特許第6117216号(P6117216)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6117216高膨張石膏組成物の製造方法および該製造方法で得られた高膨張石膏組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6117216
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】高膨張石膏組成物の製造方法および該製造方法で得られた高膨張石膏組成物
(51)【国際特許分類】
   C04B 11/00 20060101AFI20170410BHJP
   C04B 14/06 20060101ALI20170410BHJP
   A61C 13/34 20060101ALI20170410BHJP
【FI】
   C04B11/00
   C04B14/06 Z
   A61C13/34 Z
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-532968(P2014-532968)
(86)(22)【出願日】2013年8月22日
(86)【国際出願番号】JP2013072440
(87)【国際公開番号】WO2014034525
(87)【国際公開日】20140306
【審査請求日】2016年6月2日
(31)【優先権主張番号】特願2012-187004(P2012-187004)
(32)【優先日】2012年8月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000160359
【氏名又は名称】吉野石膏株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】市野 佑介
(72)【発明者】
【氏名】吉兼 真人
【審査官】 小野 久子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−339743(JP,A)
【文献】 特開昭56−155052(JP,A)
【文献】 米国特許第04234345(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 11/00−11/30
C04B 28/14−28/16
A61C 13/00−13/38
C04B 14/06
C01F 11/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬化膨張率を高めた石膏組成物を製造する製造方法であって、
主成分である焼石膏に、二水石膏が含有されてなる粉末状石膏組成物材料を、乾式で共粉砕する工程を有することを特徴とする高膨張石膏組成物の製造方法。
【請求項2】
前記粉末状石膏組成物材料は、焼石膏100質量部に対して二水石膏を0.01〜3質量部の範囲内で外添されたものである請求項1に記載の高膨張石膏組成物の製造方法。
【請求項3】
前記粉末状石膏組成物材料がさらに溶融シリカを含み、該溶融シリカが、焼石膏と二水石膏との合量100質量部に対して5〜30質量部の範囲内で外添されている請求項1又は2に記載の高膨張石膏組成物の製造方法。
【請求項4】
前記工程で共粉砕することで、JIS T 6605(2005)の線硬化膨張(1)測定に準拠して測定した、共粉砕する前の粉末状石膏組成物材料における線硬化膨張の値に対して、共粉砕後における石膏組成物の線硬化膨張の値を1.1〜4.3倍に増加させる請求項1〜3のいずれか1項に記載の高膨張石膏組成物の製造方法。
【請求項5】
前記共粉砕を、乾式磨砕粉砕機によって行う請求項1〜4のいずれか1項に記載の高膨張石膏組成物の製造方法。
【請求項6】
主成分である焼石膏に、二水石膏が含有されてなる粉末状石膏組成物材料の乾式の共粉砕物であ、そのJIS T 6605(2005)の線硬化膨張(1)測定に準拠して測定した線硬化膨張の値が、0.45%以上であることを特徴とする高膨張石膏組成物。
【請求項7】
主成分である焼石膏に、二水石膏が含有されてなる粉末状石膏組成物材料の乾式の共粉砕物であ共粉砕物の比表面積の値が2360〜5040cm2/gであることを特徴とする高膨張石膏組成物。
【請求項8】
