特許第6128549号(P6128549)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6128549
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】肌年齢の評価方法及び化粧料の評価方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/00 20060101AFI20170508BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20170508BHJP
【FI】
   A61B5/00 M
   G01N21/65
   A61B5/00ZDM
【請求項の数】6
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2013-57310(P2013-57310)
(22)【出願日】2013年3月19日
(65)【公開番号】特開2014-180459(P2014-180459A)
(43)【公開日】2014年9月29日
【審査請求日】2015年12月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100101292
【弁理士】
【氏名又は名称】松嶋 善之
(74)【代理人】
【識別番号】100107205
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100155206
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 源一
(72)【発明者】
【氏名】青崎 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】片山 靖
(72)【発明者】
【氏名】菊池 祥
【審査官】 湯本 照基
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−308634(JP,A)
【文献】 特開平11−299792(JP,A)
【文献】 特開平06−273334(JP,A)
【文献】 特開2011−019785(JP,A)
【文献】 特開2012−050739(JP,A)
【文献】 特開2008−188302(JP,A)
【文献】 特表2012−501753(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0202480(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00
G01N 21/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の被験者について、ラマン分光法により測定した該被験者の皮膚の角層のスペクトルから、細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、前記細胞間脂質に関する特定の値と年齢との相関関係を示す統計的な回帰直線を予め求めておき、
ラマン分光法により被験者の皮膚を測定し、前記細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、
前記回帰直線に前記被験者の前記細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて求められる年齢を、該被験者の肌年齢とする肌年齢の算出方法。
【請求項2】
前記細胞間脂質に関する特定の値は、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)である請求項1に記載の肌年齢の算出方法。
【請求項3】
前記細胞間脂質に関する特定の値は、前記皮膚の角層のスペクトルから含水脱脂角層の寄与分を除去して抽出された細胞間脂質に特異的な信号を指標として得られる請求項1又は2に記載の肌年齢の算出方法。
【請求項4】
前記細胞間脂質に特異的な信号は、予め測定した含水脱脂角層の標準スペクトルを用いて、細胞間脂質に由来する信号に重畳するタンパク質に由来の信号の影響を排除して抽出された信号である請求項3に記載の肌年齢の算出方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の肌年齢の算出方法で求めた肌年齢を用いる化粧料の評価方法であって、
化粧料を使用する前後において、別途ラマン分光法により被験者の皮膚を測定して前記細胞間脂質に関する特定の値をそれぞれ求め、
前記回帰直線に前記被験者の前記細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて肌年齢を求め、
化粧料の使用前の前記被験者の肌年齢と化粧料の使用後の前記被験者の肌年齢との比較により化粧料を評価する化粧料の評価方法。
【請求項6】
化粧料を使用する前後において、ラマン分光法により被験者の皮膚を測定した皮膚の角層のスペクトルから得られる細胞間脂質に特異的なCH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)をそれぞれ求め、
化粧料の使用前の前記被験者の細胞間脂質の比(S2/S1)と化粧料の使用後の前記被験者の細胞間脂質の比(S2/S1)との比較により化粧料を評価する化粧料の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌年齢の評価方法と、肌年齢の評価方法で求めた肌年齢を用いる化粧料の評価方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
人体の最表面を被っている皮膚の角層は、ダニ、ホコリ、バイ菌、ハウスダストなどの異物が外部から侵入するのを防いだり、肌の水分を保持したりするバリア機能の役割を果たしている。角層の中でも特に細胞間脂質は、セラミド、コレステロール及び脂肪酸を主成分とする脂質が多層状となったラメラ構造を形成しており、外部からの異物の進入を阻止し、且つ皮膚内部からの水分の損失を抑制するバリア機能に大きく寄与している事がわかっている。即ち、細胞間脂質の構造によって、バリア機能が果たされている。
【0003】
現代の生活では、例えば、肌に必要な栄養素が不足しがちなこと、油分のバランスが悪いこと、洗いすぎ、間違ったスキンケアなど、肌の表皮を傷つける要因が多く存在し、皮膚のバリア機能を壊してしまい易いと言われている。一旦、皮膚のバリア機能が壊れてしまうと、皮膚に異物が侵入し易くなり、更に、肌にある水分は蒸発し易くなり、荒れ肌、アトピー性皮膚炎、敏感肌など肌のトラブルに繋がると言われている。以上の事から、肌のトラブル対策には皮膚のバリア機能を維持することが重要である。
【0004】
In-vivoでのバリア機能の評価として、皮膚試料を剥離することがないので被験者に対する負担が少なく(非侵襲であり)、簡便に評価できる事から、経皮水分蒸散量(TEWL)の計測が多く応用されている。一般的に、荒れ肌や疾患のある肌は健常な肌状態と比較して、経皮水分蒸散量が高い事から、この経皮水分蒸散量(TEWL)の値でバリア機能が評価されている。
しかし、非特許文献1に報告されているように、皮膚表面温度は、血流量と正の相関があり、血流量が高くなると、皮膚表面温度が高くなり、皮膚表面温度が高くなると経皮水分蒸散量(TEWL)が高くなる傾向にある。また、一般的に、肌年齢が加齢するエイジングによって、角層細胞が入れ替わるターンオーバーの期間が長くなるため、エイジングが進むに従って、角層細胞の大きさが大きくなり、角層の肥厚化に繋がることが知られている。従って、エイジングによって、血流量が低下し、皮膚表面温度が低下し、更に角層の肥厚化などが重なって、経皮水分蒸散量(TEWL)が低下するという結果となり、見かけ上、バリア機能が向上したように判断されてしまう場合があった。
以上のように、経皮水分蒸散量(TEWL)は、血流量、皮膚温度、角層厚など皮膚の状態によって大きく変化し易く、エイジングによるバリア機能の変化を適正に評価するには問題があった。
【0005】
これとは別の技術として、生体試料を測定対象とする解析方法の1つとして、ラマン分光法が知られている。ラマン分光法は、ヒト或いは非ヒト動物の皮膚から剥離して採取した生体試料のみならず、皮膚試料を剥離することなく非侵襲的にラマンスペクトルの測定ができ、多くの人に適用できるハイスループット(簡易)な方法であるという利点を有する。
非特許文献2には、ラマン分光法を利用し、皮膚の角層のラマンスペクトル中の細胞間脂質に関連のあるピークに基づき、細胞間脂質の分子会合構造の評価方法が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Tagami et al., 「Distinct locational defferences observable in biophysical functions of the facial skin:with special emphasis on the poor functional properties of the stratum corneum of the perioral region」, International Journal of Cosmetic Science, vol. 26, p.91-101, 2004
