(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6129269
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】長期持続性注射用薬物放出ゲル組成物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 9/06 20060101AFI20170508BHJP
A61K 47/36 20060101ALI20170508BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20170508BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20170508BHJP
A61K 38/28 20060101ALI20170508BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20170508BHJP
【FI】
A61K9/06
A61K47/36
A61K47/24
A61K47/42
A61K37/26
A61P3/10
【請求項の数】16
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-199973(P2015-199973)
(22)【出願日】2015年10月8日
(65)【公開番号】特開2016-74662(P2016-74662A)
(43)【公開日】2016年5月12日
【審査請求日】2015年10月8日
(31)【優先権主張番号】103135071
(32)【優先日】2014年10月8日
(33)【優先権主張国】TW
(73)【特許権者】
【識別番号】515280089
【氏名又は名称】碩英生醫股▲ふん▼有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(72)【発明者】
【氏名】劉 典謨
(72)【発明者】
【氏名】周 昊勳
(72)【発明者】
【氏名】蕭 孟軒
(72)【発明者】
【氏名】陳 怡潔
【審査官】
今村 明子
(56)【参考文献】
【文献】
中国特許出願公開第102399378(CN,A)
【文献】
特表2011−503157(JP,A)
【文献】
特開2005−132737(JP,A)
【文献】
特開2012−056936(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/123492(WO,A1)
【文献】
特表2001−513367(JP,A)
【文献】
特開2012−046716(JP,A)
【文献】
特開2010−095697(JP,A)
【文献】
特開平08−319231(JP,A)
【文献】
特開平05−78237(JP,A)
【文献】
INTERNATIONAL JOURNAL OF PHARMACEUTICS,2004年 4月,Vol. 274, No. 1-2,p.1-33,DOI: 10.1016/j.ijpharm.2003.12.026
【文献】
Biomaterials,2010年 2月24日,Vol.31,p.4157-4166,doi:10.1016/j.biomaterials.2010.01.139
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00− 9/72
A61K 31/ 00−31/80
A61K 33/ 00−33/44
A61K 47/ 00−47/69
A61P 1/ 00−43/00
B01J 13/ 00
C08B 37/108
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル組成物であって、以下:
複数のキトサン球であって、該キトサン球はそれぞれ、キトサンが自己集合したものである、キトサン球;
該キトサン球を接続してゲル本体を形成させる、アルカリ性キトサン安定化剤;
該ゲル本体に分散している、キトサン分解酵素;および
該ゲル本体に分散している、薬物、
を含み、該キトサン分解酵素は、20〜40℃の温度で該ゲル組成物を分解する、
ゲル組成物。
【請求項2】
前記ゲル組成物は、5〜9の範囲のpH値を有する、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項3】
前記キトサンは、両親媒性キトサンである、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項4】
