特許第6117789号(P6117789)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6117789
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】親油性ドーパミン誘導体およびその使用
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/222 20060101AFI20170410BHJP
   A61K 31/165 20060101ALI20170410BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20170410BHJP
   A61P 9/14 20060101ALI20170410BHJP
   A61P 13/02 20060101ALI20170410BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20170410BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20170410BHJP
【FI】
   A61K31/222
   A61K31/165
   A61P9/10
   A61P9/14
   A61P13/02
   A61P13/12
   A61P25/00
【請求項の数】8
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2014-527604(P2014-527604)
(86)(22)【出願日】2012年8月24日
(65)【公表番号】特表2014-527958(P2014-527958A)
(43)【公表日】2014年10月23日
(86)【国際出願番号】EP2012066504
(87)【国際公開番号】WO2013034457
(87)【国際公開日】20130314
【審査請求日】2015年8月3日
(31)【優先権主張番号】11180167.6
(32)【優先日】2011年9月6日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】512086242
【氏名又は名称】ノバリック ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100133503
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 一哉
(72)【発明者】
【氏名】バーンハルド グンター
(72)【発明者】
【氏名】バスチャン タイジンガー
(72)【発明者】
【氏名】ゾンニャ タイジンガー
【審査官】 常見 優
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−534691(JP,A)
【文献】 英国特許出願公開第02168976(GB,A)
【文献】 特開平01−238524(JP,A)
【文献】 Plos One,2010年,Vol.5, Issue.3, e9713,p.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A61P 9/00
A61P 13/00
A61P 25/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
虚血事象が起こった後の組織及び臓器の修復及び回復を強化するための医薬を製造するための、式(I)または式(II)の化合物(式中Rはn−ヘプチルである)の使用。
【化1】
式(I):
【化2】
式(II):
【請求項2】
前記虚血事象が、急性腎不全である、請求項1に記載の化合物の使用。
【請求項3】
前記虚血事象が、腎臓、心臓および脳の梗塞から選択される、請求項1に記載の化合物の使用。
【請求項4】
前記虚血事象が、出血性卒中発作である、請求項1に記載の化合物の使用。
【請求項5】
前記虚血事象が、心筋炎、尿細管炎、および/または血管炎から選択される、請求項1に記載の化合物の使用。
【請求項6】
前記化合物が、非経口投与される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【請求項7】
前記化合物が、持続注入により投与される、請求項6に記載の化合物の使用。
【請求項8】
前記治療用医薬が、
(a)有効量の前記化合物と、
(b)生理学的に許容し得る水性溶媒と、
を含み、
前記化合物が、分子またはコロイドとして分散された状態で存在する、請求項1〜7のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
背景
本発明は、カテコールアミン神経伝達物質ドーパミンの親油性誘導体に関する。より具体的には、本発明は、これらの非血行動態性ドーパミン誘導体の安定性改善、および臓器および組織保存におけるその使用、ならびに急性腎不全などの虚血関連の病的状態の予防的および/または治療的処置におけるその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
潜在的疾患または傷害の重症度に因り、一部の患者の中長期および長期間生存は、臓器移植によってのみ確保される場合がある。毎年、少なくとも数万例の主要移植が実施されており、腎臓が最も多く移植され、肝臓、心臓、肺および膵臓がそれに続く。
【0003】
移植は、一人の身体から臓器または組織を摘出し、別の身体に植え込むことを含む。これらの延命手順の成功は、この数十年間で著しく増加した。同時に、移植の失敗も依然として多数ある。移植失敗の原因は、多くの場合、(a)ドナーの既往症もしくは臓器の移植前損傷、(b)摘出後の、例えば輸送および貯蔵の間の移植片の損傷、および/または(c)レシピエントの免疫系による移植片拒絶、に関連する。
【0004】
腎臓などの自家移植片の移植前損傷は、例えば、多臓器不全またはドナーの脳死により、ドナーの身体に放出された腎臓毒性物質により誘因され得る。脳死ドナーから採取された移植片は、実際に、生存するドナーのものと比較して長期生存率が低いことが示されている。脳死ドナーにおけるこの種の移植片損傷は、おそらく複数の経路により生じ、それらの1つは血行動態の状態に関係し、その他に腎臓をはじめとする臓器の炎症応答に関係するものもある。
【0005】
自家移植片の移植前損傷の別の重要な原因は、ドナー身体から摘出される際、および貯蔵の間に被る酸素欠乏である。自家移植片の細胞が、好気的解糖から嫌気的解糖へのシフトをもはや管理しなくなると直ちに、酸素が欠乏して各細胞への主たるエネルギー供給源であるアデノシン三リン酸(ATP)の危機的消失に陥る。加えて、体内の炎症工程の防止に必要なマクロファージまたは好中球のような免疫細胞は、酸素がなければ適正に機能し得ない。
【0006】
このように、輸送および貯蔵の間の臓器および組織の保存は、絶対不可欠である。これは、典型的には、臓器および組織を保存溶液に保持して、それらを凝固点の少し上の温度まで冷却することにより実現される。一般的な保存溶液は、ヒスチジン−トリプトファン−ケトグルタラート(HTK)に基づいており、ヒスチジン/ヒスチジン塩酸塩による細胞外空間の集中的バッファリングと共に細胞外ナトリウムおよびカルシウムを除去することにより、臓器機能を不活化させて、臓器が酸素化血液の遮断に耐容する期間を延長させることを目的とする。別の溶液には、ユーロコリンズ(EC)およびUniversity of Wisconsin(UW)液がある。後者は、細胞内液の特性を模倣しているだけでなく、浮腫を防止するポリマー(ヒドロキシエチルデンプン)およびフリーラジカルをスカベンジングする添加剤も含む。
【0007】
