特許第6120448号(P6120448)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6120448-ウシの受胎率の判定方法 図000005
  • 特許6120448-ウシの受胎率の判定方法 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6120448
(24)【登録日】2017年4月7日
(45)【発行日】2017年4月26日
(54)【発明の名称】ウシの受胎率の判定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20170417BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20170417BHJP
   C12Q 1/66 20060101ALN20170417BHJP
【FI】
   C12Q1/68 ZZNA
   C12N15/00 A
   !C12Q1/66
【請求項の数】9
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-183157(P2014-183157)
(22)【出願日】2014年9月9日
(65)【公開番号】特開2016-54677(P2016-54677A)
(43)【公開日】2016年4月21日
【審査請求日】2015年11月10日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、農林水産省、ゲノム情報を活用した家畜の革新的な育種・繁殖・疾病予防技術の開発(DNAマーカー育種の高度化のための技術開発)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301029403
【氏名又は名称】独立行政法人家畜改良センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉本 真由美
【審査官】 名和 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 Mayumi Sugimoto et al,Genetic variants related to gap junctions and hormone secretion influence conception rates in cows,Proc Natl Acad Sci USA,米国,2013年11月26日,Vol.110 No.48,19495-19500
【文献】 Marie-May Coissieux et al,Variants in the Netrin-1 Receptor UNC5C Prevent Apoptosis and Increase Risk for Familial Colorectal Cancer,Gastroenterology,2011年12月,141(6),2039-2046
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/66
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウシから分離された核酸試料について、UNC5C遺伝子領域における変異の有無を検出することを含む、ウシの受胎率を判定する方法であって、前記変異は、UNC5C遺伝子の発現が抑制される変異であり、変異型アリルの存在が低受胎率の指標となる、方法。
【請求項2】
前記変異は、配列番号16に示される塩基配列における第432番塩基がアデニンからグアニンに置換する変異である、請求項記載の方法。
【請求項3】
前記核酸試料がゲノミックDNA試料である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
UNC5C遺伝子領域における変異の有無の検出は、配列番号16における432番目の塩基(配列番号17における169番目の塩基)を含む領域をゲノミックDNA試料から核酸増幅法により増幅することを含む、請求項記載の方法。
【請求項5】
配列番号16における432番目の塩基(配列番号17における169番目の塩基)が、アデニンである場合は受胎率が高く、グアニンである場合は受胎率が低いという基準に基づいて受胎率が判定される、請求項1ないしのいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
UNC5C遺伝子領域内の変異部位を含む領域を増幅するためのプライマーセットを含む、ウシの受胎率の判定試薬であって、前記変異部位は、配列番号16における432番目の塩基である、判定試薬
【請求項7】