前記アルカリ性キトサン安定化剤は、ゲニピン、β−グリセロリン酸ナトリウム、NaHCO3、またはそれらの組み合わせである、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項5】
前記キトサン分解酵素は、リゾチーム、セルラーゼ、キチナーゼ、またはそれらの組み合わせである、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項6】
前記薬物は、前記キトサン球の中および間に分散している、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項7】
前記薬物は、インシュリン、インシュリン感受性改善薬、スルホニル尿素、またはそれらの組み合わせである、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項8】
さらに以下:
前記ゲル組成物のpH値を調整する希釈剤
を含む、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項9】
前記希釈剤は、水、または水と油性溶媒の混合液であり、かつ該油性溶媒は、ジメチルスルホキシド、エタノール、グリコール、またはグリセロールである、請求項8に記載のゲル組成物。
【請求項10】
ゲル組成物の製造方法であって、以下:
濃度が1〜10%(w/v)であり、溶媒にキトサンが溶解しているキトサン溶液を調製する工程であって、該キトサンは、該溶媒中で、自己集合して複数のキトサン球になる、工程;
4〜10℃の温度で、該キトサン溶液に薬物を加えて、第一の溶液を形成する工程;および
該第一の溶液に、アルカリ性キトサン安定化剤およびキトサン分解酵素を加えて混合する工程であって、該アルカリ性キトサン安定化剤は、該キトサン球を接続して、該第一の溶液を固化させて該ゲル組成物を形成させ、該ゲル組成物における該キトサン安定化剤の濃度は、0.1〜10%(w/v)であり、かつ該キトサン分解酵素は、20〜40℃の温度で該ゲル組成物を分解する、工程
を含む、方法。
【請求項11】
前記キトサンは、両親媒性キトサンである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記薬物は、インシュリン、インシュリン感受性改善薬、スルホニル尿素、またはそれらの組み合わせである、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
前記ゲル組成物における前記薬物の濃度は、0.1〜10mg/mLである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
さらに以下:
前記キトサン溶液に希釈剤を加えて前記第一の溶液を形成する工程;および
前記第一の溶液のpH値を5〜9に調整する工程
を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項15】
前記希釈剤は、水、または水と油性溶媒の混合物であり、かつ該油性溶媒は、ジメチルスルホキシド、エタノール、グリコール、またはグリセロールである、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記ゲル組成物における前記キトサン分解酵素の濃度は、0.1〜500μg/mLである、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、台湾特許出願番号第103135071号(2014年10月8日出願)の優先権を主張し、これは本明細書中参照として援用される。
【0002】
本発明は、ゲル組成物およびその製造方法に関する。より詳細には、本発明は、長期持続性注射用薬物放出ゲル組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
慢性疾患を患っている患者の多くは、健全性を保つために、特定の時間に薬を注射または摂取する必要がある。注射薬は、身体に直接注入される種類の薬物療法である。この種の治療では、薬の吸収速度は速いものの、薬の放出速度は制御不能である。したがって、患者は、定期的に注射を受けなければならず、このことは精神的にも肉体的にもある程度負担となる可能性がある。経口投与される薬は、注射によりもたらされる不便を回避するかもしれないが、薬の多くは、吸収速度が遅く有効性も高くないといった具合に、標的範囲に着実に輸送することができない。
【0004】
