【文献】
黒木登志夫他編, 「実験医学別冊 バイオマニュアルUPシリーズ 分子生物学研究のための培養細胞実験法」, 株式会社羊土社, (1996), p.141-147
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ポリエチレングリコール、エチレングリコール、2-メトキシエタノール、1,2-ジメトキシエタン、又はグリセロールと1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む界面活性剤溶液を用いて細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核に分画することを含む、細胞分画法であって、
(i) 分画対象細胞を溶解し、遠心分離により上清として細胞質基質画分を得る工程、
(ii) (i)の工程で得られた沈殿物にポリエチレングリコール、エチレングリコール、2-メトキシエタノール、1,2-ジメトキシエタン、又はグリセロールと1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む界面活性剤溶液を作用させ、遠心分離により上清として細胞内小器官画分を得る工程、並びに
(iii) (ii)の工程で得られた沈殿物に脂溶性に改変可能である界面活性剤溶液を作用させ、遠心分離により上清として細胞核画分を得る工程、を含む細胞分画方法。
脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、請求項1記載の細胞分画方法。
カルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、請求項2記載の細胞分画方法。
酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、請求項2記載の細胞分画方法。
脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、請求項6記載の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
カルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、請求項7記載の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、請求項7記載の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
分画された試料に安定同位体標識されたタンパク質又は安定同位体標識されたペプチドを内部標準として混ぜることで、各タンパク質の各画分への濃縮率を算出できる、請求項6〜10のいずれか1項に記載の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
分析は該サンプルを液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)又はマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)である、請求項6〜11のいずれか1項に記載の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、請求項13に記載の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
カルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、請求項14記載の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、請求項14記載の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
(i)細胞質基質の分画に用いる細胞溶解低張溶液バッファー;(ii)細胞内小器官の分画に用いる、請求項13〜16のいずれか1項に記載の細胞分画用界面活性剤溶液;及び(iii)核の分画に用いる、少なくとも1種類の脂溶性に改変可能な界面活性剤を含む溶液、を含む細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
(iii)の工程で用いる脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、請求項17記載の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
(iii)の工程で用いるカルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、請求項18記載の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
(iii)の工程で用いる酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、請求項18記載の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ショットガンプロテオーム解析に直接利用できる、細胞画分試料を得るための細胞分画方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来の細胞分画法では、高濃度のショ糖溶液やポリオキシエチレン系界面活性剤を用いるため、得られた試料中には高濃度のショ糖やポリオキシエチレン系界面活性剤が含まれていた。これらの試料をショットガンプロテオーム解析に利用する際には、電気泳動やアセトン沈殿等の前処理が必要であった。これらの操作は煩雑であり、処理過程で試料の回収率が低下してしまった。また、超遠心機を用いる場合、分画操作に10時間以上を要し、処理に時間がかかっていた。これらの原因で、従来の細胞分画法では、その後のショットガンプロテオーム解析を効率的に行うことはできなかった。