歯科用の補綴物を形成する際に用いる歯型の複製模型の作製に利用するためのものである請求項6又は7に記載の高膨張石膏組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼石膏を主成分とした高膨張石膏組成物の製造方法、該製造方法で得られた高膨張石膏組成物に関する。より具体的には、例えば、歯科用の補綴物の一つである審美性に優れたノンクラスプデンチャーを作製する際に特に有用な、歯科用の補綴物の作製に利用されている通常の歯科用石膏組成物よりも明らかに高い硬化膨張率(以下、単に「膨張率」とも呼ぶ)を示し、しかも当該膨張率を適宜に制御したものとできる高膨張石膏組成物を簡便に提供する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療では、個々の患者に対応した複雑な形の歯科補綴物が使用されているが、中でも入れ歯(デンチャー)は広く用いられている。その中で、いわゆる部分入れ歯(以下、単に「入れ歯」とも呼ぶ)は、クラスプと呼ばれる金属製のアタッチメントが付いており、健康な歯に引っ掛ける形で固定する構造のものである。このため、通常、その装着のために、クラスプの接地面となる健康な歯の一部を切削しなければならないという不合理な問題があった。さらに、歯を切削したことや歯にクラスプを引っ掛けたことに起因して、健康であったはずの歯の健康が損なわれ易くなるといった問題もある。また、別の問題として、話し相手等に対してクラスプ部が見えてしまい、入れ歯を装着していることがわかってしまうといった審美性に関する課題もある。この審美性に関する問題は、入れ歯を使用しなければならない者にとって、精神的な病へと発展しかねない軽視できない重要な問題である。
【0003】
これらの課題を一挙に解決するため、近年、従来の入れ歯の歯茎を作製していた素材(合成樹脂)と同じものでクラスプの代わりとなる「固定部分」を作製し、これによって入れ歯を支える、クラスプを無くした審美性に優れた「ノンクラスプデンチャー」と呼ばれる入れ歯が開発され、これを取り扱う歯科医も増えつつある。
【0004】
「ノンクラスプデンチャー」を作製する場合の概略については後述するが、その製造の際に、従来のクラスプに代わり得る「固定部分」を合成樹脂によって作製し、その適合性や噛み合わせに問題のない入れ歯を作製する必要がある。入れ歯は、種々の食品を強い力で咀嚼し、胃酸に曝されるおそれもある口腔内で使用されることから、この際に使用する合成樹脂には、耐衝撃性等の種々の特性に優れるポリカーボネート樹脂等が用いられている。「ノンクラスプデンチャー」は、石膏型を用い、ポリカーボネート樹脂等で入れ歯の「固定部分」を作製しているが、これらの合成樹脂は硬化(重合)時に収縮するという特性がある。このため、寸法精度に優れ、噛み合わせに問題のない「ノンクラスプデンチャー」を作製するために、予め重合時に生じる合成樹脂の収縮を考慮した寸法の歯型模型が必要とされている。具体的には、歯科医院で患者から採取した歯型印象を元に忠実に作製した石膏製の歯型模型よりも幾分大き目のサイズに調整した複製模型を作製することが行われている。
【0005】
例えば、「ノンクラスプデンチャー」を作製する際に、クラスプに代わる「固定部分」を含む歯茎部分の作製材料として用いられているポリカーボネート樹脂は、重合する際に大きな熱収縮(0.4〜0.7%程度)を生じる素材である。このため、実際に患者から採取した印象を元に作製した石膏製の歯型模型をそのまま使用してノンクラスプデンチャーを作製すると、小さくなり過ぎて適合性が悪いものとなってしまう。この「適合性」は、鋭敏な感覚を有する口腔内に設置して使用される入れ歯の特性の中でも極めて重要な要素である「噛み合わせ」に直結する。さらに、小さ過ぎるものの場合は修復不能であり、致命的な欠点を有するものとして作り直しをしなければならない。このため、「ノンクラスプデンチャー」の作製においては、先に述べた、患者から採取した歯型印象を用いて作製した石膏製の歯型模型よりも樹脂の収縮を勘案して幾分大き目のサイズに調整した複製した歯型模型(以下、単に「複製模型」とも呼ぶ)を、いかにして的確なサイズに作製するかは、極めて重要な問題である。
【0006】
この複製模型は、通常の石膏模型を作製する石膏材料よりも高い膨張率を示す高膨張石膏組成物を用いることによって作製されている。なお、このような膨張率の大きい石膏組成物の使用は、上記した「ノンクラスプデンチャー」を作製する場合に限らず、例えば、樹脂を使用して義歯床を作製するいわゆる総入れ歯(以下、義歯と呼ぶ)の作製にも用いられており、広く石膏型の調製に使用されている。本発明では、その代表として、「ノンクラスプデンチャー」を作製する場合を例にとって説明する。その理由は、この場合は、微妙な噛み合わせが要求される点で、より高い適合性が求められるため、上記した複製模型の作製の際に、特に、使用する樹脂の収縮に対応して、高膨張石膏組成物の膨張率をより精度よくコントロールすることが必要となるからである。
