(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6126495
(24)【登録日】2017年4月14日
(45)【発行日】2017年5月10日
(54)【発明の名称】てんぷ、時計用ムーブメント、時計、およびてんぷの製造方法
(51)【国際特許分類】
G04B 17/22 20060101AFI20170424BHJP
G04B 17/06 20060101ALI20170424BHJP
H01H 37/52 20060101ALI20170424BHJP
【FI】
G04B17/22 Z
G04B17/06 Z
H01H37/52 G
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-178499(P2013-178499)
(22)【出願日】2013年8月29日
(65)【公開番号】特開2014-142325(P2014-142325A)
(43)【公開日】2014年8月7日
【審査請求日】2016年6月9日
(31)【優先権主張番号】特願2012-288675(P2012-288675)
(32)【優先日】2012年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142837
【弁理士】
【氏名又は名称】内野 則彰
(74)【代理人】
【識別番号】100123685
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 信行
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 正洋
(72)【発明者】
【氏名】新輪 隆
(72)【発明者】
【氏名】川内谷 卓磨
【審査官】
櫻井 仁
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許第02936572(US,A)
【文献】
特開昭64−000487(JP,A)
【文献】
米国特許第04993007(US,A)
【文献】
米国特許第01982726(US,A)
【文献】
実公昭44−012842(JP,Y1)
【文献】
特公昭43−026014(JP,B1)
【文献】
特開2012−117842(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 17/22
G04B 17/06
G04B 37/22
H01H 37/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転可能に軸支されるてん真と、前記てん真の周囲に配置され、一方の端部が前記てん真と径方向に連結する連結アームに固定された固定端部であり、他方の端部が径方向に変形可能な自由端部であるてん輪と、を備えるてんぷにおいて、
前記てん輪は、径方向内側にあって前記連結アームに固定される第1リムと、
該第1リムの外周に重なるように配置され、前記第1リムとは線膨張係数の異なる材料からなる第2リムとを備え、
前記第1リムと前記第2リムとは互いに離間する複数の拘束部により相対的に拘束されていることを特徴とするてんぷ。
【請求項2】
前記てん輪は、前記拘束部の互いの離間間隔が所定の間隔になるよう形成されており、前記所定間隔により前記自由端部の移動量が設定されていることを特徴とする請求項1に記載のてんぷ。
【請求項3】
前記てん輪の回転動力を蓄えるひげぜんまいを更に有し、前記所定間隔は、温度変化に伴う前記ひげぜんまいのばね係数の変化率に応じて設定されることを特徴とする請求項2に記載のてんぷ。
【請求項4】
前記てん輪は、前記てん真回りに周方向に分割される第1円弧部と第2円弧部とを有し、前記第1円弧部において前記複数の拘束部が離間される間隔は、前記第2円弧部において前記複数の拘束部が離間される間隔と異なることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のてんぷ。
【請求項5】
動力源を有する香箱車と、前記香箱車の回転力を伝達する輪列と、前記輪列の回転を制御する脱進調速機構とを有し、前記脱進調速機構は請求項1乃至4のいずれか1項に記載のてんぷが備えられる時計用ムーブメント。
【請求項6】
請求項5の時計用ムーブメントを有する時計。
【請求項7】
