(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第2冷却工程において、前記基材は5℃/分以上10℃/分以下の冷却速度で、200℃よりも高く400℃以下の温度に冷却される、請求項7または請求項8に記載の硬質被膜の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0020】
(1)本発明の一態様に係る硬質被膜は、2つの第1結晶相と、前記2つの第1結晶相の間に配置された第2結晶相と、を含み、前記2つの第1結晶相は、それぞれ独立に、塩化ナトリウム型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N相と塩化ナトリウム型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N相とが交互に積層された積層構造を含み、前記Ti
1-x1Al
x1N相のAl組成比x1は、0.5≦x1≦0.75の関係を満たし、前記Al
x2Ti
1-x2N相のAl組成比x2は、0.75<x2≦0.95の関係を満たし、前記積層構造は、前記Ti
1-x1Al
x1N相と前記Al
x2Ti
1-x2N相との積層方向においてAl濃度が周期的に変化する箇所を含み、前記箇所において前記Al組成比x2の最大値と前記Al組成比x1の最小値との差が0.25よりも大きく、第2結晶相は、ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む硬質被膜である。このような構成とすることにより、切削時に2つの第1結晶相が受ける衝撃を2つの第1結晶相の間に位置する第2結晶相によって緩和することができるため、切削工具の長寿命化を実現することができる。
【0021】
(2)本発明の一態様に係る硬質被膜において、隣り合う前記Ti
1-x1Al
x1N相の1相当たりの厚さと前記Al
x2Ti
1-x2N相の1相当たりの厚さとの合計厚さは1nm以上50nm以下であることが好ましい。当該合計厚さが1nm以上である場合には、硬質被膜の作製が容易となる。また、当該合計厚さが50nm以下である場合には、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相とAl
x2Ti
1-x2N相との界面の歪の緩和、およびAl組成比の高いAl
x2Ti
1-x2N相の相転移に起因する硬質被膜の耐摩耗性の低下を抑制することができる。
【0022】
(3)本発明の一態様に係る硬質被膜においては、前記第2結晶相の透過型電子顕微鏡による電子線回折像はリング状のパターンを示し、かつ、前記硬質被膜のX線回折法によるX線回折パターンにおける前記Al
x2Ti
1-x2N相の(200)面の回折強度P1と前記第2結晶相の(100)面の回折強度P2との和に対する前記回折強度P1の比が0.2以上1以下であることが好ましい。第2結晶相のTEMによる電子線回折像がリング状のパターンを示す場合には、第2結晶相は、きわめて微細なウルツ鉱型の結晶構造のAlN結晶粒を含んでいるため、硬質被膜を切削工具に用いた場合における硬質被膜の耐溶着性を向上することができる。また、(P1)/(P1+P2)の値が0.2以上1以下である場合には、硬質被膜を高硬度と耐溶着性とのバランスに優れた膜とすることができる。
【0023】
(4)本発明の一態様に係る硬質被膜においては、前記硬質被膜のナノインデンテーション法による押し込み硬さが30GPa以上であることが好ましい。硬質被膜のナノインデンテーション法による押し込み硬さが30GPa以上である場合には、硬質被膜の耐摩耗性が向上し、特に硬質被膜を備えた切削工具を用いて、耐熱合金などの難削材の切削加工を行う際に優れた性能を発揮することができる。
【0024】
(5)本発明の一態様に係る硬質被膜においては、前記Al
x2Ti
1-x2N相の圧縮残留応力の絶対値が0.3GPa以上3GPa以下であることが好ましい。Al
x2Ti
1-x2N相の圧縮残留応力の絶対値が0.3GPa以上3GPa以下である場合には、硬質被膜の耐摩耗性を高くすることができるため、耐チッピング性および耐欠損性を向上させることができる。
【0025】
(6)本発明の一態様に係る切削工具は、基材と、前記基材上の上記のいずれかの硬質被膜とを含む切削工具である。このような構成とすることにより、切削時に2つの第1結晶相が受ける衝撃を2つの第1結晶相の間に位置する第2結晶相によって緩和することができるため、切削工具の長寿命化を実現することができる。
【0026】
(7)本発明の一態様に係る硬質被膜の製造方法は、チタンのハロゲン化物ガスおよびアルミニウムのハロゲン化物ガスを含む第1ガスと、アンモニアガスを含む第2ガスとのそれぞれを基材上に噴出する噴出工程と、前記基材を10℃/分よりも大きな冷却速度で700℃以上750℃以下の温度に冷却する第1冷却工程と、前記基材を700℃以上750℃以下の温度に保持する保持工程と、前記保持工程後に前記基材を冷却する第2冷却工程とを含み、前記第2冷却工程における前記基材の冷却速度は、前記第1冷却工程における前記基材の冷却速度よりも遅い硬質被膜の製造方法である。このような構成とすることにより、切削時に2つの第1結晶相が受ける衝撃を2つの第1結晶相の間に位置する第2結晶相によって緩和することができ、長寿命化を実現することができる切削工具を製造することができる。
【0027】
(8)本発明の一態様に係る硬質被膜の製造方法において、前記保持工程において前記基材は30分以上300分以下の時間だけ保持されることが好ましい。このような構成とすることにより、第1結晶相および第2結晶相を含む硬質被膜を好適に形成することができる。
【0028】
(9)本発明の一態様に係る硬質被膜の製造方法において、前記第2冷却工程において、前記基材は5℃/分以上10℃/分以下の冷却速度で、200℃よりも高く400℃以下の温度に冷却されることが好ましい。このような構成とすることにより、第1結晶相および第2結晶相を含む硬質被膜を好適に形成することができる。
【0029】
(10)本発明の一態様に係る硬質被膜の製造方法において、前記第1ガスは塩化水素ガスをさらに含むことが好ましい。この場合には、硬質被膜の耐摩耗性を向上させることができる傾向にある。
【0030】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、実施形態について説明する。なお、実施形態の説明に用いられる図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0031】
<切削工具>
図1に、実施形態の切削工具の模式的な断面図を示す。
図1に示すように、実施形態の切削工具は、基材11と、基材11上に設けられた被膜50とを備えている。被膜50は、下地膜20と、下地膜20上に設けられた硬質被膜30とを備えている。
【0032】
<硬質被膜>
図2に、
図1に示す硬質被膜30の一例の模式的な拡大断面図を示す。
