(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1記載の製造方法により得られた金多孔質膜であって、形成された細孔の長径/短径の比が3以下であり、細孔の長径/短径の比が3を超える細孔を含まないことを特徴とする金多孔質膜。
【背景技術】
【0002】
金属の多孔質膜は各種電子材料等として注目されており、中でも金多孔質膜は耐食性に優れることから各種材料や触媒への応用が期待されている。そのため、金多孔質膜の製造方法も種々提案されている。
たとえば、特許文献1には、均質なナノスケールの細孔を有する金多孔質膜の安全かつ簡単な製造方法として、カルボン酸またはカルボン酸塩水溶液中で電位を、水素標準電極電位に対して+1.5〜11V程度としてアノード酸化数ことにより、均質で数nm〜数百nmの微細孔を有する金多孔質膜が得られる製造方法が提案されている。
しゅう酸以外のカルボン酸水溶液を用いて得られる多孔質皮膜は金の酸化物であり,大気中で金へと序々還元される.この反応を利用した金微細構造の形成手法として,水中での金のナノ粒子形成も提案されている。
たとえば、特許文献2には、粒状金ナノ粒子の製造方法の中で、しゅう酸およびその塩を除くカルボン酸またはカルボン酸塩水溶液中で金をアノード酸化して多孔質膜を得ることが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述の提案にかかる製造方法で得られる酸化皮膜は、作製直後は金の酸化物である事が多く,金への還元には室温で約1ヶ月もの長期間を要するという問題があった。
このため、均質な多孔質膜をより短期間で製造することのできる金多孔質膜の製造方法の開発が要望されている。
【0006】
したがって、本発明の目的は、均質な多孔質膜をより短期間で製造することのできる金多孔質膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解消すべく鋭意検討した結果、アノード酸化を行った後、カソード還元を行うことで上記課題を解消しうることを知見し、さらに研究を重ねた結果、カソード還元時に細孔の欠陥が発生する場合があることを知見し、かかる知見からこの細孔の欠陥を抑制する手法を考案して本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の各発明を提供するものである。
1.基板を用い、しゅう酸及びその塩を除くオキソ酸類水溶液中で金のアノード酸化を行う酸化工程と、該酸化工程終了後、金多孔質皮膜の膜厚が200nm未満となる場合は直ちに、金多孔質皮膜の膜厚が200nm以上となる場合は所定時間放置した後に、カソード還元を行う還元工程とを行うことを特徴とする金多孔質膜の製造方法。
2.上記還元工程における上記放置は、上記酸化工程終了後アノード酸化により得られる酸化反応物を放置して酸化金全体の10%以上が金に還元されるまで行うことを特徴とする1記載の金多孔質膜の製造方法。
3.上記還元工程における上記放置は、上記酸化工程酸化終了後、0〜150℃の条件で、4日間〜10秒間行うことを特徴とする1記載の金多孔質膜の製造方法。
4.上記オキソ酸が、無機オキソ酸類であることを特徴とする1〜3のいずれかに記載の金多孔質膜の製造方法。
5.上記基板が、バルブ金属からなることを特徴とする1〜4のいずれかに記載の金多孔質膜の製造方法。
6.上記バルブ金属がアルミニウムまたはチタンであることを特徴とする5記載の金多孔質膜の製造方法。
7.上記オキソ酸類がホウ酸およびその塩であることを特徴とする5記載の金多孔質膜の製造方法。
8. 1記載の製造方法により得られた金多孔質膜であって、形成された細孔の長径/短径の比が3以下であり、細孔の長径/短径の比が3を超える細孔を含まないことを特徴とする金多孔質膜。
【発明の効果】
【0008】
本発明の金多孔質膜の製造方法によれば、均質な多孔質膜をより短期間で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、0℃、0.1Mの硫酸水溶液中で金箔のアノード酸化およびカソード還元を行った際の制御電位と電流値の変化を示すチャートである。
【
図2】
図2は、0℃、0.1Mの硫酸水溶液中での金箔のアノード酸化およびカソード還元により得られた金多孔質皮膜の破断面SEM像を示す図面代用写真である。
