【文献】
MOMOZAWA, K. et al.,"Vitrification of bovine blastocysts on a membrane filter absorbing extracellular vitrification solution.",J. MAMM. OVA RES.,2006年 4月 1日,Vol.23, No.1,pp.63-66
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
支持体上に、接着層とガラス化液吸収層を少なくともこの順に有するガラス化液吸収体を有し、該ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体の間に、接着層が存在しない部分を有することを特徴とする細胞又は組織のガラス化凍結保存用治具。
【背景技術】
【0002】
生物の細胞又は組織の優れた保存技術は、様々な産業分野で求められている。例えば、牛の胚移植技術に用いられる胚は、受胚牛の発情周期に合わせて移植が行われており、発情周期に胚の移植を合わせるために、胚を凍結保存し、発情周期に合わせて胚を融解して移植することが行われている。また、ヒトの不妊治療においては、母体から卵子又は卵巣を採取後、移植に適したタイミングに合わせるために凍結保存しておき、移植時に融解して用いることがなされている。
【0003】
一般に、生体内から採取された細胞又は組織は、たとえ培養液の中であっても、次第に活性が失われていくことから、生体外での細胞又は組織の長期間の培養は好ましくない。そのため、生体活性を失わせずに長期間保存するための技術が重要である。優れた保存技術によって、採取された細胞又は組織をより正確に分析することが可能になる。また優れた保存技術によって、より高い生体活性を保ったまま細胞又は組織を移植に用いることが可能となり、移植後の生着率が向上することが望める。さらには、生体外で培養した培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シートのような移植のための人工の組織を、順次生産して保存しておき、必要な時に使用することも可能となり、医療の面だけではなく、産業面においても大きなメリットが期待できる。
【0004】
細胞又は組織の保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、まず、例えばリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤を含有させることで得られた保存液に、細胞又は組織を浸漬する。該耐凍剤としては、グリセロール、エチレングリコール等の化合物が用いられる。該保存液に、細胞又は組織を浸漬後、比較的遅い冷却速度(例えば0.3〜0.5℃/分の速度)で、−30〜−35℃まで冷却することにより、細胞内外又は組織内外の溶液が十分に冷却され、粘性が高くなる。このような状態で、該保存液中の細胞又は組織をさらに液体窒素の温度(−196℃)まで冷却すると、細胞内又は組織内とその外の周囲の微少溶液がいずれも非結晶のまま固体となるガラス化が起こる。ガラス化により、細胞内外又は組織内外が固化すると、実質的に分子の動きがなくなるので、ガラス化された細胞又は組織を液体窒素中に保存することで、半永久的に保存できると考えられる。
【0005】
しかしながら、前記緩慢凍結法では、比較的遅い冷却速度で冷却する必要があるために、凍結保存のための操作に時間を要する。また、温度制御をするための装置又は治具を必要とする問題がある。加えて、前記緩慢凍結法では、細胞外又は組織外の保存液中に氷晶が形成されるので、細胞又は組織が該氷晶により物理的に損害を受けるおそれがある。
【0006】
前記緩慢凍結法での問題点を解決するための方法として、ガラス化保存法が提案されている。ガラス化保存法とは、グリセロール、エチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)などの耐凍剤を多量に含む水溶液の凝固点降下により、氷点下でも氷晶ができにくくなる原理を用いたものである。この水溶液を急速に液体窒素中で冷却させると氷晶を生じさせないまま固体化させることができる。このように固体化することをガラス化凍結という。また、耐凍剤を多量に含む水溶液をガラス化液という。
【0007】
前記ガラス化法の具体的な操作としては、ガラス化液に細胞又は組織を浸漬させ、その後、液体窒素の温度(−196℃)で冷却する。ガラス化法は、このような簡便かつ迅速な工程であるために、凍結保存のための操作に長い時間を必要としない他、温度制御をするための装置又は治具を必要としないという利点がある。
【0008】
ガラス化保存法を用いると、細胞内外のいずれにも氷晶が生じないために凍結時及び融解時の細胞への物理的障害(凍害)を回避することができるが、ガラス化液に含まれる高濃度の耐凍剤には化学的毒性がある。このため、細胞又は組織の凍結保存時には細胞又は組織周囲に存在するガラス化液が少ない方が好ましく、細胞がガラス化液に暴露される時間、つまりは凍結までの時間が短時間であることが好ましい。さらには、解凍後ただちにガラス化液を希釈する必要がある。
【0009】
ガラス化保存法を用いた細胞又は組織の凍結保存については、様々な方法で、様々な種類の細胞又は組織を用いた例が示されている。例えば、特許文献1では、動物又はヒトの生殖細胞又は体細胞へのガラス化保存法の適用が凍結保存及び融解後の生存率の点で、極めて有用であることが示されている。
【0010】
ガラス化保存法は、主にヒトの生殖細胞を用いて発展してきた技術であるが、最近では、iPS細胞やES細胞への応用も広く検討されている。また、非特許文献1では、ショウジョウバエの胚の保存にガラス化保存法が有効であったことが示されている。さらに、特許文献2では、植物培養細胞や組織の保存において、ガラス化保存法が有効であることが示されている。このように、ガラス化法は広く様々な種の細胞及び組織の保存に有用であることが知られている。
【0011】
ガラス化保存法をより効率的に行うための治具及び操作方法としては、特許文献3などでは、ストローにガラス化液を充満させた中で卵子又は胚をガラス化凍結保存させ、解凍時に素早く希釈液と接触させて再生率を向上させる試みがなされている。
【0012】
特許文献4では、卵子又は胚をガラス化液と共にガラス化保存用除去材の上に載置し、下部から吸引することで卵子又は胚の周囲に付着した余分なガラス化液を除き、優れた生存率で凍結保存させる方法が提案されている。なお、ガラス化保存用除去材としては、金網、紙などの天然物や合成樹脂からなるフィルム状物で貫通孔を有したものが記載されている。