図2に示すように、硬質被膜30は、2つの第1結晶相21と、隣り合う2つの第1結晶相21の間に配置された第2結晶相22とを含んでいる。本実施形態において、第1結晶相21と第2結晶相22との界面においては、第1結晶相21と第2結晶相22とが互いの相の原子を含まずに完全に分離していてもよく、第1結晶相21のTi原子の一部が第2結晶相22に含まれていてもよく、第2結晶相22のAl原子の一部が第1結晶相21に含まれていてもよい。なお、硬質被膜30は、第1結晶相21を少なくとも2つ含んでいればよく、第1結晶相21を3つ以上含んでいてもよい。
【0033】
<第1結晶相>
図3に、
図2に示す1つの第1結晶相21の一例の模式的な拡大断面図を示す。
図3に示すように、第1結晶相21は、塩化ナトリウム(NaCl)型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N相21aと、NaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N相21bとが交互に積層された積層構造を含んでいる。ここで、Ti
1-x1Al
x1N相21aのAl組成比x1は0.5≦x1≦0.75の関係を満たし、Al
x2Ti
1-x2N相のAl組成比x2は0.75<x2≦0.95の関係を満たしている。また、積層構造は、Ti
1-x1Al
x1N相とAl
x2Ti
1-x2N相との積層方向においてAl濃度が周期的に変化する箇所を含み、当該箇所において、Al組成比x2の最大値とAl組成比x1の最小値との差が0.25よりも大きくなっている。ここで、切削工具の長寿命化を図る観点からは、当該箇所におけるAl組成比x2の最大値とAl組成比x1の最小値との差は0.27よりも大きいことが好ましく、0.3よりも大きいことがより好ましい。
【0034】
本実施形態において、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの界面においては、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとが互いの相の原子を含まずに完全に分離していてもよく、Ti
1-x1Al
x1N相21aの原子の一部がAl
x2Ti
1-x2N相21bに含まれていてもよく、Al
x2Ti
1-x2N相21bの原子の一部がTi
1-x1Al
x1N相21aに含まれていてもよい。
【0035】
なお、Al濃度は、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層構造の任意の1点の総原子数に対するAlの原子数の割合でEDX等により測定することができる。また、Al濃度が周期的に変化するとは、Ti
1-x1Al
x1N相とAl
x2Ti
1-x2N相との積層方向において連続するAl濃度の増加と減少とを周期の1セットとしたとき、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層構造に少なくとも2セット以上の周期が存在することを意味する。また、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層構造のTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向において、Al濃度は、たとえば正弦波等の形状に周期的に変化し得る。
【0036】
また、第1結晶相21のTi
1-x1Al
x1N相21aおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bがそれぞれ塩化ナトリウム型の結晶構造を有していることについては、TEMを用いた観察により確認することができる。
【0037】
また、第1結晶相21のTi
1-x1Al
x1N相21aおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bの組成(構成元素の種類および構成元素の構成比率)については、EDXまたは3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡分析により求めることができる。
【0038】
第1結晶相21において、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相21aの1相当たりの厚さt1とAl
x2Ti
1-x2N相21bの1相当たりの厚さt2との合計厚さt3は、1nm以上50nm以下であることが好ましい。当該合計厚さt3が1nm以上である場合には、硬質被膜30の作製が容易となる。また、当該合計厚さt3が50nm以下である場合には、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの界面の歪の緩和、およびAl組成比の高いAl
x2Ti
1-x2N相21bの相転移に起因する硬質被膜30の耐摩耗性の低下を抑制することができる。
【0039】
なお、第1結晶相21において、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相21aの1相とAl
x2Ti
1-x2N相21bの1相との少なくとも1組の合計厚さが1nm以上50nm以下であればよいが、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相21aの1相とAl
x2Ti
1-x2N相21bの1相とのすべての組の合計厚さが1nm以上50nm以下であることが耐摩耗性に優れた硬質被膜30を安定して作製する観点からは好ましい。
【0040】
また、Ti
1-x1Al
x1N相21aの1相当たりの厚さt1およびAl
x2Ti
1-x2N相21bの1相当たりの厚さt2とは、それぞれ、基材11の表面上に硬質被膜30を形成し、基材11の表面上に形成された硬質被膜30の断面をSTEMを用いたSTEM高角度散乱暗視野法(HAADF−STEM:High−Angle Annular Dark−field Scanning Transmission Electron Microscopy)で観察することにより測定することができる。
【0041】
<第2結晶相>
第2結晶相22は、ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含んでいる。上述のようにウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNは一般に低硬度であるが、本実施形態においては、ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相22は硬質被膜30の耐摩耗性の向上に寄与する第1結晶相21の衝撃緩和の機能を発現させる。これが、硬質被膜30を切削工具に用いた場合の切削工具の長寿命化に寄与する。
【0042】
なお、第2結晶相22の存在は、TEMを用いた観察により確認することができる。
<基材>
基材11としては、たとえば、炭化タングステン(WC)基超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化ホウ素焼結体またはダイヤモンド焼結体などを用いることができるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0043】
<下地膜>
