特許第6121090号(P6121090)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6121090Sn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末の製造方法及び該方法により製造された酸化第一錫粉末
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6121090
(24)【登録日】2017年4月7日
(45)【発行日】2017年4月26日
(54)【発明の名称】Sn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末の製造方法及び該方法により製造された酸化第一錫粉末
(51)【国際特許分類】
   C25D 3/30 20060101AFI20170417BHJP
   C25D 21/14 20060101ALI20170417BHJP
【FI】
   C25D3/30
   C25D21/14 C
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-104952(P2011-104952)
(22)【出願日】2011年5月10日
(65)【公開番号】特開2012-237022(P2012-237022A)
(43)【公開日】2012年12月6日
【審査請求日】2014年3月28日
【審判番号】不服2016-2607(P2016-2607/J1)
【審判請求日】2016年2月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(72)【発明者】
【氏名】片瀬 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】増田 昭裕
(72)【発明者】
【氏名】久芳 完治
【合議体】
【審判長】 鈴木 正紀
【審判官】 宮本 純
【審判官】 小川 進
(56)【参考文献】
【文献】 特開平04−097911(JP,A)
【文献】 特開平11−310415(JP,A)
【文献】 特開2003−096590(JP,A)
【文献】 特開2009−149979(JP,A)
【文献】 特開2009−132571(JP,A)
【文献】 特開2009−132570(JP,A)
【文献】 特開昭64−051330(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 3/ 60
C01G 19/ 02
C25D 21/ 14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sn2+イオンを含む酸性水溶液を調製する工程(11)と、
窒素ガス雰囲気中、前記酸性水溶液にアルカリ水溶液を添加して中和させ、水酸化第一錫のスラリーを調製する工程(12)と、
窒素ガス雰囲気中、前記調製したスラリーを脱水させ、酸化第一錫のスラリーを得る工程(13)と、
前記酸化第一錫のスラリーを固液分離し、酸化第一錫を得る工程(14)と、
前記得られた酸化第一錫を、製造後の酸化第一錫粉末に含まれる酸化防止剤の含有量が質量比で100〜5000ppmになるように、酸化防止剤水溶液で処理する工程(15)と、
前記酸化防止剤水溶液で処理した酸化第一錫を温度25℃で真空乾燥する工程(16)と
を含み、
前記酸化防止剤がヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール、ピロガロール、没食子酸、グルコース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、マルトース、ラクトース、硫酸ヒドラジン、カルボヒドラジド及びシアノトリヒドロホウ酸ナトリウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上であるSn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末の製造方法。
【請求項2】
前記酸化防止剤水溶液の処理は酸化防止剤水溶液を酸化第一錫粉末に噴霧する方法又は酸化第一錫粉末を酸化防止剤水溶液中に浸漬させることにより行う請求項1記載のSn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末の製造方法。
【請求項3】
n合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末であって、
