(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
水に、塩化インジウムおよび四塩化錫を混合した混合水溶液と、アルカリ水溶液とを投入して、前記塩化インジウムおよび前記四塩化錫と前記アルカリ水溶液とをpH5.5〜6.5で反応させて、その反応液中に水酸化物を生成させる反応工程と、
前記反応工程の後、前記反応液にアルカリ水溶液を添加して、pH8〜10に調整するpH調整工程と、
前記pH調整工程におけるアルカリ水溶液の添加開始から5分以内に実施され、前記水酸化物を洗浄する洗浄工程と、
前記洗浄工程で得られた水酸化物の粉末を焼成して酸化錫インジウム粉末を得る焼成工程とを備え、
前記反応工程は、前記反応液を温度20〜80℃に保持し、前記反応工程の終了から5分前までに前記混合水溶液の全投入量の11/12以上の量が投入されるように、かつ前記混合水溶液及び前記アルカリ水溶液の投入終了後の水酸化物濃度を5%以下とし、前記投入終了後180分以内に前記反応工程を終了するように実施され、
前記焼成工程は、少なくとも200〜350℃の領域における昇温速度を200℃/h以上とする
ことを特徴とする酸化錫インジウム粉末の製造方法。
前記焼成工程で得られたITO粉末を非酸化性雰囲気で加熱処理して表面改質する改質工程をさらに備えることを特徴とする請求項1記載の酸化錫インジウム粉末の製造方法。
前記反応工程では、前記混合水溶液及び前記アルカリ水溶液の投入終了後に、5分以上熟成させることを特徴とする請求項1又は2記載の酸化錫インジウム粉末の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
透明導電膜には、透明性と導電性が要求されるところ、従来のITO粉末を用いた膜は、スパッタ法に比べて導電性に劣る傾向があった。
本発明は、上記事情に鑑み提案されたもので、良好な透明性と高い導電性を備えた透明導電膜を形成することができる酸化錫インジウム粉末の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、透明性と導電性に優れる透明導電膜を形成することができるITO粉末の製造方法について鋭意研究した結果、塩化インジウムおよび四塩化錫を混合した混合水溶液と、アルカリ水溶液とを反応させて得られるインジウム錫水酸化物の粒子を棒状に形成するとよいことを見出した。そのためには、反応により生成したインジウム錫水酸化物を溶解・析出させる適切な反応温度、pH、水酸化物濃度を所定の範囲に制御することが重要であり、また、その後の焼成工程を工夫することで、棒状の凝集晶が生成され、目的のITO粉末が得られることを見出した。
【0006】
本発明は、かかる知見の下、以下の解決手段とした。
本発明の酸化錫インジウム粉末の製造方法は、水に、塩化インジウムおよび四塩化錫を混合した混合水溶液と、アルカリ水溶液とを投入して、前記塩化インジウムおよび前記四塩化錫と前記アルカリ水溶液とをpH5.5〜6.5で反応させて、その反応液中に水酸化物を生成させる反応工程と、前記反応工程の後、前記反応液にアルカリ水溶液を添加して、pH8〜10に調整するpH調整工程と、前記pH調整工程におけるアルカリ水溶液の添加開始から5分以内に実施され、前記水酸化物を洗浄する洗浄工程と、前記洗浄工程で得られた水酸化物の粉末を焼成して酸化錫インジウム粉末を得る焼成工程とを備え、前記反応工程は、前記反応液を温度20〜80℃に保持し、前記反応工程の終了から5分前までに前記混合水溶液の全投入量の11/12以上の量が投入されるように、かつ前記混合水溶液及び前記アルカリ水溶液の投入終了後の水酸化物濃度を5%以下とし、前記投入終了後180分以内に前記反応工程を終了するように実施され、前記焼成工程は、少なくとも200〜350℃の領域における昇温速度を200℃/h以上とすることを特徴とする。
【0007】
本発明の酸化錫インジウム粉末の製造方法によれば、立方晶の微細なITO粒子が凝集し、一部が結合した棒状の凝集晶の状態のITO粉末が得られる。このITO粉末を用いて、所定の方法で作製した透明導電膜は、良好な透明性と高い導電性を備える。
