特許第6131364号(P6131364)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6131364
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】溶接装置および溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 37/02 20060101AFI20170508BHJP
   B23K 9/028 20060101ALI20170508BHJP
   E02D 5/24 20060101ALI20170508BHJP
【FI】
   B23K37/02 B
   B23K9/028 D
   B23K9/028 K
   B23K37/02 301A
   E02D5/24 102
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-87777(P2016-87777)
(22)【出願日】2016年4月26日
【審査請求日】2016年4月26日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509053994
【氏名又は名称】東京テクノ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】冨 光秀
【審査官】 奥隅 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−276267(JP,A)
【文献】 特開平07−276091(JP,A)
【文献】 実公昭52−051442(JP,Y1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 37/02
B23K 9/028
E02D 5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自走可能な走行体と、溶接トーチを把持するトーチ把持部と、該トーチ把持部と前記走行体を連結するアーム部材と、を備える溶接装置であって、
前記走行体に、該走行体の底部を磁力による吸引力が生じる状態と生じない状態に切り替えることが可能な磁石装置が内包され、
前記アーム部材は棒状材を備え、該棒状材の先端部近傍が、前記走行体の自走方向に直交するとともに前記底部に対して平行に延在し、該棒状材の基端部近傍が、前記走行体の前記底部と直交する方向に移動自在となるよう、前記走行体に設置され、
前記トーチ把持部は、筒部と、該筒部の外周面に設置された前記溶接トーチを挟持する挟持体を備え、前記走行体の自走方向に直交し前記底部に対して平行な方向に移動自在となるよう、前記筒部が、前記棒状材に沿って移動可能、かつ該棒状材の周面に対して回動自在に、前記棒状材の前記先端部近傍に挿通されることを特徴とする溶接装置。
【請求項2】
請求項に記載の溶接装置において、
走行面に設置され、前記走行体の自走方向をガイドするガイドレールと、
前記走行体に備えられ、前記ガイドレールに接触するレール接触部を備えることを特徴とする溶接装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の溶接装置を用いて鋼管どうしの突合せ部を溶接するための溶接方法であって、
前記鋼管の周面に、前記底部が磁力による吸引力が生じた状態の走行体を配置し、
前記溶接トーチのノズルが、前記突合せ部に形成された開先の位置に配置されるよう、前記トーチ把持部を前記アーム部材に沿って移動させて位置調整を行うとともに、該ノズルと前記開先との距離が最適な間隔となるよう、前記走行体に対して前記アーム部材を移動させて間隔調整したのち、
前記鋼管の周面を走行面にして、前記トーチ把持部に溶接トーチを把持させた前記走行体を、前記底部に吸引力を維持させつつ溶接方向に沿って自走させることを特徴とする溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、互いに対向して開先を形成する鋼材の突合せ部を溶接接合するための溶接装置および溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、工事現場等にて鋼材どうしの突合せ部を溶接接合する方法として、アーク溶接や半自動アーク溶接等の溶接方法が広く知られている。これらの溶接方法は、いずれも溶接工が手作業にて行うことから、溶接技術の熟練工が激減する中、溶接工の技術や経験等によりその品質に大きな差が生じる。
【0003】
