(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
工作機械の主軸は、高速回転するとともに、その回転速度が急変(急加速)することがあり、この場合、主軸を支持する複列ころ軸受及びその保持器の回転速度も急変(急加速)する。
複列ころ軸受には潤滑性能を維持するためにグリースが設けられており、そのグリースは保持器にも付着して保持されているが、回転速度が急変すると、保持器に保持されていたグリースが飛び散ることがある。例えば、グリースが保持器から軸方向外側へ振り切られ、早期にグリース不足が発生するおそれがある。グリース不足が発生すると、複列ころ軸受の焼き付きや損傷の原因となり、軸受の寿命(耐久性)が低下してしまうという問題点がある。
【0007】
そこで、本発明は、高速回転する軸を支持する複列ころ軸受用の櫛型保持器であって、早期にグリース不足となるのを抑制することができる櫛型保持器、及び、このような櫛型保持器を備えている複列ころ軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、内輪と外輪との間に複列状態で複数のころが配置される複列ころ軸受に組み込まれ、列毎に複数の前記ころを保持する櫛型保持器であって、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備え、前記円環部の前記一側面側であって周方向隣り合う前記柱部の間に前記ころを保持するポケットが形成され、前記ポケット内の前記ころの端面が対向する面に、当該端面との間でグリースを保持するために当該端面側に開口している凹部が形成されており、この凹部は、更に、前記円環部の内周面に存在しているグリースを導入させるために当該内周面において開口し
、前記凹部は、前記ころの端面に対向しかつ径方向内側から径方向外側へ向かうにしたがって前記ころの端面へ接近する底面と、当該凹部内の径方向外側に形成されており前記一側面及び前記底面と交差する外側壁面と、を有していることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、ポケット内のころの端面が対向する面に、当該端面側に開口している凹部が形成されており、この凹部により、ころの端面との間でグリースを保持する。更に、この凹部は、円環部の内周面において開口し、その内周面に存在しているグリースが導入される。このため、円環部の内周面に存在しているグリースを凹部に導入させることで、安定してころの端面と保持器との間にグリースを保持させることが可能となり、複列ころ軸受内において早期にグリース不足となるのを抑制することができる。
【0010】
また、前記凹部は、前記ころの端面に対向する底面を有してい
る。これにより、凹部内の底面ところの端面との間において、グリースを保持することができる。
そして、前記底面は、径方向内側から径方向外側へ向かうにしたがって前記ころの端面へ接近する面からなる
。このため、保持器の回転に伴う遠心力によって、円環部の内周側のグリースを、凹部内で径方向外側へ底面に沿って誘導することができ、このグリースをころの端面との間に効率良く供給することが可能となる。
【0011】
また、前記凹部内の径方向外側には、前記一側面と交差する外側壁面が形成されてい
る。このため、保持器の回転に伴う遠心力によって、凹部内に保持されているグリースが過度に凹部外へ出るのを、外側壁面により抑えることができ、凹部におけるグリースの保持機能を高めることができる。
【0012】
また、前記円環部の内周面に、周方向を溝長手方向としかつ前記凹部と繋がっている溝が形成されているのが好ましく、この場合、円環部の内周面に形成されている溝にグリースを保持することができ、この保持されているグリースを、凹部へ導入することができる。
【0013】
また、ころの製造の都合等により、端面中央に窪部が形成されているころがある。そして、ころの端面に対して凹部の開口縁(エッジ)が摺接するのは、できるだけ避けるのが好ましい。そこで、前記凹部の径方向外側における開口縁は、前記ころの端面が対向する面のうち当該ころの端面中央に形成されている窪部に対向する領域内に、位置している。
