特許第6129752号(P6129752)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6129752鋼製の機械部品を窒化するための溶融塩浴及び実行方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6129752
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】鋼製の機械部品を窒化するための溶融塩浴及び実行方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/50 20060101AFI20170508BHJP
【FI】
   C23C8/50
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-557160(P2013-557160)
(86)(22)【出願日】2012年3月7日
(65)【公表番号】特表2014-510840(P2014-510840A)
(43)【公表日】2014年5月1日
(86)【国際出願番号】FR2012050479
(87)【国際公開番号】WO2012146839
(87)【国際公開日】20121101
【審査請求日】2014年12月18日
(31)【優先権主張番号】1152020
(32)【優先日】2011年3月11日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】513228306
【氏名又は名称】アシュ.エー.エフ
(74)【代理人】
【識別番号】100092093
【弁理士】
【氏名又は名称】辻居 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100082005
【弁理士】
【氏名又は名称】熊倉 禎男
(74)【代理人】
【識別番号】100084663
【弁理士】
【氏名又は名称】箱田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100093300
【弁理士】
【氏名又は名称】浅井 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(72)【発明者】
【氏名】シャバンヌ エルヴ
(72)【発明者】
【氏名】モーラン−ペリエ フィリップ
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭53−144435(JP,A)
【文献】 特開昭51−050241(JP,A)
【文献】 特開昭55−034623(JP,A)
【文献】 特開平06−073524(JP,A)
【文献】 特開2004−027342(JP,A)
【文献】 特開2004−169163(JP,A)
【文献】 特開2000−345317(JP,A)
【文献】 特開2007−332459(JP,A)
【文献】 特開昭62−256957(JP,A)
【文献】 特開昭62−099455(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の機械部品を窒化するための溶融塩浴であって、
25〜50%のアルカリ金属塩化物、
10〜40%のアルカリ金属カーボネート、
20〜40%のアルカリ金属シアネート及び
最大3%のシアン化物イオン
から構成され(含有量は質量で表される)、前記アルカリ金属塩化物が、塩化リチウム、塩化ナトリウム及び/又は塩化カリウムであり、含有量の合計が100%であるとを特徴とする溶融塩浴。
【請求項2】
前記アルカリ金属塩化物含有量が40〜50%である、請求項に記載の溶融塩浴。
【請求項3】
前記アルカリ金属塩化物含有量が少なくとも45%である、請求項に記載の溶融塩浴。
【請求項4】
前記アルカリ金属シアネート含有量が、25〜40%である、請求項1〜のいずれかに記載の溶融塩浴。
【請求項5】
前記アルカリ金属シアネート含有量が25〜30%である、請求項に記載の溶融塩浴。
【請求項6】
前記アルカリ金属カーボネート含有量が20〜30%である、請求項1〜のいずれかに記載の溶融塩浴。
【請求項7】
前記アルカリ金属カーボネート含有量が25〜30%である、請求項に記載の溶融塩浴。
【請求項8】
25〜30%のシアン酸ナトリウム、
