【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲はかかる実施例に制限されない。
【0042】
先ず、後述する試験例1〜試験例5においては、ヒトの皮膚のラマンスペクトルから、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を明確に抽出する方法について検討した結果を述べる。
また、後述する試験例6においては、試験例1〜試験例5の検討結果に基づいて抽出された細胞間脂質に特異的な信号から得られたR値と年齢との関係を示す回帰直線の相関性について検討した結果を述べる。
【0043】
〔試験例1:脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層及び含水脱脂角層の調製〕
健常男性(40歳代)の「かかと」から角層片(約3mg)を剥離し、クロロホルム−メタノール溶液(体積比:1:1)に一昼夜浸して脂質等の油溶性成分を除去し、さらに水に24時間浸してアミノ酸等の水溶性成分を除去した後、五酸化二リンとともに調湿容器に入れ密封し、調湿容器を23℃のデシケーター内で1週間保管し、完全に乾燥させたかかと角層(以下、「脱脂乾燥角層(かかと)」ともいう)を調製した。
飽和LiCl水溶液を用いて前記脱脂乾燥角層を調湿(10%RH)して、かかと角層(以下、「脱脂調湿角層(10%RH)」ともいう)を調製した。
飽和Na
2HPO
4水溶液を用いて前記脱脂乾燥角層を調湿(98%RH)して、かかと角層(以下、「脱脂調湿角層(98%RH)」ともいう)を調製した。
前記脱脂乾燥角層(約3mg)にイオン交換水10μLを滴下し、含水かかと角層(以下、「含水脱脂角層」ともいう)を調製した。
前腕内側部から、剥離した角層(粉末状)について、前記脱脂乾燥角層と同様の処理をした角層(以下、「脱脂乾燥角層(前腕内側部)」ともいう)を調製した。
【0044】
〔試験例2:脱脂乾燥角層のスペクトルの測定〕
前記脱脂乾燥角層(かかと)、及び前記脱脂乾燥角層(前腕内側部)のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダー30(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
励起波長:632.8nm
波数分解能:5cm
-1(脱脂乾燥角層(かかと))又は30cm
-1(脱脂乾燥角層(前腕内側部))
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
入射角 :0°
その結果を
図4に示す。さらに、該ラマンスペクトルのベースラインを調整し、タンパク質のCH
3伸縮振動に由来する信号が出現する2920〜2950cm
-1領域を拡大した図を
図5に示す。
【0045】
図4に示すとおり、かかとの脱脂乾燥角層の方が、前腕内側部の脱脂乾燥角層よりもノイズの小さいS/Nの良いラマンスペクトルを取得することができた。これは、前腕内側部から削りだした角層は粉末状であり、採取できる量も少ないため、前腕内側部の脱脂乾燥角層のスペクトルの測定が、より困難だったことによる。
これに対して、
図5より、タンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号については、前腕内側部とかかとでは大きな違いはなかった。特に、2つのスペクトルにおいて、タンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数に大きな違いはなかった。
従って、下記実施例では、ヒトの角層のラマンスペクトルにおいてCH
2伸縮振動に由来する信号に重畳する、CH
3伸縮振動に由来する信号の影響を除去するための標準的な脱脂角層のラマンスペクトル(標準スペクトル)として、S/Nの良い、かかとの角層のラマンスペクトルを用いることとした。
【0046】
〔試験例3:角層のスペクトルの水分量依存性〕
健常男性(20歳代)の前腕内側部をドライヤー(1000W)で1分間加熱し、前腕内側部角層のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダー30(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。この測定中、前腕は測定台(温度:約25℃)に固定し、同一部位を5回測定した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
励起波長:632.8nm
波数分解能:5cm
-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
【0047】
同様に、前記脱脂調湿角層(98%RH)、前記脱脂調湿角層(10%RH)、及び前記脱脂乾燥角層(かかと)のラマンスペクトルも測定した。
CH
3伸縮振動由来の信号強度で規格化した、前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)及び脱脂乾燥角層(かかと)のラマンスペクトルを
図6に示す。さらに、
図6中の各ラマンスペクトルのベースラインを調整し、タンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号が出現する2920cm
-1〜2960cm
-1領域を拡大した図を
図7に示す。
【0048】
図6より、3400cm
-1付近に出現する水のOH伸縮振動由来の信号の強度が、前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂乾燥角層の順に小さくなっていることがわかる。これは、角層に含まれる水分量が、前腕内側部、脱脂調湿角層(98%RH)、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂乾燥角層の順に少なくなることと一致する。