【0007】
上記した状況下、樹脂の収縮に対応する目的で、これまでにも、通常の石膏材料における膨張率を高めた高膨張石膏組成物が種々提案されている。例えば、義歯製作用石膏として、石膏に粒状のレジンを添加してレジンの熱膨張を利用して膨張率を高めた高膨張石膏の提案や(特許文献1参照)、歯科目的の模型材料とできるものとして、石膏プラスターに、無機添加材としてシリカゾル等のケイ酸塩を添加することで、凝結または硬化時に、少なくとも0.5%の線膨張を有する高い膨張率が実現できるとした提案がある(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−10269号公報
【特許文献2】特表2004−532062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、本発明者らの検討によれば、例えば、無機添加材を石膏に添加することで高い膨張性を実現したとする特許文献2に記載の技術では、添加材として石膏粉末に対して極めて高濃度でケイ酸塩を含有させており、膨張率の向上以前に、材料コストが増大するといった課題がある。さらに、特許文献2の実施例で示されている線膨張は、特殊な条件下で石膏粉末が凝結しているものを除くと、ケイ酸塩を添加していない石膏の線膨張が0.3%程度であるのに対して0.5〜0.6%程度であり、大量のケイ酸塩を添加しているわりには大きな膨張率の増大効果が得られていない。この点は、レジンを添加材としている特許文献1に記載の技術においても同様である。また、特許文献1に記載の技術では、レジンを含有させることで強度の低下の問題が生じるためか、その実施例では特殊な超硬石膏(70℃線膨張率0.06%)を使用しているといった点や、また、一般に、熱膨張は硬化膨張に比べ膨張率の精度が安定しないといった点でも課題がある。上記したように、従来技術は、そのいずれもが、本発明で目的としている、汎用の石膏に対しても、さらには少ない添加材量であっても、簡便に著しい膨張率の増大を実現し得るものではなかった。
【0010】
したがって、本発明の目的は、特殊な材料を用いることなく安価な添加材を用い、しかも、該添加材を少ない添加量であっても、簡便に、効果的に、例えば、汎用の歯科用石膏材料等に対し、その膨張率を、従来技術では達成できていなかった程度まで高めた石膏材料を簡便に得ることができる技術を提供することにある。さらに本発明の目的は、例えば、「ノンクラスプデンチャー」を作製する場合に使用する複製模型の作製にも有用な、使用する合成樹脂の収縮の問題に精度よく対応することで、噛み合わせ(「適合性」とも呼ぶ)に問題のない「ノンクラスプデンチャー」の作製を可能にできる、高膨張石膏組成物の膨張率を適宜に制御できる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、硬化膨張率を高めた石膏組成物を製造する製造方法であって、主成分である焼石膏に、二水石膏が含有されてなる粉末状石膏組成物材料を、乾式で共粉砕する工程を有することを特徴とする高膨張石膏組成物の製造方法を提供する。
【0012】
本発明の好ましい形態としては、下記のものが挙げられる。すなわち、前記粉末状石膏組成物材料は、焼石膏100質量部に対して二水石膏を0.01〜3質量部の範囲内で外添されたものであること;前記粉末状石膏組成物材料がさらに溶融シリカを含み、該溶融シリカが、焼石膏と二水石膏との合量100質量部に対して5〜30質量部の範囲内で外添されていること;前記工程で共粉砕することで、JIS T 6605(2005)の線硬化膨張(1)測定に準拠して測定した、共粉砕する前の粉末状石膏組成物材料における線硬化膨張の値に対して、共粉砕後における石膏組成物の線硬化膨張の値を1.1〜4.3倍に増加させること;前記共粉砕を、乾式磨砕粉砕機によって行うこと;である。
【0013】
また、本発明は、別の実施形態として、上記した高膨張石膏組成物の製造方法で得られた高膨張石膏組成物であって、そのJIS T 6605(2005)の線硬化膨張(1)測定に準拠して測定した線硬化膨張の値が、0.45%以上であることを特徴とする高膨張石膏組成物を提供する。
【0014】
本発明は、別の実施形態として、上記した高膨張石膏組成物の製造方法で得られた高膨張石膏組成物であって、共粉砕後の石膏組成物材料の比表面積の値が2360〜5040cm2/gであることを特徴とする高膨張石膏組成物を提供する。