<反応工程>
本発明の酸化錫インジウム粉末の製造方法において、反応工程では、水に、塩化インジウムおよび四塩化錫との混合水溶液(以下、原料という場合もある)と、アルカリ水溶液とを投入して、これらを反応させると、インジウム錫水酸化物が生成される。このインジウム錫水酸化物は、後述するように生成後に熟成させると棒状の粒子となり、焼成することにより、棒状の凝集晶の状態の酸化錫インジウム粉末を得ることができ、棒状のため、導電性、透明性の高い膜を形成することができる。
【0008】
この場合、pHを5.5〜6.5の範囲内で反応させることにより、結晶系にて立方晶を得ることができ、得られた粉末を膜にしたときの導電性および透明性を良好にすることができる。
pH5.5未満であると、粒子のサイズが大きくなり、膜の透明性が低下するため好ましくない。一方、pHが6.5を超えると、ITO粉末に導電性及び透明性悪化の原因となる六方晶が副生し、また、最終的に生成する酸化錫インジウム粉末が、棒状凝集晶でなく球状の粉末が多くなるため、十分な導電性を有する膜が得られない。この場合、混合水溶液とアルカリ水溶液とを徐々に投入するのが好ましく、徐々に投入することにより反応液のpHを容易に制御することができ、pHを5.5〜6.5に確実に保持した状態で反応を進めることができる。
【0009】
原料の錫は4価のものを用いる。2価の錫(例えばSnCl
2)を用いると、希薄溶液中においては棒状の粒子の生成が可能であるが、実用上好ましい濃度においては棒状の粒子を得ることができず、棒状凝集晶のない球状の粉末となるため、十分な透明性を有する膜が得られない。
反応液の温度が20℃未満であると、生成する水酸化物が棒状にならず、その結果、棒状凝集晶のない球状の粉末となるため、透明性も悪く、かつ、低抵抗の透明導電膜を得ることができない。生成された水酸化物は、反応後に溶解と析出を繰り返すことにより棒状に成長するが、反応温度が低過ぎると、溶解・析出が促進されず、棒状粒子に成長しないためである。一方、反応液の温度が80℃を超えると、アルカリ水溶液としてアンモニア水を用いる場合に、アンモニアの蒸発が大量に生じるため、pHを安定させることが難しく、また経済的観念からも好ましくない。
また、原料の混合水溶液及びアルカリ水溶液の投入終了後の水酸化物濃度を5%以下とすることにより、水酸化物の成長を制御して棒状に成長させることができ、凝集晶の状態のITO粉末を得ることができる。この水酸化物濃度が5%を超えると、塩濃度が高くなり、反応時に水酸化物が溶解し難くなる為、水酸化物の溶解・析出による棒状成長が阻害され、球状粒子が混在し、透明性並びに低抵抗の透明導電膜を得ることができない。
【0010】
また、反応工程の終了から5分前までに、原料の全投入量の11/12以上の量が投入されているように制御する。これは投入した原料の大部分(11/12以上の量)に対して、その投入により生成される水酸化物の熟成時間を5分以上確保するためである。水酸化物を熟成させることで、粒子を成長させ、焼成工程後に好ましい棒状凝集晶の状態のITO粉末が得られる。
この場合、原料を投入して生成した水酸化物は、生成すると同時に熟成を開始し、反応と熟成が同時に進行する。
このため、反応の初期に生成した水酸化物と、反応の終期に生成した水酸化物とで、熟成時間が変わることになるが、原料又はアルカリ水溶液の投入開始からこれらの投入終了までの時間が長ければ(例えば、120分以上であれば)、反応工程と別個に熟成工程を設けなくても、熟成時間の短い水酸化物はごくわずかであるため、全体としてのITO粉末への影響は実質的になく、本発明の優れた効果を得ることができる。原料等の投入にかかる時間が短い場合には、別途、投入後に反応液を静置して熟成させる時間を設ければよい。
ただし、熟成時間が180分を超えると、粒子のサイズが大きくなり、膜の透明性が低下するため、好ましくない。
【0011】
<pH調整工程、洗浄工程>
pH調整工程および洗浄工程により、残留塩素量を低減することができる。