一方、
図7から、各ラマンスペクトルにおいてタンパク質(ケラチン)のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が、角層に含まれる水分量が多くなるに従い、長波長側にシフトすることが明らかになった。即ち、角層に含まれる水分量の違いによって、ラマンスペクトル中のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が変化した。
【0049】
次に、
図7に示されたCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数変化が、角層に含まれる水分量の違いによるOH伸縮振動由来の信号強度の違いによるものであるかについて検討する。
図6中の各ラマンスペクトルの水のOH伸縮振動及びタンパク質のNH伸縮振動に由来する信号強度(2950cm
-1〜3750cm
-1に出現)に、水のラマンスペクトル(
図8)を足し合わせて、前腕内側部のOH伸縮振動由来の信号強度に揃えたスペクトルを
図9に示す。さらに、
図9に示す各スペクトルのタンパク質のCH
3伸縮振動に由来する信号が出現する2920cm
-1〜2960cm
-1領域を拡大した図を
図10に示す。
図10から、
図7に示す各スペクトルと同様に、タンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が、脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、前腕内側部の順に大きくなることがわかった。
さらに、脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、前腕内側部に含まれる水分量を特開2010−12076号公報に記載の方法に準じてCH
3伸縮振動由来の信号強度(2800〜3030cm
-1)とOH伸縮振動由来の信号強度(3100〜3750cm
-1)の比から測定し、
図10に示す各信号のピークトップの波数を各試料の角層水分量に対してプロットした図を
図11に示す。
図11から、
図9に示すOH伸縮振動由来の信号強度の違いに応じて水の寄与分を加えたスペクトルにおける、CH
3伸縮振動由来の信号のピークトップ波数が、試料に含まれる水分量と相関をもって変化することが明らかになった。
【0050】
図9〜
図11に示す結果から、角層のラマンスペクトル中のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数変化が、隣接するOH伸縮振動由来の信号の重畳によって見かけ上生じるものではなく、水和に伴い角層中のCH
3基の状態変化に起因するものと考えられる。
なお、角層のラマンスペクトル中のCH
3伸縮振動由来の信号は主にケラチンのCH
3伸縮振動由来であり、角層中のケラチンは、水分量の低下に伴いコンフォメーションが変化し、α-helix含量が減少することが知られている(例えば、S.Yadav et al.,Skin Research and Technology,vol.15,p.172-179,2009参照)。即ち、脱脂角層のケラチンのコンフォメーション変化により、CH
3伸縮領域のスペクトルが変化するものと考えられる。
このように、角層のラマンスペクトル中のタンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップ波数は水分量増加に伴い長波長側にシフトする。
従って、角層のラマンスペクトルから、脱脂調湿角層又は脱脂乾燥角層のラマンスペクトルにおけるタンパク質の寄与分を排除して抽出したスペクトルは、細胞間脂質の分子会合構造を正確に反映するものとはいえないと判断できる。
【0051】
〔試験例4:ヒトの皮膚のラマンスペクトル測定における、標準角層スペクトルの選定〕
試験例3で測定した20代男性の前腕内側部のラマンスペクトル、及び同様の条件で測定した試験例1で調製した含水脱脂角層のラマンスペクトルについて、CH
3伸縮振動由来の信号(2930cm
-1)の強度で規格化を行った。その結果を
図12に示す。CH
3伸縮振動由来の信号強度当たりのNH伸縮振動由来の信号強度は一定とみなせるので、
図12に示す3400cm
-1付近の信号強度の変化は、水分量の変化に対応するとみなすことができる。これより、角層に含まれる水分量は、前腕内側部よりも含水脱脂角層で多いことがわかる。
さらに、
図12に示すラマンスペクトル中、タンパク質のCH
3伸縮振動に由来する信号が出現する2920〜2960cm
-1の領域の拡大図を
図13に示す。
図13から、前腕内側部のラマンスペクトルと含水脱脂角層のラマンスペクトルにおいて、CH
3伸縮振動由来の信号の形状及びピークトップ波数がほぼ一致していることが分かった。
【0052】
以上のように、CH
3伸縮振動以外の振動の影響が小さい2920〜2960cm
-1の領域において、前腕内側部と含水脱脂角層のラマンスペクトルがほぼ一致した。
従って、含水脱脂角層のラマンスペクトルは、前腕内側部のラマンスペクトルのCH
3伸縮振動由来の信号を再現しているものといえる。
【0053】
次に、試験例3と同様に、
図12に示す含水脱脂角層のラマンスペクトルについて、3400cm
-1付近の信号の強度が前腕内側部のラマンスペクトルのものと揃うように、水の寄与分を除去する補正をして得られたスペクトルを、前腕内側部及び補正前の含水脱脂角層のラマンスペクトルと併せて
図14に示す。さらに、