【0010】
そこで、本発明者らは、細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び核に分画し、得られた画分について前処理することなくショットガンプロテオーム解析に直接適用できる細胞分画法の開発に鋭意検討を行った。
【0011】
本発明者らは、本発明者らが先に開発した質量分析に供するタンパク質試料の調製方法に用いた相間移動可溶化剤(特許第4831708号公報)をエチレングリコールと組合せて用いて細胞分画を行うことにより、得られた画分試料を直接ショットガンプロテオーム解析に用い得ることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] エチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む界面活性剤溶液を用いて細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核に分画することを含む、細胞分画法。
[2] (i) 分画対象細胞を溶解し、遠心分離により上清として細胞質基質画分を得る工程、(ii) (i)の工程で得られた沈殿物にエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む界面活性剤溶液を作用させ、遠心分離により上清として細胞内小器官画分を得る工程、並びに
(iii) (ii)の工程で得られた沈殿物に脂溶性に改変可能である界面活性剤溶液を作用させ、遠心分離により上清として細胞核画分を得る工程、を含む[1]の細胞分画法。
[3] ポリエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体が、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、2-メトキシエタノール、1,2-ジメトキシエタン及びグリセロールからなる群から選択される、[1]又は[2]の細胞分画方法。
[4] 脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、[1]〜[3]のいずれかの細胞分画方法。
[5] カルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、[4]の細胞分画方法。
[6] 酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、[4]の細胞分画方法。
[7] 分析対象細胞はヒト、非ヒト哺乳動物又は植物の培養細胞又は組織細胞である、[1]〜[6]のいずれかの細胞分画方法。
[8] (a)[1]〜[7]のいずれかの細胞分画方法により細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核に分画する工程、
(b)(i)工程(a)により分画した、細胞質基質画分、細胞内小器官画分及び核画分;(ii)1種又は2種以上の脂溶性に改変可能な界面活性剤;及び(iii)プロテアーゼを含む反応溶液中で、画分中の分析対象タンパク質を消化する工程、並びに
(c)該反応溶液に前記界面活性剤を脂溶化する試薬を添加する工程とを含み、
脂溶化された前記界面活性剤を有機溶媒中に分離し、タンパク質試料を調製し、調製したタンパク質試料を分析に供することを含む、細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
[9] 脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、[8]の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
[10] カルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、[9]の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
[11] 酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、[9]の細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
[12] 界面活性剤を脂溶化する試薬は酸である、[8]〜[11]のいずれかの細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
[13] 分画された試料に安定同位体標識されたタンパク質又は安定同位体標識されたペプチドを内部標準として混ぜることで、各タンパク質の各画分への濃縮率を算出できる、[8]〜[12]のいずれかの細胞分画方法。
[14] 分析は該サンプルを液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)又はマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)である、[8]〜[13]のいずれかの細胞画分中のタンパク質を分析する方法。