【非特許文献2】M. Forester et al., Pharmaceutical Research, vol. 28, p. 858-872, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし非特許文献2には、ラマン分光法を利用し、皮膚の角質のラマンスペクトル中の細胞間脂質に関連のあるピークに基き、細胞間脂質の分子会合構造を評価する方法が記載されているものの、これらのピークは他のピークと重なりあっているため、細胞間脂質の分子会合構造を適切に評価するには課題がある。そのため、ラマンスペクトルをヒトの肌の評価に応用するためには、さらなる改善が必要である。
【0008】
一方、ラマン分光法は、肌の内部の状態を肌にダメージを与えずに測定できるため、バリア機能に大きく寄与する細胞間脂質に特異な信号を正確に抽出できれば、肌の状態を正確つ客観的に評価することができる。また、正確かつ客観的な肌の評価であるため、スキンケア方法、化粧料の選択、生活習慣へのアドバイス等、様々な肌の状態を良好にするための提案や改善を検討する上で有用である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題に鑑み、本発明者らは、バリア機能の変化を客観的に評価する方法について鋭意検討を行った。その結果、ラマン分光法により測定した皮膚の角層のスペクトルから、細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、この細胞間脂質に関する特定の値が、エイジングによるバリア機能の劣化と共に低下する事実を見出した。本発明は、この知見に基づき完成するに至ったものである。
【0010】
本発明は、複数の被験者について、ラマン分光法により測定した被験者の皮膚の角層のスペクトルから得られる細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、前記細胞間脂質に関する特定の値と年齢との相関関係を示す統計的な回帰直線を予め求めておき、ラマン分光により評価対象者の皮膚を測定し、前記細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、前記回帰直線に前記評価対象者の前記細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて求められる年齢を、該評価対象者の肌年齢とする肌年齢の評価方法に関する。
【0011】
また、本発明は、前述した肌年齢の評価方法で求めた肌年齢を用いる化粧料の評価方法であって、化粧料を使用する前後において、別途ラマン分光法により評価対象者の皮膚を測定し、前記細胞間脂質に関する特定の値をそれぞれ抽出し、前記回帰直線に前記評価対象者の前記細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて肌年齢を求め、化粧料の使用前の前記評価対象者の肌年齢と化粧料の使用後の前記評価対象者の肌年齢との比較により化粧料を評価する化粧料の評価方法に関する。
【0012】
さらにまた、本発明は、化粧料を使用する前後において、ラマン分光法により評価対象者の皮膚を測定した皮膚の角層のスペクトルから得られる細胞間脂質に特異的なCH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)をそれぞれ求め、化粧料の使用前の前記評価対象者の細胞間脂質の比(S2/S1)と化粧料の使用後の前記評価対象者の細胞間脂質の比(S2/S1)との比較により化粧料を評価する化粧料の評価方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の評価方法によれば、被験者及び評価対象者に対する負担を抑えると共に、エイジングによるバリア機能の変化を評価し、肌年齢を推定することができる。また、本発明の評価方法によれば、推定した肌年齢を用いて化粧料を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、ヒトの皮膚の角層のラマンスペクトルの一例を示す図(表示領域:2750〜3850cm-1)である。
図2図2は、ヒトの皮膚の角層のラマンスペクトルの一例を示す図(表示領域:2750〜3150cm-1)である。
図3図3は、ヒト前腕内側部の角層のラマンスペクトルから含水脱脂角層の寄与分を除去し、細胞間脂質由来の信号を抽出したスペクトルを示す図である。
図4図4は、脱脂乾燥角層のラマンスペクトルを示す図である。
図5図5は、図4に示すラマンスペクトルの2920〜2950cm-1領域を拡大した図を示す。
図6図6は、CH3伸縮振動由来の信号強度で規格化した、ヒト前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)及び脱脂乾燥角層のラマンスペクトルを示す図である。
図7図7は、図6に示す各スペクトルの2920cm-1〜2960cm-1領域を拡大した図を示す。
図8図8は、水のラマンスペクトルを示す図である。
図9図9は、図6中の各スペクトルの水のOH伸縮振動に由来する信号強度(2950cm-1〜3750cm-1に出現)及びタンパク質のNH伸縮振動に由来する信号強度(2950cm-1〜3750cm-1に出現)に、水のラマンスペクトルを足し合わせて、前腕内側部のOH伸縮振動由来の信号強度に揃えたスペクトルを示す。
図10図10は、図9に示す各スペクトルの2920cm-1〜2960cm-1領域を拡大した図を示す。
図11図11は、図10に示す各信号のピークトップの波数と、角層水分量との関係を示す図である。
図12図12は、CH3伸縮振動由来の信号の強度で規格化を行った、ヒトの前腕内側部及び含水脱脂角層のラマンスペクトルを示す図である。
図13図13は、図12に示す各スペクトルの2920cm-1〜2960cm-1領域を拡大した図を示す。
図14図14は、図12中の含水脱脂角層のラマンスペクトルから水の寄与分を除去する補正をして得られたスペクトルを、ヒト前腕内側部及び補正前の含水脱脂角層のラマンスペクトルと併せて示す図である。
図15図15は、図14に示す各スペクトルの2820cm-1〜3020cm-1領域を拡大した図を示す。
図16図16は、脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、含水脱脂角層及びヒト前腕内側部のラマンスペクトル中のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数と、角層水分量との関係を示す図である。
図17図17(a)は得られた細胞間脂質に由来のR値と年齢との関係を示す図であり、図17(b)は得られた細胞間脂質に由来のR値と年齢との関係について異常値を除去したものを示す図である。
図18図18は、得られた経皮水分蒸散量(TEWL)と年齢との関係を示す図である。
図19図19は、得られた角層水分量(Conductance)と年齢との関係を示す図である。
図20図20は、乳液処方B及び乳液処方Cそれぞれを使用した前後において、細胞間脂質に由来のR値の変化を示す図である。
図21図21は、乳液処方B及び乳液処方Cそれぞれを使用した前後において、推定される肌年齢の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の肌年齢の評価方法及び化粧料の評価方法を、その好ましい実施態様に基づき説明する。
本実施態様の評価方法は、複数の被験者について、ラマン分光法により測定した被験者の皮膚の角層のスペクトルから、細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、抽出した細胞間脂質に関する特定の値と年齢との相関関係を示す統計的な回帰直線を予め求めておき、ラマン分光法により評価対象者の皮膚を測定して前記細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、前記回帰直線に前記評価対象者の前記細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて求められる年齢を、該評価対象者の肌年齢とする肌年齢の評価方法である。
また、本実施態様の評価方法では、前記細胞間脂質に関する特定の値が、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)であることが好ましい。
上述したように、本実施態様の評価方法では、先ず複数の被験者について、ラマン分光法により測定した被験者の皮膚の角層のスペクトルから、細胞間脂質に関する特定の値を抽出し、抽出した細胞間脂質に関する特定の値と年齢との相関関係を示す統計的な回帰直線を予め求める。
【0016】
ラマン分光法によるヒトの皮膚の角層のスペクトルの測定は、細胞間脂質は周囲の環境により分子会合構造が変化し易いことから、角層をそのままの状態で評価できハイスループットが可能な観点から、皮膚のスペクトルを直接測定する方法(非侵襲法)で行うことが好ましい。なお、ラマン分光法によるスペクトルの測定前に、メイクや汚れ等を皮膚から取り除くこと、即ち、洗浄しておくことが好ましい。