ここで、pH調整工程のpHが8未満であると、塩素を十分に除去することができず、ITO粉末における残留塩素量が増加するとともに、後の焼成工程で焼結が促進されて焼成工程後に得られるITO粉末の粒径が大きくなる。一方、pHが10を超えても、pH8〜9と同等の塩素低減効果であるため、アンモニアの使用量が増加するのみで、経済的観点より好ましくない。
洗浄工程の実施がアルカリ水溶液の添加開始から5分以内でないと、六方晶のITO粉末が生成するとともに、凝集晶以外に微細な球状のITO粉末も生成し、十分な透明性と導電性を有する膜が得られない。
【0012】
<焼成工程>
水酸化物の脱水が生じる200〜350℃の領域における昇温速度を、200℃/h以上とすることで、急速な脱水によって生じた空隙がそのまま残留することにより、凝集晶の状態のITO粉末を得ることができる。昇温速度が200℃/h未満であると、脱水により生じた空隙が消えて、凝集晶の状態ではない単純な大粒径の棒状粒子となり、膜の透明性が低下する。
尚、棒状凝集晶は、
図1の写真に示す。最大粒子径が100nm以下である一次粒子が、棒状に凝集して結合した状態となっている。この棒状凝集晶のサイズは、例えば、長軸が50nm以上200nm未満、短軸が15nm以上100nm以下である。
【0013】
本発明の製造方法において、前記焼成工程で得られたITO粉末を非酸化性雰囲気で加熱処理して表面改質する改質工程をさらに備えるとよい。
ITO粉末を表面改質することにより、低抵抗の透明導電膜を得ることができる。また、アルコールを用いて改質すると、ITO粉末の有機溶媒への分散性が向上し、透明性も改善される。
【0014】
本発明の製造方法において、前記反応工程では、前記混合水溶液及び前記アルカリ水溶液の投入終了後に、5分以上熟成させるとよい。
これにより、混合水溶液又はアルカリ水溶液の最後の投入分で生成される水酸化物に対しても熟成時間を確保することができ、全ての水酸化物の粒子を成長させ、焼成工程後に好ましい凝集晶の状態のITO粉末をより確実に得ることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法により製造した酸化錫インジウム粉末によれば、良好な透明性と高い導電性を備えた透明導電膜を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態に基づいて具体的に説明する。なお、含有量を示す単位の“%”は、特に示さない限り、質量%である。
【0018】
このITO粉末の製造方法は、水に、塩化インジウムおよび四塩化錫を混合した混合水溶液と、アルカリ水溶液とを投入して、塩化インジウムおよび四塩化錫とアルカリとをpH5.5〜6.5で反応させて、その反応液中に水酸化物を生成させる反応工程と、反応工程の後、反応液にアルカリ水溶液を添加して、pH8〜10に調整するpH調整工程と、pH調整工程におけるアルカリ水溶液の添加開始から5分以内に実施され、水酸化物を洗浄する洗浄工程と、洗浄工程で得られた水酸化物の粉末を焼成してITO粉末を得る焼成工程と、得られたITO粉末を非酸化性雰囲気で加熱処理して表面改質する改質工程とを備えている。
以下、工程順に説明する。
【0019】
<反応工程>
この反応工程は、水に、塩化インジウムおよび四塩化錫を混合した混合水溶液と、アルカリ水溶液とを徐々に投入して、塩化インジウムおよび四塩化錫とアルカリとを反応させて水酸化物を生成させるとともに、生成された水酸化物を反応液中において熟成させる工程である。以下では、便宜上、水酸化物を生成させる反応処理と、生成された水酸化物を熟成させる熟成処理とに分けて説明する。
【0020】
(反応処理)
反応処理においては、水に、塩化インジウムおよび四塩化錫を混合した混合水溶液とアルカリ水とを徐々に投入して、塩化インジウムおよび四塩化錫とアルカリとを反応させることにより、インジウム水酸化物と錫水酸化物とが共沈する。アルカリとしてアンモニアを用いた場合は、以下の(1)(2)で示す反応となる。
(1)InCl
3+3NH
4OH→In(OH)
3+3NH
4Cl
(2)SnCl
4+4NH
4OH→Sn(OH)
4+4NH
4Cl