【0015】
上記した高膨張石膏組成物の好ましい形態としては、歯科用の補綴物を形成する際に用いる歯型の複製模型の作製に利用するためのものであることが挙げられる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、特殊な材料を用いることなく、基本的には、焼石膏に、添加材として二水石膏を使用した構成の、安価な石膏材料だけで、しかも、添加材に用いる二水石膏の添加量が極めて少ない場合であっても、これらの材料を単に共粉砕するという簡便な手段によって、驚くほど効果的に、例えば、汎用の歯科用石膏材料を、従来の技術では達成できなかった程度にまで向上させた高い膨張率を示す高膨張石膏組成物にすることができる。さらに、本発明によれば、例えば、「ノンクラスプデンチャー」を作製する場合に特に有効な、使用する樹脂の収縮の問題に良好に対応でき、噛み合わせ(適合性)に問題のない「ノンクラスプデンチャー」の作製が可能になる、その膨張率が所望のものに設計された高膨張石膏組成物の提供が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、好ましい実施の形態を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。本発明者らは、上記した従来技術の課題を解決すべく、石膏材料の膨張率を高める目的で、種々の添加材および添加方法等について詳細な検討を行った。その結果、添加混合手段を工夫することで、特殊な材料を用いることなく、基本的には、主成分である焼石膏に二水石膏を添加しただけで、しかも、その添加量が少量であっても、石膏材料の膨張率を格段に高めることができることを見出して本発明に至った。より具体的には、主成分である焼石膏に二水石膏を添加してなる粉末状石膏組成物材料を、ボールミル等の乾式磨砕粉砕機を用いて乾式で共粉砕するという極めて簡便な方法によって、驚くほどに、その膨張率を高めることができることを見出した。なお、磨砕粉砕機とは、メディアと呼ばれる媒体を用いて摩擦や圧縮の力によって物質を粉砕する粉砕機をいう。
【0018】
さらに、本発明者らは、従来、その膨張率を高める添加材として知られている溶融シリカを、本発明で使用する粉末状石膏組成物材料を構成する添加材としてさらに用いた場合には、先に述べた効果に加えて下記の新たな効果が発現することを見出した。具体的には、例えば、寒天印象材を用いて複製模型を作製する際に、複製模型にクラックが発生することを防ぐことや、複製模型の表面状態を良好なものとすることができる。なお、本発明で問題としている膨張率とは、先にも示したように、主成分である焼石膏が硬化する際の硬化膨張率(膨張率)を意味している。また、通常の歯科模型用の焼石膏の硬化膨張率は約0.3%であり、本発明における高膨張石膏組成物は、これよりも高い膨張率を示す石膏組成物を意味している。
【0019】
まず、本発明によって提供される高膨張石膏組成物の有用性を示すために、「ノンクラスプデンチャー」を作製する場合の概略について説明する。歯科治療で入れ歯を作製する場合には、まず、寒天やシリコン等の印象材(以下、単に「印象材」ともいう)を用いて患者が必要としている部分の型取りをし、常法に従って、焼石膏を主成分とする石膏材料で石膏製の歯型模型(以下、「石膏歯型模型」と呼ぶ)を作る。この石膏歯型模型は、印象材で写し取った患者の歯型に一致する大きさのものである。次に、この石膏歯型模型をフラスコ内にセットし、これに溶解した寒天やシリコン等の印象材を流し込み、該印象材が固化した後に石膏歯型模型を取り出すことで型取りをし、印象材で形成された型(印象)を作製する。さらに、得られた型の中に高膨張石膏組成物を流し込むことで、先に形成した石膏歯型模型の複製模型を作製する。この際、型の形成に用いた寒天やシリコン等の印象材は、弾力性を有するものであるので、型に流し込まれた高膨張石膏組成物が固化(硬化)する際に生じる膨張に十分に対応(追随)できる。この結果、得られる高膨張石膏組成物製の複製模型は、患者の歯型を忠実に写し取った石膏歯型模型に比べて、その膨張した分だけサイズがやや大きいものになる。
【0020】
