(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記劣化促進処理が、ポリオレフィン材に対して、キセノンランプを光源とする光照射及び水噴霧を行なう処理である請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の寿命推定方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、例えばプロピレン材を用いた配管に温水を流通するような使用態様の場合に、配管の劣化がどのように進行してどの程度の寿命が期待できるのかについては、詳細な知見を得るのに適した技術が確立されるに至っていないのが実情である。
【0007】
例えばプラスチック材を用いて成形された温水輸送用配管(以下、温水輸送用プラスチック管という。)は、屋内だけでなく屋外での使用も検討されはじめている。温水輸送用プラスチック管は、比較的高温の流体を輸送するため、常温での使用と比較して経時に伴う物性や分子構造の変化が大きく、さらに屋外で使用されることでこれらがより大きく変化するおそれがある。そのため、屋外で使用される温水輸送用プラスチック管は、期待される性能を発揮し得なくなるまでの時間、つまり製品寿命が短くなることが想定される。
【0008】
プラスチック材の長期耐久性の評価は、使用している部材自体の継続使用の可否を判断するために短期間で行なわなければならない場合がある。一般に、部材の使用可否を短期間で判断するには、劣化促進試験を行なう必要がある。このような促進試験を行なう場合、評価対象となる部材の使用環境や材料の種類によって劣化のメカニズムが異なるため、実使用環境において生じる物性や分子構造の変化を、予定している劣化促進試験により加速可能かどうか、加速可能である場合にその促進率はどの程度か、等を材料毎にあらかじめ把握しておく必要がある。
【0009】
近年、屋外での使用が検討されている温水用プラスチック管として、ポリオレフィン系プラスチックの一種であるポリプロピレン(以下、PPと略記することがある。)製の管を使用した太陽熱集熱パネルがある。このパネルは、建物の屋上等に設置されることで、太陽熱をパネル内を循環する水に伝達して温水とし、これを給湯や暖房の余熱等の用途に利用するものである。
ポリオレフィン系プラスチックは、一般的に紫外線や熱により生成したラジカルによって連鎖的に酸化反応が進行することが知られている。PPの場合、水素が引き抜かれやすい三級炭素を有していることによってラジカルを生成しやすく、ポリオレフィン系プラスチックの中でも特に劣化が早く進行する。そのため、PPを屋外で使用する場合には、耐熱性や耐侯性を向上させることを目的として、酸化防止剤や紫外線吸収剤等の添加剤が多く配合される。しかしながら、これらの添加剤は、経時にともなって消費されるだけでなく、流通する水と接触して水中に流出するため、長期間の使用によって耐久性が著しく低下することが懸念される。特に温水管の場合、管内を流通する輸送媒体の温度が比較的高いことから、媒体が常温である場合と比較し、添加剤の減少速度が大きくなると推察される。そのため、添加剤の減少挙動を把握しておくことは重要なことである。
【0010】
PP材の長期耐久性の評価としては、耐侯性の評価を目的として、紫外線を照射して引張強度の経時変化挙動や酸化劣化の進行状況を検討した報告はみられるものの、温水の影響について評価している例はみられない。また、温水環境での長期耐久性の評価を目的として、架橋ポリエチレン材の引張強度の経時変化挙動、酸化劣化の進行状況や添加剤の残存量について検討した報告はあるものの、酸化劣化しやすいPP材を対象として行なわれた検討はみられない。そのため、屋外使用を想定した温水用PP管の長期耐久性の評価に適用可能な劣化促進試験の方法やその促進率については、明らかにされていない。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、接水環境(例えば温水(例えば60℃〜80℃)に接触する環境)で使用されるポリオレフィン材の寿命又は残存寿命を簡便に推定するポリオレフィン材の寿命推定方法、及び簡便に寿命評価が行なえて所望の品質を安定的に有するポリオレフィン管が得られるポリオレフィン管の製造方法を提供することを目的とし、該目的を達成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、温水用PP管等の長期耐久性を評価するための手法の確立を目指し、実際に使用した部材の物性や分子構造の分析結果と未使用の部材の分析結果とを対比して部材の劣化メカニズムを明らかにし、劣化の開始を評価するための寿命評価指標を選定して、劣化の促進率を求めることで、寿命の推定が可能になるとの知見を得た。本発明は、該知見に基づいて達成されたものである。
【0013】