25〜30%の炭酸ナトリウム及び炭酸リチウム、
40〜50%の塩化カリウム並びに
最大3%のシアン化物イオン
から構成され、含有量の合計が100%である、請求項に記載の溶融塩浴。
【請求項9】
最大で3%になるシアン化物イオンの生成前に、
28%のシアン酸ナトリウム、
22%の炭酸ナトリウム、
5%の炭酸リチウム、
45%の塩化カリウム
から構成される、請求項に記載の溶融塩浴。
【請求項10】
鉄又は鋼製の機械部品を窒化する方法であって、前記部品を、530〜650℃の温度の請求項1に記載の溶融塩浴に最大で4時間にわたって浸すとを特徴とする方法。
【請求項11】
前記部品を、570〜590℃の温度の浴に最大で2時間にわたって浸す、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼(スチール)製の機械部品の窒化に関する。
【背景技術】
【0002】
機械部品とは機械的機能を確実に果たすように作製された部品のことであり、一般に、これらの部品は高度な硬さ、腐食及び摩耗に対する良好な耐性を有することを意味する。このため、以下を非限定的に例として挙げることができる。
・ウインドスクリーン・ワイパースピンドル
・水圧又は気体シリンダのロッド
・燃焼機関のバルブ
・ジョイントブッシング
【0003】
少なくともその表面近くで摩擦又は腐食に曝されやすいこれらの部品を作製するための鋼の種類は、非合金の鋼からいわゆるステンレス合金、特にはクロム合金又はニッケル合金と幅広い。
【0004】
このような部品の表面を硬化させるために、窒化処理を施すことが知られている(場合によっては浸炭を伴い、この場合は「軟窒化」という用語を用いることが多い)。実際、窒化の概念には、シアン化物含有量が極めて低い浴(典型的には0.5%未満)中での窒化だけの場合と、この閾値より高いシアン化物含有量での軟窒化の場合の両方が含まれる。以下、用語「窒化」を、これら両方のタイプの処理に用いる。
【0005】
この窒化は、気相若しくはプラズマ相から又は液相から行うことができる。
【0006】
液相窒化には、ほんの数時間以内に数ミクロンの厚さにわたって大きく硬化させることができるという利点があるが、約600℃(又はより高い)の温度での、実践時にはシアネート及びカーボネート(実践時、カチオンはアルカリ金属のカチオン、例えばリチウム、ナトリウム、カリウム等である)と共にシアン化物を含有する溶融塩浴の使用を必要とするという大きな欠点を有する。実践時、シアネートは分解されて特にはシアン化物、カーボネート及び窒素になり、窒素は窒化対象の部品内に拡散できるようになる。シアネートが消費されてカーボネート量が増えるため、添加剤を導入してシアン化物及びシアネート含有量を効力が保証される範囲にまで戻すことによって、浴を再生しなくてはならない。以下、浴の含有量を質量パーセントで表す。
【0007】
よく知られているように、シアン化物の使用は作業員にも環境にも危険であるため、何十年にもわたって、溶融塩浴中で鋼製の機械部品を窒化する工程で使用するシアン化物の量を最小限に抑えようとの試みがなされている。
【0008】
このため、1974〜1975年にかけて、特には再生時に毒性生成物を回避することによって、窒化浴のシアン化物含有量を最小限に抑えようとの提案がなされた(仏国特許発明第2220593号、仏国特許発明第2283243号、米国特許第4019928号、英国特許第1507904号)。実際、これらの文献では、特記することなく、最高30%に達し得るアルカリ性塩化物含有量に言及している(しかしながら、窒化用に、64%のシアン酸カリウム、16%の炭酸カリウム、11%のシアン酸ナトリウム及び4%のシアン化ナトリウムも含有する浴中に5質量%を超えるNaClを含む例を1つも挙げていない)。低シアン化物含有量の浴は本質的にシアン酸カリウム又はシアン酸ナトリウム、炭酸カリウム又は炭酸ナトリウムから構成され、ナトリウムよりカリウムのほうが多くなくてはならないと考えられた(これによって塩浴の温度を低下させることができた)。目的はシアン化物含有量を5%、更には3%以下にまで低下させることであった。シアン化物含有量の低下は、シアネートで補わなくてはならなかった。浸炭浴において、塩化バリウムが溶融フラックスであるという事実以外に塩化物の役割について特に説明はなかった。
【0009】