この共沈殿物であるインジウム錫水酸化物は、後述するように生成後に熟成させることにより棒状の粒子となり、焼成することにより、棒状の凝集晶の状態の酸化錫インジウム粉末を得ることができ、棒状のため、導電性、透明性の高い膜を形成することができる。
【0021】
この反応処理において反応液のpHを5.5〜6.5の範囲内とすることにより、生成される水酸化物の粒度分布を小さくして、粒子サイズを均一化することができるとともに、結晶系にて立方晶を得ることができ、得られた粉末を膜にしたときの導電性および透明性を良好にすることができる。
pH5.5未満であると、粒子のサイズが大きくなり、膜の透明性が低下するため好ましくない。一方、pHが6.5を超えると、ITO粉末に、導電性及び透明性悪化の原因となる六方晶が混入し、また、棒状凝集晶でなく球状の粉末が多くなるため、十分な導電性を有する膜が得られない。立方晶であることはX線回折(XRD)により確認することができる。この場合、水に、塩化インジウムおよび四塩化錫の混合水溶液と、アルカリ水溶液とを徐々に投入することにより、反応液のpHを容易に制御することができ、pHを5.5〜6.5に確実に保持した状態で反応を進めることができる。
単位時間当たりの投入量は、反応液のpHを5.5〜6.5に保持できる量であれば特に限定されるものではなく、原料の水溶液の濃度等にもよるが、例えばITO粉末650gを製造する場合に、原料としては10〜200g/分、アルカリ水溶液としては原料の時間当たり投入量の1/10〜1倍の投入量(1〜200g/分)とされ、いずれも滴下による方法が好適である。
なお、反応初期においてはpHが安定しないため、pH5.5〜6.5の範囲から外れる場合もある。このような場合でも、pHが所定の範囲から外れた時間が、工程全体の時間に対して十分に短ければ(例えば、原料又はアルカリ水溶液の投入開始からこれらの投入終了までの時間の1/10以内程度であれば)、ITO粉末への影響はなく、本発明の優れた効果を得ることができる。
pHをこの範囲に維持するために、反応初期においては塩化インジウムおよび四塩化錫の混合水溶液をアルカリ水溶液より多めに投入するとよい。なお、反応が進むと、水酸化物および原料由来のイオンの濃度が上昇して、緩衝液となるため、pHは安定する。
この場合、原料とアルカリ水溶液とを水に徐々に投入する方法ではなく、原料の塩化インジウムおよび四塩化錫の混合水溶液を反応器に貯留しておき、これにアルカリ水溶液を投入する方法では、生成する粒子の粒度分布が広く、不均一サイズの粒子になる。粗大な粒子も多数できるため、膜にしたときの透明性が低下する。
【0022】
四塩化錫は、この棒状粒子を得るために必要であり、2価の錫(例えばSnCl
2)を用いると、希薄溶液中においては棒状粒子の生成が可能であるが、実用上好ましい濃度においては棒状の粒子を得ることができず、棒状凝集晶のない球状の粉末となるため、十分な透明性を有する膜が得られない。
この反応処理における反応液の温度は20〜80℃とする。反応液の温度が20℃未満であると、生成する水酸化物が棒状にならず、棒状凝集晶のない球状の粉末となるため、透明性も悪く、かつ、低抵抗の膜を得ることができない。一方、温度が80℃を超えると、アルカリ水溶液としてアンモニア水を用いる場合に、アンモニアの蒸発が大量に生じるため、経済的観念から好ましくない。
また、反応処理終了後(原料及びアルカリ水溶液の投入終了後)の水酸化物濃度は5%以下となるようにする。水酸化物濃度を5%以下とすることにより、水酸化物の成長を制御して棒状に成長させることができ、凝集晶の状態のITO粉末を得ることができるからである。5%を超えると、塩濃度が高くなる為、反応時に水酸化物の溶解・析出による棒状成長が阻害され、球状粒子が混在し、透明性並びに低抵抗の透明導電膜を得ることができない。
【0023】
(熟成処理)
熟成処理で水酸化物の粒子を成長させることにより、焼成工程後に好ましい棒状凝集晶の状態のITO粉末が得られる。
前述したように反応処理と熟成処理とに便宜的に分けて説明しているが、反応処理において原料を徐々に反応器に投入するので、反応で生成した水酸化物は、生成すると同時に熟成を開始することになり、反応と熟成とが同時に進行する。