上記の課題を解決するための具体的な手段は、以下の通りである。
<1> 酸化防止剤を含むポリオレフィン材の寿命推定方法であって、
使用部材を形成するポリオレフィン材の酸化開始温度を測定し、得られた測定値を、未使用部材を形成するポリオレフィン材に対して行なわれた劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係に当てはめて、対応する処理日数を求める工程と、
前記使用部材の使用日数(使用期間)を、前記対応する処理日数で除することにより、前記劣化促進処理による劣化促進率を算出する工程と、
前記劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係、及び、前記劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係に基づいて作成された、ポリオレフィン材の酸化開始温度とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係線上の任意の点をポリオレフィン材の寿命の指標として定め、前記任意の点に対応する処理日数に、前記劣化促進率を乗じて、ポリオレフィン材の寿命を算出する工程と、
を含むポリオレフィン材の寿命推定方法である。
【0014】
<2> 前記任意の点が、前記関係線上の屈曲点である前記<1>に記載の寿命推定方法である。
【0015】
<3> 前記ポリオレフィン材が、ポリプロピレン材である前記<1>又は前記<2>に記載の寿命推定方法である。
【0016】
<4> 前記使用部材及び前記未使用部材が、内部を加熱水(例えば60℃〜80℃の温水)が流通する水流通用配管である前記<1>〜前記<3>のいずれか1つに記載の寿命推定方法である。
【0017】
<5> 前記酸化開始温度が、示差走査熱量測定により測定される前記<1>〜前記<4>のいずれか1つに記載の寿命推定方法である。
【0018】
<6> 前記劣化促進処理が、ポリオレフィン材に対して、キセノンランプを光源とする光照射、及び水噴霧を行なう処理である前記<1>〜前記<5>のいずれか1つに記載の寿命推定方法。
【0019】
<7> 前記<1>〜前記<6>のいずれか1つに記載の寿命推定方法により推定した寿命が所定の基準値以上であるポリオレフィン材を選定する工程と、選定した前記ポリオレフィン材を用いてポリオレフィン管を製造する工程と、を含むポリオレフィン管の製造方法である。
【0020】
本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書において、組成物中の各成分の量について言及する場合、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する複数の物質の合計量を意味する。
【0021】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても、その工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、接水環境(例えば温水(例えば60℃〜80℃)に接触する環境)で使用されるポリオレフィン材の寿命又は残存寿命を簡便に推定するポリオレフィン材の寿命推定方法が提供される。また、
本発明によれば、簡便に寿命評価が行なえて所望の品質を安定的に有するポリオレフィン管が得られるポリオレフィン管の製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明のポリオレフィン材の寿命推定方法及びポリオレフィン管の製造方法について詳細に説明する。
【0025】
<ポリオレフィン材の寿命推定方法>
本発明のポリオレフィン材の寿命推定方法(以下、適宜「寿命推定方法」という。)は、酸化防止剤を含むポリオレフィン材の寿命を推定するための寿命推定方法である。具体的には、本発明の寿命推定方法は、少なくとも下記の工程(A)〜工程(C)を含んで構成されている。
工程(A): 使用部材を形成するポリオレフィン材の酸化開始温度を測定し、得られた測定値を、未使用部材を形成するポリオレフィン材に対して行なわれた劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係に当てはめて、対応する処理日数を求める工程
工程(B): 前記使用部材の使用日数(使用期間)を、前記「対応する処理日数」で除することにより、前記劣化促進処理による劣化促進率を算出する工程
工程(C): 前記劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係、及び、前記劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係に基づいて作成された、ポリオレフィン材の酸化開始温度とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係線上の任意の点をポリオレフィン材の寿命の指標として定め、前記任意の点に対応する処理日数に、前記劣化促進率を乗じて、ポリオレフィン材の寿命を算出する工程