先に述べた樹脂の収縮に対応するため、「ノンクラスプデンチャー」の作製の際には、患者の歯型に一致する大きさの石膏歯型模型に比べてサイズがやや大きい複製模型が必須のものになる。そして、この場合に、複製模型を大きくする程度は、該複製模型を用いてクラスプと同等の役割を果たす「固定部分」を形成する樹脂の収縮との兼ね合いで適宜に決定する必要がある。このことは、複製模型の作製に用いる高膨張石膏組成物において、樹脂の収縮に最適に対応できるように、その硬化膨張率を、精度よく所望するものに制御できることが要望されていることを意味している。このため、本発明では、簡便な手段によって高い硬化膨張率を実現した高膨張石膏組成物を得ることと、その膨張率の向上が、精度よく、所望する適宜なものにコントロールできる技術を提供することを目的としている。
【0021】
上記の複製模型の作製に続いて行う「ノンクラスプデンチャー」の作製手順について説明する。まず、上記で得た複製模型を用い、下記に述べるようにして、クラスプに代わる「固定部分」を含む歯茎部分をポリカーボネート樹脂等の樹脂で形成するために必要となる、樹脂を流し込むための空隙を形成する。具体的には、上記複製模型上に手作業で、熱湯で容易に溶解するワックスを用いて、クラスプに代わる「固定部分」を含む歯茎部分(以下、単に歯茎部分と呼ぶ)を形成する。その際、複製模型上の歯が欠損している部分に、別途作製した樹脂製或いはセラミックス製の義歯(以下、単に義歯と呼ぶ)を並べ、この状態でワックスを用いて歯茎部分を作る。
【0022】
次に、上下に分離できる構造のフラスコを用い、その下側に石膏材料を流し込み、ある程度固まった石膏の上に、上記で得た、義歯とワックスで形成した歯茎部分とが設けられている複製模型を置き、この状態で、ワックス部分に繋がる湯道を形成するための管を取付ける。そして、該石膏材料の固化後に石膏分離剤を塗布し、その位置で上下の分離がし易くなるようにしておく。その後に、さらに上から石膏を流し込んでフラスコの上側を被せ、複製模型を石膏中に完全に埋没させる。石膏が固化した後、フラスコと共に固化した石膏を熱湯に投入し、ワックスだけを溶かし出して除去する。この結果、フラスコの中に、内部に義歯が配置され、該義歯の周りに樹脂を流し込むための空隙が形成されている石膏の型ができる。この石膏の型によって形成されている空隙には、該空隙に続く湯道が予め設けられているため、この湯道を使って、樹脂注入機にて高温・高圧で溶融した樹脂を空隙内に打ち込むことができる。このようにすることで、上記空隙内に隙間なく溶融した樹脂が充填される。その後、溶融樹脂が固化すると、義歯を保持する歯茎と、これらを口腔内に固定するためのクラスプに代わる「固定部分」が樹脂によって一体成形されて、「ノンクラスプデンチャー」が得られる。
【0023】
先に述べたように、本発明によって提供される高膨張石膏組成物は、上記した実際よりもやや大きい、所望する大きさの複製模型の作製に極めて有用なものである。以下、本発明の製造方法に用いる材料および添加材の添加方法について詳細に説明する。
【0024】
本発明の製造方法に用いる粉末状の石膏組成物材料は、主成分である焼石膏と、これに添加する二水石膏とを必須とし、さらに必要に応じて添加される溶融シリカである。
(焼石膏)
焼石膏とは、硫酸カルシウムの1/2水和物[CaSO4・1/2H2O]および無水和物[CaSO4]であり、β型半水石膏、α型半水石膏及びIII型無水石膏の粉体、又はそれらの混合物などが挙げられる。上記に挙げたいずれのものも本発明に用いることができるが、形成する複製模型等の強度を考慮すると、特にα型半水石膏を用いることがより好ましい。焼石膏は、水と化学反応して容易に二水石膏に変化するため、水を加えて混練したスラリーは、フラスコ内等に注入すると速やかに固結する。このため、先に述べた歯型石膏模型の作製の際に広く用いられており、歯科用として調製されたものが市販されている。本発明が目的としている高膨張石膏組成物は、その硬化膨張率が高いこと以外は、この歯型石膏模型の形成材料と同様のものでよいので、この歯科用に調製され市販されている焼石膏を用いればよい。なお、通常の市販されている歯科模型用の焼石膏の硬化膨張率(膨張率)は約0.3%である。
【0025】
(二水石膏)
本発明の製造方法では、上記した焼石膏を主成分とし、これに、少なくとも二水石膏が含有されてなる石膏組成物材料を用いる。本発明者らは焼石膏の膨張率を増大させる方法について検討する過程で、種々の添加材の中でも、二水石膏が特に有効であることを見出した。この点についての詳細は、後述する。
【0026】