下地膜20としては、基材11と硬質被膜30との接合強度を高くすることが可能な膜を用いることができ、たとえば、窒化チタン(TiN)膜、炭窒化チタン(TiCN)膜またはTiN膜とTiCN膜との積層膜などを用いることができる。
【0044】
<切削工具>
実施形態の切削工具としては、基材11と、基材11上の硬質被膜30とを含むものであれば特に限定されないが、たとえば、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマまたはタップなどを挙げることができる。
【0045】
<製造方法>
図4に、実施の形態の切削工具の製造に用いられるCVD装置の一例の模式的な断面図を示す。
図4に示すように、CVD装置10は、基材11を設置するための基材セット治具12の複数と、基材セット治具12を被覆する耐熱合金鋼製の反応容器13とを備えている。また、反応容器13の周囲には、反応容器13内の温度を制御するための調温装置14が設けられている。
【0046】
反応容器13には、隣接して接合された第1ガス導入管15と第2ガス導入管17とを有するガス導入管16が反応容器13の内部の空間を鉛直方向に延在して回転可能に設けられている。ガス導入管16においては、第1ガス導入管15に導入されたガスと、第2ガス導入管17に導入されたガスとがガス導入管16の内部で混合しない構成とされている。また、第1ガス導入管15および第2ガス導入管17とのそれぞれの一部には、第1ガス導入管15および第2ガス導入管17のそれぞれの内部を流れるガスを基材セット治具12に設置された基材11上に噴出させるための複数の貫通孔が設けられている。
【0047】
さらに、反応容器13には、反応容器13の内部のガスを外部に排気するためのガス排気管18が設けられており、反応容器13の内部のガスは、ガス排気管18を通過して、ガス排気口19から反応容器13の外部に排出される。
【0048】
図5に、実施の形態の切削工具の製造方法の一例のフローチャートを示す。
図5に示すように、実施の形態の切削工具の製造方法は、噴出工程(S10)と、第1冷却工程(S20)と、保持工程(S30)と、第2冷却工程(S40)とを含んでおり、S10、S20、S30およびS40の順に行われる。なお、実施の形態の切削工具の製造方法には、S10、S20、S30およびS40以外の工程が含まれていてもよいことは言うまでもない。また、以下においては、説明の便宜のため、基材11上に硬質被膜30を形成する場合について説明するが基材11上に下地膜20等の他の膜を形成してから硬質被膜30を形成してもよいことは言うまでもない。
【0049】
<噴出工程>
噴出工程(S10)は、Tiのハロゲン化物ガスおよびAlのハロゲン化物ガスを含む第1ガスと、アンモニア(NH
3)ガスを含む第2ガスとを基材11上に噴出することにより行われる。
【0050】
噴出工程(S10)は、たとえば以下のようにして行うことができる。まず、調温装置14によって反応容器13の内部の温度を上昇させることにより、反応容器13の内部の基材セット治具12に設置された基材11の温度をたとえば820℃〜860℃に上昇させる。また、反応容器13の内部の圧力は、たとえば1kPa〜2.5kPaとされる。
【0051】
次に、ガス導入管16を軸を中心にして回転させながらTiのハロゲン化物ガスおよびAlのハロゲン化物ガスを含む第1ガスをガス導入管15に導入し、NH
3ガスを含む第2ガスをガス導入管17に導入する。これにより、第
1ガスと第
2ガスとが均一化された混合ガスを基材
11の表面に向かって噴出させることができる。その結果、基材11上において、第1ガスに含まれるガス成分および第2ガスに含まれるガス成分が化学反応することによって、基材11上にAlとTiとNとを含む溶融液(以下、「Al
yTi
1-yN」という。)がCVD法により形成される。
【0052】
ここで、Tiのハロゲン化物ガスとしては、たとえば四塩化チタン(TiCl
4)ガスなどを用いることができる。また、Alのハロゲン化物ガスとしては、たとえば三塩化アルミニウム(AlCl
3)ガスなどを用いることができる。
【0053】
また、第1ガスは、Tiのハロゲン化物ガスおよびAlのハロゲン化物ガスを含むとともに、塩化水素(HCl)ガスをさらに含むことが好ましい。この場合には、硬質被膜30の耐摩耗性を向上させることができる傾向にある。また、第1ガスおよび第2ガスは、それぞれ、たとえば窒素ガス(N
2ガス)および/または水素ガス(H
2ガス)等のキャリアガスを含んでいてもよい。
【0054】
<第1冷却工程>
噴出工程(S10)の後には第1冷却工程(S20)が行われる。第1冷却工程(S20)は、たとえば、調温装置14の設定温度を調節して、基材11を10℃/分よりも大きな冷却速度で700℃以上750℃以下の温度に冷却することにより行うことができる。
【0055】
基材11の冷却速度を10℃/分よりも大きくすることによって、第1冷却工程(S20)におけるウルツ鉱型の結晶構造のAlNの形成を抑制することができる。また、第1冷却工程(S20)におけるウルツ鉱型の結晶構造のAlNの形成を抑制する観点からは、第1冷却工程(S20)
における冷却速度は、15℃/分以上であることが好ましい。また、第1冷却工程(S20)における基材11の冷却速度の上限は、硬質被膜30の密着性を向上させる観点からは、30℃/分以下とすることが好ましい。
【0056】
また、第1冷却工程(S20)において基材11が最終的に冷却される温度を700℃以上750℃以下とすることによって、後述の保持工程(S30)において、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの交互積層構造を含む第1結晶相21を好適に形成することができる。なお、第1冷却工程(S20)において基材11を700℃未満に冷却した場合には、保持工程(S30)においてAl
x2Ti
1-x2N相21bの代わりに閃亜鉛鉱型のAlN相が形成されることがあり、750℃を超えると原子が動きやすくなるため第1結晶相21と第2結晶相22との混晶が形成されることがある。
【0057】
<保持工程>
第1冷却工程(S20)の後には保持工程(S30)が行われる。保持工程(S30)は、たとえば、調温装置14の設定温度を調節して、基材11の温度を700℃以上750℃以下に保持することにより行うことができる。この保持工程(S30)において、Al
yTi
1-yNの相分離によって、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの交互積層構造を有する第1結晶相21を形成し、成長させることができる。
【0058】
保持工程(S30)における基材11の温度の保持時間は、所望とするTi
1-x1Al
x1N相21aの厚さおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bの厚さに応じて適宜設定することができるが、30分以上300分以下の時間とすることが好ましい。基材11の温度の保持時間を30分以上とすることによって第1結晶相21が機能を十分に発現できる程度にTi
1-x1Al
x1N相21aおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bを十分に成長させることができる。また、基材11の温度の保持時間を300分以下とすることによって、Ti
