(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6128369
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】近赤外線分光法による疲労の評価方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/1455 20060101AFI20170508BHJP
A61B 5/16 20060101ALI20170508BHJP
【FI】
A61B5/14 322
A61B5/16
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-261185(P2012-261185)
(22)【出願日】2012年11月29日
(65)【公開番号】特開2014-104265(P2014-104265A)
(43)【公開日】2014年6月9日
【審査請求日】2015年10月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002819
【氏名又は名称】大正製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松永 博英
(72)【発明者】
【氏名】中村 卓夫
(72)【発明者】
【氏名】北島 秀明
【審査官】
佐藤 高之
(56)【参考文献】
【文献】
特開平05−329136(JP,A)
【文献】
特開2012−090626(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2009/0018405(US,A1)
【文献】
特開昭62−253031(JP,A)
【文献】
特開2004−275281(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00−5/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の疲労の度合いを評価するための指標となる情報を得る方法であって、
被験者が、運動負荷を行い、疲労により当該運動負荷が継続できなくなった時点で、当該運動負荷を終了した被験者であり、
疲労の度合いの評価が、当該運動負荷の終了時点から少なくとも1分間の組織酸素化指標の変動幅を指標とするものであり、
組織酸素化指標が、被験者における当該運動に使用する骨格筋を近赤外線分光法にて測定することで得られるものである、方法。
【請求項2】
被験物質または被験機器における疲労の軽減作用または回復促進作用を評価するための指標となる情報を得る方法であって、
被験物質を投与した被験者または被験機器を適用した被験者において、請求項1に記載の方法により組織酸素化指標の変動幅を測定することを含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉体疲労の度合いを評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2004年に文部科学省疲労研究班が行った調査では、疲労感を感じている人の割合は約60%であり、その半数を越える人(全体の39%)が半年以上続く疲労感に悩んでいることが明らかとなっている(非特許文献1参照)。この様な現状の一方で、疲労のメカニズムは未だ十分に解明されてはおらず、また疲労の程度を定量的に評価する方法も確立されていないため、疲労への対処は専ら自覚症状に基づくセルフコントロールに依拠している。こうしたことが就労者の過労や運動競技者のオーバートレーニングといった問題の根底に存在していると考えられ、疲労を客観的に把握する手段を得るということは、国民保健上の急務とも言える。
【0003】
近赤外線分光法(NIRS)は、700nm〜950nmの近赤外領域の波長の光が生体組織透過性が高く、またヘモグロビンの酸素化又は脱酸素化によって吸収特性が変化するという性質を利用して、深部組織の酸素飽和度(組織酸素化指標)や血液の濃度を非侵襲的かつ連続的に測定できる方法である。この様な特性からこれまでにもダンベル運動(特許文献1参照)や電気刺激(特許文献2参照)、圧迫刺激(特許文献3参照)といった負荷中のリアルタイム評価の試みがなされ、その結果をもって骨格筋の疲労を評価できたとされてきた。しかしながら、これらは何れも負荷中に限局した単純な変動評価であるという共通項があり、強いストレスがかかっている負荷中の評価で疲労が適正に評価できているのか、あるいはそもそも被験者はどの程度疲労していたのか、といった諸命題に回答を与えるものではないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-104288号公報
