特許第6118625号(P6118625)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6118625
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】プレス用金型の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 37/20 20060101AFI20170410BHJP
   C22C 37/04 20060101ALI20170410BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20170410BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20170410BHJP
   C22C 38/08 20060101ALI20170410BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20170410BHJP
   C21D 7/06 20060101ALI20170410BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20170410BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20170410BHJP
   B23K 9/04 20060101ALI20170410BHJP
   B23K 9/235 20060101ALI20170410BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20170410BHJP
【FI】
   B21D37/20 D
   C22C37/04 Z
   C22C38/00 302R
   C22C38/00 302E
   C22C38/24
   C22C38/08
   C21D9/00 M
   C21D7/06 B
   C22C19/03 G
   B23K35/30 340C
   B23K35/30 340L
   B23K9/04 E
   B23K9/04 J
   B23K9/04 M
   B23K9/04 X
   B23K9/235 A
   B23K31/00 B
   B23K31/00 F
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-86040(P2013-86040)
(22)【出願日】2013年4月16日
(65)【公開番号】特開2014-208363(P2014-208363A)
(43)【公開日】2014年11月6日
【審査請求日】2016年3月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】597039788
【氏名又は名称】友鉄工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】590000721
【氏名又は名称】株式会社キーレックス
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】角井 洵
(72)【発明者】
【氏名】友廣 和照
(72)【発明者】
【氏名】小林 義雄
(72)【発明者】
【氏名】砂本 英治
(72)【発明者】
【氏名】出本 修司
(72)【発明者】
【氏名】片桐 崇
【審査官】 豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−174264(JP,A)
【文献】 特開2007−138241(JP,A)
【文献】 特開2002−194478(JP,A)
【文献】 特開2008−195993(JP,A)
【文献】 特開平11−256271(JP,A)
【文献】 特開平06−192791(JP,A)
【文献】 特開昭57−007251(JP,A)
【文献】 特開昭57−171617(JP,A)
【文献】 特開平08−215842(JP,A)
【文献】 特開昭56−139842(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 37/20
B23K 9/04
B23K 9/235
B23K 31/00
B23K 35/30
C22C 19/00 − 38/00
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成形部が鉄系素材からなるプレス用金型の製造方法において、