【0026】
従来から、ポリエチレン等のポリオレフィン材の引張強度の経時変化や酸化劣化の進行状況、酸化防止剤等の添加剤の残存割合などの観点から、ポリオレフィンの長期耐久性を評価することは試みられている。しかしながら、ポリオレフィン材が使用される諸環境下で進行する劣化の度合いは様々であり、使用環境に応じたポリオレフィン材の耐用年数(いわゆる寿命)や、使用されているポリオレフィン材の残存寿命を推定する簡便な方法は提案されるに至っていない。
本発明においては、酸化劣化を受けやすいために一般に酸化防止剤が含有されたポリプロピレン等のポリオレフィン材を用いた部材の使用にあたり、未使用部材の理論上の処理日数に基づき算出される使用部材の劣化促進率と、ポリオレフィン材の酸化開始温度とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との間の関係を示す関係線上の任意の点(寿命の指標)と、を関連付けることで、ポリオレフィン材の寿命ないし残存寿命の推定を行なうというものである。特に関係線上の屈曲点の処理日数を求めることで、ポリオレフィン材の寿命ないし残存寿命(例えば耐用年数)が具体的に推定される。
【0027】
以下、本発明を構成する各工程について詳述する。
−工程(A)−
本発明における工程(A)は、使用部材を形成するポリオレフィン材の酸化開始温度を測定し、得られた測定値を、未使用部材を形成するポリオレフィン材に対して行なわれた劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係に当てはめて、対応する処理日数を求める。
【0028】
本発明において、「使用部材」とは、実際に屋外で使用されている又は使用された部材(例えば屋外で太陽光に曝されかつ内部に温水が流通している又は流通された温水流通管などの水流通用配管)のことである。
また、「未使用部材」とは、実使用に供される前の新品の部材(例えば上記のような温水流通管などの水流通用配管)のことである。
【0029】
酸化開始温度(℃)とは、ポリオレフィン材の酸化が進行し始める温度のことであり、示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimeter、STAReシステム DSC−30、メトラー・トレド社製)を用いて、酸素環境下、昇温速度10℃/minの条件下で求められる値である。DSCにおいては、試料片を所定速度で昇温させたときに酸化によって現れる発熱ピークの、熱量上昇の開始点を示す温度として捉えることができる。
【0030】
本工程では、まず初めに、使用部材から求められる酸化開始温度をもとに理論上の処理日数を求めるため、未使用部材を構成しているポリオレフィン材に対して劣化促進処理を行なった際の、処理日数と各ポリオレフィン材の酸化開始温度との関係を求める。
【0031】
具体的には、下記のようにして行なうことができる。
まず初めに、未使用のポリオレフィン材に対して劣化促進処理を実施する。実施する期間は、劣化傾向が現れる所望の期間を任意に設定すればよい。
次に、劣化促進処理に供したサンプルについて、所定の期間毎に示差走査熱量計(DSC)を用い、酸化開始温度を測定する。得られた測定値を用い、処理日数と酸化開始温度との関係を求める。具体的には、一方の軸(例えば横軸)を処理日数とし、他方の軸(例えば縦軸)を酸化開始温度とした関係線(例えば
図4に示すグラフ)を作成する。
【0032】
劣化促進処理は、例えば下記の方法で行なってもよい。
(1)キセノン光照射及び水噴霧による方法(水噴霧キセノン)
未使用のポリオレフィン材に対して、キセノンランプ(例えばパネル温度50℃〜95℃)により、所望の積算光量となるように照射時間、照射強度(例えば60W/m
2〜180W/m
2(波長300nm〜400nm))を設定してキセノン光を照射すると共に、照射時間の一部ないし全部において水を噴射する操作(処理1)を、所望の期間繰り返す。
この場合、照射装置として、スガ試験機社製のキセノンウェザーメーターなどを使用することができる。また、照射は例えば下記の条件で行なってもよい。
<条件例>
・パネル温度:63±3℃
・照射時間:試験期間中終始
・水噴霧時間:照射時間120分毎に18分間
水の噴射は、例えば孔を有するノズルやインジェクタ等の液体噴出器を用いて、シャワー状又は霧状などにして水を噴出することで行なえる。
(2)光熱水サイクルによる方法
上記した処理1を2日間、80℃の恒温槽内に保持する熱処理を3日間、及び温水(60℃)中に浸漬する処理を2日間からなる一連の処理を1サイクルとし、このサイクルを所望の回数繰り返す。