【0017】
ラマン分光法の測定装置については、通常の装置を用いることができる。このうち、角層自体は非常に薄いため、高い空間分解能で測定可能な共焦点光学系を有する測定装置を用いることが好ましい。ラマン分光法の測定方法についても、一般的な方法を使用することができる。このうち、角層自体が非常に薄いことから、装置と同様に共焦点顕微ラマン法による測定が好ましい。
【0018】
ラマン分光法の測定に用いられる光源に関し、波長および入射角については、通常の範囲で測定できる。例えば、波長は500nm〜1100nmが好ましく、600nm〜900nmがより好ましい。ラマン分光法の測定に用いられる光源に関し、皮膚表面に対する光源の入射角は、0°〜60°が好ましく、0°〜30°がより好ましく、0°〜15°がさらに好ましい。尚、ここでの入射角は、皮膚表面に対して垂直な法線からの角度とする。
ラマン分光法の測定における、レーザー光入射部位の深さ方向は、例えば、スペクトルは共焦点装置により、皮膚表面から200μm程度の深さまでの任意の深さのスペクトルを測定することが可能である。実際の測定では、角層の厚さを考慮し、測定頻度と測定深度を適宜決定して測定を行う。例えば、ヒトの角層の厚さは通常約20μm前後であることから、皮膚表面から40μm程度の深さまでの任意の深さにレーザー光入射部位を調整し、皮膚の角層のスペクトルを測定すればよい。ヒトの肌年齢の評価、或いは化粧料の評価では、ラマン分光法による測定精度と、被験者或いは評価対象者(肌年齢を評価したい者)の測定負担とのバランスの観点から、レーザー光入射部位の深さは、皮膚表面から2〜25μmであることが好ましく、皮膚表面から3〜15μmであることがより好ましい。
使用する対物レンズについて、倍率および開口数(N.A.)は、通常の範囲で測定できる。例えば、より高空間分解能での測定を行う場合には、倍率は40倍〜100倍が好ましく、開口数は0.9〜1.5が好ましい。
【0019】
本発明におけるラマン分光法の測定における測定対象は、ヒトの皮膚を対象とすることができる。ヒトの皮膚の測定部位は、上腕、前腕、頬、額等から選ばれる部位を測定することが可能であり、肌年齢を評価する際及び/又は化粧料を評価する際には、頬或いは額を測定することがより好ましい。
【0020】
ヒトの皮膚を測定して統計的な回帰直線を予め求める際の被験者としては、例えば、メラニン量の少ない白人或いは黄色人種が好ましく、妊婦、疾患者、直前に日焼けした者、或いは美容医療の施術を直前に受けた者等を除く、健常な肌状態の者であることがより好ましく、普段から基礎化粧料を使用している一定のコンディションの被験者がさらに好ましい。さらに、化粧料を評価する場合には、より適切な評価のため、化粧料の使用前の評価対象者(肌年齢を評価したい者)のラマン分光法により求められる肌年齢の数値や、ラマン分光法による皮膚の角層のスペクトルから抽出した細胞間脂質に関する特定の値が、一定の範囲になるように評価対象者を選択することが好ましい。評価対象者の選択は、求められる肌年齢の範囲を、例えば、評価対象者全員の平均値に対して10〜20歳の相違の範囲としたり、平均値に対して20〜30%の年齢の相違の範囲とすることが好ましい。例えば、ラマン分光法による皮膚の各層スペクトルから抽出した細胞間脂質に関する特定の値が、評価対象者全員の平均値に対して標準偏差の1〜3倍の範囲内にある評価対象者を、選択することが好ましい。
【0021】
一般的に、皮膚の角層の主な構成成分は、細胞間脂質、タンパク質及び水であることが知られている。図1及び図2には、ラマン分光法により測定したヒトの角層の典型的なラマンスペクトルを示す。図1及び図2に示すラマンスペクトルにおいては、2750〜3850cm-1の領域で主に4つの信号(ピーク)が確認できる。4つの信号(ピーク)とは、2850cm-1付近(2850±10cm-1)に出現する細胞間脂質のCH2対称伸縮振動由来の信号、2880cm-1付近(2880±10cm-1)に出現する細胞間脂質のCH2逆対称伸縮振動由来の信号、2930cm-1付近(2930±10cm-1)に出現するタンパク質のCH3対称伸縮振動由来の信号、及び3400cm-1付近に出現する水のOH伸縮振動とタンパク質のNH伸縮振動が重畳した信号である。
【0022】
皮膚の角層のラマンスペクトルから得られる細胞間脂質に関する特定の値とは、細胞間脂質に特異的な信号を指標として得られる値であり、本実施態様では、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)(以下、「R値」ともいう。)である。ここで、「R値」は、細胞間脂質を構成するアルキル鎖の運動性や細胞間脂質の結晶構造を反映することが知られている(例えば、P.R.Carey、「ラマン分光学 基礎と生化学への応用」、共立出版、1984参照)。細胞間脂質がラメラ構造を形成し測定部位における細胞間脂質の分子間相互作用が大きくなると細胞間脂質を構成するアルキル鎖の運動性が低下し、2880cm-1付近(2880±10cm-1)の信号が大きくなる。これに対して、測定部位における細胞間脂質の分子間相互作用が小さくなると細胞間脂質を構成するアルキル鎖の運動性が上昇し、2880cm-1付近(2880±10cm-1)の信号が小さくなる。従って、R値が大きくなると、細胞間脂質の分子会合構造は横方向の秩序度が高い状態であるのに対し、R値が小さくなると、細胞間脂質の分子会合構造は横方向の秩序度が低い状態となる。この秩序度は、細胞間脂質の構造に由来する皮膚の角層のバリア機能に大きく影響を与えると考えられ、R値が大きく、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が高い状態となれば、細胞間脂質のパッキングが密で高い状態であり、皮膚の角層のバリア機能も高くなると考えられ、逆に、R値が小さく、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が低い状態となれば、細胞間脂質のパッキングが低下した状態であり、皮膚の角層のバリア機能も低くなると考えられる。
【0023】
上述した図1及び図2に示すように、細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号は、タンパク質のCH3対称伸縮振動由来の信号と重畳している。例えば、タンパク質のCH3対称伸縮振動由来の信号と重畳することにより、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)が確認し難い場合には、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)は、皮膚の角層のラマンスペクトルから含水脱脂角層の寄与分を除去して抽出することが好ましく、予め測定した含水脱脂角層の標準スペクトルを用いてタンパク質に由来の信号の影響を排除して抽出することが更に好ましい。
【0024】
含水脱脂角層の調製のために採取する皮膚の部位は、かかと、上腕部、前腕部、頬部等、任意の部位の角層でよい。このうち、かかとの角層は厚いため、含水脱脂角層の調製が容易であり、好ましい皮膚の部位である。
【0025】
含水脱脂角層の調製のために採取した角層の脱脂方法は、通常の方法を採用できる。例えば、採取した角層をクロロホルム−メタノール混合溶液に浸漬し、脂質を含む油溶性成分を除去することにより、脱脂角層を調製することができる。
【0026】
脱脂角層を用いて含水脱脂角層を調製する方法は、測定する部位に通常含まれる水分量と同程度以上の水分が含まれるように含水脱脂角層を調製することが好ましい。水分を付与する方法は、スペクトルを測定する含水脱脂角層中の水分量が所定の水分量以上になるように水分を付与できる方法であれば特に制限はない。
【0027】
皮膚の角層のスペクトルの信号強度と、含水脱脂試料のスペクトルの信号強度は、必ずしも一致しない。そこで、測定した皮膚の角層のスペクトルから含水脱脂角層の寄与分を除去する際、皮膚の角層のスペクトルと、含水脱脂試料のスペクトルとを規格化することが好ましい。例えば、スペクトル中2930cm-1付近に出現する、CH3伸縮振動由来の信号の強度で規格化する。規格化方法については通常の方法を採用することができる。
なお、ヒトの皮膚については含水脱脂試料のスペクトル中のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップ波数には個体差や部位差が無いことを確認しており、一つの含水脱脂試料のスペクトルを、複数の被験者或いは評価対象者(肌年齢を評価したい者)に適用することができる。
【0028】
皮膚の角層のスペクトルから、含水脱脂角層のスペクトルに基づいて含水脱脂角層の寄与分を除去することにより、図3に示すような細胞間脂質に特異的な信号を正確に抽出することができる。図3に示すスペクトルにおいて、細胞間脂質を由来とする信号に重畳したタンパク質由来の信号は観測されない。このように、抽出された細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を指標として、例えば、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(R値)を正確に求めることができる。
【0029】