この場合、凹部の径方向外側における開口縁(エッジ)は、ころの端面中央に形成されている窪部と対向し、その開口縁(エッジ)がころの端面に摺接するのを防ぐことが可能となる。このため、ころの端面に対して凹部の開口縁(エッジ)が摺接する範囲を小さくすることができる。
【0014】
また、本発明の複列ころ軸受は、内輪と、外輪と、これら内輪と外輪との間に複列状態で配置された複数のころと、列毎に複数の前記ころを保持する複数の独立した保持器とを備え、前記保持器それぞれは、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備えた櫛型保持器であり、前記円環部の前記一側面側であって周方向隣り合う前記柱部の間に前記ころを保持するポケットが形成され、前記ポケット内の前記ころの端面が対向する面に、当該端面との間でグリースを保持するために当該端面側に開口している凹部が形成されており、この凹部は、更に、前記円環部の内周面に存在しているグリースを導入させるために当該内周面において開口し
、前記凹部は、前記ころの端面に対向しかつ径方向内側から径方向外側へ向かうにしたがって前記ころの端面へ接近する底面と、当該凹部内の径方向外側に形成されており前記一側面及び前記底面と交差する外側壁面と、を有していることを特徴とする。
【0015】
本発明によれば、ポケット内のころの端面が対向する面に、当該端面側に開口している凹部が形成されており、この凹部により、ころの端面との間でグリースを保持する。更に、この凹部は、円環部の内周面において開口し、その内周面に存在しているグリースが導入される。このため、円環部の内周面に存在しているグリースを凹部に導入させることで、安定してころの端面と保持器との間にグリースを保持させることが可能となり、複列ころ軸受内において早期にグリース不足となるのを抑制することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の櫛型保持器及びこの櫛型保持器を備えている複列ころ軸受によれば、円環部の内周面に存在しているグリースを凹部に導入させることで、安定してころの端面と保持器との間にグリースを保持させることが可能となり、複列ころ軸受内において早期にグリース不足となるのを抑制することができる。この結果、グリース不足による複列ころ軸受の寿命の低下を防ぐことができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
〔1. 複列ころ軸受の全体構成について〕
図1は、複列ころ軸受1の縦断面図である。なお、各図面において同一の構成要素に対しては同一の符号(参照番号)を付し、重複する説明は省略する。
【0019】
この複列ころ軸受1は、例えば、汎用旋盤、CNC旋盤、マシニングセンタ、フライス盤等の工作機械の主軸6を支持する軸受として使用され、高速回転する主軸6を高い剛性で支持することが可能である。
主軸6の直径は例えば50〜150ミリ程度であり、主軸6の最大回転数は10000〜15000rpmとなる。そして、主軸6は、低速回転する場合や、高速回転する場合があり、また、低速又は停止状態から高速回転状態(最大回転数)へと急加速する。
【0020】
本実施形態の複列ころ軸受1は、内輪2と、外輪3と、これら内輪2と外輪3との間に配置された複数のころ4と、これらころ4を保持する環状の保持器5,5とを備えている。ころ4は、複列状態(二列状態)で配置されており、保持器5,5それぞれは、列毎に独立して複数のころ4を保持している。つまり、この複列ころ軸受1には、独立した二つの保持器5,5が組み込まれている。ころ4の外周面は円筒形であり、この複列ころ軸受1は複列円筒ころ軸受である。
【0021】
内輪2の外周面には、二列に配置されたころ4が転動する転動面2a,2bが形成されており、外輪3の内周面の一部が、二列のころ4が転動する転動面3a,3bとなる。そして、外輪3が工作機械の軸受ハウジング8の内周面に取り付けられており、内輪2に主軸6が挿入されている。この複列ころ軸受1はグリース潤滑されており、内輪2、外輪3、ころ4及び保持器5にはグリースが付着している。
