特許第6130275号(P6130275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6130275
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】推定装置及び推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/36 20060101AFI20170508BHJP
【FI】
   G01R31/36 A
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-184483(P2013-184483)
(22)【出願日】2013年9月5日
(65)【公開番号】特開2015-52483(P2015-52483A)
(43)【公開日】2015年3月19日
【審査請求日】2015年9月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004765
【氏名又は名称】カルソニックカンセイ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100164471
【弁理士】
【氏名又は名称】岡野 大和
(72)【発明者】
【氏名】馬場 厚志
(72)【発明者】
【氏名】足立 修一
【審査官】 菅藤 政明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−10420(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/098968(WO,A1)
【文献】 竹野 倫彰,片山 徹,Unscented Kalman Filterを用いた力学系の状態およびパラメータ推定,システム制御情報学会論文誌,日本,システム制御情報学会,2011年 9月15日,第24巻 第9号,P21-29
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非線形カルマンフィルタを用いて非線形システムにおける内部状態量を推定する推定装置であって、
前記非線形カルマンフィルタは、前記非線形システムに係る状態方程式に基づき事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を算出する事前推定予測フェーズと、前記非線形システムに係る出力方程式に基づき事前出力推定値、出力の共分散行列、及び状態と出力の相互共分散行列を算出する事前推定更新フェーズとを含み、
前記事前推定予測フェーズ又は前記事前推定更新フェーズのいずれか一方のフェーズをEKFで行い、他方のフェーズをUKFで行うことを特徴とする推定装置。
【請求項2】
前記状態方程式及び前記出力方程式に基づき、非線形性の弱い方程式に対応するフェーズをEKFで行うことを特徴とする、請求項1に記載の推定装置。
【請求項3】
前記状態方程式及び前記出力方程式に基づき、非線形性の強い方程式に対応するフェーズをUKFで行うことを特徴とする、請求項1又は2に記載の推定装置。
【請求項4】
前記非線形システムはバッテリであり、前記内部状態量は前記バッテリのSOCを含み、
前記事前推定予測フェーズをUKFで行い、前記事前推定更新フェーズをEKFで行うことを特徴とする、請求項1の何れか一項に記載の推定装置。
【請求項5】
非線形カルマンフィルタを用いて非線形システムにおける内部状態量を推定する推定方法であって、
前記非線形カルマンフィルタは、前記非線形システムに係る状態方程式に基づき事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を算出する事前推定予測フェーズと、前記非線形システムに係る出力方程式に基づき事前出力推定値、出力の共分散行列、及び状態と出力の相互共分散行列を算出する事前推定更新フェーズとを含み、
前記事前推定予測フェーズ又は前記事前推定更新フェーズのいずれか一方のフェーズをEKFで行い、他方のフェーズをUKFで行うことを特徴とする推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バッテリ等の内部状態量を推定する推定装置及び推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気自動車等に搭載されるバッテリの内部状態量である充電率(SOC:State Of Charge)やパラメータ等を推定するために、カルマンフィルタが用いられている。バッテリの内部状態量は非線形のモデルにより表されるため、バッテリの内部状態量を推定するためには非線形カルマンフィルタが用いられている。具体的には、Extended Kalman Filter(EKF)を用いた推定技術(特許文献1等)や、Unscented Kalman Filter(UKF)を用いた推定技術(特許文献2等)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2008−519977号公報
