(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6127260
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】ベルト式無段変速機のベルトすべり防止制御装置
(51)【国際特許分類】
F16H 61/18 20060101AFI20170508BHJP
【FI】
F16H61/18
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-262480(P2012-262480)
(22)【出願日】2012年11月30日
(65)【公開番号】特開2014-109290(P2014-109290A)
(43)【公開日】2014年6月12日
【審査請求日】2015年11月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115200
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 修之
(72)【発明者】
【氏名】畑内 慎也
(72)【発明者】
【氏名】福元 浩二
(72)【発明者】
【氏名】高倉 俊樹
【審査官】
中村 大輔
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−216571(JP,A)
【文献】
特開2008−014362(JP,A)
【文献】
特開2001−330145(JP,A)
【文献】
特開2002−340158(JP,A)
【文献】
特開2011−069453(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 61/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベルト式無段変速機のベルトすべり防止制御装置であって、
登坂路で車両がずり下がっていると懸念されるか否かを判定するずり下がり判定手段を備え、該ずり下がり判定手段により車両がずり下がっていると判定された場合には、車両がずり下がっていないと判定された場合に比べてダウンシフト操作量を制限しプライマリーシーブ挟圧の低下を抑制する、制御構成を有するベルトすべり防止制御装置。
【請求項2】
前記ずり下がり判定手段によりずり下がっていると判定された場合には、前記ダウンシフト操作量の制限に加え、セカンダリーシーブ挟圧を上げる、制御構成を有する請求項1に記載のベルトすべり防止制御装置。
【請求項3】
前記プライマリーシーブの入力トルクが大きいほど前記ダウンシフト操作量の制限を大きくする、請求項1または2に記載のベルトすべり防止制御装置。
【請求項4】
登坂路の勾配が緩いほど、低い車速を終了車速に設定し、車両の計測車速が前記終了車速に到達すると制御を終了する請求項1〜3のいずれか1項に記載するベルトすべり制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベルト式無段変速機を有する車両が登坂路でずり下がった場合に、ベルトすべりを防止することが可能な制御構成を有するベルト式無段変速機のベルトすべり制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
所定のベルト式無段変速装置(以下、ベルト式CVT)を有する車両においては、登坂路でずり下がりをおこしてしまったとき、ベルト式CVTの変速比はアップシフト側に動いてしまう。したがって、ずり下がり時に目標とする変速比を保つためには、ダウンシフトの指示を出し、プライマリーシーブ挟圧を下げる操作を行う。
【0003】
プライマリーシーブ挟圧を流量制御、セカンダリーシーブ挟圧を圧力制御で行う方式のベルト式CVTの場合、変速比を保つためにダウンシフト指示をしてプライマリーシーブ挟圧を下げる操作をし、セカンダリーシーブ挟圧の変更をしなければ、プライマリーシーブ挟圧がどんどん下がっていって、プライマリーシーブ側でベルトすべりが発生する。
【0004】
従来は、これを防ぐために特許文献1でもベルト式CVTのベルトすべり防止制御方法が開示されており、例えばセカンダリーシーブ挟圧を上げる対応が考えられるが、この場合、セカンダリーシーブ挟圧をかなり上げないとバランスがとれない。しかしオイルポンプの能力やエンジンに対する負荷には制限があり、また、プライマリーシーブ側を流量制御する方式のCVTの場合、プライマリーシーブ挟圧の直接管理ができない。したがって、セカンダリーシーブ挟圧を上げる対応は、必ずしも良好な対応とは言えない。
【0005】