一方の端部がてん真と径方向に連結する連結アームに固定された固定端部とし、他方の端部が径方向に変形可能な自由端部とするようにてん輪を形成するてんぷの製造方法であって、
前記連結アームに固定される第1リムと、前記第1リムの外周に重なるように配置され前記第1リムとは線膨張係数の異なる材料からなる第2リムとを互いに離間する複数の拘束部により相対的に拘束し、前記拘束部の互いの離間間隔を調整することで前記自由端部の変形量を調整するてん輪調整工程を有することを特徴とするてんぷの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、てんぷ、これを具備する時計用ムーブメント、時計、およびてんぷの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械式時計の調速機としては、一般的にてんぷ及びひげぜんまいで構成されている。このうちてんぷは、てん真及び該てん真に固定されたてん輪を備え、てん真の回転軸回りに周期的に正逆回転して振動する部材とされている。この際、てんぷの振動周期は予め決められた規定値内に設定されていることが重要とされている。仮に、振動周期が規定値からずれてしまうと、機械式時計の歩度(時計の遅れ、進みの度合い)が変化するためである。ところが、上記振動周期は各種の原因によって変化し易く、例えば温度変化によっても変化してしまう。
ここで、上記振動周期Tは、次式(1)で表される。
【0003】
【数1】
【0004】
上記式(1)において、Iは「てんぷの慣性モーメント」、Kは「ひげぜんまいのばね定数」を示す。従って、てんぷの慣性モーメント、又はひげぜんまいのばね定数が変化すると、振動周期も変化してしまう。
【0005】
ここで、てんぷに用いられる金属材料としては、一般的に線膨張係数が正の材料とされており、温度上昇によって膨張する。そのため、てん輪が拡径し、慣性モーメントを増加させてしまう。また、ひげぜんまいに一般的に用いられる鋼材料のヤング率は負の温度係数を有しているため、温度上昇によってばね定数を低下させてしまう。
【0006】
以上のことにより、温度上昇すると、これに伴って慣性モーメントが増加し且つひげぜんまいのばね定数が低下することとなる。従って、上記式(1)から明らかなように、てんぷの振動周期は、低温で短く、高温で長くなる特性となってしまう。そのため、時計の温度特性としては、低温で進み、高温で遅れるという特性になってしまうものであった。
そこで、てんぷの振動周期の温度特性を改善するための対策として、下記の2つの方法が知られている。
【0007】
第1の方法としては、ひげぜんまいの材料としてコエリンバー等の恒弾性材料を採用することにより、時計の使用温度範囲(例えば、23℃±15℃)付近でのヤング率の温度係数を正の特性とする方法である。これにより、上記使用温度範囲内において、温度に対するてんぷの慣性モーメントの変化をキャンセルすることができ、てんぷの振動周期の温度依存性を低く抑えることが可能となる。
【0008】
第2の方法としては、てん輪を構成するリム部の一部に、周方向の一端部が固定端、周方向の他端部が自由端とされ、熱膨張率が異なる材料からなる金属板を径方向に接合したバイメタルを用いる方法が知られている(非特許文献1参照)。
【0009】
上記バイメタルのうち、例えば径方向内側に位置する金属板の材料としてはインバー等の低熱膨張材料を用い、径方向外側に位置する金属板の材料としては黄銅等の高熱膨張材料を用いる。こうすることで、温度上昇時、バイメタルは熱膨張率の差異により自由端側が径方向の内側に向けて移動するように内向き変形する。これにより、リム部の平均径を縮径させて慣性モーメントを低下させることができ、慣性モーメントの温度特性に負の傾きを持たせることができる。その結果、てんぷの振動周期の温度依存性を低く抑えることが可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】スイス時計大学偏、「時計学理論(The Theory of Horology)」、英語版第2版、2003年4月、p136−137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記した第1の方法では、コエリンバー等の恒弾性材料でひげぜんまいを作製する際、溶解時における組成や熱処理等の各種加工条件によってヤング率の温度係数が大きく変化する恐れがある。従って、厳密な製造管理工程が必要とされ、ひげぜんまいの製造が容易ではなかった。よって、時計の使用温度範囲付近においてヤング率の温度係数を正にすることが難しい場合があった。