このような中、例えば特許文献1には、鋼管杭どうしを溶接接合するための溶接装置が開示されている。特許文献1の溶接装置は、鋼管杭の周面に取付けられるガイドレールと、アーク発生部材を備えた自走装置からなり、ガイドレールの表面には、周方向に凹状部が形成され、また、自走装置には、ガイドレールの凹状部に沿って移動するガイドロールと、モーターにより駆動し鋼管杭の周面を移動する車輪が備えられている。自走装置にはさらに、鋼管杭の周面を移動する補助車輪がアームの先端に設置されており、車輪と補助車輪は、鋼管杭を挟むことができる位置に配置されている。
【0004】
上記の溶接装置は、アーク発生部材を備えた自走装置が、ガイドレールに案内されながらモーターにより駆動する車輪によって鋼管杭の周面を自走するから、溶接作業を一定速度で安定して実施することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−35309号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記の溶接装置は、車輪と補助車輪により鋼管杭を挟持することにより自走装置を鋼管に据え付ける構造であることから、先端に補助車輪を備えたアームを自走装置に設置しなければならない。このため、母材が大径な鋼管杭である場合には、装備が大掛かりになるだけでなく重量も嵩むこととなり、取り付け作業が煩雑となりやすい。
【0007】
本発明は、かかる課題に鑑みなされたものであって、その主な目的は、手間を要することなく容易に設置が可能で、かつ溶接接合部を均質に仕上げることの可能な溶接装置および溶接装置を用いた溶接方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため本発明の溶接装置は、自走可能な走行体と、溶接トーチを把持するトーチ把持部と、該トーチ把持部と前記走行体を連結するアーム部材と、を備える溶接装置であって、前記走行体に、該走行体の底部を磁力による吸引力が生じる状態と生じない状態に切り替えることが可能な磁石装置が内包され、前記アーム部材は棒状材を備え、該棒状材の先端部近傍が、前記走行体の自走方向に直交するとともに前記底部に対して平行に延在し、該棒状材の基端部近傍が、前記走行体の前記底部と直交する方向に移動自在となるよう、前記走行体に設置され、前記トーチ把持部は、筒部と、該筒部の外周面に設置された前記溶接トーチを挟持する挟持体を備え、前記走行体の自走方向に直交し前記底部に対して平行な方向に移動自在となるよう、前記筒部が、前記棒状材に沿って移動可能、かつ該棒状材の周面に対して回動自在に、前記棒状材の前記先端部近傍に挿通されることを特徴とする。
【0009】
上記の溶接装置によれば、磁石装置により走行体の底部を磁力による吸引力が生じた状態にして磁力作用面とすることで、金属よりなる走行面に走行体を引き寄せることができるため、安定して走行面に溶接装置を据え付けることができ、また、磁石装置により走行体の底部を磁力による吸引力が生じない状態に切り替えるのみで、容易に溶接装置を走行面から撤去できる。
【0010】
これにより、溶接装置を鋼板や鋼矢板、鋼管等いずれの形状をなす部材に対しても設置でき、また、溶接装置の据え付けもしくは撤去に要する作業時間を大幅に短縮し、作業効率を向上することが可能となる。
【0011】
また、走行体の底部に磁力作用面を形成しつつ、走行体を自走させることができるため、トーチ把持部に把持させた溶接トーチを利用して、鋼管杭の溶接継手だけでなく既設の鉄筋コンクリート橋脚に巻き立てた補強鋼板の溶接接合等、溶接工による手作業では品質確保が困難な現場環境において、溶接工の技能によることなく溶接接合部を効率よく均質に仕上げることが可能となる。
【0013】
さらに、走行面が鋼管杭のような凸面形状をなす場合であっても、その曲率に応じて、走行体の底部に形成される磁力作用面と走行面との距離を調整できるため、走行体を確実に走行面に引き寄せ、溶接装置を安定して据え付けることが可能となる。
【0014】
本発明の溶接装置は、走行面に設置され、前記走行体の自走方向をガイドするガイドレールと、前記走行体に備えられ、前記ガイドレールに接触するレール接触部を備えることを特徴とする。
【0015】
上記の溶接装置によれば、ガイドレールを用いて走行体の自走方向をより正確に案内することができるため、走行体のトーチ把持部に把持させた溶接トーチを利用して溶接作業を実施するにあたり、溶接接合部に位置ずれを生じることなくより高精度に仕上げることが可能となる。
【0016】