この場合、反応処理の初期に生成した水酸化物と、反応処理の終期に生成した水酸化物とで、熟成の時間が変わることになる。このため、反応処理の終期に生成した水酸化物の熟成の時間を確保するには、原料及びアルカリ水溶液の投入終了から5分間以上の熟成の時間を設けることがよい。好ましくは、30分の熟成の時間を確保できるとよい。
しかし、反応処理の時間(原料又はアルカリ水溶液の投入開始からこれらの投入終了までの時間)が長ければ(例えば、120分以上であれば)、反応処理と別個に熟成処理を設けなくても、熟成時間の短い水酸化物はごくわずかであるため、全体としてのITO粉末への影響は実質的になく、本発明の優れた効果を得ることができる。反応処理の時間が短い場合には、別途、反応処理の後に反応液を静置して熟成させる時間を設ければよい。これにより、反応終了間際に滴下した原料も熟成時間が確保されるので、全ての水酸化物の粒子を成長させ、焼成工程後に好ましい凝集晶の状態のITO粉末をより確実に得ることができる。
熟成処理の時間(原料及びアルカリ水溶液の投入開始からの経過時間)が180分を超えると、粒子のサイズが大きくなり、膜の透明性が低下するため、好ましくない。この180分の範囲内で熟成時間をどの程度確保するかは、反応処理で投入される原料及びアルカリ水溶液の量、その量全部の投入に要する時間等により定まる。
なお、熟成処理における温度は反応処理における温度をそのまま維持し、20〜80℃とする。
【0024】
<pH調整工程、洗浄工程>
pH調整工程および洗浄工程により、ITO粉末における残留塩素量を低減することができる。
反応工程における反応初期に生成された水酸化物の熟成時間を180分以内とするために、pH調整工程においては、反応工程の原料又はアルカリ水溶液の投入開始から180分以内にアルカリ水溶液を添加する。そして、このアルカリ水溶液を添加して得られる合成液のpHを8〜10に調整する。この合成液のpHが8未満であると、塩素を十分に除去することができず、ITO粉末における残留塩素量が増加するとともに、後の焼成工程で焼結が促進されて焼成工程後に得られるITO粉末の粒径が大きくなる。一方、pHが10を超えても、pH8〜9と同等の塩素低減効果であるため、アンモニアの使用量が増加するのみで、経済的観点より好ましくない。
一方、洗浄工程では、pH調整工程後の合成液に水を加えて攪拌した後に静置し、その上澄み液を流し去るデカンテーション操作により、塩(塩素、アンモニウムイオン)を除去して沈殿物(インジウム錫水酸化物)を洗浄する。洗浄工程の終了は、流し去られる上澄み液の電気伝導率が例えば100μS/cm以下になったことで判断し、100μS/cm以下になるまでデカンテーション操作を繰り返す。
また、この洗浄工程は、合成液を水で希釈して粒子の成長を停止させる処理であり、pH調整工程におけるアルカリ水溶液の添加開始から5分以内に実施する。5分以内でないと、六方晶のITO粉末が生成するとともに、凝集晶以外に微細な球状のITO粉末も生成し、十分な透明性と導電性を有する膜が得られない。
なお、pH調整工程及び洗浄工程における温度は、特に限定されず常温でよい。
【0025】
<焼成工程>
洗浄工程で洗浄されたインジウム錫水酸化物をろ過して取出し、これを乾燥した後、大気中で400〜800℃で1〜6時間焼成する。
この焼成工程では、インジウム錫水酸化物が酸化してITO粉末となる。この場合、水酸化物の脱水が生じる200〜350℃の領域における昇温速度を、200℃/h以上とすることで、急速な脱水によって生じた空隙がそのまま残留することにより、凝集晶の状態のITO粉末を得ることができる。昇温速度が200℃/h未満であると、脱水により生じた空隙が消えて、凝集晶の状態ではない単純な大粒径の棒状粒子となり、膜の透明性が低下する。
【0026】
<改質工程>
焼成工程で得られたITO粉末を非酸化雰囲気で加熱することでさらに導電性を高くする。具体的には、ITO粉末にエタノールを含む表面処理液を含浸させ、非酸化性雰囲気(例えば窒素雰囲気)で加熱処理する。アルコール蒸気を含有した非酸化性雰囲気で加熱処理してもよい。加熱条件としては250〜800℃で30分〜6時間とする。
