(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基板上に、錫ドープインジウム酸化物の前駆体とカーボンナノチューブを含有するカーボンナノチューブ分散液を塗布し、加熱して、カーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜を形成する工程、
前記の酸化物膜に湿式のエッチング処理を施す工程、
前記のエッチング処理後の酸化膜表面に溝を形成し、その溝の壁面においてカーボンナノチューブを露出させる工程、
を有する、電界電子放出素子の製造方法。
前記の錫ドープインジウム酸化物の前駆体が、有機インジウム化合物、錫アルコキシドおよび錫ドープインジウム酸化物粉からなる群から選ばれた二種以上であり、前記のカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜が、80〜99.9質量%の錫ドープインジウム酸化物と0.1〜20質量%のカーボンナノチューブとを含むものである、請求項1に記載の電界電子放出素子の製造方法。
【背景技術】
【0002】
次世代の高輝度フラットパネルディスプレイとして、フィールドエミッンョンディスプレイ(FED)の研究開発が進められている。また、一般照明としての発光素子は、白熱灯や蛍光灯が長年にわたり用いられてきており、蛍光灯は白熱灯と比べると同じ明るさでも消費電力を低く抑えられるという特徴を有しており、照明として広く利用されている。近年、白色灯や蛍光灯などの既存の照明に代わり、発光ダイオード(LED)を光源とした表示装置や照明が開発され、普及している。最近では、信号機などの表示装置、LCD用のバックライト、各種照明などに利用されている。
LEDは、半導体のキャリアの再結合により発光する原理であるため、材料のバンド構造で決められた固有の波長の単色光であり、かつ点光源であるため、特にバックライトや照明などの大面積に均一に、そして白色などのブロードな波長で利用するアプリケーションには不適である。特に、白色表示にする場合には、紫外線発光素子としてLEDを用い、その紫外線で蛍光体を発光させる構成が必要となっている。
【0003】
これに対し、FEDと同様の方式で、面電子放出源から放出される電子で蛍光体を発光させることで、薄型かつ高輝度の面発光素子が容易に得られると考えられる。
電界放射型の電子放出源(フィールドエミッタ)は、物質に印加する電界の強度を上げると、その強度に応じて物質表面のエネルギー障壁の幅が次第に狭まり、電界強度が10
7V/cm以上の強電界となると、物質中の電子がトンネル効果によりそのエネルギー障壁を突破できるようになる。そのため物質から電子が放出されるという現象を利用している。この場合、電場がポアッソンの方程式に従うために、電子を放出する部材(エミッタ)に電界が集中する部分を形成すると、比較的低い引き出し電圧で効率的に冷電子の放出を行うことができる。
近年、エミッタ材料としてカーボンナノチューブ(以下CNTと表記する。)が注目されている。CNTは、炭素原子が規則的に配列したグラフェンシートを丸めた中空の円筒であり、その外径はナノメータオーダで、長さは通常0.5μm〜数10μmの非常にアスペクト比の高い物質である。その形状から、電界が集中しやすく高い電子放出能が期待できる。また、CNTは、化学的、物理的安定性が高いという特徴を有するため、動作真空中の残留ガスの吸着やイオン衝撃等に対して影響を受け難いことが期待できる。
【0004】
CNTを使用した電子放出源の製造方法として、CNTを含む分散液を基板に塗布し、乾燥・焼成する方法は、生産性および製造コストの点で優れていると考えられ、種々検討されている。
