【文献】
Database GenBank [online],Accession No.NM_001004059, <http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/GI:116517324>, 2008.07, [retrieved on 2016 Jul. 15], DEFINITION:Homo sapiens olfactoryreceptor family 4 subfamily S member 2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記スルフィド化合物に対する応答が、該試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチドの該スルフィド化合物に対する応答よりも抑制されていたときに、該試験物質を、該スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することをさらに含む、請求項5記載の方法。
前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISA若しくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、カルシウムイメージングによる測定、又は電気生理学的測定である、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【背景技術】
【0002】
排水口や生ごみなどの廃棄物から発生する揮発性硫黄化合物は、低濃度でも人々に不快感を与える悪臭成分である。これらの揮発性硫黄化合物は、汚水や廃棄物などに含まれるシステインやメチオニンといった含硫黄アミノ酸もしくはそれらを含むタンパク質が、細菌がもつメチオニンリアーゼやシステインリアーゼなどの代謝酵素の作用で分解を受けることにより発生する。例えば、不快臭の原因となる揮発性硫黄化合物のうち、メチルメルカプタンは、メチオニンからメチオニンリアーゼの作用によって生成され、硫化水素は、システインからシステインリアーゼの作用によって生成される。さらにメチルメルカプタンや硫化水素からは、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、ジメチルトリスルフィドなどのスルフィド化合物が酵素的あるいは酸化的に生成され、これらも悪臭の原因となる。
【0003】
特許文献1には、排水口等の洗浄、殺菌、防汚、消臭用の組成物に、消臭剤又は芳香剤として香料成分を添加することが開示されている。特許文献2には、特定の香料成分により、メチオニンからメチルメルカプタンを生成する酵素、又はシステインから硫化水素を生成する酵素の作用を阻害し、廃棄物や排水口等から発生する揮発性硫黄化合物による悪臭を抑制することが開示されている。
【0004】
ヒト等の哺乳動物においては、匂いは、鼻腔上部の嗅上皮に存在する嗅神経細胞上の嗅覚受容体に匂い分子が結合し、それに対する受容体の応答が中枢神経系へと伝達されることにより認識されている。ヒトの場合、嗅覚受容体は約400個存在することが報告されており、これらをコードする遺伝子はヒトの全遺伝子の約2%にあたる。一般的に、嗅覚受容体と匂い分子は複数対複数の組み合わせで対応付けられている。すなわち、個々の嗅覚受容体は構造の類似した複数の匂い分子を異なる親和性で受容し、一方で、個々の匂い分子は複数の嗅覚受容体によって受容される。さらに、ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が、別の嗅覚受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして働くことも報告されている。これら複数の嗅覚受容体の応答の組み合わせが、個々の匂いの認識をもたらしている。
【0005】
したがって、同じ匂い分子が存在する場合でも、同時に他の匂い分子が存在すると、当該他の匂い分子によって受容体応答が阻害され、最終的に認識される匂いが全く異なることがある。このような仕組みを嗅覚受容体のアンタゴニズムと呼ぶ。この受容体アンタゴニズムによる匂いの抑制は、香水や芳香剤等の別の匂いを付加することによる消臭と異なり、特定の悪臭の認識を特異的に失くしてしまうことができ、また芳香剤の匂いによる不快感が生じることもないという利点を有している。
【0006】
嗅覚受容体アンタゴニズムの考え方に基づき、嗅覚受容体の活性を指標として悪臭抑制物質を同定する方法がこれまでにいくつか開示されている。例えば、特許文献3〜4には、ヘキサン酸やスカトール等の悪臭を抑制する物質を、それらの悪臭物質に特異的に応答する嗅覚受容体の活性を指標として探索することが開示されている。特許文献5には、特定のカルボン酸に応答する嗅覚受容体の活性を指標として、汗臭を抑制する物質を探索することが開示されている。特許文献6には、イソ吉草酸やその等価体の存在下で嗅覚受容体をコードするポリペプチドの活性を測定することで、当該ポリペプチドの機能を調節する薬剤を同定する方法が開示されている。特許文献7には、嗅覚受容体をコードするポリペプチドに特異的に結合する化合物を同定することにより、嗅覚の感覚に関連する化合物について化学物質のライブラリーをスクリーニングする方法が開示されている。
【0007】
しかしながら、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づいて、上記廃棄物や排水口等から発生する揮発性硫黄化合物の悪臭を抑える技術については、これまで報告がない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において、「嗅覚受容体アンタゴニズムによる臭いの抑制」とは、目的の臭い分子と他の分子をともに適用することにより、当該他の分子によって目的の臭い分子に対する受容体応答を阻害し、結果的に個体に認識される臭いを抑制する手段である。嗅覚受容体アンタゴニズムによる臭いの抑制は、同様に他の分子を用いる手段であっても、芳香剤による消臭のように、目的の臭いを香料の香気によって隠蔽する手段とは区別される。嗅覚受容体アンタゴニズムによる臭いの抑制の一例は、アンタゴニスト(拮抗剤)等の嗅覚受容体の応答を阻害する物質を使用するケースである。特定の臭いをもたらす臭い分子の受容体にその応答を阻害する物質を適用すれば、当該受容体の当該臭い分子に対する応答が抑制されるため、最終的に個体に知覚される臭いを抑制することができる。
