【実施例】
【0062】
試験例1:リン脂質酸化体及び/又はその代謝物による疲労の程度の判定
身体作業による肉体疲労の状態としたマウス由来の骨格筋におけるリン脂質酸化体及び/又はその代謝物の発現量を、脂質メタボローム解析により解析し、疲労の状態において発現量が増加又は減少するリン脂質酸化体及び/又はその代謝物を選定し、疲労の程度の判定方法を開発した。
【0063】
実験動物には、7から11週齢のBALB/c系マウス、オス(日本エスエルシー(株))を用いた。実験動物は入荷後、試験期間を通して標準飼料(オリエンタル酵母工業(株))及び滅菌水を自由に摂取させ、少なくとも1週間の馴化を行った。疲労の程度の判定方法の開発は、(1)走行運動の負荷、(2)骨格筋の採取、(3)脂質の抽出、(4)リン脂質酸化体の発現量の分析及び比較、及び(5)疲労の程度の判定、の工程よりなる。
【0064】
(1)走行運動の負荷
実験には、安静(非疲労)マウス(2匹)、走行運動負荷直後マウス(2匹)、走行運動負荷1時間後マウス(2匹)、及び走行運動負荷24時間後マウス(2匹)を用いた。
走行運動の負荷は、マウス・ラット用トレッドミル走行装置(バイオリサーチセンター(株))を用いて行った。走行運動の負荷条件は、傾斜角度10度、走行開始速度9メートル/分、漸増ステップ3メートル/4分とし、高強度(高速)運動を負荷した。
走行訓練における走行時間は20分間とし、疲労を惹起させるための走行時間は40分間とした。
尚、走行訓練を3から4日間隔で4回実施し、疲労を惹起させる走行運動の負荷は最終走行訓練の3から4日後に実施した。走行訓練は全てのマウスに行った。
【0065】
(2)骨格筋の採取
走行運動終了の直後、1時間後又は24時間後にマウスを安楽死させ、後肢骨格筋(速筋及び遅筋より構成されているヒフク筋部位)を採取した。安静(非疲労)マウスは運動負荷をすることなく安楽死させ、同様の方法を行った。
【0066】
(3)脂質の抽出
ヒフク筋を重量測定後、メタノール中でホモジナイズし、固相抽出法にて総脂質を抽出した。具体的には、酸性条件下、SEP-PAK C18にアプライし、水で洗浄後、ヘキサン(中性脂質)、ギ酸メチル(酸化脂肪酸)、メタノール(リン脂質、酸化リン脂質)でそれぞれ溶出し、メタノール画分を濃縮し、サンプルとした。
【0067】
(4)リン脂質酸化体の発現量の分析及び比較
リン脂質酸化体の発現量は、網羅的解析手法及びフォーカスした解析手法を用いて分析した。具体的には、生体内の酸化リン脂質の測定には、LCを用いた三連四重極型の質量分析計を用い、プレカーサーイオンと特徴的なプロダクトイオンの組み合わせで分子特徴的に検出するマルチプル リアクション モニタリング法を用いた。
リン脂質としては、細胞膜の主なリン脂質であり、リン脂質の約60%を占めるホスファチジルコリン(PC)を選定した。
リン脂質の分子種としては、C1位に結合している飽和脂肪酸がパルミチン酸(16:0)又はステアリン酸(18:0)を選定し、C2位に結合している不飽和脂肪酸がリノール酸(18:2)、アラキドン酸(20:4)又はドコサヘキサエン酸(22:6)を選択し、計6分子種のリン脂質を分析の対象とした。
リン脂質酸化体としては、C2位に結合している不飽和脂肪酸の酸化体がヒドロペルオキシド体(−OOH)、ヒドロキシ体(−OH)、アルデヒド体(−CHO)、カルボン酸体(−COOH)を選択し、計4リン脂質酸化体を分析の対象とした。
【0068】
リン脂質酸化体の分子種の解析は、Nanomate−4000QTRAPを用いて測定した。サンプル調製としては、抽出液を窒素気流下で乾固し、Nanomate測定用buffer(クロロホルム:メタノール=1:2、5mM ギ酸アンモニウム含)で3倍希釈となるよう再溶解した。
【0069】
リン脂質酸化体は非常に微量であることから、解析感度を上げるためMRM法を解析に用い、常法に従い実施した。
リン脂質酸化体の解析は、サンプルを適宜濃縮し、LC−ESI−MS/MSにインジェクションし、次の測定条件にて実施した。
MS:4000Q−TRAP (ABI)
Pump:UPLC (Waters)
カラム:AQUITY UPLC BEH C18 1.7 m (1.0 x 150mm)
移動相A:アセトニトリル/メタノール/水 (2/2/1)、0.1%ギ酸 0.028% アンモニア水)
移動相B:イソプロパノール(0.1%ギ酸 0.028% アンモニア水)
(グラジエント)