本実施態様の評価方法では、以下のようにして、統計的な回帰直線を求める。
具体的には、本実施態様の肌年齢の評価方法においては、複数の被験者について、被験者毎に、角層のラマンスペクトルから細胞間脂質に関する特定の値(本実施態様では「R値」)を求め、被験者毎の細胞間脂質に関する特定の値(R値)と、被験者毎の年齢(実年齢)とを情報データベースに蓄積する。情報データベースには、細胞間脂質に関する特定の値(本実施態様では「R値」)、及び年齢(実年齢)以外に、被験者毎の測定環境、及び被験者の状態も蓄積することが好ましい。測定環境としては、季節、気温、或いは湿度等が挙げられ、被験者の状態としては、性別、頬又は額等の測定部位、乾燥肌、普通肌、脂性肌又は混合肌等の肌質、生活習慣、或いは、女性の場合には月経周期等が挙げられる。また、情報データベースには、一度測定された被験者について、その後経時的に測定し、該被験者の人物データとして経時的に蓄積してもよい。さらに、評価対象者(肌年齢を評価したい者)のデータについても被験者のデータとして経時的に蓄積することが好ましく、回帰直線のデータを更新していくことが好ましい。
【0030】
情報データベースは、各種情報処理を行うパーソナルコンピュータ等によって構成される情報処理装置内に備えられていてもよく、通信ネットワークを介して情報処理装置に通信可能に接続されていてもよい。情報処理装置による処理機能は、コンピュータのソフトウェアにより構成されており、例えば、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いることができる。
【0031】
蓄積された情報データベースにおいて、例えば、被験者毎の細胞間脂質に関する特定の値(本実施態様では「R値」)と、被験者毎の年齢(実年齢)との結果に基づき、表計算ソフトを用いて統計処理を施すことにより、細胞間脂質に関する特定の値(R値)と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R2)を求めることができる。決定係数(R2)は、1に近いほど相関関係が高いことを示す。
【0032】
本発明者らの検討結果によれば、求められた、細胞間脂質に関する特定の値(R値)と年齢との相関関係を示す統計的な回帰直線が、例えば、後述する実施例で説明する図17aに示すように、決定係数(R2)の高い直線であり、細胞間脂質に関する特定の値と年齢との間に高い相関があることを見出した。そして、本発明者らの検討結果によれば、被験者の年齢(実年齢)が上がる(老いる)と共に、被験者の細胞間脂質に関する特定の値が下がる直線となることを見出した。この傾向は、細胞間脂質に関する特定の値が、好ましくは、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(R値)である場合、上述したように、R値が小さく細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が低い状態となれば、細胞間脂質のパッキングが低い状態であり、皮膚の角層のバリア機能も低くなると考えられるため、被験者の年齢(実年齢)が上がる(老いる)と共に、皮膚の角層のバリア機能も低くなることを意味する。即ち、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(R値)の値が、エイジングによるバリア機能の劣化と共に、低下することを意味する。
【0033】
本実施態様では、評価対象者(肌年齢を評価したい者)の肌年齢を評価するに際して、上記予め求めた統計的な回帰直線を用いる。そして、別途、評価対象者の皮膚を、ラマン分光法により測定して細胞間脂質に関する特定の値(例えばR値)を求める。そして、上記予め求めた統計的な回帰直線に前記評価対象者の細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて年齢を求める。具体的には、統計的な回帰直線が、例えば、後述する実施例の図17aに示す直線である場合、別途、評価対象者の皮膚から、ラマン分光法により測定した細胞間脂質に由来のR値を求め、次いで、図17aに示す直線に前記評価対象者のR値を照らし合わせて年齢を求める。このようにして求められた年齢を、該評価対象者の肌年齢と推定することができる。
【0034】
尚、上記統計的な回帰直線を予め求めるに際し、皮膚の角層のスペクトルから含水脱脂角層のスペクトルに基づいて含水脱脂角層の寄与分を除去して細胞間脂質に特異的な信号を正確に抽出し、更に、抽出された細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を指標としてR値を求める場合には、工程が複雑化する観点及びR値がCH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)とCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)との比である観点から、異常値が出てしまう場合がある。また、被験者として健常な肌状態の者を選択したとしても、被験者の中には高度なスキンケア方法や良好な化粧料の使用により、通常に比べて極めて高いR値となったり、あるいは、誤ったスキンケア方法や厳しい生活環境により低いR値となる者もおり、例えば20歳〜35歳においては外的要因によるR値の差が大きくなる傾向があり、結果として異常値となっている場合がある。その場合の対処方法としては、例えば、(1)表計算ソフトを用いて統計処理を施す際に、(a)標準偏差を求めて、最初の計算による回帰直線から一定幅を超える被験者のデータを除外したり、(b)中央値(メディアン)を求めて該中央値(メディアン)から一定幅を超える被験者のデータを除去して計算し直す等の方法が挙げられる。また、例えば、(2)(a)統計処理を施して得られた回帰直線から最も遠い値の被験者のデータを除去して計算し直し、特定の年齢(例えば10歳、60歳)のR値の上限又は下限を超えていないか確認したり、(b)統計処理を施して得られた回帰直線から推定された肌年齢が実年齢と10〜20歳以上、好ましくは10〜15歳以上、或いは実年齢に対して20〜30%以上異なる被験者のデータを除去して計算し直したりすることが挙げられる。なお、回帰直線を求める場合の異常値の除去としては、年齢が若いほどスキンケア履歴や生活環境、生活習慣により、細胞間脂質の状態に影響を受ける傾向があることから、前記(1)の(a)に記載する標準偏差による処理、又は前記(b)に記載する中央値に基く処理がより好ましい。一方、化粧料の評価において、より適切な評価をする観点からは、評価対象者(肌年齢を評価したい者)について、推定された肌年齢が一定の範囲にある評価対象者を選択する前記(2)(a)に記載する方法、又は前記(b)に記載する方法などの方法が好ましい。
尚、本実施態様の化粧料の評価方法では、前記(1)の(a)に記載するように、R値の標準偏差を求め、最初の計算による回帰直線から一定幅を超える被験者のデータを除外して対処する。
【0035】
本実施態様の化粧料の評価方法では、化粧料を使用する前後において、別途ラマン分光法により評価対象者(肌年齢を評価したい者)の皮膚を測定して前記細胞間脂質に関する特定の値(例えばR値)をそれぞれ求める。そして、上記予め求めた統計的な回帰直線に前記評価対象者の細胞間脂質に関する特定の値を照らし合わせて肌年齢を求める。即ち、化粧料使用前の前記評価対象者の肌年齢と、化粧料使用後の前記評価対象者の肌年齢とを求める。そして、化粧料の使用前の前記評価対象者の肌年齢と化粧料の使用後の前記評価対象者の肌年齢との比較により化粧料を評価する。例えば、統計的な回帰直線が、後述する実施例の図17aに示す直線である場合、別途、化粧料を使用する前後における評価対象者の皮膚から、ラマン分光法により測定した細胞間脂質に由来のR値をそれぞれ求め、次いで、図17aに示す直線に前記評価対象者のR値を照らし合わせて年齢を求める。そして、化粧料の使用前の前記評価対象者の肌年齢と化粧料の使用後の前記評価対象者の肌年齢との比較により化粧料を評価する。
【0036】
具体的には、推定された化粧料使用後の評価対象者(肌年齢を評価したい者)の肌年齢が化粧料使用前の評価対象者の肌年齢よりも若くなれば、使用した化粧料の効果があったと判断でき、化粧料使用後の評価対象者の肌年齢が化粧料使用前の評価対象者の肌年齢と変わらなければ、使用した化粧料の効果がなかったと判断できる。尚、複数の評価対象者について、化粧料の使用前後における前記細胞間脂質に関する特定の値(例えばR値)の平均値をそれぞれ求めて、化粧料使用前の複数の前記評価対象者の平均肌年齢と化粧料使用後の複数の前記評価対象者の平均肌年齢との比較により化粧料を評価してもよい。
【0037】
さらにまた、本実施態様の化粧料の評価方法は、化粧料を使用する前後において、ラマン分光法により評価対象者(肌年齢を評価したい者)の皮膚を測定した皮膚の角層のスペクトルから、細胞間脂質に特異的なCH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)を抽出し、これらの信号強度の比(S2/S1)(R値)をそれぞれ求める。そして、化粧料の使用前の評価対象者のR値と化粧料の使用後の前記評価対象者のR値との比較により化粧料を評価する。
【0038】