【
図3】
図3は、0℃、0.1Mの硫酸水溶液中での金箔のアノード酸化およびカソード還元により得られた金多孔質皮膜のAu4fのXPSスペクトルを示すチャートである。
【
図4】
図4は、0℃、0.1Mの硫酸水溶液中での金箔をアノード酸化後、室温大気中で3日放置してからカソード還元を実施した際の制御電位と電流値の変化を示すチャートである。
【
図5】
図5は、0℃、0.1Mの硫酸水溶液中での金箔をアノード酸化後、室温大気中で3日放置してからカソード還元を実施して得られた金多孔質皮膜の破断面SEM像を示す図面代用写真である。
【
図6】
図6は、0℃、0.1Mの硫酸水溶液中でのAu,Al,Ti,SUS304のアノード分極曲線を示すチャートである。
【
図7】
図7は、Alの表面に形成した膜厚100nmの金の0℃,濃度0.1Mの四ホウ酸アンモニウム水溶液中でのアノード酸化およびカソード還元により得られた皮膜の外観を示す写真(図面代用写真)である。
【
図8】
図8は、Alの表面に形成した膜厚100nmの金の0℃,濃度0.1Mの四ホウ酸アンモニウム水溶液中でのアノード酸化およびカソード還元により得られた皮膜の破断面のSEM像を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の金多孔質膜の製造方法は、基板を用い、しゅう酸を除くオキソ酸類水溶液中で金のアノード酸化を行う酸化工程と、該酸化工程終了後、金多孔質膜の厚さが200nm以上であるか否かによって放置しカソード還元を行う還元工程とを行うことにより実施することができる。
本発明の製造方法により得られる金多孔質膜については後述する。
以下、各工程について説明する。
<酸化工程>
酸化工程は、金のアノード酸化を行い、金酸化物の多孔質膜を形成する工程であり、該アノード酸化は、基板をオキソ酸類水溶液中に浸漬した状態で正の電圧を印加することで行うことができる。
ここで用いる上記基板としては、金箔などの金の薄膜をそのまま基板として用いることができる他、アルミニウム、チタン、ニオブ、タンタル等のバルブ金属からなる基板が好ましく用いられ、中でも上記バルブ金属としてアルミニウム又はチタンが水溶液中でのアノード酸化時の基板の安定性および金多孔質皮膜との接着性が高く好ましい。上記基板として上記バルブ金属を用いる場合には、金をアノード酸化環境に供給する必要があるが、基板表面にスパッタリングなどの公知の手法を用いて金を付着させるのが好ましい。
【0011】
上記オキソ酸類としては、しゅう酸を除くオキソ酸及びその塩が挙げられ、オキソ酸としては、例えば、硫酸、リン酸、ホウ酸、ハロゲンのオキソ酸などが挙げられ、硫酸、リン酸、ホウ酸、過塩素酸などが好ましい。オキソ酸の塩としては、上述のオキソ酸のアルカリ金属塩、アンモニウム塩などが挙げられる。
【0012】
オキソ酸類の水溶液中での濃度については、酸化皮膜の形成速度が速いという点では濃度が高い方がよく、反応を穏やかに進行させるという点では濃度が低い方がよい。これらのことから、水溶液中におけるオキソ酸又はその塩の濃度は、好ましくは0.1〜1Mである。
【0013】
上記アノード酸化の際の陰極は、公知のアノード酸化時に用いられるものを特に制限なく用いることができ、例えば、炭素電極、チタン電極、アルミニウム電極などを用いることができる。
【0014】
電極間にかけられる電圧、電流値は、特に制限されないが、均質な酸化皮膜を得やすいという点からは好ましくは標準電極電位に対して1.8〜4.0Vであり、より好ましくは2〜3Vである。但し、ホウ酸やホウ酸塩の様に飽和濃度が低く、従って電解液の導電率が低い場合は、より高い電圧(たとえば10V)として反応速度を高めることが好ましい。電圧は、アノード酸化開始時から一定に保てばよいが、反応が穏やかな低電圧で開始し、その後徐々に上げることもできる。そのように電圧を徐々にあげることで、より均質な金多孔質膜(酸化皮膜)が得られる場合があるので好ましい。
【0015】
アノード酸化時間は、形成する金酸化皮膜の膜厚、電極にかけられる電圧、オキソ酸
またはその塩の導電率等により異なり、特に限定されるものではない。酸化時間が長くなれば、一般的には酸化皮膜の膜厚は厚くなる。他方、ある程度の厚さとなると膜厚の増加が停止し、更に電解を続けると酸化皮膜が剥離する場合がある。よって、このような酸化皮膜の剥離が起きないような時間が選択されることが通常好ましい。