流速:70μL/min
測定モード:negative ion mode、MRM (Multiple Reaction Monitoring)
【0070】
安静マウスの骨格筋におけるリン脂質酸化体の発現量(6分子種、4酸化体)を表1−1から表1−4に示す。
【0071】
【表1-1】
【0072】
【表1-2】
【0073】
【表1-3】
PC(16:0/18:2)-CHO:PC(16:0/18:2)由来の9CHO酸化体を示す。
PC(16:0/20:4)-CHO:PC(16:0/20:4)由来の5CHO酸化体を示す。
PC(16:0/22:6)-CHO:PC(16:0/22:6)由来の4CHO酸化体を示す。
PC(18:0/18:2)-CHO:PC(18:0/18:2)由来の9CHO酸化体を示す。
PC(18:0/20:4)-CHO:PC(18:0/20:4)由来の5CHO酸化体を示す。
PC(18:0/22:6)-CHO:PC(18:0/22:6)由来の4CHO酸化体を示す。
【0074】
【表1-4】
(*1) リン脂質酸化体の分子種 = PC(C1位飽和脂肪酸/C2位不飽和脂肪酸)-酸化体
PC=ホスファチジルコリン、16:0=パルミチン酸、18:0=ステアリン酸
18:2=リノール酸、20:4=アラキドン酸、22:6=ドコサヘキサエン酸
(*2) 各分子種の発現量は2サンプルの平均値とした。
PC(16:0/18:2)-COOH:PC(16:0/18:2)由来の9COOH酸化体を示す。
PC(16:0/20:4)-COOH:PC(16:0/20:4)由来の5COOH酸化体を示す。
PC(16:0/22:6)-COOH:PC(16:0/22:6)由来の4COOH酸化体を示す。
PC(18:0/18:2)-COOH:PC(18:0/18:2)由来の9COOH酸化体を示す。
PC(18:0/20:4)-COOH:PC(18:0/20:4)由来の5COOH酸化体を示す。
PC(18:0/22:6)-COOH:PC(18:0/22:6)由来の4COOH酸化体を示す。
【0075】
これらより、安静マウス骨格筋において、24種のリン脂質酸化体を比較すると、C1位パルミチン酸であるリン脂質酸化体の発現量はC1位ステアリン酸であるリン脂質酸化体と比較して多く発現しており、ヒドロペルオキシド体及びヒドロキシ体のリン脂質酸化体はアルデヒド体及びカルボン酸体のリン脂質酸化体と比較して多く発現していた。
【0076】
次に、運動負荷前と運動負荷後のリン脂質酸化体の発現量について、Fold Change比較の方法を用いて、安静(非疲労)時の発現量を分母とし、運動負荷後の発現量を分子として、それぞれ変動率(%)を次の数式により求めた。
変動率(%)={(走行運動負荷後の発現量/安静時の発現量)−1} x 100%
【0077】
運動による疲労時のマウス骨格筋におけるリン脂質酸化体分子種の安静マウスに対する変動率(%)を表2−1から表2−4に示す。
【0078】
【表2-1】
【0079】
【表2-2】
【0080】
【表2-3】
PC(16:0/18:2)-CHO:PC(16:0/18:2)由来の9CHO酸化体を示す。
PC(16:0/20:4)-CHO:PC(16:0/20:4)由来の5CHO酸化体を示す。
PC(16:0/22:6)-CHO:PC(16:0/22:6)由来の4CHO酸化体を示す。
PC(18:0/18:2)-CHO:PC(18:0/18:2)由来の9CHO酸化体を示す。
PC(18:0/20:4)-CHO:PC(18:0/20:4)由来の5CHO酸化体を示す。
PC(18:0/22:6)-CHO:PC(18:0/22:6)由来の4CHO酸化体を示す。
【0081】
【表2-4】
(*1) リン脂質酸化体の分子種 = PC(C1位飽和脂肪酸/C2位不飽和脂肪酸)-酸化体
PC=ホスファチジルコリン、16:0=パルミチン酸、18:0=ステアリン酸
18:2=リノール酸、20:4=アラキドン酸、22:6=ドコサヘキサエン酸
(*2) 各分子種の変動率(%)={(走行運動負荷後の発現量/安静時の発現量)−1} x 100%
PC(16:0/18:2)-COOH:PC(16:0/18:2)由来の9COOH酸化体を示す。
PC(16:0/20:4)-COOH:PC(16:0/20:4)由来の5COOH酸化体を示す。
PC(16:0/22:6)-COOH:PC(16:0/22:6)由来の4COOH酸化体を示す。