これまで(1962年に公開された英国特許第891578号明細書を参照のこと)、窒化/浸炭浴はアルカリ性塩化物を含有し得て、これによってシアン化物及びシアネート(価格がずっと高い)を節約する又は融点を下げることができると言われてきた。この文献では30〜60%のシアン化物を含有する塩浴について記載していて、またイソシアネートに対してn−シアネートの含有量を最大にすることを教示した(記載の実施例で塩化物は使用されていなかった)。
【0010】
質量で35〜82%のアルカリ金属カーボネート、15〜35%のアルカリ金属シアン化物、3〜15%の無水アルカリ金属シリケート及び最高15%のアルカリ性塩化物を含有する浸炭浴(温度800〜950℃で使用)についての記載もある(1960年に公開された英国特許第854349号明細書を参照のこと)。この文献では、アルカリ性塩化物が好ましくは最高10%で存在することが好ましいと示されてはいるものの、それについての説明はない(しかしながら、塩化物の存在は、使用可能な形態のシアン化物の調製に貢献したように思われる)。更に、厳選された範囲内の組成を有するるつぼにおける、10〜30%のアルカリ金属シアネート及び少なくとも10%のアルカリ金属シアン化物を含有する600〜750℃の浸炭窒化浴への言及がなされていて(1966年に公開の英国特許第1052668号明細書を参照のこと)、開始時の浴(更にシアン化物(25%)及びカーボネートのみを含有する)に対しての、また再生化合物(更に75%のシアン化物を含有する)中の25%のアルカリ金属塩化物含有量に触れている。また、浸炭段階を、シアン化物、シアネート、カーボネート及びアルカリ金属塩化物を含有する浴における短時間の浸漬で完了させることが提案されている(英国特許第1185640号)(アルカリ金属塩化物含有量について範囲の指定はない)。
【0011】
ステンレススチールの窒化に関しては気相窒化処理が提案されていて(1980年に公開の米国特許第4184899号)、0.1〜0.5%の硫黄と共に4〜30%のシアン化物及び10〜30%のシアネートを含有する浴における熱化学前処理段階が先行する。この前処理浴の残りは炭酸ナトリウム又は塩化ナトリウムから成り得て、これらの成分は処理において活性ではないと記載されている(12%のシアン化物及び0.3%の硫黄の浴に対して、開始時、25%の炭酸ナトリウム及び42.7%の塩化ナトリウムがあると述べられている)。
【0012】
より最近では、(特には1985年に公開の米国特許第4492604号明細書を参照のこと)、シアン化物含有量が0.01〜3%の窒化浴が提案されている。約550〜650℃の窒化浴におけるシアン化物の強力な還元作用により、シアネートには酸素を放出する傾向があるため、窒化浴のシアン化物含有量が低いと窒化層が酸化されて容認できない被膜が発生しやすいと指摘されている。このような欠陥の発生を防止するために、最高100ppmのセレニウムを、るつぼの適切な組成と組み合わせて(鉄を含有しない)含めることが教示されている。
【0013】
また、鉄を含有する部品の、高塩化物レベルの浴を使用した硬化が提案されているが(1999年に公開の欧州特許第0919642号明細書を参照のこと)、この浴は実際に窒化作用を完了させる役割を果たし、クロム(塩化物に加えてこの浴中にシリカと共に存在する)を事前に形成された窒化層に導入することを意図したものである。
【0014】
鉄を含有する部品の窒化について、良好な耐食性を付与するための溶融塩浴が米国特許第6746546号(2004年に公開)明細書において提案されていて、この溶融塩浴はアルカリ金属シアネート及びアルカリ金属カーボネートを含有し、シアネートイオンは45〜53%であり(好ましくは48〜50%)、750〜950°F、すなわち400〜510℃で維持される。アルカリ金属は有利にはナトリウム及び/又はカリウムである(両方が存在する場合、カリウム含有量はナトリウム含有量に対して好ましくは3.9:1であった)。作業時、この浴は1〜4%のシアン化物を含有した(浴中の他の成分の存在に関しての詳細な記載はない)。
【0015】
もっと最近では、窒化済みの鉄含有部品を取り出す際の溶融塩のエントレインメントを最小限に抑えるために、米国特許第7217327号明細書では、本質的にLi、Na及びKタイプのカチオン並びにカーボネート及びシアネートアニオンから構成される窒化浴が提案された。