【0013】
特許文献5では卵子又は胚の周囲に付着した余分なガラス化液を濾紙などの吸収体により吸収させることにより、優れた生存率で凍結保存させる方法が提案されている。
【0014】
特許文献6、特許文献7では、ヒトの不妊治療分野で使用されているいわゆるクライオトップ法という方法で、卵付着保持用ストリップとして短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを使用した卵凍結保存用具を使用して、該フィルム上に極少量のガラス化液と共に卵子又は胚を顕微鏡下で付着させ、凍結保存する方法が提案されている。
【0015】
特許文献8では、ガラス化法による凍結細胞シートの製造方法が提案されており、メッシュ状の網等からなる台座の上に、運搬補助膜(材質が主にセルロースからなるシートであるセルシード社製Cell Shifter又はPVDF膜)と共に細胞シートを載せ、余分なガラス化液を吸い取る若しくは落とした後で、細胞シートを凍結保存する方法が記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明のガラス化凍結保存用治具は、生物の細胞又は組織を凍結保存する際に用いられるものである。本明細書中で細胞とは、単一の細胞のみならず、複数の細胞からなる細胞集団を含むものである。複数の細胞からなる細胞集団とは単一の種類の細胞から構成される細胞集団でも良いし、複数の種類の細胞から構成される細胞集団でも良い。また、組織とは、単一の種類の細胞から構成される組織でも良いし、複数の種類の細胞から構成される組織でも良く、細胞以外に細胞外マトリックスのような非細胞性の物質を含むものでも良い。
【0029】
本発明のガラス化凍結保存用治具は、好ましくは、ガラス化液吸収体に細胞又は組織をガラス化液と共に載置し、細胞又は組織が載置した治具を液体窒素等の冷却溶媒に浸漬し凍結させるためのものである。上記ガラス化液吸収体を有することにより、細胞又は組織をガラス化液と共に容易に保持することができ、さらに凍結時又は解凍時であっても細胞及び組織を確実に保持できるため、細胞又は組織の液体窒素への浸漬作業を容易に行うことができる。また、本発明のガラス化凍結保存用治具によれば、細胞又は組織の優れた視認性が得られるため、ガラス化液吸収体上に載置された細胞又は組織を、容易に観察することができる。このため本発明のガラス化凍結保存用治具を用いると、細胞又は組織の凍結保存のための作業を容易にかつ確実に行うことができる。本発明のガラス化凍結保存用治具は、細胞又は組織凍結保存用具、細胞又は組織ガラス化保存用具、細胞又は組織凍結保存器具、細胞又は組織ガラス化保存用器具と言い換えることができる。
【0030】
本発明のガラス化凍結保存用治具はガラス化液吸収体を有し、該ガラス化液吸収体が余分なガラス化液を吸収するので、ガラス化液に浸漬した細胞又は組織を、ガラス化液と共に該ガラス化液吸収体上に載置する際に、細胞又は組織に付着したガラス化液の量が多くても安定した細胞又は組織の生存率が期待できる。さらに、そのように操作された細胞又は組織は極少量のガラス化液に覆われており、凍結操作する場合でも速やかに凍結状態にすることができる。さらには凍結保存した細胞又は組織を解凍後ただちにガラス化液を希釈することができる。
【0031】
以下に、本発明のガラス化凍結保存用治具の構成を説明する。
【0032】
本発明のガラス化凍結保存用治具は、支持体上に、接着層とガラス化液吸収層をこの順に有するガラス化液吸収体を有する細胞又は組織のガラス化凍結保存用治具であって、該ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体との間に接着層が存在しない部分を有することを特徴とする。なお、本明細書において、ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分とは、ガラス化液吸収層において、ガラス化液と共に細胞又は組織をガラス化液吸収層に滴下付着させた際に、細胞又は組織がガラス化液吸収層と接する部分をさす。本発明のガラス化凍結保存用治具は、ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分において、ガラス化液吸収層と支持体との間には接着層を有さないことが最も好ましいが、細胞又は組織を載置する部分の面積に占める接着層の面積の割合が20%を超えない範囲、より好ましくは接着層の面積の割合が10%を超えない範囲であれば、細胞又は組織を載置する部分であっても接着層を有していても良い。本発明のガラス化凍結保存用治具は、ガラス化液吸収体のみからなるものであってもよく、本発明の効果を損なわない限り、ガラス化液吸収体と共に後述する把持部等を有してもよい。
【0033】
本発明のガラス化液吸収体が有するガラス化液吸収層としては、繊維からなるシート、多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の各種シートが挙げられる。本発明における「多孔性」とは、上記したシートが表面に気孔(細孔)を有する構造体であることを意味し、シート表面及び内部に連続的な気孔を有する構造体であることがより好ましい。またガラス化液吸収層(上記した各種シート)の厚みは10μm〜5mmであることが好ましく、より好ましくは20μm〜2.5mmである。
【0034】
細胞又は組織を凍結保存する際、極低温の冷却溶媒(例えば−196℃の液体窒素)に細胞又は組織を迅速かつ容易に浸漬させるためには、ガラス化液吸収体は支持体を有することが望ましい。これによりガラス化液吸収体の自立性又は強度を高めることが可能となり、作業性が向上する。しかしガラス化液吸収層を支持体上に接着層を介して設けたガラス化凍結保存用治具においては、ガラス化液吸収層の空隙中に接着層の一部が入り込み、ガラス化液の吸収性能が低下する問題があった。本発明はこのような課題を、ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体との間に接着層が存在しない部分を有するガラス化凍結保存用治具により、解決するものである。
【0035】
本発明において、ガラス化液吸収層として用いる繊維からなるシートとしては、紙または不織布が例示される。
【0036】