糖尿病を例に挙げると、一般的な治療は、定期的な注射で行われる。患者は1日2回インシュリン注射を行い、常に血糖値を監視する必要がある。加えて、注射の種類および投薬量は、患者の健康状態によって変化する可能性がある。このため、精神的および肉体的負担はとても大きくなる。間違ったインシュリン注射または過剰/過少な投薬量の場合、患者に致死的な帰結を導く可能性がある。したがって、より高い信頼性でより容易な治療を提供することが緊急に求められている。
【0005】
現在研究されている中では、インシュリンの経口投与がもっとも簡便なものである。しかしながら、インシュリンの吸収速度は比較的遅く、インシュリンが効果を発揮するためにはより大量の投薬量が必要である。また、経口投与されるインシュリンは、胃系から吸収されざるを得ず、それから身体の循環に入るため、時間がかかりすぎ、すぐに作用することができない。患者が薬を時間どおりに摂取しないと、重篤な帰結を招く可能性がある。別の種類の研究は、長期持続性薬物放出キャリアに注目する。薬物キャリアからのインシュリン放出は、血糖濃度または血液のpH値により調節される。血糖値が高すぎる場合、この種の薬物キャリアの構造は、インシュリンの放出を目的として、緩まるまたは分解することができる。血糖レベルが正常に戻ると、薬物キャリアも以前の構造に戻って、インシュリン放出を中断する。この薬物放出機構は、特定の血糖レベルで開始され、血糖レベルが下がると停止する。この開始および停止は、容易に制御することができず、血糖レベルの乱暴な変動を引き起こす。この機構の下では、インシュリンがいつ放出されるかに関わらず、その投薬量を調節することができず、時間とともに、突然の爆発的放出が起こる可能性がでてくる。有効な時間幅および貯蔵レベルを管理することはほとんどできない。
【0006】
したがって、長期持続性の薬物キャリア組成物は、非常に興味が持たれるものであり、上記の課題をより高い有効性で解決できる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、複数のキトサン球、アルカリ性キトサン安定化剤、キトサン分解酵素、および薬物を含むゲル組成物を提供する。キトサン球は、キトサンの自己集合で形成される。アルカリ性キトサン安定化剤は、キトサン球を接続して、ゲル本体を形成する。キトサン分解酵素はゲル本体中に分散していて、20〜40℃の温度でゲル組成物を分解する。薬物は、ゲル本体中に分散している。
【0008】
本開示の実施形態に従って、ゲル組成物は、5〜9の範囲のpH値を有する。
【0009】
本開示の実施形態に従って、キトサンは、両親媒性キトサンである。
【0010】
本開示の実施形態に従って、アルカリ性キトサン安定化剤は、ゲニピン、β−グリセロリン酸ナトリウム、NaHCO
3、またはそれらの組み合わせである。
【0011】
本開示の実施形態に従って、キトサン分解酵素は、リゾチーム、セルラーゼ、キチナーゼ、またはそれらの組み合わせである。
【0012】
本開示の実施形態に従って、薬物は、キトサン球の中および間に分散している。
【0013】
本開示の実施形態に従って、薬物は、インシュリン、インシュリン感受性改善薬、スルホニル尿素、またはそれらの組み合わせである。
【0014】
本開示の実施形態に従って、ゲル組成物は、ゲル組成物のpH値を調整する希釈剤をさらに含む。希釈剤は、水、または水と油性溶媒の混合物が可能であり、油性溶媒は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エタノール、グリコール、およびグリセロールからなる群より選択される。
【0015】
本開示は、ゲル組成物を製造する方法も提供し、本方法は、濃度が1〜10%(w/v)でありキトサンが溶媒に溶解しているキトサン溶液を調製する工程を含む。溶媒中で、キトサンは自己集合して複数のキトサン球になる。次に、4〜10℃の温度で、キトサン溶液に薬物を加えて、第一の溶液を形成する。続いて、第一の溶液に、アルカリ性キトサン安定化剤およびキトサン分解酵素を加えて混合する。放置および固化させることで、アルカリ性キトサン安定化剤は、キトサン球を接続して、ゲル組成物を形成する。ゲル組成物におけるキトサン安定化剤の濃度は、0.1〜10%(w/v)であり、キトサン分解酵素は、20〜40℃の温度でゲル組成物を分解する。
【0016】
本開示の実施形態に従って、キトサンは両親媒性キトサンである。
【0017】
本開示の実施形態に従って、薬物は、インシュリン、インシュリン感受性改善薬、スルホニル尿素、またはそれらの組み合わせである。ゲル組成物における薬物の濃度は、0.1〜10mg/mLである。
【0018】
