(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に掛かる実施形態を図面に基づき説明する。以下では、生体組織刺激装置として視覚再生補助装置を例に挙げて説明する。
図1は視覚再生補助装置の外観図である。
図2は視覚再生補助装置の体内装置の説明図であり、
図2(a)は体内装置20の正面図、
図2(b)は刺激部40の側面断面図である。
【0010】
視覚再生補助装置1は、外界を撮影する体外装置10と、網膜を構成する細胞に電気刺激を与え視覚の再生を促す体内装置20から構成される。体外装置10は、患者が掛ける眼鏡11と、眼鏡11に取り付けられる撮影装置12と、外部デバイス13、一次コイル等を持つ送信手段14を備える。外部デバイス13は、CPU等の演算処理回路を持つデータ変調手段13a、視覚再生補助装置1全体に電力供給を行う電源13bを持つ。データ変調手段13aは、撮影装置12で撮影された被写体像を画像処理し、視覚再生のための電気刺激パルス用データを生成する。送信手段14は、データ変調手段13aで生成された電気刺激パルス用データ及び電源13bの電力を変調して、電磁波として体内装置20側に伝送する。なお送信手段14は、体外装置10と体内装置20間で電磁誘導にて信号及び電力の送受信をするための1次コイルを備える。1次コイルの中心に磁石が取り付けられており、磁力で2次コイルとの位置が固定される。
【0011】
体内装置20は、体外装置10から送信された電磁波を受信する受信部30と、網膜を構成する細胞を電気刺激する刺激部40を持つ。受信部30は、体外装置10から送信された電磁波を受信する2次コイル31、受信制御部61と、これらが設置される基板33を持つ。刺激部40は、複数の電極44と、受信制御部61からの信号に基づき電極44から刺激信号を出力させる刺激制御部62と、電極44と刺激制御部62を電気的に接続する複数の導線41と、これらが設置される基板43を持つ。
【0012】
受信制御部61は、2次コイル31で受信された電磁波から信号と電力を抽出する。更に受信制御部61は抽出された信号を、電極44から出力させる電気刺激パルス信号と、電気刺激パルス信号を出力する電極44を指定する電極指定信号等を含む制御信号に変換する。刺激制御部62は、受信制御部61から送信された制御信号に基づいて、対応する電気刺激パルス信号を各電極44に振り分ける。つまり刺激制御部62は、(デ)マルチプレクサ機能により、受信制御部61からの信号に基づき各電極44から電気刺激パルス信号を出力させる。
受信部30の2次コイル31と受信制御部61は、基板33上に形成される。基板33は生体適合性を有する周知の樹脂材料等で形成される。2次コイル31の中心には1コイルとの位置固定用の磁石が設けられる。
【0013】
刺激部40の複数の電極44は、複数の各導線41の一端に形成される。各導線41の他端は、刺激制御部62に接続される。刺激制御部62は(図示を略す端子)は、ケーブル50内に配線された複数の導線51の一端にそれぞれ接続される。これにより、電極44から受信制御部61が電気的に接続され、受信制御部61の受信信号に基づき刺激制御部62が駆動制御され、刺激制御部62からの指令信号に基づき、各電極44から電気刺激パルス信号が出力される。また本実施形態では、対向電極(帰還電極)34が基板43上に取り付けられる。対向電極34は、これ以外にも電極44から出力された刺激信号を受信可能な任意の位置に設けられる。
【0014】
なお本実施形態の電極44及び導線41は、生体適合性と導電性を持つ透明性の導電材料で形成される。透明性の導電材料には、グラフェンや、カーボンナノチューブ等が用いられる。これ以外にも、透明性の導電材料には、生体適合性を備える物質であって、眼内の埋植時に折り曲げ可能な柔軟性を持つと共に、常温での電子の移動速度が高い材料が用いられる。グラフェンのように高い導電性を持つ材料で電極44が形成されることで、電極44の表面積が少なくとも網膜を構成する細胞が好適に電気刺激されるようになり、電極44を小型に出来る。
また電極44及び導線41は、導電性と生体適合性を持つ半透明性の導電材料で形成されても良い。これ以外にも電極44及び導線41は、眼内に入射された光束の少なくとも一部を透過できる導電材料で形成されれば良い。
【0015】
電極44等が設置される基板43は、生体適合性と透明性を持つ絶縁材料で形成される。例えば、透明性の絶縁材料には、ポリジメチルシリコーン(PDMS)、パリレン、エポキシ樹脂、ポリミド、ポリエチレン等の周知の絶縁材料が使用される。また基板43は、生体適合性と半透明性を持つ絶縁材料で形成されても良い。これ以外にも基板43は眼内に入射された光束の少なくとも一部を透過できる絶縁材料で形成されれば良い。