紙は、バインダーなどの結着剤成分の紙全体に占める割合が10質量%以下である紙が好ましく、より好ましくは5質量%以下であり、更に3質量%以下である紙が好ましい。これにより優れたガラス化液の吸収性が得られる。また、該ガラス化液吸収層に含まれる製紙用薬品の紙全体に占める割合は1質量%以下であることが好ましい。通常紙に含まれている製紙用薬品のうち、例えば蛍光増白剤や染料、カチオン系のサイズ剤などには細胞への影響が懸念される場合がある。
【0037】
繊維からなるシートが紙である場合、密度が0.1〜0.6g/cm
3であり、坪量が10〜130g/m
2の紙であることが好ましい。特に密度が0.12〜0.3g/cm
3であり、坪量が10〜100g/m
2である紙は、ガラス化液の吸収性に優れ、さらには細胞又は組織の視認性に優れたガラス化凍結保存用治具を提供することが可能となるため好ましい。
【0038】
繊維からなるシートが不織布である場合、該不織布が含有する繊維としては、セルロース繊維、セルロース繊維からなる再生繊維であるレーヨン繊維やキュプラ繊維、さらにはセルロース繊維からの半合成繊維であるアセテート繊維、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、アクリル繊維、ポリプロピレン繊維、ポリエチレン繊維、ポリ塩化ビニル繊維、ビニリデン繊維、ポリウレタン繊維、ビニロン繊維、ガラス繊維、絹繊維などが挙げられ、これら繊維を各種混合した不織布も用いることができる。中でもセルロース繊維、セルロース繊維由来の繊維でセルロース再生繊維であるレーヨン繊維やキュプラ繊維、更にはセルロース繊維からの半合成繊維であるアセテート繊維が好ましい。
【0039】
繊維からなるシートが不織布である場合、密度が0.1〜0.4g/cm
3であり、坪量が10〜130g/m
2の不織布であることが好ましい。特に密度が0.12〜0.3g/cm
3であり、坪量が10〜100g/m
2である不織布は、ガラス化液の吸収性に優れ、さらには細胞又は組織の視認性に優れたガラス化凍結保存用治具を提供することが可能となるため好ましい。
【0040】
ガラス化液吸収層として用いられる不織布においても紙と同様に、バインダーなどの結着剤成分の不織布に占める割合が10質量%以下である不織布が好ましく、より好ましくは5質量%以下であり、更に3質量%以下である不織布が好ましい。特に結着剤を含有しない不織布が好ましい。
【0041】
不織布は紙と異なり様々な製造方法があるが、上記した結着剤成分が低減された不織布としては、スパンボンド法、メルトブロー法で製造された不織布、更には湿式法又は乾式法で繊維を並べた後、水流交絡法又はニードルパンチ法で製造された不織布が好適に使用できる。また上記した通り、本発明において不織布が含有する好ましい繊維としては、セルロース繊維、セルロース繊維由来の繊維でセルロース再生繊維であるレーヨン繊維やキュプラ繊維、更にはセルロース繊維からの半合成繊維であるアセテート繊維が挙げられるが、これら繊維を用いて製造する場合は、湿式法、乾式法関わらず水流交絡法又はニードルパンチ法での製造方法が好適である。
【0042】
本発明において、ガラス化液吸収層として用いる多孔性樹脂シートとしては、例えば特公昭42−13560号公報や、特開平08−283447号公報に記載される、少なくとも一軸方向に延伸し、樹脂の融点以上に加熱し焼結することで得た微細繊維状構造により多孔質構造を形成した樹脂シート、特開2009−235417号公報に記載される、乳化重合又は粉砕等の方法によって得られた熱可塑性樹脂の固体粉末を金型に充填し、加熱、焼結して粉末粒子表面を融着させて冷却することにより、多孔質構造を形成した樹脂シート等が挙げられる。多孔性樹脂シートをガラス化液吸収層として用いた場合、ガラス化液の吸収性に優れ、さらには細胞又は組織の視認性に優れたガラス化凍結保存用治具を提供することが可能となるため、好ましい。
【0043】
上記した多孔性樹脂シートを形成する樹脂としては、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子ポリエチレン等の各種ポリエチレンやポリプロピレン、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレンやポリビニルジフロライド等のフッ素樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリアミド、スチレン−アクリロニトリル共重合体、スチレン−ブタジエン−アクリロニトリル三元共重合体、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。中でもポリテトラフルオロエチレンやポリビニリデンジフロライド等のフッ素樹脂は、細胞又は組織の視認性にとりわけ優れたガラス化凍結保存用治具を提供することが可能となるため、好適である。また多孔性樹脂シートとしては、理化学実験用途や研究用途として市販されている、濾過用のメンブレンフィルターも使用できる。
【0044】
本発明において、ガラス化液吸収層として用いる多孔性金属シートとしては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、金、金合金、銀、銀合金、錫、亜鉛、鉛、チタン、ニッケル、ステンレス等の金属からなる多孔性金属シートが挙げられる。また多孔性金属酸化物シートとしては、シリカ、アルミナ、ジルコニウム、石英ガラスなどの金属酸化物からなる多孔性金属酸化物シートを好ましく利用することができる。また多孔性金属シートおよび多孔性金属酸化物シートは、上記した金属および金属酸化物をそれぞれ2種類以上含有する多孔性シートであっても良い。中でも多孔性金属酸化物シートは、細胞又は組織の視認性に優れたガラス化凍結保存用治具を提供することが可能となるため、好ましい。
【0045】
本発明において、ガラス化液吸収層として用いる多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シートの製造方法としては、一般に知られた方法を使用することができる。ガラス化液吸収層が多孔性金属シートの場合には、粉末冶金法、スペーサー法などの方法を使用することができる。また、樹脂射出成型と粉末冶金法を組み合わせた所謂パウダースペースホルダー法も好ましく使用できる。例えば、国際公開第2006/041118号パンフレットや特許第4578062号公報に記載された方法などを用いることができる。より具体的には、金属粉末とスペーサーとなる樹脂を混合後、圧力をかけて成型した後、高温環境下で焼成することで、金属粉末を焼き固め、スペーサーとなる樹脂を気化させて、多孔性金属シートを得ることができる。パウダースペースホルダー法等を用いる場合には、金属粉末とスペーサーとなる樹脂に加えて、樹脂のバインダーを混合することができる。また、金属粉末を高温で加熱した後に、ガスを注入して空隙を作製する発泡溶融法、ガス膨張法などの金属多孔質体の製造方法も使用することができる。さらには、発泡剤を用いて金属多孔質体を製造するスラリー発泡法のような製造方法も使用することができる。ガラス化液吸収層が多孔性金属酸化物シートの場合には、例えば、特開2009−29692号公報や特開2002−160930号公報に記載された方法などを用いることができる。