CNTは非常に細かい繊維状の微粒子(粉末)であるため、CNTを用いて電子放出源を形成する場合は、CNTを基板に固着する必要がある。一般に、CNTの固着には、樹脂などのバインダ材料が用いられる。具体的には、バインダ材料とCNTを溶媒に混合分散してペースト状(またはインク状)とし、これを印刷法、スプレー法、ダイコーター法等の手法で基板の表面に塗布し、乾燥・焼成することにより、バインダ材料の接着性を利用して基板上にCNTを固着する。このような方法でCNTを基板上に固着した場合、CNT自体はバインダ材料の中に埋め込まれたかたちとなるため、高い電子放出特性を実現するために、CNTを露出させ、かつCNTを基板に対して垂直に配向させる方法が用いられてきた。例えば、特許文献1には、CNTを含む層の表面に多孔質で粘着性を有するシート部材を貼り付けて乾燥した後、そのシート部材を剥離することにより、CNTを部分的に露出させ、かつCNTを垂直に配向させる技術が開示されている。また、特許文献2には、CNTを含む層をドライエッチングする技術が開示されている。また、特許文献3には、CNTを含む層に対して対向電極を設け、逆バイアスを印加することによりCNTを露出させる技術が開示されている。さらに、膜の内部に存在するCNTの露出方法としては、特許文献4に、CNT、オリゴマー、架橋性モノマー、重合開始材および溶剤を含む組成物を基板上に塗布して形成した膜に対して熱処理を行い、熱応力により膜に亀裂を生じさせ、その亀裂部内にCNTを露出させ、電子放出源とする方法が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
電界電子放出素子(電界電子放出電極)を用いた発光素子に求められる特性としては、高輝度が得られる、輝度の発光面内均一性が高い、小電力で発光が可能、発光状態にちらつきが少ない、等が挙げられる。しかし、特許文献1ないし3の技術を用いて、電界電子放出素子(電界電子放出電極)を用いた発光素子を作成した場合、発光面内での発光輝度の均一性を高くすることが難しいという問題があった。特許文献1に記載の方法では、粘着性のシート状部材とCNTとの密着性をコントロールすることが困難であり、剥離の際にCNTが不均一に露出するという問題があった。特許文献2に記載の方法では、CNTを露出させるためにドライエッチングを行うが、エッチングの際にCNTが劣化するという問題があった。また、特許文献1ないし3に記載の方法は、基板と水平方向に配向しているCNTについては露出させる効果が少ないので、CNTを起毛する工程が必要であった。さらに、これらの方法では、膜の形成のために有機質のバインダと有機溶媒とを使用するため、導電性の高い膜を得ることが困難であった。
また、特許文献4に記載の技術では、膜の主成分を樹脂とする必要があり、膜の導電性を高くすることが困難であることや、CNTを露出させる亀裂の密度や分布の制御が容易ではなく、輝度の面内均一性が高く小電力で発光が可能というと結果を得ることが困難であるという問題があった。
【0007】
本発明者らは、前述の課題を解決するために、錫ドープインジウム酸化物(以下ITOと表記する。)とCNTとを含む膜の表面に溝が形成された構造を有する電界電子放出膜を開発し、先に特許出願をした(特願2012−225554)。この電界電子放出膜は、それを発光素子に用いた場合、小電力で作動が可能であり、かつ、輝度の発光面内均一性の高いものであったが、輝度や発光効率に更なる改善が求められていた。
本発明者らが鋭意検討を行った結果、ITOを主成分としCNTを微量含む膜を形成し、その表面にエッチング処理を施した後、当該CNTを含むITO膜表面に溝を形成することにより得た電界電子放出膜を有する電界電子放出素子を発光素子に用いた場合、その輝度を向上することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、発光素子に用いた場合、小電力で作動が可能であり、輝度の発光面内均一性が高く、かつ、輝度を向上させることのできる電界電子放出膜を有する電界電子放出素子およびそれを用いた発光素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明では、基板上に、錫ドープインジウム酸化物の前駆体とカーボンナノチューブとを含有するカーボンナノチューブ分散液を塗布し、加熱して、カーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜を形成する工程、前記の酸化物膜に湿式のエッチング処理を施す工程、および、前記のエッチング処理後の酸化膜表面に溝を形成し、前記の溝の壁面においてカーボンナノチューブを露出させる工程、を含む、電界電子放出素子の製造方法が提供される。