該鉄系素材が、重量比で、C:3.0〜4.0%、Si:1.0〜3.0%、Mg:0.03〜0.06%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、酸素含有量:10ppm以下、残部Feの組成を有する球状黒鉛鋳鉄からなり、
該鉄系素材の該成形部の高負担部が、切り刃部又は曲げ刃部であり、
上記切り刃部又は上記曲げ刃部に、下地処理用の溶接材を溶接し、
その上にハイス鋼からなる肉盛り溶接材で肉盛り溶接し、
その後、その肉盛り部分を上記切り刃部又は上記曲げ刃部の刃形成層に加工し、
次いで、上記刃形成層の頂点に向けて、ハロゲンランプヒーターの照射光を照射して上記刃形成層を加熱した後に空冷して硬化させて、上記切り刃部又は上記曲げ刃部を製造することを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項2】
請求項に記載のプレス用金型の製造方法において、
上記ハロゲンランプヒーターによる加熱処理が、530〜570℃、40〜80分であることを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のプレス用金型の製造方法において、
上記ハロゲンランプヒーターによる加熱処理の前に、該肉盛り部分に黒鉛を塗布することを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、
該肉盛り溶接材が、W:5〜10%、Mo:4〜6%、V:1〜3%、Cr:3〜5%、残部:Feからなることを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、
上記下地処理の溶接材が、Ni:40〜60%、残部:Feからなり、
該鉄系素材の高負担部を170〜240℃に予熱してから、上記下地処理を行うことを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、
肉盛り溶接後に残留応力緩和処理を施し、その後に所定形状に加工することを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項7】
請求項に記載のプレス用金型の製造方法において、
上記残留応力緩和処理が、ピーニング処理からなることを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【請求項8】
請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型製造方法において、
加熱処理前の肉盛り部分の硬度がHRC56以下であり、加熱処理後の肉盛り部分の硬度がHRC60〜72であることを特徴とするプレス用金型の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車のボディー等に用いる鋼板をプレス成形にて得るために用いるプレス用金型の製造方法に係り、特に、金型素材の成形部のエッジ部、強圧力部、切り刃部等の高い負担になる部分(以下高負担部と称す)の強度をアップするプレス用金型の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のボディー等に用いる鋼板の成形、切断、打ち抜きにはプレス金型が用いられている。そして、このプレス金型は、硬さ、耐久性等の点から金型本体は鋳鉄材により鋳造し、成形部のエッジ部や強圧力部又は切り刃部等の高負担部は鋳鋼等で別途に製造した上、この鋳鋼製成形部をボルト等で金型本体に一体に取り付けることにより得られている。
【0003】
しかし、この鋳鋼製成形部では、使用頻度が高くなるかあるいは高強度の素材の加工になると、エッジ部や強圧部又は切り刃部等の高負担部に欠けが生じる。そのために、事前の策として、前記状態が生じないように、金型を製造時に、このような高負担部が所定の高硬度となる処理を行うことが行われている。また、高負担部に欠けが生じた場合には、損傷の状態によっては、成形部又は切り刃部ごと交換することになるが、損傷の程度が少ない場合には、損傷部分だけを補修する方法がとられる。
【0004】
例えば、特許文献1では、ワーク加工用の成形部に高負担部を有するプレス金型の補修方法において、成形部の高負担部の補修部分に低硬度の肉盛り材を肉盛り溶接し、この肉盛り部分を所定のエッジ部や強圧部の形状に加工して、その後に、ドライアイス等の冷却剤でサブゼロ処理をして硬度を高めることが開示されている。さらに、肉盛り材として、溶接後の硬度がHRC45以下となるものを用いることとして、具体的には、C:0.5〜1.5重量%(以下全て%と表示)、Si:0.2〜2.0%、Mn:0.3〜6.0%、Cr:0.3〜10.0%、Co:0.3〜10.0%、Mo:0.2%以下、V:0.2%以下、残部Fe等の鉄系材であって、マルテンサイト変態開始温度が150℃以下のものを用いることが開示されている。