【0033】
ここで、一例として、下記の使用部材A,B、並びに使用部材A,Bと同じ未使用のポリプロピレン(PP)管(未使用部材)に対して上記(1)及び(2)の条件で28日間の処理を行なった劣化促進材について赤外分光分析を行ない、得られたIRスペクトルを
図1に示す。
なお、赤外分光分析は、反射型赤外分光分析装置(FT−IR;Fourier Transform Infrared Spectroscopy)(Varian670/610-IR/Agilent,Technologies社製)を用い、被測定品の表面を測定することにより行なったものである。
・使用部材A:屋外に443日間設置し内部に約60℃の温水を流通させたPP管
・使用部材B:屋外に734日間設置し内部に約60℃の温水を流通させたPP管
なお、使用部材A,Bは、後述する実施例で使用した「使用品A,B」と同一のポリプロピレン(PP)管である。
【0034】
図1に示すように、使用部材及び劣化促進材の全てのIRスペクトルにおいて、ポリプロピレン材の酸化劣化の進行を示すカルボニル基由来と考えられる吸収(波数1730cm
−1での吸収)がみられる。つまり、上記(1)及び(2)の条件で処理した劣化促進材は、いずれも使用部材A,Bとほぼ同様の劣化が再現されていると考えられる。
このように、酸化劣化の進行を示すカルボニル基由来の吸収ピーク(波数1730cm
−1の吸収ピーク)が現れるような劣化促進処理を行なうことによって、より好適に寿命の推定を行なうことが可能である。波数1730cm
−1における吸収は、例えばポリプロピレン材の劣化において顕著に現れる分子構造の変化を表しており、例えばポリプロピレン材を用いた部材の寿命推定のために劣化促進処理を行なう際の劣化の指標として好適である。
【0035】
次に、使用部材の酸化開始温度を、上記同様の方法にて測定する。測定された酸化開始温度を、上記のようにして未使用部材の劣化促進処理から得られた関係線(劣化促進処理の処理日数と酸化開始温度との関係)に当てはめる。これにより、使用部材の酸化開始温度に相当する理論上の処理日数(使用部材の酸化開始温度に対応する処理日数)が求められる。
【0036】
−工程(B)−
本発明における工程(B)は、使用部材の使用日数を、前記工程(A)で求めた「対応する処理日数」で除することで、劣化促進処理による劣化促進率を算出する。
【0037】
本工程では、使用部材の酸化開始温度に相当する理論上の処理日数で、実際に使用部材が使用された期間(実使用日数)を除算し、劣化促進処理による劣化促進率が求められる。
劣化促進率=(実使用日数)/(使用部材の酸化開始温度に相当する処理日数)
【0038】
−工程(C)−
本発明における工程(C)は、ポリオレフィン材の酸化開始温度とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係線上の任意の点をポリオレフィン材の寿命の指標として定め、前記任意の点に対応する処理日数に、工程(B)で算出した劣化促進率を乗じて、ポリオレフィン材の寿命を算出する。
【0039】
寿命の指標を定める任意の点を選択するための関係線は、前記工程(A)で作成された「劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係」と、後述する「劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係」と、に基づいて作成されるものである。
【0040】
本発明では、前記工程(B)を経た後、劣化促進処理に供したサンプルを冷凍粉砕し、粉砕物を所定量採ってクロロホルム抽出し、得られたクロロホルム抽出液をガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS:Gas Chromatography/Mass Spectrometry)及び高速液体クロマトグラフ(HPLC:High Performance Liquid Chromatography)により、サンプルに含まれる酸化防止剤を定量し、この定量値からサンプル中の酸化防止剤の残存率を算出する。
そして、得られた残存率を用い、酸化防止剤の残存率と劣化促進処理の処理日数との関係を求める。具体的には、一方の軸(例えば横軸)を処理日数とし、他方の軸(例えば縦軸)を酸化防止剤の残存率とした関係線(例えば
図2に示すグラフ)を作成する。
【0041】
そして既述のように、「劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材の酸化開始温度との関係」と、「劣化促進処理における処理日数とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係」と、に基づいて、ポリオレフィン材の酸化開始温度とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係を求める。具体的には、一方の軸(例えば横軸)を酸化防止剤の残存率とし、他方の軸(例えば縦軸)を酸化開始温度とした関係線(例えば