前記プライマーセットは、配列番号16に示す塩基配列中の第1番〜第431番塩基の領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするフォワード側プライマーと、配列番号16に示す塩基配列中の第433番〜第2036番塩基の領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするリバース側プライマーとのセットである、請求項記載の判定試薬。
【請求項8】
前記プライマーセットは、配列番号18に示す塩基配列からなるプライマーと、配列番号19に示す塩基配列からなるプライマーとのセットである、請求項記載の判定試薬。
【請求項9】
請求項ないしのいずれか1項に記載の判定試薬を含む、ウシの受胎率の判定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシの受胎率の判定方法、判定試薬及び判定キットに関する。
【背景技術】
【0002】
酪農家にとって、乳牛の泌乳能力の向上と共に繁殖性の改善は重要である。近年、ホルスタインの泌乳能力は飼養管理の改善及び遺伝改良により飛躍的に向上した一方、受胎率の低下が顕著である。受胎率の低下は、泌乳量の増大によるストレス等環境要因の影響だけでなく、繁殖性の改善のための遺伝改良を行っていなかったためと考えられる。
【0003】
本願発明者らはこれまでに、ウシのCortactin binding protein 2 N-terminal-like (CTTNBP2NL)遺伝子が受胎率に関与すること、該遺伝子の3'UTRにおける塩基置換を指標として受胎率を評価できることを報告している(非特許文献1、2)。しかしながら、CTTNBP2NL遺伝子以外で受胎率評価の指標となる遺伝子は知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】杉本真由美ら、「Cortactin binding protein 2 N-terminal-likeはウシ受胎率に関与する」、第34回日本分子生物学会年会プログラム・要旨集(Web)、1T11PI-4、2011年発行
【非特許文献2】杉本真由美ら、「Cortactin binding protein 2 N-terminal-likeはgap junctionの透過性調節を介して着床を阻害する」、第35回日本分子生物学会年会プログラム・要旨集(Web)、1P-0338、2012年発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
受胎率に差をもたらす遺伝子の変異を検出する遺伝子診断法を確立すれば、受胎率の良い個体を迅速に検出できる。したがって、本発明は、受胎率の良いウシの迅速な検出に貢献できる、CTTNBP2NL遺伝子以外の新たな指標を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、受胎率と密接に関連する遺伝子として新たにUNC5C遺伝子を同定することに成功し、本願発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、ウシから分離された核酸試料について、UNC5C遺伝子領域における変異の有無を検出することを含む、ウシの受胎率を判定する方法であって、前記変異は、UNC5C遺伝子の発現が抑制される変異であり、変異型アリルの存在が低受胎率の指標となる、方法を提供する。また、本発明は、UNC5C遺伝子領域内の変異部位を含む領域を増幅するためのプライマーセットを含む、ウシの受胎率の判定試薬であって、前記変異部位は、配列番号16における432番目の塩基である、判定試薬を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の判定試薬を含む、ウシの受胎率の判定キットを提供する。

【発明の効果】
【0008】
本発明により、受胎率の高いウシを迅速に検出できる新たな方法が提供される。受胎率は複数の遺伝子が関わっている量的形質であるが、UNC5C遺伝子を単独で指標として用いた場合でも受胎率評価が可能である。UNC5C遺伝子変異と、受胎率判定の指標となる他の遺伝子変異を複数組み合わせて調べた場合には、受胎率の良いウシのスクリーニングの精度がさらに高まる。本発明は、繁殖性の改善のための遺伝改良のさらなる迅速化に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例で同定されたUNC5C遺伝子の変異部分を示す図である。四角は、変異部分を検出するためのPCRプライマーUNC5C-F及びUNC5C-Rの該当する位置、→はプライマーの5'から3'への方向を示す。