【特許文献2】特表2009−526220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
EKFを用いた推定技術は、一つの代表点でシステムを線形近似するものであり、推定する対象のシステムが単純な非線形性を有する場合、すなわち非線形性が弱い場合には、比較的少ない計算量で高精度の推定を行うことができる。しかしながら、推定する対象のシステムが複雑な非線形性を有する場合、すなわち非線形性が強い場合には、一つの代表点による線形近似では不十分であり、推定精度が悪化してしまう。
【0005】
一方、UKFを用いた推定技術は、複数の代表点(シグマポイント)を生成して推定を行うため、複雑な非線形性を有する場合、すなわち非線形性が強い場合であっても、高精度の推定を行うことができる。しかしながらUKFを用いた推定技術においては、各シグマポイントについて夫々計算を行うため、計算負荷が増大してしまう。
【0006】
従って、上記のような問題点に鑑みてなされた本発明の目的は、バッテリの内部状態量等の非線形システムにおける内部状態量の推定において、計算負荷を抑え、かつ推定精度を高めることができる推定装置及び推定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために請求項1に記載の本発明に係る推定装置は、
非線形カルマンフィルタを用いて非線形システムにおける内部状態量を推定する推定装置であって、
前記非線形カルマンフィルタは、前記非線形システムに係る状態方程式に基づき事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を算出する事前推定予測フェーズと、前記非線形システムに係る出力方程式に基づき事前出力推定値、出力の共分散行列、及び状態と出力の相互共分散行列を算出する事前推定更新フェーズとを含み、
前記事前推定予測フェーズ又は前記事前推定更新フェーズのいずれか一方のフェーズをEKFで行い、他方のフェーズをUKFで行うことを特徴とする。
【0008】
また請求項2に記載の推定装置は、
請求項1に記載の推定装置において、
前記状態方程式及び前記出力方程式に基づき、非線形性の弱い方程式に対応するフェーズをEKFで行うことを特徴とする。
【0009】
また請求項3に記載の推定装置は、
請求項1又は2に記載の推定装置において、
前記状態方程式及び前記出力方程式に基づき、非線形性の強い方程式に対応するフェーズをUKFで行うことを特徴とする。
【0010】
また請求項4に記載の推定装置は、
請求項1乃至3に記載の推定装置において、
前記非線形システムはバッテリであり、前記内部状態量は前記バッテリのSOCを含み、
前記事前推定予測フェーズをUKFで行い、前記事前推定更新フェーズをEKFで行うことを特徴とする。
【0011】
また請求項5に記載の推定方法は、
非線形カルマンフィルタを用いて非線形システムにおける内部状態量を推定する推定方法であって、
前記非線形カルマンフィルタは、前記非線形システムに係る状態方程式に基づき事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を算出する事前推定予測フェーズと、前記非線形システムに係る出力方程式に基づき事前出力推定値、出力の共分散行列、及び状態と出力の相互共分散行列を算出する事前推定更新フェーズとを含み、
前記事前推定予測フェーズ又は前記事前推定更新フェーズのいずれか一方のフェーズをEKFで行い、他方のフェーズをUKFで行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明における請求項1に記載の推定装置によれば、事前推定予測フェーズ又は事前推定更新フェーズのいずれか一方のフェーズをEKFで行い、他方のフェーズをUKFで行う。これにより、EKFで計算を行うフェーズにおける計算負荷を抑え、かつUKFで計算を行うフェーズの推定精度を高めることができる。
【0013】
また本発明における請求項2に記載の推定装置によれば、非線形性の弱い方程式に対応するフェーズをEKFで行う。これにより非線形性の弱い方程式に対応するフェーズについては、EKFを用いることで計算負荷を抑えつつ一定の推定精度を保つことができる。
【0014】