【0005】
特許文献2には、プレス金型の成形部の材料として球状黒鉛鋳鉄が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平06−023448号公報
【特許文献2】特開2011−236493号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
最近良く使われる高張力鋼板をプレス加工する成形部の素材、特に成形部の高負担部としては、HRC60以上にすることが強く求められている。それに対して、特許文献1では、高負担部の補修時に、鋳鉄素材に肉盛り溶接して、サブゼロ処理を施して硬度アップを図るようにしているが、硬度HRC60以上になるには、マルテンサイト変態がほぼ0℃以下の場合だけであり、0℃〜150℃の範囲ではHRC50〜60の範囲までである。従って、上記要求に対して特許文献1の技術では不十分であり、実用性に乏しい。さらに、特許文献1では、硬度を高める手法としてサブゼロ処理を行うものであるために、手間がかかるだけでなくコスト高であり、採用範囲が限られている。
【0008】
そのために、本発明者らは、上述した成形部を有するプレス金型の成形部の製造方法として、高負担部が、硬化処理後に最低でもHRC60以上の硬度になるものにするために、プレス金型の成形部の素材、肉盛り材および補修方法について見直した。
【0009】
まず、プレス金型の成形部の素材について研究を進めた結果、特許文献2に示すような球状黒鉛鋳鉄を使用すると、ベース材として靭性があり、加工しやすいことが解った。
【0010】
しかし、この球状黒鉛鋳鉄の補修部分に、肉盛り溶接材としてハイス鋼を単純に用いると、球状黒鉛鋳鉄に含まれる炭素成分が、同鋳鉄に含まれる酸素と結合して炭酸ガスを発生させ、溶接部にブローホール等の欠損を生じ溶接が困難となると同時に、ハイス鋼成分の溶接材で溶接した場合に残留応力が高く、次の機械加工で変形や割れを生じる可能性が高いことが判明した。
【0011】
そのために、本発明は、上記課題を解決するプレス金型の成形部の製造方法において、上記不具合を解消しつつ、かつ肉盛り溶接部の加工時には低硬度で、硬化後はHRC60以上になる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明では、プレス金型の成形部を球状黒鉛鋳鉄とすることとして、高靭性と高硬度との両特性を兼ね備えるプレス金型にするとともに、球状黒鉛鋳鉄の酸素含有量を下げることに着目し研究を重ねた。その結果、上記球状黒鉛鋳鉄について脱酸処理をすると、酸素含有量が低下し、球状黒鉛鋳鉄中の炭素と反応して炭酸ガスが発生するという現象を大幅に抑制できた。具体的には、PとSの含有量を0.002%以下に抑えるとともにMg:0.03〜0.06%として脱酸処理を施して酸素含有量を10ppm以下に制御する。その結果、この脱酸処理の相乗効果で脱炭も果たされ、炭素含有量も低減することとなった。
【0013】
具体的には、請求項1の発明は、 成形部が鉄系素材からなるプレス用金型の製造方法において、該鉄系素材が、重量比で、C:3.0〜4.0%、Si:1.0〜3.0%、Mg:0.03〜0.06%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、酸素含有量:10ppm以下、残部Feの組成を有する球状黒鉛鋳鉄からなり、該鉄系素材の該成形部の高負担部が、切り刃部又は曲げ刃部であり、上記切り刃部又は上記曲げ刃部に、下地処理用の溶接材を溶接し、その上にハイス鋼からなる肉盛り溶接材で肉盛り溶接し、その後、その肉盛り部分を上記切り刃部又は上記曲げ刃部の刃形成層に加工し、次いで、上記刃形成層の頂点に向けて、ハロゲンランプヒーターの照射光を照射して上記刃形成層を加熱した後に空冷して硬化させて、上記切り刃部又は上記曲げ刃部を製造することを特徴とする。
【0014】
請求項2の発明は、請求項1に記載のプレス用金型の製造方法において、上記ハロゲンランプヒーターによる加熱処理が、530〜570℃、40〜80分であることを特徴とする。
【0015】
請求項の発明は、請求項1又は2に記載のプレス用金型の製造方法において、上記ハロゲンランプヒーターによる加熱処理の前に、該肉盛り部分に黒鉛を塗布することを特徴とする。
【0016】