図5に示すグラフ)を作成する。
【0042】
ここで作成される関係線は、酸化防止剤の減少に伴なって酸化開始温度も低下し、酸化防止剤がある量まで減少したときに酸化開始温度が急激に変化する挙動を示す。具体的には例えば、酸化防止剤の減少に伴なって傾きAにて直線的に酸化開始温度が低下し、酸化防止剤がある量に達するとより大きい傾きB(B>A)にて直線的に酸化開始温度が低下する関係線が現れる。すなわち、この関係線は、酸化開始温度が急激に低下する時点、すなわち劣化が急激に進行開始する時点(例えば
図5の屈曲点(処理日数:52日))を基点に2つの関係線(例えば
図5の線(1)及び線(2))が交わるような、屈曲点を有する屈曲した線で表される。
この屈曲点は、ポリオレフィン材の分子構造が大きく変化するために発現するものと考えられ、この屈曲点をポリオレフィン材の寿命を示す点として捉えることができる。
【0043】
また、ポリオレフィン材の酸化開始温度とポリオレフィン材に含まれる酸化防止剤の残存率との関係線上に存在する任意の点(屈曲点を含む)は、いずれもポリオレフィン材の寿命を定めるための指標として用いることができる。特に屈曲点は、ポリオレフィン材の破損や崩壊等の危険回避を想定した寿命を示す点となるが、例えば屈曲点より酸化防止剤の残存率が高い、すなわち処理日数が短い点(例えば
図5中の線(1)上のプロット又は不図示の点)は、屈曲点に比べ劣化が小さい状態のため、安全サイドの寿命を示す点として捉えることが可能である。
【0044】
そして、関係線上の任意の点(屈曲点を含む)をポリオレフィン材の寿命の指標として定め、例えば
図5中の線(1)上の任意の点に対応する処理日数に、前記工程(B)で算出した劣化促進率を乗じることで、ポリオレフィン材の寿命が算出される。任意の点に対応する処理日数は、
図2又は
図4から求められる。
(任意の点に対応する処理日数)×(劣化促進率)=ポリオレフィン材の寿命
【0045】
本発明におけるポリオレフィンとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブタジエン等を例示することができる。これらの中でも、酸化劣化しやすく寿命推定を行なう利点が大きいという点で、ポリプロピレンが好ましい。
ポリプロピレンとしては、プロピレンホモ重合体、プロピレン−α−オレフィンランダム共重合体、プロピレン−α−オレフィンブロック共重合体等が挙げられる。
【0046】
<ポリオレフィン管の製造方法>
本発明のポリオレフィン管の製造方法は、上述した本発明の寿命推定方法により推定した寿命が所定の基準値以上であるポリオレフィン材を選定する工程(以下、「ポリオレフィン材選定工程」という。)と、選定したポリオレフィン材を用いてポリオレフィン管を製造する工程(以下、「ポリオレフィン管製造工程」という。)と、を設けて構成されている。
【0047】
−ポリオレフィン材選定工程−
ポリオレフィン材選定工程では、所望とする環境条件下で使用されるポリオレフィン材に対して既述の本発明の寿命推定方法により推定し、推定された寿命が所定の基準値以上であるポリオレフィン材を選定する。これにより、ポリオレフィン管を製造するにあたって原材料に求められる特性を確保することができる。
【0048】
本工程では、管製造に供する原材料であるポリオレフィン材自体又はこれより製造されたポリオレフィン管の寿命を推定し、推定された寿命が、所定の基準値(例えば寿命20年)以上の値であるか否かに基づいて、ポリオレフィン材を選定する。ここで、推定された寿命が基準値未満であるときには、そのポリオレフィン材が排除されることで、後述のポリオレフィン管製造工程で使用可能なポリオレフィン材が選定される。
【0049】
本工程は、原料として使用するポリオレフィン材の全てに対して行なってもよいし、原料として使用するポリオレフィン材を所定のタイミングで任意に採取し、任意に選ばれたポリオレフィン材に対してのみ行なうようにしてもよい。
【0050】
−ポリオレフィン管製造工程−
ポリオレフィン管製造工程では、前記ポリオレフィン材選定工程で選定したポリオレフィン材を用いてポリオレフィン管を製造する。これにより、所望とする寿命を有するポリオレフィン管を安定的に製造することが可能である。
ポリオレフィン管を製造する方法については、特に制限はなく、ポリオレフィン材を用いて管を製造する従来公知の方法を適宜選択することができる。
また、製造されるポリオレフィン管のサイズや管の壁厚などの形状については、特に制限されるものではない。
【0051】