本開示の実施形態に従って、本方法は、キトサン溶液に希釈剤を加えて、第一の溶液を形成する工程、および第一の溶液のpH値を5〜9に調整する工程を、さらに含む。希釈剤は、水、または水と油性溶媒の混合物が可能であり、油性溶媒は、DMSO、エタノール、グリコール、およびグリセロールからなる群より選択される。
【0019】
本開示の実施形態に従って、ゲル組成物におけるキトサン分解酵素の濃度は、0.1〜500μg/mLである。
【0020】
本開示のゲル組成物は、長期持続性、酵素誘導型、注射用の、薬物放出ゲル組成物である。ゲル組成物にキトサン分解酵素を加えることにより、キトサン球は、分解して断片になり、ゲル組成物は、薬物を放出するようにばらばらになる。酵素濃度を調整することにより、ゲル組成物の分解速度を調節することができる。薬物放出の速度および量も、有効な投薬量に合うように制御することができる。ゲル組成物は、より信頼性の高い、安定な、かつ持続可能な治療を可能にする。
【0021】
当然のことながら、上記の一般的な記載および以下の詳細な説明は両方とも例示であり、特許請求されるとおりの本発明をさらに説明することを意図するものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
添付の図面を参照しながら、実施形態についての以下の詳細な説明を読むことで、本発明をより深く理解することができ、図面は以下のとおりである。
【
図1】本開示の実施形態に係るゲル組成物を示す横断面図である。
【
図2A】本開示の実施形態に係るゲル組成物からの薬物放出を示す模式図である。
【
図2B】本開示の実施形態に係るゲル組成物からの薬物放出を示す模式図である。
【
図2C】本開示の実施形態に係るゲル組成物からの薬物放出を示す模式図である。
【
図3】本開示の実施形態に係るゲル組成物を製造する方法を記載するフローチャートである。
【
図4】本開示の例示試料に係るゲル組成物の時間に対する重量パーセンテージを示すグラフである。
【
図5】本開示の例示試料に係るゲル組成物の時間に対するインシュリン放出量を示すグラフである。
【
図6】本開示の例示試料に係る時間に対する糖尿病罹患マウスの血糖レベルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
ここから、本発明の実施形態について詳細に説明し、その例を添付の図面で図示する。可能な限りにおいて、同一または同様な部分を示すのに、同一の参照番号を各図面および説明で使用する。
【0024】
図1を参照して頂きたい。この図は、本開示の実施形態に係るゲル組成物100の横断面図を示す。ゲル組成物100は、複数のキトサン球110、アルカリ性キトサン安定化剤120、キトサン分解酵素130、および薬物140を含む。キトサン球110は、キトサン(図示せず)の自己集合で形成される。アルカリ性キトサン安定化剤120は、キトサン球を接続してゲル本体102を形成する。キトサン分解酵素130は、ゲル本体102に分散していて、20〜40℃の温度でゲル組成物100を分解する。薬物140は、ゲル本体102に分配されている。
【0025】
一実施形態において、ゲル組成物のpH値は、5〜9である。このpH範囲は、身体に対するどのような悪影響も回避するために、身体におけるpH範囲を模倣している。
【0026】
別の実施形態において、キトサンは、両親媒性キトサンである。両親媒性キトサンは、親水性末端および疎水性末端を同時に有する。キトサンは、親水性または疎水性の構造性質により、自己集合してキトサン球になるだろう。
【0027】
アルカリ性キトサン安定化剤120は、キトサン球110の構造を安定化するために用いられる。アルカリ性キトサン安定化剤120は、電気陰性のもので、正電荷を帯びたキトサン球110の相互接続をもたらしてゲル本体102を形成する。一実施形態において、アルカリ性キトサン安定化剤は、ゲニピン、β−グリセロリン酸ナトリウム、NaHCO
3、またはそれらの組み合わせが可能である。
【0028】
温度は、キトサン分解酵素130の活性および反応速度に影響を及ぼす可能性がある。標準条件下かつ適正温度内では、温度の上昇とともに酵素活性が高まる。反応速度も温度が上がるにつれて上昇する。温度が活性温度を超えると、酵素活性は一気に低下する。温度が活性温度より低いと、酵素はその触媒機能を発揮せず、ただ不活性なままである。したがって、温度が再び上昇すれば、酵素活性はまた徐々に回復する。キトサン分解酵素130の活性温度は、20〜40℃の範囲である。この温度範囲では、キトサン分解酵素130はキトサンを分解することができる。したがって、キトサン分解酵素130がキトサン球110を分解して断片にするのを防ぐために、ゲル組成物100は、身体に注入されるとき以外、低温下(約4〜10℃)に貯蔵されなければならない。ゲル本体102の完全性は、キトサン球110が断片化することで崩壊する。このようにして、ゲル組成物100も分解し、薬物140が放出されることになる。したがって、キトサン分解酵素130の濃度を調整することにより、キトサン球110の分解速度も調節することができる。すなわち、薬物140が放出される量および期間を操作することができる。