請求項の発明は、請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、該肉盛り溶接材が、W:5〜10%、Mo:4〜6%、V:1〜3%、Cr:3〜5%、残部:Feからなることを特徴とする。
【0017】
請求項の発明は、請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、上記下地処理の溶接材が、Ni:40〜60%、残部:Feからなり、該鉄系素材の高負担部を170〜240℃に予熱してから、上記下地処理を行うことを特徴とする。
【0018】
請求項の発明は、請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、肉盛り溶接後に残留応力緩和処理を施し、その後に所定形状に加工することを特徴とする。
【0019】
請求項の発明は、請求項に記載のプレス用金型の製造方法において、上記残留応力緩和処理が、ピーニング処理からなることを特徴とする。
【0020】
請求項の発明は、請求項1ないしのいずれか1つに記載のプレス用金型の製造方法において、加熱処理前の肉盛り部分の硬度がHRC56以下であり、加熱処理後の肉盛り部分の硬度がHRC60〜72であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明によれば、プレス金型の成形部の高負担部に対して肉盛り溶接するに際して、肉盛り溶接部の加工時には低硬度で、硬化後はHRC60以上になるものにできる。さらに、プレス金型の成形部の素材として球状黒鉛鋳鉄を使うことで強度及び靱性を備える成形部とすることができるとともに、素材中の酸素含有量を抑制することによって、高負担部に肉盛り溶接した際にもブローホール等の欠損を生じることが格段に低減でき、溶接の接合強度を向上できる。それとともに、ハイス鋼成分の溶接材で溶接した場合に、次の機械加工で変形や割れを生じることを大幅に防止できる。
【0022】
また、ハロゲンランプヒーターによる加熱処理であり、HRC60以上の硬度を得る高負担部を得られると同時に、耐久性に優れた肉盛り溶接部を得られる。
【0023】
請求項の発明によれば、ハロゲンランプヒーターによる加熱処理の温度と時間を適切に設定することにより、更に、適切な硬度の高負担部を得られると同時に、耐久性に優れた肉盛り溶接部を得られる。
【0024】
請求項の発明によれば、肉盛り部分に黒鉛を塗布することにより、加熱手段からの放射熱を吸収し易くすることができ、速やかに幅広く均等に加熱できる。
【0025】
請求項の発明によれば、肉盛り溶接材がW:5〜10%、Mo:4〜6%、V:1〜3%、Cr:3〜5%、残部:Feからなることにより、低硬度の肉盛りを施して、機械加工後の割れや歪みを抑制して高硬度にすることができる。
【0026】
請求項の発明によれば、下地処理をすることで、素材中のカーボンと肉盛り溶接材との反応による脆化を防止できる。
【0027】
請求項の発明によれば、肉盛り溶接後に残留応力緩和処理を施すことにより、硬化後の割れや歪みを効果的に抑えることができる。
【0028】
請求項の発明によれば、ピーニング処理からなる残留応力緩和処理を施すことで、容易に残留応力を除去できる。特に、肉盛り溶接は数回繰り返されるので、肉盛り溶接する度毎にピーニング処理をして応力緩和すれば、割れ等を生じること無く重ねて肉盛りできる。
【0029】
請求項の発明によれば、加熱処理前の硬度が、HRC56以下であり、加熱処理後の硬度が、HRC60〜72であるので、肉盛り溶接後には簡単に所定形状に加工できるとともに、硬化後は高硬度の高負担部を得られる。
【0030】
尚、本発明の請求項ではプレス金型の製造方法としているが、本発明は、事前に成形部の高負担部に適用することが可能であるとともに、先行技術1のように高負担部の補修時に適用できるものであり、本発明ではどちらも含むものとしてプレス金型の製造方法としている。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、本発明の実施形態に係るプレス金型を示す断面図である。
図2図2(a)は、図1のプレス金型の成形部の一部を示す断面図であり、下地処理した状態を模式的に示す概略図である。図2(b)は、図2(a)の状態から肉盛り溶接をした状態を模式的に示す概略図である。図2(c)は、図2(b)の状態から切削加工した後の状態を模式的に示す概略図である。図2(d)は、図2(c)の状態から加熱処理している状態を模式的に示す概略図である。
図3図3は、本発明の実施形態の製造方法のフローチャートを示す図である。