図2】実施例で同定されたUNC5C遺伝子の変異部位近傍の塩基配列の波形データである。図1に示した領域のPCR増幅断片の塩基配列を決定すると、高受胎率型のゲノミックDNAを鋳型とした増幅断片では169番目の塩基がアデニン(A)であり、低受胎率型のゲノミックDNAを鋳型とした増幅断片では169番目の塩基にグアニン(G)が見られる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、「遺伝子領域」とは、タンパク質をコードする領域と、イントロン領域と、プロモーター領域、5'-及び3'-UTR等の当該遺伝子の発現の制御に関与し得る領域とを含む、ゲノム上の連続した領域をいう。具体的には、「UNC5C遺伝子領域」とは、配列表の配列番号1〜16に示した配列を含むゲノム上の領域である。配列番号1〜16は、UNC5C遺伝子の各エクソン及びその近傍のイントロンの配列を表1の通りに示したものである。
【0011】
【表1】
【0012】
本発明において、遺伝子の変異とは、基準となる塩基配列と比較して相違する部分をいう。UNC5C遺伝子領域について基準となる塩基配列は、配列表の配列番号1〜16に示す塩基配列である。なお、配列番号20及び21には、UNC5C遺伝子のcDNAの塩基配列及び該遺伝子にコードされるタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ示した。
【0013】
UNC5C(unc-5 homolog C)遺伝子は、神経発達に関与するnetrin受容体タンパク質をコードする遺伝子である。本発明におけるUNC5C遺伝子領域の変異とは、ウシ体内でのUNC5C遺伝子の機能が低下する変異である。ウシ体内でのUNC5C遺伝子の機能の低下には、UNC5C遺伝子の発現量の低下等によりウシ体内での野生型UNC5Cタンパク質の蓄積量が低下すること、及び生理活性が低下した変異型のUNC5Cタンパク質がウシ体内で産生されることが包含される。本発明におけるUNC5C遺伝子領域の変異とは、典型的には、UNC5C遺伝子の発現が抑制される変異であり得る。そのような変異の具体例として、3'-UTR領域の169番目の塩基(UNC5C遺伝子の終始コドンの次の塩基を1番目として数えて169番目の意味)がアデニンからグアニンに置換する一塩基置換変異が挙げられる。なお、この169番目の塩基は、配列番号16に示す塩基配列においては432番目、配列番号20においては2962番目である。
【0014】
UNC5C遺伝子領域における変異が当該遺伝子の発現を抑制するかどうかは、例えば、下記実施例においても用いられているレポーターアッセイにより調べることができる。レポーターアッセイは周知の常法であり、そのためのキットも各種のものが市販されている。例えばルシフェラーゼレポーターアッセイの場合、UNC5C遺伝子領域のうちで変異部位を含む一定の領域をルシフェラーゼ遺伝子の上流又は下流に連結したコンストラクトを構築し、インビトロで該コンストラクトを発現させ、発現したルシフェラーゼの酵素活性に基づいてルシフェラーゼ遺伝子の発現が抑制されたかを評価すればよい。ルシフェラーゼの酵素活性が変異型コンストラクトで野生型コンストラクトよりも低下していた場合、その変異はUNC5C遺伝子の発現を抑制する変異であると判断することができる。
【0015】
核酸試料は特に限定されず、ゲノミックDNA試料、RNA試料(全RNA若しくはmRNA)、又はcDNA試料を用いることができる。cDNA試料は、ウシからRNAを分離し、これを鋳型とした逆転写反応により調製することができる。核酸試料としては、作業工程の簡便さから、ゲノミックDNA試料を好ましく用いることができる。
【0016】
核酸試料を用いて遺伝子領域上の変異を調べる具体的な方法としては、例えば、核酸試料をPCR等の核酸増幅反応に付し、増幅断片の塩基配列に基づいて変異の有無を調べる方法が挙げられる。変異により野生型配列と変異型配列との間で制限酵素の認識部位に相違が生じる場合には、増幅断片の制限酵素断片長多型を解析することにより(すなわち周知のPCR-RFLP法により)変異の有無を調べることができるが、一般には、増幅断片の塩基配列を決定して変異の有無を調べる方法がより好ましい。
【0017】
UNC5C遺伝子領域の変異として、3'-UTR領域の169番目の塩基(配列番号16における第432番塩基)がアデニンからグアニンに置換する一塩基置換変異の有無を検出する場合であれば、当該部位を含むUNC5C遺伝子領域の一部(50bp〜1000bp程度の領域を増幅すれば十分である)をゲノミックDNA試料から核酸増幅法により増幅し、増幅断片の塩基配列を決定し、一塩基置換があるか否かを確認すればよい。配列番号18及び19に示すプライマーセットを用いてPCRを行えば、UNC5C遺伝子領域のうちで図1(配列番号17)に示した領域が増幅される。このプライマーは、3'-UTR領域の1番目〜231番目の領域を増幅するプライマーである。この増幅断片における169番目(配列番号16における第432番)の塩基を比較すると、一塩基置換がない場合はアデニンであり、一塩基置換がある場合はグアニンである。従って、当該一塩基置換変異の有無は、簡便には、配列番号16における第432番塩基が何であるかを確認することによって検出することができる。