【0012】
また、上記した第2の方法では、バイメタルを用いたとしても、温度に対する変形量を微調整したり、全体のバランス等を微調整したりする必要があり、実際にはリム部に複数のチラねじを取り付け、これらチラねじの取付位置や捩じ込み量を調整する作業が必要とされる。例えば、温度が上昇しても時計の遅れが生じるようならば、自由端側にチラねじを移し変える等の作業を行って、慣性モーメントを補正する工程を行う。
【0013】
このように、実際にはチラねじを利用した微調整作業が必要になるので、温度補正に手間及び時間がかかり、作業性が悪かった。しかも、再調整する場合に、各チラねじの捩じ込み量を変化させたりすると全体の慣性モーメントも変化してしまい、てんぷの振動周期すなわち時計の歩度も変化してしまうため、歩度の調整が再度必要になるので作業が煩雑であった。
【0014】
また、チラねじが周方向にバランス良く配置されない場合もあり、てんぷの回転バランス性が低下することがあった。
【0015】
本発明は、このような事情に考慮してなされたもので、その目的は、歩度の再調整を行う必要がなく、回転バランス性及び回転性能を低下させない、簡便且つ高精度に温度補正を行うことができるてんぷ、これを具備する時計用ムーブメント、時計、およびてんぷの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、前記課題を解決するために以下の手段を提供する。
(1)本発明に係るてんぷは、回転可能に軸支されるてん真と、前記てん真の周囲に配置され、一方の端部が前記てん真と径方向に連結する連結アームに固定された固定端部であり、他方が径方向に変形可能な自由端部であるてん輪と、を備えるてんぷであって、前記てん輪は、径方向内側にあって前記連結アームに固定される第1リムと、該第1リムの外周に重なるように配置され、前記第1リムとは線膨張係数の異なる材料からなる第2リムとを備え、前記第1リムと前記第2リムとは互いに離間する複数の拘束部により相対的に拘束されていることを特徴とする。
【0017】
本発明に係るてんぷによれば、温度変化が生じると、第1リムと第2リムとの熱膨張率に差異があり、複数の拘束部により互いの相対移動を拘束されていることによって、てん輪の自由端部を径方向の内側又は外側に向かって移動させることができる。これにより、てん輪の自由端部から回転軸までの距離を変化させることができ、てんぷ自体の慣性モーメントを変化させることができる。これにより、慣性モーメントの温度特性の傾きを変化させることができ、てんぷの振動周期の温度依存性を抑制できるため、温度変化によって歩度が変化し難い高品質なてんぷとすることができる。
【0018】
(2)上記本発明に係るてんぷにおいて、前記拘束部の互いの離間間隔が所定の間隔になるよう形成されており、前記所定間隔により前記自由端部の移動量が設定されていることを特徴とする。
この場合には、あらかじめ必要な慣性モーメントの温度特性の傾きになるよう離間間隔を形成することにより、てん輪の自由端部の移動量が設定されるため、簡便に温度補正量を設定することができる。離間間隔の調整により温度に対する自由端部の移動量を変化させることができるため、ひげぜんまいの温度特性のばらつきやてん輪の自由端部の変形量のばらつきに合わせて微調整することができ、温度補正作業を効率良く且つ高精度に行い易い。また、離間間隔の調整により間隔の大小が発生したとしても、回転バランス性を低下させることがなく、優れた回転性能を確保し易い。更に、離間間隔の調整を行ってもてんぷの慣性モーメント自体は変化しにくいため、歩度の再調整を必須としない。
【0019】
(3)上記本発明に係るてんぷにおいて、前記てん輪の回転動力を蓄えるひげぜんまいを更に有し、前記所定間隔は、温度変化に伴う前記ひげぜんまいのばね定数の変化率に応じて設定されることを特徴とする。
この場合には、組み合わされるひげぜんまいのばね定数の温度特性の傾きに合わせて、てんぷの自由端部の移動量を設定することができ、より正確な温度補正を行うことができる。
【0020】