【0022】
〔2. 保持器5について〕
一方側のころ列用の保持器5と他方側のころ列用の保持器5とは、複列ころ軸受1への取り付け方向が異なるが、同じものである。これら保持器5,5は、軸方向に並べて複列ころ軸受1に組み込まれており、各保持器5の軸方向に向く一側面11が、複列ころ軸受1の軸方向外側へ向くように配置され、保持器5,5の対向する環状の背面14,14同士が接触可能となる。そして、保持器5,5それぞれは独立して各ころ列と共に回転することができる。
【0023】
図2は、保持器5(
図1の右側の保持器5)の斜視図である。この保持器5は、櫛型保持器であり、円環形状である円環部10と、複数の柱部20とを備えている。複数の柱部20は、周方向に間隔(等間隔)をあけて設けられており、各柱部20は、円環部10の一側面11から軸方向に向かって延びて形成されている。このため、柱部20は、円環部10から突出した片持ち梁状となる。なお、一側面11の軸方向反対側の面(他側面)が前記背面14となる。背面14は、円環状の滑らかな面により構成されており、軸方向の隣りに設置される別の保持器5の背面14と接触可能となる合わせ面となる。
【0024】
保持器5は、樹脂製(合成樹脂製)であり、射出成型により製造され、円環部10と柱部20とは一体に成型されている。保持器5の材質は、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)や、ポリアミドとすることができる。
【0025】
柱部20は周方向一定間隔おきに設けられており、円環部10の一側面11側であって周方向隣り合う柱部20,20の間に、ころを保持するポケット7が形成されている。つまり、各ポケット7は、周方向に隣接する柱部20,20の互いに対向する対向面24,24と、円環部10の一側面11とで囲まれた空間からなる。各ポケット7は、軸方向外側に向かって開口しており、保持器5は全体として櫛歯形状となる。
【0026】
また、対向面24,24の一部は、ころ4の外周面4bと隙間(ころ隙間)を有して対向する円弧面(アール面)であり(
図4参照)、保持器5は、回転することで遠心力により径方向外側へ弾性的に変形するが、柱部20が大きく変形しない(遠心力が比較的小さい)所要回転数以下の状態では、この円弧面において、各列に含まれる複数のころ4によって径方向について位置決めされる(ころ案内)。
そして、所要回転数を越えると、保持器5に作用する遠心力が大きくなり、柱部20が大きく変形する。この状態で、保持器5は、主に円環部10の外周面(の一部)において、外輪3の内周面によって径方向について位置決めされる(外輪案内)。
【0027】
〔3. 保持器5の機能について(その1)〕
保持器5は、ころ4の端面4a(
図1参照)との間でグリースを溜めて保持することができ、かつ、保持しているグリースを、ころ4の端面4aとの間(ポケット7)に供給する機能を有している。
【0028】
図3は、
図2の一部を拡大して示す拡大図である。
図4は、保持器5の一部を保持器5の軸方向から見た図である。
図5は、
図4のV−V矢視の断面図である。
保持器5の円環部10において、ポケット7内のころ4の端面4a(
図5参照)が対向する面15に、凹部16が形成されている。この凹部16は、ころ4の端面4aとの間でグリースを保持するために、端面4a側に開口して形成されている。なお、凹部16が形成されている前記面15は、ポケット7内の一側面11である。そして、凹部16は、更に、円環部10の内周面12に存在しているグリースを導入させるために、内周面12において開口している。
【0029】
凹部16は、ころ4の端面4aに対向する底面17、底面17の径方向外側部から端面4a側に向かって延びて設けられている外側壁面18、及び、底面17の周方向両側部から端面4a側に向かって延びて設けられている一対の横壁面19,19を有している。底面17、外側壁面18及び横壁面19,19によって囲まれた空間に、グリースを溜めて、ころ4の端面4aとの間でそのグリースを保持することができる。なお、保持器5,5が複列ころ軸受1に組み込まれた組み立て完了状態で、一側面11(面15)と、ころ4の端面4aとは、隙間を有して対面した配置となる(