[15] エチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む、細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
[16] ポリエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体が、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、2-メトキシエタノール、1,2-ジメトキシエタン及びグリセロールからなる群から選択される、[15]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
[17] 脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、[15]又は[16]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
[18] カルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、[17]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
[19] 酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、[17]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いる細胞分画用界面活性剤溶液。
[20] (i)細胞質基質の分画に用いる細胞溶解低張溶液バッファー;(ii)細胞内小器官の分画に用いる、[15]〜[19]のいずれかの細胞分画用界面活性剤溶液;及び(iii)核の分画に用いる、少なくとも1種類の脂溶性に改変可能な界面活性剤を含む溶液、を含む細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
[21] (iii)の工程で用いる脂溶性に改変可能な界面活性剤は、カルボン酸型界面活性剤、酸不安定界面活性剤及びドデシル硫酸ナトリウムからなる群から選択される界面活性剤である、[20]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
[22] (iii)の工程で用いるカルボン酸型界面活性剤は、コール酸ナトリウム、グリココール酸、ラウリルサルコシン酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム及びウルソデオキシコール酸ナトリウムからなる群から選択される、[21]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
[23] (iii)の工程で用いる酸不安定界面活性剤は、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム又は3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸である、[21]の細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキット。
【発明の効果】
【0013】
本発明の細胞分画方法により細胞を細胞質基質画分、細胞内小器官画分及び細胞核画分に分画することができ、得られた各画分に含まれるタンパク質を直接ショットガンプロテオーム解析に供することができる。従来の細胞分画法で得られた試料についてショットガンプロテオーム解析を行う場合、得られた画分試料に対して分画に用いたスクロースや界面活性剤を除去するために電気泳動やアセトン沈殿等の複雑で時間のかかる前処理を行う必要があったが、本発明の細胞分画法で得られた細胞画分は複雑で時間のかかる前処理を行うことなく、ショットガンプロテオーム解析により効率的に解析することができる。この結果、細胞分画からショットガンプロテオーム解析を行うまでの時間が従来法よりも8時間以上も短縮することができ、多数の試料についてプロテオーム解析を行うときの処理能力を向上させることができる。さらに、前処理が必要ないため、前処理過程による被分析試料の回収率の低下という問題もない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の方法は、細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核の画分に分画する方法であって、エチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と界面活性剤を混合して含む界面活性剤溶液を用いることを特徴とする。
【0017】
エチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体には、エチレングリコール(C
2H
4(OH)
2)又はエチレングリコールに構造が類似した化合物が含まれる。エチレングリコールの誘導体又は類似体として、ポリエチレングリコール、2-メトキシエタノール(エチレングリコールモノメチルエーテル)、1,2,-ジメトキシエタン(エチレングリコールジメチルエーテル)、グリセロール等が挙げられる。
【0018】
界面活性剤としては、特許第4831708号公報に記載の脂溶性に改変可能な界面活性剤を用いることができる。
【0019】
「脂溶性に改変可能な界面活性剤」とは、特定の試薬の添加に起因するpHの変化などにより、その全体又は一部の脂溶性が増大する界面活性剤を指す。本発明において、脂溶性に改変可能な界面活性剤として、例えば、イオン性界面活性剤又は酸不安定界面活性剤を挙げることができる。