【0015】
本明細書において、「嗅覚受容体ポリペプチド」とは、嗅覚受容体又はそれと同等の機能を有するポリペプチドをいい、嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチドとは、嗅覚受容体と同様に、細胞膜上に発現することができ、匂い分子の結合によって活性化し、かつ活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで細胞内cAMP量を増加させる機能を有するポリペプチドをいう(Nat.Neurosci.,2004,5:263−278)。
【0016】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン−パーソン法(Lipman−Pearson法;Science,1985,227:1435−41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0017】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列に関する「少なくとも80%の同一性」とは、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0018】
本明細書において、「スルフィド化合物」とは、下記式(I)で表される化合物をいう。
R
1−[S]
n−R
2 (I)
【0019】
上記式(I)中、R
1とR
2は、同一又は異なって、炭素数1〜6の直鎖又は分枝鎖のアルキル又はアルケニル基を示す。該炭素数1〜6の直鎖又は分枝鎖のアルキル基の例としては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、ペンチル、イソペンチル、tert-ペンチル、及びヘキシルが挙げられる。該炭素数1〜6の直鎖又は分枝鎖のアルケニル基の例としては、ビニル、プロペニル、アリル、ブテニル、及びメチルブテニルが挙げられる。好ましくは、該R
1とR
2は、同一又は異なって、炭素数1〜4の直鎖又は分枝鎖のアルキル又はアルケニル基を示し、該炭素数1〜4の直鎖又は分枝鎖のアルキル又はアルケニル基の例としては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、ビニル、プロペニル、アリル、及びブテニルが挙げられる。より好ましくは、該R
1とR
2は、同一又は異なって、メチル、エチル、プロピル又はイソプロピルであり、なお好ましくは、R
1とR
2はメチルである。
【0020】
上記式(I)中、nは、1〜5の整数を示し、好ましくは1〜3の整数を示し、より好ましくは2又は3を示す。
【0021】
好ましくは、「スルフィド化合物」は、式(I)で表される構造を有する揮発性物質である。より好ましい「スルフィド化合物」の例としては、ジメチルスルフィド(DMS)、ジメチルジスルフィド(DMDS)、ジメチルトリスルフィド(DMTS)、アリルメチルスルフィド、トリメチルスルフィドなどを挙げることができ、さらに好ましい例としては、DMDS及びDMTSが挙げられる。
【0022】
本発明により抑制される「スルフィド化合物の臭い」とは、上述した「スルフィド化合物」により生じる臭いであり、好ましくは、DMDS又はDMTSにより生じる臭いである。代表的には、本発明により抑制される「スルフィド化合物の臭い」とは、腐敗した生ごみ、汚水、又は排水口から発せられる悪臭であり得る。
【0023】
図1〜2に示すとおり、本発明者は、多くの嗅覚受容体の中から、スルフィド化合物に対して特異的に応答する嗅覚受容体としてOR4S2を同定した。OR4S2は、各種スルフィド化合物に対して濃度依存的に応答する。したがって、OR4S2又はこれと同様の機能を有するポリペプチドの応答を抑制する物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づいて、スルフィド化合物の臭いの認識に変化を生じさせ、結果として、スルフィド化合物の臭いを選択的に抑制することができる。
【0024】
したがって、本発明は、スルフィド化合物の臭いの抑制剤の評価及び/又は選択方法を提供する。当該方法は、OR4S2及びこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びスルフィド化合物を添加すること;及び、該スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質が同定される。同定された試験物質は、スルフィド化合物の臭いの抑制剤として選択される。
【0025】
上記本発明の方法は、in vitro又はex vivoで行われる方法であり得る。本発明の方法においては、上記スルフィド化合物に応答性を有する嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質と該スルフィド化合物とが添加される。
【0026】
本発明の方法に使用される試験物質は、スルフィド化合物の臭いの抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的若しくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。
【0027】
本発明の方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、OR4S2、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0028】
OR4S2は、ヒト嗅細胞で発現している嗅覚受容体である。OR4S2は、GenBankにGI:116517324として登録されている。OR4S2は、配列番号1で示されるヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0029】