また、本発明においては、上記基板がバルブ金属からなるものである場合に、上記無機オキソ酸類としてホウ酸およびその塩を用いると、電解液が基板に達した時の酸化反応が穏やかとなり、基板と金多孔質皮膜との接着性が向上する点で特に好ましく、具体的にはホウ酸、四ホウ酸アンモニウム、五ホウ酸アンモニウム等が好ましく挙げられる。
【0016】
<還元工程>
本発明における還元処理は、上記所定条件下として、金
酸化物多孔
質膜の膜厚が200nm以上であるか否かを判断して、200nm未満となる場合は直ちに、金酸化物多孔
質膜の膜厚が200nm以上となる場合は放置した後にカソード還元を行うことにより還元処理を行う。
カソード還元は、上記のアノード酸化により基板上に形成された金酸化物多孔質膜をカソードとして、電解質溶液中で、アノードとなる対極との間で電流を流すことにより、金酸化物膜を還元処理する方法であり、本発明においては上記アノード酸化に際して用いた電極及び電解質溶液をそのまま用いて、アノード酸化の際とは陰極と陽極を逆にして電圧を印加することでカソード還元を行うのが好ましい。
したがって、この際用いられる電解質溶液としては、上述したアノード酸化において用いられる電解質溶液を上記アノード酸化に用いて得られる電解質溶液を挙げることができ、カソード還元を行う際に用いられる陽極用の電極としては、上述したアノード酸化において用いられる陰極を挙げることができる。
また、カソード還元を行う際の印加電圧は、電極から水素が発生する電位まで下げないことが好ましい。標準電極電位に対して―0.0〜―1.5Vであり、より好ましくは−0.5〜−1.0Vである。基板にバルブ金属を用いた場合はアノード酸化時に基板の酸化反応が進行するため、その酸化皮膜の電気抵抗に対応してカソード還元の電位を低く設定するのが好ましい。
【0017】
カソード還元中に金酸化物多孔質膜の電極側、つまり皮膜の底部から電子が供給されて金への還元が進行する。このとき、金酸化物から金への変化に伴う体積の収縮が皮膜の底部から進行する。その一方、皮膜の上部は酸化皮膜のままであることから、皮膜の底部から粗大な空隙が発生し、それが皮膜上部へと成長する。この現象は、金
酸化物多孔
質膜の膜厚が200nm以上の場合に現れ、200nm未満の場合には見られない。このことから上記のとおり金
酸化物多孔
質膜の膜厚が200nm以上の場合にはこの欠陥の発生を防ぎ、均質な多孔質皮膜を得るためにアノード酸化終了後、所定時間放置して均質に還元させた後にカソード還元を行うのが好ましい。
カソード還元は、アノード酸化後放置して酸化金全体の10%以上を金に還元させた後行うのが好ましい。このときの還元量の定量は、電気化学的に行うことが好ましい。すなわち、アノード酸化後直ちにカソード還元を実施した時のカソード反応の電気量(カソード電気量)をAとし、所定時間放置後にカソード還元した際のカソード電気量をBとする。Bは未還元の酸化金の還元に要した電気量であるから,放置中の還元量(%)は{(A−B)/A×100}の計算によって求めることができる。XPS測定により得られるAu4fスペクトルのピーク分離によって金と酸化金の比を求める事も可能であるが、この場合は皮膜の最表面のみの比であり、皮膜全体の還元量を定量的に示すものではない.また、上記カソード還元は、具体的には、0〜150℃の条件で、4日間〜10秒間放置した後行うのが好ましい。すなわち、0℃の条件では4日間放置し、150℃の条件では10秒間放置するというように、低温であれば長時間、高温であれば短時間放置するのが好ましい。
このように、一旦放置して一定量自然に還元させた後カソード還元を行って金酸化物の全量を金に還元するのが、良好で均質な多孔質を形成する上で好ましい。
【0018】
<本発明の製造方法により得られる金多孔質膜>
本発明の製造方法により得られる金多孔質膜は、均質な多孔質が形成された膜であり、形成された細孔の長径/短径の比が3以下(細孔の長径/短径の比が3以上の細孔を含まない) 、好ましくは2〜1である。このように細孔の形状も均質なものが得られるので、各種電子材料として有用である。
【実施例】
【0019】
以下、本発明について実施例及び比較例を示してさらに具体的に説明するが本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0020】