本発明の溶接方法は、本発明の溶接装置を用いて鋼管どうしの突合せ部を溶接するための溶接方法であって、前記鋼管の周面に、前記底部が磁力による吸引力が生じた状態の走行体を配置し、前記溶接トーチのノズルが、前記突合せ部に形成された開先の位置に配置されるよう、前記トーチ把持部を前記アーム部材に沿って移動させて位置調整を行うとともに、該ノズルと前記開先との距離が最適な間隔となるよう、前記走行体に対して前記アーム部材を移動させて間隔調整したのち、前記鋼管の周面を走行面にして、前記トーチ把持部に溶接トーチを把持させた前記走行体を、前記底部に吸引力を維持させつつ溶接方向に沿って自走させることを特徴とする。
【0017】
上記の溶接方法によれば、走行体を一定速度で自走させることができるため、あらかじめ品質確保に最適な速度を設定しておくことにより、鋼管の溶接継手にアンダーカットやオーバーラップ等の溶接欠陥が生じることを抑止し、溶接接合部を健全な状態に仕上げることが可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、走行体に磁石装置を内包するのみの簡略でコンパクトな設備にできるため、走行体の底部に形成される磁力作用面を利用して、いずれの形状の走行面に対しても溶接装置を容易に据え付けることができ、設置および撤去等の作業効率を大幅に向上できるとともに、走行体の底部に磁力作用面を形成した状態で走行面を自走でき、溶接工による手作業では品質確保が困難な現場環境において、溶接接合部を溶接工の技能によることなく均質に仕上げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の溶接装置の据え付け状況を示す図である。
図2】本発明の溶接装置の概略を示す図である。
図3】本発明の溶接装置における走行体の磁石装置の詳細を示す図である。
図4】本発明の溶接装置における走行体の磁石装置の他の事例を示す図である。
図5】本発明の溶接装置を用いた溶接作業の詳細を示す図である。
図6】本発明の溶接装置に用いるガイド部材を示す図である。
図7】本発明のガイド部材の概略を示す図である。
図8】本発明の溶接装置をコンクリートパイルに適用した事例を示す図である。
図9】本発明の車輪の径により走行体の床パネルと走行面との距離を調整する様子を示す図である。
図10】本発明の溶接装置を既設橋脚の補強工事に適用した事例を示す図である。
図11】本発明のガイド部材及び走行体に備えるレール接触部の詳細を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1で示すように、鋼管よりなる上杭10と下杭11の突合せ部を接合するに際し、突合せ部に溶接継手を施工する溶接装置1は、走行体2と、溶接トーチ9を把持するトーチ把持部7と、トーチ把持部7と走行体2を連結するアーム部材6を備えている。
【0021】
走行体2は、図2及び図3で示すように、4体の車輪3、車輪3を駆動するモーター等の駆動源4、駆動源4を作動させる作動スイッチ21、走行体2の前進移動または後退移動を切替える方向切替えスイッチ22、走行体2の自走速度を調整する速度調整ダイヤル23、および駆動源4に電力を供給するための電源プラグ24、及び磁石装置5を備えている。
【0022】
磁石装置5は、走行体2の床パネル25の下面に磁力作用面を形成するものであり、図3で示すように、複数の永久磁石51と継鉄板52a、52bを備えている。永久磁石51は、走行体2の床パネル25と平行な方向(図3中の左右方向)に間隔を有して、互いに磁極を逆向きにした状態、つまりS極どうしおよびN極どうしが対向する状態で配置されるとともに、その間に継鉄板52aが配置されている。また、複数の永久磁石51各々と走行パネル25の間にも、複数の継鉄板52bが永久磁石51の配置間隔と同じ間隔を有して配置されている。
【0023】
このような構成の磁石装置5において、走行パネル25の上面に配置した継鉄板52bの位置が、図3(a)で示すように、永久磁石51と揃って配置された状態では磁力線Mが継鉄板52b内に留まり、床パネル25は磁力による吸引力が生じない状態となる。一方、床パネル25の上面に配置した継鉄板52bの位置が、図3(b)で示すように、永久磁石51に対してずれて配置された状態では、磁力線Mが継鉄板52bを経由して走行体2の床パネル25を超える範囲にまで到達し、床パネル25は磁力による吸引力が生じた状態となる。
【0024】