図14のタンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号、並びに脂質のCH
2伸縮振動及びCH
2逆伸縮振動由来の信号が出現する2820cm
-1〜3020cm
-1領域を拡大した図を
図15に示す。
図15から、含水脱脂角層のラマンスペクトルから水の寄与分を排除して得られた補正後のスペクトルは、補正前のスペクトルと比べて、タンパク質のCH
3伸縮振動の信号の形状及び極大値(ピークトップの波数)に変化は見られなかった。
従って、含水脱脂角層のラマンスペクトルにおける水のOH伸縮振動由来の信号の強度は、脂質由来の信号(2880cm
-1及び2850cm
-1付近に出現する信号)に重畳する、タンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号の影響を除くための標準スペクトルの選択に影響はないと言える。
【0054】
脱脂乾燥角層、脱脂調湿角層(10%RH)、脱脂調湿角層(98%RH)、含水脱脂角層及び前腕内側部のラマンスペクトル中のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数を、各試料の角層水分量に対してプロットした図を
図16に示す。
図16から、脱脂角層に含まれる水分量が少ない場合、ラマンスペクトル中のタンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数が小さくなることがわかった。一方、前腕内側部(水分量:約40wt%)のピークトップの波数と含水脱脂角層のピークトップの波数とを比較した場合、角層に含まれる水分量が十分に多いため、水分量の違いによらず、スペクトル中のタンパク質のCH
3伸縮振動由来の信号のピークトップの波数にほとんど変化がないことがわかった。
【0055】
以上の検討結果から、ヒト角層のラマンスペクトルにおいて、脂質由来の信号に重畳するタンパク質由来の信号の影響を排除するために用いる標準スペクトルとしては、含水脱脂角層のラマンスペクトルを採用することが妥当であると判断できる。
【0056】
〔試験例5:ヒトの皮膚のラマンスペクトルからの細胞間脂質由来の信号の抽出〕
試験例4で得られた含水脱脂角層の標準スペクトルを用いて、試験例3で測定した20代男性の前腕内側部のラマンスペクトルから、含水脱脂角層の寄与分を除去しタンパク質由来の信号の影響を排除し、細胞間脂質に由来の信号を抽出した。その結果を
図3に示す。
図3に示すように、CH
3伸縮振動由来の信号(2930cm
-1)が確認されず、CH
2逆対称伸縮振動由来の信号(2880cm
-1)及びCH
2対称伸縮振動由来の信号(2850cm
-1)が明確に確認できる。角層の主な構成成分は脂質、タンパク質及び水であるため、
図3に示すラマンスペクトル中の2つの信号は、細胞間脂質のCH
2伸縮振動を反映するものである。
【0057】
よって、タンパク質のCH
3対称伸縮振動由来の信号と重畳することにより、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出し難い場合は、ヒトの皮膚のラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去することによって、角層のラマンスペクトルからCH
3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を明確に抽出することが可能となる。
【0058】
〔試験例6:細胞間脂質に由来のR値と年齢との関係を示す回帰直線の相関性〕
実年齢20〜60歳の健常な日本人女性、87人を被験者とし、被験者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は、10回ずつ行い平均値を測定値として採用した。健常な女性の選定条件、及び測定条件は以下のとおりである。なお、測定前に、メイク(化粧)をしている女性には、メイク落とし(ソフィーナ ボーテ ジェルメイク落とし 花王(株)製)によりメイクを除去し、メイクの有無にかかわらず、全ての女性について洗顔料(ソフィーナ ボーテ ミルク洗顔料 花王(株)製)と水により洗顔し、タオルドライを行った。また、被験者の条件を確認するために、被験者についての情報は、アンケート形式で被験者より取得し、情報データベースに蓄積した。情報データベースに蓄積した情報は、被験者から得た情報としては、居住地(本試験では、関東地区とした)、肌質、年齢(実年齢)であり、測定条件の情報としては、測定日付、測定温度(20℃)、測定湿度(40%)、測定部位(頬)である。
<(1)健常な女性の選定条件>
・毎日化粧水と乳液(またはジェル、クリーム)を朝晩使用している方
・試験期間中に他のスキンケア品を使用せず、エステ等にも行かない方
尚、以下の除外基準、中止基準を別途設けた。
(a)除外基準
・顔の皮膚に肌トラブル(アトピー性皮膚炎、傷、発赤、紅斑、丘疹、湿疹など)が見られる方
・敏感肌の方(アトピー性皮膚炎などアレルギーを持った方・化粧による肌トラブルを起こしやすい方)
・体調不良や皮膚疾患により医療機関に通われている方
・顔に対する美容施術経験者
・妊産婦及び授乳中の方
(b)中止基準
・被験者が試験の中止を希望した時
・被験者、試験担当者、試験管理者、試験責任者のいずれかが継続が不適当と判断した時
<(2)測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm
-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH
3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に特異的なCH
2対称伸縮振動に由来する信号強度(S1)に対するCH