具体的には、化粧料の使用後の評価対象者(肌年齢を評価したい者)のR値が化粧料の使用前の評価対象者のR値よりも高くなれば、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が高くなり、細胞間脂質のパッキングがより密な状態となり、皮膚の角層のバリア機能も高くなると考えられ、評価対象者の肌年齢も改善すると考えられるので、使用した化粧料の効果があったと判断できる。逆に、化粧料の使用後の評価対象者のR値が化粧料の使用前の評価対象者のR値よりも低くなれば、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が低くなり、細胞間脂質のパッキングが低い状態となり、皮膚の角層のバリア機能も低くなると考えられ、評価対象者の肌年齢が改善していないと考えられるので、使用した化粧料の効果がなかったと判断できる。尚、複数の評価対象者を対象に、化粧料の使用前後における前記細胞間脂質に関するR値の平均値をそれぞれ求めて、化粧料使用前の複数の前記評価対象者の平均R値と化粧料使用後の複数の前記評価対象者の平均R値との比較により化粧料を評価してもよい。
【0039】
尚、上記化粧料の使用後に評価対象者(肌年齢を評価したい者)のR値を求めるに際し、皮膚の角層のスペクトルから含水脱脂角層のスペクトルに基づいて含水脱脂角層の寄与分を除去して細胞間脂質に特異的な信号を正確に抽出し、更に、抽出された細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を指標としてR値を求める場合には、工程が複雑化する観点及びR値がCH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)とCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)との比であることから、異常値が出てしまう場合がある。また、評価対象者が複数である場合、評価対象者が健常な肌状態の者であっても、スキンケア履歴や睡眠、食事、乾燥した環境などによっても、他の評価対象者の値と比較すると異常な値となる場合がある。その場合の対処方法としては、例えば、(1)表計算ソフトを用いて統計処理を施して得られた回帰直線から推定された肌年齢と実年齢との差が20〜30歳以上、或いは実年齢との差に対し30〜40%以上異なる場合には、再度R値を測定し直すことが挙げられる。再度R値を測定し直す場合には、複数回R値を測定し、推定された肌年齢が前述した異常値となったR値を除いて、平均した値をR値として採用することが好ましい。また、例えば、(2)複数の評価対象者について化粧料を評価する際、前記回帰直線から推定された肌年齢と実年齢との差が10〜30歳以上、或いは実年齢との差が25〜40%以上異なる評価対象者が存在する場合には、該評価対象者を除いて、その他の評価対象者の平均R値を評価に用いることが挙げられる。
【0040】
本実施態様において、細胞間脂質のパッキングのレベルの評価は、皮膚の角層のラマンスペクトルから得られるR値を指標としたが、細胞間脂質に関する他の情報を組み合わせて肌年齢を推定したり、化粧料の評価を行うこともできる。例えば、皮膚の内部構造の測定に適しているラマン測定法に、皮膚の表面構造の測定に適しているIR測定結果を併用することで、細胞間脂質の形成履歴や、皮膚の表面から角層の深部まで立体的に評価する方法を採用してもよい。また、今回は、CH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)とCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)との比であるR値を評価の対象としたが、S1とS2のいずれかに重み付けをつけた比を評価の対象とすることもできる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲はかかる実施例に制限されない。
【0042】
先ず、後述する試験例1〜試験例5においては、ヒトの皮膚のラマンスペクトルから、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を明確に抽出する方法について検討した結果を述べる。
また、後述する試験例6においては、試験例1〜試験例5の検討結果に基づいて抽出された細胞間脂質に特異的な信号から得られたR値と年齢との関係を示す回帰直線の相関性について検討した結果を述べる。
【0043】
〔試験例1:脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層及び含水脱脂角層の調製〕
健常男性(40歳代)の「かかと」から角層片(約3mg)を剥離し、クロロホルム−メタノール溶液(体積比:1:1)に一昼夜浸して脂質等の油溶性成分を除去し、さらに水に24時間浸してアミノ酸等の水溶性成分を除去した後、五酸化二リンとともに調湿容器に入れ密封し、調湿容器を23℃のデシケーター内で1週間保管し、完全に乾燥させたかかと角層(以下、「脱脂乾燥角層(かかと)」ともいう)を調製した。
飽和LiCl水溶液を用いて前記脱脂乾燥角層を調湿(10%RH)して、かかと角層(以下、「脱脂調湿角層(10%RH)」ともいう)を調製した。
飽和Na2HPO4水溶液を用いて前記脱脂乾燥角層を調湿(98%RH)して、かかと角層(以下、「脱脂調湿角層(98%RH)」ともいう)を調製した。
前記脱脂乾燥角層(約3mg)にイオン交換水10μLを滴下し、含水かかと角層(以下、「含水脱脂角層」ともいう)を調製した。
前腕内側部から、剥離した角層(粉末状)について、前記脱脂乾燥角層と同様の処理をした角層(以下、「脱脂乾燥角層(前腕内側部)」ともいう)を調製した。
【0044】
〔試験例2:脱脂乾燥角層のスペクトルの測定〕
前記脱脂乾燥角層(かかと)、及び前記脱脂乾燥角層(前腕内側部)のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダー30(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
励起波長:632.8nm
波数分解能:5cm-1(脱脂乾燥角層(かかと))又は30cm-1(脱脂乾燥角層(前腕内側部))
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
入射角 :0°
その結果を図4に示す。さらに、該ラマンスペクトルのベースラインを調整し、タンパク質のCH3伸縮振動に由来する信号が出現する2920〜2950cm-1領域を拡大した図を図5に示す。
【0045】
図4に示すとおり、かかとの脱脂乾燥角層の方が、前腕内側部の脱脂乾燥角層よりもノイズの小さいS/Nの良いラマンスペクトルを取得することができた。これは、前腕内側部から削りだした角層は粉末状であり、採取できる量も少ないため、前腕内側部の脱脂乾燥角層のスペクトルの測定が、より困難だったことによる。
これに対して、図5より、タンパク質のCH3伸縮振動由来の信号については、前腕内側部とかかとでは大きな違いはなかった。特に、2つのスペクトルにおいて、タンパク質のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数に大きな違いはなかった。
従って、下記実施例では、ヒトの角層のラマンスペクトルにおいてCH2伸縮振動に由来する信号に重畳する、CH3伸縮振動に由来する信号の影響を除去するための標準的な脱脂角層のラマンスペクトル(標準スペクトル)として、S/Nの良い、かかとの角層のラマンスペクトルを用いることとした。
【0046】
〔試験例3:角層のスペクトルの水分量依存性〕
健常男性(20歳代)の前腕内側部をドライヤー(1000W)で1分間加熱し、前腕内側部角層のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダー30(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。この測定中、前腕は測定台(温度:約25℃)に固定し、同一部位を5回測定した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
励起波長:632.8nm
波数分解能:5cm-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
【0047】
同様に、前記脱脂調湿角層(98%RH)、前記脱脂調湿角層(10%RH)、及び前記脱脂乾燥角層(かかと)のラマンスペクトルも測定した。
CH3伸縮振動由来の信号強度で規格化した、前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)及び脱脂乾燥角層(かかと)のラマンスペクトルを図6に示す。さらに、図6中の各ラマンスペクトルのベースラインを調整し、タンパク質のCH3伸縮振動由来の信号が出現する2920cm-1〜2960cm-1領域を拡大した図を図7に示す。
【0048】
図6より、3400cm-1付近に出現する水のOH伸縮振動由来の信号の強度が、前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂乾燥角層の順に小さくなっていることがわかる。これは、角層に含まれる水分量が、前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂乾燥角層の順に少なくなることと一致する。