つまり、磁石装置5は、床パネル25の上面に配置した継鉄板52bと永久磁石51との配置を、揃って配置された状態もしくはずれて配置された状態に変更することにより、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態もしくは磁力による吸引力が生じない状態に切り替えることができる。そこで、本実施の形態では、図2で示すように走行体2の表面にレバー53を設置し、レバー53の操作により永久磁石51もしくは床パネル25の上面に設置した継鉄板52bの位置を、互いに揃って配置された状態もしくはずれて配置された状態に切り替わるよう構成した。
【0025】
こうすると、図1で示すように、溶接装置1を上杭1に据え付けたい場合には、レバー53を操作して走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態に切り替えることにより、床パネル25に磁力作用面を形成して走行体2を上杭1に引き寄せ、車輪3を上杭1の周面に当接させることができる。そして、作動スイッチ21にて駆動源4を作動させることにより、走行体2を上杭1に引き寄せつつ、上杭10の周面を走行面として自走することが可能となる。
【0026】
なお、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態もしくは磁力による吸引力が生じない状態に切り替える操作は、レバー53に限定されるものではなく、いずれの切り替え手段を採用してもよい。また、磁石装置5を構成する永久磁石51と継鉄板52a、52bの数量や配置、磁力による吸引力が生じた状態および磁力による吸引力が生じない状態を切り替えるための動作も、上記の構成に限定されるものではない。
【0027】
例えば、図4(a)で示すように、床パネル25の上面にこれと平行な方向に2体の継鉄板52bを間隔を有して配置するとともに、これら2体の継鉄板52の上面を跨ぐように永久磁石51を配置してもよい。こうすると、図4(a)で示すように、永久磁石51のN極とS極がともに2体の継鉄板52に跨っている状態では、磁力線Mが走行体2の床パネル25にまで到達せず、床パネル25は磁力による吸引力が生じない状態となる。
【0028】
しかし、永久磁石51を2体の継鉄板52bの上面と平行な方向に回転移動し、図4(b)で示すように、永久磁石51のN極が一方の継鉄板52bの上面に位置する一方で、S極が他方の継鉄板52bの上面に位置する状態では、磁力線Mが継鉄板52bを経由して走行体2の床パネル25を超える範囲まで到達し、床パネル25は磁力による吸引力が生じた状態となる。このように、床パネル25の上面に配置した継鉄板52bに対して、永久磁石51を回転移動させることにより、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態もしくは磁力による吸引力が生じない状態に切り替える構成としてもよい。
【0029】
アーム部材6は、図2で示すように、略S字状に屈曲された棒状材よりなり、先端部近傍61が走行体2の自走方向と直交するとともに、床パネル25に対して平行に延在するよう配置されるとともに、基端部近傍62が走行体2の走行方向に位置する側面に設置され、この側面に対して床パネル25と直交する方向に移動自在な構造となっている。
【0030】
また、アーム部材6の先端部近傍61には、溶接トーチ9を保持するためのトーチ把持部7が設置されている。トーチ把持部7は、アーム部材6が挿通される筒部71と、筒部71の外周面に設置された挟持体72よりなり、筒部71には外周面と内周面を貫通する締め付けボルト711が備えられている。これにより、トーチ把持部7は、締め付けボルト711を緩めるとアーム部材6の周面を回動するとともに、アーム部材6に沿って走行体2の自走方向と直交し床パネル2に対して平行な方向に移動し、所望の位置で締め付けボルト711を締め付けると、アーム部材6に対して固定される。また、挟持体72は、2枚の板材の間に溶接トーチ9を挟んで挟持ボルト721で締め付けることにより、溶接トーチ9が挟持可能に構成されており、挟持ボルト721を緩めると、溶接トーチ9のノズル91をアーム部材6の先端部近傍61が延在する方向と平行な面内で回転させることができる。
【0031】
これにより、図1で示すように上杭1の周面に走行体2を配置した状態において、トーチ把持部7をアーム部材6に沿って移動することにより、溶接トーチ9のノズル91を開先12近傍に移動できる。また、挟持体72に対して溶接トーチ9を回転させる、もしくはアーム部材6に対して筒部71を回転させることにより、開先12に対するノズル91の向きを調整できる。さらに、アーム部材6の基端部近傍62を走行体2に対して移動させることにより、ノズル91と開先12との距離を自在に調整できる。