近年になり、そのような臓器灌流および保存混合物へのドーパミンまたは親油性ドーパミン誘導体の添加が低温保存障害の減少をもたらし得ることが、提案された(Losel RMらの「N−octanoyl dopamine, a non−haemodynamic dopamine derivative, for cell protection during hypothermic organ preservation」PLoS One、2010年3月16日、5(3)、e9713;国際公開第2009/015752 A2号も参照)。
【0008】
更に、腎臓摘出前の低用量ドーパミンによるドナーの前処置が、移植片の機能に有益効果を有することが、近年に示された(Schnuelle Pらの「Effects of donor pre−treatment with dopamine on graft function after kidney transplantation:a randomized controlled trial」JAMA.2009年9月9日、302(10)、1067−75)。その上、化学修飾されたドーパミン、特にN−オクタノイルドーパミン(NOD)が、ドーパミンそのものよりもドナーの前処置に適し得ることが示唆された。
【0009】
これらの誘導体の利点は、それらが強い還元能を示すだけでなく、同時に血行動態活性を大幅に欠き、ドーパミンを超える親油性の向上により実質的に高い細胞取り込み能力を有することである。
【0010】
しかし、これらのタイプの親油性ドーパミン誘導体を効果的に送達することは、困難である。それらは、水性媒体に難溶性であり、懸濁液として静脈内に注射または注入することができない。そのため親油性ドーパミン誘導体が、臓器保存溶液に添加されると、その誘導体は、一部が沈殿して有効性が信頼できなくなる。可溶化賦形剤またはコロイド系を用いて親油性ドーパミン誘導体を配合させる一般的可能性が、WO2009/015752号に提案されたが、それはこの概念を利用する任意の特異的組成物を開示していない。NODについて言及した他の文書、例えばSchnetze U らの「J. Cryobiol」(vol.53(3),p.375、2006年)、及びTsagogiorgas Cらの「Transplantation Supplement to vol. 90(2s)」(2115,p.37,2010)は、この化合物の有用な配合技術について触れていない。
【0011】
近年になり、より投与に適した医薬配合剤の要望が、N−オクタノイルドーパミンを含む生理学的に許容し得る水性組成物の開発によりかなえられた(同時係属出願の国際特許出願第PCT/EP2011/064074号参照)。該化合物は、多数の可溶化賦形剤との適合性が不十分であるが、実際には特定の非イオン性界面活性剤だけでなく特定のベシクル形成両親媒性脂質を使用すれば、N−オクタノイルドーパミンを可溶化されていて安定した水性組成物に配合し得ることが見出された。この配合剤は、前処置のために移植ドナーに全身または局所投与することができるだけでなく、再灌流時に虚血障害の防止のために移植レシピエントにも全身または局所投与することができる。その配合剤は、低温保存障害を最小限に抑えるために、自家移植片の保存用にインビトロで用いることもできる。この目的で、それを従来の臓器保存媒体に添加してもよい。
【0012】
幾つかの親油性ドーパミン誘導体の別の潜在的欠点は、それらが化学的に不安定で酸化され易く、長期貯蔵の間に分解する潜在的リスクが高いこと、および生理学的条件下で半減期が比較的短いことである。後者は、一部として投与回数を増やすことにより克服されるが、それは患者および/または医療スタッフにとってはむしろ不便である。代わりとして、複雑な長期放出システムが、これらの誘導体の効果的投与のために開発されなければならないが、そのような開発は、経費および時間を多く費やす。それゆえ、生理学的条件下でより持続性があり、より長期の半減期を有し、より貯蔵し易い親油性ドーパミン誘導体が、依然として求められている。これが、本発明で取り組まれている。
【0013】
NODは、抗酸化剤的特性の他にも、強力な抗炎症効果も発揮し、その効果は活性化B細胞の核因子「κ−軽鎖エンハンサー」NFκBを阻害することによる炎症誘発性遺伝子のダウンレギュレーションに起因する可能性がある(Tsagogiorgas, C. らの「Transplantation Supplement to vol.90(2s)」2115,p.37, 2010)。更にNODは、TRPV−1受容体(一過性受容体電位カチオンチャネルサブファミリーVメンバー1)でアゴニストとして作用して、この受容体タイプの脱感作をもたらす(Greffrath,Wらの「Acta Physiologica 2011」Vol.201,Suppl.682,p.108)。この効果は、NODの報告された抗炎症効果と併せて、ラットが急性腎不全(ARF)の誘因前に予防的NOD注射で処置された場合に観察された腎機能改善の原因であるとみなされる。
【0014】
これは、任意の移植関連の移植片障害を防止または低減するために予防的にNODを受けた腎臓移植ドナーおよび/またはレシピエントが、急性腎不全に似た重篤な合併症からもある程度防御されることを暗示している。しかしARF事象の大部分は、腎移植の結果として生じない。つまり、多くのARF患者の入院および処置が、この病的状態の発生後のみに行われる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的の1つは、臓器および組織移植の転帰を更に改善することである。別の態様において本発明の目的は、先行技術に関連する1つ以上の限界または欠点を克服することである。更なる目的は、本明細書および特許請求の範囲を参照することにより理解されよう。
【課題を解決するための手段】
【0016】
発明の概要
本発明は、式(I)および(II)で示されるカテコールアミン神経伝達物質であるドーパミンの親油性誘導体、ならびに薬品としてのそれらの調製および使用に関する。より具体的には、本発明は、臓器および組織保存における、そして虚血関連の病的状態の予防的および/または治療的処置のための、これらの化合物の使用に関する。
式(I)
式(II)
【0017】
置換基R1は、イソプロピルおよびC4〜C12アルキルから選択される。そのような化合物が、特に化学的および生理学的に安定しており、このため他の親油性ドーパミン誘導体と比較して、生理学的条件下で半減期を有意に改善することが、本発明者により見出された。
【0018】
式(I)(式中、R1は、イソプロピルおよびC4〜C12アルキルから選択される)で示される化合物は、移植片拒絶の防止および虚血関連の病的状態の予防において用いることができる。更にそれらは、低温保存障害を最小限に抑えるために臓器または組織保存のための製剤に含まれてもよい。
【0019】
式(I)および(II)(式中、R1は、イソプロピルおよびC4〜C12アルキルから選択される)で示される化合物を、虚血関連の病的状態を既に発症している患者の処置において同時に適用することもできる。好ましい実施形態の1つにおいて、該化合物は、急性腎不全(ARF)の処置に用いられる。更なる実施形態において、それらは、腎臓、心臓または脳の梗塞に加え、心筋炎、尿細管炎および/または血管炎などの炎症状態の処置に用いることができる。これらの目的で該化合物は、患者に非経口的に、例えば持続注入として投与することができる。
【0020】
別の特別な実施形態において、式(II)で示される化合物は、置換基R1としてn−ヘプチルを示す。
【0021】
更なる実施形態において、式(I)および(II)(式中、R1は、イソプロピルおよびC4〜C12アルキルから選択される)で示される親油性ドーパミン誘導体は、有効量の該化合物および生理学的に許容し得る水性溶媒を含む医薬組成物中に配合され、該化合物は、分子またはコロイドとして分散された状態で存在する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】急性腎不全ARFモデルのラットの体重に及ぼすN−オクタノイルドーパミン(NOD)の影響を生理食塩水およびドーパミンと比較して示す。体重は、ARF以前の本来の体重へのパーセント値で示される。A=生理食塩水;B=ドーパミン;C=NOD。NOD処置ラットの体重は、生理食塩水またはドーパミン処置ラットとは対照的に、100%と有意に異ならなかった(p<0.05)。