また、ベルト式CVTにはシーブの回転方向を検知するセンサがない場合があり、この場合には、車両がずり下がり状態であるか前進状態であるかを判断することは困難である。その一方、ずり下がりを前進と間違えた場合、ダウンシフトによりプライマリーシーブ挟圧不足になり、ベルトすべりに至る。逆に、前進をずり下がりと間違えた場合、不要にセカンダリーシーブ挟圧を上げてしまい燃費が悪くなるという背反がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−340153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題に鑑み創作されたものであり、車両のずり下がりを前進状態と誤判定しないようにしつつ、前進時にはできる限り早く前進中であることを検知し、ずり下がり時のベルトすべりを防止することが可能な制御構成を有するベルト式CVTのベルトすべり防止制御装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のベルト式無段変速機(CVT)のベルトすべり防止制御装置は、
登坂路で車両がずり下がっていると懸念されるか否かを判定するずり下がり判定手段を備え、該ずり下がり判定手段により車両がずり下がっていると判定された場合には、
車両がずり下がっていないと判定された場合に比べてダウンシフト操作量を制限しプライマリーシーブ挟圧の低下を抑制する、制御構成を有する。
【0009】
本発明によれば、プライマリーシーブの挟圧の過低下を直接的に防止することでベルトすべりを防止することができる。本発明では、ずり下がりが懸念されるときには、
、車両がずり下がっていないときに比べて変速比が目標値から離れないようにダウンシフト操作量を小さくしている。これにより変速比としてはアップシフト側に動いてしまうが、プライマリーシーブ挟圧は確保されるためベルトすべりは防止できる。
【0010】
また、本発明のベルトすべり防止制御装置によれば、前記ずり下がり判定手段によりずり下がっていると判定された場合には、前記ダウンシフト操作量の制限することに加え、セカンダリーシーブ挟圧を上げる、制御構成を有することが好ましい。
【0011】
この発明によれば、セカンダリーシーブ挟圧上昇をも併用することで上記ダウンシフト操作量の制限を弱くしてもベルトすべりを防止することができる。とりわけ変速比が目標値から離れることを極力防止し
得る。セカンダリーシーブ挟圧が低いとダウンシフト幅がない、ベルトすべり防止としてはダウンシフトだけで対応できるが、変速性能をできるだけ保とうとするとセカンダリーシーブ挟圧も上げておく必要がある。この観点からセカンダリーシーブ挟圧の上昇も併用することが好ましい。
【0012】
また、本発明のベルトすべり防止制御装置では、前記プライマリーシーブの入力トルクが大きいほど前記ダウンシフト操作量の制限を大きくする、ことが好ましい。
【0013】
ベルトすべりが生じやすい高トルクでのベルトすべりを防止しつつ、低トルク領域で変速比が目標値から離れることを防止し得る。
【0014】
さらに、本発明では、登坂路の勾配が緩いほど、低い車速を終了車速に設定し、車両の計測車速が前記終了車速に到達すると制御を終了しても良い。
【0015】
ベルトすべり防止制御では、実際に車両がずり下がっている時間だけをベルトすべり防止制御していることが燃費向上上望ましく、前進状態のときにも制御終了していないのは無駄である。本発明では、車の駆動力から考えて勾配が緩ければ、後ろ向きに速くずり下がることができない点に注目し、勾配に応じた終了車速を設定することとしている。そして、終了車速に到達すると前進状態と判断して制御終了する。例えば、平地や勾配が小さい場合は、低い車速で前進判断がされ、終了が早く、逆に勾配が大きい場合は前進判断の車速が大きいため終了時間も遅くなる。
【発明の効果】
【0016】
上述するように本発明のベルト式CVTのベルトすべり防止制御装置は、車両のずり下がりを前進状態と誤判定しないようにしつつ、前進時にはできる限り早く前進中であることを検知し、ずり下がり時のベルトすべりを効率的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明のベルトすべり防止制御装置で実行するダウンシフト操作量の制限とこれによるプライマリーシーブ挟圧の変化を示したグラフ図であり、(a)は、車速とアクセル開度を示しており、(b)は、プライマリーシーブ挟圧およびセカンダリーシーブ挟圧を示しており、(c)はダウンシフト操作の操作量を示している。
【
図2】ダウンシフト操作量の制限およびセカンダリーシーブ挟圧アップの本ずり下がり防止制御の終了車速を示したグラフ図である。