【特許文献2】特開2001-276005号公報
【特許文献3】特開2004-154481号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】渡辺恭良「疲労の科学 疲労とは?疲労の実態と研究としての取組み」現代化学、東京化学同人、444号、p.14〜16、(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、近赤外線分光法を用いて、疲労の度合いを簡便かつ適正に評価する方法を提供することを目的とする。
【0007】
また、本発明は、かかる肉体疲労の度合いを評価する方法を利用して、医薬品等の物質や医療機器等における疲労の軽減作用や回復促進作用を簡便かつ適正に評価する方法を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、運動負荷中の近赤外線分光法による測定では疲労を正しく評価することは困難であり、むしろ運動負荷終了直後の変化こそが疲労の程度を適正に評価し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
係る本発明の態様は、次の通りである。
【0010】
(1)被験者の疲労の度合いを評価する方法であって、
被験者が、運動負荷を行い、疲労により当該運動負荷が継続できなくなった時点で、当該運動負荷を終了した被験者であり、
疲労の度合いを、当該運動負荷の終了時点から少なくとも1分間の組織酸素化指標の変動幅を指標として評価するものであり、
組織酸素化指標が、被験者における当該運動に使用する骨格筋を近赤外線分光法にて測定することで得られるものである、方法。
【0011】
(2)被験物質または被験機器における疲労の軽減作用または回復促進作用を評価する方法であって、
被験物質を投与した被験者または被験機器を適用した被験者において、請求項1に記載の方法により組織酸素化指標の変動幅を測定し、被験物質を投与しない場合または被験機器を適用しない場合(対照)における組織酸素化指標の変動幅と比較することを含み、
当該組織酸素化指標の変動幅が、被験物質を投与しない場合または被験機器を適用しない場合(対照)よりも大きい場合に、当該被験物質または被験機器に疲労の軽減作用または回復促進作用があると評価する方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、ヒトの肉体疲労の度合いを、簡便かつ適正に評価することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明で用いる運動負荷並びに測定装置の概略図である。
【
図2】試験例1における組織酸素化指標変動幅を示すグラフである。 縦軸=組織酸素化指標変動幅(%)
【
図3】試験例2における組織酸素化指標変動幅を示すグラフである。 縦軸=組織酸素化指標変動幅(%) 横軸=時間
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、被験者の疲労の度合いを評価する方法を提供する。
【0015】
本発明において疲労の度合いを評価する「被験者」としては、任意の者を対象とすることができる。本発明において被験者には、運動負荷を行わせる。そして、被験者が疲労により当該運動負荷を継続することができなくなった時点で、当該運動負荷を終了させる。例えば、当該運動負荷による運動中は、一定のペースを維持する様に被験者を指導し、一定のペースを維持できなくなった時点で疲労による限界点と判断して当該運動負荷による運動を終了する。
【0016】
被験者は、運動負荷前に、当該運動よりも軽度の負荷によるウォーミングアップを行うことが好ましい。運動負荷は、漸増負荷運動が好ましい。運動負荷終了後は、当該運動よりも軽度の負荷によるクーリングダウンを行うことが好ましい。
【0017】
具体的な負荷強度は、被験者における、無酸素性作業閾値(AT;Ananerobic Threshold)や最大随意筋収縮力(MVC:Maximum Voluntary Contraction)等を考慮して、適切に調整されるべきである。また、負荷時間が極端に短くなったり、逆に極端に長くなったりすることのないよう、負荷強度は適切に調整されるべきである。