(4)本発明に係るてんぷは、てん輪が、てん真回りに周方向に分割される第1円弧部と第2円弧部とを有し、第1円弧部において複数の拘束部が離間される間隔が、第2円弧部において複数の拘束部が離間される間隔と異なることを特徴とする。
本発明に係るてんぷによれば、拘束部間の間隔を、周方向に分割される円弧部のそれぞれにおいて別個に調整できることで、自由端の変形量における円弧部同士のバラツキを抑制することができ、変形量のバラツキによる回転バランスの劣化を防止できるようになる。
【0021】
(5)本発明に係る時計用ムーブメントは、動力源を有する香箱車と、前記香箱車の回転力を伝達する輪列と、前記輪列の回転を制御する脱進調速機構とを有し、調速機構には上記本発明に係るてんぷを備えていることを特徴とする。
本発明に係る時計用ムーブメントによれば、上述したように振動周期の温度依存性が抑制され、温度変化によって歩度が変化し難いてんぷを具備しているので、誤差の少ない高品質な時計用ムーブメントとすることができる。
【0022】
(6)本発明に係る時計は、上記本発明に係る時計用ムーブメントを備えていることを特徴とする。
本発明に係る時計によれば、温度変化によって歩度が変化し難い時計用ムーブメントを具備しているので、誤差の少ない高品質な時計とすることができる。
【0023】
(7)本発明に係るてんぷの製造方法は、一方の端部がてん真と径方向に連結する連結アームに固定された固定端部とし、他方の端部が径方向に変形可能な自由端部とするようにてん輪を形成するてんぷの製造方法であって、連結アームに固定される第1リムと、第1リムの外周に重なるように配置され第1リムとは線膨張係数の異なる材料からなる第2リムとを互いに離間する複数の拘束部により相対的に拘束し、拘束部の互いの離間間隔を調整することで自由端部の変形量を調整することを特徴とする。
【0024】
本発明に係るてんぷの製造方法によれば、離間間隔の調整により温度に対する自由端部の移動量を変化させることができるため、ひげぜんまいの温度特性のばらつきやてん輪の自由端部の変形量のばらつきに合わせて微調整することができ、温度補正作業を効率良く且つ高精度に行い易い。また、離間間隔の調整により間隔の大小が発生したとしても、回転バランス性を低下させることがなく、優れた回転性能を確保し易い。更に、離間間隔の調整を行ってもてんぷの慣性モーメント自体は変化しにくいため、歩度の再調整を必須としない。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、線膨張率差を利用して温度補正するてんぷにおいて、歩度の再調整を行う必要がなく、回転バランス性及び回転性能を低下させることなく、簡便且つ高精度に温度補正作業を行うことができる
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明に係る第1実施形態を示す図であって、機械式時計のムーブメントの構成図である。
【
図2】
図1に示すムーブメントを構成するてんぷの上面図である。
【
図5】
図2に示すてんぷの拘束部の離間間隔と変形量の関係を示す図である。
【
図6】
図2に示すてんぷの慣性モーメントの補正量の調整方法を示す図である。
【
図7】
図6に示すてんぷの歩度の温度特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る実施形態について図面を参照して説明する。
図1に示すように、本実施形態の機械式時計1は、例えば腕時計であって、ムーブメント(時計用ムーブメント)10と、このムーブメント10を収納する図示しないケーシングと、により構成されている。
【0028】
(ムーブメントの構成)
このムーブメント10は、基板を構成する地板11を有している。この地板11の裏側には図示しない文字板が配されている。なお、ムーブメント10の表側に組み込まれる輪列を表輪列と称し、ムーブメント10の裏側に組み込まれる輪列を裏輪列と称する。
【0029】
上記地板11には、巻真案内穴11aが形成されており、ここに巻真12が回転自在に組み込まれている。この巻真12は、おしどり13、かんぬき14、かんぬきばね15及び裏押さえ16を有する切換装置により、軸方向の位置が決められている。また、巻真12の案内軸部には、きち車17が回転自在に設けられている。
【0030】