図2】急性腎不全(ARF)のラットモデルにおけるクレアチニン血中濃度により示される腎機能に及ぼすN−オクタノイルドーパミン(NOD)の影響を示す。このグラフは、ARF後1、3および5日目の生理食塩水(NaCl)、ドーパミン(DA)およびN−オクタノイルドーパミン(NOD)での処置後のクレアチニン濃度を示す(有意水準:*NOD対生理食塩水、p<0.05;#NOD対生理食塩水およびドーパミンの両方、P<0.05;§NOD対生理食塩水およびドーパミンの両方、P<0.01)。
図3】選択的アンフォールディッド・プロテイン・レスポンス(UPR)標的遺伝子のERストレス応答要素(ESRE)を介した転写のレベルに及ぼすN−オクタノイルドーパミン(NOD)、ドーパミン、N−[2−(4−ヒドロキシフェニル)エチル]オクタンアミド(NOTと称される)、N−(3,4−ビスアセトキシフェニルエチル)オクタンアミド(A−NODと称される)および培地(対照)の相対的影響を示す。
図4】正常酸素および低酸素条件下の内皮細胞における選択的UPR標的遺伝子(MANF、HYOU−1、DDIT3、HSPA5、PDIA4、およびERO1L)の転写レベルに及ぼすN−オクタノイルドーパミン(NOD)の影響を、N−[2−(4−ヒドロキシフェニル)エチル]オクタンアミド(NOT)および培地(対照)と比較して示す。
図5】陽性(pos)および陰性(neg)対照と比較した、蛋白質スルフィドイソメラーゼ(PDI)に及ぼすN−オクタノイルドーパミン(NOD)の系列希釈物の阻害効果を示す。
図6】HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)細胞について対照(MD)と比較した、N−(3,4−ビスアセトキシフェニルエチル)オクタンアミド(A−NOD)、N−オクタノイルドーパミン(NOD)、およびN−ピバロイルドーパミン(NPD)の相対的低温保存特性を示す。
図7】N−(3,4−ビスアセトキシフェニルエチル)オクタンアミド(A−NOD)またはN−オクタノイルドーパミン(NOD)の存在下または非存在下でTNF−αで処置された細胞の溶解物への抗VCAM−1抗体および抗HO1抗体の結合を示す免疫ブロット可視化を示す。GADPH(グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ)は、ローティング対照を指す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
発明の詳細な説明
本発明の第1の態様によれば、式(I)(式中R1は、イソプロピルおよびC4〜C12アルキルから選択される)の構造を有するカテコールアミン神経伝達物質ドーパミンの親油性誘導体が、提供される。
式(I)
【0024】
これらの誘導体は、ドーパミン(4−(2−アミノエチル)ベンゼン−1,2−ジオールとも称される)とは異なり、ドーパミンのヒドロキシル基およびアミノ基がアシル化され、ヒドロキシル基はアセチル残基を有し、アミノ基は炭素原子を4〜13個有する脂肪族アシル残基、より具体的にはカルボニル基と、イソプロピルまたはC4〜C12アルキルであるアルキル残基とを有する。本明細書で用いられる式(I)に定義された化合物は、任意のその塩、異性体および溶媒化合物を含む。
【0025】
これらの誘導体が、とりわけ臓器および組織の保存に有用な薬剤であることが、本発明者により見出された。驚くべきことにそれらは、特定の使用に関連して、ドーパミンそのものよりも優れているだけでなく、公知の親油性ドーパミン誘導体、例えばN−オクタノイル−4−(2−アミノエチル)ベンゼン−1,2−ジオールまたはN−オクタノイル−4,2−(3,4−ジヒドロフェニル)エチルアミンとも称されるN−オクタノイルドーパミン(NOD)よりも優れるとみなされる特性も有する。
【0026】
先に言及された通り、R1は、脂肪族であり、イソプロピルおよびC4〜C12アルキルから選択されてもよい。その上、R1は、直鎖状または分枝状で飽和または不飽和の(単)環、二環または非環式の脂肪族部分であってもよく、C4〜C12は、炭素原子の数を示す。特に、R1についての炭素の好ましい数は、C4、C5、C6およびC7であり、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、イソペンチル、sec−ペンチル、tert−ペンチル、シクロペンチルなどが挙げられる。好ましい実施形態の1つにおいて、R1は、tert−ブチルであり、該化合物は、N−(3,4−ビスアセトキシフェニルエチル)tert−ブチルアミドと称されてもよい。
【0027】
別の好ましい実施形態によれば、R1は、n−へプチルである。この特定の化合物は、N−オクタノイルドーパミンのビスアセチル化誘導体(A−NOD)であり、N−(3,4−ビスアセトキシフェニルエチル)オクタンアミドまたはN−(3,4−ビスアセタトフェニルエチル)オクタノイルアミドと称されてもよい。その構造は、式(III)に示される。同じく任意の対応する塩、異性体、および溶媒化合物も、本発明の範囲内である。
式(III)
【0028】
該化合物は、式(II)で示される中間体を得るために、最初、ドーパミンまたはその塩、異性体、もしくは溶媒化合物をR1−官能基化アシル化剤と反応させることにより調製されてもよい。本明細書において用いられる用語R1−官能基化アシル化剤は、酸ハロゲン化物、酸無水物、カルボン酸などを含み、構造(II)で示される化合物のR1アルキルを送達する作用がある。
式(II)
【0029】
第2のステップにおいて、式(I)で示される化合物は、式(II)で示される中間体をアセチル化剤と反応させることにより調製されてもよい。本明細書で用いられる用語アセチル化剤は、酸無水物、ハロゲン化アセチル、酢酸などを含む。好ましいアセチル化剤は、無水酢酸である。
【0030】
本発明の化合物は、臓器または組織の自家移植片の保存および貯蔵のための薬品および/または薬剤として用いられてもよい。自家移植片の保存に用いられる場合、それらは適宜、液体担体を用いて配合され(場合により、従来の臓器貯蔵溶液で再構成または希釈された後)、ドナーから摘出する前および/または摘出した直後の臓器の血管系に直接注射または注入されてもよい。つまり臓器血管構造は、フラッシュされるが、薬剤が貯蔵および輸送のために血管構造内に残留する。レシピエントにおいて植え付けが確立された後および灌流が確立される前に、移植片を生理学的血漿増量剤などを用いてフラッシュして保存および貯蔵溶液を除去しなければならない。
【0031】
あるいは本発明の化合物を含む組成物が、ドナーの全身に、例えば静脈内に注射または注入されてもよい。この使用によれば、ドナーは、N−オクタノイルドーパミンで前処置されるが、その場合、該化合物の防御機能が自家移植片摘出時よりもかなり早期に開始され得ることが、特に有用である。その上、例えば脳死ドナーから、多臓器を摘出する場合には、このレジメンにより、該当する全ての臓器の防御を同時に開始することが可能である。
【0032】
更なる実施形態において、該化合物は、特に移植片拒絶の防止および処置の目的で、移植片レシピエントに投与される薬品として用いられる。生理学的にそれらは、NODなどの他の親油性ドーパミン誘導体の影響を示すが、インビボでの不十分な組織透過および急速な不活化などそれらの限界の一部を克服する。
【0033】
実際に、該化合物が、他の親油性ドーパミン誘導体と比較して、化学的安定性を実質的に改善することが見出された。安定性上昇は、生理学的条件下で該化合物の半減期延長ももたらし、インビボで生理学的影響の長期化という重大な利益を導く。これは、これらの化合物の投与に2つの重大な利点をもたらすが、その1つは、投与回数が減少して、患者および/または医療スタッフの簡便性が向上し得ることである。二番目に、生理学的影響の持続期間が延長する可能性がある洗練された長期放出配合剤の経費および時間を多く費やす開発が、回避され得る。