上記の錫ドープインジウム酸化物の前駆体としては、例えば有機インジウム化合物、錫アルコキシドおよび錫ドープインジウム酸化物粉からなる群から選ばれた二種以上が適用できる。上記のカーボンナノチューブを含む錫ドープインジウム酸化物膜は、例えば60〜99.9質量%の錫ドープインジウム酸化物と0.1〜20質量%のカーボンナノチューブとを含むものである。
上記の湿式のエッチング処理として、例えばシュウ酸水溶液中での電解エッチングが挙げられる。
上記の膜表面に溝を形成するに際しては、幅が0.1〜50μmの範囲にある溝の1mm
2当たりの総延長が2mm以上となるように溝を形成することがより好ましい。
また本発明では、上記の製造方法により製造された電界電子放出素子と、アノード電極および蛍光体が設けられている構造体(アノード)とを対向させて配置し、電界電子放出素子とアノードの間の空間を10
-1Pa以下に減圧する工程を有する、発光素子の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
以上、本発明においては、電界電子放出膜の主成分を導電性のITOとし、CNTを含むものとし、その膜にエッチング処理を施した後溝を形成し、膜内部のCNTを露出することすることにより、小電力でも作動可能であり、輝度の発光面内均一性の高く、かつ、輝度を向上させた電界電子放出素子を得ることが出来る。また、その電界電子放出素子を用いた発光素子を得ることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[電界電子放出素子]
本発明において、電界電子放出素子(電界電子放出電極)は、基板等の支持体上に、以下に述べる電界電子放出膜を形成することにより製造される。本発明において使用する基板は、その種類に制限はないが、基板が導電性であれば電気的接続方法の自由度が増大する点で有利であり好ましい。好適な基板の例として、シリコン基板等の半導体基板や金属基板等が挙げられる。
【0012】
[電界電子放出膜]
本発明において、電界電子放出膜は、ITOの前駆物質であるインジウムを含む成分および錫を含む成分並びにCNTを含む分散液(CNT分散液)を基板に塗布し、加熱・焼成してCNT含有ITO膜を形成した後、その膜の表面をエッチングし、引き続き、さらにその膜の表面に溝を形成することにより製造される。
すなわち、この電界電子放出膜は、ITOを主成分とし、CNTを微量含む膜を形成した後、その膜の表面をエッチングし、引き続き、さらにその膜の表面に溝を形成し、その溝の壁面にCNTの端部を露出させた構造を有するものである。
【0013】
電界電子放出膜中のITOの含有量としては、60質量%以上が好ましい。60質量%未満では、膜の電導度が低くなり、電界電子放出素子とした時の発光強度の面内分布が不均一になる恐れがある。ITOは、電界電子放出膜中に最大99.9質量%まで含有させることが可能であるが、CNTの含有量とのバランスから、80〜99.8質量%が好ましく、90〜99.8質量%がより好ましく、95〜99.5質量%がさらに好ましい。なお、ITOはインジウム酸化物中に錫酸化物が固溶したものであり、製造条件によりその組成が変化する。また、出発原料として有機金属を用い、焼成温度が低い場合には有機成分が一部残存する場合もあるが、本発明におけるITOの含有量とは、電界電子放出膜中に含まれるインジウムおよび錫が、それぞれ化学量論組成の酸化物であると仮定して算出した値である。