このような構成のもと、巻真12が、回転軸方向に沿ってムーブメント10の内側に一番近い方の第1の巻真位置(0段目)にある状態で巻真12を回転させると、図示しないつづみ車の回転を介してきち車17が回転する。そして、このきち車17が回転することにより、これと噛合う丸穴車20が回転する。そして、この丸穴車20が回転することにより、これと噛合う角穴車21が回転する。更に、この角穴車21が回転することにより、香箱車22に収容された図示しないぜんまい(動力源)を巻き上げる。
【0031】
ムーブメント10の表輪列は、上記香箱車22の他に、二番車25、三番車26及び四番車27により構成されており、香箱車22の回転力を伝達する機能を果している。また、ムーブメント10の表側には、表輪列の回転を制御するための脱進機構30及び調速機構31が配置されている。
【0032】
二番車25は、香箱車22に噛合う歯車とされている。三番車26は、二番車25に噛合う歯車とされている。四番車27は、三番車26に噛合う歯車とされている。
【0033】
脱進機構30は、上記した表輪列の回転を制御する機構であって、四番車27と噛み合うがんぎ車35と、このがんぎ車35を脱進させて規則正しく回転させるアンクル36と、を備えている。
調速機構31は、上記脱進機構30を調速する機構であって、
図1〜
図3に示すように、てんぷ40を具備している。
【0034】
(てんぷの構成)
調速機構31を構成するてんぷ40は、回転軸O回りに回転可能に軸支されるてん真41と、該てん真41に固定されたてん輪42と、を備え、脱進機構30から伝えられた動力によりひげぜんまい43に蓄えられた位置エネルギーによって、回転軸O回りに一定の振動周期で正逆回転させられる部材とされている。
なお、本実施形態では、上記回転軸Oに直交する方向を径方向、回転軸O回りに周回する方向を周方向という。
【0035】
上記てん真41は、回転軸Oに沿って上下に延在した回転軸体であり、上端部及び下端部が図示しない地板やてんぷ受等の部材によって軸支されている。てん真41における上下方向の略中間部分は、径が最も大きい大径部41aとされている。そして、この大径部41aを介して上記てん輪42がてん真41に固定されている。
【0036】
また、てん真41には、大径部41aの下方に位置する部分に筒状の振り座45が回転
軸Oと同軸に外装されている。この振り座45は、径方向の外側に向けて突設された環状の鍔部45aを有しており、該鍔部45aに前記アンクル36を揺動させるための振り石46が固定されている。
【0037】
上記ひげぜんまい43は、例えば一平面内で渦巻状に巻かれた平ひげであって、ひげ玉44を介してその内端部がてん真41における大径部41aの上方に位置する部分に固定されている。そして、このひげぜんまい43は、前記4番歯車27から前記がんぎ車35に伝えられた動力を蓄え、てん輪42を振動させる役割を果している。
【0038】
上記てん輪42は、
図2及び
図3に示すように、てん真41を径方向の外側から囲む略環状のリム50と、該リム50とてん真41とを径方向に連結する連結アーム51と、を備えている。
【0039】
上記リム50は、周方向に沿って1/3円弧状に延在した帯状片であり、回転軸O回りに回転対称に均等配置されている。また、リム50は、径方向内側に配置される第1リム54と、該第1リム54に沿って径方向外側に配置される第2リム55とからなる。
【0040】
連結アーム51は、回転軸O回りに120度の間隔を開けて配置されている。そして、連結アーム51は、その基端側がてん真41の大径部41aに連結され、その先端側が上記したリム50に向かって径方向の外側に向けて延在している。
【0041】
そして、リム50の固定端部50aにおいて、第1リム54と連結アーム51の先端側が連結されている。これにより、リム50は、連結アーム51を介しててん真41に支持されている。
上記リム50の周方向のもう一端側は、径方向に変形可能な自由端部50bとされており、該自由端部50bの先端側には錘52が取り付けられている。
【0042】
上記リム50の第1リム54と第2リム55は、一定の間隔aを空けて複数の拘束部53がもうけられることにより、かかる拘束部53付近における互いの相対移動が拘束されている。なお、