【0046】
上記した多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の多孔質体の表面は、ガラス化液吸収性能を高めるために、親水化処理することもできる。親水化処理の方法としては、グラフト改質法、親水性高分子化合物等を用いたコーティング法、コロナ放電、プラズマ処理、エキシマレーザー等の各種エネルギーを用いた一般的な表面改質方法を使用することができる。
【0047】
本発明のガラス化液吸収層が、上記した多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の多孔質体である場合には、該多孔質体の細孔径は、0.02〜130μmであることが好ましく、より好ましくは0.05〜60μmである。細孔径が0.02μm未満の範囲では、ガラス化液の滴下時にガラス化液の吸収性能が十分でない場合がある。また、多孔性シートの製造が難しいという問題がある。一方、細孔径が130μmを超える範囲では、細胞又は組織が細孔中にトラップされ、融解作業時に、細胞がガラス化液吸収体上から遊離しにくくなる場合がある。また、ガラス化液の吸収性能が十分でない場合がある。なお、多孔質体の細孔径は、多孔性樹脂シートの場合には、バブルポイント試験により測定される最も大きい細孔の直径である。また多孔性金属シートおよび多孔性金属酸化物シートの場合には、該多孔質体の表面及び断面の画像観察から測定した平均細孔直径である。
【0048】
ガラス化液吸収層の空隙率は20容量%以上であることが好ましく、より好ましくは30容量%以上である。またガラス化液吸収層が、上記した多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の多孔質体である場合、多孔質体の内部の気孔は、厚み方向のみならず、厚み方向に対して垂直な方向に対しても連続的な構造であることが好ましい。このような構造を有すると、多孔質体内部の気孔を有効に用いることができるために、ガラス化液の高い吸収性能が得られる。ガラス化液吸収層の厚み、多孔質体の空隙率は、用いる細胞又は組織の種類や細胞又は組織と共に滴下されるガラス化液の滴下量等に応じて、適宜選択することができる。
【0049】
上記した空隙率とは、以下の式で定義される。ここで空隙容量Vは水銀圧入法を用いて測定することができる。
P=(V/T)×100(%)
P:空隙率(%)
V:空隙容量(ml/m
2)
T:厚み(μm)
【0050】
本発明のガラス化凍結保存用治具が有するガラス化液吸収体の面積は、細胞又は組織と共に滴下されるガラス化液の滴下量等に応じて適宜設定すればよく、特に限定されないが、例えば、滴下するガラス化液1μLにつき1mm
2以上とすることが好ましく、2〜400mm
2とすることがより好ましい。また、ガラス化液吸収体が複数のガラス化液吸収層部分を有するものである場合には、連続している1つのガラス化液吸収層部分が前記した面積であることが好ましい。
【0051】
本発明のガラス化凍結保存用治具が有するガラス化液吸収体において、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分の面積は、細胞又は組織の大きさや細胞又は組織と共に滴下されるガラス化液の滴下量等に応じて適宜設定すればよく、特に限定されないが、連続している1つのガラス化液吸収層の面積に対するガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分の面積の割合は2〜70%であることが好ましい。
【0052】
本発明において、ガラス化液吸収体が有する支持体としては、一般に知られている様々な支持体を使用することができる。このような支持体としては、各種樹脂フィルム、金属、ガラス、ゴム等が挙げられる。本発明の効果を奏することになる限り、2種以上の支持体を組み合わせて用いてもよい。中でも、細胞又は組織の視認性の観点から、光透過性支持体が好ましく使用でき、全光線透過率80%以上である光透過性支持体がより好ましい。また、光透過性支持体のヘーズ値は10%以下であることが好ましい。このような光透過性支持体としては、例えばポリエチレンテレフタレート(PET)やポリエチレンナフタレート(PEN)等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂フィルムが挙げられる。また、温度伝導性に優れ、急速な凍結を可能にするという観点で金属支持体を好適に用いることができる。金属支持体の具体例としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、金、金合金、銀、銀合金、鉄、ステンレスなどを挙げることができる。上記した支持体の厚さは、10μm〜10mmであることが好ましい。また、接着層との接着強度を高めるために、支持体の表面はコロナ放電処理により易接着処理が施されていても良い。
【0053】
本発明において、ガラス化液吸収体が有する接着層は、湿気硬化性の接着物質に代表されるような瞬間接着組成物、ホットメルト接着組成物、光硬化性接着組成物などを含有することが可能であり、例えば、ポリビニルアルコール、ヒドロキシセルロース、ポリビニルピロリドン、澱粉糊のような水溶性高分子化合物、酢酸ビニル系樹脂、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、エラストマー系樹脂、シアノアクリレート系樹脂、フッ素系樹脂、シリコン系樹脂、ニトロセルロース系樹脂、ニトリルゴム系樹脂、スチレン―ブタジエン系樹脂、ユリア系樹脂、スチレン系樹脂、フェノール系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリエステル系樹脂、ビスマレイミド系樹脂、オレフィン系樹脂、EVA系樹脂などの非水溶性樹脂を含有する組成物が好ましく利用できる。該接着層は、一種類の樹脂を含有してもよいし、複数種類の樹脂を含有してもよい。接着層の固形分量は、0.01〜100g/m