ITO粉末を改質することにより還元され、低抵抗の透明導電膜を得ることができる。また、この改質工程でアルコールを使うと、ITO粉末の有機溶媒への分散性が向上し、膜の透明性も改善される。
【0027】
<ITO粉末>
以上の工程を経て製造されたITO粉末は、X線回折測定において立方晶のみからなり、比表面積(BET)が29.0m
2/g以上、かさ密度が0.68g/cm
3以上である。また、個々のITO粉末は、
図1に示すように、粒径(長軸径)100nm以下の多数の一次粒子が棒状に凝集して結合した凝集晶を形成しており、凝集晶としてのサイズは、長軸が50nm以上200nm未満、短軸が15nm以上100nm以下とされる。
このITO粉末は、少なくともX線回折測定において六方晶のピークが観察されず、立方晶のみからなることが必要である。六方晶が混在していると、十分な透明性と導電性を有する膜が得られない。
また、一次粒子径が100nm以下と小さいので、膜にしたときに高い透明性を示す。一般には、粒子径が小さく比表面積の大きい粉末は、かさ密度が低くなり、かさ密度が低いと充填性が不足するため膜の導電性が低下する。しかし、本発明のITO粉末では、一次粒子が凝集し、その一部が結合した凝集晶の状態となっており、比表面積とかさ密度の両方が高いという特徴を有する。このため、本発明のITO粉末によれば、比表面積が高いにもかかわらず、高いかさ密度により高い導電性が発揮され、良好な透明性と高い導電性を備えた透明導電膜を作成することができる。凝集晶でなく、一次粒子が集まった単なる凝集体であると、そのITO粉末を分散媒に分散して塗料を作製する際に、凝集が解かれてしまい、膜として導電性を発揮することが困難になる。凝集晶であることは、超音波振動等の振動や衝撃を付与することによって確認することができ、単なる凝集体の場合は粒状の粉末に分散するが、凝集晶の場合は、凝集晶としての形態のまま分散する。
この凝集晶は、長軸が50nm未満であると、粒子どうしの接触が悪く、膜の導電性が低下する。長軸が200nm以上であると、一次粒子径も100nmを超えることになり、膜の透明性が悪くなる。短軸が15nm未満であると、一次粒子径も小さくなり、膜の導電性が低下する。短軸が100nmを超えると、粒子サイズが大きくなり、膜の透明性が悪くなるので、好ましくない。
また、比表面積が29.0m
2/g未満であると、一次粒子径が大きいので、膜の透明性が低下する。一方、粉体かさ密度が0.68g/cm
3未満であると、充填性が不足するため膜の導電性が低下する。
【0028】
<透明導電膜>
本発明のITO粉末は、これを分散媒に分散した分散液とし、その分散液を塗布して圧縮することにより透明導電膜を得ることができる。具体的には、分散液を支持体上に塗布して乾燥させた後、その塗布層を所定の圧力で圧縮することにより、透明性と導電性に優れる透明導電膜とすることができる。
この場合、支持体や分散媒は特に限定されるものではない。例えば、支持体としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン、ポリプロピレン等の樹脂フィルムを用いることができる。分散媒としては、メタノール、エタノール等のアルコール類を好適に用いることができる。ITO粉末を分散媒に分散する場合、均一に分散するため超音波振動をかけながら分散するとよい。
このITO粉末を分散させた分散液を支持体上に塗布する方法としては、特に限定されるものではなく、バーコーターなど、塗料の塗布方法として公知の方法を適用することができる。
支持体に塗布して乾燥させた塗布層を圧縮する場合、ロールプレス、シートプレスいずれも用いることができる。加圧力としては、ロールプレスの場合10N/mm
2以上が好ましい。温度は常温でよい。
ITO粉末が棒状凝集晶からなるので、圧縮して膜を形成すると、棒状凝集晶が複雑にからみ合うとともに、その一部が破壊されて隙間を埋めることにより、相互に緊密に密接し、緻密な膜を形成することができる。例えば、膜密度が0.78g/ml以上の膜が得られる。この膜の表面に保護層等を積層し、支持体から剥離すれば、透明導電膜が得られる。