このように、刺激部40全体が透明性(半透明性)の材料(導電材料、絶縁材料)で形成されることで、眼から入射された光が、刺激部40全体を透過して網膜に到達されるようになる。
【0016】
図3に刺激部40の作成手順のフローチャートを示す。
図4は刺激部40の作成手順の説明図である。
図5は刺激部40の拡大図であり、
図5(a)に正面図、
図5(b)に側面図が示されている。
先ずベース基板143を用意する。
図4(a)に示すように、ベース基板143は、シリコンウエハ(Si)143aとその上に形成された、SiO2膜(例えば、厚さ約200nm)143bと、そのSiO2膜143b上に形成された銅(Cu)膜(例えば、厚さ500nm)143cとから構成される。SiO2膜143bと銅(Cu)膜143cは、それぞれ、スパッタリングで形成されている。
【0017】
ステップS101で、電極44と導線41を形成するため、
図4(a)に示すように、ベース基板143上に所定面積を持つグラフェンシート(グラフェンシート)144を生成する。グラフェンシート144は、周知の化学気相成膜法(化学蒸着、各種CVD)で生成される。なお各種CVD法としては、熱CVD法、プラズマCVD法、表面励起マイクロ波プラズマCVD法等がある。
【0018】
図6に、グラフェンシート144の生成装置の例を示す。グラフェンシートの生成装置100は、反応容器110と、加熱炉120を備える。反応容器110の紙面左側には、原料ガスの流入口111があり、紙面右側には排出口112がある。また反応容器110の内部には、炭素源113と、グラフェンシートを形成する触媒金属層が塗布されたベース基板143が設けられる。炭素源113には、例えば、樟脳が用いられる。これ以外にも、炭素源113には、メタンやアセチレン等の材料が用いられる。これ以外にも、歪を持つ炭素環を有する任意の有機化合物が用いられる。上述のようにベース基板143の表面(全体)には、触媒金属層である銅143cが塗布されている。これ以外にも、ニッケル、鉄、コバルト、白金、金、銀及び銅のいずれか一種の純金属、又は二種以上を含む合金が触媒金属として使用される。
【0019】
以上のようなグラフェンシート生成装置100において、流入口111からアルゴンガス等の不活性ガスを充填させながら、加熱炉120を所定温度で加熱する。なお、加熱炉120は、炭素源113の沸点又は昇華点の温度よりも高く、ベース基板143上にグラフェンが成長可能な温度で加熱される。なお、反応容器110を通過した気体は、排出口112から排出される。
【0020】
炭素源113である樟脳が蒸発すると、反応容器内110に供給され、触媒金属層である銅143cで分解され生成したグラフェンが核として、ベース基板143上にグラフェンシート144が成長する。炭素源113が十分に蒸発され、触媒金属層で分解され、ベース基板143上にグラフェンシート144が十分に成長したら、加熱炉120の加熱を停止させる。これにより所定厚のグラフェンシート(積層膜)144が得られる。なお、本実施形態のグラフェンシート144は、4層以上(より好ましくは8層以上)のグラフェンの積層体(グラファイト)となるように、上記の炭素源113の量、加熱炉120の加熱温度が調節される。所定厚のグラフェンシート144を形成することで、生体に対して所定の導電性を確保できる。
なお上記では、反応容器110内に所定の不活性ガスを充填させた状態で、グラフェンシート144を成長させる例を示した。これ以外にも、反応容器内を密閉した減圧状態で、グラフェンシートを成長させても良い。
【0021】
グラフェンシート144は、例えば、透過率が80%以上であることが好ましい。透過率が80%よりも小さいと、網膜の反応の低下に繋がることが懸念される。これ以外にも、グラフェンシート144の透過率は、患者の網膜が光を感じ取る事が出来る透過率で形成されれば良い。またグラフェンシート144は、シート抵抗が20kΩ/□程度以下に成長される。より好ましくは3kΩ/□程度以下に成長させることが好ましい。シート抵抗が20kΩ/□以上であると、不要な消費電力が増えてしまう又は所期の電流値の出力が得難くなる恐れが有る。
【0022】
なお、一層のグラフェンシート144でこのような特性を得ることが難しい場合は、後述するCVD法による成長工程(上述のステップS101の処理)を複数回繰り返すことで、複数層を持つグラフェンシート144を形成しても良い。なお層厚が厚くなるとグラフェンシート144の透明度が低下し、層厚が薄くなるとグラフェンシート144の抵抗値が高くなる。以上の特性を考慮して、形状に応じて所期の透明度、抵抗値のグラフェンシート144が形成されれば良い。以上の工程によって、所定面積(例えば、5×5mm以上)をもつグラフェンシート144を得る。
【0023】