【0016】
従って、高いシアン化物含有量を用いることなく鉄含有部品を窒化するために、様々な組成の溶融塩浴が提案されているようである。
【0017】
しかしながら、原則として、低シアン化物含有量(典型的には3%未満)での窒化処理の後には、仕上げ処理を行わなくてはならない。これは粗さを低くしたいからであり、この仕上げ処理により処理のコスト(労働力、研削装置)が上昇し、また処理にかかる総時間数も長くなる。
【0018】
低い粗さはシアン化物含有量の高い窒化浴(5%を超える)で得られるものの数時間かかり(典型的には4〜6時間)、これは工業規模では長すぎると考えられる。
【発明の概要】
【0019】
本発明の主題は、最大2、3時間で、極めて低い粗さを付与しながら(従って、著しい多孔性を欠く)鉄又は鋼製の機械部品を窒化し、続く(研削又はトリボフィニッシュによる)機械的な再仕上げを不要にして適度なコストに抑えることができる低シアン化物含有量の窒化浴である。
【0020】
これを目的として、本発明は、本質的に
25〜60%のアルカリ金属塩化物、
10〜40%のアルカリ金属カーボネート、
20〜50%のアルカリ金属シアネート及び
最大3%のシアン化物イオン(作業中に生成される)から構成される(含有量は質量で表される)窒化浴を提案する(含有量の合計は100%である)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
組成範囲はある新規な浴についての大まかなものであるが、実践時は可能な限りこれらの範囲内におさまるように求められることに留意すべきである。従って、実践時、開始時の浴にシアン化物イオンは存在せず、作業中、シアン化物イオンが3%以下に留まることが求められる。
【0022】
本発明に従った、多量の塩素含有化合物(NaCl、KCl、LiCl等)の存在は、窒化中に、ほんの2時間程度の処理で、非多孔性で非粉末状である、それゆえに極めて滑らかな層を得ることを可能にする。塩化物はその他の通常の窒化浴成分より安価なため、本発明の浴は標準的な浴より経済的であり、また続く研削処理が不要となる。最大で約2時間(2時間±5分)の処理時間は、工業規模で満足のいく収率と両立可能であると考えられることが思い起こされ得る。
【0023】
過去に使用された浴において、実質的にシアン化物を欠いている場合を含めて、窒化浴においてシアネート及びカーボネートを塩化物と組み合わせることは既に提案されていることを特記し得るが、実践時、塩化物(窒化におけるその役割は確認されていない)の含有量は、シアン化物の不在下(又は低シアン化物イオン含有量、典型的には3%以下の場合)、10〜15%を超えなかった。更に、塩化物の存在と最終粗さとの相関関係について示唆している文献さえない。
【0024】
有利には、アルカリ金属塩化物は塩化リチウム、塩化ナトリウム及び/又は塩化カリウムであり、効果的であると判明している塩化物に対応し、そのコストは適度なものであり、取扱いに厳しい制約はない。
【0025】
有利には、塩化物含有量は40〜50%、好ましくは少なくとも約45%(±2%、更には±1%)である。この含有量範囲は、妥当な時間内での良好な窒化及び低い粗さをもたらすと判明している。
【0026】
・シアネート含有量は窒化作用が得られるに十分なものでなくてはならない、
・カーボネート含有量は、窒化をもたらす化学反応を阻害するほど高くなるべきではない
ということがわかる。
【0027】
従って、同じく有利には、シアネート含有量は20〜40%、更には20〜35%、好ましくは20〜30%である。より一層有利には、この含有量は25〜40%、更には25〜35%、好ましくは25〜30%である。これらのシアネートは、特にはシアン酸ナトリウム(又はシアン酸カリウム)になり得る。
【0028】
同じく有利には、アルカリ金属カーボネート含有量は20〜30%、好ましくは25〜30%である。これらのカーボネートは特には炭酸ナトリウム、炭酸カリウム及び/又は炭酸リチウムになり得る。これらは有利には炭酸ナトリウムと炭酸リチウムとの混合物になり得る。
【0029】
従って、特に有利には、溶融塩浴は本質的に
25〜30%のシアン酸ナトリウム、
25〜30%の炭酸ナトリウム及び炭酸リチウム、
40〜50%の塩化カリウム並びに