OR4S2とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドとしては、配列番号2で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ上記スルフィド化合物に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
【0030】
本発明の方法において使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、上述した嗅覚受容体ポリペプチドから選択される少なくとも1種であればよいが、いずれか2種以上の組み合わせであってもよい。好ましくは、OR4S2が使用される。
【0031】
本発明の方法において、上記嗅覚受容体ポリペプチドは、上記スルフィド化合物に対する応答性を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、当該嗅覚受容体ポリペプチドは、生体から単離された嗅覚受容器若しくは嗅細胞等の、当該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する組織や細胞、又はそれらの培養物;当該嗅覚受容体ポリペプチドを担持した嗅細胞の膜;当該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物;当該嗅覚受容体ポリペプチドを有する当該組換え細胞の膜;当該嗅覚受容体ポリペプチドを有する人工脂質二重膜、などの形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される嗅覚受容体ポリペプチドの範囲に含まれる。
【0032】
好ましい態様において、上記嗅覚受容体ポリペプチドは、哺乳動物の嗅細胞等の上記嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する細胞、又は当該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物であり得る。好ましい例としては、上記嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換えヒト細胞が挙げられる。当該組換え細胞は、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
【0033】
好適には、嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現を促進するために、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに、RTP(receptor−transporting protein)をコードする遺伝子を細胞に導入する。好ましくは、RTP1Sをコードする遺伝子を、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに細胞に導入する。RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GenBankにGI:50234917として登録されている、配列番号3で示されるヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされた、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0034】
本発明の方法によれば、上記嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質及び上記スルフィド化合物の添加に続いて、該スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。測定は、嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、細胞内cAMP量測定等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、匂い分子によって活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Nat.Neurosci.,2004,5:263−278)。したがって、匂い分子添加後の細胞内cAMP量を指標にすることで、上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ等が挙げられる。上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する他の方法としては、カルシウムイメージング法が挙げられる。さらに別の方法としては、電気生理学的手法による測定が挙げられる。電気生理学的測定では、例えば、上記嗅覚受容体ポリペプチドを他のイオンチャネルとともに共発現させた細胞(アフリカツメガエル卵母細胞等)を作製し、該細胞上のイオンチャネルの活動をパッチクランプ法や二電極膜電位固定法などで測定することにより、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する。
【0035】
さらに、測定された上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答に基づいて、上記スルフィド化合物への応答に対して試験物質が及ぼす作用を評価すれば、当該応答を抑制する試験物質を同定することができる。試験物質による作用の評価は、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチドの該スルフィド化合物に対する応答を、対照群における該スルフィド化合物に対する応答と比較することによって行うことができる。対照群としては、異なる濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド、該嗅覚受容体ポリペプチドが発現していない細胞、などを挙げることができる。