【0034】
更なる態様において、本発明は、虚血関連の病的状態を発症した患者の処置のための式(I)または式(II)で示される化合物の使用を提供する。本発明者は驚くべきことに、これらの化合物が臓器もしくは組織移植片、またはそのドナーもしくはレシピエントへの適用の際に、虚血障害を予防するだけでなく、虚血事象が既に起こった後の組織および臓器への損傷を実際に低減し得ることも発見した。該化合物は、虚血事象により影響を受けた組織の修復および回復を強化し、つまり治癒を実質的に促進する。この効果は、全体として予測されなかった。同様の効果は、ドーパミンでは全く起こらず、ドーパミンは組織を保存し得る薬剤および虚血事象が起こる前に導入された時に虚血事象を防止し得る薬剤として作用するに過ぎない。
【0035】
本発明の文脈において、虚血関連の病的状態は、組織もしくは臓器における虚血の存在、または虚血状態を発症するリスクの実質的増加により特徴づけられる任意の疾患、症状または状態を含む。
【0036】
虚血または虚血状態は、組織または臓器への血液供給に制限が存在する状態である。酸素は、主に赤血球細胞中のヘモグロビンに結合するため、不十分な血液供給は、組織を低酸素にする。その上、血流の制限は、酸素およびグルコースなどの栄養素の不足、ならびに代謝老廃物の局所的蓄積を招き、それらの全てが組織の機能不全、損傷および壊死に寄与し得る。心臓または脳などの好気性の高い臓器は、虚血への著しい感受性を示し、これらの臓器において不可逆的組織壊死は、虚血事象開始後わずか数分以内に起こり得る。
【0037】
虚血は、身体から臓器または組織を摘出することにより生じ得る。1つの特別な実施形態において、血液供給のこの完全な遮断は、移植を目的とする腎臓、心臓、肝臓、肺、腸の区分、膵臓などの臓器の摘出および単離されたランゲルハンス島細胞の採取時にも起こる。
【0038】
虚血は、例えば血管の梗塞もしくは損傷、血管収縮または広範にわたる血液欠如からくる、血液供給の限定または遮断により生じる場合もある。原因にかかわらず、組織または臓器において酸素が不足すると、虚血関連の病的状態に陥る。
【0039】
細胞レベルでは、虚血など栄養素および酸素の不足を生じる急性ストレス状態は、蛋白質のフォールディングおよび集合を担う小胞体(ER)内のミスフォールディングされた蛋白質またはフォールディングされていない蛋白質の増加および蓄積に寄与する。そのような欠損は、そのような状態下のERにおいて蛋白質フォールディングの負荷が増加すること、および正しいフォールディングに必要な反応が妨害されることにより起こる。長期的および持続的ストレスは、結果的に細胞死につながる可能性がある。しかし、アンフォールディッド・プロテイン・レスポンス(UPR)と称される保存的シグナル伝達システムは、ERを防御し、ERおよび細胞内ホメオスタシスを回復させるストレス応答機構として進化してきた。UPRの惹起は、例えば蛋白質の正しいフォールディングの支援を担うERシャペロン(例えば、グルコース調節蛋白質またはGRPS)の、UPR標的遺伝子発現の増加をもたらし得るが、全体としては翻訳を減少させ、新しい蛋白質の産生を減少させる。UPRの誘導は、虚血に対して、そして低酸素状態下で細胞生存を改善することができる。
【0040】
特にN−オクタノイルドーパミン(NOD)がUPRを誘発し得ることが、本発明者によりここに見出された。NODで処置された内皮細胞のゲノムワイドな遺伝子発現プロファイリングで、未処置細胞と比較してUPR標的遺伝子の発現がアップレギュレートすることが示された。NODは、UPR標的遺伝子の転写を有意に活性化し、正常酸素および低酸素の両方の状態下でそれを実行することができる。事実、NODは、低酸素状態下での有意に高い転写レベルを誘因し、NODが、酸素が少ないまたは不足する条件と一緒になってUPR転写への正の相乗効果を有することが示される。
【0041】
NODは、2種の可能な作用機序(蛋白質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)の阻害およびERにおける還元当量数の増加)の組み合わせによりUPR機構を誘因すると考えられる。ジスルフィド結合は、多くのフォールディングされた蛋白質の構造の安定性にとって非常に重要である。正常状態下でのER管腔は一般に、酸化的で、これらの結合の形成を支持する。分子内酸素は、2つのシステイン残基が酸化されてジスルフィド結合を形成するレドックス経路において電子の末端アクセプターとして用いられ、小胞体蛋白質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)は、この工程において重要な役割を担う。NODは、用量依存的手法でPDIを阻害することが見出された。ジスルフィド結合形成工程の妨害は、低酸素状態下およびNODの存在下では特に急速になり、低酸素状態下でのUPR遺伝子転写において観察された相乗効果の原因となり得る。
【0042】
このため、本発明に関するNODは、組織および臓器における細胞防御的UPR機構の活性化を支援するために用いることができる。これにより、虚血性または酸化的ストレス障害を防御して、細胞生存を促進することができる。UPRの誘因により、NODは、虚血事象の前、その間およびその後の細胞内ホメオスタシスの回復促進において有用な効果を有することができ、そして結果的に組織の機能不全、障害および壊死を大規模な効果で防止することができる。
【0043】
本発明により治療的に処置され得る虚血関連の病的状態は、腎臓、心臓、脳および任意の四肢をはじめとする様々な臓器および付属器官に影響を及ぼす可能性があり、処置を受ける患者は、様々なステージおよび多様な重症度の各状態に罹患している可能性がある。
【0044】
特定の実施形態の1つにおいて、処置を受ける患者は、急性腎不全に罹患している。急性腎不全は、急性腎障害または急性腎不全(acute renal failure)としても公知であり、多くの場合、不十分な腎臓の血流に応答して、腎機能が急速に喪失した状態を表す。その状態は、代謝性アシドーシス、高カリウム血症、肺水浮腫、尿毒症、体液バランスの実質的変動および他の臓器の障害をはじめとし、複数の重症な合併症に至る可能性がある。
【0045】
急性腎障害の症状は、腎機能損失の様々な様相に反映する。尿などの代謝産物および血中の他の潜在的毒性化合物の濃度が上昇すると、頭痛、疲労、吐気、嘔吐、および食欲不振をまねく。心臓機能は、カリウム濃度の上昇により損傷されて、生命を脅かす不整脈に至る場合がある。
【0046】
Acute Dialysis Quality Initiative (ADQI)Groupにより確立されたRIFLE基準によれば、急性腎障害に罹患した患者は、5つのステージ、つまり(1)「リスク」:血清クレアチニンレベルが少なくとも1.5倍増加しているか、または尿生成が6時間の間0.5mL/kg体重未満である、(2)「障害」:血清クレアチニンレベルが少なくとも2倍増加しているか、または尿生成が12時間の間0.5mL/kg未満である、(3)「機能不全」:血清クレアチニンレベルが少なくとも3倍増加している、もしくは355μmol/Lを超えているか、または尿生成が24時間の間0.3mL/kg体重未満である、(4)「喪失」:4週間を超える持続的な腎臓障害または腎機能の完全な喪失、(5)「末期腎疾患」:3ヶ月を超える間腎機能が完全に喪失している、に分類される。
【0047】
好ましくは本発明による処置は、ステージ1〜4において急性腎障害を発症した患者で実施される。更なる実施形態において、ステージ1、2または3に分類された患者は、本明細書に定義された通り処置される。好ましくは、処置は、診断後、短期間内に開始される。
【0048】