図2では、リム50を周方向に沿って分割した帯状片において、それぞれの帯状片(第1円弧部40a、第2円弧部40b、第3円弧部40c)における複数の拘束部53の間隔を間隔a、間隔b、間隔cと記載している。以下では、全ての帯状片において間隔aを空けて複数の拘束部53がもうけられる(つまり、間隔a、間隔b、及び間隔cが全て等しい)場合について説明する。
【0043】
拘束部53は、例えば抵抗スポット溶接やレーザー溶接等により形成されており、第1リム54と第2リム55とが相対的に離間やスライド移動するのを拘束している。
なお、上記第1リム54は、前記第2リム55と線膨張係数が異なる材料から構成されている。
【0044】
本実施形態では、第1リム54がインバー等の低熱膨張材料で形成され、第2リム55がステンレス等の第1リム54よりも高熱膨張材料で形成されているものとして説明する。従って、周囲の温度が上昇した場合には、
図4に示すように、第2リム55は第1リム54よりも周方向に大きく膨張する。これにより、リム50の自由端部50bは径方向内側へ移動することになる。これに伴い、自由端部50bの先端に取り付けられた錘52も径方向内側へ移動する。
【0045】
なお、本実施形態のひげぜんまい43は、温度上昇に伴いヤング率が低下する負の温度係数を有する一般的な鋼材料からなるものとして説明する。
なお、第1リム54および第2リム55の材料としては、上記材料に限定されるものではなく、種々の材料を適宜選択して用いても構わない。この際、できるだけ熱膨張率に大きな差が生じるように両者の材料を選択することが好ましい。
【0046】
また、本実施形態では、拘束部53はリム50の上面および下面に形成したが、これに限定されるものではなく、リム50の上面と下面の中間位置にあっても良い。この場合は、例えばリム50の外周側面にレーザーを照射して第1リム54と第2リム55とを重ね合せ溶接することで、拘束部53を形成することができる。
【0047】
(慣性モーメントの温度補正方法)
次に、上記したてんぷ40を利用した、慣性モーメントの温度補正方法について説明する。
本実施形態のてんぷ40によれば、温度変化が生じると、第2リム55は第1リム54よりも大きく膨張・収縮することによって自由端部50bを径方向へ移動させることができる。即ち、
図4に示すように、温度上昇した場合には、第2リム55の膨張により自由端部50bを径方向の内側に向けて移動させることができ、温度低下した場合には、その逆に径方向の外側に向けて移動させることができる。
【0048】
そのため、自由端部50bの先端に取り付けられた錘52の位置を径方向の内側あるいは外側に移動させることで、回転軸Oから錘52までの距離を変化させててんぷ40自体の慣性モーメントを変化させることができる。つまり、温度上昇した場合には、錘52の位置を径方向内側へ移動させて慣性モーメントを小さくすることができ、温度低下した場合には、錘52の位置を径方向外側へ移動させて慣性モーメントを大きくすることができる。これにより、慣性モーメントの温度特性の傾きを負の傾きに変化させることができ、従って、慣性モーメントの温度補正を行うことができる。
【0049】
ところで、本実施形態のてんぷ40によれば、所定の離間間隔aを空けて拘束部53が配置されており、
図5に示すように離間間隔aの大小によって温度変化によるリム50の自由端部50bの移動量が変化する。つまり、離間間隔aを大きくすると自由端部50bの移動量が小さくなり、離間間隔aを小さくすると自由端部50bの移動量が大きくなる。即ち、離間間隔aの大きさにより慣性モーメントの温度特性の傾きを変化させることができる。従って、あらかじめ必要な慣性モーメントの温度特性の傾きになるよう離間間隔aを決定することにより、簡便に慣性モーメントの温度補正量を設定することができる。
【0050】
また、本実施形態のてんぷ40によれば、組み合わせるひげぜんまい43の温度によるばね定数の変化率に合わせて、リム50の拘束部53の離間間隔aが設定されている。即ち、あらかじめひげぜんまいのばね定数の温度による変化率と、リム50の拘束部53の離間間隔aとリム50の自由端部50bの移動量の関係とを把握しておけば、組み合わせるひげぜんまい43に合わせて慣性モーメントの温度特性の傾きを設定できるので、より正確な温度補正を行うことができる。
【0051】
(慣性モーメントの温度補正量調整方法)
次に、上記したてんぷ40を利用した、慣性モーメントの温度補正量調整方法について説明する。