前記酸化第一錫粉末はヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール、ピロガロール、没食子酸、グルコース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、マルトース、ラクトース、硫酸ヒドラジン、カルボヒドラジド及びシアノトリヒドロホウ酸ナトリウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の酸化防止剤で被覆され、平均粒径がD50値で5〜15μmの範囲内であり、かつタップ密度が0.6〜1.2g/cm3であり、
前記酸化防止剤が粉末中に質量比で100〜5000ppm含まれ、
温度25℃の100g/Lアルキルスルホン酸水溶液100mlに、製造後40℃の温度で3日間、大気中で保存した後の酸化第一錫粉末0.1gを添加してスターラーにて回転速度500rpmで攪拌したとき、180秒以内で溶解する溶解速度を有することを特徴とするSn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Sn合金めっき液へのSn成分補給用として好適な酸化第一錫粉末に関する。更に詳しくは、酸又は酸性めっき液への溶解性及び保存安定性に優れるとともに、めっき液中のSn2+イオンの酸化防止効果を高めることができる酸化第一錫粉末の製造方法及び該方法により製造された酸化第一錫粉末に関するものである。
【背景技術】
【0002】
はんだ付けが必要な電子部品へのめっきや、半導体ウェーハ等へのはんだ突起電極(バンプ)の形成には、これまでPb−Sn合金めっき液が広く用いられていたが、このPb−Sn合金めっき液は毒性のPbを含有するため、排水処理、環境保全、或いは半導体廃棄物等からの土壌・地下水汚染など多くの問題があった。近年、このような環境負荷の低減を目的とすることから、Pbを含むPb−Sn合金めっき液の代替えとして、第1元素としてはSnが利用されるが、第2元素として銀、ビスマス、銅、インジウム、アンチモン、亜鉛等を用いた2元合金、或いは更に第3元素を添加した多元合金を用いためっき液の研究が行われており、中でもSn−Agめっき液はPbフリーのめっき液として主流となりつつある。
【0003】
しかしながら、Pb−Sn合金めっき液を用いた電解めっき法では、Pb−Sn製のアノード(電解めっき法の陽極)を用いれば、このアノードからPb2+、Sn2+がめっき液中に溶け出すため、Pb−Sn合金めっき液中の成分バランスは、ほぼ一定に保たれる。一方、例えば、Sn−Agめっき液による電解めっき法において、Sn−Ag製のアノードを用いた場合、Agが次第にアノード表面に析出してアノード表面を被覆し、アノードからめっき液中にSn2+が補給されなくなり、めっき液中の成分バランスが崩れるため、Sn−Agめっき液中においてSn−Ag製のアノードを用いた電解めっき法には問題が生じる。そのため、Sn−Agめっき液を用いた電解めっき法では、アノードとして不溶性の白金めっきのチタン板等を用いる。
【0004】
また、不溶性のアノードを用いる場合、めっき液の成分補給については、金属Snをめっき液に溶解して供給する方法が考えられるが、この方法ではSnよりも貴な金属との合金めっきの場合、めっき液中で金属Sn表面に貴な金属が置換析出するため、溶解が抑制されてしまう問題がある。そこで、一般的に、あらかじめ該めっき液の必須成分を溶解させた錫塩溶液により補給することにより行われている(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
ところが、上記特許文献1に記載されているように、めっき液の必須成分を溶解させた錫塩溶液等(以下、要素液という)を投入してSn2+を補給する方法では、投入する要素液を調製しなければならず、まためっき液の成分を分析しながら要素液を投入しなければならないため、めっき液の管理が困難であり、更に多大なコストが掛かる。
【0006】
このような問題点を解消するため、酸又は酸性めっき液への溶解性が非常に高い酸化第一錫粉末を直接めっき液へ添加することにより、めっき液中のSn成分を補給する方法が検討されている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−96590号公報(段落[0028])