また本発明における請求項3に記載の推定装置によれば、非線形性の強い方程式に対応するフェーズをUKFで行う。これにより非線形性の強い方程式に対応するフェーズについては、UKFを用いることで推定精度を効率的に高めることができる。
【0015】
また本発明における請求項4に記載の推定装置によれば、バッテリのSOCを含む内部状態量を推定するにあたり、事前推定予測フェーズをUKFで行い、事前推定更新フェーズをEKFで行う。ここでバッテリの内部状態量に係る状態方程式は非線形性が強く、出力方程式の非線形性は弱い。そのため、非線形性の弱い事前推定更新フェーズについては、EKFを用いることで計算負荷を抑えつつ一定の推定精度を保ち、かつ、非線形性の強い事前推定予測フェーズについては、UKFを用いることで推定精度を効率的に高めることができる。
【0016】
また本発明における請求項5に記載の推定方法によれば、事前推定予測フェーズ又は事前推定更新フェーズのいずれか一方のフェーズをEKFで行い、他方のフェーズをUKFで行う。これにより、EKFで計算を行うフェーズにおける計算負荷を抑え、かつUKFで計算を行うフェーズの推定精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】カルマンフィルタの各フェーズを示す概念図である。
図2】本発明の実施例1に係る推定装置のブロック図である。
図3】バッテリの等価回路を示す図である。
図4】SOC−OCV特性を示すグラフである。
図5】本発明の実施例1に係る推定装置の動作を示すフローチャートである。
図6】推定装置で推定する対象のシステムに係る計測データである。
図7】本発明の実施例1に係る推定装置による推定結果のデータである。
図8】EKFによる推定結果の参考データである。
図9】UKFによる推定結果の参考データである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0019】
(実施の形態)
図1は、本発明の実施の形態に係る推定装置において用いられる非線形カルマンフィルタの各フェーズを示す概念図である。図1に示すように非線形カルマンフィルタは、初期化のフェーズと、事前推定予測フェーズと、事前推定更新フェーズと、事後推定フェーズとに分けて考えることができる。本発明は概略として、非線形カルマンフィルタにおける事前推定予測フェーズと事前推定更新フェーズとが別個独立のフェーズであることに着目し、これら2つのフェーズのうちの一方をEKFで行い、他方をUKFで行うことを特徴とする。ここで本発明ではEKF及びUKFの2つの非線形カルマンフィルタを混合するため、本発明による当該非線形カルマンフィルタを、Mixed Kalman Filter(MKF)と呼ぶ。
【0020】
上記2つの各フェーズをEKF又はUKFのいずれで行うかは、事前推定予測フェーズ及び事前推定更新フェーズに各々対応する状態方程式及び出力方程式の非線形性の強さに基づく。これらの方程式のうち、非線形性が強い方程式に対応するフェーズをUKFで行う。一方これらの方程式のうち、非線形性が弱い方程式に対応するフェーズをEKFで行う。例えば状態方程式の非線形性が強く、出力方程式に非線形性が弱い場合、事前推定予測フェーズをUKFで行い、事前推定更新フェーズをEKFで行う。一方で出力方程式の非線形性が強く、状態方程式の非線形性が弱い場合、事前推定予測フェーズをEKFで行い、事前推定更新フェーズをUKFで行う。
【0021】
なお、状態方程式及び出力方程式の非線形性の強弱の判断は、各種手法が考えられる。例えばある方程式(状態方程式又は出力方程式)が、所定の線形の方程式により一定の誤差範囲内で近似できる場合、当該方程式の非線形性は弱いとすることができる。一方である方程式が、所定の線形の方程式により一定の誤差範囲内で近似できない場合、当該方程式の非線形性は強いとすることができる。また、ある方程式が微分可能でない場合には当該方程式の非線形性は強いとすることができる。
【0022】
以下、図1に示す各フェーズの詳細について説明する。なおここでは、ノイズを考慮した離散系の非線形システムを対象とする。当該非線形システムに係る状態方程式は式(1)で表され、出力方程式は式(2)により表される。
【数1】
【0023】
【0024】
(1 初期化フェーズ)
初期化のフェーズでは、状態推定値の初期値及び状態の共分散行列の初期値(状態の初期共分散行列)を与える。状態の初期値は式(3)、初期共分散行列は式(4)で表される。
【数2】
【0025】
(2 事前推定予測フェーズ)
次の事前推定予測フェーズでは、状態方程式に基づき事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を算出(予測)する。状態方程式に基づいて事前推定値及び事前共分散行列を算出する方法は、EKFで行う場合とUKFで行う場合とで相違する。以下、本フェーズをEKF、又はUKFで行う場合について各々説明する。