【
図3】本発明で用いるベルト式CVTでのプライマリーシーブ挟圧とセカンダリーシーブ挟圧との関係を示す模式図である。
【
図4】ダウンシフト操作量およびセカンダリーシーブ挟圧と変速比との関係を示すグラフ図である。
【
図5】本発明の制御構成例を示したフロー図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1には、本発明のベルトすべり防止制御装置で実行するダウンシフト操作量の制限とこれによるプライマリーシーブ挟圧の変化を示したグラフ図であり、(a)は、車速とアクセル開度を示しており、(b)は、プライマリーシーブ挟圧およびセカンダリーシーブ挟圧を示しており、(c)はダウンシフト操作の操作量を示している。また、
図2はダウンシフト操作量の制限およびセカンダリーシーブ挟圧アップの本ずり下がり防止制御の終了車速を示したグラフ図である。
図3は本発明で用いるベルト式CVTでのプライマリーシーブ挟圧とセカンダリーシーブ挟圧との関係を示す模式図である。
図4は、ダウンシフト操作量およびセカンダリーシーブ挟圧と変速比との関係を示すグラフ図である。
図5は、本発明の制御構成例を示したフロー図を示している。
【0019】
本発明の一例について具体的に説明する前に前提として本発明で用いるベルト式CVTでのプライマリーシーブ挟圧とセカンダリーシーブ挟圧との関係を説明する。とりわけ、車両のずり下がりの際に行うダウンシフト操作に注目しつつ説明する。
【0020】
図3は概ねプライマリーシーブ10、セカンダリーシーブ12、ベルト14、元油圧で構成されている。この
図3に示すように、このベルト式CVTではプライマリーシーブ10の挟圧は制御されず、流量で制御している。一方、セカンダリーシーブ12の挟圧は圧力センサが設けられ、これに基づいて直接に制御されている。油圧は、プライマリーシーブ10、セカンダリーシーブ12ともに両方に供給されるが、圧力センサが付いているのはセカンダリーシーブ12だけであり、挟圧を上げる指示としてはプライマリーシーブ10の挟圧が測定できないのでセカンダリーシーブ12の挟圧と共に元油圧を上げることとしている。これに対してダウンシフトではプライマリーシーブ10のバルブが開いて挟圧が抜ける。このときにプライマリーシーブ10の挟圧は測定の圧力センサがなくわからないので必要以上に挟圧を抜いてしまうことがあり、プライマリーシーブ10側でベルト14が滑ってしまう。
【0021】
次に、本発明のベルトすべり防止制御装置における制御例を説明する。
まず、
図1(a)では本ベルトすべり防止制御装置における車速又はアクセル開度(縦軸)と時間(t(s))を示している。t(s)=0のときはブレーキOFF、時間t0のときアクセルONである。ここでは時間t3まで車両が、坂道でずり下がっている。本実施形態では、タイヤの前後進を判定するセンサを有していないため、ずり下がっている場合でもECU認識の車速vは正である(現実の車速は点線v’参照)。
【0022】
制御上、ずり下がりが発生しているか否かは、その車速と路面の勾配から判定する。例えば、2°くらいの緩い勾配だと3km/h以上の車速がでないとわかっているので、それ以上の車速が出たら「前進」と判定する。また、それ未満の車速であれば、「前進」又は「ずり下がり状態」であり総じて「ずり下がり懸念あり」と判定される。
【0023】
そして、車速がゼロになった場合に「ずり下がり」が終了したと判定する(時間t2参照、尚、その他の終了条件例は後述)。これにより平地や勾配が小さい場合は、低い車速で「前進」判定がされ、「ずり下がり」の終了が早く、逆に勾配が大きい場合は、「前進」判定の車速が大きいため終了時間も遅い。
図2は、勾配に応じた「前進」判定された車速、すなわち本制御の終了車速を示している。例えば、勾配がθ°の場合、前進判定となる車速は、vfである。なお、
図2のグラフは0点を通ることはない。車両にはクリープ力があるため、一定の勾配までずり下がりが生じないからである。
【0024】
次に、ずり下がり懸念ありの判定がなされた場合の制御構成に言及する。
通常、ずり下がり懸念ありと判定された場合には、
図1(b)(c)の時間t1に示すようにダウンシフト指示がなされる。
【0025】
ダウンシフト指示は、ずり下がりが発生したときにベルト式CVTがアップシフト方向に動いてしまうことを防止するためにプライマリーシーブ挟圧を下げる操作である。従来は
図3に示す本CVTの特性とも相俟って、セカンダリーシーブ側の挟圧を上げ変速比を保つことで対策していたがベルトすべり等の問題があったことは前述の通りである。
【0026】