先に定義された式(I)または(II)で示される化合物の更なる医療的使用は、腎臓、心臓または脳梗塞などの梗塞に罹患している患者、または過去に発症した患者の処置である。本明細書で用いられる梗塞は、組織または臓器の壊死を特徴とする状態または疾患を表し、通常、低酸素症により誘発される。組織学的には貧血性梗塞(「白色梗塞」)は、血流の制限が梗塞領域の上流に起こるか、または下流に起こるかに応じて、出血性梗塞(「赤色梗塞」)と識別される。貧血性梗塞(または梗塞部位)において、典型的には梗塞を起こした臓器または組織を走る動脈または細動脈の血管収縮などの制限は上流であるが、出血性梗塞では静脈の流出が減少または遮断されて、血液の実質的量が梗塞領域に存在する。本発明による処置は、梗塞のいずれかのタイプを有する患者で実施することができる。
【0049】
腎臓梗塞は、先に定義された急性腎臓障害に関係するが、壊死が腎臓内に明白に存在する必要がある。
【0050】
心筋梗塞は、心筋組織の壊死を特徴とする。心筋梗塞は、心筋の少なくとも一領域に及ぶ虚血から生じ、典型的には冠動脈の閉塞後に発症する。そのような閉塞は、アテローム斑が動脈壁から侵食、破裂もしくは脱離した後に起こり得るか、または冠動脈痙縮、貧血、不整脈もしくは重度の低血圧により生じ得る。
【0051】
急性心筋梗塞で頻繁に起こる症状に、胸痛(狭心症)があり、それは多くの場合、締扼感、圧迫感、または圧搾感として記載され、典型的には左腕に、そしてことによると首、背中、下顎、および腹部の上部中心領域など他の領域にも広がる。心筋への障害は、左心室の排出量を抑制すると呼吸困難が起こり、左心室不全、そして結果的に肺水腫を誘発する。ことによると疼痛によるカテコールアミン分泌から生じる、他の症状としては、発汗、吐気、嘔吐、脱力感、および動悸が挙げられる。重度の症例における急性心筋梗塞は、不適切な脳血流から生じる意識不明、または心室細動による突然死に繋がる。
【0052】
脳梗塞は、脳虚血から生じる脳血管障害または卒中である。それは典型的には、脳領域への血液供給を実質的に低減または遮断する血管の閉塞により起こり、罹患した組織の壊死を招く。その一方で血管閉塞は、動脈内プラークから形成されるような血栓、または損傷した骨の骨髄から遊離し得るような脂肪滴、または遊走している癌細胞もしくは細菌の凝集により生じる可能性がある。
【0053】
脳梗塞の症状は、大部分は罹患した脳組織の機能により決定される。反対側片側不全麻痺が、一次運動野内の梗塞に続いて起こる。脳幹が罹患すれば、の間症候群、例えばウェーバー症候群、ベネディクト症候群、ワレンベルグ症候群、グブラー症候群、またはミラード・グブラー症候群が観察される。更なる典型的な影響としては、瞳孔拡張、光反応、眼球運動の喪失、および他の反射作用の障害をはじめとし、脳の罹患した領域の側と反対の身体側での脱力感および感覚喪失が挙げられる。梗塞が脳の左部分を冒せば、話し方が不明瞭になる。
【0054】
更なる特定の実施形態において、本発明による処置は、出血性卒中発作を発症した患者に施される。本明細書で用いられる出血性卒中発作は、頭蓋内または脳内出血による生じる卒中または脳血管障害を指す。頭蓋内出血は、出血が頭蓋円蓋部内のどこかに生じることを意味する。脳内出血または脳実質内出血は、そのサブカテゴリーであり、出血事象が脳そのものの内部に局在化している。その一方で脳内出血は、出血が脳実質に起こったか、または心室系に起こったかに応じて、実質内出血と心室内出血とに識別することができる。
【0055】
出血性卒中発作は、概して、他の形態の卒中と類似の症状を伴う場合がある。加えてそれは、頭蓋内圧上昇の典型的症状、例えば頭痛、吐気のない嘔吐、背痛、眼筋麻痺、乳頭浮腫、および意識レベルの低下を生じる場合がある。
【0056】
更なる実施形態において、本発明による治療を受ける患者は、心筋炎、尿細管炎、または血管炎などの虚血を起こし得る炎症状態に冒されている。
【0057】
本明細書で用いられる心筋炎は、冠動脈の閉塞への応答以外の心筋の任意の炎症を指す。それは、ウイルス、細菌、真菌、原虫、または寄生虫により起こる感染;自己免疫反応、または治療薬もしくは他の薬物への過敏性反応によるものであってもよい。尿細管炎は、腎単位の腎尿細管に影響を及ぼす炎症状態である。血管炎は、静脈(静脈炎)または動脈(動脈炎)のいずれにしろ、任意の血管炎症を指す。
【0058】
臓器または組織への適用については、R1が先に定義された通りの式(I)で示される化合物は、典型的には安定した液体担体および必要に応じて任意の更なる成分を用いて液体組成物として配合される。
【0059】
臓器ドナーまたは患者などのヒトへの投与については、R1が先に定義された通りの式(I)または式(II)で示される化合物は、任意の経路により投与されて、標的部位に該化合物の生物学的利用性をもたらしてもよい。特に該化合物またはその組成物は、経口または非経口投与されてもよい。
【0060】
経口投与については、該化合物は例えば、当業者に公知の一般的医薬賦形剤を用いて、錠剤、ハードカプセル、またはソフトゲルとして配合されてもよい。
【0061】
本明細書で用いられる非経口投与は、静脈内、動脈内、皮下、筋肉内、局所、管腔内、および皮内投与をはじめとし、注射または注入による任意の侵襲的投与タイプを指す。好ましい実施形態において、経路は、静脈内、動脈内、皮下、および筋肉内投与から選択される。本明細書で最も好ましいのは、静脈内投与であり、特に持続注入の形態である。
【0062】
特別な実施形態において、本明細書に記載された化合物の使用は、有効量の該化合物および生理学的に許容し得る水性媒体を含む医薬組成物の投与を含む。該組成物において、該化合物は、分子またはコロイドとして分散された状態で存在する。
【0063】
有効量は、意図した使用の状況で効果を実現するのに適した量を意味する。特定の化合物の有効量は、例えば臓器保存溶液とドナーの前処置注射と治療的注入とで異なっていてもよい。
【0064】
生理学的に許容し得る水性溶媒は、水または化合物の水溶液、特に組み込まれる量および意図した使用に関して安全とみなされる医薬賦形剤である。例えば水性媒体は、滅菌等張性塩化ナトリウム溶液、または滅菌緩衝溶液であってもよい。
【0065】
該組成物は、投与経路および回数を考慮して、少なくとも組み込まれたレベルおよび意図される使用の観点で安全であり良好に耐容される医薬賦形剤として用いられ得る生理学的に許容し得る両親媒性賦形剤、特に界面活性剤を更に含んでいてもよい。
【0066】
分子として分散された状態は、真の分子溶液を指す。液体溶液において、溶質(複数可)の分子は、個々に溶媒和されていて、溶媒分子により取り囲まれている。対照的にコロイドとして分散された状態は、1つの材料、このうち式(I)または(II)により定義された化合物が、コロイドサイズを有する構造内に存在する、即ち、それらは、各分子よりも実質的に大きいが、肉眼では見るには小さ過ぎる。コロイドは、典型的にはおよそ1〜500ナノメータの口径を有する(H. Strieker, Physikalische Pharmazie、第3版、440ページ)。それゆえ、コロイド構造は、実際には光学顕微鏡で可視ではなく、商業的な溶液濁度にならず、どちらかといえば乳白色である。
【0067】
様々なタイプのコロイド構造が、異なるタイプのコロイド液中に存在することが公知である。等方性コロイド溶液において、溶液の特性は、測定方向にかかわらず同様である。言い換えれば等方状態において、全ての方向は、互いに判別不能である。例えばミセル溶液は、等方性になり得る。異方性コロイド溶液には、溶液の物理的性質を異なる測定方向で変動させる分子配列および/または分子配向が存在する。そのような異方性溶液は、液晶または液晶相またはメソフェーズと称される。
【0068】
好ましい実施形態の1つにおいて、該組成物は、化合物、即ち有効成分をこのコロイドとして分散された状態で含む。水性溶媒中に分散されたコロイド粒子は、典型的には両親媒性賦形剤および有効成分の両方を含有する。本明細書で用いられるコロイド分散体は、コロイド溶液と称されてもよい。
【0069】