二水石膏とは、硫酸カルシウムの2水和物[CaSO4・2H2O]のことであり、天然石膏、合成石膏、種々の化学プロセスの副産物として得られる副生石膏等が挙げられるが、これらを粗粉砕したものをいずれも用いることができる。本発明によれば、この二水石膏を極めて少ない添加量で用い、焼石膏と二水石膏とを粉砕混合する方法を工夫するという簡便な方法で、種々の添加材を用いて行われている従来の技術では、このような少ない添加量では到底達成できていなかった高い膨張率を実現した高膨張石膏組成物を得ることが可能になる。具体的には、焼石膏100質量部に対して二水石膏を0.01〜3質量部(外%で、0.01〜3質量%)の範囲内で外添すれば十分である。要望する膨張率にもよるが、より好ましくは、焼石膏100質量部に対して二水石膏を0.1〜2質量部(外%で、0.1〜2質量%)、さらには、焼石膏100質量部に対して二水石膏を0.1〜1質量部(外%で、0.1〜1質量%)の範囲内で外添したものを用いればよい。本発明者らの詳細な検討によれば、添加材である二水石膏をより多く添加することで膨張率の増加効果が認められるものの、2質量%を超える添加量になるとその圧縮強度が低下する傾向がある。これに対し、先に述べた「ノンクラスプデンチャー」の作製の際に必要となる複製石膏型の形成に用いるような場合は、その圧縮強度も重要な特性となるので、上記した範囲内の量で添加することが好ましい。
【0027】
(溶融シリカ)
本発明で使用する石膏組成物材料には、上記した二水石膏に加えて、さらに、溶融シリカ(シリカガラス、溶融石英、石英ガラスとも呼ばれている)を添加することができる。本発明者らの検討によれば、溶融シリカを配合することで、本発明で提供する高膨張石膏組成物は、前記したようにして、寒天印象材に流しこみ石膏の複写模型を作製する際に、複写模型に発生するおそれのあるクラックや模型表面の荒れを防ぐことができる。溶融シリカは、従来、石膏組成物に添加することで膨張率を増大させることができるものとして知られており、複写模型を作製する際に、吸水することで膨潤にも寄与することができる。本発明者らは、溶融シリカを添加材としてさらに用いたことで、複写模型に発生するクラックや模型表面の荒れを防ぐことができた理由について、溶融シリカによって、後述する石膏の針状結晶が成長する過程で発生する歪みを緩和し、この結果、クラックの発生が抑制できたものと考えている。
【0028】
上記した目的で添加する溶融シリカの具体的な使用量は、二水石膏の添加量との兼ね合いで適宜に決定することが好ましい。後述するが、複製模型におけるクラックの発生の有無と、複製模型の表面の荒れの発生の点から、溶融シリカの添加量は、焼石膏と二水石膏との合量に対して1質量%を外添したのでは少な過ぎ、その効果が十分に認められなかった。これに対し、例えば、焼石膏と二水石膏との合量に対して5質量%以上の量で外添すれば、上記した顕著な効果が十分に得られることを確認した。また、石膏よりも高価な溶融シリカを使用することに対するコストの点から、その上限は、焼石膏と二水石膏との合量100質量部に対して、溶融シリカを30質量部(外%で30質量%)程度にすることが好ましく、20質量部(外%で20質量%)程度にすることがより好ましい。
【0029】
(共粉砕)
本発明の高膨張石膏組成物の製造方法の特徴は、上記した成分を含んでなる粉体状石膏組成物材料を、乾式で共粉砕することにある。本発明者らは、検討する過程で、基本的には、焼石膏と、その膨張に寄与すると考えられる添加材とを共粉砕することで、驚くべきことに、共粉砕後の材料の硬化膨張率が格段に高まることを見出した。さらに、その場合の添加材の量は、格段に少なくて済むことがわかった。そして、種々の添加材の中でも、特に、焼石膏に二水石膏を添加した材料を共粉砕した場合に、顕著な硬化膨張率の向上効果が得られることを確認した。本発明者らは、この事実について、その理由を、共粉砕により生成された細かな二水石膏が、焼石膏が水和して二水石膏となるときの結晶核となり、その1つ1つから針状結晶が成長することが原因の一つとなって、大きな膨張率が得られたと考えている。本発明者らの検討によれば、細かな二水石膏の結晶核は共粉砕することで、二水石膏を単独で別途粉砕し、その後に焼石膏に添加混合した場合よりも高い活性を保つことができるものとなる。なお、本発明者らは、共粉砕前後で、粉体状石膏組成物材料の粒度の変化について検討を行ったが、当初より粒度の小さい材料を用いたこともあって、細かな粒度のものが若干増えている傾向があるとは言え、その粒度分布に大きな違いは認められなかった。また、共粉砕前後で、石膏組成物材料の比表面積をブレーン空気透過粉末度測定器で測定した結果(以下「BSA値」ともいう)、比表面積の値が若干大きくなることを確認した。その材料が本発明における共粉砕がなされているものか否かは(すなわち、本発明の効果が発現するか否かは)、共粉砕前のものに比べてBSA値で100cm2/g以上大きくなっていれば、本発明で行う共粉砕がされていると推論できる。