【0036】
例えば、上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答に対して試験物質が及ぼす作用は、より高濃度の試験物質添加群とより低濃度の試験物質添加群との間、試験物質添加群と非添加群との間、試験物質添加群と対照物質添加群との間、又は試験物質添加前後で、上記スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を比較することによって評価することができる。試験物質添加により、又はより高濃度の試験物質の添加により該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が抑制される場合、当該試験物質を、該嗅覚受容体ポリペプチドの該スルフィド化合物に対する応答を抑制する物質として同定することができる。
【0037】
試験物質添加群における応答が、対照群よりも抑制されていた場合、試験物質を、上記嗅覚受容体ポリペプチドの上記スルフィド化合物に対する応答を抑制する物質として同定することができる。例えば、上記の手順で測定された試験物質添加群における上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていれば、当該試験物質を、上記スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。あるいは、上記の手順で測定された試験物質添加群における上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に抑制されていれば、当該試験物質を、上記スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。
【0038】
上記の手順で同定された試験物質は、スルフィド化合物に対する嗅覚受容体の応答を抑制することによって、個体によるスルフィド化合物の臭いの認識を抑制することができる物質である。したがって、上記手順で同定された試験物質は、スルフィド化合物の臭いの抑制剤として選択することができる。本発明の方法によってスルフィド化合物の臭いの抑制剤として選択された物質は、スルフィド化合物に対する嗅覚受容体の応答抑制によって、スルフィド化合物の臭いを抑制することができる。
【0039】
したがって、一実施形態において、本発明の方法によって選択された物質は、スルフィド化合物の臭いの抑制剤の有効成分であり得る。あるいは、本発明の方法によって選択された物質は、スルフィド化合物の臭いを抑制するための化合物又は組成物に、スルフィド化合物の臭いを抑制するための有効成分として含有され得る。またあるいは、本発明の方法によって選択された物質は、スルフィド化合物の臭いの抑制剤の製造のため、又はスルフィド化合物の臭いを抑制するための化合物若しくは組成物の製造のために使用することができる。
【0040】
本発明の例示的実施形態として、さらに以下の物質、製造方法、用途あるいは方法を本明細書に開示する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0041】
〔1〕スルフィド化合物の臭いの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、以下:
OR4S2及びこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びスルフィド化合物を添加すること;及び、
該スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
【0042】
〔2〕好ましくは、上記スルフィド化合物が、下記式(I):
R
1−[S]
n−R
2 (I)
(式中、R
1とR
2は、同一又は異なって、炭素数1〜6の直鎖又は分枝鎖のアルキル又はアルケニル基を示し、nは1〜5の整数を示す)
で表される化合物である、〔1〕記載の方法。
【0043】
〔3〕上記R
1とR
2が、
好ましくは、同一又は異なって、炭素数1〜4の直鎖又は分枝鎖のアルキル又はアルケニル基を示し、
より好ましくは、同一又は異なって、メチル、エチル、プロピル又はイソプロピルを示し、
さらに好ましくは、R
1とR
2はメチルを示す、
〔2〕記載の方法。
【0044】
〔4〕上記nが、好ましくは1〜3の整数を示し、より好ましくは2又は3を示す、〔2〕又は〔3〕記載の方法。
【0045】
〔5〕好ましくは、上記スルフィド化合物が、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドである、〔1〕〜〔4〕のいずれか1項記載の方法。
【0046】
〔6〕好ましくは、上記スルフィド化合物の臭いが、腐敗した生ごみ、汚水、又は排水口から発せられる悪臭である、〔1〕〜〔5〕のいずれか1項記載の方法。
【0047】
〔7〕好ましくは、上記OR4S2が配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である、〔1〕〜〔6〕のいずれか1項記載の方法。
【0048】
〔8〕好ましくは、上記OR4S2とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドが、配列番号2で示されるアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ上記スルフィド化合物に応答性を有するポリペプチドである、〔1〕〜〔7〕のいずれか1項記載の方法。
【0049】
〔9〕好ましくは、測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定することをさらに含む、〔1〕〜〔8〕のいずれか1項記載の方法。
【0050】
〔10〕上記〔1〕〜〔8〕のいずれか1項記載の方法であって、
好ましくは、対照群における上記スルフィド化合物に対する応答を測定することをさらに含み、かつ該対照群が、以下:
上記試験物質を添加しなかった上記嗅覚受容体ポリペプチド;
対照物質を添加した上記嗅覚受容体ポリペプチド;