一方、図7から、各ラマンスペクトルにおいてタンパク質(ケラチン)のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が、角層に含まれる水分量が多くなるに従い、長波長側にシフトすることが明らかになった。即ち、角層に含まれる水分量の違いによって、ラマンスペクトル中のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が変化した。
【0049】
次に、図7に示されたCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数変化が、角層に含まれる水分量の違いによるOH伸縮振動由来の信号強度の違いによるものであるかについて検討する。
図6中の各ラマンスペクトルの水のOH伸縮振動及びタンパク質のNH伸縮振動に由来する信号強度(2950cm-1〜3750cm-1に出現)に、水のラマンスペクトル(図8)を足し合わせて、前腕内側部のOH伸縮振動由来の信号強度に揃えたスペクトルを図9に示す。さらに、図9に示す各スペクトルのタンパク質のCH3伸縮振動に由来する信号が出現する2920cm-1〜2960cm-1領域を拡大した図を図10に示す。
図10から、図7に示す各スペクトルと同様に、タンパク質のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が、脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、前腕内側部の順に大きくなることがわかった。
さらに、脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、前腕内側部に含まれる水分量を特開2010−12076号公報に記載の方法に準じてCH3伸縮振動由来の信号強度(2800〜3030cm-1)とOH伸縮振動由来の信号強度(3100〜3750cm-1)の比から測定し、図10に示す各信号のピークトップの波数を各試料の角層水分量に対してプロットした図を図11に示す。
図11から、図9に示すOH伸縮振動由来の信号強度の違いに応じて水の寄与分を加えたスペクトルにおける、CH3伸縮振動由来の信号のピークトップ波数が、試料に含まれる水分量と相関をもって変化することが明らかになった。
【0050】
図9図11に示す結果から、角層のラマンスペクトル中のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数変化が、隣接するOH伸縮振動由来の信号の重畳によって見かけ上生じるものではなく、水和に伴い角層中のCH3基の状態変化に起因するものと考えられる。
なお、角層のラマンスペクトル中のCH3伸縮振動由来の信号は主にケラチンのCH3伸縮振動由来であり、角層中のケラチンは、水分量の低下に伴いコンフォメーションが変化し、α-helix含量が減少することが知られている(例えば、S.Yadav et al.,Skin Research and Technology,vol.15,p.172-179,2009参照)。即ち、脱脂角層のケラチンのコンフォメーション変化により、CH3伸縮領域のスペクトルが変化するものと考えられる。
このように、角層のラマンスペクトル中のタンパク質のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップ波数は水分量増加に伴い長波長側にシフトする。
従って、角層のラマンスペクトルから、脱脂調湿角層又は脱脂乾燥角層のラマンスペクトルにおけるタンパク質の寄与分を排除して抽出したスペクトルは、細胞間脂質の分子会合構造を正確に反映するものとはいえないと判断できる。
【0051】
〔試験例4:ヒトの皮膚のラマンスペクトル測定における、標準角層スペクトルの選定〕
試験例3で測定した20代男性の前腕内側部のラマンスペクトル、及び同様の条件で測定した試験例1で調製した含水脱脂角層のラマンスペクトルについて、CH3伸縮振動由来の信号(2930cm-1)の強度で規格化を行った。その結果を図12に示す。CH3伸縮振動由来の信号強度当たりのNH伸縮振動由来の信号強度は一定とみなせるので、図12に示す3400cm-1付近の信号強度の変化は、水分量の変化に対応するとみなすことができる。これより、角層に含まれる水分量は、前腕内側部よりも含水脱脂角層で多いことがわかる。
さらに、図12に示すラマンスペクトル中、タンパク質のCH3伸縮振動に由来する信号が出現する2920〜2960cm-1の領域の拡大図を図13に示す。
図13から、前腕内側部のラマンスペクトルと含水脱脂角層のラマンスペクトルにおいて、CH3伸縮振動由来の信号の形状及びピークトップ波数がほぼ一致していることが分かった。
【0052】
以上のように、CH3伸縮振動以外の振動の影響が小さい2920〜2960cm-1の領域において、前腕内側部と含水脱脂角層のラマンスペクトルがほぼ一致した。
従って、含水脱脂角層のラマンスペクトルは、前腕内側部のラマンスペクトルのCH3伸縮振動由来の信号を再現しているものといえる。
【0053】
次に、試験例3と同様に、図12に示す含水脱脂角層のラマンスペクトルについて、3400cm-1付近の信号の強度が前腕内側部のラマンスペクトルのものと揃うように、水の寄与分を除去する補正をして得られたスペクトルを、前腕内側部及び補正前の含水脱脂角層のラマンスペクトルと併せて図14に示す。さらに、図14のタンパク質のCH3伸縮振動由来の信号、並びに脂質のCH2伸縮振動及びCH2逆伸縮振動由来の信号が出現する2820cm-1〜3020cm-1領域を拡大した図を図15に示す。
図15から、含水脱脂角層のラマンスペクトルから水の寄与分を排除して得られた補正後のスペクトルは、補正前のスペクトルと比べて、タンパク質のCH3伸縮振動の信号の形状及び極大値(ピークトップの波数)に変化は見られなかった。
従って、含水脱脂角層のラマンスペクトルにおける水のOH伸縮振動由来の信号の強度は、脂質由来の信号(2880cm-1及び2850cm-1付近に出現する信号)に重畳する、タンパク質のCH3伸縮振動由来の信号の影響を除くための標準スペクトルの選択に影響はないと言える。
【0054】
脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、含水脱脂角層及び前腕内側部のラマンスペクトル中のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数を、各試料の角層水分量に対してプロットした図を図16に示す。
図16から、脱脂角層に含まれる水分量が少ない場合、ラマンスペクトル中のタンパク質のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が小さくなることがわかった。一方、前腕内側部(水分量:約40wt%)のピークトップの波数と含水脱脂角層のピークトップの波数とを比較した場合、角層に含まれる水分量が十分に多いため、水分量の違いによらず、スペクトル中のタンパク質のCH3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数にほとんど変化がないことがわかった。
【0055】
以上の検討結果から、ヒト角層のラマンスペクトルにおいて、脂質由来の信号に重畳するタンパク質由来の信号の影響を排除するために用いる標準スペクトルとしては、含水脱脂角層のラマンスペクトルを採用することが妥当であると判断できる。
【0056】
〔試験例5:ヒトの皮膚のラマンスペクトルからの細胞間脂質由来の信号の抽出〕
試験例4で得られた含水脱脂角層の標準スペクトルを用いて、試験例3で測定した20代男性の前腕内側部のラマンスペクトルから、含水脱脂角層の寄与分を除去しタンパク質由来の信号の影響を排除し、細胞間脂質に由来の信号を抽出した。その結果を図3に示す。
図3に示すように、CH3伸縮振動由来の信号(2930cm-1)が確認されず、CH2逆対称伸縮振動由来の信号(2880cm-1)及びCH2対称伸縮振動由来の信号(2850cm-1)が明確に確認できる。角層の主な構成成分は脂質、タンパク質及び水であるため、図3に示すラマンスペクトル中の2つの信号は、細胞間脂質のCH2伸縮振動を反映するものである。
【0057】
よって、タンパク質のCH3対称伸縮振動由来の信号と重畳することにより、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出し難い場合は、ヒトの皮膚のラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去することによって、角層のラマンスペクトルからCH3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を明確に抽出することが可能となる。
【0058】
〔試験例6:細胞間脂質に由来のR値と年齢との関係を示す回帰直線の相関性〕