【0030】
共粉砕する具体的な方法としては、乾式の磨砕粉砕機で行うことが好ましい。さらに好ましくは、直径10〜50mm程度の金属ボールやセラミックスボール等のメディアを用いて粉砕するボールミルによる粉砕が好ましい。粉砕時間としては、その粉砕物の量、粉砕設備、粉砕に用いるメディアの材質、サイズ、重量等によっても異なるが、例えば、数分程度で効果の発現が確認され、3時間程度共粉砕した場合においては、確実にその顕著な効果が得られた。本発明では、セラミックスの直径30mmのボールをメディアとして、ボールミルによって共粉砕した。この結果、その膨張率が格段に増加することができた。より具体的には、JIS T 6605(2005)の線硬化膨張(1)測定に準拠して測定した、共粉砕する前の石膏組成物材料における線硬化膨張の値に対して、共粉砕後における石膏組成物の線硬化膨張の値を1.1〜4.3倍に増加させることができた。さらに具体的には、線硬化膨張の値が0.45%以上、さらには、線硬化膨張の値が1.0%以上であるものを得ることができた。この点については実施例をもって詳述する。
【0031】
本発明の高膨張石膏組成物は、前記成分の他に、所期の目的を損なわない範囲内で、必要に応じて、例えば、硬化促進剤、硬化遅延剤等の硬化調整剤や、膨張抑制剤、分散剤、顔料等の添加剤を適宜添加することができる。これら添加剤は、粉末状石膏組成物材料の共粉砕前、すなわち粉末状石膏組成物材料と共に共粉砕することができ、また、粉末状石膏組成物材料を共粉砕した後、即ち高膨張石膏組成物に別途添加することもできる。
【実施例】
【0032】
次に、実施例および比較例を挙げて、本発明を具体的に説明する。なお、以下の記載で「部」及び「%」とあるのは、特に断りのない限り質量基準である。
【0033】
<共粉砕条件>
以下の検討では、石膏組成物材料を共粉砕するための粉砕装置として、ミル容積が13Lのボールミルを用いた。粉砕条件は、ボールに、ボール径が30mmのセラミックスを用い、ボール重量6kgで、共粉砕する石膏組成物材料として、焼石膏(α型半水石膏)を3kgと、それぞれの添加材を用いて共粉砕を行った。
【0034】
<焼石膏の粉砕>
試験に使用した焼石膏について、粉砕前の比表面積(BSA値)を測定したところ、2000〜2200cm2/g程度であった。そして、先に説明したボールミルを用い、先の条件で3時間粉砕を行い、粉砕後の試料のBSA値を測定したところ、その値は3100〜3300cm2/gであった。
【0035】
[実施例1および比較例]
<焼石膏と二水石膏との共粉砕による効果の検討−その1>
先に使用した焼石膏に、二水石膏(吉野石膏製:製品名タイガーカルシー)を、表1に示したそれぞれの量で外添してなる粉末状石膏組成物材料を、前述の条件で3時間共粉砕した。得られた粉砕物(共粉砕した実施品サンプル)と、該粉砕物と比較するためのサンプルとして、焼石膏に、それぞれ同様の添加量で二水石膏を添加して手で混合したサンプル(共粉砕しない比較品サンプル)を用意した。そして、これらの各サンプルについて、下記の方法で、硬化膨張率をそれぞれ測定した。まず、焼石膏100質量部に対し25質量部の水の中に15秒かけて試料を投入し、1分間スパチュラを用いて撹拌し、石膏スラリーを作製した。このようにして作製した石膏スラリーを、型に流しこむことで石膏固化体とし、石膏スラリーを流し込んでから1時間後の圧縮強度と、2時間後の硬化膨張率を、それぞれ下記の方法で測定した。
【0036】
(圧縮強度試験)
JIS T 6605(2005)の圧縮強さ試験に準拠して、下記の方法で測定した。まず、ガラス板の中央に、高さ40mm、内径20mmの円筒形の型を準備し、型内に上記石膏スラリーを流し込む。次に、石膏スラリーの表面から光沢が消える前にガラス板を上面に圧接する。練和を開始してから45分後に型から試料を取り出し、温度23±2℃相対湿度50±10%の環境下で保存する。そして、練和開始から60分後に圧縮強さ試験機を用いて圧縮強度を測定した(荷重速度5kN/min)。
【0037】
(膨張率測定)
JIS T 6605(2005)線硬化膨張(1)測定に準拠して、線硬化膨張の値を測定した。
【0038】
(評価結果)
上記した試験を行って得られた結果を、それぞれ実施品サンプルと、比較品サンプルに分けて表1、2に示した。