更に好ましい実施形態によれば、該組成物は、ノニオン性界面活性剤の群から選択される両親媒性賦形剤を含む。医薬的に許容し得るノニオン性界面活性剤としては、例えばチロキサポール、ポロキサマー、例えばポロキサマー188、ポロキサマー407、プルロニックF68LFまたはLutrolF68、プルロニックF127、プルロニックL−G2LF、およびプルロニックL62D、ポリソルベート、例えばポリソルベート20、ポリソルベート60、およびポリソルベート80、ポリオキシエチレンヒマシ油誘導体、ソルビタンエステル、ポリオキシステアラートおよびそれらの2種以上の混合物が挙げられる。特定の実施形態において、ノニオン性界面活性剤は、ポリソルベートである。更なる特定の実施形態において、ノニオン性界面活性剤は、ポリソルベート80である。
【0070】
場合により該組成物は、2種以上の両親媒性賦形剤または界面活性剤を含む。好ましい実施形態の1つにおいて、2種以上のノニオン性界面活性剤が、一緒に用いられる。例えばポリソルベート20または80などのポリソルベートは、Cremophor ELまたはCremophor RHと一緒に用いられてもよい。更なる実施形態において、該組成物は、ノニオン性界面活性剤をリン脂質などのイオン性界面活性剤と一緒に含む。
【0071】
両親媒性賦形剤もしくは界面活性剤、または界面活性剤の組合せが、活性化合物が可溶化されたミセルを形成する量で組み込まれていてもよい。概してミセルは、溶媒中の両親媒性分子のコロイド凝集体である。それらは、球形であってもよいが、非常に異なる形状を有することもできる。水性系において、典型的な球形ミセルは、親水性部分が周りの溶媒と接触していて、ミセル中心の疎水性分子領域を封鎖している界面活性剤分子を含む。水難溶性の親油性化合物は、そのようなミセルの核に溶解させてもよい。
【0072】
ミセル形成を起こすために、界面活性剤(または複数の界面活性剤)の濃度は、臨界ミセル濃度(CMC)を超えていなければならない。それゆえ、組成物中の界面活性剤の量は、ミセル溶液が目指す濃度を超えるように選択されなければならない。その上、界面活性剤の量は、活性化合物の組み込まれる量を可溶化するのに十分高く選択されなければならない。同時に界面活性剤の量は、移植片のドナー、移植片そのもの、または移植片のレシピエントにおいて不適切な効果を回避するのに十分低くなければならない。
【0073】
1つの特別な実施形態において、両親媒性賦形剤の量は、少なくとも約0.05重量%である。更なる実施形態によれば、その量は、それぞれ約0.1重量%〜約30重量%、または約0.5重量%〜約20重量%である。しかし、組成物が組織および臓器保存用の市販溶液に添加される濃縮物として用いられる場合、その濃縮物自体は、希釈因子を考慮して、両親媒性賦形剤比較的高濃度で含んでいてもよい。
【0074】
更なる好ましい実施形態において、該組成物は、エタノール、グリセロール、プロピレングリコール、またはポリエチレングリコールなどの有機溶媒または共溶媒を含まない。別の好ましい実施形態によれば、該組成物は、少量、例えば約2重量%以下のそのような溶媒または共溶媒を含有していてもよい。
【0075】
該組成物は、必要に応じて、または適宜、更なる不活性医薬成分を含んでいてもよい。例えばそれは、配合剤の張度を調整するために1種以上の賦形剤を含んでいてもよい。該組成物がおよそ310mOsmol/kg、例えばそれぞれ約200〜約450mOsmol/kgの範囲内、または約250〜約450mOsmol/kgの範囲内、または約280〜約350mOsmol/kgの範囲内などの浸透圧を示すように適合されることが好ましい。意図される使用が貯蔵および輸送の間の自家移植片の保存である場合、それは、場合により従来の臓器保存溶液での希釈の後に、組成物が約300〜約330mOsmol/kgの生理学的浸透圧を有することが確保されなければならない。浸透圧を調整するための適切な賦形剤としては、例えば、塩、糖、糖アルコールおよびアミノ酸が挙げられる。中でも塩、緩衝性塩または塩化ナトリウムが、特に適している。有用な糖および糖アルコールとしては、少し挙げるとすれば、例えばグルコース、ラフィノース、トレハロース、ソルビトール、およびマンニトールが挙げられる。
【0076】
その上、該組成物は、pH値を調整するための1種以上の賦形剤を含んでいてもよく、pH値は、好ましくは約pH3〜約pH8の範囲内で選択される。より好ましくは、pHは、約7以下、例えば約pH4〜約pH7.0、または約pH4.5〜約pH6.5である。意図される使用が、貯蔵および輸送の間の自家移植片の保存である場合、従来の臓器保存溶液での希釈の後に、該組成物が約7.0〜7.5のpHを示すことが確保されなければならない。pHを調整するための適切な賦形剤としては、生理学的に許容し得る有機または無機酸、塩基、および緩衝塩が挙げられる。後者の塩は、同時に生理学的電解質、例えばナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、およびカルシウム塩として機能し得る。
【0077】
該組成物は、1種以上の、EDTAのような錯化もしくはキレート化剤などの安定化剤、および/またはビタミンEもしくはビタミンE誘導体、アスコルビン酸、亜硫酸水素塩、没食子酸エステル、ブチルヒドロキシアニソール、ブチルヒドロキシトルエンまたはアセチルシステイン;粘度上昇剤、例えば水溶性ポリマー;防腐剤(該組成物の場合、多回投与容器に包装され、非経口投与に用いられる);ラクトビオン酸、アロプリオール、グルタチオン、アデノシン;アミノ酸、例えばヒスチジン、トリプトファン、グルタミン酸、アミノグルタミン酸、あるいはケトグルタル酸塩を更に含んでいてもよい。
【0078】
場合により、本発明は、本明細書に記載された組成物が再構成され得る粉末または液体濃縮物を配合させることにより実施されてもよい。例えば、長期貯蔵寿命を実現するために、組成物の固体成分を、使用前に適切な水性担体または希釈剤に溶解または分散され得る滅菌凍結乾燥粉末として配合させることが、有用となる場合がある。あるいは、水性媒体で希釈されることにより、移植片ドナーの前処置、自家移植片の保存、または移植片レシピエントの処置に使用される最終組成物を生成するように、液体濃縮物が配合されていてもよい。そのような液体濃縮物は、低重量および低容量を有していて製造、輸送、貯蔵および取り扱いが容易であるという利益を有するだけでなく、例えば長期貯蔵寿命を念頭におくことで、貯蔵の間にpHまたは浸透圧などの生理学的パラメータから逸脱する機会も提供する。使用に必要な生理学的特性は、その後、濃縮物を適宜、希釈することにより、実現される。
【0079】
別の実施形態において、該組成物は、マイクロエマルジョンの形態である。本明細書で用いられるマイクロエマルジョンは、透明で熱力学的に安定しており、光学的に等方性である、親油性成分と親水性成分と両親媒性成分との混合物である。典型的にはマイクロエマルジョンは、成分をひとまとめにして互いに混合すると自然に形成し、「通常の」エマルジョンの形成に通常必要となる高エネルギーの投入は必要でない。マイクロエマルジョンは、親水相中に分散されたコロイド親油相、または親油相中にコロイドとして分散された親水相を有していてもよい。分散された相のサイズは通常、約5nm〜約400nmの範囲内であり、最も多くは約200nm未満である。本発明の好ましい実施形態の1つにおいて、粒子サイズは、約5nm〜約100nmである。流動特性に関連してマイクロエマルジョンは、液体またはゲルの形態、即ち液体または半固形形態であってもよい。好ましい実施形態において、マイクロエマルジョンは、液体形態である。マイクロエマルジョンが用いられる場合、親油性成分は、好ましくはそれ自体が非経口使用に適した賦形剤から選択される。例えば高純度トリグリセリド油または半合成中鎖トリグリセリドが、用いられてもよい。
【0080】
更なる実施形態において、両親媒性賦形剤は、ベシクル形成リン脂質である。この場合、該組成物は、活性化合物を組み込んだリポソームのコロイド分散体として設計される。本明細書で用いられるリポソームは、少なくとも1つの二重層から形成されたベシクルであり、その二重層は凝集(または集合)した両親媒性脂質で構成される。二重層は、生体膜と若干の類似性を示し、ベシクルの内側および外側に向かって親水性になっており、親油性領域は、これらの親水性領域に挟まれている。より大きなリポソームは、多くの場合、2つ以上の同心円の二重層を有する。小さなリポソームは、どちらかといえば球形の傾向があるが、より大きなベシクルは、様々な形状で存在し得る。