【0032】
上述する構成の溶接装置1を用いて、鋼管よりなる上杭10と下杭11の突合せ部に溶接継手を施工する際には、以下の手順にて行う。まず、図1で示すように、走行体2の自走方向を、上杭10と下杭11の突合せ部と平行な方向、つまり溶接方向と平行な方向に向けるとともに、アーム部材6の先端部近傍61が上杭10と下杭11の突合せ部を跨ぐようにして、走行体2を上杭1の周面に配置する。この後、レバー53を操作して、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態に切り替えて磁力作用面とし、走行体2を上杭10に引き寄せる。これにより、走行体2の車輪3が上杭10の周面に当接することとなり、溶接装置1は上杭10に据え付けられる。
【0033】
次に、ノズル91が上杭10の周面と対向するようにしてトーチ把持部7に溶接トーチ9を把持させた上で、ノズル91が上杭10と下杭11の突合せ部に形成された開先12の所望の高さ位置に配置されるよう、アーム部材6に沿ってトーチ把持部7の位置調整を行う。そして、挟持体72に対する溶接トーチ9の回転もしくはアーム部材6に対する筒部71の回転により、開先12に対するノズル91の向きを調整するとともに、走行体2に対してアーム部材6の基端部近傍62を移動させ、ノズル91と開先12との距離が最適な間隔となるよう調整する。
【0034】
このように、走行体2の自走方向を溶接方向と平行な方向に向けるとともに、アーム部材6の先端部近傍が突合せ部を跨ぐようにして走行体2を上杭1の周面に配置し、溶接装置1を据え付けるのみで、アーム部材6およびトーチ把持部7による位置調整により、溶接トーチ9のノズル91を開先12に対して精度よく配置することが可能となる。
【0035】
この後、走行体2の作動スイッチ21を作動させて走行体2を一定速度で自走させるとともに、図示しない溶接電源に電力を供給し、図5(a)で示すように、溶接作業を開始する。なお、走行体2の自走速度はあらかじめ試験施工を実施し、上杭10と下杭11の溶接継手に必要な品質を確保するべく、最適な速度を決定しておくと、アンダーカットやオーバーラップ等の溶接欠陥を抑止することが可能である。
【0036】
こうして、走行体2を上杭10周りに自走させつつ溶接作業を行い、走行体2が上杭10を一周したところで、一旦溶接電源への電力供給を中断するとともに走行体2の走行を停止させる。そして、図5(b)で示すように、溶接トーチ9のノズル91が2層目の2パス目の予定位置に配置されるよう、アーム部材6に沿ってトーチ把持部7の位置調整を行ったうえで、溶接電源への電力の供給を再開するとともに走行体2を走行させ、2層目の溶接作業を再開する。
【0037】
この時、走行体2の方向切替えスイッチ22を操作して、走行体2を後退方向に自走させると、溶接用ケーブル92や図示しない溶接ワイヤ、電源ケーブル26等の線類が上杭10や下杭11に巻きついたり、周辺設備等に絡まることなく、効率よく作業を実施することが可能となる。上記の手順に従って、図5(b)で示すように、2層目の3パス目以降も同様に溶接作業を行えばよい。
【0038】
ところで、図1で示すような立設する上杭10の周面を走行体2の走行面とする場合、当然ながら走行体2に重力が作用するため、自走方向が下方に移動しやすく、溶接方向と平行な方向に維持できない場合が生じる。そこで、図6で示すように、走行体2の自走方向をガイドするガイド部材8を用いて溶接作業を行ってもよい。
【0039】
ガイド部材8は、図6で示すように、断面視円弧形状の半割部材よりなる一対のガイド本体81が、蝶番83を介して連結されて、閉状態ではその内径が上杭10の外径と略同径を有する開閉自在なリングとなるように形成されている。また、ガイド本体81には、閉状態において外方に突出する鍔状のガイドレール82が設けられており、走行体2の車輪3をレール接触部とし、車輪3の側面をガイドレール82に接触させつつ走行させることにより、走行体2は常に、このガイドレール82をガイドにして重力等の影響を受けることなく、溶接方向に平行を維持しつつ周回することが可能となる。
【0040】
このように、ガイドレール82を用いて走行体2の自走方向をより正確に案内することができるため、走行体2のトーチ把持部7に把持させた溶接トーチ9を利用して溶接作業を実施するにあたり、溶接接合部に位置ずれを生じることなくより高精度に仕上げることが可能となる。
【0041】