【0018】
なお、運動負荷に際しては、被験者の事前の体調や栄養状態が管理されていない状態で行われることは好ましくない。負荷心電図等の十分な事前診断や、負荷中の心電図モニタリング等、十分な被験者保護の環境下において実施されるべきである。
【0019】
本発明の実施に必要な装置の一例の概略を
図1に示した。ここでは負荷装置として自転車エルゴメータを例示しているが、評価の目的に合わせて適切な負荷装置が選択されるべきである。何れの場合も、負荷量の正確な調整機能を有するものであれば市販の一般的なものを用いればよい。
【0020】
図1に示した実施態様においては、例えば、ウォーミングアップ後、無酸素性作業閾値決定時における無酸素性作業閾値に到達する1分前の負荷量から運動負荷を開始し、5分毎に無酸素性作業閾値の10%づつ負荷強度を増加させていく漸増負荷を実施する。運動負荷中は、一定の回転速度(例えば、56〜65回転/分)を維持するように被験者を指導する。一定の回転速度を維持できなくなった時点(例えば、50回転/分以下の状態が5秒経過)で疲労による限界点と判断して漸増負荷を終了する。以降、軽度負荷(30W)による3分間のクーリングダウンを経て一連の運動を完了する。
【0021】
本発明においては、以上の一連の過程において、上記運動に使用する骨格筋について近赤外線分光法による測定を行う。本発明の最大の特徴は、運動負荷終了時点から終了1分後の組織酸素化指標の変動が疲労の程度を反映するということである。従って、近赤外線分光法による測定は、運動負荷終了時点から少なくとも1分間行う。運動負荷終了時点から1分を過ぎると組織酸素化指標の変動は乏しくなる傾向にあるため、運動負荷終了時点から1分間の測定が特に好ましい。なお、近赤外線分光法による測定は、疲労による運動負荷終了前後のみ行えば足りるが、被験者が、いつ限界を迎え運動負荷が終了するのかは事前には把握することが困難であること、および運動の途中から測定用プローブを目的部位に正しく貼付することが困難であることから、プローブを貼付した上で運動負荷を開始し、負荷終了まで連続して測定を行うことが効率的である。
【0022】
近赤外線分光法により、酸素化ヘモグロビン量又は脱酸素化ヘモグロビン量の情報が得られる。「組織酸素化指標」は、両者を合計した総ヘモグロビン量で酸素化ヘモグロビン量を除した上で100を乗した値である。
【0023】
本発明においては、例えば、ある時点の-1分から1分間の平均値を測定値として記録することができる。この場合、時間的分解能は1分間となる。
【0024】
組織酸素化指標は、運動負荷継続と共に経時的に低下していくが、被験者が疲労により限界点に達して負荷運動を終了した後、クーリングダウンに移行すると1分間の間に急激に上昇し、その後安定する。この負荷運動終了直後1分間の変動幅が疲労の程度を反映する。
【0025】
なお、以上の方法を休憩を挟んで2回繰り返した場合、1回目の運動負荷で惹起された疲労の遺残分が2回目の運動負荷による疲労に相加されて検出されることになる。このため、1回目と2回目の変動幅の差を休憩では回復しなかった疲労と見なすことができる。従って、様々な休憩時間を挟んで上記本発明の方法を実施すると、変動幅の差と休憩時間の関係性を導くことができる。この関係性を、休憩による疲労回復の評価の指標とすることも可能である。
【0026】
また、本発明は、上記本発明の疲労の度合いを評価する方法を利用して、被験物質または被験機器における疲労の軽減作用または回復促進作用を評価する方法を提供する。この方法においては、被験物質を投与した、または被験機器を適用した被験者において、上記本発明の疲労の度合いを評価する方法を実施し、組織酸素化指標の変動幅を測定する。
【0027】
「被験物質」としては、特に制限はなく、疲労の軽減作用または回復促進作用を評価したい所望の物質(例えば、疲労の軽減または回復を目的とした医薬品)を本発明に用いることが可能である。「被験機器」としては、特に制限はなく、疲労の軽減作用または回復促進作用を評価したい所望の機器(例えば、疲労回復を目的とした医療機器)を本発明に用いることが可能である。
【0028】
被験物質の投与方法は、被験物質の種類等に応じて適宜選択される。例えば、被験物質がドリンク剤としての利用が期待されるものであれば、経口投与が選択される。被験機器は、機器の機能等に応じて、人体の外部(例えば、疲労の軽減または回復促進をさせたい骨格筋周辺の外部)に適用される。