2の範囲が好ましく、更に0.1〜50g/m
2の範囲がより好ましい。
【0054】
本発明においてガラス化液吸収体は、該ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体との間に接着層が存在しない部分を有する。このような部分を有するガラス化液吸収体は、接着層を形成する際、支持体上の細胞又は組織を載置する部分となる位置に、前記した接着組成物を塗布しない無塗布部を設け(例えば接着組成物の塗布時に、支持体上の細胞又は組織を載置する部分となる位置にマスキングを行い塗布する)、その後接着組成物が乾燥するまでの間に繊維からなるシート、多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の各種シートを重ね合わせて乾燥することで得られる。
【0055】
以上、本発明のガラス化凍結保存用治具が有するガラス化液吸収体について説明してきた。本発明のガラス化凍結保存用治具は、上述したように、支持体上に、接着層とガラス化液吸収層をこの順に有するガラス化液吸収体を有し、ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体との間に接着層が存在しない部分を有する構造を有するものであれば特に限定されないが、例えば該ガラス化液吸収体と共に把持部を有していても良い。把持部を有すると、凍結保存作業時及び融解作業時の作業性が良好となるため、好ましい。
【0056】
図1は本発明の細胞又は組織のガラス化凍結保存用治具の一例を示す全体図である。
図1においてガラス化凍結保存用治具9は、把持部1とガラス化液吸収体2から構成される。
図2は、
図1中の把持部を除いたガラス化液吸収体の拡大図である。
図2中、ガラス化液吸収体2aは、支持体4上に、ガラス化液吸収層3を有する構造であって(接着層は図示していない)、図中点線にて囲った、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6を有する。ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6は、細胞又は組織が載置される箇所となる。
【0057】
図1に示した把持部1は耐液体窒素素材であることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミ、鉄、銅、ステンレス合金などの各種金属、ABS樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素系樹脂や各種エンジニアプラスチック、更にはガラスなどを好適に用いることができる。
図1中、把持部1は円柱形であるが、その形状は任意である。また、後述するように、細胞又は組織を直接液体窒素に接触させないことを目的に、凍結前に細胞又は組織を付着させたガラス化液吸収体にキャップを被せることがあるが、この場合、把持部1を、ガラス化液吸収体2を有さない側から、ガラス化液吸収体2を有する側に向かって、円柱の径が連続的に小さくなる形状とすることで、キャップを被せる際の作業性を向上させることも可能である。ガラス化液吸収体2の形状は、ハンドリング上、短冊状又はシート状であることが好ましい。
【0058】
図1の把持部1とガラス化液吸収体2の接続方法について説明する。把持部1が樹脂の場合、例えば、成形加工する時にインサート成形によりガラス化液吸収体2を把持部1に接続することができる。更に、把持部1に図示しない構造体挿入部を作製して接着剤にてガラス化液吸収体2を接続することができる。接着剤は様々なものが使用できるが、低温に強いシリコン系やフッ素系の接着剤が好適に用いることができる。
【0059】
図3は、
図2に示したガラス化液吸収体における、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6の断面構造概略図である。
図3においてガラス化液吸収層3は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6と、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在する部分7を有する。
図3では、支持体4上のガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6には、空間が存在せず、支持体4とガラス化液吸収層3が直接接している。前述の通り、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6を形成する際には、支持体4上に、接着組成物を塗布しない無塗布部を設け、その後、該接着組成物が乾燥するまでの間に繊維からなるシート、多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の各種シートが重ね合わせられる。その際、塗布された接着組成物の乾燥が進む前、すなわち該接着組成物の流動性が十分に確保されている状態であれば、上記した各種シートは、該接着組成物を素早く吸収するので、
図3に示したように、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6において、空間が存在せず、支持体と4ガラス化液吸収層3が直接接しているガラス化液吸収体を得ることができる。
【0060】
一方、塗布された接着組成物の乾燥が進んでしまい、接着組成物の流動性が十分に確保されない状態においては、繊維からなるシート、多孔性樹脂シート、多孔性金属シート、および多孔性金属酸化物シート等の各種シートは、該接着組成物を素早く吸収することが困難となるため、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6において、支持体4とガラス化液吸収層3との間に空間が生じる場合がある。
【0061】
ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6において、支持体4とガラス化液吸収層3が直接接しているガラス化液吸収体、あるいは支持体と4ガラス化液吸収層3との間に空間が生じているガラス化液吸収体の何れであっても、細胞又は組織の外周に付着した余分なガラス化液を十分に吸収することが可能である。しかしその一方、支持体4とガラス化液吸収層3との間に空間が生じると、凍結保存した細胞又は組織を融解する際の、細胞又は組織の視認性(顕微鏡観察下での視認性)が低下する場合がある。融解作業時では、細胞または組織がガラス化液吸収体上から遊離し、別途準備した融解液中に細胞または組織が回収される様子を透過型光学顕微鏡にて観察しながら実施される。この時、支持体4とガラス化液吸収層3との間に空間が存在すると、融解液中でガラス化液吸収層3に揺らぎが生じ、ピントが一定に保てないことにより、視認性が低下する。したがってガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6において、支持体4とガラス化液吸収層3が接していることが好ましい。
【0062】
図4は、細胞又は組織を載置する部分を含んだガラス化液吸収体の構造を示す概略図である。
図4中、(4−1)は、細胞又は組織を載置する部分8が全て、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6であるガラス化液吸収体2の一例である。(4−2)は、細胞又は組織を載置する部分8の一部に、ストライプ状に接着層を有するガラス化液吸収体2の一例である。(4−3)は、細胞又は組織を載置する部分8の一部に、ドット状に接着層を有するガラス化液吸収体2の例である。また上記した(4−1)〜(4−3)は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6の中に、細胞又は組織を載置する部分8が全て収まるガラス化液吸収体2の一例でもある。一方、
図4中(4−4)は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6よりも、細胞又は組織を載置する部分8がはみ出すガラス化液吸収体2の一例である。
【0063】
本発明の、細胞又は組織のガラス化凍結保存用治具により、細胞又は組織を長期凍結保存する場合、細胞又は組織を外界と遮断するためにキャップを被せる、又は該ガラス化凍結保存用治具を任意の形状の容器に入れて密閉することも可能である。更に、通常液体窒素は滅菌されておらず、細胞又は組織を直接液体窒素に接触させて凍結させる場合においては、ガラス化凍結保存用治具が滅菌されていても滅菌状態を保証できない場合がある。よって凍結前に細胞又は組織を付着させたガラス化液吸収体にキャップをして、又はガラス化凍結保存用治具を容器中に密閉して、細胞又は組織を直接液体窒素に接触させないで凍結させることがある。また、欧州など海外先進国では前記のように液体窒素に直接接触させない凍結方法が主流である。このような理由からキャップ及び容器は耐液体窒素性のある素材である各種金属、各種樹脂、ガラス、セラミックなどで作製することが好ましい。形状としては特に限定されず、例えば、キャップは、鉛筆用のキャップのような半紡錘状又はドーム状等のキャップ、円柱状のストローキャップなどガラス化液吸収体と接触せず、細胞又は組織を外界と遮断できるような形状ならどのような形状でもよい。容器は、ガラス化液吸収体上の細胞又は組織に接触せずに、ガラス化凍結保存用治具を被包又は収納して密閉できるものであればよく、その形状は特に限定されない。
【0064】
本発明においては、本発明の効果を損なわない限り、ガラス化凍結保存用治具をこのようなガラス化液吸収体上の細胞又は組織を外界と遮断することができるキャップ又は容器と組み合わせて使用することができる。また、このようなキャップ又は容器と組み合わせて使用されるガラス化凍結保存用治具も、本発明に包含される。
【0065】
図5〜
図7は、本発明におけるガラス化液吸収体の別の一例を示す概略図である。先の
図1に示したすガラス化凍結保存用治具9において、ガラス化液吸収体2を
図5〜7に示したガラス化液吸収体2b〜2dとすることも可能である。
【0066】
図5において、ガラス化液吸収体2bは支持体4上にガラス化液吸収層3を有し、該ガラス化液吸収層3は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6の、図中左右の2方向(対向する2方向)に存在する図示しない接着層によって、支持体4上に固定される。
図6において、ガラス化液吸収体2cは支持体4上にガラス化液吸収層3を有し、該ガラス化液吸収層3は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6の、図中左方向に存在する図示しない接着層によって、支持体4上に固定される。
図7において、ガラス化液吸収体2dは支持体4上にガラス化液吸収層3を有し、該ガラス化液吸収層3は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6を有し、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6以外の場所(部分6の周囲の全ての方向)に存在する、図示しない接着層によって、支持体4上に固定される。本発明においてガラス化液吸収層3は、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6の周囲の少なくとも2方向以上(好ましくは対向する2方向)に存在する接着層によって、支持体4上に固定されることが好ましい。これによって融解液中でガラス化液吸収層3の揺らぎが改善され、凍結保存した細胞又は組織を融解する際の、細胞又は組織の視認性に優れたガラス化凍結保存用治具を得ることができる。
【0067】
また
図7に示すガラス化液吸収体2dは、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分6を、連続したガラス化液吸収層3の中に複数有するガラス化液吸収体の構造の一例である。
【0068】
本発明のガラス化凍結保存用治具は、例えば、クライオトップ法において好適に用いられるものである。また、従来のクライオトップ法は、通常、単一の細胞又は10個未満の少数の細胞の保存に用いられるが、本発明のガラス化凍結保存用治具は、より多くの細胞の保存(例えば、10〜1000000個の細胞の保存)においても好適に用いることができる。さらには、複数の細胞からなるシート状の細胞(いわゆる細胞シート)の保存にも好適に用いることができる。本発明のガラス化凍結保存用治具を用いると、細胞又は組織の凍結時及び融解時に細胞外のガラス化液による損傷を受けにくく、細胞又は組織を優れた生存率で凍結保存することができる。
【0069】