電界電子放出膜は、エミッタとしてCNTを含有する。使用するCNTの種類は特に限定されないが、単層(シングルウォール)CNTを用いることが好ましい。単層(シングルウォール)CNTを用いると、電子放出電界および電子放出駆動電圧の低減の点で有利である。電界電子放出膜中のCNT含有量は、0.1〜20質量%の範囲が好ましい。0.1質量%未満の場合には、電子の放出が不十分となるおそれがあり、20質量%を超えると、高価なCNTを多量に必要とし、膜の製造コストが高くなるので、不経済である。上記のバランスを考慮すると、電界電子放出膜中のCNT含有量は、0.2〜10質量%がさらに好ましく、0.5〜5質量%が一層好ましい。
電界電子放出膜の厚さは、0.5〜100μmとすることが好ましい。0.5μm未満の場合には、溝の形成手段の選択に制約を受けるので、好ましくない。また、100μmを超えると、材料コストが嵩むので好ましくない。
【0014】
本発明に従う製造工程で得られる電界電子放出膜は、上述の様に、その表面に溝が形成された構造を有する。
一般に、CNTを液体に分散させたものを塗布・焼成して得られた膜中では、CNTは、必ずしも基板に垂直な状態では存在せず、基板に水平もしくは水平に近い状態で存在するものも多い。そのため、前述の焼成膜の表面を部分的に除去しても、CNTを効果的に露出することが困難な場合が多く、また、場合によっては起毛処理が必要となる。これに対して本発明の場合には、膜中に溝を設けるため、膜の内部において基板に水平もしくは水平に近い状態で存在するCNTの端部を効果的に露出することが可能となり、かつ、起毛処理も不要となる。
電界電子放出膜表面に形成される溝の幅は、0.1〜50μmの範囲が好ましい。溝の幅が0.1μm未満では、CNTが部分的に露出しても、その端部が必ずしも露出しない恐れがあり、また、溝の形成手段の選択にも制約があるので好ましくない。溝の幅が50μm超の場合には、膜に含まれるCNTが不必要に除去され、発光素子を形成した場合、発光の面内均一性が低下するおそれがあり、好ましくない。溝の幅は、光学顕微鏡もしくは走査電子顕微鏡を用いて測定することが出来る。
電界電子放出膜表面に形成される溝の深さは、0.1μm以上であることが好ましい。溝の深さが0.1μm未満のみの場合には、CNTの露出量が不十分となる。溝の深さに特に上限はなく、電界電子放出膜の厚さと同程度、すなわち、基板に到達する溝が形成されていても構わない。
電界電子放出膜表面に存在する溝は、幅が0.1〜50μmの範囲である部分の1mm
2当たりの総延長が2mm以上であることが好ましい。2mm未満では発光素子の発光強度が低下するとともに、発光強度の面内分布も悪化する。幅が0.1〜50μmの範囲の溝が総延長で2mm以上存在すれば、同一の領域に、溝の幅が0.1μm未満の部分や50μm超えの部分が存在していても構わない。溝の長さは、光学顕微鏡もしくは走査電子顕微鏡を用いて測定することが出来る。幅が0.1〜50μmの範囲である溝の1mm
2当たりの総延長は、1mm×1mmの領域において、それぞれの溝について、幅が0.1〜50μmの範囲内である部分の長さを測定し、その長さの和を求めることにより得ることができる。
【0015】
[発光素子]
本発明において、発光素子は、上述の電界電子放出素子(電界電子放出電極、カソード)に、アノード電極および蛍光体が設けられている公知の構造体(アノード)を対向して配置し、前記電界電子放出素子と前記アノードとの間を真空に保持することにより製造される。アノード電極は、通常、光取出しのため、ガラス基板上に透明電極を形成し、それに蛍光体を被着させて製造される。対向させた電界電子放出電極とアノード電極とを、シール手段で封着して密閉構造とし、電極間を減圧することにより発光素子が製造されるが、簡易的な試験の場合など、電界電子放出電極とアノード電極とを対向させた構成体を、開放状態のまま密閉容器に収納し、その密閉容器自体を減圧することによっても発光素子を形成することが出来る。