実年齢20〜60歳の健常な日本人女性、87人を被験者とし、被験者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は、10回ずつ行い平均値を測定値として採用した。健常な女性の選定条件、及び測定条件は以下のとおりである。なお、測定前に、メイク(化粧)をしている女性には、メイク落とし(ソフィーナ ボーテ ジェルメイク落とし 花王(株)製)によりメイクを除去し、メイクの有無にかかわらず、全ての女性について洗顔料(ソフィーナ ボーテ ミルク洗顔料 花王(株)製)と水により洗顔し、タオルドライを行った。また、被験者の条件を確認するために、被験者についての情報は、アンケート形式で被験者より取得し、情報データベースに蓄積した。情報データベースに蓄積した情報は、被験者から得た情報としては、居住地(本試験では、関東地区とした)、肌質、年齢(実年齢)であり、測定条件の情報としては、測定日付、測定温度(20℃)、測定湿度(40%)、測定部位(頬)である。
<(1)健常な女性の選定条件>
・毎日化粧水と乳液(またはジェル、クリーム)を朝晩使用している方
・試験期間中に他のスキンケア品を使用せず、エステ等にも行かない方
尚、以下の除外基準、中止基準を別途設けた。
(a)除外基準
・顔の皮膚に肌トラブル(アトピー性皮膚炎、傷、発赤、紅斑、丘疹、湿疹など)が見られる方
・敏感肌の方(アトピー性皮膚炎などアレルギーを持った方・化粧による肌トラブルを起こしやすい方)
・体調不良や皮膚疾患により医療機関に通われている方
・顔に対する美容施術経験者
・妊産婦及び授乳中の方
(b)中止基準
・被験者が試験の中止を希望した時
・被験者、試験担当者、試験管理者、試験責任者のいずれかが継続が不適当と判断した時
<(2)測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に特異的なCH2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)(R値)を計算した。得られた87人分のR値と87人分の年齢(実年齢)とのデータに基づき、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いて統計処理を施すことにより、細胞間脂質に由来のR値と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R2)を求めた。決定係数(R2)は0.24445であった。その結果を図17aに示す。
また、得られた87人分のラマンスペクトルから得られたR値(実測)と、得られた一次回帰直線を用いて実年齢から計算されるR値との差について、標準偏差の2倍以上異なる被験者のデータを異常値とし、異常値を除去した81人の被験者による結果を図17bに示す。このような異常値除去の決定係数(R2)は0.37123であった。
【0059】
次に、ラマンスペクトルを測定した女性全員に対して経皮水分蒸散量(TEWL)をTewameter@TM300(商品名、CM社製)を用いて測定した。測定は、5回ずつ行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
洗顔料を用いて洗顔した後(洗顔料はラマンスペクトルの測定前と共通する)、温度20℃、湿度40%に保たれた環境可変室に入室後、10分間の馴化時間をとった後に、評価部位である頬にプローブを当てて測定した。得られた87人分の経皮水分蒸散量(TEWL)と87人分の年齢(実年齢)とのデータに基づき、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いて統計処理を施すことにより、経皮水分蒸散量(TEWL)と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R2)を求めた。決定係数(R2)は0.01496であった。その結果を図18に示す。
【0060】
また、ラマンスペクトルを測定した女性全員に対して角層水分量(Conductance)を SKICON-200EX(商品名、アイ・ビイ・エス株式会社製)を用いて測定した。測定は、5回ずつ行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
洗顔料を用いて洗顔した後(洗顔料はラマンスペクトルの測定前と共通する)、温度20°、湿度40%に保たれた環境可変室に入室後、10分間の馴化時間をとった後に、評価部位である頬にプローブを当てて測定した。
得られた87人分の角層水分量(Conductance)と87人分の年齢(実年齢)とのデータに基づき、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いて統計処理を施すことにより、角層水分量(Conductance)と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R2)を求めた。決定係数(R2)は0.03958であった。その結果を図19に示す。
【0061】
図17図19に示す結果から、細胞間脂質に由来のR値に関する決定係数(R2)が、経皮水分蒸散量(TEWL)に関する決定係数(R2)及び角層水分量(Conductance)に関する決定係数(R2)に比べて非常に高いことがわかった。このように、細胞間脂質に由来のR値に関する上記統計的な回帰直線は、決定係数(R2)の高い直線であり、細胞間脂質に由来のR値と年齢との間に高い相関があることがわかった。
また、図17に示すように、細胞間脂質に由来のR値に関する回帰直線は、被験者の年齢(実年齢)が上がる(老いる)と共に、被験者の細胞間脂質に由来のR値が下がる直線であることがわかった。
【0062】
I:肌年齢の評価
〔実施例1〕
実年齢50歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は10回行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。なお、測定前にメイク(化粧)をしている場合には、メイク落とし(ソフィーナ ボーテ ジェルメイク落とし 花王(株)製)によりメイクを除去し、次に洗顔料(ソフィーナ ボーテ ミルク洗顔料 花王(株)製)と水により洗顔し、タオルドライを行った。
<測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.14であることを計算した。得られたR値(1.14)を、図17aに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて年齢が58.2歳であることを求め、図17bに示す異常値を除去した後の統計による回帰直線に照らし合わせて年齢が59.5歳であることを求めた。このようにして求められた年齢(58.2歳又は59.5歳)が、該女性の肌年齢と推定できる。この結果から、該女性の肌年齢(58.2歳及び59.5歳)は、実年齢(50歳)よりも肌の老化が進行していることがわかった。
【0063】
〔実施例2〕
実年齢58歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを、実施例1と同じ条件で測定し、実施例1と同様にして細胞間脂質に由来するR値が1.28であることを計算した。得られたR値(1.28)を、図17aに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて年齢が46.8歳であることを求め、図17bに示す異常値を除去した後の統計による回帰直線に照らし合わせて年齢が45.4歳であることを求めた。このようにして求められた年齢(46.8歳又は45.4歳)が、該女性の肌年齢と推定できる。この結果から、該女性の肌年齢(46.8歳及び45.4歳)は、実年齢(58歳)よりも若く、肌の老化が進行していないことがわかった。
【0064】
II:化粧料の評価
〔実施例3〕
実年齢50〜59歳の健常な日本人女性8人を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は、10回ずつ行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。なお、評価対象者は、測定前に実施例1と同様にメイクを落とし、洗顔を行った。
<測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求めた。8人のR値について、図17bの回帰直線により肌年齢を推定し、肌年齢と実年齢の差が大きい(15歳以上の差のある)2人を評価対象者から除き、6人について評価した。6人の平均のR値が1.15であることを計算した。得られた平均R値(1.15)を、図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて6人の平均の肌年齢が59.61歳であることを求めた。このように、実年齢50〜59歳の女性8人は、下記表2に示す乳液処方Bの使用前において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.12であり、平均肌年齢が57.84歳であることがわかった。
【0065】