〔比較例1〕
純度99.95%の金箔(厚さ10μm)を基板として用い、0℃,0.1Mの硫酸水溶液中でHg/Hg
2SO
4参照極に対して0Vから1.8Vまで10mVs
−1で電位を上げ、その後電気量が50Ccm
−2に達するまで1.8Vでアノード酸化を実施した。その後直ちにカソード還元を行った。カソード還元は、−10mVs
−1で0Vまで電位を下げて0Vで電位を3分間維持することで行い、この際、
図1に示す様にカソード電流が確認され、この時のカソード還元の電気量は0.41Ccm
−2であり、カソード還元されていることが確認された。得られた試料の破断面をSEMにより観察し、その結果を
図2に示す。
図2に示す様に皮膜の下側に縦穴が存在する多孔質皮膜が得られた。
図3に得られた試料のAu4fのXPSスペクトルを示すが,多孔質皮膜の金の酸化状態は0価であることが確認された。
【0021】
〔実施例1〕
アノード酸化後に試料を純水で洗浄し,大気中約15℃で3日静置した後カソード還元を行った以外は実施例1と同様にしてカソード還元を実施したところ、
図4に示す様にカソード電流が確認され、カソード還元が起こったことを確認した。この時のカソード還元の電気量は0.26Ccm
−2であった。得られた試料の破断面をSEMにより観察し、その結果を
図5に示す。
図5に示す様に縦穴状の欠陥の無い微細な多孔質構造が得られた。
【0022】
〔実施例2〕
基板としてAl,Ti,ステンレス(SUS304、以下SUSとする)を使用し、99.99%の金をターゲットとするため,イオンコーターでそれぞれの基板の表面に金をスパッタした。金が膜厚50nmでスパッタされた基板を、0℃の硫酸水溶液(濃度0.1M)中に浸漬し、Hg/Hg
2SO
4参照電極を用いてアノード酸化した。保持電位は、参照電極に対し1.8Vとし、金酸化物多孔質皮膜の細孔を通して電解液が基板に達し、基板のアノード酸化が進行したところで停止した。
アノード酸化終了後直ちに1mVs
−1の掃引速度でカソード還元を行い、金多孔質膜を得た。この際保持電位は、参照電極に対し−1.4Vを基準とし、カソード電流が流れなくなるまでカソード還元を行い、金多孔質膜を得た。
図6に0℃,0.1Mの硫酸水溶液中で金および各基板を5mVs
−1でアノード掃引した際の電位−電流(V−I)曲線を示す。
金の場合は約1.2Vで電流が立ち上がり、1.4Vを過ぎたあたりから直線的に増加し、1.8Vでの電流値は28mAcm
−2となった。SUSの場合は約1.1Vでの電流の立ち上がりと共に直線的に増加し,1.8Vでの電流値は金と近い値となった。
これらに対して、バルブ金属であるAlとTiはこれらと比較して非常に低い電流値となり、1.8V到達時の電流密度はそれぞれ0.06,0.10 mAcm
-2であった。
各金多孔質膜は均質な多孔質膜であったが、基板としてSUSを用いた場合には金のアノード酸化の終了時点の判断が困難であり、またSUS基板から気泡が大量に発生したために多孔質皮膜が剥離する等問題もあった。一方、AlとTiを基板に用いた際は,電解液が多孔質皮膜を通して基板に達すると電流値が減少し,最終的に基板をアノード酸化した際の電流値まで低下したことから,金のアノード酸化の完了を明確に判断することができた。なかでもAlはカソード還元後の金多孔質皮膜の接着性に優れたものであった。
電解液を中性の硫酸ナトリウム水溶液とした場合も同様の結果となった。
【0023】
〔実施例3〕
電解液を硫酸水溶液に代えて0℃,濃度0.1Mの四ホウ酸アンモニウム水溶液とした以外は実施例2と同様にして金多孔質膜を得た。その結果、特にAlとTiとにおいて、目視でムラの無い良好な金多孔質膜が得られた(AlとTiとで硫酸を用いたときのような差はなく、両者ともに均質な多孔質が形成されていた)。
Al基板を用いて得られた金多孔質膜のSEM観察を行ったが、非常に均質な多孔質膜が形成されたものであった。Alの表面に形成した膜厚100nmの金のアノード酸化およびカソード還元により得られた皮膜の外観を
図7に、SEM像を
図8に示す。
このように四ホウ酸アンモニウムを用いることでAl基板の酸化反応が抑制され、均質な皮膜を得ることができた。アノード酸化後にカソード還元を実施することで、酸化皮膜の還元を短時間で完了できた。