2逆対称伸縮振動に由来する信号強度(S2)の比(S2/S1)(R値)を計算した。得られた87人分のR値と87人分の年齢(実年齢)とのデータに基づき、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いて統計処理を施すことにより、細胞間脂質に由来のR値と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R
2)を求めた。決定係数(R
2)は0.24445であった。その結果を
図17aに示す。
また、得られた87人分のラマンスペクトルから得られたR値(実測)と、得られた一次回帰直線を用いて実年齢から計算されるR値との差について、標準偏差の2倍以上異なる被験者のデータを異常値とし、異常値を除去した81人の被験者による結果を
図17bに示す。このような異常値除去の決定係数(R
2)は0.37123であった。
【0059】
次に、ラマンスペクトルを測定した女性全員に対して経皮水分蒸散量(TEWL)をTewameter@TM300(商品名、CM社製)を用いて測定した。測定は、5回ずつ行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
洗顔料を用いて洗顔した後(洗顔料はラマンスペクトルの測定前と共通する)、温度20℃、湿度40%に保たれた環境可変室に入室後、10分間の馴化時間をとった後に、評価部位である頬にプローブを当てて測定した。得られた87人分の経皮水分蒸散量(TEWL)と87人分の年齢(実年齢)とのデータに基づき、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いて統計処理を施すことにより、経皮水分蒸散量(TEWL)と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R
2)を求めた。決定係数(R
2)は0.01496であった。その結果を
図18に示す。
【0060】
また、ラマンスペクトルを測定した女性全員に対して角層水分量(Conductance)を SKICON-200EX(商品名、アイ・ビイ・エス株式会社製)を用いて測定した。測定は、5回ずつ行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。
<測定条件>
洗顔料を用いて洗顔した後(洗顔料はラマンスペクトルの測定前と共通する)、温度20°、湿度40%に保たれた環境可変室に入室後、10分間の馴化時間をとった後に、評価部位である頬にプローブを当てて測定した。
得られた87人分の角層水分量(Conductance)と87人分の年齢(実年齢)とのデータに基づき、表計算ソフト(マイクロソフト社製マイクロソフトエクセル2003)を用いて統計処理を施すことにより、角層水分量(Conductance)と年齢との相関関係を示す一次回帰直線と決定係数(R
2)を求めた。決定係数(R
2)は0.03958であった。その結果を
図19に示す。
【0061】
図17〜
図19に示す結果から、細胞間脂質に由来のR値に関する決定係数(R
2)が、経皮水分蒸散量(TEWL)に関する決定係数(R
2)及び角層水分量(Conductance)に関する決定係数(R
2)に比べて非常に高いことがわかった。このように、細胞間脂質に由来のR値に関する上記統計的な回帰直線は、決定係数(R
2)の高い直線であり、細胞間脂質に由来のR値と年齢との間に高い相関があることがわかった。
また、
図17に示すように、細胞間脂質に由来のR値に関する回帰直線は、被験者の年齢(実年齢)が上がる(老いる)と共に、被験者の細胞間脂質に由来のR値が下がる直線であることがわかった。
【0062】
I:肌年齢の評価
〔実施例1〕
実年齢50歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は10回行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。なお、測定前にメイク(化粧)をしている場合には、メイク落とし(ソフィーナ ボーテ ジェルメイク落とし 花王(株)製)によりメイクを除去し、次に洗顔料(ソフィーナ ボーテ ミルク洗顔料 花王(株)製)と水により洗顔し、タオルドライを行った。
<測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm
-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH
3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.14であることを計算した。得られたR値(1.14)を、
図17aに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて年齢が58.2歳であることを求め、
図17bに示す異常値を除去した後の統計による回帰直線に照らし合わせて年齢が59.5歳であることを求めた。このようにして求められた年齢(58.2歳又は59.5歳)が、該女性の肌年齢と推定できる。この結果から、該女性の肌年齢(58.2歳及び59.5歳)は、実年齢(50歳)よりも肌の老化が進行していることがわかった。
【0063】
〔実施例2〕
実年齢58歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを、実施例1と同じ条件で測定し、実施例1と同様にして細胞間脂質に由来するR値が1.28であることを計算した。得られたR値(1.28)を、
図17aに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて年齢が46.8歳であることを求め、