本発明のガラス化凍結保存用治具を用いて細胞又は組織を凍結保存する方法は特に限定されず、例えば、まずガラス化液に浸漬した細胞又は組織をガラス化液と共にガラス化液吸収層上に滴下し、該細胞又は該組織の周囲に付着しているガラス化液をガラス化液吸収層に吸収させる。次いで、前記細胞又は前記組織をガラス化液吸収体上に保持させたまま液体窒素等の中に浸漬することにより、細胞又は組織を凍結することができる。この際、前記したガラス化液吸収層上の細胞又は組織を外界と遮断することができるキャップをガラス化液吸収体に装着して、又はガラス化凍結保存用治具を前記した容器に密閉して、液体窒素等の中に浸漬することもできる。ガラス化液は、通常卵子、胚等の細胞の凍結のために使用されるものを使用でき、例えば、上述したグリセロールやエチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)などの各種耐凍剤を含有する水溶液を使用できる。融解作業の際は、液体窒素等の冷却溶媒中から、該ガラス化凍結保存用治具をとり出し、凍結された細胞又は組織を載せたガラス化液吸収体を融解液中に浸漬させることで、速やかに融解作業を行うことができる。
【0070】
本発明のガラス化凍結保存用治具を用いて凍結保存することができる細胞として、例えば、哺乳類(例えば、人(ヒト)、牛、豚、馬、ウサギ、ラット、マウス等)の卵子、胚、精子等の生殖細胞;人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞が挙げられる。また、初代培養細胞、継代培養細胞、及び細胞株細胞等の培養細胞が挙げられる。また、細胞は、一又は複数の実施形態において、線維芽細胞、膵ガン・肝ガン細胞等のガン由来細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、軟骨細胞、組織幹細胞、及び免疫細胞等の接着性細胞が挙げられる。さらに、凍結保存することができる組織として、同種又は異種の細胞からなる組織、例えば、卵巣、皮膚、角膜上皮、歯根膜、心筋等の組織が挙げられる。本発明は、特にシート状構造を有する組織(例えば、細胞シート、皮膚組織など)のガラス化凍結保存に好適である。本発明のガラス化凍結保存用治具は、直接生体から採取した組織だけでなく、例えば、生体外で培養し増殖させた培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シート、特開2012−205516号公報で提案されている三次元構造を有する組織モデルのような人工の組織のガラス化凍結保存についても、好適に用いることができる。本発明のガラス化凍結保存用治具は、上記のような細胞又は組織のガラス化凍結保存用治具として好適に用いられる。
【実施例】
【0071】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0072】
(実施例1)
繊度0.06dtex(繊維径約2μm)、カット長3mmの延伸結晶化ポリエチレンテレフタレートステープル40質量部、繊度0.1dtex(繊維径約3μm)、カット長3mmの延伸結晶化ポリエチレンテレフタレートステープル20質量部および繊度0.2dtex(繊維径約4μm)、カット長3mmの非延伸ポリエチレンテレフタレートステープル40質量部を湿式抄造し、更に、表面温度200℃の熱カレンダーにより繊維間を融着させつつ厚み調整を行い、平均繊維径が3.0μm、坪量25g/m
2、密度0.5g/cm
3の不織布(ガラス化液吸収層)を得た。
【0073】
易接着処理された透明PETフィルム支持体(全光線透過率91%、ヘーズ値5.5%)上に、接着層として、クラレ社製PVA235の5質量%水溶液を乾燥時の固形分量が30g/m
2となるように塗布した。塗布した接着層が乾燥する前に、速やかに上記したガラス化液吸収層を当該接着層に重ね合わせて70℃で十分に乾燥させた。なお、当該接着層を塗布する際に、透明PETフィルム支持体上の一部分にマスキングを行い、接着層の無塗布部をつくることで、
図5に示す形態のガラス化液吸収体を作製した。このガラス化液吸収体をABS樹脂製の把持部と接合させ、
図1に示す形態で実施例1のガラス化凍結保存用治具を作製した。なお、実施例1のガラス化凍結保存用治具のガラス化液吸収体2の大きさは40mm
2(2mm×20mm)であり、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分は10mm
2(2mm×5mm)である。実施例1のガラス化凍結保存用治具は、特に、複数の細胞又は組織を、比較的多くのガラス化液量と共に滴下付着させ、凍結保存・融解操作することを想定した形態である。
【0074】
(実施例2)
実施例1のガラス化凍結保存用治具の作製において、易接着処理された透明PETフィルム支持体上に、接着層として、ヘンケルジャパン社製のホットメルトウレタン樹脂Purmelt QR 170−7141Pを乾燥時の固形分量30g/m
2となるように塗布した以外は同様にして、実施例2のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0075】
(実施例3)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、アドバンテック社製の濾紙 No.5C(坪量120g/m
2、密度0.57g/cm
3、厚み210μm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例3のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0076】
(比較例1)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層の無塗布部分を設けず、透明PETフィルム支持体上の全面に塗布した接着層が乾燥する前に、ガラス化液吸収層を重ね合わせた以外は同様にして、比較例1のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0077】
(比較例2)
実施例3のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層の無塗布部分を設けず、透明PETフィルム支持体上の全面に塗布した接着層が乾燥する前に、ガラス化液吸収層を重ね合わせた以外は同様にして、比較例2のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0078】
<ガラス化液の吸収性の評価>