本発明におけるポリオレフィン材及びポリオレフィン管は、例えば、太陽熱集熱パネルなどの屋外に設置される装置に用いられる水流通用配管(例えば、管内部を加熱された水(好ましくは60℃〜80℃の温水)が流通する温水用配管)に好適に使用されるものである。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、下記実施例において、温水用ポリプロピレン管を、単に「ポリプロピレン管」ともいう。
【0053】
(実施例1)
−共試体の準備−
共試体には、未使用部材として、実際に使用されていない新品の温水用ポリプロピレン管(以下、「未使用品」という。)を用意し、また使用部材として、屋外で実際に使用された温水用ポリプロピレン管(以下、「使用品」という。)を用意した。前記使用品としては、未使用品を、屋外に443日間、734日間設置し、温水(約60℃)が流通する温水流通管として使用した2つのポリプロピレン管を用いた。
【0054】
共試体に用いたポリプロピレン管の未使用品及び使用品は、下記表1に示す数平均分子量及び酸化劣化度を有するポリプロピレンを管状に成形したもので、使用品における引張強度は、未使用時点で測定した引張強度をさす。また、一般にポリプロピレン管には、酸化を防ぐために酸化防止剤が含有されており、共試体に含まれる酸化防止剤の一例を下記表2に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
上記において、引張強度、数平均分子量、及び酸化劣化度は、下記方法により求めた。
(1)引張強度
供試体を軸方向長さ2mmとしてリング状に切断し、引張試験機(オートグラフAG−I 5kN/島津製作所製)を用い、引張速度100mm/minにて引張試験を行なった。リング状の共試体を引張った際の伸長方向は、
図7に示すようにリング直径の方向である。
(2)数平均分子量
高温GPC(Gel Permeation Chromatography)(HLC-8121GPC/HT/東ソー製)を用い、供試体の数平均分子量を測定した。高温GPCの測定は、下記表3に示す条件で行なった。
(3)酸化劣化度
反射型赤外分光分析装置(FT−IR)により、波数1720cm
−1もしくは1730cm
−1付近のカルボニル基由来と考えられる吸収と1460cm
−1付近のC−Hによる吸収との強度の比(I
1730/I
1460もしくはI
1720/I
1460)を算出して酸化劣化度とした。
【0058】
−劣化促進サンプルの準備−
未使用のポリプロピレン管の外表面に対して、下記の条件にて管の劣化促進処理を行なった。具体的には、キセノンランプでポリプロピレン管の外表面に光を連続照射すると共に、120分間のうち水を18分間噴霧することによって、外表面を湿潤させる操作を行なった。このような劣化促進処理を100日繰り返し、劣化促進サンプルを作成した。なお、各種分析試料は、光の照射された面から採取して分析を実施した。
<条件>
・使用装置:促進耐候性試験機(スーパーキセノンウェザーメーター SX2D−75(スガ試験機社製)、光源:キセノンアークランプ(120±5W/m
2))
・照射パネル温度:63±2℃
・照射時間:連続照射
・湿潤方法:約20℃の水を噴霧
・湿潤サイクル:湿潤時間(噴霧時間)18分/120分、乾燥時間102分/120分
【0059】
−寿命の推定−
上記で得られた劣化促進サンプルについて、下記の方法により経時での酸化防止剤の変化(残存率)を求めた。
−酸化防止剤の残存率−
冷凍粉砕した劣化促進サンプルをクロロホルム抽出し、得られたクロロホルム抽出液をガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS:Gas Chromatography/Mass Spectrometry)及び高速液体クロマトグラフ(HPLC:High Performance Liquid Chromatography)により分析し、劣化促進サンプルに含まれる酸化防止剤を定量した。得られた定量値から、劣化促進サンプル中における酸化防止剤の残存率を算出した。GC/MS及びHPLCの測定条件を、それぞれ表3及び表4に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
次いで、劣化促進処理を行なった劣化促進サンプルにおける、酸化防止剤の残存率と劣化促進処理の処理日数との関係を
図2に示す。
図2に示すように、処理日数の経過に伴なって、劣化促進サンプル中の酸化防止剤残存量が減少しており、処理日数が50日を超えると残存率の減少は緩やかになった。酸価防止剤の消費により酸化劣化が抑制されていたことが考えられるが、所定の割合の酸化防止剤が消費された後には、劣化の進行を加速させる過酸化物が著しく生成し、結果、数平均分子量が著しく低下することが推察される。数平均分子量の著しい減少は、劣化促進サンプルの分子構造が崩壊したことを意味するものと考えられる。したがって、供試体の寿命評価にあたっては、数平均分子量の減少、つまり酸化劣化の開始を予測できる指標にて評価することが重要である。