ひげぜんまい43は、形状寸法ばらつきやヤング率の温度特性のばらつきなどにより、ばね定数の温度特性にばらつきが生ずる。従って、温度補正を更に高精度に行おうとした場合、ひげぜんまい43のばね定数の温度特性のばらつきに合わせて、てんぷ40の慣性モーメントの温度特性の傾きを微調整する必要がある。
【0052】
上記のように本実施形態のてんぷ40によれば、リム50の拘束部53の離間間隔aの大きさにより温度変化によるリム50の自由端部50bの移動量を変化させることができるので、ひげぜんまい43とてんぷ40を組み合せた後、離間間隔aを調整することにより、更にてんぷ40の慣性モーメントの補正量を微調整することができる。
【0053】
具体的には、
図7に示すように、てんぷの慣性モーメントの温度補正量を必要な補正量よりも若干小さくなるよう、あらかじめ拘束部53の離間間隔aを所定の間隔としておき、ひげぜんまい43と組合わせた後、温度に対する歩度を測定する。前記のように慣性モーメントの温度補正量は小さめに設定しているため、温度に対する歩度は低温で若干進み、高温で若干遅れとなる(
図7C0)。
【0054】
ここで、
図6(a)のように、リム50の自由端部50b寄りの隣接する拘束部53の中間位置に追加拘束部53aを追加すると、歩度の温度特性の傾きは小さくなる(
図7C1)。あるいは、
図6(b)のように、リム50の固定端部50a寄りの隣接する拘束部53の中間位置に追加拘束部53bを追加すると、歩度の温度特性の傾きは更に小さくなる(
図7C2)。このように、最終的には
図7C3のように歩度の温度特性が平らになるよう拘束部を追加していく。
【0055】
以上のように、追加する拘束部53の位置をリム50の固定端部50a寄りにすると自由端部50bの移動量の増加量が大きく、リム50の自由端部50b寄りにすると自由端部50bの移動量の増加分が小さくなるため、慣性モーメントの温度補正量を細かく微調整することができ、時計の使用温度範囲内での最適な歩度の設定を行うことができる。
【0056】
なお、上述では、リム50を周方向に沿って3分割した円弧状の帯状片(第1円弧部40a、第2円弧部40b、第3円弧部40c)のうち、全ての帯状片が離間間隔aの間隔で形成される拘束部53を有する場合について説明した。しかし、帯状片毎に拘束部53の離間間隔が異なるように形成することもできる。その場合は、
図2に示すように、第1円弧部40aは上述のように離間間隔aで拘束部53が形成され、第2円弧部40bは離間間隔bで拘束部53が形成され、更に第3円弧部40cは離間間隔cで拘束部53が形成される。これら間隔a、間隔b、間隔cをそれぞれ別個に調整することで、自由端の変形量における帯状片同士のバラツキを抑制することができ、変形量のバラツキによる回転バランスの劣化を防止できるようになる。
【0057】
なお、上述では、リム50を周方向に沿って3分割した場合を説明したが、分割数が2以上の自然数であって、それぞれの円弧部の自由端が温度変化により変形できるような分割数であればよい。この場合、それぞれの円弧部は回転軸O回りに回転対称に均等配置されていることが好ましい。
【0058】
特に、従来のチラねじを用いた方法とは異なり、リム50の拘束部53を追加するだけの簡便な作業で温度補正を高精度に行えるので、その調整作業が容易である。
また、拘束部53を追加して慣性モーメントの温度補正量を調整したとしても、慣性モーメント自体が変化することがなく、且つ、てんぷ40の重心位置も変化しないため、回転バランスも低下させ難い。従って、従来のチラねじを利用する場合とは異なり、歩度や回転バランスの再調整の必要がない。
【0059】
また、本実施形態のムーブメント10によれば、振動周期の温度依存性が抑制され、温度変化によって歩度が変化し難い上記したてんぷ40を具備しているので、誤差の少ない高品位なムーブメントとすることができる。
また、本実施形態の機械式時計1によれば、温度変化によって歩度が変化し難い上記したムーブメント10を具備しているので、誤差の少ない高品位な時計とすることができる。
【符号の説明】
【0060】
O…回転軸
1…機械式時計
10…ムーブメント(時計用ムーブメント)
22…香箱車
30…脱進機構
40…てんぷ
41…てん真
42…てん輪
43…ひげぜんまい
44…ひげ玉
50…リム
51…連結アーム
52…錘
53…拘束部
53a、53b…追加拘束部
54…第1リム
55…第2リム