上記試験物質添加前の上記嗅覚受容体ポリペプチド;又は
上記嗅覚受容体ポリペプチドが発現していない細胞、
である、方法。
【0051】
〔11〕上記〔10〕記載の方法であって、好ましくは、
上記試験物質を添加した上記嗅覚受容体ポリペプチドの上記スルフィド化合物に対する応答が、上記対照群における該スルフィド化合物に対する応答と比べて統計学的に有意に抑制されていた場合に、該試験物質を該スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、方法。
【0052】
〔12〕上記〔10〕記載の方法であって、好ましくは、
上記試験物質を添加した上記嗅覚受容体ポリペプチドの上記スルフィド化合物に対する応答が、上記対照群における該スルフィド化合物に対する応答に対して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていた場合に、該試験物質を該スルフィド化合物に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、方法。
【0053】
〔13〕好ましくは、上記スルフィド化合物に対する上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を、スルフィド化合物の臭いの抑制剤として選択することをさらに含む、〔1〕〜〔12〕のいずれか1項記載の方法。
【0054】
〔14〕好ましくは、上記OR4S2及びこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、〔1〕〜〔13〕のいずれか1項記載の方法。
【0055】
〔15〕上記〔14〕記載の方法であって、上記組換え細胞が、
好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、RTP1Sをコードする遺伝子とを導入された細胞であり、
より好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、ヒトRTP1Sをコードする遺伝子とを導入された細胞である、
方法。
【0056】
〔16〕好ましくは、上記OR4S2及びこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドとして、上記〔14〕又は〔15〕記載の組換え細胞又はその培養物が使用される、〔1〕〜〔13〕のいずれか1項記載の方法。
【0057】
〔17〕好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISA若しくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、カルシウムイメージングによる測定、又は電気生理学的測定である、〔1〕〜〔16〕のいずれか1項記載の方法。
【実施例】
【0058】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0059】
本実施例で用いた臭い化合物及び試験物質を下記表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
実施例1 スルフィド化合物に応答する嗅覚受容体の同定
(1)ヒト嗅覚受容体遺伝子のクローニング
ヒト嗅覚受容体はGenBankに登録されている配列情報を基に、human genomic DNA female(G1521:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpENTRベクター(Invitrogen)にマニュアルに従って組み込み、pENTRベクター上に存在するNotI、AscIサイトを利用して、pME18Sベクター上のFlag−Rhoタグ配列の下流に作製したNotI、AscIサイトへと組換えた。
【0062】
(2)pME18S−ヒトRTP1Sベクターの作製
RTP1S(配列番号4)をコードするRTP1S遺伝子(配列番号3)を、pME18SベクターのEcoRI、XhoIサイトへ組み込んだ。
【0063】
(3)嗅覚受容体発現細胞の作製
428種のヒト嗅覚受容体のいずれか1種を発現させたHEK293細胞を作製した。表2に示す組成の反応液を調製しクリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。次いで、HEK293細胞(3×10
5細胞/cm
2)を90μLずつ各ウェルに播種し、37℃、5%CO
2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。対照として用いるために、嗅覚受容体を発現させない条件の細胞(Mock)も用意し、同様に実験に用いた。
【0064】
【表2】
【0065】
(4)ルシフェラーゼアッセイ
HEK293細胞に発現させた嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。本研究での匂い応答測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(fluc2P−CRE−hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモータ下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたもの(hRluc−CMV)を同時に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。
【0066】
上記(3)で作製した培養物から、培地を取り除き、DMEM(Nacalai)で調製したスルフィド化合物を含む溶液を75μL添加した。スルフィド化合物は、ジメチルジスルフィド(DMDS)又はジメチルトリスルフィド(DMTS)100μMとした。細胞をCO
2インキュベータ内で3時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼの活性測定には、Dual−Glo
