜200Hzの周波数範囲を特定周波数範囲として設定することができる。
また、本実施形態では、参照マイクロホン1の検出信号に対して設定する特定周波数範囲と、誤差マイクロホン7の検出信号に対して設定する特定周波数範囲とは、同じ周波数範囲とするが、例えば、後者の周波数範囲を前者の周波数範囲を一部に含んだ広いものするなど、夫々を異なる周波数範囲とすることもできる。
【0050】
即ち、制御部20は、図7(a)に示すように、騒音が発生して、特定周波数範囲における参照マイクロホン1の検出信号の強度を示す第1特定周波数範囲強度が、数秒〜数十秒に設定された所定の設定遅延時間連続して所定の消音判定値を超えたときに、消音制御の実行を開始する。ここで、この設定遅延時間や消音判定値は、消音制御の不安定な実行や発散等を防止する範囲内で任意に設定することができる。
【0051】
このように消音制御の実行開始タイミングを第1特定周波数範囲強度に基づいて決定することで、特定周波数範囲の騒音が増加した場合にはその騒音を適切に低下させることができ、この場合、図7(b)に示すように、特定周波数範囲における誤差マイクロホン7の検出信号の強度を示す第2特定周波数範囲強度が大幅に低下することになる。
一方、特定周波数範囲の騒音が増加していない場合には無用に干渉音を発生させることが無くなる。
【0052】
しかし、上記のような消音制御を実行していても、周囲に設けられる障害物の大きさや位置の変化、気温の変化、マイクロホン1,7やスピーカ4の劣化等のような上記消音制御では対応しきれない環境変化が発生すると、誤差マイクロホン7の検出信号の強度が増加して、上記第2特定周波数範囲強度が増加する場合がある。
そこで、制御部20は、図7(b)に示すように、この第2特定周波数範囲強度が、所定の設定遅延時間連続して更新判定値を超えたときに、上記消音制御の実行を停止してスピーカ4からホワイトノイズを制御音として発生させた状態で、制御パラメータ更新処理の実行を開始する。この設定遅延時間や更新判定値は、人が通過したなどの一時的な環境変化による制御パラメータ更新処理の無用な実行を回避できる範囲内で、任意に設定することができる。
具体的に、この更新判定値は、図7(b)に示すように、消音制御の実行中における第2特定周波数範囲強度の最小値を基準にして、当該最小値である基準値から所定の設定増加幅分増加した値に設定されている。そして、このように設定することで、第2特定周波数範囲強度が十分に消音された場合の最小値に対して経時的に増加して十分な消音効果が得られなくなったことを適切に把握でき、制御パラメータ更新処理を適切なタイミングで実行することができる。尚、この更新判定値は、上記のような基準値に対する相対値とするのではなく、絶対値として設定しても構わない。
【0053】
このように制御パラメータ更新処理の実行開始タイミングを第2特定周波数範囲強度に基づいて決定することで、上記第2特定周波数範囲強度が十分に低いものでない場合には、上記消音制御における消音制御フィルタh(z)のフィルタ係数hk[n]の更新では対応しきれない環境変化が発生したと判断して、消音制御に代えて制御パラメータ更新処理を実行する形態で、消音制御における制御パラメータである帰還経路フィルタb(z)のフィルタ係数bk[n]及び二次経路フィルタc(z)のフィルタ係数ck[n]を更新し、次の消音制御において特定周波数範囲の騒音を適切に低下させるようにする。
【0054】
更に、この制御パラメータ更新処理の実行を開始するにあたり、制御パラメータ更新部62は、スピーカ4から一気に大きなホワイトノイズを発生させるのではなく、第1特定周波数範囲強度又は第2特定周波数範囲強度が所定の設定増加幅分増加するまで更新音を漸次増加させる形態で、当該更新音の発生を開始するように構成されている。
即ち、制御部20は、制御パラメータ更新処理の実行が開始されると、スピーカ4に対してホワイトノイズを発生させるためのホワイトノイズ信号を出力すると共に、そのホワイトノイズ信号の強度を、0から漸次増加させる。
同時に、制御部20は、例えば、特定周波数範囲における誤差マイクロホン7の検出信号の強度を示す第2特定周波数範囲強度を監視し、その第2特定周波数範囲強度が制御パラメータの更新に必要な設定増加幅分まで増加したときに、そのホワイトノイズ信号の強度の増加を終了して、そのときの強度のホワイトノイズ信号を継続して出力する。
【0055】
尚、本実施形態では、消音制御や制御パラメータ更新処理の実行開始タイミングを判定するにあたり、設定遅延時間を設ける例を説明したが、これを設けることなく、第1特定周波数範囲強度が消音判定値を超えたときに直ぐに消音制御の実行を開始するようにしたり、第2特定周波数範囲強度が更新判定値を超えたときに直ぐに制御パラメータ更新処理の実行を開始するようにすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、騒音発生源が発生する騒音を検出する第1マイクロホンと、制御音を出力するスピーカと、前記騒音と前記制御音との合成音を検出する第2マイクロホンとを備え、消音制御フィルタを用いて前記第1マイクロホンの検出信号から前記スピーカに対して前記騒音と逆位相の干渉音を前記制御音として発生させる干渉音信号を出力する消音制御を実行する消音制御部を備えた能動型消音システムとして好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0057】
1 :参照マイクロホン(第1マイクロホン)
4 :スピーカ
7 :誤差マイクロホン(第2マイクロホン)
12 :帰還経路フィルタ係数更新部
13 :二次経路フィルタ係数更新部
15 :消音制御フィルタ係数更新部
20 :制御部
60 :制御装置
61 :消音制御部
62 :制御パラメータ更新部
100 :能動型消音システム
B(z) :帰還経路
C(z) :二次経路
P(z) :一次経路
b(z) :帰還経路フィルタ
k[n] :フィルタ係数(制御パラメータ)
c(z) :二次経路フィルタ
k[n] :フィルタ係数(制御パラメータ)
h(z) :消音制御フィルタ
k[n] :フィルタ係数
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7