最大3%のシアン化物イオン(作業中に生成される)から構成され(±2%、更には±1%以内)、含有量の合計は100%である。
【0030】
好ましくは、溶融塩浴は本質的に、最大で3%になるシアン化物の生成前に、
28%のシアン酸ナトリウム、
22%の炭酸ナトリウム、
5%の炭酸リチウム、
45%の塩化カリウムから構成され(±2%、更には±1%以内)、窒化動力学、浴を構成している混合物の価格、処理済みの部品の表面の粗さにおける変動、融点及び処理済みの部品の表面での塩のエントレインメントのリスクを考慮に入れた極めて良好な妥協点であると判明している。当然のことながら、(特には、含有量が最大で3%に維持されるシアン化物イオンの生成を伴う)反応が起きることにより、作業時、この組成は若干変動し得る。
【0031】
本発明は、鉄又は鋼製の機械部品を窒化する方法も提案し、この方法では、これらの部品を、530〜650℃の温度の上記の組成の浴に最大で4時間にわたって浸す。
【0032】
好ましくは、部品を、570〜590℃の温度の浴に最大で2時間にわたって浸す。
【0033】
実践時、窒化処理時間は、標準的なやり方では約90分であるが、この処理時間は部品の性質及び/又は用途に左右されることがわかる。従って、処理時間は、バルブ又はツール用鋼の場合の約30分から相当な厚さ(厚さ数十マイクロメートルの層)にわたって窒化を行いたい又は合金鋼の場合の最高4時間に及び得る。しかしながら、本発明は有利には、約60〜120分の処理時間で行われる。
【0034】
本発明は、上記の方法で窒化された鉄又は鋼製の機械部品にも関し、特には、研削等の続く機械的仕上げ工程の痕跡の不在(特には、研削による微細な擦り傷の不在)により区別することができる。
【0035】
以下、試験した組成を、本発明のものではない(様々な実施例において同じである)標準浴と比較する。
【実施例】
【0036】
実施例1(本発明)
ウインドスクリーン・ワイパースピンドル、水圧若しくは気体シリンダのロッド又はジョイントブッシングに使用することができるタイプC45の焼なまし鋼から成るサンプルを、以下のように処理した。
【0037】
これらのサンプルをアルカリ溶液中でのグリース除去、水中でのすすぎ及び350℃までの予熱に供した。
【0038】
次にサンプルを60分間にわたって、580℃に維持され、
28%のシアン酸ナトリウム、
22%の炭酸ナトリウム、
45%の塩化カリウム、
5%の炭酸リチウム、
を含有する溶融塩浴に浸した。
【0039】
このようにして窒化されたサンプルを次に水ですすいだ。
【0040】
同じサンプルを同じ処理に供した。ただし、60分間にわたる580℃での窒化処理を、本質的に
58%のシアン酸ナトリウム、
36%の炭酸カリウム及び
6%の炭酸リチウム、
から構成される標準的な窒化浴(本発明によるものではない)において行った。
【0041】
両方のケースにおいて、このようにして形成された窒化鉄の層は10±1μmの厚さを有した。
【0042】
最初はRa=0.2マイクロメートルであったサンプルの粗さが、標準浴での処理後はRa=0.52マイクロメートルになり、本発明の浴での処理後はRa=0.25マイクロメートル、すなわち初期粗さより若干高い粗さであることが判明した。
【0043】
この実施例における本発明の組成は、特にはシアン化物のレベルに関して、時間が経過しても浴の良好な安定性を促進するようであった。
【0044】
このようにして窒化されたサンプルを次に、アルカリ金属のカーボネート、水酸化物及びニトレートを含有する溶融塩浴で酸化させた。この酸化の目的は、厚さ1〜3μmの酸化鉄の層を形成することによって窒化物層の表面を不動態化することであった。酸化後、窒化工程で慣用であるように、部品をオイル(腐食防止剤を含有する)に浸すことによって腐食から保護した。
【0045】
本発明に従って処理したサンプルの耐食性(ISO規格9227に従い、中性塩水噴霧試験で10個の部品について測定した)は150〜250時間であった。
【0046】
標準浴で処理したサンプルの耐食性(ISO規格9227に従い、中性塩水噴霧試験で10個の部品について測定した)は120〜290時間であった。
【0047】
従って、本発明に従って行った鉄含有部品の窒化は、標準浴における窒化で得られるものに匹敵する耐食性をもたらし、それと同時にこのような標準浴での処理と比較して表面の粗さを改善することを可能にする。
【0048】