【0081】
選択された調製方法および製造条件に応じて、得られたリポソームは、マルチラメラベシクル(MLV)、小さなユニラメラベシクル(SUV)、または大きなユニラメラベシクル(LUV)と記載することができる。MLVは、2つ以上の脂質二重層を有する点でSUVおよびLUVと異なる。こうしてMLVは、特にベシクル膜の親油性領域に溶解または会合された親油性原薬が負荷される場合に、有用となるようである。これに対してSUVおよびLUVは、リポソームの水性コンパートメント内に親水性化合物をカプセル化する場合に特に有用である。典型的にはMLVは、約200nm〜数ミクロン以下の径を有する。SUVは、典型的には約80nm〜約200から300nmの範囲内であるが、LUVは、通常、平均で約200から300よりも大きいと理解される。本発明の状況では、径は、レーザ回折または光子相関分光法で測定されたz−平均と理解される。本発明の状況において、コロイド状リポソームが用いられなければならず、非常に大きなMLVは、このカテゴリーに含まれない場合がある。
【0082】
リポソームを構成する両親媒性脂質は、典型的には少なくとも1種のリン脂質を含む。リン脂質は、リン酸基を含む両親媒性脂質であり、リン酸基は負電荷であり、つまり実質的に親水性である。リン脂質は、グリセロリン脂質(またはグリセリル部分の存在を特徴とするホスホグリセリド)またはホスホスフィンゴリピド(またはスフィンゴミエリンなどのセラミド)として分類することができる。リポソームは、負の半合成および/または合成リン脂質を含有していてもよい。
【0083】
典型的にはリポソームは、少なくとも1種のグリセロリン脂質(またはホスホグリセリド)を含む。そのようなグリセロリン脂質は、実際にリポソーム内で最も一般的に用いられるベシクル形成脂質である。一般的に用いられるグリセロリン脂質としては、大豆、卵レシチンなどの天然レシチンに、またはその(部分)水和産物に由来するものが挙げられる。レシチンは、多量のホスファチジルコリンを含有するが、少量のリン酸、コリン、脂肪酸、グリセロール、糖脂質、トリグリセリド、ホスファチジルエタノールアミンおよびホスファチジルイノシトールも含む場合がある。ホスファチジルコリンは、ホスファチジルエタノールアミンおよびホスファチジルグリセロールとは対照的に、コリンを頭部として含むグリセロリン脂質である。
【0084】
ホスファチジルコリンにおいて、グリセリル残基の2つのヒドロキシル基は、エステル結合を介して、典型的には中鎖〜長鎖脂肪酸に由来するアシル基に結合する。リポソームの構成要素として用いられるホスファチジルコリン(ホスファチジルエタノールアミンおよびホスファチジルグリセロールも同様)内の一般的なアシル基としては、ミリストイル、パルミトイル、ステアロイル、およびオレオイル基が挙げられる。
【0085】
リン酸基の負電荷およびコリンの正電荷により、ホスファチジルコリンは、常に双性イオン性である(場合により中性とも称される)。ホスファチジルエタノールアミンも、大きなpH範囲にわたり双性イオン性であるが、塩基性環境ではアニオンとして存在することができる。ホスファチジルグリセロールは、アニオン性である。
【0086】
1種以上のグリセロリン脂質の他に、リポソームは、1種以上の脂質を含んでいてもよく、それ自体は二重層を形成することができず、そのような二重層を修飾または安定化させる。そのような膜修飾脂質の例が、コレステロールである。
【0087】
リポソームおよびリポソーム製剤の調製および特徴づけの方法は、当業者に公知である。多くの場合、マルチラメラベシクルは、両親媒性脂質が水和されると自然に形成するが、小さなユニラメラベシクルの形成は通常、超音波処理または高圧均質化などの実質的なエネルギー投入を含む工程を必要とする。リポソームを調製および特徴づけする更なる方法は、例えばS. Vemuriらの「Preparation and characterization of liposomes as therapeutic delivery systems」(a review. Pharm Acta Helv. 1995, 70(2):95−lll)に記載されている。
【0088】
公知リポソームのうち、本発明により用いられ得るものは、主にコロイドサイズを有し、即ちそれらの平均粒度は、約500nm未満に含まれる。同じく好ましいのは、それぞれ約300nm以下の径、または200nmを超えない径である。そのような平均粒度は通常、0.22μm孔径のフィルターによる滅菌濾過が可能であり、それは組成物が加熱滅菌に耐え程十分に安定していない場合に著しく有利である。
【0089】
言及された通り、本発明の組成物は、臓器または組織の自家移植片の保存および貯蔵用の薬品または液体培地として用いられてもよい。自家移植片の保存に用いられる場合、それは、ドナーからの摘出前および/または摘出直後の臓器の血管系に(場合により、従来の臓器貯蔵溶液での再構成または希釈の後に)直接注射または注入してもよい。こうして臓器の血管構造を、該組成物でフラッシュして、次に貯蔵および輸送のために血管構造内に残留させる。レシピエントにおいて植え付けが確立された後および灌流が確立される前に、移植片を生理学的血漿増量剤などを用いてフラッシュして保存および貯蔵溶液を除去しなければならない。
【0090】
更なる実施形態は、主な態様の幾つかにおいて本発明を例示した以下の実施例から明白となろう。
【0091】
実施例
実施例1:N−オクタノイルドーパミン(NOD)の調製
ステップ1:クロロギ酸エチル(69.1mmol)を、無水THF90mL中のオクタン酸(69.3mmol)、i−Pr2NEt(69.6mmol)の溶液に、力強く撹拌しながら10分間かけて注意深く添加した。得られた混合物を室温(RT)でおよそ3時間撹拌し、その後、酢酸エチル50mLおよび水100mLを添加した。有機層を分離し、無水MgSO4で脱水して濃縮した。得られた混合無水物の粗生成物を、更に精製せずに次のステップで用いた。
【0092】
ステップ2:塩酸ドーパミン(66mMol)を、DMF50mLに溶解した。酢酸エチル50mL中の混合無水物溶液の溶液を、20分間かけて滴加した。その後、更なる当量のi−Pr2NEt(66mMol)を、得られた濁りのある反応混合物に添加して、暗所にて室温で一晩撹拌した。その後、反応混合物に水性NaHNO3(5w/w%)200mLおよび水性亜硫酸ナトリウム(1w/w%)を添加した。有機層を分離して、水相を酢酸エチル2部で抽出した。ひとまとめにした有機層をブライン0.5M水性H2SO4、その後ブラインで引き続き洗浄し、MgSO4で脱水して、ろ過および濃縮した。ジクロロメタンで2回再結晶化して、N−オクタノイルドーパミン(NOD)を白色粉末として収率58%で得た。m.p.67〜67.9℃(加熱速度:1℃/分)。
【0093】
実施例2:N−(3,4−ビスアセトキシフェネチル)オクタンアミドの調製
N−オクタノイルドーパミン(25mMol)および酢酸ナトリウム(30.5mMol)を、無水酢酸30mLに添加した。反応混合物を80℃で3時間撹拌し、その後、氷冷水100mLに注いで、10分間撹拌した。混合物をろ過し、沈殿を氷冷水3部で洗浄した。Et2Oで2回再結晶化して、N−(3,4−ビスアセトキシフェニルエチル)オクタンアミドを収率65%で得た。m.p.76℃(加熱速度1℃/分)。
【0094】
実施例3:ARFラットモデルにおける体重に及ぼすN−オクノイルドーパミンの影響