図5参照)。
【0030】
そして、
図5に示すように、凹部16に含まれる底面17は、径方向内側から径方向外側へ向かうにしたがってころ4の端面4aへ接近する面からなる。本実施形態では、底面17は、円環部10の内周面12(後述する内周面12に形成されている第一溝13)から、径方向外側に向かうにしたがって、端面4aへ接近する傾斜面からなる。
【0031】
凹部16内の径方向外側に形成されている外側壁面18は、円環部10の一側面11と交差する。本実施形態では、外側壁面18は一側面11と直交している。また、
図4に示すように、外側壁面18は円弧面(半円弧面)として形成されており、その円弧の中心線は、ころ4の中心線と一致する。なお、
図4と
図5とにおいて、外側壁面18の円弧状となる輪郭(開口側の輪郭)を太線で示している。つまり、太線の部分が、外側壁面18である。
【0032】
図5に示すように、ころ4の端面4aの中央には、ころ4の製造の都合により、窪部40が形成されている。そして、ころ4の端面4aに対して凹部16の開口縁(エッジ)が摺接するのは、できるだけ避けるのが好ましい。
そこで、本実施形態の保持器5では、凹部16の外側壁面18における開口縁18a(
図4と
図5の太線部分)は、一側面11(面15)のうち窪部40に対向する領域内に位置している。なお、
図4では、前記領域を符号Kで示しており、その領域Kにクロスハッチを付している。
【0033】
この構成によれば、凹部16の外側壁面18における開口縁18a(エッジ)は、窪部40内の底面40a(
図5参照)と対向し、開口縁18a(エッジ)が、ころ4の端面4aに摺接するのを防ぐことが可能となる。このため、ころ4の端面4aに対して凹部16の開口縁18a(エッジ)が摺接する範囲を小さくすることができる。
【0034】
〔4. 保持器5の機能について(その2)〕
さらに、
図3に示すように、保持器5が前記機能(グリースを溜めて保持し、そのグリースをころ4の端面4aとの間に供給する機能)をより発揮させるために、円環部10の内周面12に、周方向を溝長手方向とする溝(第一溝)13が形成されている。そして、この第一溝13と凹部16とは繋がっている。つまり、凹部16の一部は、第一溝13において開口している。なお、本実施形態では、第一溝13は周方向に連続した溝である。また、この
図3に示す実施形態では、第一溝13の他に、第二溝22及び第三溝23が、保持器内面9に形成されている。
【0035】
このように、円環部10の内周面12と柱部20の径方向内側の面21とを含む保持器内面9の一部に、グリースを保持する溝(13,22,23)が形成されていることによって、保持器5は、主軸6が急加速してもグリースが多く飛び散らないように保持することができ、かつ、保持しているグリースを、保持器5の回転に伴ってころ4との間(ポケット7)、及び、隣りに設置される別の保持器5との間(背面14,14間)に、徐々に供給する機能を有することができる。
【0036】
第一溝13は、円環部10の内周面12に形成されており、周方向を溝長手方向とする溝である。本実施形態では、第一溝13は周方向に連続した溝である。第一溝13は、径方向内側へ向かって開口する溝であり、この第一溝13内にグリースを溜め保持することができる。つまり、保持器5が回転することで第一溝13内のグリースに遠心力が作用しても、そのグリースは第一溝13内に保持される。
【0037】
図3において、第二溝22は、柱部20の径方向内側の面21に形成されており、柱部20の延設方向(保持器5の中心線に平行な方向)を溝長手方向とする溝である。第二溝22は、柱部20毎に設けられており、また、第一溝13と繋がっており、先部26まで柱部20を貫通した溝ではなく、柱部20の基部25まで延びて形成されている。第二溝22は、第一溝13に保持されているグリースを柱部20の径方向内側の面21へと誘導することができる。