このようなガイド部材8は、上杭10に巻き回して閉状態とした後、締付具84を介して上杭10に締め付け固定するものであり、本実施の形態では図7(a)で示すように、締付具84としてフック841とフック841に係止するエビ金ハンドル842を採用している。しかし、ガイド部材8は必ずしも上記の構成に限定されるものではない。例えば、図7(b)で示すように、半割部材よりなる一対のガイド本体81を向かい合せた際の隣り合う端部同士それぞれに、ボルト843およびナット844よりなる締付具84を設置し、ボルト843およびナット844の締結により、上杭10に対してガイド部材を締付け固定してもよい。
【0042】
上述する構成のガイド部材8は、走行体2の自走方向をガイドする機能だけでなく、例えば図8で示すように、コンクリート杭14に設置すると、走行体2をコンクリート杭14に引き寄せるための治具としても機能する。このように機能させる際には、ガイド本体81の幅を少なくとも走行体2の車幅より大きく形成しておくとよい。
【0043】
こうすると、図8で示すようなコンクリート杭14の端板どうしを突き合せて溶接継手を施工する場合に、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態に切り替えて磁力作用面とすると、走行体2がガイド本体81に引き寄せられて車輪3がガイド本体81の周面に当接する。したがって、溶接装置1をガイド部材8を介してコンクリート杭14に据え付けることができ、走行体2はガイド本体81の周面を走行面として自走できる。
【0044】
なお、コンクリート杭14の端板141近傍には一般に、鋼製の補強バンド141が巻き回されている。したがって、走行体2の車幅が補強バンド141の幅内に収まる場合には、必ずしも上記のガイド部材8を用いることなく、補強バンド141を利用して走行体2をコンクリート杭14の周面に引き寄せ、溶接装置1を据え付けてもよい。
【0045】
また、溶接装置1は、走行体2の床パネル25と走行面との距離を、互いに干渉することなく、かつ、磁力による吸引力を作用させることの可能な程度に保持するよう、径の異なる車輪3を複数準備しておき、杭体の断面径に応じて最適な径を有する車輪3を使用している。具体的には、走行体2の床パネル25と上杭10との距離が磁力による吸引力を作用させる最適な距離Lとなるよう、大径の上杭10に使用する場合には図9(a)のような径の小さい車輪3aを採用する。また、小径の上杭10に使用する場合には、図9(b)のような径の大きい車輪3bを採用する。
【0046】
このように、径の異なる車輪3を複数準備しておくことにより、溶接作業を行おうとする上杭10の杭径に応じて適宜車輪3を交換するのみの簡略な構成で、確実に走行体2を上杭10に引き寄せ、安定して溶接装置1を上杭10に据え付けることが可能となる。なお、径の異なる車輪3を複数備えることに限定されるものではなく、走行体1の床パネル25と走行面との距離を調整する手段は、いずれを採用してもよい。
【0047】
さらに、溶接装置1を据え付ける構造物は、必ずしも杭体のような柱状体に限定されるものではない。例えば、コンクリート造の橋脚15を補強するべく、橋脚15に巻き回された補強鋼板16における高さ方向に延在する端面の突き合せ部や周方向に延在する端面の突き合せ部等を溶接接合する際にも、溶接装置1を採用できる。そして、周方向に延在する端面の突き合せ部等を溶接接合する際には、前述した杭体の突合せ部に溶接継手を施工する場合と同様の手順で溶接装置1を据え付ければよい。
【0048】
一方、図10で示すように、高さ方向に延在する端面の突き合せ部を溶接接合する際には、走行体2の自走方向を、補強鋼板16における端面の突き合せ部16aの延在方向と平行な方向に向けるとともに、アーム部材6の先端部近傍61が端面の突き合せ部16aを跨ぐようにして、橋脚15に巻き回された補強鋼板16に走行体2を配置する。この後、レバー53を操作して、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態に切り替えて磁力作用面とし、走行体2を補強鋼板16に引き寄せる。
【0049】
これにより、走行体2の車輪3が補強鋼板16の表面に当接することとなり、溶接装置1は補強鋼板16を介して橋脚15に据え付けられる。この状態で、走行体2を端面の突合せ部16aと平行に自走させることにより、補強鋼板16における端面の突合せ部16aに溶接接合部を施工することが可能となる。
【0050】
このとき、必ずしもガイド部材8は採用しなくてもよいが、採用する場合には図10で示すように、ガイド部材8を長尺な板材よりなるガイド本体81と、ガイド本体81に直交して立設するガイドレール82により構成するとよい。また、走行体2には、ガイドレール82に係合可能な係合部材17を設け、これをレール接触部とするとよい。