【0026】
【0027】
【数3】
【0028】
【0029】
【数4】
【0030】
【0031】
シグマポイントを生成後、状態方程式に基づく以下の式(11)からシグマポイント毎に推定値を算出する。
【数5】
【0032】
続いて、以下の式(12)に基づき事前状態推定値を算出し、また式(13)に基づき状態の事前共分散行列を算出する。
【数6】
【0033】
【0034】
【数7】
【0035】
(3 事前推定更新フェーズ)
事前推定予測フェーズに続く事前推定更新フェーズでは、事前推定予測フェーズで算出された事前状態推定値、状態の事前共分散行列、及び出力方程式に基づき、事前出力推定値、出力の共分散行列、及び状態と出力の相互共分散行列を算出する。これらの値を算出する方法は、EKFで行う場合とUKFで行う場合とで相違する。以下、EKF、又はUKFで行う場合について各々説明する。
【0036】
【0037】
【数8】
【0038】
【0039】
【数9】
【0040】
続いて以下の式(22)に基づき事前出力推定値を算出し、また式(23)及び式(24)に基づき夫々出力の共分散行列及び状態と出力の相互共分散行列を算出(更新)する。
【数10】
【0041】
【0042】
【数11】
【0043】
【0044】
【数12】
【0045】
そして事前推定予測フェーズに戻り、事後推定フェーズにより算出した当該事後状態推定値及び状態の事後共分散行列を用いて、事前推定予測フェーズ〜事後推定フェーズを繰り返し行う。
【0046】
(実施例1:バッテリの内部状態量の推定)
上記MKFのアルゴリズムを用いたバッテリの内部状態量を推定する推定装置について以下説明する。バッテリの内部状態量は、バッテリの充電率(SOC)を含む。なおこの推定装置1は、例えば電気自動車に搭載される。図2は本発明の実施例1に係る推定装置1を含むブロック図である。本発明の実施例1に係る推定装置1は、バッテリ2に接続されており、電流センサ11と、電圧センサ12と、制御装置13とを備える。
【0047】
バッテリ2は、リチャージャブル・バッテリであって、本実施例では例えばリチウム・イオン・バッテリを用いる。なお、本実施例は、バッテリ2がリチウム・イオン・バッテリであることに限られることはなく、ニッケル水素バッテリなど他の種類のバッテリを用いてもよい。
【0048】
電流センサ11は、バッテリ2から車両を駆動する電気モータ等へ電力を供給する場合の放電電流の大きさを検出する。また、電流センサ11は、制動時に電気モータを発電機として機能させ制動エネルギの一部を回収したり地上の電源設備から充電したりする場合の充電電流の大きさを検出する。検出した充放電電流信号iは、入力信号として制御装置13へ出力される。
【0049】
電圧センサ12は、バッテリ2の端子間の電圧値を検出するものである。ここで検出された端子電圧信号vは制御装置13へ出力される。なお、電流センサ11、電圧センサ12は、種々の構造・形式のものを適宜採用することができる。
【0050】
制御装置13は、例えばマイクロコンピュータで構成される。制御装置13は、インタフェース部131と、制御部132と、記憶部133と、出力部134とを備える。
【0051】
インタフェース部131は、電流センサ11から入力された充放電電流信号iと、電圧センサ12から入力された端子電圧信号vと受け取る。
【0052】
制御部132は、制御装置13に係る各種制御を行う。具体的には制御部132は、インタフェース部131が受け取った充放電電流信号i及び端子電圧信号vと、バッテリ2に係るバッテリ等価回路モデルに基づき、MKFに従ってバッテリ2の内部状態量を推定する。記憶部133は、制御装置13が推定を行うために必要な各種プログラム等を記憶する。出力部134は、制御部132により推定された結果を出力する。
【0053】
図3は、本実施例において用いるバッテリ等価回路モデルを示す。これは、Kuhnらが提案するフォスター型回路を用いたワールブルグインピーダンスの近似モデルと、Plettなどが提案する開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)とを組み合わせたものである。
【0054】
【0055】
【数13】
【0056】
【0057】
このとき図3のバッテリ等価回路モデルの状態空間表現は、以下の式(34)〜(38)により示される。
【数14】
【数15】
【0058】
【0059】
【数16】
【0060】
【0061】
【数17】
【数18】