【特許文献2】特開2009−132571号公報(請求項1、段落[0008])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献2に示す補給方法で使用される酸化第一錫粉末は、平均粒径が小さく、比表面積が大きいことから、大気中に晒された場合に酸化第一錫粉末の表面がSnOからSnO2に酸化されやすい。粉末表面がSnO2に酸化された酸化第一錫粉末は、酸又は酸性めっき液への溶解性が大幅に低下するため、粉末を製造した直後から使用直前まで真空パック等に保存しておく必要があり、また、開封後は速やかにその全量を使い切る必要がある。そのため、酸化第一錫粉末等に何らかの対策、処理を施すことで保存管理や取扱いの面において更なる改良が望まれていた。
【0009】
一方、上記酸化第一錫粉末を直接めっき液へ添加する補給方法で使用される酸化第一錫粉末には、酸又は酸性めっき液に対して極めて高い溶解性が求められる。これは、溶解性が低い酸化第一錫粉末をこの補給方法に使用すると、めっき液へ添加した際に酸化第一錫粉末がめっき液に十分溶けず、不溶性の酸化第二錫を包含したスラッジとして徐々にめっき液中に沈殿が生じ、Sn2+の補給が困難になるからである。このため、この補給方法に用いられる酸化第一錫粉末に対して何らかの酸化防止対策を施す場合には、酸又は酸性めっき液に対する高い溶解性を損なわないように行わなければならず、2つの特性を共存させることが非常に困難であった。
【0010】
また、上記不溶性の酸化第二錫を包含したスラッジは、一旦めっき液に溶解し、めっき液中に補給されたSn2+イオンがめっき液中の溶存酸素で酸化されることによっても生じる。スラッジが発生すると、Sn2+の補給が困難になるとともに、めっき処理装置の配管やフィルタが閉塞する、或いはめっき面にスラッジが付着してめっき面の品位を低下させるといった不具合が生じる。
【0011】
本発明の目的は、酸又は酸性めっき液への溶解性が極めて高く、大気中における保存安定性に優れ、しかもめっき液中においてSn2+イオンの酸化防止効果を高めることができる酸化第一錫粉末の製造方法及び該方法により製造された酸化第一錫粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の観点は、図1に示すように、Sn2+イオンを含む酸性水溶液を調製する工程11と、窒素ガス雰囲気中、酸性水溶液にアルカリ水溶液を添加して中和させ、水酸化第一錫のスラリーを調製する工程12と、窒素ガス雰囲気中、調製したスラリーを脱水させ、酸化第一錫のスラリーを得る工程13と、酸化第一錫のスラリーを固液分離し、酸化第一錫を得る工程14と、得られた酸化第一錫を、製造後の酸化第一錫粉末に含まれる酸化防止剤の含有量が質量比で100〜5000ppmになるように、酸化防止剤水溶液で処理する工程15と、酸化防止剤水溶液で処理した酸化第一錫を温度25℃で真空乾燥する工程16とを含み、酸化防止剤がヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール、ピロガロール、没食子酸、グルコース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、マルトース、ラクトース、硫酸ヒドラジン、カルボヒドラジド及びシアノトリヒドロホウ酸ナトリウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上であるSn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末の製造方法である。
【0013】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、更に酸化防止剤水溶液の処理は酸化防止剤水溶液を酸化第一錫粉末に噴霧する方法又は酸化第一錫粉末を酸化防止剤水溶液中に浸漬させることにより行うことを特徴とする。
【0015】
本発明の第3の観点は、Sn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末であって、酸化第一錫粉末はヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール、ピロガロール、没食子酸、グルコース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、マルトース、ラクトース、硫酸ヒドラジン、カルボヒドラジド及びシアノトリヒドロホウ酸ナトリウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の酸化防止剤で被覆され、平均粒径がD50値で5〜15μmの範囲内であり、かつタップ密度が0.6〜1.2g/cm3であり、酸化防止剤が粉末中に質量比で100〜5000ppm含まれ、温度25℃、100g/Lのアルキルスルホン酸水溶液100mlに、製造後40℃の温度で3日間、大気中で保存した後の酸化第一錫粉末0.1gを添加してスターラーにて回転速度500rpmで攪拌したとき、180秒以内で溶解する溶解速度を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1の観点の製造方法では、金属Sn粉末を酸に溶解することにより酸性水溶液を調製する工程と、窒素ガス雰囲気中、酸性水溶液にアルカリ水溶液を添加して中和させ、水酸化第一錫のスラリーを調製する工程と、窒素ガス雰囲気中、調製したスラリーを加熱保持して脱水させ、酸化第一錫のスラリーを得る工程と、酸化第一錫のスラリーを固液分離し、酸化第一錫を得る工程と、得られた酸化第一錫を、製造後の酸化第一錫粉末に含まれる酸化防止剤の含有量が質量比で100〜5000ppmになるように、酸化防止剤水溶液で処理する工程と、酸化防止剤水溶液で処理した酸化第一錫を温度25℃で真空乾燥する工程とを含み、酸化防止剤がヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール、ピロガロール、没食子酸、グルコース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、マルトース、ラクトース、硫酸ヒドラジン、カルボヒドラジド及びシアノトリヒドロホウ酸ナトリウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上である。これにより、酸又は酸性めっき液への溶解性が高く、大気中での保存安定性に優れ、しかもめっき液中においてSn2+イオンの酸化防止効果を高められる酸化第一錫粉末を製造することができる。
【0018】
また、上記酸化防止剤は酸又は酸性めっき液への溶解性が非常に高いため、上記酸化防止剤を用いることにより、粉末の酸又は酸性めっき液への溶解性に影響を与えることなく酸化防止性を付与できる。上記酸化防止剤を用いることにより、酸化第一錫粉末が溶解中に酸化してスラッジを発生させたり、めっき液中のSnよりも貴な金属成分の置換析出を防いだりすることが可能となり、めっき液への安定したSn2+イオンの補給が可能となる。
【0019】
本発明の第3の観点の酸化第一錫粉末は、Sn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末であって、この酸化第一錫粉末は所定のの酸化防止剤で被覆され、平均粒径がD50値で5〜15μmの範囲内であり、かつタップ密度が0.6〜1.2g/cm3であり、酸化防止剤が粉末中に質量比で100〜5000ppm含まれる。これにより、酸又は酸性めっき液に対する極めて高い溶解性を示すとともに、大気中での保存安定性に優れる。具体的には、温度25℃の100g/Lアルキルスルホン酸水溶液100mlに酸化第一錫粉末0.1gを添加してスターラーにて回転速度500rpmで攪拌したとき、180秒以内で溶解する溶解速度を有する。また、めっき液中でのSn2+イオンの酸化防止効果を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明実施形態のSn合金めっき液へのSn成分補給用酸化第一錫粉末を製造する方法を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
本発明の酸化第一錫粉末の製造方法では、先ず、図1に示すように、Sn2+イオンを含む酸性水溶液を調製する(工程11)。上記酸性水溶液の調製方法は特に限定されないが、例えば金属Sn粉末を塩酸に溶解する方法が挙げられる。このとき、好ましい塩酸濃度は30〜40質量%、温度は80〜100℃であり、18〜30時間かけて金属Sn粉末を溶解する。使用する金属Sn粉末はα線放出量が0.05cph/cm2以下であることが好ましい。α線放出量が0.05cph/cm2を越えると、例えば、半導体等において、はんだ突起電極から放出されるα線が原因で、メモリ中のデータが書き換えられるといったソフトエラー等が生じたり、或いは半導体が破壊されることがあるからである。
【0023】
次に、上記調製した酸性水溶液にアルカリ水溶液を添加して中和させ、水酸化第一錫のスラリーを調製する(工程12)。上記アルカリ水溶液としては、アンモニア水、重炭酸アンモニウム溶液又はこれらの混合液が例示される。ここで水酸化第一錫のスラリーを調製する中和工程は、窒素ガス雰囲気中で行うのが好ましい。この中和工程を窒素ガス雰囲気中で行うと、大気中で行った場合に比べ、酸性水溶液中のSn2+が、酸に溶けにくい酸化第二錫に酸化されることを防ぐ効果が得られる。これは雰囲気中に酸素が存在しない窒素ガス雰囲気中でこの中和工程を行えば、スラリー中に酸素が溶け込むのを防ぐことができるからである。
【0024】