図4図4は、実施例と比較例との性能比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0033】
図1は、本発明の実施形態に係るプレス金型1を示す。このプレス金型1は、高張力鋼板を成形上型部11及び成形下型部12で断面ハット形に深絞り成形した後トリミングするための金型である。トリミング刃部13、14を有する成形部15、16が本発明の球状黒鉛鋳鉄とされている。
【0034】
そして、トリミング刃部14は、図示を省略するが、図1の紙面の裏表方向に沿って斜めになっていて成形部15、16の相対的な下降移動によりトリミングするようになっており、高張力鋼板は、傾斜面で切断される、いわゆる斜め切り刃で切断されるようになっている。成形部15、16は、それぞれ金型本体17、18にボルト(図示省略)等で取り付けられている。
【0035】
このプレス金型の成形部15、16で高負担部となる部分は、例えば切刃部または曲げ刃部である。この切刃部または曲げ刃部は、大きな摩擦と衝撃がかかるため、高硬度と靱性が必要であり、このために均一で緻密な焼入れ組織にする必要がある。しかし、一般に鋳鉄は鋼と異なって、強力な黒鉛化促進元素であるSiの添加量が高いため、オーステナイト化の温度が高く、オーステナイト中に炭素が固溶し難いので均一な焼入れ組織が得難いことが知られている。そのために、本発明では、このプレス金型1の成形部15と成形部16は、該鉄系素材が、重量比で、C:3.0〜4.0%、Si:1.0〜3.0%、Mg:0.03〜0.06%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、酸素含有量:10ppm以下、残部:Feの組成を有する球状黒鉛鋳鉄からなる。
【0036】
また、焼入れ組織の硬度は高いが、靱性に欠ける傾向があり、化学成分、特に合金元素の量に大きく影響されることが知られている。そのために、例えば、Mo、Mn、Cu、Ni、Cr等の合金元素を特定割合で添加した球状黒鉛鋳鉄を使用することが好ましい。特に、高靱性及び高強度のプレス金型を得る場合には、C:3.3〜3.8重量%(以下、単に%と表示する)、Si:1.8〜2.4%、Mg:0.03〜0.06%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、酸素含有量:10ppm以下、Mo:0.3〜0.5%、Mn:0.3〜0.5%、Cu:0.4〜0.6%、Ni:0.3〜1.2%、Cr:0.3〜1.0%、残部:Feの組成を有する球状黒鉛鋳鉄とすることが好ましい。
【0037】
各成分の範囲について説明する。
【0038】
Cは、3.0%未満では黒鉛量が不足、白銑化が促進され、流動性が不足し、4.0%を超えると、黒鉛量が過多となり強度が低下するので、上記範囲とする。特に、3.3〜3.8%とすることが好ましい。
【0039】
Siは、1.0%未満では、流動性低下、白銑化を進展させ、3.0%を超えると、フェライトの析出が多く、高強度化が困難となる。特に、1.8%〜2.4%とすることが好ましい。
【0040】
Mgは、0.03%未満では酸素含有量を低減できず、0.06%を超えるとドロスが多くなるので、上記範囲とする。
【0041】
Pは、0.02%以下が望ましい。これよりも多すぎると、Feと化合してステダイト(Fe3P)を形成し切削性を減少させ、鋳物に巣をつくり易くなると同時に非常に脆くなる。なお、Pはゼロ(無し)でも良い。
【0042】
Sは、0.02%以下が望ましい。これよりも多すぎると、脆化して割れを発生し易くなる。なお、Sはゼロ(無し)でも良い。
【0043】
酸素含有量は10ppm以下が望ましい。これよりも多すぎると、溶接時に鋳鉄材中のCと反応して炭酸ガスを発生し、溶接不良を起こす。なお、酸素含有量はゼロ(無し)でも良い。
【0044】
更に、Mo、Mn、Cu、Ni、Cr等の成分を含む球状黒鉛鋳鉄とする場合には、以下の範囲とすることが好ましい。
【0045】
Moは、焼入れ性の向上、組織の緻密化を促すので、この機能を発揮するためには、0.3%以上とすることが好ましく、0.5%を越えると、炭化物形成、粒界に析出し強度低下の原因となるので、上記範囲とすることが好ましい。
【0046】
Mnは、組織を緻密にし、強さ、硬さを増し、焼入れ性を高める働きをするので、この機能を発揮するためには、0.3%以上とすることが好ましく、0.5%を超えると、加工性を阻害するので、上記範囲とすることが好ましい。
【0047】
Cuは黒鉛粒が微細になり、基地が緻密に強化されるので、この機能を発揮するためには、0.4%以上とすることが好ましく、0.6%を超えると、延性が著しく低下し、被削性を悪くするので、上記範囲とすることが好ましい。