1-x1Al
x1N相21aおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bを成長させすぎず、後述の第2冷却工程(S40)においてウルツ鉱型の結晶構造のAlNを含む第2結晶相22を形成することができる傾向にある。
【0059】
なお、本実施形態において、保持工程(S30)における基材11の温度は必ずしも完全に一定の温度とする必要はなく、700℃以上750℃以下の範囲内であれば基材11の温度を変動させてもよい。
【0060】
<第2冷却工程>
保持工程(S30)の後には第2冷却工程(S40)が行われる。第2冷却工程(S40)は、たとえば、調温装置14の設定温度を調節して、基材11の温度を低下させることにより行うことができる。
【0061】
第2冷却工程(S40)における基材11の冷却速度は、第1冷却工程(S20)における基材11の冷却速度よりも遅く、第2冷却工程(S40)においてウルツ鉱型の結晶構造のAlNを含む第2結晶相22が形成することができる程度の速度とすることができる。
【0062】
第2冷却工程(S40)における基材11の冷却速度は、硬質被膜30の硬度の低下を抑制する観点からは、5℃/分以上10℃/分以下の冷却速度であることが好ましい。
【0063】
第2冷却工程(S40)において、基材11が最終的に冷却される温度は、200℃よりも高く400℃以下とすることが好ましい。第2冷却工程(S40)において基材11が最終的に冷却される温度が200℃よりも高く400℃以下である場合には、ウルツ鉱型の結晶構造のAlNを含む第2結晶相22を十分に形成することができる。
【0064】
図6に、Al
yTi
1-yNのバイノーダル線およびスピノーダル線の一例を模式的に示す。
図6の横軸がAl
yTi
1-yNのAl組成比yを示しており、
図6の横軸の右方向に進むほどAl
yTi
1-yNのAl組成比yの値が大きくなる。また、
図6の縦軸が基材11の温度[℃]を示しており、
図6の縦軸の上方向に進むほど基材11の温度が高くなる。
【0065】
以下、
図6を参照して、噴出工程(S10)、第1冷却工程(S20)、保持工程(S30)および第2冷却工程(S40)における第1結晶相および第2結晶相の形成メカニズムの一例を推測する。
【0066】
まず、Al
yTi
1-yNのAl組成比yが0.75となるようにガスを調製し、噴出工程(S10)において当該ガスを基材上に噴出させる。これにより、基材上にAl
yTi
1-yNがCVD法により形成されるが、Al
yTi
1-yNが形成された直後の状態が
図6のα点で示されている。
図6のα点において、基材11の温度はたとえば820℃〜860℃である。
【0067】
次に、第1冷却工程(S20)において基材11が10℃/分よりも大きな冷却速度で急速に冷却され、基材11の最終的な温度が700℃とされる。このときの状態が
図6のβ点で示されている。第1冷却工程(S20)において、基材11が10℃/分よりも大きな冷却速度で急速に冷却されるため、バイノーダル線41を一気に突き抜けて、スピノーダル線42の下方の領域のβ点の温度(700℃)まで低下させられる。
【0068】
ここで、バイノーダル線41の下方の領域は遅い冷却速度で冷却した場合に熱的平衡相であるウルツ鉱型の結晶構造のAlNが形成される領域を示している。また、スピノーダル線42の下方の領域は、速い冷却速度で冷却した場合にAl
yTi
1-yNの相分離によって非熱的平衡相であるNaCl型の結晶構造のTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとが形成される領域を示している。そのため、第1冷却工程(S20)においては、ウルツ鉱型の結晶構造のAlNの形成を抑制して、基材11の温度をTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとが形成される温度にまで導くことができる。
【0069】
次に、保持工程(S30)において、基材11の温度が700℃以上750℃以下の温度に保持される。保持工程(S30)においては、Al
yTi
1-yNの相分離によって、NaCl型の結晶構造のTi
1-x1Al
x1N相21aとNaCl型の結晶構造のAl
x2Ti
1-x2N相21bとに分離し、これらが交互に積層された構造を含む第1結晶相21が形成される。また、保持工程(S30)における基材11の保持時間に応じてTi
1-x1Al
x1N相21aおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bの厚さが決定される。
【0070】
次に、第2冷却工程(S40)において、基材11が第1冷却工程(S20)における冷却速度よりも遅く、かつウルツ鉱型の結晶構造のAl
Nが形成される程度の5℃/分以上10℃/分以下の冷却速度で400℃までゆっくり冷却される。第2冷却工程(S40)における基材11の最終的な状態が
図6のγ点で示されている。
【0071】
第2冷却工程(S40)においては、基材11がゆっくり冷却されていることから、ウルツ鉱型の結晶構造のAlNを含む第2結晶相22が形成される。
【0072】
以上のようにして、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N相21aとNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N相21bとが交互に積層された構造を含む第1結晶相21と、ウルツ鉱型の結晶構造のAlNを含む第2結晶相22とを含む硬質被膜30が基材11上に形成されて、実施形態の切削工具が作製される。
【0073】
<硬質被膜の特性>
≪TEMおよびXRD≫
図7に、上記のようにして作製された実施形態の切削工具の硬質被膜30のTEM写真を示し、
図8に、
図7の実線で取り囲まれた部分のTEMの拡大写真を示す。
【0074】
図7および
図8に示すように、硬質被膜30の一部の領域には、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N相21aとNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N相21bとが交互に積層された構造を有する第1結晶相21が存在しているとともに、2つの第1結晶相21の間に配置されたウルツ鉱型の結晶構造のAlNを含む第2結晶相22が存在していることが確認された。
【0075】
図9に、
図8の第2結晶相22のA領域のTEMによる電子線回折像を示し、
図10に、
図8の第1結晶相21のB領域のTEMによる電子線回折像を示す。
図9に示すように、第2結晶相22のA領域のTEMによる電子線回折像はリング状のパターンを示しているが、
図10に示すように、第1結晶相21のB領域のTEMによる電子線回折像はドット状のパターンを示している。これは、第2結晶相22においては、第1結晶相21よりも微細な結晶粒が複数形成されていることを示している。
【0076】
さらに、第2結晶相22のTEMによる電子線回折像がリング状のパターンを示すことに加えて、硬質被膜30のXRD法によるXRDパターンにおけるAl