【0038】
図7(A)は、保持器5の一部を第二溝22の溝長手方向に切断して見た断面図である。本実施形態では、柱部20の径方向内側の面21は、柱部20の先部26側に向かって径方向外側へ拡大する傾斜面からなる。これに対して第二溝22(第二溝22の溝底部28)は、保持器5の中心線に平行な直線に沿って形成されている。このため、
図7(A)に示すように、先部26側に向かうにしたがって徐々に第二溝22の溝深さは浅くなり、溝底部28はやがて面21と交差する。第二溝22は柱部20の基部25まで延びる溝として構成され、この基部25において、第二溝22は自然に消失する。
【0039】
図7(B)は、第二溝22の変形例を示す断面図である。この第二溝22の溝底部28は、傾斜面からなる径方向内側の面21と平行となる。そして、この第二溝22は、溝先端に、面21に交差(直交)する壁面29を有している。この壁面29により、溝底部28と面21とによる段付き形状が構成される。この第二溝22によれば、第二溝22におけるグリースを溜める機能が高まる。つまり、第二溝22に溜められているグリースが、柱部20の先部26側へ流れ出ようとしても、壁面29によって阻止される。
【0040】
図7(C)は、
図7(A)に示す保持器5の変形例を示す断面図であり、この保持器5の柱部20の径方向内側の面21は、保持器5の中心線に平行な面からなり、傾斜面ではない。
図7(C)に示す第二溝22は、
図7(B)に示す第二溝22と同様に、溝先端に面21に交差(直交)する壁面29を有しており、第二溝22におけるグリースを溜める機能を高めている。
【0041】
図3において、これら第二溝22及び第一溝13によれば、円環部10の内周面12に形成されている第一溝13に、グリースを保持することができ、また、保持器5の回転に伴い、このグリースを第二溝22によって柱部20の径方向内側の面21へと誘導することができる。そして、誘導されたグリースを、柱部20とその周方向隣りに設けられるころ4の外周面4bとの間(ポケット7)に供給することが可能となり、複列ころ軸受1のグリース潤滑に貢献する。
【0042】
なお、仮に、第二溝22が、柱部20の先部26まで延びて形成されている場合、第二溝22に誘導され第二溝22の溝先端を乗り越えて軸方向に流れたグリースは、ころ4が存在している領域(ポケット7)ではなく、ころ4が存在していない軸方向外側の領域へ多く飛び散ってしまうおそれがある。しかし、本実施形態の第二溝22によれば、このようなグリースの飛び散りを抑制し、ころ4が存在している領域(ポケット7)にグリースを効果的に供給することが可能となる。
【0043】
そして、第三溝23は、円環部10の内周面12に形成されており、第一溝13と繋がっており、円環部10の背面14(他側面)側へと延びる溝である。第三溝23は、第一溝13内から背面14まで貫通した溝であり、背面14において開口している。この第三溝23によれば、保持器5の回転に伴い、第一溝13に保持されているグリースを、円環部10の背面14へと徐々に供給することができる。つまり、第三溝23は、前記グリースを背面14へと誘導する機能を有している。
【0044】
第二溝22と第三溝23とは、周方向について同じピッチで形成されており、保持器5の中心線に平行な仮想直線に沿って形成された溝である。つまり、第二溝22と第三溝23によって、一つの仮想直線に沿って形成された連続溝が形成されている。
【0045】
〔5. 溝断面形状について〕
図6は、第一溝13の溝断面形状(横断面形状)を説明する説明図である。
図6に示す第一溝13の溝断面形状は、円弧形状であり、一定の半径を有する円弧からなる。最も径方向内側の開口端で溝幅Bが最大であり、この開口端から径方向外側に向かうにしたがって溝の軸方向寸法が小さくなる。つまり、第一溝13の溝断面形状は、溝底部30に向かうにしたがって溝幅Bが小さくなる形状である。溝底部30は、第一溝13内で最も径方向外側に位置する部分であり、
図6の場合、溝底部30は周方向に連続している。そして、この第一溝13は、溝長手方向(周方向)に沿って断面形状が変化しない。