【0063】
図3は、数平均分子量(Mn)と酸化防止剤残存率との関係を示している。
図3に示されるように、酸化防止剤が残存している状態でも、劣化促進サンプルの分子量が低下していることが分かる。すなわち、酸化防止剤が完全に消費される前においても、分子鎖切断の進行による分子構造の崩壊が始まる可能性があることを示唆している。そうすると、酸化防止剤残存率を指標とした寿命評価では、危険側の推定結果となる可能性がある。
【0064】
そのため、添加剤として酸化防止剤を含む劣化促進サンプルに対し、酸化開始温度を指標として、劣化促進サンプルの数平均分子量の減少、つまり酸化劣化の開始を予測について検討した。酸化開始温度は、下記の方法により求めた。
【0065】
−酸化開始温度−
冷凍粉砕した劣化促進サンプルから試料片1mgを採取し、示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimeter、STAReシステム DSC−30、メトラー・トレド社製)を用いて、酸素環境である大気環境下、昇温速度10℃/minにて酸化開始温度(℃)を求めた。この酸化開始温度は、所定速度で試料片を昇温させたときに酸化によって現れる発熱ピークの、熱量上昇の開始点を示す温度のことである。
【0066】
図4は、劣化促進サンプルの酸化開始温度の経時変化を示す。
図4に示すように、劣化促進サンプルにおける処理日数の経過に伴ない、酸化開始温度が低下していることが分かる。そして、処理日数が70日経過した後、酸化開始温度は著しく低下した。
【0067】
図2、
図4から得られた、酸化開始温度と酸化防止剤の残存率との関係を
図5に示す。
図5に示すように、酸化開始温度が236℃となる点(屈曲点;処理日数:52日)を境に急激な変化が見られた。したがって、酸化開始温度と酸化防止剤の残存率との関係は、この点で屈曲する2線で近似することができる。すなわち、これは、処理日数が52日を境に、劣化促進サンプルにおける分子構造に大きな変化が生じはじめたことを示唆しており、分子構造の崩壊に至る兆候と推察することができる。
このように、ポリプロピレン管の数平均分子量の著しい低下は、酸化開始温度を指標に捉えることが可能である。
【0068】
次に、2つの使用品A(443日間)及び使用品B(734日間)を用い、上記と同様の方法でそれぞれの酸化開始温度(℃)を測定した。測定結果は、下記の通りである。
使用品Aの酸化開始温度:269℃
使用品Bの酸化開始温度:266℃
【0069】
使用品A,Bの酸化開始温度を、
図4に当てはめて処理日数を求めた。この詳細を
図6に示す。
図6に示すように、使用品A,Bの処理日数は、それぞれ2.5日、3.8日であった。
そして、下記のように、使用品A,Bの各使用日数(443日間、734日間)を、上記で求めた使用品A,Bの処理日数で除することにより劣化促進率を算出した。
使用品Aの劣化促進率=443/2.5=177.2
使用品Bの劣化促進率=734/3.8=193.2
【0070】
次いで、
図5に示すように屈曲点で交差する2線で示される、酸化開始温度と酸化防止剤残存率との関係線において、屈曲点(処理日数:52日)を寿命の指標として定め、この処理日数(52日)に劣化促進率を乗じることによって、使用品A,Bの寿命を算出した。なお、
図5に示すように、使用品A,Bはいずれも、線(1)上に存在していることが確認された。
使用品Aの寿命:(52日×177.2)/365日=25.2年
使用品Bの寿命:(52日×193.2)/365日=27.5年
【0071】
本実施例では、屈曲点(処理日数:52日)を寿命の指標として定め、寿命を推定する場合を示したが、これに限らず、酸化開始温度と酸化防止剤残存率との関係線上の任意の点を選択して寿命の指標として定め、上記と同様にして、安全側の寿命を推定することも可能である。
【0072】
本実施例では、上記のように、使用品A,Bの寿命が25.2年、27.5年と推定され、これが寿命の閾値となる所定の基準値以上であるときには、使用品A,Bを形成しているポリプロピレンは、ポリプロピレン管を製造した場合に所期の寿命が期待される好適な材料として選択することが可能になる。例えば、寿命と判断する基準値(耐用年数)を20年とした場合、使用品A,Bはいずれも基準値を超えていることになり、使用品A,Bを形成しているポリプロピレンは、所期の寿命を発現する材料として選定される。そして、選定されたポリプロピレンを用いてプロピレン管を製造することで、所期の寿命(ここでは20年以上)をそなえたポリプロピレン管が安定的に製造されることになる。
ポリプロピレン管の製造は、従来より公知の方法を適宜選択して行なうことが可能である。