次に、ステップS102で、
図4(b)に示すように、リソグラフィーにより所定の配線ピッチ(例えば、10〜50μm)で、導電体のパターン幅(例えば、5〜20μm)の図示を略す配線基板(導線基板)150を用意する。そして配線パターンが形成された配線基板150上を、スピンコータ等を利用して薄いポリジメチルシリコーン151で覆う。
【0024】
次に、ステップS103で、
図4(c)に示すように、シリコンウエハ143aのSiO2膜143bから、銅(Cu)膜143cを剥離及びエッチング除去して、グラフェンシート144による配線をポリジメチルシリコーン薄膜に転写する。この際に必要に応じてグラフェンシート144とポリジメチルシリコーン151の間に密着促進剤を塗布する。このグラフェン転写面(導電層)144aを、
図4(d)に示すように、先と同様の方法でポリジメチルシリコーンで薄くコートしてグラフェンを完全に絶縁被覆する。(この工程では、代わりにパリレンを表裏両面に気層成長させて絶縁被覆膜を形成させても良い)。これにより内部にグラフェンによる導電層を持つ基板43が形成される。
【0025】
次に、ステップS104で、
図4(e)に示すように、エッチングで絶縁被覆の一部を開放してグラフェン層(導電層)を露出させる。そして露出された箇所に刺激制御部62と電極44を接続する。例えば、刺激制御部62は、図示を略すパッドに金バンプを形成し、フラットニング処理して導電性接着材等で基板43に実装する(導電層に取り付ける)。電極44は白金ボール若しくはグラフェンをコートしたパリレン樹脂を固定して電極を形成し、グラフェン層に取り付ける。これにより立体的な電極が形成される。そして、基板43上に対向電極34を取り付け、刺激制御部62の図示を略す端子と導線41の一端とが電気的に接続されて、刺激部40が完成する。また、刺激部40と受信部30とをケーブル50の導線51を介して電気的に接続し、体内装置20が完成する。
【0026】
なお上記のステップS101で、反応容器110内のベース基板143として、電極44及び導線41の形状に合わせて形成されたものを使用して、上記のステップS101の処理を行うことで、電極44と導線41を形成しても良い。この場合には、ステップS102の処理が省略される。
【0027】
なお上記では熱CVD法によるグラフェンの製造装置の例を示した。これ以外にも、例えば低温でグラフェンを作成する場合には、表面励起マイクロ波プラズマCVD法にてグラフェンを製造することが好ましい場合がある。つまり低温でグラフェンを成長させる場合には、ガス圧を下げる必要があるため、一般的なプラズマCVD法では、ガス圧の低下によりプラズマの発生が困難になる場合がある。そこで、表面励起マイクロ波プラズマCVDが用いられることで、低温度の場合であってもプラズマを利用してグラフェンが好適に生成される。例えば、表面励起マイクロ波プラズマCVD法では、内部にアンテナを入れた円筒状の石英管を並べて、そこに所定周波数(例えば、2.45GHz)の交流電圧を印加してプラズマを発生させる。これ以外にも、導波路を通過してきたマイクロ波を、石英窓等を介して反応容器内に導き、ガス(炭素源)を励起して、プラズマを生成する。
【0028】
以上のような構成を備える視覚再生補助装置1を、生体内に埋植する場合を説明する。
図7に体内装置20を眼内に埋植した状態の断面の説明図を示す。なお
図7中において、網膜E1,脈絡膜E2,強膜E3である。
折り曲げ可能な刺激部40は、図示を略す切開創(ポート)を通して、折り曲げられながら眼内へと挿入される。刺激部40の一部が眼内へ挿入されると、基板43の材質の復元力によって刺激部40が眼内で元の形状に復元される。そして眼内で広がった刺激部40の一部(電極44及び基板34)が網膜上に取り付けられる。一方、図示するように、刺激制御部42は眼球の外側に置かれることが好ましい。このように不透明性の刺激制御部42が眼球の外側に置かれることで、眼内に入射された光束が網膜に好適に到達されるようになる。また刺激制御部62は、眼内に置かれても良い。この場合には、刺激制御部62を視神経乳頭等の盲点に取り付けるようにする。このようにすると刺激制御部62による光束の遮光の影響を抑えつつ、刺激部40を透過した光束が好適に網膜に射されるようになる。なお図示は省略するが、受信部30はケーブル50を介して眼外に設置される。このように、基板43が患者の網膜上に置かれることで、網膜下よりも手術時の患者の負担を減らすことができる。また網膜上に置かれる部材全体が透明であることで、眼から入射され43等を透過して網膜に到達される。
【0029】