【0020】
本発明に使用することができるイオン性界面活性剤としては、陽イオン界面活性剤及び陰イオン界面活性剤の両者を挙げられる。本発明において、イオン性界面活性剤として、酸性条件下で脂溶性に改変されるカルボン酸型界面活性剤を用いることが好ましい。そのようなカルボン酸型界面活性剤として、これに限定されるものではないが、例えば、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、グリココール酸、グリコケノデオキシコール酸ナトリウム、ケノデオキシコール酸ナトリウム、ウルソデオキシコール酸ナトリウムなどのコール酸類、ラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)などのサルコシン類、アミノ基をアルキル化したアミノ酸誘導体などが挙げられる。また本発明において、イオン性界面活性剤として、硫酸型界面活性剤を使用することも同様に好ましい。そのような硫酸型界面活性剤として、カリウムを添加することにより脂溶性に改変可能なドデシル硫酸ナトリウム(SDS)などを挙げることができる。
【0021】
本明細書中、酸不安定界面活性剤は、酸性条件下で分子内構造における疎水性部が切り離されることにより脂溶性を獲得する界面活性剤を指し、酸性条件下で親水性部と疎水性部とに切断されるものであればイオン性であっても非イオン性であってもよい。タンパク質可溶化能を考慮すれば、イオン性の酸不安定界面活性剤を使用することが好ましい。このような酸不安定界面活性剤としては、3-[(2-メチル-2-ウンデシル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メトキシル]-1-プロパンスルホン酸ナトリウム、3-[3-(1,1-アルキルオキシエチル)ピリジン-1-イル]プロパン-1-スルホン酸などが挙げられ、それぞれ商品名Rapigest
TMSF(Water Corporation,Milford,MA)、PPS SILENT
TM(Protein Discovery,Inc.,Knoxville,TN)として市販されている。
【0022】
その他に双性界面活性剤も用いることができる。双性界面活性剤は、水に溶解した際、アルカリ性領域では陰イオン界面活性剤の性質を、酸性領域では陽イオン界面活性剤の性質を示す界面活性剤であり、非限定的にCHAPS、3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-2-ヒドロキシプロパンスルホン酸(CHAPSO)、アルキルベタイン類などを挙げることができる。
【0023】
上記の界面活性剤にエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体を混合し、界面活性剤溶液として細胞分画に用いる。
【0024】
界面活性剤は2種類以上含んでいてもよい。2種以上の界面活性剤は、同一の界面活性剤の群から選択してもよいし、異なる界面活性剤の群から選択してもよい。したがって、2種以上の界面活性剤は、イオン性界面活性剤、酸不安定界面活性剤及び双性界面活性剤よりなる群から選択することができる。好ましくは、2種以上の界面活性剤は、同一の界面活性剤の群から選択される。上記のとおり、界面活性剤を脂溶化するために使用される試薬は、使用する界面活性剤の性質によって異なるため、同一の界面活性剤の群に属する2種以上の界面活性剤を使用することにより、複数の試薬を添加する煩雑さを回避することができるからである。例えば、2種以上の界面活性剤が、カルボン酸型界面活性剤から選択される2種以上、又は酸不安定界面活性剤から選択される2種以上である場合には、これらの界面活性剤を脂溶化するために酸を添加するだけでよい。同様に、2種以上の界面活性剤が酸性条件下で脂溶性に改変されるカルボン酸型界面活性剤と酸不安定界面活性剤との組合せであることも好ましい。特に好ましい界面活性剤の組合せは、デオキシコール酸ナトリウムとラウリルサルコシン酸ナトリウムの組合せである。
【0025】
界面活性剤溶液中の総界面活性剤濃度は、使用する界面活性剤に応じて、0.01〜20%(w/v)、好ましくは0.01〜15%(w/v)、より好ましくは0.01〜10%(w/v)、例えば0.5%(w/v)とすることができる。また、界面活性剤溶液中のエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体の添加濃度は、2〜10M、好ましくは5〜9M、さらに好ましくは5.5〜6.5M、特に好ましくは6Mである。
【0026】
細胞分画の際に、上記の脂溶性に改変可能な界面活性剤を用いることにより、分画後の各画分を用いてショットガンプロテオーム解析を行うときに、界面活性剤を脂溶性に改変することができる。その結果、試料から有機溶媒に界面活性剤を分離することができるので、煩雑な界面活性剤を除去するための前処理を必要としない。また、界面活性剤にエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体を混合して用いることにより、細胞の核膜だけを破壊せずに、その他の細胞内小器官を破壊し、遠心分離により核以外の細胞内小器官のタンパク質を含む細胞内小器官画分を回収することができる。
【0027】
本発明の方法で細胞分画を行い分析する分画対象細胞は、ヒト若しくは非ヒト哺乳動物、又は植物の細胞であり、生組織から単離した組織細胞も培養細胞も含む。
【0028】