TMluciferase assay system(Promega)を用い、製品の操作マニュアルに従って測定を行った。各種刺激条件について、ホタルルシフェラーゼ由来の発光値をウミシイタケルシフェラーゼ由来の発光値で除した値fLuc/hRlucを算出した。スルフィド化合物刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来のfLuc/hRlucを、スルフィド化合物刺激を行わない細胞でのfLuc/hRlucで割った値をfold increaseとして算出し、応答強度の指標とした。
【0067】
(5)結果
428種類の嗅覚受容体についてDMDS又はDMTSに対する応答を測定した結果、嗅覚受容体OR4S2が、DMDS及びDMTSの両方に対して特異的な応答を示すことが明らかになった(
図1)。OR4S2のDMDS及びDMTSに対する応答は濃度依存的であった(
図2)。またOR4S2は、1mMと3mMの濃度のジメチルスルフィド(DMS)に対しても応答した(
図3)。一方で、OR4S2は、同じく揮発性硫黄化合物であるメチルメルカプタン3mMに対しては応答しなかった(
図4)。したがって、OR4S2は、様々なスルフィド化合物に対して応答性をもつスルフィド化合物受容体である。またOR4S2は、これまでスルフィド化合物に応答することが見出されていない、新規のスルフィド化合物受容体である。
【0068】
実施例2 嗅覚受容体応答に基づくスルフィド化合物の臭いの抑制剤の探索
(1)ルシフェラーゼアッセイ
実施例1(1)〜(3)と同様の手順で、OR4S2(配列番号2)を発現させたHEK293細胞を作製した。実施例1(4)の手順に従って、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイにより、試験物質存在下及び非存在下での嗅覚受容体のDMDSに対する応答(fLuc/hRluc値)を測定した。DMDS単独刺激により誘導されたfLuc/hRluc値(X)、DMDS刺激を行わなかった細胞でのfLuc/hRluc値(Y)、DMDSと試験物質との共刺激により誘導されたfLuc/hRluc値(Z)を求め、以下の計算式により、試験物質存在下での受容体のDMDS応答強度(Response(%))を求めた。
Response(%)=(Z−Y)/(X−Y)×100
独立した実験を3回行い、各回の実験の平均値を求めた。培養物へのDMDSの添加濃度は1mMとし、試験物質の添加濃度は0〜3000μMの範囲で変更した。
【0069】
DMTS応答については、DMTS単独刺激に対するfLuc/hRluc値(X’)を、DMTS刺激を行わなかった細胞のfLuc/hRluc値(Y)で除した値(X’/Y)をDMTS応答値(Fold increase)として算出した。このDMTS応答に対する試験物質の効果を比較するために、DMTSと試験物質との共刺激により誘導されたfLuc/hRluc値(Z’)を同様に刺激を行わなかった細胞のfLuc/hRluc値(Y)で除して(Z’/Y)を算出し、Fold increaseとした。独立した実験を3回行い、各回の実験の平均値を求めた。培養物へのDMTSの添加濃度は300μM、試験物質の添加濃度は100μMとした。
【0070】
結果を
図5及び
図6に示す。cis−4−ヘプテナール及び1,4−シネオールは、いずれも濃度依存的にOR4S2のDMDS応答を抑制した。またこれら2つの化合物はいずれも、OR4S2のDMTS応答も抑制した。これらの結果から、上記2つの化合物が、OR4S2アンタゴニストであることが明らかにされた。
【0071】
実施例3 OR4S2アンタゴニストによるスルフィド化合物の臭いの抑制能
実施例2で同定したOR4S2アンタゴニストであるcis−4−ヘプテナール、及び1,4−シネオールによるスルフィド化合物の臭いの抑制効果を、官能試験により確認した。
【0072】
DMDS、cis−4−ヘプテナール、又は1,4−シネオールについては、ミネラルオイルの0.1%(v/v)溶液を調製した。DMTSについては、ミネラルオイルの0.01%(v/v)溶液を調製した。20mL容のガラス瓶(マルエム、No.6)に2つの綿球を入れ、1つの綿球にはDMDS又はDMTSの溶液30μLを、もう1つの綿球には上記OR4S2アンタゴニストのいずれかの溶液30μLを染み込ませた。上記綿球を入れたガラス瓶は、蓋をして37℃で1時間静置した後、試験サンプルとして官能試験に用いた。基準サンプルとしてDMDS又はDMTSの溶液を含む綿球のみを入れたガラス瓶を、対象サンプルとしてミネラルオイル(Vehicle)を含む綿球のみを入れたガラス瓶を準備した。
【0073】
官能試験は、DMDSに関しては10名、DMTSに関しては11名の評価者により単盲式にて行った。試験は、食後1時間半以上を経過した14時以降から開始した。匂いの拡散を防ぐため、試験は基本的にドラフト付近で行った。スルフィド化合物の臭いへの順応の影響を排除するため、試験中には適宜、DMDS又はDMTS臭の認知強度を確認させ、必要であれば休憩をとった。評価者を二群に分け、一方の群はcis−4−ヘプテナール、次いで1,4−シネオールの順序で、他方の群は1、4−シネオール、次いでcis−4−ヘプテナールの順序で、DMDS又はDMTS臭の抑制効果を評価した。試験サンプルは3名の評価者による評価後に新しいものと交換した。
試験サンプルの臭い評価では、各評価者に、次の5段階の基準「DMDS(又はDMTS)の臭いが、1:わからない、2:感知できる、3:楽にわかる、4:強く感じる、5:耐えられないほど強く感じる」を設定し、DMDS(又はDMTS)単独での臭い強度を3としたときの各試験サンプルのDMDS(又はDMTS)臭の強度を1.0から0.5刻みで5.0までの9段階で評価させた。各評価者による評価結果の平均値を求めた。
【0074】
官能試験の結果を
図7に示す。OR4S2アンタゴニストであるcis−4−ヘプテナール及び1,4−シネオールは、いずれもDMDS及びDMTSの臭い強度を抑制した。以上の結果から、OR4S2アンタゴニストにより、DMDSやDMTSなどのスルフィド化合物の臭いが抑制されること、したがって、OR4S2の応答に基づいてスルフィド化合物の臭いの抑制剤を効率よく探索することができることが明らかにされた。