PC(18:0/18:2)-COOH:PC(18:0/18:2)由来の9COOH酸化体を示す。
PC(18:0/20:4)-COOH:PC(18:0/20:4)由来の5COOH酸化体を示す。
PC(18:0/22:6)-COOH:PC(18:0/22:6)由来の4COOH酸化体を示す。
【0082】
(5)疲労の程度の判定
ホスファチジルコリンのヒドロペルオキシド体の走行運動後のマウス骨格筋における発現量(6分子種平均<6分子種の発現量補正後の平均値>)は、安静(非疲労)マウスと比較して、直後:117.2%(増加)、1時間後:32.5%(増加)、24時間後:−24.9%(減少)であった。
これらより、骨格筋におけるホスファチジルコリンのヒドロペルオキシド体は、運動による疲労時において著しく増加し、休息により低減することが認められた。
【0083】
ホスファチジルコリンのヒドロキシ体は、直後:−26.7%(減少)、1時間後:−25.0%(減少)、24時間後:−41.4%(減少)であった。
これらより、骨格筋におけるホスファチジルコリンのヒドロキシ体は、運動による疲労からの回復時において著しく減少することが認められた。
【0084】
ホスファチジルコリンのアルデヒド体は、直後:10.5%、1時間後:4.5%、24時間後:−27.5%(減少)であった。
これらより、骨格筋におけるホスファチジルコリンのアルデヒド体は、運動による疲労からの回復時において減少することが認められた。
【0085】
ホスファチジルコリンのカルボン酸体は、直後:−25.1%(減少)、1時間後:63.7%(増加)、24時間後:−4.3%であった。
これらより、骨格筋におけるホスファチジルコリンのカルボン酸体は、運動による疲労時において著しく増加し、休息により低減することが認められた。
【0086】
運動による生理的疲労の早期においては、骨格筋におけるホスファチジルコリンのヒドロペルオキシド体の発現量増加、ヒドロキシ体及びカルボン酸体の発現量減少が認められ、1時間後においてはヒドロペルオキシド体及びカルボン酸体の発現量増加、回復時のヒドロキシ体の発現量減少が認められた。これらにより、走行運動負荷1時間後のマウスは疲労の状態であると判定することができた。
【0087】
試験例2:疲労時に発現変動する血漿中リン脂質酸化体の特定
身体作業による肉体疲労の状態としたマウス由来の血漿におけるリン脂質酸化体及び/又はその代謝物の発現量を、脂質メタボローム解析により解析し、疲労の状態において発現量が増加又は減少するリン脂質酸化体を特定した。
【0088】
実験動物には、7から11週齢のBALB/c系マウス、オス(日本エスエルシー(株))を用いた。実験動物は入荷後、試験期間を通して標準飼料(オリエンタル酵母工業(株))及び滅菌水を自由に摂取させ、少なくとも1週間の馴化を行った。血漿中リン脂質酸化体の特定は、(1)走行運動の負荷、(2)採血、(3)脂質の抽出、(4)リン脂質酸化体の発現量の分析及び比較、の工程よりなる。
【0089】
(1)走行運動の負荷
実験には、安静(非疲労)マウス(5匹)、走行運動負荷直後マウス(5匹)、及び走行運動負荷4時間後マウス(4匹)を用いた。
走行運動の負荷は、マウス・ラット用トレッドミル走行装置(バイオリサーチセンター(株))を用いて行った。走行運動の負荷条件は、傾斜角度10度、走行開始速度9メートル/分、漸増ステップ3メートル/4分とし、高強度(高速)運動を負荷した。
走行訓練における走行時間は20分間とし、疲労を惹起させるための走行時間は40分間とした。
尚、走行訓練を3から4日間隔で4回実施し、疲労を惹起させる走行運動の負荷は最終走行訓練の3から4日後に実施した。走行訓練は全てのマウスに行った。
【0090】
(2)採血
走行運動終了の直後、又は4時間後に深麻酔条件下にて、EDTA-2K添加チューブを用いて採血し、遠心分離後に血漿を得た。安静(非疲労)マウスは運動負荷をすることなく、同様の方法にて採血した。
【0091】
(3)脂質の抽出
一定量の血漿にメタノール、クロロホルム、リン酸緩衝液、水を添加し、遠心分離後にクロロホルム層を回収し、酸化リン脂質画分の測定サンプルとした。
【0092】
(4)リン脂質酸化体の発現量の分析及び比較
実施例1と同様の方法を用いて分析した。
リン脂質としては、細胞膜の主なリン脂質であり、リン脂質の約60%を占めるホスファチジルコリン(PC )を選定した。