本発明の方法においては、最初に細胞から細胞質基質画分を回収し、その後上記のエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と界面活性剤を含む界面活性剤溶液を用いて細胞内小器官画分を回収し、その後細胞核画分を回収する。ここで、細胞質基質画分、細胞内小器官画分及び細胞核画分とは、それぞれ細胞質基質中のタンパク質を含む画分、細胞内小器官中のタンパク質を含む画分及び細胞核中のタンパク質を含む画分をいう。細胞内小器官画分や細胞核画分には、細胞内小器官や核がインタクトな状態で含まれている必要はない。回収した各画分について含まれるタンパク質を消化酵素を用いて消化分解し、ショットガンプロテオーム解析を行うことができる。具体的には、以下の方法で細胞分画及び得られた画分の消化を行う。
【0029】
1.細胞分画
(1) 最初に細胞を溶解させる。細胞の溶解には低張溶液バッファー等の第1の溶解バッファー(Lysis buffer)を用いればよい。該バッファーを細胞溶解低張溶液バッファーと呼ぶことがある。また、第1の溶解バッファーをLysis buffer-Aと呼ぶことがある。低張溶液バッファーとして、HEPESやTrisなどの緩衝剤、MgCl
2、KCl、還元剤としてのジチオトレイトールを含むバッファーが挙げられ、例えば、10 mM HEPES (pH7.9), 10 mM KCl, 1.5 mM MgCl
2, 1 mMジチオトレイトール(DTT)を用いることができる。この際、例えば、10
5〜10
8個の細胞に100〜1000μlの溶解バッファーを添加し、攪拌、静置後、遠心分離を行えばよい。遠心分離は、例えば、100〜1000gで2〜30分間行えばよい。この操作で上清として細胞質基質画分を得ることができる。
【0030】
(2) 次いで、(1)の工程で得られた沈殿物に本発明のエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む界面活性剤溶液を添加する。本発明において、該界面活性剤溶液をWash bufferとも呼ぶ。一定時間攪拌した後、遠心分離を行う。遠心分離は、例えば、100〜1000gで2〜30分間行えばよい。この操作で上清として細胞内小器官画分を得ることができる。該画分には、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、リボソーム、植物細胞の場合は、さらに葉緑体等の細胞内小器官中のタンパク質が含まれる。
【0031】
この際、界面活性剤溶液を添加する前に、(1)の工程で得られた沈殿物に低張溶液バッファー等の第1の溶解バッファー(Lysis buffer)を添加し処理した後に遠心分離を行ってもよい。第1の溶解バッファーとしては、上記(1)と同じバッファーを用いることができる。遠心分離で得られた沈殿物に界面活性剤溶液を添加すればよい。この操作により沈殿物を洗浄することができる。
【0032】
(3) 次いで、得られた沈殿物に第2の溶解バッファーを添加する。第2の溶解バッファーをLysis buffer-Bと呼ぶことがある。第2の溶解バッファーは、上記の脂溶性に改変可能な界面活性剤を少なくとも1種類含んでいる。例えば、デオキシコール酸ナトリウム(SDC)やラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)が挙げられる。第2の溶解バッファーの例として、100 mM Tris-HCl (pH9.0), 12 mM デオキシコール酸ナトリウム(SDC), 12 mM ラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)が挙げられる。第2の溶解バッファーを添加した後、超音波破砕を行い、その後遠心分離を行う、遠心分離は、例えば、8,000〜20,000gで2〜30分間行えばよい。この操作で上清として細胞核画分を得ることができる。
【0033】
この際、第2の溶解バッファーを添加する前に、(2)の工程で得られた沈殿物に低張溶液バッファー等の第1の溶解バッファー(Lysis buffer)を添加し処理した後に遠心分離を行ってもよい。第1の溶解バッファーとしては、上記(1)と同じバッファーを用いることができる。遠心分離で得られた沈殿物に第2の溶解バッファーを添加すればよい。
【0034】
試料に第1の溶解バッファーを添加してから、細胞核分画を得るまでに要する時間は、60〜120分程度である。
【0035】
2.タンパク質のペプチドへの消化
1の細胞分画で得られた各画分に含まれるタンパク質を質量分析により分析するためにペプチド断片へ消化分解する。この際、タンパク質の細胞内局在分布を解析する場合、安定同位体標識アミノ酸存在下で培養した細胞の全抽出液を内部標準として、各画分試料に添加すればよい。また、分画された試料に安定同位体標識されたタンパク質若しくは安定同位体標識されたペプチドを内部標準として混ぜることで、各タンパク質の各画分への濃縮率を算出できる。
【0036】
各画分からのタンパク質の抽出と消化は、特許第4831708号に記載の、脂溶性に改変可能な界面活性剤を用いた相間移動可溶化法により行うことができる。具体的には、各画分試料に脂溶性に改変可能な界面活性剤及びプロテアーゼを添加しタンパク質を消化し、次いで脂溶性に改変可能な界面活性剤を酸又はカリウム塩により脂溶化すればよい。さらに、有機溶媒を添加することにより、脂溶性に改変された界面活性剤は有機溶媒中に分離除去される。脂溶性に改変可能な界面活性剤としては上記したものを少なくとも1種類用いればよい。
【0037】