【0048】
Niは、黒鉛の粗大化を防ぎ、組織を緻密にし、機械的性質を著しく改善するので、この機能を発揮するためには、0.3%以上とすることが好ましく、1.2%を超えると機械的性質の増大は認められずコストアップになるので、上記範囲とすることが好ましい。
【0049】
Crは、炭化物を安定にし、組織を緻密にするので、この機能を発揮するためには、0.3%以上とすることが好ましく、1.0%を超えると機械的性質の増大は認められずコストアップになるので、上記範囲とすることが好ましい。
【0050】
高負担部の硬度としては、加熱処理後の硬度が最低HRC60以上必要であり、HRC72を超えると、鋳物部に繋がる領域を必要以上に硬くすることになり、刃部と金型との靱性を維持できず、耐久性が低下するので、HRC60〜72とすることが好ましい。特に、HRC62〜68とすることが好ましい。一方、加熱前の成形部15、16の硬度は、加工しやすくするためにはできるだけ低い方が好ましいが、低すぎると加熱後に必要な硬度を得られない可能性があるので、HRC45〜56であることが望ましい。
【0051】
次に、トリミング刃部14を製造する本発明の実施形態に係る製造方法について、図2及び図3に基づいて説明する。
【0052】
ステップS1として、成形部14のトリミング刃部16のエッジ(即ち、高負担部)を製造する場合に、この部分を高負担部14′として準備する。
【0053】
ステップS2として、肉盛り溶接前の下地処理をする。具体的には、図2(a)に示すように、高負担部14′について肉盛り溶接する前に、Ni−Fe材、特にNi:40〜60%、残部:Feからなる溶接材14a(以下Ni−Fe溶接材)を溶接する下地処理を行うことが望ましい。図2(a)では、Ni−Fe溶接材14aの層を簡略化して1層で示すが、実際の作業では2層、3層のように複数層で形成しても良い。Ni−Fe溶接材14aの層数は、上記機能を満足させるために、高負担部14′の機能、素材、大きさや深さ等に応じて、1層から複数層の中で適切な層数で選定されて溶接される。
【0054】
この下地処理の理由は、以下の通りである。
【0055】
Ni−Fe溶接材14aで溶接すると高負担部14′の硬化性を小さくでき、溶着金属(Ni−Fe溶接材14a)の熱膨張係数が鋳鉄(高負担部14′)の値に近いため施工部の耐割れ性が良好になる。従って一旦Ni−Fe溶接材14aを溶接施工して高負担部14′との耐割れ性を向上させた上で、ハイス鋼を溶接すると鋳鉄とNi−Fe溶接材14aとハイス鋼の三層構造になり施工部の割れ防止性能が向上する。更にNi−Feは熱伝導率が低いので施工部の熱が逃げ難く予熱した状態を維持し易く、予熱された部分にハイス鋼を溶接することで溶材がのり易い。更に、ハイス鋼と高負担部14′の鋳鉄に含有した炭素成分との接触が間接的になるので、脱酸処理を施した球状黒鉛鋳鉄との相乗効果で、炭酸ガスの発生やそれに伴う溶接欠陥(ポロシティ)を抑制する効果が期待できる。さらには、この溶接を行う前に、170〜240℃の予熱温度で高負担部14′を予熱すると上記溶接が施工し易くなる。
【0056】
ステップS3として、図2(b)に示すように、W:5〜10%、Mo:4〜6%、V:1〜3%、Cr:3〜5%、残部:Feからなるハイス鋼を肉盛り溶接して、肉盛り溶接層14bを形成する。なお、図2(b)では、ハイス鋼は、肉盛り溶接層14bが元の形状より少し大きくなる程度まで複数回重ねて肉盛り溶接する。尚、溶接手段は問わないものであり、例えば、アーク、TIG、MIG等が使用可能である。
【0057】
肉盛り溶接するハイス鋼としては、以下の成分のものが望ましい。
【0058】
Wは、固溶強化により合金の強度を高める効果があり、少なすぎるとこの効果を得ることが難しく、多すぎると高コスト化を招くので、5〜10%とすることが望ましい。
【0059】
Moは、固溶強化により合金の強度を高める効果と共に、金型の耐食性の向上にも寄与するので、少なすぎるとこれらの効果を得ることが難しく、多すぎると高コスト化を招くので、4〜6%とすることが望ましい。
【0060】
Vは、焼戻し軟化抵抗を高めると共に、結晶粒の粗大化を抑制して、靭性の向上に寄与し、また、硬質の炭化物を微細に形成して耐摩耗性を向上させる効果がある。少なすぎるとこれらの効果を得ることが難しく、多すぎると被切削性の低下を招くので、1〜3%とすることが望ましい。
【0061】
Crは、焼入れ性と耐摩耗性の確保に有効な元素であるが、少なすぎるとこれらの効果を得ることが難しく、多すぎると炭化物が粗大化して靱性が悪化するので、3〜5%とすることが望ましい。