本発明に従って製造される電界電子放出電極と通常使用されている公知のアノード電極とを対抗させる構成を採ることにより、輝度の面内均一性が高く、かつ、輝度の高い発光素子を得ることができる。また、本発明の発光素子の製造方法においては、電界電子放出に必要なCNTに印加する電子放出電圧を小さくするために、発光素子内のCNTにより近い箇所(カソードとアノードの間)に電極(ゲート電極またはグリッド電極)を設ける工程を含むことができる。
なお、本発明において真空とは、発光素子の発光を妨げない程度に減圧された状態を指し、通常は10
-1Pa以下の圧力である。
【0016】
[CNT分散液]
CNT分散液に添加するインジウム成分としては、有機インジウム化合物およびITO粉が挙げられる。有機インジウム化合物としては、トリアルキルインジウムまたはインジウムアルコキシドを使用することができる。取扱の容易性の観点からトリアルキルインジウムとしてはトリブチルインジウムが好適な例として挙げられる。アルコキシドとしては、メトキシド、エトキシド、ブトキシド、イソプロポキシド等、加熱により酸化物に変化するものであれば、その種類は特に限定されない。
ITO粉は、同時に錫成分でもあるが、その粒径が過大であれば、CNTの分散性に悪影響を及ぼすので、平均粒径として10μm以下が好ましく0.1μm以下がさらに好ましい。
CNT分散液に添加する錫成分としては、錫アルコキシドおよびITO粉が挙げられる。アルコキシドとしては、インジウムアルコキシドと同様に、メトキシド、エトキシド、ブトキシド、イソプロポキシド等、加熱により酸化物に変化するものであれば、その種類は特に限定されない。
本発明に用いるCNT分散液は、ITOの前駆物質として、インジウム化合物、錫アルコキシドおよびITO粉からなる群から選ばれた二種以上を含有する。具体的には、有機インジウム化合物と錫アルコキシド、並びに、有機インジウム化合物および錫アルコキシドの1種または2種とITO粉の組み合わせがある。使用するCNTの種類には、特に制限はないが、単層(シングルウォール)CNTを用いることが好ましい。使用する溶媒の種類には、特に制限はないが、インジウムおよびスズ成分にアルコキシドを用いる場合には、混合時の加水分解を抑制する観点から有機溶媒を使用することが好ましい。有機溶媒の好適な例として、アルコール、酢酸ブチル等が挙げられる。
CNT分散液には、上記の他、分散剤、増粘剤等を添加することができる。
分散剤を使用することにより、CNTの分散性が向上する。分散剤は公知の分散剤を使用することができる。好適な例として、アニオン系の界面活性剤、ドデシルベンゼンスルホン酸、塩化ベンザルニコウム、ベンゼンスルホン酸ソーダ等が挙げられる。
CNT分散液には、粘度調整のために、増粘剤を添加しても良い。CNT分散液の粘度が低い場合、増粘剤を添加することにより、CNT分散液の塗布性が向上し、基板と膜との密着性が向上する。増粘剤としては、公知の増粘剤を使用することができる。好適な例として、エチルセルロース等が挙げられる。
CNT分散液の調製に当たって、ボールミル等を用いて混合すると、CNT分散液中のCNTの分散状態が向上する。
【0017】
[CNT含有ITO膜の形成]
まず、CNT分散液を基板上に塗布して、塗布膜を形成する。塗布方法は、スプレー塗布、スピン塗布、ディップ塗布等の公知の方法を用いることができる。引き続き、前記の塗布膜を300℃〜600℃で加熱(焼成)することにより、ITOを主成分とし、CNTを微量含む膜を得ることができる。焼成は、大気雰囲気で行っても良いし、窒素、アルゴン等の不活性ガス中で行っても良い。焼成の前に300℃未満の温度で、塗布膜の乾燥(溶媒成分の除去)を行っても良い。
【0018】
[CNT含有ITO膜のエッチング処理]