用いるプロテアーゼは特に制限されず、タンパク質消化の目的に応じて適宜選択することができる。好ましくは、トリプシンを使用する。なお、酵素処理条件として特別な方法を用いる必要はなく、当業者は常法に従って処理温度、pH、酵素添加量を設定することができる。
【0038】
界面活性剤の脂溶化に用いる酸としては、例えばトリフルオロ酢酸(TFA)、塩酸、硫酸、リン酸、ヘキサフルオロ酪酸、酢酸、ギ酸などを挙げることができる。またその添加量は、プロテアーゼ消化反応溶液のpHを酸性、すなわちpH0〜4、好ましくはpH0〜3にするのに十分な量である。上記添加量の酸により、プロテアーゼ消化反応溶液中の界面活性剤の少なくとも50%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%、そして最も好ましくは少なくとも95%が脂溶性に改変されることが好ましい。
【0039】
界面活性剤の脂溶化に用いるカリウム塩としては、例えば塩化カリウム、リン酸二水素カリウム、酢酸カリウム、ギ酸カリウムなど、任意のカリウム塩を用いることができる。その添加量は、プロテアーゼ消化反応溶液に含まれる界面活性剤の濃度に応じて異なるが、該反応溶液中に含まれる界面活性剤の少なくとも50%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%、そして最も好ましくは少なくとも95%が脂溶性に改変される量に設定することが好ましい。
【0040】
上記の工程により、界面活性剤が脂溶化され、界面活性剤を有機溶媒中に分離することができる。有機溶媒は、予めプロテアーゼ消化反応溶液中に添加しておいてもよいし、界面活性剤を脂溶化する試薬と同時に、又は該試薬の添加後に添加してもよい。
【0041】
有機溶媒は水と2相に分離するものであれば、如何なる有機溶媒も用いることができるが、例えばオクタノール、酢酸エチル、ジエチルエーテル、クロロホルム、ヘキサノール、ヘプタノール、ジクロロメタン、ジオキサン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ピリジンなどを挙げることができる。添加する有機溶媒の量は、使用する界面活性剤の種類及び濃度、並びに使用する有機溶媒の種類に応じて、当業者は適宜最適な添加量を設定することができる。有機溶媒は、脂溶化した界面活性剤の少なくとも50%、より好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%、そして最も好ましくは少なくとも95%を溶解する量で添加することが好ましい。
【0042】
本発明の細胞分画法により得られた細胞分画から調製されたタンパク質試料は、その後、質量分析により解析することができる。解析は、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS(LC-MS/MSを含む))やマトリクス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)で行うことができる。
【0043】
さらに、本発明は細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いるエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む、界面活性剤溶液を含む。エチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体や1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤は上記のものを用いればよい。本発明の細胞分画方法において、一連の工程により、細胞を順に細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核に分画することができるが、上記の界面活性剤溶液は、細胞質基質分画を回収した後に、細胞内小器官分画を回収する操作に用いることができる。細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するのに用いるエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む、界面活性剤溶液として、デオキシコール酸ナトリウム(Sodium deoxycholate; SDC)、ラウリルサルコシン酸ナトリウム(Sodium lauroyl sarcosinate; SLS)、及びエチレングリコールを含む界面活性剤溶液が挙げられる。より具体的には、0.5%デオキシコール酸ナトリウム(Sodium deoxycholate; SDC)、0.05%ラウリルサルコシン酸ナトリウム(Sodium lauroyl sarcosinate; SLS)及び6 M エチレングリコールを含む界面活性剤溶液が挙げられ、さらに具体的には、20mM Tris pH 7.4, 100mM NaCl, 0.5%デオキシコール酸ナトリウム(Sodium deoxycholate; SDC), 0.05%ラウリルサルコシン酸ナトリウム(Sodium lauroyl sarcosinate; SLS), 6 M エチレングリコールからなる界面活性剤溶液が挙げられる。
【0044】