【0018】
本発明のウシの受胎率の判定方法では、UNC5C遺伝子における変異の有無を検出する。受胎率の指標となることが知られているCTTNBP2NL遺伝子(非特許文献1、2)を組み合わせて調べてもよい。いずれの遺伝子においても、変異型のアリルが受胎率の低さの指標となる。雌ウシについて一遺伝子を対象に変異の有無を調べた場合、片方のアリルが変異型アリルであれば、当該雌ウシは受胎率がやや低く、両方のアリルが変異型アリルであれば、当該雌牛は受胎率が低いと判定することができる。複数の遺伝子を対象に調べた場合であれば、変異型アリルの数が多いほど受胎率が低く、逆にいえば変異のない野生型アリルの数が多いほど受胎率が高いと判定することができる。雄ウシについても雌ウシと同様に受胎率判定が可能であり、雄ウシが変異型アリルを多く有すれば、該雄ウシが精子供与したウシ胎児は雌ウシにおいて受胎率が低いと判定することができる。複数の遺伝子を組み合わせて調べた場合の受胎率判定の効果は相加的である。従って、本発明の方法により受胎率が高いウシを選抜したい場合には、雄ウシ雌ウシともに、野生型アリルを多く持つ個体(変異型アリルを少なく持つ個体)を選抜して交配(人工授精も含む)させればよい。
【0019】
UNC5C遺伝子における上記定義の通りの変異は、ウシの受胎率の指標となるので、変異部位を含むウシゲノム上の領域を増幅するプライマーセット、すなわち、UNC5C遺伝子領域内の変異部位を含む領域を増幅するプライマーセットは、ウシの受胎率の判定試薬として提供することができる。なお、このプライマーセットは、変異を有しない野生型配列のウシ由来の核酸試料を鋳型としたPCRに用いれば、当然ながら、変異部位に対応する部位を含む変異のない配列の増幅断片が得られる。
【0020】
UNC5C遺伝子領域内の変異部位を含む領域を増幅するプライマーセットは、例えば、配列番号16における432番目の塩基を含むウシゲノム上の領域を増幅するプライマーセットであり得る。そのようなプライマーセットは、配列番号16に示す塩基配列中の第1番〜第431番塩基の領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするフォワード側プライマーと、配列番号16に示す塩基配列中の第433番〜第2036番塩基の領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするリバース側プライマーとのセットであり得る。なお、「フォワード側プライマー」とは、配列表に実際に示されている塩基配列の相補鎖にハイブリダイズするプライマーであり、「リバース側プライマー」とは、配列表に実際に示されている塩基配列にハイブリダイズするプライマーである。
【0021】
「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイズの条件下において、対象とする領域にのみハイブリダイズし、その他の領域には実質的にハイブリダイズしないという意味である。「通常のハイブリダイズの条件下」とは、通常のPCRのアニーリングやプローブによる検出に用いられる条件下のことをいい、例えば、Taqポリメラーゼを用いたPCRの場合には、50mM KCl、10mM Tris-HCl(pH 8.3〜9.0)、1.5mM MgCl2といった一般的な緩衝液を用いて、54℃〜60℃程度の適当なアニーリング温度で反応を行なうことをいい、また、例えばノーザンハイブリダイゼーションの場合には、5 x SSPE、50%ホルムアミド、5 x Denhardt's solution、0.1〜0.5%SDSといった一般的なハイブリダイゼーション溶液を用いて、42℃〜65℃程度の適当なハイブリダイゼーション温度で反応を行なうことをいう。ただし、適当なアニーリング温度及びハイブリダイゼーション温度は、上記例示に限定されず、プライマー又はプローブのTm値及び実験者の経験則に基づいて定められ、当業者であれば容易に定めることができる。「実質的にハイブリダイズしない」とは、全くハイブリダイズしないか、するとしても対象とする領域にハイブリダイズする量よりも大幅に少なく、相対的に無視できる程度の微量しかハイブリダイズしないという意味である。
【0022】