実施例2(本発明以外)
上述した通りに用意したC45焼なまし鋼のサンプルを、1時間にわたって590℃で
20%のアルカリ金属塩化物(NaCl、KCl)、
40%のシアン酸ナトリウム、
30%の炭酸カリウム、
10%の炭酸リチウム、
を含有する浴で窒化した。
【0049】
両方のケースにおいて、形成された層は厚さ10±1μmを有する。
【0050】
最初はRa=0.2マイクロメートルであったサンプルの粗さが、標準浴での処理後のRa=0.52マイクロメートルと比較して、この浴での処理後はRa=0.48マイクロメートルとなることが判明した。
【0051】
これは、塩化物含有量が低すぎると、(本発明のものではない)標準浴と比較して部品の最終粗さを大幅に低下させることができないとの結論につながる。
【0052】
実施例3(本発明以外)
65%の塩化ナトリウム、
25%のシアン酸カリウム、
10%の炭酸カリウム、
を含有する浴を用意した。
【0053】
このような浴は工業的に使用できないことが判明している。これは融点が600℃を超え、窒化処理をフェライト相で行えないからである(大部分の部品は一般にフェライト相、すなわち600℃未満で窒化される)。このため、オーステナイト相での窒化しか考えられないが、これは温度が630℃を超える場合だけであり、塩のエントレインメントが高いレベルで起きるため(浴の粘度が高い)、経済的に不利である。
【0054】
実施例4(本発明)
実施例1と同様の条件下だが、
35%のシアン酸ナトリウム、
20%の炭酸ナトリウム、
20%の炭酸カリウム、
25%の塩化カリウム、
を含有する浴でのC45焼なましサンプルの処理によって、(本発明のものではない)標準浴でのRa=0.52μmに対して最終粗さRa=0.28μmが、10±1マイクロメートルの窒化層の表面で得られた。
【0055】
粗さに関しては満足がいくものではあるが、この組成は、実施例1の組成より高い粘度を有するようであり、これは塩のより多い消費につながる。
【0056】
本発明に従って得られた窒化物層の多孔性レベルは5%未満であり、標準浴で得られた窒化物層の多孔性レベルは25〜35%である。
【0057】
実施例5(本発明以外)
45%の塩化カリウム、
10%のシアン酸ナトリウム、
45%の炭酸ナトリウム、
を含有する浴を用意した。
【0058】
液相温度は600℃を超えるため、このような浴は窒化処理に使用できないことが判明した。液相温度は、浴が完全に溶融して組成が均一になり始める温度であることが思い起こされる(浴が、恐らくは幾つかの段階を経て液体になり始める温度である融点とは異なる)。
【0059】
実施例3で説明したように、このような浴を工業的に有利に使用することはできない。フェライト相処理が不可能となり、また600〜650℃での塩のエントレインメントが極めて顕著だからである。
【0060】
実施例6(本発明)
実施例1と同様の条件下だが、
45%の塩化カリウム、
30%のシアン酸ナトリウム、
25%の炭酸ナトリウム、
を含有する浴でのC45焼なましサンプルの処理によって、実施例1と同様に、(本発明のものではない)標準浴でのRa=0.52μmに対して、初期粗さRa=0.2μmより若干高い最終粗さRa=0.25μmが得られる。
【0061】
本発明の浴で形成された窒化鉄の層はタイプε(Fe2-3N)であり、また5%未満の多孔性レベルを有し(光学顕微鏡法で測定)、また硬さ840±40HV0.01を有する。
【0062】
(本発明のものではない)標準浴中で形成された窒化鉄の層はタイプε(Fe2-3N)であり、25〜35%の多孔性レベルを有し(光学顕微鏡法で測定)、また硬さ700±40HV0.01を有する。標準浴で得られた層の見かけ硬さの低さは、その高い多孔性レベルで説明される。実際、多孔性(すなわち、複数の孔が存在する)であることによって、硬さを測定するためのインデンタによる押し込みに対する層の耐性が低下することがよく知られている。
【0063】
両方のケースにおいて、形成された層は10±1μmの厚さを有する。
【0064】
実施例7(本発明)
冷間圧造で加工され、次に高周波浸漬に供した、初期粗さがRa=0.74μmのC45サンプルを、(実施例1と同様の準備後に)2時間にわたって590℃で、実施例1のものと同じ、
28%のシアン酸ナトリウム、
22%の炭酸ナトリウム、