x2Ti
1-x2N相21bの(200)面の回折強度P1と、第2結晶相22の(100)面の回折強度P2との和に対する回折強度P1の比((P1)/(P1+P2))が0.2以上1以下であることが好ましい。第2結晶相22のTEMによる電子線回折像がリング状のパターンを示す場合には、第2結晶相22は、きわめて微細なウルツ鉱型の結晶構造のAlN結晶粒を含んでいるため、硬質被膜30を切削工具に用いた場合における硬質被膜30の耐溶着性を向上することができる。また、(P1)/(P1+P2)の値が0.2以上1以下である場合には、硬質被膜30を高硬度と耐溶着性とのバランスに優れた膜とすることができる。ここで、切削工具の長寿命化を図る観点からは、(P1)/(P1+P2)の値は0.95以下であることがより好ましく、0.9以下であることがさらに好ましい。
【0077】
図11に、硬質被膜30のXRD法によるXRDパターンの一例を示す。
図11の横軸が回折角2θ[°]を示し、
図11の縦軸が回折強度[cps(count per second)]を示している。
図11に示すXRDパターンにおいては、Al
x2Ti
1-x2N相21bの(200)面の回折強度P1と第2結晶相22の(100)面の回折強度P2との和に対する回折強度P1の比((P1)/(P1+P2))は0.87であって、0.2以上1以下の範囲内に含まれている。
【0078】
なお、Al
x2Ti
1-x2N相21bの(200)面の回折強度P1は、硬質被膜30のXRDパターンの横軸の2θの43°以上45°以下の範囲内に現れる回折ピークの強度である。また、第2結晶相22の(100)面の回折強度P2は、硬質被膜30のXRDパターンの横軸の2θの32°以上35°以下の範囲内に現れる回折ピークの強度である。
【0079】
図12に、上記のようにして作製された実施形態の切削工具の硬質被膜30のTEM写真を示す。また、
図13(a)に
図12の第1結晶相21のB領域のEDX写真を示し、
図13(b)に
図12のB領域のAl元素のマッピング結果を示し、
図13(c)に
図12のB領域のN元素のマッピング結果を示し、
図13(d)に
図12のB領域のTi元素のマッピング結果を示す。
【0080】
図14(a)に
図13(a)の拡大写真を示し、
図14(b)に
図14(a)に示されるTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向LG1においてEDXにより測定されたAl濃度、N濃度およびTi濃度のそれぞれの変化を示す。
図14(b)に示すように、実施形態の切削工具の硬質被膜30の第1結晶相21のB領域においては、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層構造が、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向において、Al濃度が周期的に変化する箇所を含んでいることが確認された。なお、
図14(b)の横軸がTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向における測定開始点からの距離[nm]を示し、
図14(b)の縦軸がAl、NおよびTiのそれぞれの濃度[原子%]を示す。
【0081】
また、
図15に、
図14(a)〜
図14(d)のEDXによる測定結果から算出されたTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層構造のTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向におけるAl原子数とTi原子数との和に対するAl原子数の割合の変化を示す。なお、
図15の横軸がTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向における測定開始点からの距離[nm]を示し、
図15の縦軸がAl原子数とTi原子数との和に対するAl原子数の割合を示す。
【0082】
図15に示すように、実施形態の硬質被膜のTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層構造のTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向においては、Al
x2Ti
1-x2N相21bのAl組成比x2の最大値(
図15に示す例ではX
2,6)とTi
1-x1Al
x1N相21aのAl組成比x1の最小値(X
1,7)との差は0.25よりも大きくなることが確認された。また、
図15に示すように、Al組成比x2の最大値(
図15に示す例ではX
2,6)を有するAl
x2Ti
1-x2N相21bとその両隣のAl
x2Ti
1-x2N相21bの間隔はそれぞれ20nmおよび21nmであった。
【0083】
≪押し込み硬さ≫
硬質被膜30のナノインデンテーション法による押し込み硬さは30GPa以上であることが好ましい。硬質被膜30のナノインデンテーション法による押し込み硬さが30GPa以上である場合には、硬質被膜30の耐摩耗性が向上し、特に硬質被膜30を備えた切削工具を用いて、耐熱合金などの難削材の切削加工を行う際に優れた性能を発揮することができる。
【0084】
硬質被膜30のナノインデンテーション法による押し込み硬さは、ナノインデンテーション法が利用可能な超微小押し込み硬さ試験機(たとえば、(株)エリオニクス社製)を用いて硬質被膜30の厚さ方向に垂直に所定の荷重(たとえば25mN)で圧子を押し込んだときの
荷重を圧子と硬質被膜30との接触面積で除することによって算出される。
【0085】
≪圧縮残留応力≫
Al
x2Ti
1-x2N相21bの圧縮残留応力の絶対値は0.3GPa以上3GPa以下であることが好ましい。Al
x2Ti
1-x2N相21bの圧縮残留応力の絶対値が0.3GPa以上3GPa以下である場合には、硬質被膜30の耐摩耗性を高くすることができるため、耐チッピング性および耐欠損性を向上させることができる。なお、Al
x2Ti
1-x2N相21bの圧縮残留応力は、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相21aの1つ当たりの厚さt1とAl
x2Ti
1-x2N相21bの1つ当たりの厚さt2との合計厚さt3を調節することによって、0.3GPa以上3GPa以下とすることができる。
【0086】
ここで、「圧縮残留応力」とは、Al
x2Ti
1-x2N相21bに存する内部応力(固有ひずみ)の一種であって、「−」(マイナス)の数値(単位:実施形態では「GPa」を使う)で表される応力をいう。このため、圧縮残留応力が大きいという概念は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、また、圧縮残留応力が小さいという概念は、上記数値の絶対値が小さくなることを示す。
【0087】
Al
x2Ti
1-x2N相21bの圧縮残留応力は、X線応力測定装置を用いたsin
2ψ法により測定することができる。このようなX線を用いたsin