とする。このとき式(34)及び式(35)は、拡大系のシステムとして夫々以下の状態方程式(式(46))及び出力方程式(式(47))に書き換えることができる。
【数19】
【数20】
である。式(48)及び式(49)は、式(34)〜(45)から導出される。式(46)〜(49)で表される拡大系に対して、制御部132はMKFを適用する。
【0062】
ここで、式(46)で表される状態方程式は非線形性が強く、式(47)で表される出力方程式は非線形性が弱い。そこで本実施例の場合、事前推定予測フェーズをUKFで行い、事前推定更新フェーズをEKFで行う。
【0063】
次に、本発明に係る推定装置1について、図5に示すフローチャートによりそのシミュレーション動作を説明する。なおここでシミュレーションに必要な観測値については、実際にある地点Aから別の地点Bまで電気自動車で走行した際に電流センサ11及び電圧センサ12により計測した計測データを用いる。当該計測データを図6に示す。図6(a)、(b)はそれぞれバッテリ2の端子間電流、端子間電圧を示す。さらに図6(c)(d)(e)に、それぞれバッテリ2のSOC、温度、及び車速の計測データを参考として示す。図6(a)〜(e)において横軸は時間であり、0分の時に地点Aを出発し、約600分の時に地点Bに到着している。
【0064】
図5に戻って、推定装置1の動作について説明する。はじめに制御部132は、各変数の初期化を行う(ステップS11)。具体的には初期値として以下の実測値を用いる。
【数21】
【0065】
続いて制御部132は、事前推定予測フェーズをUKFで行い(ステップS12)、事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を算出(予測)する。事前推定予測フェーズは、式(46)の状態方程式に基づき行う。なお式(46)は連続時間状態方程式であるが、離散時間での数値シミュレーションを行うため、ルンゲクッタ法により離散時間状態方程式にする。なお連続時間状態方程式を離散時間状態方程式に変換する手法は、ルンゲクッタ法に限られず、例えばオイラー法等、如何なる離散化の手法を用いてもよい。
【0066】
【0067】
【数22】
ここで式(54)におけるK〜Kは係数パラメータである。
【0068】
続いて制御部132は、電流センサ11及び電圧センサ12により測定した観測値と、事前推定更新フェーズで算出した事前出力推定値とに基づき、事前状態推定値及び状態の事前共分散行列を補正し、事後状態推定値及び状態の事後共分散行列を算出する。出力部134は、当該事後状態推定値を、出力値として出力する(ステップS14)。続いてステップS12に戻り、ステップS12〜ステップS14の処理を繰り返す。
【0069】
図7に、本発明に係る推定装置1により推定した推定結果を示す。図7(a)は推定装置1によるSOCの推定値と、参照値(真値)とを示す。図7(b)は、SOCの誤差率を示す。図7(a)(b)に示すように、本発明に係る推定装置1は参照値に極めて近い値が推定できていることがわかる。図7(c)〜(f)は、バッテリ2に係る各パラメータ(R0、Rd、Cd、τ)の推定値を示す。図7(c)〜(f)では、各推定値の偏差をσとしたときの推定値から1σ離間した範囲(1σ範囲)を、それぞれ破線により示している。バッテリ2に係る各パラメータの推定値は夫々一定値に収束し、かつ1σ範囲は時間経過とともに狭まっており、推定精度が保たれていることが分かる。
【0070】
参考として、以下にEKF、UKF、MKFの各々でバッテリ2のSOCを推定した場合のSOCの推定誤差の二乗平均平方根(RMSE)の比較表を示す。以下の表に示すように、本発明に係る推定装置1が採用するMKFが最もRMSEが小さく、したがって推定精度が最も高いことが分かる。
【表1】
【0071】
さらに図8及び図9にそれぞれEKF、又はUKFのみで推定したバッテリ2のSOC及び各パラメータの推定結果を示す。SOCの推定結果に関してはEKF、UKF共に一定の推定精度である(図8(a)(b)及び図9(a)(b))。本発明に係るSOC推定結果(図7(a)(b))とこれらの結果とを比較すると、本発明に係る推定結果は、初期の段階においてEKFと同程度の速さで推定値が収束しつつ、かつ偏差の範囲が抑えられている。したがって、MKFが最も推定精度が高い結果となっている。
【0072】
またEKFによるバッテリ2の各種パラメータの推定結果(図8(c)〜(f))に関しては、一部のパラメータが段階的に上昇し、かつ1σ範囲も収束していない(図8(e)(f))。したがってEKFではこれらのパラメータの推定の精度が悪化している。一方で、UKFによるバッテリ2の各種パラメータの推定結果(図9(c)〜(f))に関しては、各パラメータが一定値に収束し、かつ1σの範囲が収束している。本発明に係る各パラメータの推定結果(図7(c)〜(f))は、UKFによる各パラメータの推定結果と同等の結果となっている。