なお上記では、患者の網膜上に基板43を設置する例を示した。これ以外にも、網膜E3の下、強膜E1の切開創中に基板43を設置する場合にも、基板43の厚さが薄く形成されているため、手術に伴う患者の負担を減らすことができる。また術者にとっては視覚再生補助装置1を生体内に埋植する際の手術が容易になる。
【0030】
更に、本実施形態ではグラフェンを用いて微細な電極が形成される。その為、例えば、電極の形状を細胞レベルの大きさに形成して、網膜を構成する細胞を個別に刺激することもできる。このような微細な電極を複数設けることによって、より健常者に近い見え方を体得させることができる事が期待される。
更に、厚さの薄い基板43が網膜を覆うような面積で形成すると共に、基板43上に微細な電極を多く形成することで、視覚再生の精度が向上される。なお基板43は、複数の基板43の連結で形成されても良い。
【0031】
次に、以上の構成を備える視覚再生補助装置の動作を説明する。
図8に視覚再生補助装置の制御系のブロック図を示す。撮影装置12で撮影された被写体の撮影データ(画像データ)は、データ変換手段13aに送られる。データ変換手段13aは、撮影した被写体を患者が視認するために必要となる所定の帯域内の信号(電気刺激パルス用データ)に変換し、送信手段14から電磁波として体内装置20側に送信する。
【0032】
体内装置20側では、2次コイル31で受信された電磁波が変調されることにより、電気刺激パルス用データと電力が生成され、受信制御部61に送られる。受信制御部61は抽出された電気刺激パルス用データに基づき、各電極44に分配する電気刺激パルスと、電気刺激パルスの分配を制御するマルチプレクサ制御信号を生成し、ケーブル50を介して刺激制御部42へと送る。刺激制御部42は、各電極44から電気刺激パルスを出力させる。各電極44から出力された電気刺激パルスによって網膜を構成する細胞が電気刺激され、患者は視覚を得る。
【0033】
なお基板43等を透過した光は、透明な神経線維、細胞神経層等を透過して網膜色素細胞(視細胞)で吸収される。視細胞は光を刺激信号に変換する。視細胞から出力された刺激信号は、網膜に存在する様々な神経細胞から複雑な処理を受けた後、網膜の表面に存在する神経節細胞から視神経を経て、脳中枢へと伝達される。
このように、網膜上に設置される基板43等の部材が全て透明性の材料で形成されることで、透過光により神経節細胞等の信号伝達に関わる細胞が正常に機能し、より健常眼に近い状態での視覚再生が行われることが期待される。
【0034】
また本実施形態では、網膜上に直接電極44が配置されるので、電極44からの刺激信号が直接網膜に伝達される。その為電極44から出力された刺激信号が減衰されることなく、効率よく網膜を構成する細胞が電気刺激される。その為、電極44の表面積をより小さくすることも可能になる。
【0035】
また装置の開発段階において、上記のような視覚再生補助装置を用いて、眼(健常眼)の神経節細胞の反応を取得しても良い(刺激パルス信号対する被検体の反応を取得しても良い)。そして、検出結果に基づき、カメラ12で撮影された撮影画像に対して生成される刺激パルス信号の刺激条件を、神経節細胞の反応に基づき設定しても良い。このように、健常眼の刺激反応に合わせた刺激パルス信号の刺激条件が予め設定されることで、従来技術の視覚再生補助装置に比べて視覚再生の品質(QOV)を向上させることができる。
【0036】
例えば、体内装置20側に設けられた電極を、神経細胞からの応答信号の変化(時間的な強度変化量)を検出する検出部(例えば、電極)として用いる。そして、検出部で検出された神経細胞からの応答信号の変化量と、刺激パルス信号の情報とを関連付けて図示を略すメモリ等の記憶部に記憶させる。そして視覚再生補助装置の患者への使用時に、記憶部に記憶された情報に基づき、眼内に埋植された電極から刺激パルス信号を出力させる。
【0037】
更に、上記の構成を備える生体埋植装置は、各種神経線維の応答信号の検出に用いられても良い。例えば、近年、患者の脳に電極を埋植した状態で、光等の刺激信号を外部から与え、その応答信号を検出して、生体の治療等に役立てる研究が行われている。このような研究開発において、本発明の構成が適用されると、脳の局所領域に対して照射された刺激(例えば光束)に対する応答信号の変化が好適に取得されるようになる。この場合には、脳に埋植される電極が、神経細胞からの応答信号の変化(時間的な強度変化量)を検出する検出部として用いられる。脳に対して外部から所定の刺激信号(例えば、光)が与えられ、脳の神経細胞が刺激に対して反応すると、電極を介して応答信号の変化が検出される。この時、透明性を持つ基板を介して、脳に対して好適に光等による刺激が与えられるので、電極を介して脳の神経細胞の応答信号が好適に検出されるようになることが期待される。また微細な形状の電極が多数設けられることで、細胞レベルのより詳細な情報を取得できることも期待される。