また、アルカリ水溶液としてアンモニア水を添加する場合には、使用するアンモニア水の濃度は好ましくは28〜30質量%である。アンモニア水の濃度が下限値未満であると中和反応が十分に進行しないため好ましくない。一方、上限値を越えると水酸化第一錫の脱水反応が早く進行し、酸化第一錫に残留する酸中の陰イオン成分の濃度が高くなるため好ましくない。アルカリ水溶液としてアンモニア水を使用する理由は、製造される酸化第一錫粉末の粒径を制御するのに好適だからである。また、アルカリ水溶液には、重炭酸アンモニウム単独でも、アンモニア水と同時に重炭酸アンモニウム溶液を混合して用いてもよい。この中和反応は、反応液の液温が30〜50℃で行われ、pHが6〜8の範囲で行うことが好ましい。反応液の液温が下限値未満では酸化第一錫に残留する酸中の陰イオン成分の濃度が高くなるため好ましくなく、上限値を越えると中和反応とともに水酸化第一錫の脱水反応が進むため好ましくない。また、反応液のpHを上記範囲としたのは、中和反応の進行性及び作製した粉末の易溶性の面で好適な範囲だからである。pHが下限値未満では、中和反応が十分に進行しないため好ましくない。一方、上限値を越えると錫酸アンモニウムなどの難溶性の錫塩及び金属錫が形成され、収量が低下したり、めっき液に溶解し難い成分を多く含むものになるため好ましくない。
【0025】
次に、上記調製したスラリーを加熱保持して、水酸化第一錫を熟成し脱水させ、酸化第一錫のスラリーを得る(工程13)。ここで加熱保持による水酸化第一錫を脱水し酸化第一錫のスラリーを得る脱水工程は、窒素ガス雰囲気中で行うのが好ましい。この脱水工程を窒素ガス雰囲気中において行うことにより、従来のような大気中で行う場合に比べ、スラリー中の酸化第一錫が、酸に溶けにくい酸化第二錫に酸化されることを防ぐ効果が得られる。これは雰囲気中に酸素が存在しない窒素ガス雰囲気中でこの脱水工程を行えば、スラリー中に酸素が溶け込むのを防ぐことができるからである。加熱保持温度は80〜100℃が好ましい。加熱保持温度が下限値未満では水酸化第一錫の脱水が十分に進行せず、白色の水酸化第一錫が系内に残留するため好ましくない。一方、大気圧条件下で水の沸点よりも高い温度まで加熱するのは物理的に不可能である。また加熱保持時間はスラリーの量や加熱保持温度にもよるが1〜2時間が好ましい。
【0026】
次いで、上記酸化第一錫のスラリーをろ過、遠心分離等によって固液分離した後洗浄し、固形分の酸化第一錫を得る(工程14)。そして、得られた酸化第一錫を、好ましくは濃度0.1〜5質量%の酸化防止剤水溶液で処理する(工程15)。酸化防止剤としては、ヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール、ピロガロール、没食子酸、グルコース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、マルトース、ラクトース、硫酸ヒドラジン、カルボヒドラジド及びシアノトリヒドロホウ酸ナトリウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上が好ましい。上記酸化防止剤は酸又は酸性めっき液への溶解性が非常に高いため、上記酸化防止剤を用いることにより、粉末の酸又は酸性めっき液への溶解性に影響を与えることなく酸化防止性を付与できる。酸化防止剤水溶液の調製は、所望の濃度になるように酸化防止剤を溶媒に添加、撹拌することにより行う。溶媒としては水又はエタノール等が挙げられる。酸化防止剤水溶液の濃度を上記範囲とするのは、製造後の酸化第一錫粉末に含まれる酸化防止剤の含有量を調整するためである。酸化防止剤水溶液の濃度が上記範囲から外れると、粉末に含まれる酸化防止剤の含有量を所望の値に調整するのが困難になる。
【0027】
上記調製した酸化防止剤水溶液による酸化第一錫の処理方法については、特に限定されないが、酸化防止剤水溶液に酸化第一錫を浸漬させる方法や、酸化第一錫に酸化防止剤水溶液をスプレー噴霧する方法、或いは上記固液分離(工程14)後の酸化第一錫粉末の洗浄を、上記酸化防止剤水溶液を用いて行う方法等が挙げられる。このうち、製造後の酸化第一錫粉末に含まれる酸化防止剤の含有量の調整が容易であることから、20〜30℃の酸化防止剤水溶液に酸化第一錫を5〜10分間浸漬させる方法が特に好ましい。
【0028】
酸化防止剤水溶液で処理した酸化第一錫は、真空乾燥する(工程16)。乾燥を真空乾燥により行うのは、乾燥中の酸化第一錫粉末の酸化防止、粉末粒子の凝集防止、コーティング処理の定着化に好適だからである。
【0029】