【0046】
第一溝13は、溝底部30から径方向内側へ広がる溝側面31,32を有しており、溝側面31,32は、溝底部30から溝幅方向の両側に設けられている。この溝断面形状によれば、円環部10の内周面12に、溝底部30よりも径方向内側に位置する面が、第一溝13の溝幅方向の両側に形成された構成となる。
このため、保持器5が急加速して回転しても、溝底部30及びその両側の溝側面31,32によって囲まれた溝(13)内に溜められているグリースが、両側の溝側面31,32によって、溝(13)内から飛び散るのを抑えることができ、早期にグリース不足となるのを抑制することができる。
しかも、溝(13)内に保持されているグリースは、保持器5の回転に伴って徐々に溝側面31,32それぞれをつたって内周面12のうちの第一溝13の両側の面に出ることができ、やがて、この面に達したグリースを、環状部10の一側面11側及び他側面(背面14)側へ供給することができる。
【0047】
なお、第二溝22(
図3参照)の溝断面形状は、第一溝13と交差する部分では第一溝13の溝断面形状と同じであるが、溝先端に向かうにしたがって溝深さ及び溝幅が小さくなる。
また、第三溝23の断面形状は、第一溝13と同じであり、溝長手方向(軸方向)に沿って断面形状が変化しない。
【0048】
〔6. 溝断面形状の他の例について〕
図8(A)(B)(C)それぞれは、第一溝13の他の形態の説明図である。
図8(A)に示す第一溝13の溝断面形状は、
図6に示すものよりも、溝深さが浅い。この場合、
図6に示す第一溝13と比較して、グリースの保持性能は低くなるが、グリースを一側面11及び背面14側へ供給しやすくなる。
【0049】
図8(B)に示す第一溝13は、溝断面(横断面)において直線状となる溝底部30を有している。つまり、第一溝13の溝底部30は、円筒状の溝底面からなる。そして、この溝底部30の溝幅方向の両側に溝側面31,32が設けられており、これら溝側面31,32は、円環形状となり、溝底部30から径方向内側へ広がるように形成されている。
【0050】
図8(C)に示す第一溝13の溝断面形状は、溝底部30を頂点とするほぼ三角形である。溝断面(横断面)において、溝底部30は、径方向外側に凸となる小円弧部を有する凹形状となる。そして、この溝底部30の溝幅方向の両側に溝側面31,32が設けられており、これら溝側面31,32は、溝底部30から径方向内側へ広がるように形成されている。
【0051】
図9(A)(B)(C)それぞれは、第一溝13のさらに他の形態の説明図である。
図9(A)に示す第一溝13の溝断面形状は、複合円弧からなる。つまり、溝断面は、半径R1を有する第一円弧部34と、この第一円弧部34の溝幅方向両側に設けられ半径R1と大きさが異なる半径R2を有する第二円弧部35,35とを含む。第一円弧部34と第二円弧部35,35とは滑らかに連続しており、また、第二円弧部35,35は円環部10の内周面12と滑らかに連続している。
溝底部30は、第一円弧部34の最も径方向外側の部分からなる。そして、この溝底部30の溝幅方向の両側に溝側面31,32が設けられており、これら溝側面31,32は、溝底部30から径方向内側へ広がるように形成されている。溝側面31,32それぞれは、第一円弧部34の一部(溝底部30を除く部分)と、第二円弧部35とを含む。
【0052】
図9(B)に示す円環部10の内周面12には、複数(図例では三つ)の第一溝13が形成されている。これら第一溝13それぞれの溝断面形状は、
図6に示す第一溝13の溝断面形状と異なる(
図9(B)では、軸方向に偏平させた形状である)が、
図6に示す第一溝13と同様の構成及び機能を有する。なお、
図9(B)の場合、三つの第一溝13それぞれの溝断面形状は同じであるが、異なっていてもよい。
【0053】
図9(C)に示す第一溝13は、例えば
図6に示す第一溝13と比較して、溝幅Bが大きい。溝幅Bと円環部10の内周面12の軸方向寸法Aとの比(B/A)が、0.7以上0.9以下に設定されている。また、
図6に示す第一溝13と比較して、
図9(C)に示す第一溝13の溝深さDは浅い。そして、この