2ψ法は、多結晶材料の残留応力の測定方法として広く用いられているものであり、たとえば、「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜67頁に詳細に説明されている方法を用いることができる。
【0088】
≪不純物≫
硬質被膜30は、塩素(Cl)、酸素(O)および炭素(C)からなる群から選択された少なくとも1種の不純物を含んでいてもよく、含んでいなくてもよい。
【0089】
≪硬質被膜の総厚≫
図1に示す硬質被膜30の総厚T1は、1μm以上20μm以下であることが好ましい。硬質被膜30の総厚T1が1μm以上である場合には、硬質被膜30の特性が顕著に向上する傾向にある。硬質被膜30の総厚T1が20μm以下である場合には、硬質被膜30の特性の向上に大きな変化が見られる傾向にある。硬質被膜30の特性を向上させる観点からは、硬質被膜30の総厚T1は、2μm以上15μm以下であることがより好ましく、3μm以上10μm以下であることがさらに好ましい。
【0090】
<被膜>
被膜50は、硬質被膜30以外の膜を含んでいてもよい。被膜50に含まれる硬質被膜30以外の膜としては、上述した下地膜20以外にも、たとえば、Ti、ZrおよびHfからなる群から選択された少なくとも1つと、N、O、C、B、CN、BN、COおよびNOからなる群から選択された少なくとも1つとの化合物からなる膜を含んでいてもよい。また、被膜50は、耐酸化膜として、α−Al
2O
3膜およびκ−Al
2O
3膜の少なくとも一方を含んでいてもよい。たとえば、被膜50は、最表面の最外膜として、硬質被膜30以外の他の膜を含んでいてもよい。また、被膜50は、下地膜20を含んでいなくてもよい。
【0091】
被膜50の総厚T2は、3μm以上30μm以下であることが好ましい。被膜50の総厚T2が3μm以上である場合には、被膜50の特性が好適に発揮される傾向にある。被膜50の総厚T2が30μm以下である場合には、切削加工時の被膜50の剥離を抑制することができる傾向にある。被膜50の特性を好適に発揮するとともに、切削中の被膜50の剥離を抑制する観点からは、被膜50の総厚T2は、5μm以上20μm以下であることがより好ましく、7μm以上15μm以下であることがさらに好ましい。
【0092】
<作用効果>
実施形態の硬質被膜30は、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.5≦x1≦0.75)相21aとNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.75<x2≦0.95)相21bとが交互に積層された積層構造の第1結晶相21を少なくとも2つ含んでいる。また、当該積層構造は、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向においてAl濃度が周期的に変化する箇所を含んでおり、当該箇所において、Al組成比x2の最大値とAl組成比x1の最小値との差が0.25よりも大きくなっている。さらに、当該積層構造は、2つの第1結晶相21の間に配置されたウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相22を含んでいる。
【0093】
このように、第1結晶相21に含まれるTi
1-x1Al
x1N相21aおよびAl
x2Ti
1-x2N相21bの双方が硬度に優れた立方晶系をとるとともに、Ti
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとが交互に積層された積層構造がTi
1-x1Al
x1N相21aとAl
x2Ti
1-x2N相21bとの積層方向においてAl濃度が周期的に変化する箇所を含み、当該箇所において、Al組成比x2の最大値とAl組成比x1の最小値との差が0.25よりも大きくなっていることによって硬質被膜30の優れた耐摩耗性が発現する。一方、2つの第1結晶相21の間に低硬度のウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相22が設けられていることによって、切削時に2つの第1結晶相21が受ける衝撃を2つの第1結晶相21の間に位置する第2結晶相22によって緩和することができる。これにより実施形態の硬質被膜30を備えた切削工具においては、切削工具の長寿命化を実現することができる。
【0094】
また、実施形態の硬質被膜30は、噴出工程(S10)において基材上にAl
yTi
1-yNを形成し、第1冷却工程(S20)で基材11を10℃/分よりも大きな冷却速度で700℃以上750℃以下の温度に冷却した後に保持工程(S30)で基材を700℃以上750℃以下の温度に保持することによって第1結晶相を形成し、その後、第2冷却工程(S40)で第1冷却工程(S20)よりも遅い冷却速度で冷却することによりはじめて形成されるものであり、このような冷却速度の異なる2段階の冷却工程を硬質被膜の形成に用いることすら当業者には自明ではないと考える。すなわち、製造効率の観点からは、たとえば特許文献2に記載されるように1回の冷却工程のみによって硬質被膜を製造するのが通常であり、また、実施形態の2段階の冷却工程によって2つの高硬度の第1結晶相21の間に低硬度の第2結晶相22を含む構造が形成され、この構造が切削工具の長寿命化につながることは当業者には全く自明ではないと考える。
【実施例】
【0095】
以下における被膜の各膜の厚さは、STEMを用いたSTEM高角度散乱暗視野法で被膜の断面を観察することにより測定されている。また、以下における被膜の各膜の組成は、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡分析により求めている。また、以下における硬質被膜の第1結晶相および第2結晶相の存在はTEMを用いた観察により確認している。また、以下におけるTi
1-x1Al
x1N相のAl組成比x1の最小値およびAl
x2Ti
1-x2N相のAl組成比x2の最大値はEDXにより算出している。また、以下における((x2の最大値)−(x1の最小値))は、Al
x2Ti
1-x2N相のAl組成比x2の最大値とTi
1-x1Al
x1N相のAl組成比x1の最小値との差を求めることによって算出している。また、以下における硬質被膜の隣り合うTi
1-x1Al
x1N相とAl
x2Ti
1-x2N相の合計厚さの平均値は、TEMを用いた観察により、隣り合うTi
1-x1Al
x1N相の1つ当たりの厚さとAl
x2Ti
1-x2N相の1つ当たりの厚さとを求め、その合計厚さの平均値を算出したものである。また、以下における電子線回折像パターンは、硬質被膜の第2結晶相のTEMを用いた電子線回折像により電子線回折像パターンを求めたものである。また、以下におけるP1/(P1+P2)は硬質被膜のXRDパターンにおけるAl
x2Ti
1-x2N相の(200)面の回折強度P1と第2結晶相の(100)面の回折強度P2とから算出している。また、以下における硬質被膜の硬度は、(株)エリオニクス社製の超微小押し込み硬さ試験機を用いて硬質被膜のナノインデンテーション法による押し込み硬さ(Hv)を測定したものである。さらに、以下のAl
x2Ti
1-x2N相の圧縮残留応力の絶対値は、X線応力測定装置を用いたsin
2ψ法により算出している。
【0096】