ルイスラット(n=8)の腎臓を45分間締め付けて、急性腎不全(ARF)を誘因した。その後、ラットを、浸透圧ミニポンプを利用した生理食塩水、ドーパミンまたはN−オクタノイルドーパミン(NOD)のいずれかの持続注入(10μL/hで5日間)で処置した。ドーパミンおよびNODの濃度は、40μmol/mLであった。ラットの体重を、5日間モニタリングした。生理食塩水およびドーパミン処置ラットは、図1に示す通り、ARFにより体重を〜14%および〜11%減少させたが、NOD処置ラットのARF前および後で有意な体重変動はなかった。
【0095】
実施例4:ARFラットモデルにおける腎機能に及ぼすN−オクタノイルドーパミンの影響
ルイスラット(n=8)の腎臓を45分間締め付けて、急性腎不全(ARF)を誘因した。その後、ラットを、浸透圧ミニポンプおよび実施例3と同じ濃度を利用した生理食塩水、ドーパミンまたはN−オクタノイルドーパミン(NOD)のいずれかの持続注入(10μL/hで5日間)で処置した。血清クレアチニン濃度により測定されたラットの腎機能を、5日間モニタリングした。その結果、NODで処置されたラットは、図2に示された通り、生理食塩水処置ラットおよびドーパミン処置ラットを比較して、それぞれ1日目および3日目から有意に改善された腎機能を示した(p<0.05)。
【0096】
実施例5:腎組織学的検査に及ぼすN−オクタノイルドーパミンの影響
実施例3および4のルイスラットの腎臓を採取した。腎臓組織を、炎症ED1細胞による浸潤および尿細管細胞壊死の兆候について検査した。その結果、壊死組織の縮小およびED1細胞数の有意な減少が、生理食塩水およびドーパミン処置ラットと比較したNOD処置ラットにおいて観察された(P<0.01)。その上、PCRにより測定された腎組織におけるTNF−α活性が、NOD処置ラットの例で有意に低下することが見出された(P<0.01)。
【0097】
実施例6:ESREを介したUPR遺伝子転写に及ぼすNODの影響
UPRの誘発は、UPR(アンフォールディッド・プロテイン・レスポンス)標的遺伝子において特色をなすERストレス応答要素(ESRE)への転写因子の結合により仲介される。ESRE応答要素の制御下でレポータールシフェラーゼ構造体を用いたレンチウイルストランスフェクションにより、内皮細胞をトランスフェクトした。2日後に、トランスフェクトされた細胞をNODまたはドーパミンまたはNPD(N−ピバロイルドーパミン、N−[2−(3,4−ジヒドロフェニル)エチル]tert−ブチルアミドとも称される)、またはN−[2−(4−ヒドロキシフェニル)エチル]オクタンアミド(NOTとも称される)、または培地(対照)で24時間刺激した。その後、ルシフェラーゼの化学発光活性を測定した。NODが、ドーパミンおよびNOTと比較して、内皮細胞におけるESREを介した転写を強く誘因し得ることが見出された(図3に示される)。予測された通り、ジアセチル化誘導体A−NODは、転写を有意に誘発せず、それは、アセチル基の加水分解による反応性o−ヒドロキシ官能基の放出がインビボとは異なり効果的に起こらないような実験条件であったためと思われる。
【0098】
実施例7:NOD、NOT、および安息香酸誘導体で処置された内皮細胞のUPR遺伝子転写の定量
(表1)
表1:未処置内皮細胞と比較した転写の相対的増加倍数
【0099】
内皮細胞を、NOD、NOT、BB、BBNBまたはBBNO 100μMで24時間刺激した(化合物の構造については表1参照)。RNAを各試料から単離して、cDNAに転写した。選択されたUPR標的遺伝子の発現を、qPCRにより評価した。これらの遺伝子の転写の定量から、NODがNOTならびに安息香酸誘導体BB、BBNBおよびBBNOと比較して、より大きな、選択されたUPR遺伝子へのアップレギュレーション効果を有することが明らかとなった。
【0100】
実施例8:NODまたはNOTの存在下、正常酸素および低酸素条件下での内皮細胞のUPR遺伝子転写
内皮細胞を、NODまたはNOT 100μMの存在下または非存在下、正常酸素条件下で24時間培養した。いずれの化合物も存在せずに培養された細胞(培地)を、対照とした。加えて細胞を、NODまたはNOT 100μMの存在下または非存在下、低酸素条件下で24時間培養した。RNAを単離して、cDNAに転写した。UPR標的遺伝子の選択された組合せの発現を、qPCRにより評価した。図4に示された通り、NODのみが、正常酸素条件下でUPR遺伝子転写を誘因した。興味深いこととして、低酸素条件のみ(培地+低酸素)では、UPR遺伝子転写を誘因しなかったが、UPR遺伝子への相乗効果をもたらした。
【0101】
実施例9:NODによる蛋白質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)阻害
NODによるPDI活性のモジュレーションを、蛍光に基づく市販のProteoStat(商標)PDIアッセイキットを用い、キットのプロトコルに従って検査した。プロトコルをNODの系列希釈に適用し、約500nmの励起設定および約603nmの発光フィルターの蛍光マイクロプレートリーダーを用いて、PDI活性の阻害について測定した。図5に示される通り、NODは、用量依存的手法でPDIを阻害した。
【0102】
実施例10:A−NOD、NODおよびNPDの低酸素保存特性
NOD、A−NODおよびN−ピバロイルドーパミン(N−[2−(3,4−ジヒドロフェニル)エチル]tert−ブチルアミドとも称される)の低酸素保存特性を検査した。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を24ウェルプレートに播種し、コンフルエンスまで増殖させた。その後、HUVECを、NOD、A−NODまたはNPD 100μMで1時間刺激した。処置していない細胞(Md)を対照とした。培地を吸引して、細胞をUniversity of Wisconsin(UW)液中、氷上で24時間貯蔵した。市販のLDH放出アッセイ(Roche)を用いて、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)放出を測定することにより、細胞障害を評価した。この目的で、上清100μlをアッセイ反応混合物100μlに添加した。プレートを30分間インキュベートして、吸収(OD490)を評価した。全ての実験条件を、三重測定で実施した。
【0103】
LDH活性の増加は、死滅細胞または損傷細胞の量と相関する。図6に示される通り、A−NOD、NODおよびNPD処置細胞で測定されたLDH活性は、未処置細胞対照(Md)と比較して有意に低かった。
【0104】
実施例11:TNF−αを介したVCAM−1発現の阻害に及ぼすA−NODおよびNODの影響
A−NODおよびNODの抗炎症効果を、特にTNF−α(腫瘍壊死因子α)を介したVCAM−1(血管細胞接着分子1)発現への影響について検査した。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を、コンフルエンスまで培養した。その後、細胞をNODまたはA−NOD 100μlの存在下または非存在下でTNF−αで24時間刺激した。刺激していない細胞(Md)を、対照とした。細胞を回収して、レムリ緩衝液に溶解した。その後、溶解物20μLを沸騰させて、SDS−PAGEに供した。得られたゲルをPVF膜にブロットし、次に膜をTBS/ツイーン/5%乾燥粉乳と共に一晩インキュベートして、非特異的結合を阻止した。膜の上部では抗VCAM−1抗体をプローブし、下部では抗HO1抗体(ヘモオキシゲナーゼ−1)をプローブした。完全に洗浄した後、膜を適切なHRPコンジュゲートと共にインキュベートして、バンドを、化学発光を利用して視覚化した(図7に示す)。膜を剥離し、次にGAPDHモノクローナル抗体でプローブして、ゲルの等しいローディングを実証した。
【0105】
TNF−αで処置されたA−NODまたはNODの非存在下の細胞は、A−NODまたはNODで同時処置された細胞と比較して、強い抗VCAM−1抗体結合を示した。A−NODおよびNODで処置された細胞は、抗HO1抗体結合を示した。HO1またはヘムオキシゲナーゼ−1酵素は、抗炎症機能を有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7