この問題に対して本発明では、変速比を保つということの優先順位を下げ、ダウンシフト操作量を抑えてプライマリーシーブ挟圧を確保しようと制御している。
図4にはずり下がりが発生したときのダウンシフト操作量およびセカンダリーシーブ挟圧と変速比γmaxとの関係を示している。この図からもわかるように、ずり下がりが発生すると「本来」はアップシフト側に勝手に動いてしまうため変速比は低下していく。これに対して「従来」はダウンシフト操作をしセカンダリーシーブ挟圧を上げて変速比を維持している。本発明では、「従来」よりはダウンシフトを抑え、ベルトすべり防止を優先している。
【0027】
再び
図1に戻ってみると、
図1(b)(c)に示すように、ずり下がり判定(例えば、ずり下がり懸念あり判定)がされたとき(時間t1)に実行されるダウンシフト操作量が制限されていることがわかる。また、これに応じて実際のプライマリーシーブ挟圧(図では「Pri挟圧」)より上昇していることがわかる。これにより、ベルトすべりを防止するのに必要なプライマリーシーブ挟圧より常に高い挟圧を維持できるようになっていることも理解されよう。
【0028】
また、ダウンシフト操作量を抑えたからと言っても、セカンダリーシーブ挟圧を全く上げないわけではない(
図4参照)。セカンダリーシーブ挟圧を高くするほど変速比を保てるようになることは上記の通りである。むしろ、セカンダリーシーブ挟圧が高いとダウンシフトができ(プライマリーシーブ挟圧の下げ幅を確保できる)、セカンダリーシーブ挟圧が低いとダウンシフトできない。したがって、ベルトすべり防止の観点としてはダウンシフト操作量の制限だけでよいが、変速性能をできるだけ保とうとするとセカンダリーシーブ挟圧を上げておくことが望ましい。しかし、エンジン負荷が高まりエンストのリスクが増える背反がある。従来はベルトすべり防止の観点でセカンダリーシーブ挟圧を上げざるを得なかったが、本発明では要求される変速性能に応じてセカンダリーシーブ挟圧の増加量を低減することができる。(
図1(b)参照)。
【0029】
さらに、本実施形態では特に図示しないが、プライマリーシーブの入力トルクが大きいほどダウンシフト操作量を大きく設定する。ベルトすべりが生じやすい高トルクでのベルトすべりを防止しつつ、低トルク領域で変速比が目標値から離れることを防止している。例えば、平地でプライマリーシーブ推力:セカンダリーシーブ推力=1:1で変速比γmaxだったものが、ずり下がるとそのままアップシフトに入ってしまって変速比γminに小さくなるものを、セカンダリーシーブ挟圧を上げた上でダウンシフト操作し、推力比1:2とすることでγmaxに戻すような方法である。これよりγmaxに保てるようになる(変速比を保つことができる)。
【0030】
以上、本ベルトすべり防止制御装置について説明したが、
図5ではその制御フローの一例が示されている。とりわけここでは、ずり下がりの判定と終了、ダウンシフト操作について言及する。まず、車両の車速=0か否か測定する(STEP1)。実際のずり下がりが発生するのは少なくとも車速が一旦ゼロになった後だからである。また、路面の勾配と終了車速との関係を設定する(STEP2)。これは予め設定しておくものであり、
図2のようなデータを設定しておく。そして、実際の車両の勾配(θ°)をセンサで計測し(STEP3)、終了車速vを抽出する(STEP4)。
【0031】
次に、車速が終了車速vに至っているか否かを計測する(STEP5)。車速が終了車速vを上回っている場合は、前述した通り「前進」状態であると判定され(STEP6)、ずべり防止制御を終了する(STEP7)。一方、車速が終了車速vを下回っている場合は、「ずり下がり懸念あり」状態であると判定される(STEP8)。「ずり下がり懸念あり」の場合、変速比を保つためにダウンシフト操作がされ、このダウンシフト操作量はベルトすべり防止のために制限される(STEP9)。そして、ダウンシフト操作の制限は所定条件で終了する。まず車速がゼロになると終了する(STEP10)。一旦、ずり下がりが発生し、それが前進に反転する場合は必ず車速ゼロになるからである。
図1の例では、車速がゼロになりダウンシフト操作を終了している。また、所定時間経過しても終了する(STEP11)。図示しないがこの所定時間は勾配やアクセル開度から設定される。
【0032】
以上、本発明のベルト式CVTのベルトすべり防止制御装置についての実施形態およびその概念について説明してきたが本発明はこれに限定されるものではなく特許請求の範囲および明細書等に記載の精神や教示を逸脱しない範囲で他の変形例、改良例が得られることが当業者は理解できるであろう。
【符号の説明】
【0033】
10 プライマリーシーブ
12 セカンダリーシーブ
14 ベルト