【0029】
一実施形態において、キトサン分解酵素は、リゾチーム、セルラーゼ、キチナーゼ、またはそれらの組み合わせが可能である。
【0030】
薬物140は、その寸法に従って、キトサン球110の内部または間に分散することができる。薬物140の大きさが大きい場合、薬物140は、キトサン球110の間に分散する。薬物140の大きさが小さい場合、薬物140は、キトサン球110の内部に分配される。ゲル組成物100は、複数の薬物を含有することができ、それらの薬物は、キトサン球110の内部および間に分配されていることが可能である。
【0031】
ゲル組成物100を用いて糖尿病を治療する場合、薬物140は、インシュリンおよび/または他の糖尿病関連薬が可能である。他の関連薬として、インシュリン感受性改善薬およびスルホニル尿素が挙げられるが、これらに限定されない。インシュリン感受性改善薬は、例えば、チアゾリジンジオン(TZD)が可能である。
【0032】
ゲル組成物は、ゲル組成物のpH値を調整するための希釈剤を含むことができる。ゲル組成物のpH値は、5〜9の範囲内にあるべきである。一実施形態において、希釈剤は、水、または水と油性溶媒の混合物が可能である。実施形態に従って、油性溶媒は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エタノール、グリコール、およびグリセロールからなる群より選択される1種であるが、これらに限定されない。
【0033】
図2A〜2Cを参照して頂きたい。これらの図は、本開示の実施形態に係るゲル組成物からの薬物放出を示す模式図である。
【0034】
図2Aを参照して頂きたい。この図は、ゲル組成物200が身体に注入される前の模式図を示す。ゲル組成物200は、複数のキトサン球210、アルカリ性キトサン安定化剤220、キトサン分解酵素230、および薬物240を含む。キトサン球210は、キトサンの自己集合により形成される。アルカリ性キトサン安定化剤220は、キトサン球を接続してゲル本体202を形成する。キトサン分解酵素230は、ゲル本体202に分散していて、20〜40℃の温度でゲル組成物200を分解する。薬物240は、ゲル本体202に分配されている。ゲル組成物200の温度は、キトサン分解酵素230がその触媒機能を発揮せず、ゲル組成物200が分解されないように、キトサン分解酵素230の活性温度より低く制御されている。
【0035】
図2Bを参照して頂きたい。この図は、身体に注入された後のゲル組成物200を示す。この段階では、体温のため、ゲル組成物200の温度がキトサン分解酵素230の活性温度範囲に到達する。続いて、キトサン分解酵素230は不活性状態から復活して、キトサン球210を分解する。
【0036】
図2Cを参照して頂きたい。この図は、ゲル組成物200の分解を示す。キトサン分解酵素230は、キトサン球210を分解して、キトサン断片214の塊にする。キトサン球210はその完全性を失って、キトサン断片214になり、ゲル本体202の構造は崩壊する。こうして、ゲル組成物200が崩壊することで、薬物240は放出され、治療の目的部位に送られる。
【0037】
本開示のゲル組成物は、薬物を運搬するのに用いることができる。キトサン分解酵素を加えることにより、薬物を、安定かつ連続した様式で放出することができる。また、ゲル組成物中のキトサン分解酵素および薬物の濃度を調整することにより、薬物放出の量および期間を調節することができる。
【0038】
ゲル組成物の製造方法
図3を参照して頂きたい。この図は、ゲル組成物を製造する方法のフローチャートを示す。最初に、キトサン溶液310を調製しなければならない。次に、4〜10℃で、キトサン溶液310に薬物を加えて、第一の溶液320を形成する。次いで、第一の溶液に、アルカリ性キトサン安定化剤およびキトサン分解酵素を加えて混合する。固化させると、ゲル組成物330が形成される。
【0039】
工程310では、キトサン溶液が調製され、この溶液は、キトサンを溶媒中に含む。キトサンは自己集合して、溶媒に分散した複数のキトサン球になる。キトサン濃度は、1〜10%(w/v)であり、溶媒は、水、または水とエタノールの混合物が可能である。
【0040】