<切削工具の作製>
≪基材の準備≫
まず、被膜を形成させる対象となる基材として、以下の表1に示す基材Kおよび基材Lを準備する。具体的には、まず、表1に記載の配合組成(質量%)からなる原料粉末を均一に混合する。表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示している。次に、この混合粉末を所定の形状に加圧成形した後に、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる基材K(基材形状:CNMG120408NUX)および基材L(基材形状:SEET13T3AGSN−G)を得る。
【0097】
なお、CNMG120408NUXおよびSEET13T3AGSN−Gの2種類の基材形状は、それぞれ、住友電工ハードメタル株式会社製のものであり、CNMG120408NUXは旋削用の刃先交換型切削チップの形状であり、SEET13T3AGSN−Gは転削(フライス)用の刃先交換型切削チップの形状である。
【0098】
【表1】
【0099】
≪被膜の作製:試料No.1〜18≫
基材Kまたは基材Lの表面上に、表2の被膜の構成の欄に示される下地膜、硬質被膜および最外膜を形成することによって、基材Kまたは基材Lの表面上に被膜が形成して切削工具(試料No.1〜18)を作製する。なお、試料No.1〜14の切削工具が実施例であり、試料No.15〜18の切削工具が比較例である。
【0100】
【表2】
【0101】
表2において、下地膜は基材の表面と直接接する膜であり、硬質被膜は下地膜上に形成された膜であり、最外膜は硬質被膜上に形成された膜であって外部に露出する膜である。また、表2の化合物の記載は、表2の下地膜、硬質被膜および最外膜を構成する化合物であり、化合物の右の括弧は膜の厚さを意味している。また、表2の1つの欄内に2つの化合物(たとえば、「TiN(0.5)−TiCN(2.5)」)が記載されている場合には、左側(「TiN(0.5)」)の化合物が基材の表面に近い側に位置する膜であることを意味し、右側(「TiCN(2.5)」)の化合物が基材の表面から遠い側に位置する膜であることを意味しており、括弧の中の数値はそれぞれの膜の厚さを意味している。また、表2の「−」で示される欄は、膜が存在しないことを意味する。
【0102】
たとえば、表2の試料No.1の切削工具は、基材Kの表面上に0.5μmの厚さのTiN膜および2.5μmの厚さのTiCN膜がこの順序に積層されて下地膜が形成され、その上に後述する形成条件aで形成された6.0μmの厚さの硬質被膜が形成され、硬質被膜上には最外膜が形成されていない被膜を有しているとともに、被膜全体の厚さが9.0μmである切削工具を意味している。
【0103】
表2に示す下地膜および最外膜は、従来公知のCVD法によって形成された膜であり、その形成条件は表3に示す通りである。たとえば、表3の「TiN(下地膜)」の行には、下地膜としてのTiN膜の形成条件が示されている。表3のTiN膜(下地膜)の記載は、CVD装置の反応容器内(反応容器内の環境は6.7kPa、915℃)に基材を配置し、反応容器内に2体積%のTiCl
4ガス、39.7体積%のN
2ガスおよび残り58.3体積%のH
2ガスからなる混合ガスを圧力6.7kPaおよび温度915℃の雰囲気に44.7L/分の流量で噴出することにより形成されることを意味している。なお、各形成条件によって形成される各膜の厚さは、各反応ガスを噴出する時間によって制御している。
【0104】
【表3】
【0105】
また、表2に示される硬質被膜は、
図4に示されるCVD装置10を用いて、表4および表5に示す形成条件a〜iのいずれかの条件で作製される。たとえば、表4および表5の形成条件aの記載は、以下のように硬質被膜を形成することを示している。
【0106】
まず、表4のaの欄の基材温度(820℃)、反応容器内圧力(1.5kPa)、総ガス流量(50L/分)およびガス組成(TiCl
4:0.2体積%、AlCl
3:0.7体積%、NH
3:2.8体積%、HCl:0.3体積%、N
2:35.4体積%、H
2:残り)の条件で基材上にAl
yTi
1-yNを形成した後に、表5に示す15℃/分の冷却速度で基材を750℃まで冷却する第1冷却工程を行う。その後、基材を750℃で90分間保持する保持工程を行った後に、8℃/分の冷却速度で基材を400℃に冷却する第2冷却工程を行う。
【0107】
以上のようにして形成される表2に示す試料No.1〜14の硬質被膜においては、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.5≦x1≦0.75)相とNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.75<x2≦0.95)相とが交互に積層された積層構造の第1結晶相を少なくとも2つ含むとともに、2つの第1結晶相の間に配置されたウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相が形成される。また、表2に示す試料No.1〜14の硬質被膜においては、当該積層構造が、Ti
1-x1Al
x1N相とAl
x2Ti
1-x2N相との積層方向においてAl濃度が周期的に変化する箇所を含んでおり、当該箇所において、Al組成比x2の最大値とAl組成比x1の最小値との差が0.25よりも大きくなっている。なお、表6に、試料No.1〜14の硬質被膜のTi
1-x1Al
x1N(0.5≦x1≦0.75)相のAl組成比x1の最小値およびAl
x2Ti
1-x2N(0.75<x2≦0.95)相のAl組成比x2の最大値を示す。
【0108】
なお、表4および表5の形成条件hの記載は、以下のように硬質被膜を形成することを示している。
【0109】
まず、表4のhの欄の
基材温度(800℃)、反応容器内圧力(3kPa)、総ガス流量(60L/分)およびガス組成(TiCl
4:0.15体積%、AlCl
3:0.9体積%、NH
3:3.3体積%、HCl:0体積%、N
2:40体積%、H
2:残り)の条件で基材上にAl
yTi
1-yNを形成する。その後、表5に示す3.5℃/分の冷却速度で基材を400℃まで冷却する。
【0110】
以上のようにして形成される表2に示す試料No.15、17の硬質被膜においては、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.5≦x1≦0.75)相は形成されず、NaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.75<x2≦0.95)相と、ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相とが形成される。なお、表6に、試料No.15、17の硬質被膜のAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相のAl組成比x2の最大値0.85を示す。
【0111】
なお、表4および表5の形成条件iの記載は、以下のように硬質被膜を形成することを示している。
【0112】
まず、表4のiの欄の
基材温度(800℃)、反応容器内圧力(1kPa)、総ガス流量(60L/分)およびガス組成(TiCl