図9(C)に示す第一溝13は、
図8(B)に示す第一溝13と同様に、溝断面において直線状となる溝底部30を有している。つまり、第一溝13の溝底部30は、円筒状の溝底面からなる。
【0054】
図8及び
図9に示す各第一溝13が形成されている保持器5の保持器内面9に、更に、第二溝22を形成する場合、その第二溝22の溝断面形状は、第一溝13と交差する部分では第一溝13の溝断面形状と同じであるが、溝先端に向かうにしたがって溝深さ及び溝幅が小さくなる。または、その第二溝22の溝断面形状は、第一溝13の溝断面形状と異なっていてもよく、例えば、
図3に示す第二溝22と同様の形状であってもよい。
また、
図8及び
図9に示す各第一溝13が形成されている保持器5の保持器内面9に、更に、第三溝23を形成する場合、その第三溝23の断面形状は、第一溝13と同じであり、溝長手方向(軸方向)に沿って断面形状が変化しない。または、その第三溝23の溝断面形状は、第一溝13の溝断面形状と異なっていてもよく、例えば、
図3に示す第二溝22と同様の形状であってもよい。
【0055】
図8(B)及び
図9(C)に示す各溝断面形状は、溝底部30における溝幅寸法Bと径方向内側の開口端における溝幅寸法Bとが同じとなる。また、
図6、
図8及び
図9に示す他の横断面形状は、溝底部30から径方向内側へ向かうにしたがって溝幅寸法Bが拡大する。このため、溝内にグリースを保持することができるのみならず、溝内に保持されているグリースは、保持器5の回転に伴う遠心力により、溝側面31,32に沿って保持器内面9へ徐々に流れることができる。さらに、そのグリースは円環部10の背面14及びポケット7へと供給され、グリースは、複列ころ軸受1の潤滑に寄与することができる。
【0056】
〔7. 他の形態の保持器5について〕
前記実施形態(
図2参照)では、保持器内面9に、第一溝13、第二溝22及び第三溝23が形成されている場合について説明した。他の形態の保持器5として、
図10に示すように、保持器内面9には第一溝13のみが形成されている。つまり、円環部10の内周面12に、周方向を溝長手方向とする第一溝13が形成されている。なお、
図10は、環状である保持器5を平面的に展開し、その保持器内面9を模式的に示した図である。
図10に示す第一溝13は、
図2に示す第一溝13と構成が同じであり、ここでは、その詳細についての説明を省略する。
【0057】
この保持器5においても、円環部10の内周面12に形成されている第一溝13に、グリースを保持することができる。そして、保持器5の回転に伴い、この第一溝13に保持されたグリースを、円環部10の一側面11側及び背面14(他側面)側へと徐々に供給することが可能となる。
【0058】
さらに他の形態の保持器5として、
図11に示すように、保持器内面9には第二溝22のみが形成されている。つまり、柱部20の径方向内側の面21に、この柱部20の延設方向を溝長手方向とする第二溝22が形成されている。
図11に示す第二溝22は、
図2に示す第二溝22と構成がほぼ同じであり、ここでは、その詳細についての説明を省略する。ただし、
図11に示す第二溝22の溝長手方向(左側)の一端部は、背面14で開口しておらず、円環部10の内周面12の上に存在している。
【0059】
この保持器5においても、柱部20の径方向内側の面21に形成されている第二溝22に、グリースを保持することができる。そして、保持器5の回転に伴い、この第二溝22に保持されたグリースを、柱部20とその周方向隣りに設けられるころ4との間に供給することが可能となる。
【0060】
なお、図示省略するが、保持器内面9に、第一溝13と第二溝22とのみを形成してもよい。
また、
図11の二点鎖線で示すように、保持器5の中心線に平行な仮想直線に沿う方向を溝長手方向とする(第二溝22のような)溝22aを、第二溝22とは別に、又は、第二溝22に代えて、円環部10の内周面12に形成してもよい。
【0061】
〔8. 保持器5の機能について(その3)〕