リン脂質の分子種としては、C1位に結合している飽和脂肪酸がパルミチン酸(16:0)を選定し、C2位に結合している不飽和脂肪酸がリノール酸(18:2)、アラキドン酸(20:4)又はドコサヘキサエン酸(22:6)を分析の対象とした。
リン脂質酸化体としては、血漿中リン脂質酸化体として解析可能である、C2位に結合している不飽和脂肪酸の酸化体がヒドロキシ体(−OH)、カルボン酸体(−COOH)を分析の対象とした。
【0093】
内部標準物質として16:0−d3 リゾホスファチジルコリンを添加し、全てのデータを補正した。
【0094】
運動負荷前と運動負荷直後又は運動負荷4時間後のリン脂質酸化体の発現量について、Fold Change比較の方法を用いて、安静(非疲労)時の発現量を分母とし、運動負荷後の発現量を分子として、それぞれ変動率(%)を次の数式により求めた。
変動率(%)={(走行運動負荷後の発現量/安静時の発現量)−1} x 100%
【0095】
運動による疲労時のマウス血漿におけるリン脂質酸化体の安静マウスに対する変動率(%)を表3−1及び表3−2に示す。
【0096】
【表3-1】
【0097】
【表3-2】
(*1) リン脂質酸化体の分子種=PC(C1位飽和脂肪酸/C2位不飽和脂肪酸)-酸化体
PC=ホスファチジルコリン、16:0=パルミチン酸
18:2=リノール酸、20:4=アラキドン酸、22:6=ドコサヘキサエン酸
(*2) 各分子種の変動率(%)={(走行運動負荷後の発現量/安静時の発現量)−1} x 100%
PC(16:0/18:2)-11:1CO0H:PC(16:0/18:2)由来のPC(16:0/11:1CO0H)を示す。
PC(16:0/18:2)-13:2CO0H:PC(16:0/18:2)由来のPC(16:0/13:2CO0H)を示す。
PC(16:0/20:4)- 7:1CO0H:PC(16:0/20:4)由来のPC(16:0/7:1CO0H)を示す。
PC(16:0/20:4)-12:3CO0H:PC(16:0/20:4)由来のPC(16:0/12:3CO0H)を示す。
PC(16:0/22:6)-10:2CO0H:PC(16:0/22:6)由来のPC(16:0/10:2CO0H)を示す。
PC(16:0/22:6)-15:4CO0H:PC(16:0/22:6)由来のPC(16:0/15:4CO0H)を示す。
PC(16:0/22:6)-17:5CO0H:PC(16:0/22:6)由来のPC(16:0/17:5CO0H)を示す。
【0098】
走行運動負荷直後において、ホスファチジルコリンのリノール酸(18:2)(p<0.05、スチューデントのt検定)、アラキドン酸(20:4)(p<0.1)又はドコサヘキサエン酸(22:6)(p<0.05)のヒドロキシ体の発現量は、著しく増加していた。しかし、走行運動負荷4時間後において、これらの発現増加は低減していた(表3−1)。
【0099】
走行運動負荷直後において、ホスファチジルコリンのアラキドン酸由来7:1カルボン酸体及びドコサヘキサエン酸由来10:2カルボン酸体の発現量は増加していた。
また、走行運動負荷4時間後において、リノール酸由来11:1カルボン酸体、リノール酸由来13:2カルボン酸体、アラキドン酸由来12:3カルボン酸体、ドコサヘキサエン酸由来15:4カルボン酸体、及びドコサヘキサエン酸由来17:5カルボン酸体の発現量は増加していた(表3−2)。特に13:2カルボン酸体(p<0.05)及び15:4カルボン酸体(p<0.05)は著しく増加していた。
しかし、走行運動負荷4時間後において、アラキドン酸由来7:1カルボン酸体の発現は減少していた。
【0100】
運動による生理的疲労の早期(運動負荷直後)においては、血漿におけるホスファチジルコリンのヒドロキシ体およびカルボン酸体の発現量の増加が認められ、後期から回復期(運動負荷4時間後)においてはカルボン酸体の発現量の増加又は減少が認められた。
これらにより、疲労の判定に用いることができる血漿中のホスファチジルコリンの酸化体及びその代謝物を特定することができた。
【0101】
上記のホスファチジルコリン酸化体は、生理的疲労であり、末梢性疲労であり、運動などの身体作業に伴う、いわゆる肉体疲労の状態において、発現量が増減するリン脂質酸化体であることから、被験体の生体試料を用いて、これらのリン脂質酸化体を分析及び/又は比較することによって、疲労の程度を判定することが可能であり、疲労の程度を客観的に判定する方法を開発することができた。