【0062】
ステップS4として、肉盛り溶接層14bの表面について、ピーニング処理等の残留応力緩和処理を施す。この応力緩和処理を施すと、後の機械加工工程で、肉盛り溶接層14bが割れや歪みを起こす懸念が少なくなり、加工作業が容易にできる。なお、場合によっては、例えば、肉盛り量が極めて少ない場合や、割れや歪みの発生しそうにない部分や形状の部分では応力緩和処理を省略することもあり得る。残留応力緩和処理は、残留応力を緩和できれば良いので、ピーニング処理に限られるものでは無く、他の処理手段でも良く、機械的外力あるいは熱応力等を加えることにより行うのが好ましい。なお、ステップS3とステップS4とは、交互に繰り返すように、即ち、肉盛り溶接する度毎に応力緩和処理を施すようにしても良く、あるいは複数の肉盛りで応力緩和処理を施すようにしても良い。肉盛り溶接に対して応力緩和処理をこまめに繰り返す方が割れは発生しにくくなるが、生産性が悪くなるので、適切なタイミングで応力緩和処理を行うように設定すれば良い。
【0063】
ステップS5として、図2(c)に示すように、肉盛り部分14bを機械加工手段によって所定形状に加工して、トリミング刃層14c(以降、刃形成層14cと称す)を形成する。この機械加工手段は、どのような機械加工手段でも良く、補修前の基の状態に加工できれば良く、切削加工、研削加工、研磨加工、これらの各手段の組み合わせ等が可能であり、手作業でも機械作業でも良い。
【0064】
ステップS7として、図2(d)に示すように、ハロゲンランプヒーター21の照射光21aを刃形成層14cの頂点に向けて照射し、刃形成層14cを温度530〜570℃、時間40〜80分の条件で加熱保持することが望ましい。
【0065】
加熱温度が低すぎると硬化強度が不足し、加熱温度が高すぎると割れが生じるので、上記温度範囲とすることが望ましい。時間が短すぎると硬化強度が不足し、時間が長すぎると割れるので、上記時間範囲とすることが望ましい。
【0066】
なお、この実施形態では、ハロゲンヒーターを用いた加熱手段としたが、この加熱手段に限られるものでは無く、他の加熱手段、例えば、セラミックパネルヒータ、カンタル線ヒーター、カーボンヒーター、バーナーでも良い。なお、高負担部14′の表面積が広い場合には、バーナーでは所定温度に所定時間保持することが難しいが、高負担部14′の表面積が狭い場合や局部的な補修の場合などでは、バーナーによる加熱手段も可能である。逆に、高負担部14′の表面積が広い場合には、加熱炉に入れて加熱することも可能である。ただし、この場合には、高負担部14′のみ加熱することにならないとともに設備コストが高いので、好ましいとはいえない。
【0067】
加熱する前に、黒鉛粉末をハケ等で表面に塗布してから加熱すると、ハロゲンランプヒーター21からの放射熱が吸収されやすくなり、刃形成層14cの頂点に照射するだけで刃形成層14c全域に及び周縁部に熱伝播を生じさせて加熱できることとなり(図2(d)の矢印P参照)、効率的に加熱できる。すなわち、不要な部分が加熱されることを防止できるので、鈍化することを防止できる。
【0068】
ステップS8として、刃形成層14cを空冷する。これにより、刃形成層14cが高負担部14′の刃部14dとして形成される。高負担部14′の刃部14dではHRC60以上の硬度を有するものにできるとともに、高負担部14′の刃部14dと成形部14との靱性を適度に保つことができ成形型1の耐久性が向上できる。この空冷とは、何ら冷却手段を講じることなく、自然に放置して冷却することであり、放冷とも言う。
【実施例】
【0069】
次に、テストピースを例にして、本発明と比較例を実験した例を説明する。
【0070】
(実施例1)
プレス金型の成形部としてのテストピースの大きさ及び材料は以下のとおりである。
【0071】
高さ:50mm、幅:50mm、長さ:500mmの矩形状テストピースとした。材料は、C:3.73%、Si:1.97%、Mn:0.39%、Mg:0.043%、Cu:0.54%、Ni:0.39%、Cr:0.45%、Mo:0.32%、P:0.015、S:0.004、酸素含有量:5.0ppm、残部Feの球状黒鉛鋳鉄とした。
【0072】
そして、1つの角部を高さ:8mm、幅:8mm、長さ:500mmで三角柱形状に欠けた形状にした。この部分を、図2に示すように、高負担部14′とした。高負担部14′を200℃の温度で加熱した。この加熱状態で、Ni:50重量%、Fe:50重量%の溶接材を溶接する下地処理をした。この場合、溶接材を3層に重ねて溶接した。
【0073】