以上の前記各実施形態に係る保持器5によれば、ポケット7内のころ4の端面4aが対向する面15(一側面11)に、端面4a側に開口している凹部16が形成されており、この凹部16により、ころ4の端面4aとの間でグリースを保持することができる。更に、この凹部16は、円環部10の内周面12において開口していることから、その内周面12に存在しているグリースが導入される。
特に、本実施形態では、円環部10の内周面12に第一溝13が形成されていることから、この第一溝13にはグリースが保持されており、また、この第一溝13と凹部16とが繋がっていることから、保持されているグリースを、凹部16へ導入することができる。
【0062】
このため、円環部10の内周面12に存在しているグリースを凹部16に導入させることで、安定してころ4の端面aと保持器5の前記面15(一側面11)との間にグリースを保持させることが可能となる。この結果、複列ころ軸受1内において早期にグリース不足となるのを抑制することができ、グリース不足による複列ころ軸受1の寿命の低下を防ぐことができる。
【0063】
さらに、凹部16に含まれる底面17(
図5参照)は、径方向内側から径方向外側へ向かうにしたがってころ4の端面aへ接近する傾斜面からなる。このため、保持器5の回転に伴う遠心力によって、円環部10の内周側のグリースを、凹部16内で径方向外側へ底面17に沿って誘導することができ、このグリースをころ4の端面4aとの間に効率良く供給することが可能となる。
【0064】
また、凹部16内の径方向外側には、外側壁面18が形成されている。このため、保持器5の回転に伴う遠心力によって、凹部16内に保持されているグリースが過度に凹部16外へ出るのを、外側壁面18により抑えることができ、凹部16におけるグリースの保持機能を高めることができる。
【0065】
また、本実施形態の保持器5は樹脂製であることから、金属製(例えば黄銅製)とするよりも、回転抵抗を小さくすることができ、低騒音であり、高速回転対応性能が高い。
なお、保持器には黄銅製(銅合金製)のものがあるが、特に高速回転の環境で用いられる場合、保持器の内周面、外周面及びポケット面等が、内輪、外輪及びころに接触することで摩耗し、摩耗粉が発生する。この摩耗粉が、複列ころ軸受の潤滑用のグリース中に混入すると、グリースの潤滑性能が劣化し、軸受の焼き付きや損傷の原因になるおそれがある。しかし、本実施形態の保持器5は樹脂製であるため、前記のような摩耗粉によるグリースの潤滑性能の劣化を防ぐことができる。つまり、樹脂製の保持器5は、黄銅製のものに比べて高速回転に適している。
【0066】
また、保持器5は櫛型であり、柱部20は円環部10から軸方向に突出している片持ち梁状であるため、柱部20の先部側はある程度自由に変形できる。このため、複列ころ軸受1が回転し、ころ4の進み遅れによって保持器5に引っ張り力と圧縮力とが繰り返し作用しても、その力を逃がすことができ、破損が生じにくい。
【0067】
また、本発明の複列ころ軸受及び保持器は、図示する形態に限らず本発明の範囲内において他の形態のものであってもよい。例えば、前記実施形態では、凹部16の底面17を傾斜面としたが、これ以外として、段付き面であってもよく、また、底面17は、一側面11と平行な平面であってもよい。
また、前記実施形態では、第一溝13の他に、第二溝22及び第三溝23を有している場合について説明したが、
図12に示すように、第一溝13、更には、第二溝22及び第三溝23を省略してもよい。この場合、凹部16は、円環部10の平滑な内周面12において開口しており、この内周面12に存在しているグリースを凹部16へ導入させることができる。凹部16の形状及び機能は、前記実施形態で説明したものと同じであり、ここでは詳細な説明を省略する。
また、第一溝13を設ける場合、その第一溝13を、周方向に連続する溝とする以外に、断続的(間欠的)な溝であってもよい。
また、複列ころ軸受1は、工作機械の主軸6の支持以外の用途であってもよい。
また、前記実施形態では、保持器5の回転数に応じてころ案内と外輪案内とが切り替わる場合について説明したが、これ以外であってもよく、ころ案内又は外輪案内のうちの一方であればよい。