図17bに示す異常値を除去した後の統計による回帰直線に照らし合わせて年齢が45.4歳であることを求めた。このようにして求められた年齢(46.8歳又は45.4歳)が、該女性の肌年齢と推定できる。この結果から、該女性の肌年齢(46.8歳及び45.4歳)は、実年齢(58歳)よりも若く、肌の老化が進行していないことがわかった。
【0064】
II:化粧料の評価
〔実施例3〕
実年齢50〜59歳の健常な日本人女性8人を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は、10回ずつ行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。なお、評価対象者は、測定前に実施例1と同様にメイクを落とし、洗顔を行った。
<測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm
-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH
3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求めた。8人のR値について、
図17bの回帰直線により肌年齢を推定し、肌年齢と実年齢の差が大きい(15歳以上の差のある)2人を評価対象者から除き、6人について評価した。6人の平均のR値が1.15であることを計算した。得られた平均R値(1.15)を、
図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて6人の平均の肌年齢が59.61歳であることを求めた。このように、実年齢50〜59歳の女性8人は、下記表2に示す乳液処方Bの使用前において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.12であり、平均肌年齢が57.84歳であることがわかった。
【0065】
次に、該6人の各女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、評価対象の乳液処方Bの使用を実施した。具体的には、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表2に示す乳液処方Bを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表2に示す乳液処方Bを試した6人の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求め、乳液処方Bを試した6人の平均のR値が1.40であることを計算した。得られた平均R値(1.40)を、
図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて、乳液処方Bを試した6人の平均の肌年齢が32.85歳であることを求めた。このように、実年齢50〜59歳の女性6人は、下記表2に示す乳液処方Bの使用後において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.40であり、平均肌年齢が32.85歳であることがわかった。それらの結果を、
図20及び
図21の右側に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
図21の右側の棒グラフから、乳液処方Bの使用前の6人の平均の肌年齢が57.84歳であり、乳液処方Bの使用後の6人の平均の肌年齢が32.85歳であることから、使用後に肌年齢が若くなり、使用した乳液処方Bの効果があったと判断できる。
【0069】
〔実施例4〕
実年齢50〜58歳の健常な日本人女性8人を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は実施例3と同じ条件で測定した。
測定したラマンスペクトルから、実施例3と同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求めた。8人のR値について、
図17bの回帰直線により肌年齢を推定し、肌年齢と実年齢の差が大きい(15歳以上の差のある)2人を評価対象者から除き、6人について評価した。6人の平均のR値が1.16であることを計算した。得られた平均R値(1.16)を、
図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて6人の平均の肌年齢が56.83歳であることを求めた。このように、実年齢50〜58歳の女性6人は、下記表3に示す乳液処方Cの使用前において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.16であり、平均肌年齢が56.83歳であることがわかった。
【0070】
次に、該6人の各女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、評価対象の乳液処方Cの使用を実施した。具体的には、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表3に示す乳液処方Cを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表3に示す乳液処方Cを試した6人の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値を求め、乳液処方Cを試した6人の平均のR値が1.24であることを計算した。得られた平均R値(1.24)を、