次に、該6人の各女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、評価対象の乳液処方Bの使用を実施した。具体的には、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表2に示す乳液処方Bを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表2に示す乳液処方Bを試した6人の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求め、乳液処方Bを試した6人の平均のR値が1.40であることを計算した。得られた平均R値(1.40)を、図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて、乳液処方Bを試した6人の平均の肌年齢が32.85歳であることを求めた。このように、実年齢50〜59歳の女性6人は、下記表2に示す乳液処方Bの使用後において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.40であり、平均肌年齢が32.85歳であることがわかった。それらの結果を、図20及び図21の右側に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
図21の右側の棒グラフから、乳液処方Bの使用前の6人の平均の肌年齢が57.84歳であり、乳液処方Bの使用後の6人の平均の肌年齢が32.85歳であることから、使用後に肌年齢が若くなり、使用した乳液処方Bの効果があったと判断できる。
【0069】
〔実施例4〕
実年齢50〜58歳の健常な日本人女性8人を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は実施例3と同じ条件で測定した。
測定したラマンスペクトルから、実施例3と同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求めた。8人のR値について、図17bの回帰直線により肌年齢を推定し、肌年齢と実年齢の差が大きい(15歳以上の差のある)2人を評価対象者から除き、6人について評価した。6人の平均のR値が1.16であることを計算した。得られた平均R値(1.16)を、図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて6人の平均の肌年齢が56.83歳であることを求めた。このように、実年齢50〜58歳の女性6人は、下記表3に示す乳液処方Cの使用前において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.16であり、平均肌年齢が56.83歳であることがわかった。
【0070】
次に、該6人の各女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、評価対象の乳液処方Cの使用を実施した。具体的には、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表3に示す乳液処方Cを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表3に示す乳液処方Cを試した6人の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求め、乳液処方Cを試した6人の平均のR値が1.24であることを計算した。得られた平均R値(1.24)を、図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて、乳液処方Cを試した6人の平均の肌年齢が49.23歳であることを求めた。このように、実年齢50〜58歳の女性6人は、下記表3に示す乳液処方Cの使用後において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.24であり、平均肌年齢が49.23歳であることがわかった。それらの結果を、図20及び図21の左側に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
図21の左側の棒グラフから、乳液処方Cの使用前の6人の平均の肌年齢が56.83歳であり、乳液処方Bの使用後の6人の平均の肌年齢が49.23歳であることから、乳液処方Cの使用後の肌年齢の変化は、乳液処方Bの使用後の肌年齢よりも小さいことがわかる。
従って、図20及び図21から、使用した乳液処方Bは、乳液処方Cに比べて、細胞間脂質の分子間会合状態の改善効果、言い換えれば細胞間脂質のパッキング状態の改善効果に優れていることがわかった。
【0073】
III:化粧料の評価
〔実施例5〕
実年齢58歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は、10回行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。なお、ラマンスペクトルの測定前に、実施例1と同様に、評価対象者はメイクを除去し洗顔を行った。
<測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.17であることを計算した。このように、実年齢58歳の女性は、上記表2に示す乳液処方Bの使用前において、細胞間脂質に由来するR値が1.17であることがわかった。
【0074】
次に、該女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表2に示す乳液処方Bを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表2に示す乳液処方Bを試した前記女性の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.22であることを計算した。このように、実年齢58歳の女性は、上記表2に示す乳液処方Bの使用後において、細胞間脂質に由来するR値が1.45であることがわかった。
【0075】
上述のように、乳液処方Aの使用前の前記女性のR値が1.17であり、乳液処方Bの使用後の該女性のR値が1.45であることから、乳液処方Bの使用後の該女性のR値が乳液処方Bの使用前の該女性のR値よりも高いので、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が高くなり、皮膚の角層のバリア機能も高くなったものと考えらる。
従って、実年齢58歳の女性の肌年齢も改善すると考えられるので、使用した乳液処方Bに細胞間脂質の分子会合構造の改善効果、細胞間脂質のパッキング常態の改善効果があったと判断できる。
【0076】
〔実施例6〕
実年齢51歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は実施例5と同じ条件で測定した。
測定したラマンスペクトルから、実施例5と同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.31であることを計算した。このように、実年齢51歳の女性は、上記表3に示す乳液処方Cの使用前において、細胞間脂質に由来するR値が1.31であることがわかった。
【0077】
次に、該女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表3に示す乳液処方Cを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表3に示す乳液処方Cを試した前記女性の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.25であることを計算した。このように、実年齢51歳の女性は、上記表3に示す乳液処方Cの使用後において、細胞間脂質に由来するR値が1.25であることがわかった。
【0078】
上述のように、乳液処方Cの使用前の前記女性のR値が1.31であり、乳液処方Cの使用後の該女性のR値が1.25であることから、乳液処方Cの使用後の該女性のR値が乳液処方Cの使用前の該女性のR値よりも低いので、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が低くなり、皮膚の角層のバリア機能も低下しているものと考えられる。
従って、実年齢51歳の女性の肌年齢が改善していないと考えられるので、使用した乳液処方Cには、細胞間脂質の分子間会合状態の改善効果、言い換えれば、細胞間脂質のパッキング状態の改善効果がなかったと判断できる。
【0079】
以上、本発明の評価方法によれば、エイジングによるバリア機能の変化を評価し、肌年齢を推定することができる。また、本発明の評価方法によれば、皮膚試料を剥離することがない非侵襲的なラマン分光法を用いるので、被験者及び評価対象者に対する負担を抑えることができる。
また、本発明の評価方法によれば、推定した肌年齢を用いて、化粧料を評価することができる。
図1
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図3
図4
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図6
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図9
図10
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