この透明導電膜は、棒状凝集晶と、これが破壊されて生じる凝集晶や単一の棒状粒子とからなるITO粉末が密接して得られたものであり、良好な透明性と高い導電性を備えた透明導電膜である。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を比較例と共に示す。
24%濃度のInCl
3水溶液1920gと55%濃度のSnCl
4水溶液194gとを混合した。この混合水溶液と、アルカリ水溶液として25%アンモニア水とを24Lの水中に60分かけてそれぞれ一定量ずつ同時に滴下した。尚、反応液の温度、pH(滴下初期の不安定時を除く)、滴下開始から終了までの時間(反応時間と表記する)、滴下終了からの熟成の時間(熟成時間と表記する)は表1の通りとした。熟成中の反応液の温度は反応処理時と同じ温度に維持した。原料滴下終了後の水酸化物濃度をICP発光分析により測定したところ、表1の通りであった。なお、表1において、比較例8は原料にSnCl
2を使用した。また、比較例12は、原料とアルカリ水溶液との反応方法を変えたものであり、反応器に原料を張り込んでおき、その原料にアルカリ水溶液を滴下した。この場合、アルカリ水溶液の滴下終了時点でpHが5.5となった。
【0030】
以上のように反応させ熟成させた後、pH調整のためのアルカリ水溶液としてアンモニア水を添加した。添加後所定時間(表1の「アルカリpH調整時間」)内に、洗浄工程に移り、生成した沈殿物をイオン交換水によって傾斜法にて繰り返し洗浄した。上澄み液の電気伝導率が100μS/cm以下になったところで、沈殿物(In/Sn共沈水酸化物)を濾別し、110℃で一晩乾燥した。乾燥後、焼成する前に水酸化物の塩素濃度をICP発光分析により測定したところ、表1の「焼成前のCl濃度」の欄に示す通りであった。その後、大気中550℃で3時間焼成した。この場合、200〜350℃の温度領域における昇温速度を表1の通りの条件とした。
得られた凝集体を解砕し、ITO粉末約650gを得た。
【0031】
上記ITO粉末40gを、無水エタノールと蒸留水を混合(混合比率はエタノール95重量部に対して蒸留水5重量部)した表面処理液に入れて含浸させた後、ガラスシャーレに入れて窒素ガス雰囲気下、330℃にて2時間加熱処理した。この表面の改質処理を1回ずつ10バッチ実施し、合計約400gの改質処理ITO粉末を得た。なお、処理バッチ毎の特性差をなくすため、ITO粉末が良く冷えてからビニール袋に入れて、改質処理したITO粉末が均一になるよう混合した。
【0032】
【表1】
【0033】
このようにして製造したITO粉末の結晶系、形状、短軸径、長軸径、かさ密度、比表面積は以下の方法によって測定した。
〔結晶系〕
X線回折装置(リガク製MiniFlexII)にて、32.7°のピーク強度(六方晶)と30.6°のピーク強度(立方晶)との比(32.7°のピーク強度/30.6°のピーク強度)を測定した。
〔形状・短軸径・長軸径〕
透過型電子顕微鏡(TEM)によって粉体の形状を把握し、棒状凝集晶の有無、及び棒状凝集晶以外の単粒子(棒状粒子、球状粒子、立方体等)の存在を確認した。また、一次粒子及び棒状凝集晶の短軸径および長軸径のそれぞれの平均値を求めた。
〔かさ密度〕
JIS K 5101−12−1にて求めた。
〔比表面積〕
BET比表面積は、島津製作所社の装置(フローソーブIII 2310)を用いて測定した。
これらの測定結果を表2に示す。
【0034】
【表2】
【0035】
図1は実施例1により得られたITO粉末の顕微鏡写真であり、微細な一次粒子が結合して棒状の凝集晶となっていることがわかる。
これに対して、
図2は比較例7により得られたITO粉末の顕微鏡写真であり、棒状の凝集晶とならず、棒状の単体粒子が生成されている。
【0036】