4:0.25体積%、AlCl
3:0.65体積%、NH
3:2.7体積%、HCl:0体積%、N
2:40体積%、H
2:残り)の条件で基材上にAl
yTi
1-yNを形成する。その後、表5に示す10℃/分の冷却速度で基材を400℃まで冷却する。
【0113】
以上のようにして形成される表2に示す試料No.16、18の硬質被膜においては、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.1≦x1≦0.5)相とNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相とが交互に積層された構造を含む第1結晶相のみが形成され、ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相は形成されていない。なお、表6に、試料No.16、18の硬質被膜のTi
1-x1Al
x1N(0.1≦x1≦0.5)相のAl組成比x1の最小値0.25およびAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相のAl組成比x2の最大値0.95を示す。
【0114】
また、表
6に、表4の形成条件a〜iの条件で形成された硬質被膜の特性を示す。
【0115】
【表4】
【0116】
【表5】
【0117】
【表6】
【0118】
<切削試験>
上記のようにして作製される試料No.1〜18の切削工具を用いて、以下の切削試験1〜4を行う。
【0119】
≪切削試験1:丸棒外周高速切削試験≫
試料No.1〜7、15および16の切削工具について、以下の切削試験1の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察する。その結果を表7に示す。
【0120】
なお、表7〜表10の切削時間の欄の数値が大きいほど、切削工具が長寿命であることを示している。また、表7〜表10の最終損傷形態の記載が、摩耗、チッピングおよび欠損の順に被膜の耐摩耗性が優れていることを示している。なお、表7〜表10の最終損傷形態において、「摩耗」はチッピングおよび欠けを生じずに摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「チッピング」は仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けを意味し、「欠損」は切れ刃部に生じた大きな欠けを意味している。
【0121】
≪切削試験1の切削条件≫
被削材:FCD450丸棒
周速:300m/min
送り速度:0.15mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:有り
【0122】
【表7】
【0123】
表7に示すように、試料No.1〜7の切削工具は、高速切削において、試料No.15および16の切削工具と比べて長寿命であることが確認されている。
【0124】
また、硬質被膜がNaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.1≦x1≦0.5)相とNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相とが交互に積層された構造を含む第1結晶相のみからなる試料No.16の切削工具には、チッピング
が確認されている。
【0125】
≪切削試験2:丸棒外周低速切削試験≫
試料No.1〜7、15および16の切削工具について、以下の切削試験2の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察する。その結果を表8に示す。
【0126】
≪切削試験2の切削条件≫
被削材:SCM415
周速:100m/min
送り速度:0.15mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:有り
【0127】
【表8】
【0128】
表8に示すように、試料No.1〜7の切削工具は、低速切削においても、試料No.15および16の切削工具と比べて長寿命であることが確認されている。
【0129】
また、硬質被膜が、NaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相と、ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlNを含む第2結晶相とからなる試料No.15の切削工具には、チッピング
が確認されている。
【0130】
≪切削試験3:ブロック材耐溶着性試験≫
試料No.8〜14、17および18の切削工具について、以下の切削試験3の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察する。その結果を表9に示す。
【0131】
≪切削試験3の切削条件≫
被削材:A5083Pブロック材
周速:300m/min
送り速度:0.3mm/s
切込み量:2.0mm
切削液:有り
カッタ:WGC4160R(住友電工ハードメタル株式会社製)
【0132】
【表9】
【0133】
表9に示すように、試料No.8〜14の切削工具は、高速切削において、試料No.17および18の切削工具と比べて長寿命であることが確認されている。
【0134】
また、硬質被膜が、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.1≦x1≦0.5)相とNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相とが交互に積層された構造を含む第1結晶相のみからなる試料No.18の切削工具には欠損が確認されている。
【0135】
≪切削試験4:ブロック材耐溶着性試験≫
試料No.8〜14、17および18の切削工具について、以下の切削試験4の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察する。その結果を表10に示す。
【0136】
≪切削試験4の切削条件≫
被削材:S45Cブロック材
周速:160m/min
送り速度:0.3mm/s
切込み量:2.0mm
切削液:なし
カッタ:WGC4160R(住友電工ハードメタル株式会社製)
【0137】
【表10】
【0138】
表10に示すように、試料No.8〜14の切削工具は、切削試験4においても、試料No.17および18の切削工具と比べて長寿命であることが確認されている。
【0139】
また、硬質被膜が、NaCl型の結晶構造を有するTi
1-x1Al
x1N(0.1≦x1≦0.5)相とNaCl型の結晶構造を有するAl
x2Ti
1-x2N(0.5<x2≦0.95)相とが交互に積層された構造を含む第1結晶相のみからなる試料No.18の切削工具には欠損が確認されている。それ以外の試料No.8〜14および17の切削工具には、チッピングが確認されている。
【0140】
以上のように本発明の実施形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0141】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。