45%の塩化カリウム、
5%の炭酸リチウム、
を含有する浴において窒化した。
【0065】
20±1μmの層が、Ra=0.79μmの最終粗さで形成された。比較すると、同じ2時間にわたって(本発明のものではない)標準浴において処理した同じサンプルは、厚さ17±1μmの層の場合、Ra=1.23μmの最終粗さの層を有する。
【0066】
本発明に従って得られた窒化物層の多孔性レベルは5〜10%であり、標準浴で得られた窒化物層の多孔性レベルは55〜65%である。冷間圧造に供した鋼は高いレベルのひずみ硬化を有することが知られていて、これは層の多孔性に悪影響を与える(ひずみ硬化のレベルが高ければ高いほど、層の多孔性はより高くなる)。
【0067】
本発明は、低い多孔性レベルの層を、高ひずみ硬化鋼の場合であっても得ることを可能にする。
【0068】
このようにして窒化されたサンプルを次にアルカリ金属のカーボネート、水酸化物及びニトレートを含有する溶融塩浴で酸化した。この酸化は、厚さ1〜3μmの酸化鉄の層を形成することによる窒化物層の表面の不動態化を目的としている。酸化後、窒化工程で慣用であるように、部品をオイル(腐食防止剤を含有する)に浸すことによって腐食から保護する。
【0069】
本発明に従って処理したサンプルの耐食性(ISO規格9227に従い、中性塩水噴霧試験で10個の部品について測定した)は310〜650時間であった。
【0070】
標準浴で処理したサンプルの耐食性(ISO規格9227に従い、中性塩水噴霧試験で10個の部品について測定した)は240〜650時間であった。
【0071】
実施例8(本発明)
クエンチ、焼き戻ししてから研削した初期粗さRa=0.34μmの42CrMo4製のサンプルを、(実施例1と同様の準備後に)実施例7のものと同じやり方、すなわち2時間にわたって590℃で、実施例1と同じ、
28%のシアン酸ナトリウム、
22%の炭酸ナトリウム、
45%の塩化カリウム、
5%の炭酸リチウム、
を含有する浴で窒化した。
【0072】
16±1μmの窒化鉄の層が、Ra=0.44μmの最終粗さで形成された。比較すると、2時間にわたって(本発明のものではない)標準浴において処理した同じサンプルは、厚さ14±1μmの層の場合、Ra=0.85μmの最終粗さの窒化鉄層を有する。
【0073】
本発明の浴で形成された窒化鉄の層はタイプε(Fe2-3N)であり、また5%未満の多孔性レベルを有し(光学顕微鏡法で測定)、また硬さ1020±40HV0.01を有する。
【0074】
標準浴中で形成された窒化鉄の層はタイプε(Fe2-3N)であり、30〜40%の多孔性レベルを有し(光学顕微鏡法で測定)、また硬さ830±40HV0.01を有する。標準浴で得られた層の見かけ硬さの低さは、その高い多孔性レベルで説明される。実際、多孔性(すなわち、複数の孔が存在する)であることによって、硬さを測定するためのインデンタによる押し込みに対する層の耐性が低下することがよく知られている。
【0075】
実施例9(本発明)
初期粗さRa=0.20μmのC45焼なましサンプルを用意し、実施例1と同様に、すなわち1時間にわたって580℃で、
28%のシアン酸ナトリウム、
22%の炭酸ナトリウム、
45%の塩化カリウム、
5%の炭酸リチウム、
を含有する浴で窒化した。
【0076】
10±1μmの層が、Ra=0.25μmの最終粗さで形成された。比較すると、3時間にわたって高レベルのシアン化物(5.2%)の標準浴において処理した同じサンプルは、厚さ7±1μmの層の場合、Ra=0.27μmの最終粗さの層を有する。
【0077】
従って、同等の最終粗さの場合、処理時間が長くても、高シアン化物レベルの標準浴で得られる層の厚さは、本発明の浴で得られる層の厚さより小さいようである。これは、より汚染度が高いことに加えて、高シアン化物含有量の浴は浸炭も行っているという事実によって説明され、すなわち炭素が窒素と共に鋼内へと拡散する。炭素及び窒素は、鉄結晶格子内の同じ部位に収まることから拡散時に競合する。このため、炭素の存在が窒素の拡散を限定し、この結果、層が薄くなる。
【0078】
上述したように、上記の実施例で示した組成が新規な浴を定義する。シアン化物イオンの含有量についての記載は作業時に当てはまり、窒化に伴う反応を考慮に入れたものであると規定する(すなわち、浴の組成を可能な限り安定的に維持しようするものである)。