【0039】
【0040】
【0041】
表1と表2の比較から、共粉砕をすることによって線硬化膨張の値が大きくなることが確認できた。さらに、線硬化膨張の値を高めることに対する焼石膏に添加する二水石膏の量は、焼石膏100質量部に対して二水石膏の添加量が0.01質量部(0.01質量%)以上であれば確実に認められ、さらに、その添加量をコントロールすることで線硬化膨張の値の増大の程度を制御できることも確認できた。また、勿論、焼石膏100質量部に対して二水石膏の添加量が3質量部(3質量%)でも、比較例の共粉砕しない場合に比べて高い線硬化膨張の値の増大効果が得られるが、この場合は、若干、圧縮強度が低下したものになることがわかった。したがって、本発明における焼石膏に添加する二水石膏の添加量は、その用途にもよるが、「ノンクラスプデンチャー」の作製等に用いる場合は、その圧縮強度を勘案すると、焼石膏100質量部に対して二水石膏を2質量部(2質量%)以下の範囲内で添加することがより好ましいことがわかった。
【0042】
[実施例2]
<焼石膏との二水石膏との共粉砕による効果の検討−その2>
焼石膏3kgと二水石膏6gとを、実施例1と同粉砕条件で所定時間共粉砕を行い、得られた石膏組成物について、比表面積と、線硬化膨張の値〔JIS T 6605(2005)線硬化膨張(1)測定に準拠して測定〕を測定した。
【0043】
(評価結果)
上記した試験を行って得られた結果を表3に示した。
【0044】
表3から、粉砕開始10分から線硬化膨張の値の向上効果は確認された。その時の比表面積は未粉砕のものと比較して100cm2/g程度しか大きな値とならなかった。粉砕時間が長くなればなるほど比表面積は大きくなるが、線硬化膨張の値は約1.5%で頭打ちとなった。
【0045】
[実施例3〜6および参考実施例]
<溶融シリカを添加した高膨張石膏組成物の寒天印象材に対する印象性試験>
先に使用したと同様の焼石膏100質量部に対して、二水石膏を0.2質量部外添した粉末状石膏組成物材料に、さらに溶融シリカを含む系について下記のようにして確認試験を行った。まず、上記焼石膏と二水石膏との合量100質量部に対して、市販品の溶融シリカをそれぞれ所定量(1、5、10、20、30質量部)外添した粉末状石膏組成物材料を用意した。そして、用意した粉末状石膏組成物材料をそれぞれ、先と同様のボールミルにて、同様の条件で3時間、共粉砕して、実施例3〜6および参考実施例の高膨張石膏組成物をそれぞれに作製した。溶融シリカを添加したことによる効果を検証するため、溶融シリカを添加しない、二水石膏を0.2質量部外添した粉末状石膏組成物を上記と同様にして作製した。
【0046】
得られた各高膨張石膏組成物をそれぞれに用い、該組成物と水とを混練して石膏スラリーを作製し、作製した石膏スラリーを、先に述べたようにして、石膏歯型模型から得た寒天印象材で作製した型(印象)に流し込み、歯型の複製模型を作製した。そして、得られた歯型の各複製模型について、目視による観察で、そのクラックの発生の有無と、複製模型の表面の荒れを観察した。その結果を表4にまとめて示した。評価は、溶融シリカを添加しない粉末状石膏組成物を用いた場合と比較して行ったが、目視観察によって、溶融シリカを添加しない組成物との違いが認められないものをBと評価した。また、目視観察によって、溶融シリカを添加しない粉末状石膏組成物を用いた場合と比較して、明らかにクラックの発生が低減したものをAと評価し、同様に、表面の荒れの状態の改善が明らかに認められたものAと評価した。
【0047】
【0048】
表4に示したように、複製模型におけるクラックの発生の有無と、複製模型の表面の荒れの点から、溶融シリカの添加量は、1質量%ではその効果が認められなかったが、5質量%以上添加すれば十分であることがわかった。30質量部(30質量%)添加した場合においても、歯型の複製模型にクラックや表面の荒れが発生しないことを確認したが、材料コストを考慮すると、そこまでの添加は必要ではない。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の活用例としては、本発明で提供される高膨張石膏組成物は、従来の石膏では達成できなかった高い膨張率を実現でき、しかも、安価な材料を用いた、その膨張率を適宜に制御できるものであるため、これを利用することで、歯科治療の際に使用される精緻であることが要求される複雑な形の歯科補綴物に代表されるような、精緻な造形がより簡便に且つ経済的にできるようになるため、広範な利用が期待される。