【0029】
被験物質の投与時期および被験機器の適用時期は、負荷運動の終了前であれば、特に制限はない。また、休憩を挟んで複数回、上記本発明の疲労の度合いを評価する方法を実施する場合には、被験物質の投与時期および被験機器の適用時期は、最後の負荷運動の終了前であれば、特に制限はない。
【0030】
本発明においては、被験物質を投与した場合または被験機器を適用した場合における組織酸素化指標の変動幅を被験物質を投与しない場合(対照)における組織酸素化指標の変動幅と比較する。そして、当該組織酸素化指標の変動幅が、被験物質を投与しない場合または被験機器を適用しない場合(対照)よりも大きい場合に、当該被験物質または被験機器に疲労の軽減作用または回復促進作用があると評価される。
【実施例】
【0031】
以下に試験例を挙げ、本発明をさらに具体的に説明する。
【0032】
[試験例1]
被験者として20歳から39歳の健常男性10名を登録し8例からデータを得た。まず被験者毎に、自転車エルゴメータを用いた20Wランプ負荷によりATを測定し、これを負荷強度の基準とした。心電図等の十分な事前診断や、負荷中の心電図モニタリング、栄養管理等の管理下に十分な被験者保護の環境下において以下を実施した。
【0033】
自転車エルゴメータ「Strength Ergo 8」(フクダ電子株式会社)を用いて、軽度負荷(30W)で3分間のウォーミングアップの後、AT決定時におけるAT-1分値に相当する負荷量から運動負荷を開始し、以降、5分毎にATの10%づつ負荷強度を増加させていく漸増負荷を行った。運動負荷中は一定の回転速度(56〜65回転/分)を維持する様に被験者を指導した。一定の回転速度を維持できなくなった時点(50回転/分以下の状態が5秒経過)で疲労困憊による限界点と判断して漸増負荷を終了し、以降、軽度負荷(30W)による3分間のクーリングダウンを経て一連の作業を完了した。
【0034】
以上を1回目の運動負荷とし、30分の休憩を挟んで同じ漸増負荷を2回目の運動負荷として実施した。
【0035】
各漸増負荷の過程において、大腿外側広筋を対象とした近赤外線分光法による測定を赤外線酸素モニタ「NIRO-200」(浜松ホトニクス株式会社製)を用いて行い、得られた酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビンの量に関するデータから、運動負荷中は5分毎、運動負荷終了後は1分毎の組織酸素化指標を算出した。
【0036】
その結果、運動負荷中の平均組織酸素化指標は経時的に低下したが、その推移は1回目と2回目で著明な差異を認めず、運動負荷中の変化は疲労の程度を正しく反映していないと考えられた。
【0037】
一方、運動負荷終了後から1分後の平均組織酸素化指標の変動幅は
図2に示す通り1回目=28.30±1.71、2回目=23.39±2.13(%;平均±標準誤差)と2回目で著明な減少を認め、30分の休憩では回復しなかった疲労の遺残分が加わった2回目の方が疲労の程度が強いことが客観的に明らかとなった。
【0038】
[試験例2]
試験例1と同じ被験者について休憩時間を1、3、24時間と変化させた場合の検討を行った。1時間休憩は1回目、2回目共に9例、3時間休憩は1回目が8例で、2回目は7例、24時間休憩は1回目が8例で2回目が9例とし、各被験者からデータを得た。運動負荷方法や近赤外線分光法については試験例1と同一で実施した。また24時間休憩時は途中で2回の規定食と睡眠をとらせた。慣れの影響を排除する為、休憩時間の順番は被験者毎にランダムに決定した。
【0039】
測定の結果は試験例1の結果も含め
図3に示す。1回目の平均組織酸素化指標の変動幅は常に約28%であり、本法の再現性の高さが明らかとなった。一方、2回目の変動幅は30分休憩が23.4±2.1、1時間休憩が27.4±2.0、3時間休憩が27.9±1.1、24時間休憩が29.8±1.7(%;平均±標準誤差)と休憩時間の延長と共に拡大し、長く休むことで疲労が回復していく過程が明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明により、ヒトの肉体疲労の度合いを簡便かつ適正に評価することが可能となったので、肉体疲労の軽減や回復促進に有効な物質や機器の探索が容易になり、肉体疲労の回復に有効な医薬品や医療機器等の開発の効率化が期待される。