実施例1〜3、および比較例1〜2の各ガラス化凍結保存用治具の、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分(2mm×5mm)のガラス化液吸収層上に、ガラスビーズ(直径100μm)を疑似細胞として複数個含むガラス化液1μLを滴下付着させた。また、比較例1〜2の各ガラス化凍結保存用治具のガラス化液吸収層上に、同様に、ガラスビーズ(直径100μm)を疑似細胞として複数個含むガラス化液1μLを滴下付着させた。なお、ガラス化液は、シグマアルドリッチ社製 修正TCM199培地に、20容積%血清、15容積%DMSO、15容積%エチレングリコール、0.2容積%スクロースが含まれる組成のものを用いた。滴下付着後、落射型正立光学顕微鏡(オムロン(株)製、VC4500−S1)にて、ガラス化液吸収層上に載置された疑似細胞周辺のガラス化液が吸収される様子を観察し、ガラス化液の吸収性を以下の基準で評価した。この結果を表1に示す。
【0079】
○:ガラス化液滴下付着後10秒以内に、疑似細胞周辺の余分なガラス化液の残存が完全に見えなくなった。または、ほとんど見えなくなった。
×:ガラス化液滴下付着後、経過時間が10秒を超えても、疑似細胞周辺の余分なガラス化液の残存が確認された。
【0080】
【表1】
【0081】
(実施例4)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、キュプラ繊維からなる不織布である旭化成せんい社製Bemliese(登録商標) SE14G(坪量14g/m
2、密度0.19g/cm
3、厚み70μm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例4のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0082】
(実施例5)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、紙である大王製紙(株)製 エリエール(登録商標) プロワイプ ソフトマイクロワイパーS220(坪量22g/m
2、密度0.21g/cm
3)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例5のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0083】
(実施例6)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、ポリエチレン樹脂からなる多孔性樹脂シートである旭化成社製のサンファインAQ800(細孔径35μm、空隙率43%、厚み500μm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例6のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0084】
(実施例7)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、多孔性金属酸化物シートであるコバレントマテリアル社製の石英ガラス多孔体(細孔径3.5μm、空隙率33%、厚み2mm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例7のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0085】
(実施例8)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、ポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる多孔性樹脂シートであるメルクミリポア社製の親水化処理されたポリテトラフルオロエチレン多孔体(細孔径10μm、空隙率80%、厚み85μm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例8のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0086】
(実施例9)
実施例1のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、ポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる多孔性樹脂シートであるメルクミリポア社製の親水化処理されたポリテトラフルオロエチレン多孔体(細孔径10μm、空隙率80%、厚み85μm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例9のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0087】
(実施例10)
実施例2のガラス化凍結保存用治具の作製において、接着層を塗布後、ドライヤーで加熱しながら、ガラス化液吸収層として、ポリビニリデンジフロライド樹脂からなる多孔性樹脂シートであるメルクミリポア社製のポリビニリデンジフロライド多孔体(細孔径0.5μm、空隙率70%、厚み125μm)を当該接着層に重ね合わせた以外は同様にして、実施例10のガラス化凍結保存用治具を作製した。
【0088】
<ガラス化液の吸収性の評価>
上記のようにして得られた実施例4〜10の各ガラス化凍結保存用治具の、ガラス化液の吸収性の評価を、先の実施例1〜3および比較例1〜2の各ガラス化凍結保存用治具と同様の方法にて評価した。この結果を表2に示す。
【0089】
<疑似細胞の視認性の評価>
実施例4〜10の各ガラス化凍結保存用治具について、先の「ガラス化液の吸収性の評価」に記載の方法で、ガラス化液吸収層と支持体との間に接着層が存在しない部分(2mm×5mm)のガラス化液吸収層上に、疑似細胞をガラス化液と共に滴下付着させた。滴下付着後、透過型光学顕微鏡(オリンパス(株)製、SZH−121)にて、ガラス化液吸収層上に載置した疑似細胞を観察できるかどうかを以下の基準で評価した。この結果を表2に示す。
【0090】
◎:疑似細胞の形態を明瞭に観察することができる。
○:疑似細胞の形態を観察することができる。
△:疑似細胞の存在を確認することができるが、形態を観察することができない。
×:疑似細胞の存在を確認することが困難である。
【0091】
【表2】
【0092】
表2の結果から、本発明のガラス化凍結保存用治具によって、ガラス化液の優れた吸収性能に加え、優れた視認性が得られることが判る。