【0073】
このように実施例1の推定装置1によれば、EKFとUKFを組み合わせたMKFを用いて推定を行う。そしてUKFにより推定を行う事前推定予測フェーズについては、実施例1の場合状態変数が7個であるため、UKFにおけるシグマポイントを15個生成して夫々について計算をすることになる。そのため状態方程式の非線形性は強いものの、事前推定予測フェーズの計算を精度よく行うことができる。一方事前推定更新フェーズについてはEKFにより計算を行う。出力方程式については非線形性が弱いため、EKFでも高精度で推定できる。さらにシグマポイントを15個生成して夫々について計算する場合と比較し、EKFの場合は1点のみで推定を行うため、演算回数は1/15程度に抑えることができる。すなわち、実施例1の推定装置1によれば、計算負荷を抑え、かつ推定精度を高めることができる。
【0074】
(実施例2:顔認識における内部状態量の推定)
以下に、本発明のMKFのアルゴリズムを用いた、顔認識(Human Face Tracking)における内部状態量を推定する推定装置について説明する。実施例2に係る推定装置は概略として、事前推定予測フェーズをEKFで行い、事前推定更新フェーズをUKFで行う点が、実施例1にかかる構成と相違する。
【0075】
顔認識に係る状態方程式は、
【数23】
である(Rudolph van der Merwe、“Sigma-Point Kalman Filters for Probabilistic Inference in Dynamic State-Space Models”、A dissertation submitted to the faculty of the OGI School of Science & Engineering at Oregon Health & Science University in partial fulfillment of the requirements for the degree Doctor of Philosophy in Electrical and Computer Engineering、2004年4月、p.290)。ただしτはサンプリング周期である。また、
【数24】
である。
【0076】
一方、顔認識に係る出力方程式は、同論文より、
【数25】
【数26】
であり、θは楕円の中心から見た角度である。本実施例では、式(55)で表される状態方程式は比較的線形に近く、すなわち非線形性が弱い。一方で、式(58)で表される出力方程式は複雑な非線形性であり、すなわち非線形性が強い。そのため本実施例にMKFを適用する場合は、事前推定予測フェーズをEKFで行い、事前推定更新フェーズをUKFで行う。このようにすることで実施例2に係る推定装置は、顔認識における内部状態量を推定する際の計算負荷を抑え、かつ推定精度を高めることができる。
【0077】
なお上記実施例1及び2においては、夫々バッテリの内部状態量の推定及び顔認識における内部状態量の推定においてMKFを適用する例について説明したが、本発明が適用可能なシステムはこれらに限られず、他の如何なる非線形システムにおいても本発明のMKFを適用して内部状態量の状態推定を行うことができる。
【0078】
ここで、推定装置として機能させるために、コンピュータを好適に用いることができ、そのようなコンピュータは、推定装置の各機能を実現する処理内容を記述したプログラムを、当該コンピュータの記憶部に格納しておき、当該コンピュータの中央演算処理装置(CPU)によってこのプログラムを読み出して実行させることで実現することができる。
【0079】
本発明を諸図面や実施例に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形や修正を行うことが容易であることに注意されたい。従って、これらの変形や修正は本発明の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各手段、各ステップ等に含まれる機能等は論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の手段やステップ等を1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0080】
1 推定装置
2 バッテリ
11 電流センサ
12 電圧センサ
13 制御装置
131 インタフェース部
132 制御部
133 記憶部
134 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9