さらに、本発明は(i)細胞質基質の分画に用いる細胞溶解低張溶液バッファー;(ii)細胞内小器官の分画に用いる、上記のエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と1種若しくは2種以上の脂溶性に改変可能である界面活性剤を混合して含む、界面活性剤溶液;及び(iii)細胞核の分画に用いる、少なくとも1種類の脂溶性に改変可能な界面活性剤を含む溶液、を含む細胞を細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核へ分画するためのキットを包含する。(i)の細胞質基質の分画に用いる細胞溶解低張溶液バッファーとしては、ジチオトレイトール(DTT)、KCl、MgCl
2を含むpH7〜9のバッファー溶液が挙げられ、具体的には、10 mM HEPES (pH7.9), 10 mM KCl, 1.5 mM MgCl
2, 1 mMジチオトレイトール(DTT)からなる溶液が挙げられる。(iii)の細胞核の分画に用いる、少なくとも1種類の脂溶性に改変可能な界面活性剤としては、(ii)の細胞内小器官の分画に用いる界面活性剤溶液で用い得る界面活性剤を用いることができる。具体的には、デオキシコール酸ナトリウム(Sodium deoxycholate; SDC)、ラウリルサルコシン酸ナトリウム(Sodium lauroyl sarcosinate; SLS)を含む溶液が挙げあられ、より具体的には12 mM デオキシコール酸ナトリウム(SDC)及び12 mM ラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)を含む溶液が挙げられ、さらに具体的には、100 mM Tris-HCl (pH9.0), 12 mM デオキシコール酸ナトリウム(SDC), 12 mM ラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)からなる溶液が挙げられる。
【0045】
例えば、前記キットは、以下の(i)〜(iii)の溶液を含むキットである。
(i)10 mM HEPES (pH7.9), 10 mM KCl, 1.5 mM MgCl
2, 1 mMジチオトレイトール(DTT);
(ii)20mM Tris pH 7.4, 100mM NaCl, 0.5%デオキシコール酸ナトリウム(Sodium deoxycholate; SDC), 0.05%ラウリルサルコシン酸ナトリウム(Sodium lauroyl sarcosinate; SLS), 6 M エチレングリコール;及び
(iii)Lysis buffer-B:100 mM Tris-HCl (pH9.0), 12 mM デオキシコール酸ナトリウム(SDC), 12 mM ラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)
【実施例】
【0046】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
以下の試薬を調製して用いた。
(1)Lysis buffer-A:10 mM HEPES (pH7.9), 10 mM KCl, 1.5 mM MgCl
2, 1 mMジチオトレイトール(DTT)
(2)Wash buffer:20mM Tris pH 7.4, 100mM NaCl, 0.5%デオキシコール酸ナトリウム(Sodium deoxycholate; SDC), 0.05%ラウリルサルコシン酸ナトリウム(Sodium lauroyl sarcosinate; SLS), 6 M エチレングリコール
(3)Lysis buffer-B:100 mM Tris-HCl (pH9.0), 12 mM デオキシコール酸ナトリウム(SDC), 12 mM ラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)
(4)Buffer A:5% アセトニトリル, 0.1%トリフルオロ酢酸
(5)Buffer B: 80% アセトニトリル, 0.1%トリフルオロ酢酸
【0047】
上記試薬のうち、(2)Wash bufferが本発明のエチレングリコール又はその誘導体若しくは類似体と界面活性剤を含む界面活性剤溶液に相当する。
【0048】
上記試薬を用いて、以下の方法で細胞分画及び得られた画分の消化を行った。
A. 細胞分画
1.凍結した3.5×10
6個の細胞に対して、200μLのLysis buffer-Aを添加した。細胞としては、HeLa(ヒト子宮頸癌由来細胞株)、A549(ヒト肺癌由来細胞株)、DLD1(ヒト結腸腺癌由来細胞株)、HepG2(ヒト肝癌由来細胞株)及びPanc1(ヒト膵臓腺癌由来細胞株)を用いた。
2.上記1の工程で調製したLysis buffer-Aで処理した細胞懸濁液を10秒間、攪拌した後、4℃で5分間静置した。
3.上記2の工程をさらに1回繰り返した。
4.得られた処理細胞懸濁液を400gで10分間、4℃で遠心した。
5.遠心後の上清を新しい容器に回収した。回収した上清を、細胞質基質画分とした。
6.遠心後の沈殿物に200μLのLysis buffer-Aを添加し、10秒間懸濁した。
7.懸濁液を、400gで10分間、4℃で遠心し上清を除去した。
8.上清を除去して得られた沈殿物に120μLのWash bufferを添加し、10秒間攪拌した。
9.攪拌後、400gで10分間、4℃で遠心し上清を回収した。回収した上清を、細胞内小器官画分とした。
10.上記8及び9の工程をさらに、2回繰り返した。
11.得られた沈殿物に200μLのLysis buffer-Aを添加し、10秒間懸濁した。
12.懸濁液を、400gで10分間、4℃で遠心し上清を除去した。
13.上清を除去して得られた沈殿物に200μLのLysis buffer-Bを添加した。
14.Lysis buffer-Bを添加した沈殿物について、20分間、超音波発生器で処理することにより、超音波破砕を行った。