焼成して得られたCNT含有ITO膜に対して湿式でエッチングを行う。湿式のエッチングは、ITO膜およびCNTに対するダメージが少ない。CNT含有ITO膜にエッチングを行うことにより、最終的に発光素子の輝度が向上する理由は、現時点では明確には解明されていなが、本発明者らは、エッチングによりITOの結晶粒界部分が選択的に除去されるため、粒界部に存在していたCNTの一部が露出した状態となるためと推定している。その結果、膜表面に溝を形成した際に、溝の側面から露出するCNTの数が増加することにより、電解電子放出が起こりやすくなり、結果として発光素子の輝度が向上したものと考えている。また、粒界部で結晶欠陥が除去されることにより、粒界部でトラップされる電流が減少する効果も、併せて考えられる。
エッチング液としては、ITOに対して溶解作用を持つものであれば特に制限は無いが、溶解能力の観点から、酸の水溶液を使用することが好ましい。酸の水溶液として、シュウ酸、硝酸、塩酸、硫酸、リン酸、フッ酸、ヨウ素酸、第二塩化鉄等の水溶液、およびそれらの混酸溶液が使用可能であるが、腐食性が少なく、pH緩衝能力を有するシュウ酸の水溶液を用いることが好ましい。エッチングは、通常の化学エッチングおよび電解エッチングのいずれでも構わないが、電解エッチングが好ましい。電解エッチングは、エッチング液中でCNT含有ITO膜に通電することにより行うが、電解エッチングとすることにより、ITOの結晶粒界部分の除去が促進され、エッチング時間を短時間とすることができる。
エッチングによるCNT含有ITO膜の除去量は、エッチング前のCNT含有ITO膜に対して0.5質量%〜50質量%とすることが好ましい。除去量が0.5質量%未満の場合には、輝度向上の効果が十分得られない場合があり、除去量が50質量%を越える場合には、膜の強度が十分得られない場合がある。エッチングによるCNT含有ITO膜の除去量は、2質量%〜40%とすることが更に好ましい。
【0019】
[溝の形成]
本発明に用いる電界電子放出膜を得るためには、CNT含有膜の表面に溝を形成する必要がある。溝の形成方法に特に限定はなく、機械的方法、化学的な方法のいずれでも適用することが可能であるが、CNTへのダメージを避けるために可能な限り低温プロセスを使用することが好ましい。前者の例として、サンドペーパーによる機械的研摩等が挙げられ、後者の例として、フォトレジストによるマスキングとエッチングとの組み合わせにより溝を形成するプロセス等が挙げられる。これらの例示の方法以外でも、溝を形成する際、溝内のCNTが全ては除去されず、溝の壁面にCNTの端部が露出して残留する状態となる方法であれば、いずれも適用することができる。
サンドペーパーによる機械的研摩は、砥粒により機械的に溝を形成するものであるが、低温プロセスであり、溝の形成の際に膜中のCNTにダメージを与えない上に、溝の形成以外にCNT含有ITO膜の表面を一部除去して、CNTを露出させる効果も有しているので、好ましい。
【実施例】
【0020】
[実施例1]
[CNT分散液]
酢酸ブチル5.974gに下記を添加し、攪拌混合することにより、溶液を得た。
・トリブチルインジウム(C
12H
27In)(Inとして0.089gを含む)
・テトラブトキシ錫(C
16H
36O
4Sn)(Snとして0.035gを含む)
得られた溶液に下記を添加し、攪拌混合することにより、CNT含有液を得た。
・ITO粉0.313g(平均一次粒径25nm、特開2011−126746号公報に記載の実施例5の方法で製造した。)
・カーボンナノチューブ(シングルウォール、Hanwha Nanotech社製、ASP−100F)0.01g
・ドデシルベンゼンスルホン酸0.01g
・エチルセルロース(関東化学製、エチルセルロース100cP(エトキシ含有量48〜49.5%)0.04g
得られたCNT含有溶液に、粒径1mmのジルコニアボール4gを添加して、攪拌羽を回転させることによる1次撹拌を6時間実施した後に、粒径1mmのジルコニアボールを取り除いた。その後、粒径0.3mmのジルコニアボール4g及び酢酸ブチル4gを加え、攪拌羽を回転させることによる2次撹拌を6時間実施した後に、粒径0.3mmのジルコニアボールを取り除いた。その後、粒径0.05mmのジルコニアボール4g及び酢酸ブチル2gを加え、攪拌羽を回転させることによる3次撹拌を6時間実施した。その後粒径0.05mmのジルコニアボールを取り除いて、CNT分散液を得た。