そのような条件下で特異的にハイブリダイズするプライマーとしては、ハイブリダイズする部分領域と完全に相補的な塩基配列を有するプライマーが好ましいが、通常、10%以下の塩基が置換した配列を有するプライマーを用いても、対象とする部分領域にハイブリダイズして増幅が起きる場合が多い(ただし、「10%以下の塩基が置換した塩基配列」は、もとの塩基配列のうち3'末端の塩基以外の塩基が置換されていることが好ましい)。また、この分野で周知の通り、プライマーの5'末端側に例えば制限酵素認識配列等の任意の配列を付加しても、対象とする部分領域に特異的にハイブリダイズし、目的の領域を増幅することができる。
【0023】
従って、配列番号16に示す塩基配列中の第1番〜第431番塩基の領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするフォワード側プライマーには、配列番号16に示す塩基配列中の第1番〜第431番塩基の領域内の連続する15塩基以上、好ましくは18塩基以上の塩基配列からなるプライマー、及び該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列からなるプライマー、並びにこれらのプライマーの5'末端側に付加配列を有するプライマーが包含される。すなわち、該フォワード側プライマーは、配列番号16に示す塩基配列中の第1番〜第431番塩基の領域内の連続する15塩基以上の塩基配列又は該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含むプライマーであり得る。
【0024】
同様に、配列番号16に示す塩基配列中の第433番〜第2036番塩基の領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするリバース側プライマーには、配列番号16に示す塩基配列中の第433番〜第2036番塩基の領域内の連続する15塩基以上、好ましくは18塩基以上の塩基配列と相補的な配列からなるプライマー、及び該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列からなるプライマー、ならびにこれらのプライマーの5'末端側に付加配列を有するプライマーが包含される。すなわち、該リバース側プライマーは、配列番号16に示す塩基配列中の第433番〜第2036番塩基の領域内の連続する15塩基以上からなる塩基配列と相補的な配列又は該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含むプライマーであり得る。
【0025】
下記実施例で用いられている、配列番号18に示す塩基配列からなるプライマーと配列番号19に示す塩基配列からなるプライマーとのセットは、実施例で同定されたUNC5C遺伝子領域における一塩基置換変異を検出するための好ましいプライマーセットの一例であるが、ウシの受胎率の判定試薬に使用可能なUNC5C遺伝子領域を増幅するプライマーセットはこれに限定されない。
【0026】
受胎率の判定試薬は、上記したプライマーセットのみからなるものであってもよいし、プライマーを緩衝液等に溶解させた形態であってもよく、また、乾燥させたプライマーと緩衝液等とをセットにした形態であってもよい。さらに、該試薬は、プライマーの分解防止等に有用な各種添加剤等を含んでいてもよい。
【0027】
上記したウシの受胎率の判定試薬は、他の試薬類と適宜に組み合わせて、ウシの受胎率の判定キットとして提供することができる。PCR等の核酸増幅法に必要なプライマー以外の他の試薬類は周知である。例えば、該判定キットには、上記した受胎率の判定試薬のほか、核酸増幅反応の反応液を調製するための緩衝液や、耐熱性ポリメラーゼ等がさらに含まれ得る。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。以下の記載では、特に説明がない場合には、J. Sambrook & D. W. Russell (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001) に記載の方法、あるいはそれを適宜修飾又は改変した方法により行なった。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールの指示に従って行なった。
【0029】
1.受胎率に関与する遺伝子の同定
(1) ウシUNC5C遺伝子の塩基配列の決定
まず、ホルスタイン種集団から受胎率育種価が50%以上である受胎率の良いウシ(176頭)及び受胎率育種価が42%未満である受胎率の悪いウシ(646頭)からなる集団について、全染色体をカバーする43,851個のSNPを用いて受胎率に関連するウシ染色体の領域を同定した。このうち、強い関連の見られた第6番染色体上の受胎率制御領域に存在するUNC5C遺伝子の発現の制御に関わる領域の塩基配列を解読し、受胎率の良いウシと悪いウシを比較したところ、悪いウシに特異的な一塩基置換変異を見出した。