重量/体積パーセンテージ(w/v)は、溶液100mlにおける溶質のグラム重量を示す。例えば、溶質1gが溶液100mlに含まれている場合、濃度は1%(w/v)である。
【0041】
一実施形態において、キトサンは両親媒性キトサンである。より詳細には、キトサンは、親水性および疎水性を同時に有する。キトサン溶液を調製すると、キトサンは親水性または疎水性により自己集合してキトサン球を形成する。
【0042】
一実施形態において、薬物は、インシュリン、インシュリン感受性改善薬、スルホニル尿素、またはそれらの組み合わせである。ゲル組成物における薬物の濃度は、0.1〜10mg/mLの範囲内である。
【0043】
一実施形態において、工程320は、キトサン溶液に希釈剤を加えて第一の溶液を形成する工程をさらに含み、第一の溶液のpH値は、希釈剤を加えることで5〜9に調整することができる。これは、身体におけるpH値と同様な条件を模倣することである。希釈剤は、水、または水と油性溶媒の混合物が可能である。混合物における油性溶媒の濃度は、1〜20%の範囲内である。油性溶媒として、ジメチルスルホキシド、エタノール、グリコール、およびグリセロールが挙げられるが、これらに限定されない。
【0044】
負電荷を帯びたアルカリ性キトサン安定化剤は、正電荷を帯びたキトサン球間の接続を促進して安定なゲル構造を形成させる。したがって、工程330では、第一の溶液にアルカリ性キトサン安定化剤を加えて混合した後、アルカリ性キトサン安定化剤がキトサン球を接続する。放置すると、溶液は固化し、キトサン分解酵素および薬物は、ゲル本体中で一緒にゲル組成物を形成する。ゲル組成物におけるアルカリ性キトサン安定化剤の濃度は、0.1〜10%(w/v)の範囲であり、キトサン分解酵素は、20〜40℃の温度でゲル組成物を分解する。
【0045】
キトサン分解酵素の濃度は、薬物放出の必要とされる量および期間に従って調整することができる。濃度が高いほど、ゲル組成物の分解速度は速くなる。この場合、薬物放出の量は、より短期間でより大量になる。一実施形態において、ゲル組成物におけるキトサン分解酵素の濃度は、0.1〜500μg/mLの範囲である。
【0046】
本開示のゲル組成物は、注射用の、長期持続性、酵素誘導型の、薬物放出ゲル組成物である。ゲル組成物にキトサン分解および薬物を加えることで、ゲル組成物の分解速度により薬物放出を制御することが可能である。そのうえさらに、キトサン分解酵素および薬物の濃度を別個に調整することにより、薬物放出の量および期間を微調整することが可能である。
【0047】
多数の例を本明細書中に提示して本開示のゲル組成物を詳細に説明するが、しかしながら、これらの例は、例示のみを目的とし、本開示はそれらに限定されない。
【実施例】
【0048】
実施例1
実施例1は、キトサンを2種の異なる濃度、すなわち2.4%(w/v)および3%(w/v)で用いた。キトサン分解酵素を2種の異なる濃度、それぞれ10および100μg/mLで加えて、異なるゲル組成物を形成した。異なるゲル組成物間の重量比較のために、どのようなキトサン分解酵素も含まない対照試料を用いた。この実験では、アルカリ性キトサン安定化剤はβ−グリセロリン酸ナトリウムであり、キトサン分解酵素はリゾチームであった。なお、ゲル組成物はいったん体内に注入されると、体液の流れのため、分解されたキトサン断片は注射部位から持ち去られることになる。したがって、この実験では体内の条件を模倣し、ゲル組成物を体液に近い緩衝液に入れた。緩衝液は、定期的に新しくして、キトサン断片をそこから取り出した。そして、ゲル組成物の重量変化を記録した。
【0049】
図4を参照して頂きたい。この図は、時間に対するゲル組成物の重量パーセンテージのグラフを示す。ゲル組成物が加えられていない0日目の重量が100%であり、残存重量パーセンテージは0日目に対するものであった。410、420、430、440、および450の各線は、それぞれ、リゾチームなしおよび3%キトサン、10μg/mLリゾチームおよび3%キトサン、リゾチームなしおよび2.4%キトサン、10μg/mLリゾチームおよび2.4%キトサン、ならびに100μg/mLリゾチームおよび2.4%キトサンを含むゲル組成物を表す。時間経過に沿った重量変化を
図4に示す。キトサン濃度が高いゲル組成物ほど分解速度が遅かった。14日目には、線410と線430の差は、顕著になり、その差は20%を超えていた。その上、2.4%および3%ゲル組成物において、リゾチーム濃度が高くなるほど分解速度が速くなることが観測された。2週間後、線450は、その重量の約70%を失った。結果として、ゲル本体および酵素の濃度を調整することにより、ゲル組成物の分解時間を制御することができる。濃度に関する配合は、ゲル組成物の持続時間および分解速度を制御することができるように、要求に従って調整することができる。