以上、本発明の製造方法により、Sn合金めっき液へのSn成分補給方法として、酸化第一錫粉末を直接めっき液中に添加する方法に好適な酸化第一錫粉末を製造することができる。
【0030】
上記方法によって得られた本発明の酸化第一錫粉末は、上記酸化防止剤が粉末中に質量比で100〜5000ppm含まれる。このため、大気中に晒された状態で保存した場合でも酸化第一錫粉末の表面がSnOからSnO2に酸化されにくく、長期保存後の粉末において、酸又は酸性めっき液に対する高い溶解性を維持することができる。また、上記酸化防止剤は、めっき液中のSn2+イオンの酸化防止にも作用する。そのため、この酸化第一錫粉末をめっき液に添加した際に、添加によって補給されたSn2+の酸化を防止でき、めっき液中におけるスラッジの発生を抑制することができる。そのため、該酸化第一錫粉末の添加により、めっき液中のSn2+の補給を十分に行うことができる。また、スラッジの発生に起因するめっき処理装置の配管やフィルタの閉塞、或いはめっき面にスラッジが付着してめっき面の品位を低下させるといった不具合も解消することができる。粉末中に含まれる酸化防止剤の含有量が質量比で100ppm未満では、大気中に保存した場合に、粉末表面の酸化を十分に防止することができない。また、めっき液に添加することによって補給されたSn2+の酸化防止効果が十分に得られない。一方、5000ppmを越えると、酸化防止効果が飽和するのみならず、めっき液中へ過剰の酸化防止剤が添加されることによりめっき性が低下する。このうち、粉末中に含まれる酸化防止剤の含有量が質量比で1000〜3000ppmの範囲であることが好ましい。
【0031】
また、この酸化第一錫粉末は、平均粒径がD50値で5〜15μm、比表面積0.4〜3.5m2/g、タップ密度0.6〜1.2g/cm3である。平均粒径及びタップ密度が上記範囲内の酸化第一錫粉末は、酸又は酸性めっき液への溶解性が極めて高い、即ち酸又は酸性めっき液に対して易溶性を有する。溶解性を示す指標の一つとして、酸に対する溶解速度が上げられるが、具体的には、温度25℃の100g/Lアルキルスルホン酸水溶液100mlに酸化第一錫粉末0.1gを添加して攪拌したとき、180秒以内で溶解する溶解速度が得られる。また、上記酸化防止処理を行った酸化第一錫粉末は溶解したSn2+イオンの酸化が防止されるため、要素液の調製を行わず、酸化第一錫粉末を直接めっき液中に添加した場合でも、スラッジを発生させることなく、めっき液に瞬時に溶解し、めっき液のSn2+成分の補給を行うことができる。
【0032】
なお、本発明の製造方法により製造される酸化第一錫粉末は、特に、酸として酸性めっき液の成分であるメタンスルホン酸、エタンスルホン酸又は1−プロパンスルホン酸等のアルカンスルホン酸、酸性めっき液としてSnとSnより貴なる合金めっき液であるSn−Ag合金めっき液、Sn−Cu合金めっき液、Sn−Ag−Cu合金めっき液又はAu−Sn合金めっき液等への溶解性に優れる。
【実施例】
【0033】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0034】
<実施例1>
先ず、α線放出量が0.05cph/cm2以下の0.0007cph/cm2である金属Sn粉末500gを、濃度35質量%、温度80℃の塩酸1000gに24時間かけて溶解し、酸性水溶液を調製した。次に、窒素ガスを充填させたタンク内で、この酸性水溶液に、液温30℃、pH6を維持するように濃度30質量%のアンモニア水をアルカリ水溶液として添加して中和させ、水酸化第一錫のスラリーを得た。
【0035】
次いで、この水酸化第一錫のスラリーを、窒素ガス雰囲気中で90〜100℃で加熱保持し、水酸化第一錫を脱水して酸化第一錫沈殿物のスラリーを得た。
【0036】
次いで、この酸化第一錫沈殿物のスラリーをろ過により固液分離し、酸化第一錫沈殿物を得た。得られた酸化第一錫沈殿物に、予め調製しておいた酸化防止剤水溶液を用いて10分間浸漬処理を施した。酸化防止剤水溶液は、酸化防止剤として硫酸ヒドラジン0.6gを用意し、これを599.4gの水に加えて溶解させ、濃度0.1質量%の硫酸ヒドラジン含有水溶液とした。
【0037】
酸化防止剤水溶液で処理した酸化第一錫沈殿物を温度25℃で真空乾燥させることにより黒色の酸化第一錫粉末530gを得た。
【0038】
<実施例2>
酸化防止剤として没食子酸を用意し、濃度0.1質量%の没食子酸含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末535gを得た。
【0039】
<実施例3>
酸化防止剤としてフルクトースを用意し、濃度0.1質量%のフルクトース含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末530gを得た。