15.超音波破砕を行った試料を、12,000gで10分間、4℃で遠心を行った。
16.上清を回収し、回収した上清を核画分とした。
【0049】
B. 各画分に含まれるタンパク質のペプチドへの消化
タンパク質の細胞内局在分布を解析する場合には、安定同位体標識アミノ酸存在下で培養された細胞の全抽出液を内部標準として各画分に添加した。
1.上記A.の細胞分画で得られた細胞質基質及び細胞内小器官画分試料を12mMデオキシコール酸ナトリウム(SDC)及び12mMラウリルサルコシン酸ナトリウム(SLS)を含むLysis buffer-Bで4倍希釈した。
2.分画試料に終濃度として10mMのジチオスレイトール(DTT)となるように100 mM DTTを添加し還元処理し、タンパク質中のシステイン残基を還元した。
3.還元した分画試料に終濃度として50mMのヨードアセトアミド(IAA)となるように550mM IAAを添加し、システイン残基をアルキル化した。
4.上記1〜3の工程により可溶化されたタンパク質試料溶液に、タンパク質重量に対して100分の1量のLys-C(和光純薬)を添加し、室温で3時間静置した。
5.次いで、タンパク質重量に対して100分の1量のトリプシン(プロメガ社)を添加し、室温で一晩静置し、タンパク質を消化した。
6.タンパク質を消化した後に、試料と等量の酢酸エチルを添加した後、終濃度として0.5%となるようにトリフルオロ酢酸(TFA)を添加し、トリプシンを失活させた。
7.2分間攪拌し、試料と酢酸エチルの2液を懸濁させた後、16,000gで2分間遠心分離して、2層に分離した。
8.SDC及びSLSを含む酢酸エチル層(上層)をピペッティングで除去した。水相(下層)は、遠心濃縮機で液体がなくなるまで処理した。
9.上記8の工程で処理した試料を100μLのBuffer Aで懸濁した。
10.StageTipにより脱塩した後、LC-MS/MS(液体クロマトグラフ・タンデム型質量分析)により分析した。LC-MS/MSはOrbiTrap (サーモ社)を用いた。
11.定量されたペプチドを内部標準ペプチドで補正をし、ペプチドの各画分の分布率を算出した。
12.さらに、同一タンパク質由来のペプチドにおいて、分布率を平均することで、タンパク質の分布率を算出した。
【0050】
結果
本発明の方法のタンパク質の分画効果を評価するために、局在マーカータンパク質の各画分への分布率を、市販キット(S-PEK:ProteoExtract
TMSubcellular Proteome Extraction Kit, Calbiochem社)と比較した(
図1)。評価した局在マーカータンパク質は、細胞質基質の局在マーカータンパク質が炭酸脱水素酵素(LDH)、C型アルドラーゼ(ALDOC)、βチューブリン及びHSP70(熱ショックタンパク質)であり、細胞内小器官の局在マーカータンパク質がCPS1(carbamoyl phosphate suntherase 1)、クラスリン(Clathrin)、ATP合成酵素、カルネキシン(Calnexin)及びP450(シトクロムP450)であり、核の局在マーカータンパク質はラミン(Lamin)A/C及び各種ヒストンであった。
図1において、本発明の方法及びS-PEKを用いた方法において、細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核の局在マーカータンパク質が細胞質基質画分(Cyt)、細胞内小器官画分(Org)及び細胞核画分(Nuc)にどの程度の分布率で回収できたかを示す。
図1に示すように、本方法における局在マーカータンパク質の正しい画分への分布率の平均は細胞質基質、細胞内小器官及び細胞核画分において、それぞれ0.72、0.91及び0.89であった。一方、S-PEKを用いた場合における、それぞれの画分への分布率の平均は0.66、0.75及び0.58であり、本方法の分画効率はS-PEKより高かった。
【0051】
また、本発明の細胞分画法で算出された分布率が妥当であることを確認するため、それぞれ、細胞質基質、細胞内小器官(小胞体)及び核マーカータンパク質であるLDH(乳酸脱水素酵素)、カルネキシン(Calnexin)及びラミン(Lamin)A/Cに対する抗体を用いたイムノブロット法で検証した。結果を
図2に示す。
図2A左は本発明の分画法で分画した各画分をLC-MS/MSで分析したときの細胞質基質画分(Cyt)、細胞内小器官画分(Org)及び細胞核画分(Nuc)中のLDH、カルネキシン及びラミンA/Cの分布を示し、色が濃いほど分布率が大きいことを示す。
図2A右は各画分の抗LDH、抗カルネキシン及び抗ラミンA/Cを用いたイムノブロット法の結果を示す。
図2Aに示すように、本発明の方法とイムノブロット法における分布率が類似していた。この結果は、本発明の細胞分画法で算出された分布率は妥当であることを示す。なお、免疫蛍光染色法によりLDH、カルネキシン及びラミンA/Cが、それぞれ細胞質基質、小胞体及び細胞核に局在することを確認した(
図2B)。
【0052】
さらに、本方法が多様な細胞種へ応用可能であることを検証するために、HeLa、A549、DLD1、HepG2およびPanc1細胞を用いて本発明の細胞分画法で分画を行った。分画結果はLDH(乳酸脱水素酵素)、カルネキシン(Calnexin)及びラミン(Lamin)A/Cに対するイムノブロット法で確認した。
図3に結果を示す。
図3に示すように、各マーカータンパク質は正しい画分のみで検出された。この結果は、本発明の細胞分画法は種々の細胞種に応用可能であることを示す。