【0030】
なお、受胎率育種価は、河原孝吉ら、The Japanese Journal of Zootechnical Science 81(2), p.121-132, 2010-05-25の手法に従い、以下の通りに決定した。
【0031】
分析には、1990年1月から2009年7月までの期間、北海道の牛群検定を受検したホルスタイン雌牛1,218,264頭の初産分娩後における受胎の有無(0または1)を示す記録2,391,649を利用し、分析に用いる記録は、以下の3条件を満たすものとした。
・18〜42ヶ月齢で初産分娩し、18〜54ヶ月齢で授精していること
・初産分娩後21〜160日以内に初回授精し、345日以内の授精記録であること
・2産次の分娩記録においては、在胎日数が265日〜295日であること
【0032】
遺伝評価に使用したモデルは、単形質・閾値アニマルモデルであり、母数効果として授精月齢、授精月、及び分娩から授精までの日数、変量効果として授精した牛群・年・季節、授精した種雄牛・年、育種価、雌牛ごとの授精の繰り返し、及び残差を用いた。
【0033】
(2) 一塩基置換変異がUNC5C遺伝子の発現量に及ぼす影響
UNC5C遺伝子の高受胎率型と低受胎率型それぞれのゲノム断片をつないだルシフェラーゼ遺伝子のコンストラクトを、ヒト顆粒膜細胞由来株COV434に導入し、ルシフェラーゼ遺伝子の発現をルシフェラーゼ酵素の活性測定にて定量した。なお、コンストラクトの作製及びルシフェラーゼアッセイには、dual-luciferase reporter assay system (Promega, 米国ミシガン州Madison)を用いた。プライマーUNC5C-F及びUNC5C-Rを用いたPCR(後述)により、高受胎率型配列及び低受胎率型配列を有する牛のゲノミックDNAからそれぞれ図1に示す領域(配列番号16における第264番〜第494番塩基の領域、配列番号17)を増幅し、各増幅断片を上記キットに含まれるルシフェラーゼ遺伝子の下流に連結してアッセイ用のコンストラクトとした。
【0034】
その結果、UNC5Cの高受胎率遺伝子型では低受胎率遺伝子型と比べ有意に活性が上昇していることがわかった(表2)。一塩基置換変異の結果、UNC5Cの発現を抑制することが受胎率低下をもたらすと考えられる。
【0035】
【表2】
【0036】
(3) UNC5C遺伝子変異が受胎率育種価に及ぼす影響
UNC5C遺伝子の受胎率育種価に対する影響を調べるため、種雄牛2528頭と雌牛1418頭のDNAを用いて遺伝子型を調べ、受胎率育種価を比較した。その結果、高受胎率遺伝子型をホモで有する個体では、低受胎率遺伝子型をホモで有する個体と比べて受胎率育種価が有意に高いことがわかった(表3)。このことから、低受胎率遺伝子型のUNC5C遺伝子を有するウシの生産効率は、高受胎率遺伝子型UNC5C遺伝子を有する個体と比較して減少することが考えられる。
【0037】
【表3】
【0038】
2.ウシのゲノミックDNA上のUNC5C遺伝子の変異の有無の確認
受胎率の悪いウシに認められた変異部位を含むDNA断片を増幅するためのプライマーUNC5C-F、UNC5C-Rを合成した。配列表の配列番号18、19にそれぞれプライマーUNC5C-F、UNC5C-Rの塩基配列を示す。
【0039】
ウシの血液(抗擬固剤としてEDTA、ヘパリンを含む)より、自動核酸分離装置NA-1000(クラボウ社製)を用いてゲノミックDNAを調製した。これらのゲノミックDNAを鋳型とし、プライマーUNC5C-FとUNC5C-Rを用いたPCR (94℃で20秒、60℃で30秒、72℃で1分間からなる工程を1サイクルとした35サイクル反応)を行い、3730蛍光DNAシークエンサー(アプライドバイオシステムズ社製)を用いてPCR生成物の塩基配列を比較した。高受胎率型UNC5C遺伝子を鋳型にPCRで増幅させたDNA断片(配列番号16における第264番〜第494番塩基の領域、配列番号17及び図1)では、169番目の塩基がアデニン(A)であるが、低受胎率型由来の増幅断片ではグアニン(G)であった。図2に示すように、当該部位における塩基を調べることにより、UNC5C遺伝子の高受胎率型と低受胎率型を簡便に見分けることができることが確認された。
【0040】
受胎率は複数の遺伝子が関わっている量的形質であるが、本発明により、UNC5C遺伝子は受胎率制御に関わる遺伝子の一部であり、ここで述べるDNA診断法で確実にUNC5C遺伝子における変異の有無を判定し、ウシの受胎率を判別可能であることが明らかとなった。
図1
図2
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]