次いで、ITO粉末をエタノール中で超音波振動を10分間付与することにより分散させ、分散した液を、予め重量を測定したPETフィルム上にバーコーターNO.16で成膜した。70℃で1分乾燥後、PETフィルムの重量を測定し、単位面積当りの膜重量を算出した。次に、直径50mmの金型により、ITO粉末を塗布したPETフィルムを34MPaの圧力にて荷重した。出来たITOフィルムの膜厚、表面抵抗値、ヘーズ、凝集晶の破壊割合を下記にて求めた。
〔膜の密度〕
成膜前後のフィルムの単位面積当りの重量差を測定するとともに、PETフィルムからITO膜の一部を剥離して、レーザ顕微鏡にてPETフィルム上のITO膜の膜厚(PETフィルム表面からの高さ)を測定し、膜密度を算出した。
〔膜の凝集晶破壊割合〕
膜に成形する前(圧力をかける前)の状態と、圧力をかけて成膜した後の状態とをそれぞれSEMにて5万倍で観察した写真から、面積5cm
2の観察視野内の破壊された凝集晶と破壊されていない凝集晶の個数を数え、数値化した。
〔膜の透明度〕
スガ試験機製ヘーズメーターHZ−2を用いてヘーズ値を測定した。
〔膜の表面抵抗率〕
三菱化学アナリティック製ロレスタMCP−T610にて測定した。
これらの測定結果を表3に示す。表3中、「棒状凝集晶の破壊割合」の欄で、「*」印は球状もしくは立方体の粒子が混在しているため、棒状凝集晶が不明であったことを示し、「**」は棒状凝集晶が存在しないことを示す。
【0037】
【表3】
【0038】
表3から明らかなように、本実施例の方法で作製されたITO粉末は、棒状の凝集晶であることから、比表面積が大きい割にかさ密度が大きく、その結果、膜にしたときの抵抗値が低く、高い導電性を有する膜が得られている。また、透明性にも優れている。さらに、膜の密度も高く、棒状凝集晶が緻密に充填された膜となっていることがわかる。特に、棒状凝集晶であることから、これらが複雑に絡み合うとともに、膜形成時の圧力によって一部破壊され、その破壊された粒子が隙間を埋めて、緻密な膜を形成するものと考えられる。したがって、このITO粉末は、膜に成形するときの圧縮性に優れ、高密度かつ高強度の膜を形成することができる。
【0039】
これに対して、比較例1のITO粉末は、反応熟成工程でのpHが低いために粒子サイズが大きくなり、比表面積が小さくなって膜の透明性が悪くなっている。
比較例2は、逆にpHが高いために六方晶が混入し、膜の導電性が悪化している。比較例3は、反応温度が低過ぎるため、棒状凝集晶として生成されずに球状や立方体の粒子となり、膜としての抵抗値が高く、透明性も低い。
比較例4は、熟成時間を設けなかったため、反応終了間際に滴下した原料において、溶解・析出による棒状粒子の生成がなされず、一部、球状もしくは立方体状のITO粉末が存在し、膜としての透明性が低下した。
比較例5は、熟成時間が長すぎるために粒子サイズが大きくなり、比表面積が小さく、膜としての透明性が低い。
比較例7は、焼成時の昇温速度が小さいために棒状凝集晶とならずに、棒状の単粒子として成長しており、かさ密度、比表面積とも小さく、膜の抵抗値が高い。比較例8は、原料に2価の錫を用いたため、棒状凝集晶にならず、球状や立方体の粒子が生成された。その結果、かさ密度が低く、膜の透明性が悪くなった。
比較例9は、調整工程における合成液のpHが低いために、塩素濃度が高く、焼成後のITO粉末の粒子サイズが大きくなり、比表面積が小さく、膜としての透明性が低い。
比較例10は、調整工程におけるアルカリ添加開始から洗浄工程開始までの時間が長いために、六方晶が混在し、膜の導電性が悪くなっている。
比較例11は、反応熟成工程における原料投入終了時の水酸化物濃度が高く、塩濃度が高いため、溶解・析出による棒状粒子への成長が阻害され、棒状凝集晶に球状粒子が混在し、膜の透明性、導電性が悪くなっている。
比較例12は、反応熟成工程における原料とアルカリ水溶液との反応方法が異なるものであり、粒子サイズが大きく、比表面積が小さいため、膜としての透明性が低い。
比較例13は、調整工程におけるアルカリ添加開始から洗浄工程開始までの時間が長く、また、焼成時の昇温速度も小さいため、六方晶が混入しているとともに、棒状凝集晶ではない棒状あるいは球状の単粒子のITO粉末となった。このため、膜の透明性が悪くなっている。