【0040】
<実施例4>
酸化防止剤としてカテコールを用意し、濃度0.1質量%のカテコール含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末532gを得た。
【0041】
<実施例5>
酸化防止剤としてカテコールを用意し、濃度2.5質量%のカテコール含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末533gを得た。
【0042】
<実施例6>
濃度5質量%の硫酸ヒドラジン含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末528gを得た。
【0043】
<実施例7>
濃度5質量%の没食子酸含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末534gを得た。
【0044】
<実施例8>
濃度5質量%のフルクトース含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末を530g得た。
【0045】
<実施例9>
濃度5質量%のカテコール含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末531gを得た。
【0046】
<比較例1>
酸化防止剤水溶液による処理を施さない以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末536gを得た。
【0047】
<比較例2>
濃度0.08質量%のカテコール含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末533gを得た。
【0048】
<比較例3>
濃度5.1質量%のカテコール含有水溶液で酸化第一錫沈殿物を処理したこと以外は、実施例1と同様に、黒色の酸化第一錫粉末528gを得た。
【0049】
<評価1>
実施例1〜9及び比較例1〜3で得られた酸化第一錫粉末について、粉末中に含まれる酸化防止剤の含有量、粉末の平均粒径(D50)、比表面積及びタップ密度を測定した。これらの結果を以下の表1に示す。
【0050】
(1) 酸化防止剤の含有量:先ず、実施例1〜9及び比較例1〜3で得られた酸化防止剤処理後の粉末をアルキルスルホン酸水溶液に溶解させて溶液を得た。次に、高速液体クロマトグラフ装置(島津製作所株式会社製 型式名:LC−20AD)を用い、上記それぞれの溶液において検出された酸化防止剤濃度の検出ピークと、酸化防止剤濃度が既知のアルキルスルホン酸水溶液における検出ピークの強度比を比較することにより測定した。
【0051】
(2) 粉末の平均粒径(D50):粒度分布測定装置(MICROTRAC社製 型式名:マイクロトラックMT3000粒度分布計)を用いて測定された体積累積中位径を示す。
【0052】
(3) 粉末の比表面積:表面測定装置(Macsorb社製 型式名:全自動比表面積(BET)測定装置 HM−model−1201)を用いて測定されたBET1点法によるBET比表面積を示す。
【0053】
(4) 粉末のタップ密度:JIS Z2512:2006に規定する金属粉−タップ密度測定方法により測定した。
【0054】
【表1】
<比較試験及び評価2>
実施例1〜9及び比較例1〜3の酸化第一錫粉末について酸に対する溶解速度を測定した。具体的には、実施例1〜9及び比較例1〜3の酸化第一錫粉末について、その日に製造した粉末と、製造後40℃の温度で3日間、大気中で保存した後の粉末の2種類をそれぞれ用意し、これらの粉末について、以下に示す手順で溶解速度を測定した。
【0055】
先ず、温度25℃の100g/Lアルキルスルホン酸水溶液100mlに、上記酸化第一錫粉末0.1gを、それぞれスターラーにて回転速度500rpmで攪拌しながら添加し、粉末の添加から目視による粉末の消失を確認するまでの時間を測定した。これらの結果を、以下の表2に示す。
【0056】
【表2】
表1及び表2から明らかなように、測定日に製造した酸化第一錫粉末は、実施例1〜8及び比較例1〜3のいずれの粉末も溶解速度が速く、溶解性に優れることが確認された。一方、3日間大気中に保存した後の酸化第一錫粉末は、比較例1〜3の粉末では、粉末表面の酸化が激しく、溶解速度が低下しており、溶解性が大幅に損なわれる結果となった。特に、比較例1では完全には溶解しなかった。これに対し、実施例1〜8の粉末では、大気中に保存した場合でも、粉末表面の酸化が抑えられ、溶解速度に大きな変化は見られず、高い溶解性が維持されていることが判る。
図1