【0050】
実施例2
実施例2は、ゲル組成物においてキトサン溶液およびキトサン分解酵素を異なる濃度で用いた。累積薬物放出量を測定した。この実験では、アルカリ性キトサン安定化剤はβ−グリセロリン酸ナトリウムであり、キトサン分解酵素はリゾチームであり、薬物は、濃度5mg/mLのインシュリンであった。
【0051】
図5を参照して頂きたい。この図は、時間に対するゲル組成物からのインシュリン累積放出量を示す。510、520、530、540の各線は、それぞれ、リゾチームなしおよび2.4%キトサン、10μg/mLリゾチームおよび2.4%キトサン、100μg/mLリゾチームおよび2.4%キトサン、ならびに10μg/mLリゾチームおよび3%、を含むゲル組成物を表す。
図5によれば、リゾチーム濃度が高くなるほど、インシュリンの放出量もまた大幅に増加したことがわかる。リゾチームを含まないゲル組成物(線510)と比較して、10μg/mLリゾチームを含むゲル組成物(線520)は、約2倍のインシュリン放出量があった。リゾチーム濃度が100μg/mLまで上がると(線530)、インシュリンの放出量は5倍に増加した。したがって、体内へのインシュリンの放出量は、血糖レベルを制御するようにそれぞれの要求に従って調整することができる。
【0052】
実施例3
実施例3は、糖尿病罹患マウスでin vivoで行われた。この実験では、ゲル組成物の有効性を調べた。この実験では、アルカリ性キトサン安定化剤はβ−グリセロリン酸ナトリウムであり、キトサン分解酵素はリゾチームであり、薬物は、濃度5mg/mLのインシュリンであった。
【0053】
図6を参照して頂きたい。この図は、時間に対するマウスの血糖レベルを示す。線610および線620はそれぞれ、ゲル組成物を注射しない対照群およびゲル組成物を注射した例を表す。血糖レベルの変化は、時間経過に沿って見ることができる。この実験のゲル組成物は、10μg/mLのリゾチームおよび2.4%のキトサンを含んでいた。正常な血糖レベルは、200mg/dl未満に制御されていなければならない。
図6において、ゲル組成物を注射しないマウス(線610)は、血糖レベルが常時400mg/dlより高く、この値は正常な血糖レベルをはるかに超えていた。一方で、10μg/mLのリゾチームおよび2.4%のキトサンを含むゲル組成物を注射したマウス(線620)は、血糖レベルがある時間にわたって200mg/dlより低く、これは正常範囲内であった。効力は10日間続いた。したがって、本開示のゲル組成物は、安定かつ継続的な様式でインシュリンを放出することができる。ゲル組成物は、長期間、血糖レベルを制御する助けとなる。1回の注射は10日間持続することが可能であるので、薬物投与の精神的(metal)および肉体的負担は大きく減少する。
【0054】
本開示のゲル組成物は、生体適合性が高いことから、その注射後に免疫応答を誘導する可能性は低い。
【0055】
本開示のゲル組成物は、注射用の、長期持続性、酵素誘導型の、薬物放出ゲル組成物である。ゲル組成物にキトサン分解酵素を加えることで、キトサン球が分解されて断片になり、薬物がそこから放出されることになる。他の研究から、ゲルが体内で酵素により分解され得ることも示唆されるものの、酵素濃度および分解速度を上手く制御することはできない。本開示のゲル組成物は、ゲル分解および薬物放出が、その速度、量、および期間について制御され得るように、キトサン分解酵素を含有する。治療に必要とされる投薬量は、容易に達成することが可能であり、効力は、安定した傾向で長期間続く。また、一実施形態において、ゲル組成物は、2週間に1回の注射が可能であり、そのため注射回数を減らすことができる。ゲル組成物から安定した放出があることにより、体内での薬物濃度および残存貯蔵量を正確に計ることができる。この条件下では、血糖レベルはより良好に調節される。要するに、本開示のゲル組成物は、注射回数を減らして患者に高い質の生活を提供する。
【0056】
本発明を、その特定の実施形態に関してかなり詳細に説明してきたものの、他の実施形態も可能である。したがって、添付の請求項の精神および範囲は、本明細書中に含まれる実施形態の記載に制限されないはずである。
【0057】
当業者には明らかであるだろうが、本発明の範囲または精神から逸脱することなく、様々な修飾および改変を本発明の構造に行うことができる。上記に照らして、本発明は、本発明の修飾および改変が以下の請求項の範囲内にあるかぎり、それらを包含するものとする。