【0051】
具体的には、図11で示すように、ガイド部材8のガイドレール82を断面T字状に形成するとともに、走行体2に備えた係合部材17をガイドレール82に嵌合可能な断面C字状に形成する。こうすると、走行体2はガイド部材8にガイドされながら、補強鋼板16における端面の突合せ部に対して常に平行に自走することが可能となる。
るものでもよい。
【0052】
上記のとおり、走行体2に磁石装置5を備えた溶接装置1によれば、走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じた状態にして磁力作用面とすることで、金属よりなる走行面に走行体2を引き寄せて、安定して走行面に溶接装置1を据え付けることができ、また、磁石装置5により走行体2の床パネル25を磁力による吸引力が生じない状態に切り替えるのみで、容易に溶接装置1を走行面から撤去できる。
【0053】
これにより、走行面が鋼板や鋼矢板、鋼管等の部材、または構造物の天井や壁等のいずれの表面であっても、溶接装置1の据え付けもしくは撤去に要する作業時間を大幅に短縮し、作業効率を向上することが可能となる。
【0054】
また、走行体2の床パネル25に磁力作用面を形成しつつ、走行体2を自走させることができる。このため、トーチ把持部7に把持させた溶接トーチ9を利用して、鋼管よりなる上杭10および下杭11の溶接継手だけでなく、コンクリート造の橋脚15に巻き立てた補強鋼板16の溶接接合、構造物の天井部や壁部における溶接接合等、溶接工による手作業では品質確保が困難な現場環境においても、溶接工の技能によることなく溶接接合部を効率よく均質に仕上げることが可能となる。
【0055】
なお、本発明の溶接装置1および溶接装置1を用いた溶接方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であることはいうまでもない。
【0056】
例えば、本実施の形態では、走行体2の底部として床パネル25を設けてその上方に磁石装置5を設置したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、磁石装置5の継鉄板52bを走行体2の底部としてもよい。
【0057】
また、溶接装置1を上杭10に据え付けたが、必ずしもこれに限定されるものではなく、下杭11に据え付けてもよい。ただし、溶接装置1を上杭10に据え付けると、溶接作業時に飛散するスパッタにより溶接装置1が損傷することを回避でき、より効率よく溶接作業を実施できることはいうまでもない。
【0058】
さらに、溶接装置1に溶接作業を制御する制御装置を設け、溶接作業を行いながら走行体2が上杭10を一周したところで、走行体2の自走を一旦停止するとともに溶接作業を中断し、溶接トーチ9のノズル91が次のパスの予定位置に配置されるようアーム部材6に対するトーチ把持部7の位置調整を行ったうえで、走行体2の後退方向の自走と溶接作業の再開という一連の作業を自動化させてもよい。
【符号の説明】
【0059】
1 溶接装置
2 走行体
21 作動スイッチ
22 方向制御スイッチ
23 速度調整ダイヤル
24 電源プラグ
25 床パネル
26 電源ケーブル
3 車輪
4 駆動源
5 吸着装置
51 永久磁石
52a 継鉄板
52b 継鉄板
53 レバー
6 アーム部材
7 トーチ把持部
71 筒部
711 締付けボルト
72 挟持体
721 挟持ボルト
8 ガイド部材
81 ガイド本体
82 ガイドレール
83 蝶番
84 締付具
841 フック
842 エビ金ハンドル
843 締結ボルト
844 ナット
9 溶接トーチ
91 ノズル
92 溶接ワイヤー
10 上杭
11 下杭
12 開先
13 裏当て金
14 コンクリート杭
141 補強バンド
142 端板
15 橋脚
16 補強鋼板
16a 突合せ部
17 レール接触部
【要約】
【課題】手間を要することなく容易に設置が可能で、かつ溶接接合部を均質に仕上げることの可能な溶接装置および溶接装置を用いた溶接方法を提供する
【解決手段】
自走可能な走行体と、溶接トーチを把持するトーチ把持部と、該トーチ把持部と前記走行体を連結するアーム部材と、を備える溶接装置であって、前記走行体に、該走行体の底部を磁力による吸引力が生じる状態と生じない状態に切り替えることが可能な磁石装置を内包する。
【選択図】図2
図1
図2
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図9
図10
図11