図17bに示す統計的な回帰直線に照らし合わせて、乳液処方Cを試した6人の平均の肌年齢が49.23歳であることを求めた。このように、実年齢50〜58歳の女性6人は、下記表3に示す乳液処方Cの使用後において、細胞間脂質に由来する平均R値が1.24であり、平均肌年齢が49.23歳であることがわかった。それらの結果を、
図20及び
図21の左側に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
図21の左側の棒グラフから、乳液処方Cの使用前の6人の平均の肌年齢が56.83歳であり、乳液処方Bの使用後の6人の平均の肌年齢が49.23歳であることから、乳液処方Cの使用後の肌年齢の変化は、乳液処方Bの使用後の肌年齢よりも小さいことがわかる。
従って、
図20及び
図21から、使用した乳液処方Bは、乳液処方Cに比べて、細胞間脂質の分子間会合状態の改善効果、言い換えれば細胞間脂質のパッキング状態の改善効果に優れていることがわかった。
【0073】
III:化粧料の評価
〔実施例5〕
実年齢58歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを共焦点ラマン分光器 ナノファインダーFLEX(商品名、東京インスツルメンツ製)を用いて測定した。測定は、10回行い平均値を採用した。測定条件は以下のとおりである。なお、ラマンスペクトルの測定前に、実施例1と同様に、評価対象者はメイクを除去し洗顔を行った。
<測定条件>
励起波長:671nm
波数分解能:5cm
-1
対物レンズ:100倍、NA=1.3(油浸)
測定深さ:皮膚表面から約5μm
入射角 :0°
測定したラマンスペクトルから、予め測定した含水脱脂角層のラマンスペクトルを用いて、含水脱脂角層の寄与分を除去して、角層のラマンスペクトルからCH
3伸縮の影響を除き、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.17であることを計算した。このように、実年齢58歳の女性は、上記表2に示す乳液処方Bの使用前において、細胞間脂質に由来するR値が1.17であることがわかった。
【0074】
次に、該女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表2に示す乳液処方Bを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表2に示す乳液処方Bを試した前記女性の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.22であることを計算した。このように、実年齢58歳の女性は、上記表2に示す乳液処方Bの使用後において、細胞間脂質に由来するR値が1.45であることがわかった。
【0075】
上述のように、乳液処方Aの使用前の前記女性のR値が1.17であり、乳液処方Bの使用後の該女性のR値が1.45であることから、乳液処方Bの使用後の該女性のR値が乳液処方Bの使用前の該女性のR値よりも高いので、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が高くなり、皮膚の角層のバリア機能も高くなったものと考えらる。
従って、実年齢58歳の女性の肌年齢も改善すると考えられるので、使用した乳液処方Bに細胞間脂質の分子会合構造の改善効果、細胞間脂質のパッキング常態の改善効果があったと判断できる。
【0076】
〔実施例6〕
実年齢51歳の健常な日本人女性を評価対象者とし、評価対象者の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は実施例5と同じ条件で測定した。
測定したラマンスペクトルから、実施例5と同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.31であることを計算した。このように、実年齢51歳の女性は、上記表3に示す乳液処方Cの使用前において、細胞間脂質に由来するR値が1.31であることがわかった。
【0077】
次に、該女性に対して、8週間、毎朝晩の1日2回、洗顔後に表1に示す化粧水処方Aを指定量(約0.8g)顔全体に塗布し、その後、表3に示す乳液処方Cを指定量(約0.5g)顔全体に塗布することとした。その他の化粧ステップは、普段と同様とした。
8週間後、表3に示す乳液処方Cを試した前記女性の頬のラマンスペクトルを測定した。測定条件は同じ条件であり、前回測定した箇所と同じ箇所を測定した。
測定したラマンスペクトルから、同様に含水脱脂角層の寄与分を除去して、細胞間脂質に特異的な信号(細胞間脂質のCH
2伸縮振動由来の2つの信号)を抽出した。そして抽出された細胞間脂質に由来するR値が1.25であることを計算した。このように、実年齢51歳の女性は、上記表3に示す乳液処方Cの使用後において、細胞間脂質に由来するR値が1.25であることがわかった。
【0078】
上述のように、乳液処方Cの使用前の前記女性のR値が1.31であり、乳液処方Cの使用後の該女性のR値が1.25であることから、乳液処方Cの使用後の該女性のR値が乳液処方Cの使用前の該女性のR値よりも低いので、細胞間脂質の分子会合構造の横方向の秩序度が低くなり、皮膚の角層のバリア機能も低下しているものと考えられる。
従って、実年齢51歳の女性の肌年齢が改善していないと考えられるので、使用した乳液処方Cには、細胞間脂質の分子間会合状態の改善効果、言い換えれば、細胞間脂質のパッキング状態の改善効果がなかったと判断できる。
【0079】
以上、本発明の評価方法によれば、エイジングによるバリア機能の変化を評価し、肌年齢を推定することができる。また、本発明の評価方法によれば、皮膚試料を剥離することがない非侵襲的なラマン分光法を用いるので、被験者及び評価対象者に対する負担を抑えることができる。
また、本発明の評価方法によれば、推定した肌年齢を用いて、化粧料を評価することができる。