【0021】
[CNT含有ITO膜]
塗装用エアガンを用い、150℃に加熱したSiウェハの表面に、前記CNT分散液を塗布した。このとき、塗布膜厚は、焼成後の膜厚が5μmになるように調整した。引き続き、CNT分散液を塗布したSiウェハを、空気中250℃の条件下で30分間加熱し、乾燥した。さらに、CNT分散液を塗布し、乾燥したSiウェハを、真空中470℃の条件下で80分間焼成して、Siウェハ上にCNT含有ITO膜を生成させた。
【0022】
[CNT含有ITO膜のエッチング処理]
エッチング液として濃度10g/Lのシュウ酸水溶液(濃度は無水物として算出した)を用い、CNT含有ITO膜を生成したSiウェハをカソードとし、対極に導電性Siウェハを用い、前記正極面積1cm
2当り電流1mAの条件で3分間通電し、電解エッチングを行った。エッチング終了後、水洗および乾燥を行った。
【0023】
[CNT露出処理]
エッチング処理後のCNT含有ITO膜中に含まれるCNTを部分的に露出させるために、CNT含有ITO膜に機械的処理による溝の形成を行った。溝の形成は、CNT含有ITO膜の表面を#2000のサンドペーパーを用い、2方向にそれぞれ2回研摩することにより行った。Si基板上に形成されたCNT含有ITO膜にCNT露出処理を施したものをカソード電極とした。
[溝の評価]
前記のCNT露出処理によりCNT含有ITO膜に形成された溝の存在密度、幅および深さは、以下の方法で評価した。
溝の幅および長さは、膜表面の1mm×1mmの領域5箇所について、走査電子顕微鏡を用いて測定した。幅が0.1〜50μmの範囲である溝の総延長を各領域で測定し、その平均値を当該試料の溝の1mm
2当たり総延長とした。
表面を観察した結果、本実施例では、幅が0.1〜50μmの範囲である溝の1mm
2当たりの総延長は50mmであった。溝の深さを溝の10箇所について表面粗さ計で測定した結果、いずれも0.1μm以上であった。
【0024】
[カソード電極の評価]
(発光素子の作成)
得られたカソード電極を四角形に切断し、四角形の対向する2辺にガラスファイバー製スペーサー(直径450μm)を設置し、固定した。表面にITOを蒸着し、蛍光体を塗布したガラス板をアノード電極とした。アノード電極をカソード電極と同様の形状に切断した。アノード電極の蛍光体塗布面とカソード電極のCNT含有ITO膜の存在する面が対向するように、アノード電極を前記スペーサーの上に設置・固定して、発光素子を形成した。なお、発光素子の発光面積は1辺7mmの正方形とした。
(発光素子の発光状態の評価)
得られた発光素子のカソード電極およびアノード電極を電源装置に接続し、10
-4Paの真空容器中に設置し、カソード電極に5kVを印加して、発光素子を発光させた。その際、発光状態を目視で観察するとともに、CCDカメラを用いて撮影した。
発光素子の発光強度(輝度)は、輝度計(コニカミノルタオプティクス社製:LS−100)を用いて測定した。輝度の測定は、真空容器のビューポート越しに、発光面上の5箇所について行った。
5箇所で測定した発光輝度は250〜300cd/cm
2の範囲であり、それらの平均値は270cd/cm
2であった。この発光輝度は、エッチング処理を行わない下記の比較例の2倍以上の値である。
【0025】
[比較例1]
CNT含有ITO膜のエッチング処理をおこなわなかった以外は、実施例1と同様の手順で、FEL素子を作成し、評価した。
CNT露出処理を行い、溝を形成したCNT含有ITO膜表面には、幅が0.1〜50μmの範囲である溝が1mm
2当たりの総延長55mmで存在した。溝の深さを溝の10箇所について表面粗さ計で測定した結果、いずれも0.1μm以上であった。発光素子を組み立てて、5箇所で測定した発光輝度は107〜120cd/cm
2の範囲であり、それらの平均値は103cd/cm
2であった。