その後、重量%で、C:0.83、Si:0.3、Mn:0.28、Cr:3.96、Mo:4.95、W:6.12、V:1.81(SKH-51相当)のハイス鋼で肉盛り溶接した。溶接方法は、Tig溶接を使用した。次に、肉盛り溶接して温度の高い状態で、肉盛り層14bに、直ぐにハンマリングを施して応力緩和を図った。この時に、一度の溶接で全部を肉盛りできないので、複数回繰り返し肉盛りして、元の形状を少し大きくした形状にした。尚、この場合には、肉盛り溶接する毎に、応力緩和処理を施して、次の肉盛り溶接をするようにして、できるだけ応力緩和を施した。その後、切削加工及び研削加工を行って、欠ける前の元の形状になるように加工して、刃形成層14cを得た。次に、刃形成層14cの表面に黒色黒鉛粉末を塗布した。その後、ハロゲンランプヒーター(ハイベック株式会社製の商品(形式:HYS−45W、定格:90V、1800W、焦点:45mm、水冷式))を使用して、刃形成層14cの頂点に向けて、頂点の温度が約550℃の状態で60分維持する加熱処理を行った。加熱処理後、空冷(自然冷却)して、高負担部14′の刃部14dを得た。
【0074】
(実施例2〜12)
実施例1と同様にして、実施例2〜12も作製した。実施例2〜12では、実施例1に比較して、素材の組成は、実施例1〜6が大半で同じで、実施例6〜12が別の組成のものである。各実施例はP、S、酸素含有量が異なる場合を基本として、一部、Mgの含有量や加熱手段をバーナーに変更した実施例とした。バーナーによる加熱は、頂点の温度が約550℃の状態で60分維持する加熱処理を行った。
【0075】
なお、溶接材のハイス鋼については、経験的に別の成分でも同様な結果が得られると憶測できるので、異なる成分のハイス鋼まではテストしなかった。
【0076】
比較例1〜5は、Mg、P、S、酸素含有量が本発明と異なる場合の例、あるいは溶接材の異なるものの組み合わせ例である。
【0077】
評価テストは以下のとおりである。
【0078】
(1)加熱前の硬度、加熱冷却後の硬度の測定(ロックウェル硬さ試験法)
(2)歪み測定
肉盛り溶接後、加工後、加熱後、冷却後のいずれかで、歪みが目視できた場合であって、歪み量0.2mmを超えるものを×、0.2〜0.1を△、0.1〜0.02を○、0.02未満を◎とそれぞれ評価した。この評価は上記テストピースに対して設定したものであり、テストピースの大きさや形状が異なる場合には、変わることもあり得る。
【0079】
(3)割れ測定
肉盛り溶接後、加工後、加熱後、冷却後のいずれかで、割れが目視できた場合であって、長さが2mmを超える割れが1つでもあるもの、あるいは長さ30mm間に長さが2mm以内の割れが5個以上あるものを×、5個未満2個以上あるものを△、1個以下を○、全く割れが見られないものを◎とそれぞれ評価した。尚、この評価は上記テストピースに対して設定したものであり、テストピースの大きさや形状が異なる場合には、変わることもあり得る。
【0080】
評価結果を、図4に示す。図4から明らかなように、比較例1では、歪みが問題となり、比較例2では硬度が不足し、比較例3では硬度、歪み、割れの全てで問題となり、比較例4では、歪みと割れで問題となり、比較例5では割れで問題となり、比較例1〜5では、硬度、歪み、割れの全てを同時に満足するものはなく、使用できるものは得られなかった。一方、実施例1〜12では、硬度、歪み、割れの全てを同時に満足するものが得られた。すなわち、本発明では、硬度がHRC60以上であって、歪みや割れを生じない、いわゆる靱性も兼ね備えるものが得られるが、比較例では、いずれもこれらを同時にすべて満足するものは得られなかった。
【0081】
本発明では、プレス金型は、高負担部14′を有する成形部14を上記球状黒鉛鋳鉄製としたが、金型本体を炭素鋼にして、後から上記球状黒鉛鋳鉄製部分も含めた金型部分をボルト等で上記金型本体に一体に取り付けるようにしても良い。又は、金型本体自体を上記球状黒鉛鋳鉄で製造するようにしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0082】
この発明は、自動車のボディー等に用いる鉄板をプレス成形にて得るために用いるプレス用金型素材の成形部のエッジ部、強圧力部、切り刃部等の高い負担になる部分(即ち高負担部)の製造方法に適用できる。
【符号の説明】
【0083】
1 成形型
11 成形上型部
12 成形下型部
13、14 トリミング刃部(エッジ部又は強圧部)
14′ 高負担部
14a Ni−Fe溶接材(下地処理用の溶接材)
14b 肉盛り溶接層(肉盛り部分)
14c 刃形成層
14d 補修刃部
15、16 成形部
17、18 金型本体
21 ハロゲンランプヒーター
21a 照射光
図1
図2
図3
図4