(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、高入力で高輝度なショートアーク型放電ランプにおいては、陰極にエミッター材として酸化トリウムを含有して、電子放出特性を高めるようにしたものが多用されている。
そして、酸化トリウムを含有した陰極においては、一般に、酸化トリウムの還元反応を促進するために、先端部近傍に炭化層を形成している。例えば、特開平10−283921号公報(特許文献1)などがそれである。
【0003】
図11にその作用模式図が示されていて、陰極80の構成材料であるタングステン81中に酸化トリウムTOが含有され、陰極80の外表面にはその最先端部を除いて炭化層82が形成されている。
この炭化層32は、陰極材料であるタングステンと炭素が反応して生成された炭化タングステンからなる。
2W + C → W
2C
そして、ランプの点灯により、陰極80の温度が上昇し、2000℃程度以上から、炭化層82において酸化トリウムが還元される。
ThO
2 + W
2C → Th + 2W + CO
2
ThO
2 + 2W
2C → Th + 4W + 2CO
2
炭化層82で還元されて生成されたトリウムTは、陰極表面を表面拡散により先端側に向かって輸送される。
【0004】
ところで、上記従来技術における、陰極先端近傍の外表面に形成された炭化層82は、おおよそ数十μmから百μmの厚さであり、直径が数mmである陰極の軸方向に垂直な断面に対し、炭化層の部分が占める面積の割合は数%未満にしか過ぎない。
そして、酸化トリウムTOはトリウム原子Tに比べ粒径が大きいために陰極内部においては殆ど拡散することがなく、炭化層以外の領域から酸化トリウムが移動してくることは、殆どない。つまり、炭化層82で酸化トリウムTOが還元され尽くされると、そこへの酸化トリウムの補充がなく、その領域の酸化トリウムは消失し、エミッターとしてのトリウムの供給も絶たれてしまうことになるという問題があった。
このように、エミッターの供給が立たれると、陰極のアーク側先端面においてトリウムが不足し、ちらつきが発生したり、ランプの立消えが起こったりする。
【0005】
このような不具合を解消するものとして、特開2010−282758号公報(特許文献2)では、陰極先端に開口する細穴を形成して、その細穴の後端側に炭化層を形成したものが提案されている。
図12にその概略構造が示されていて、陰極80には、その先端面80aに開口する細穴85が形成されていて、該細穴85の先端部851側は非炭化部であり、これより深い箇所にある後端部852に炭化層86が形成されているものである。
こうすることで、ランプ点灯時には、炭化層86によって酸化トリウムが還元され、生成されたトリウムが先端部851の内表面における表面拡散および気相拡散によって陰極先端に輸送され、先端部でのエミッターの枯渇を防止しようとするものである。
【0006】
ところで、陰極におけるトリウムの拡散の態様には、一般に、陰極表面における表面拡散と、陰極材料の粒界における粒界拡散と、粒内における粒内拡散とがあるが、その拡散係数(※出典後記)は、
図13に示されるように、一般に、表面拡散>粒界拡散>粒内拡散の順であり、その大きさはそれぞれ、概ね1桁〜2桁ずつ異なる。
出典:N.L. Peterson, “Diffusion in Refractory Metals”, WADD TECHNICAL REPORT 60-793 (Wright Air Development Division, Air Research and Development Command, US Air Force, 1960) p21.
【0007】
上記特許文献2の従来技術においては、主に細穴85における表面拡散により陰極先端へのトリウムの移送が行われるものであり、陰極先端面80aでのトリウム量の時間変化を考えると、点灯初期においてトリウム量は急激に上昇し、その後下降する。
図14にそのトリウムの時間経過による変化が模式的に示されていて、陰極先端面80aでのトリウム量Aは、陰極のテーパー部からの表面拡散によるトリウム量Bと、細穴85からの表面拡散によるトリウム量Cとの合計であって、点灯直後に急激に増加し、その後、急激に下降してしまう。その結果、陰極先端において、点灯初期には十分なトリウムの供給があるが、その後には急激に減少して枯渇してしまうという不具合が依然として解決されない。
【0008】
また、この特許文献2のものでは、酸化トリウムが還元される際に発生した一酸化炭素COや二酸化炭素CO
2が細穴85を通じて放電空間に放出されるため、点灯を継続すると従来品よりも一酸化炭素濃度や二酸化炭素濃度が増加し、始動性が悪化する可能性があるという問題もある。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1はこの発明のショートアーク型放電ランプに用いられる陰極構造を示し、陰極1は、タングステン中に酸化トリウム(ThO
2)が含有されたトリエーテッドタングステン(いわゆる、トリタン)からなる。
この陰極1の先端テーパー部1aの外表面には、炭化タングステンからなる外表面炭化層2が形成されている。この外表面炭化層2は、陰極1の先端部に設けられているものではあるが、先端面1bを含むアークが形成される最先端部には形成されていない。
通常、この陰極1に含有された酸化トリウムは、ランプ点灯中に高温になることで外表面炭化層2中の炭素によって還元され、トリウム原子となって陰極外表面を表面拡散して、温度が高い先端面1b側へと移動する。これにより、陰極先端における仕事関数を小さくして電子放出特性を良好なものにしている。
【0015】
そして、前記陰極1の内部には、密閉空間3が形成されている。この実施例では、この密閉空間3は後端側の大径部31と、先端側の小径部32とからなるものが示されているが、陰極1の形状によっては大径部と小径部の区別がなく軸方向で同径であってもよい。この小径部32、即ち、密閉空間3の先端部の径は、陰極先端面1bよりも大径であることが好ましい。
そして、大径部31に陰極芯線4が後端側から挿入固定されていて、これにより密閉空間3が形成されている。
前記密閉空間3の先端側の小径部32の内表面には、前記外表面炭化層2と同様な炭化タングステンからなる内表面炭化層5が形成されていて、この内表面炭化層5が、酸化トリウムを還元するための還元部材8を構成している。
この内表面炭化層5(還元部材8)は、外表面炭化層2との位置関係や、点灯時の温度によってその軸方向長さが決定され、陰極内部の酸化トリウムが還元されてトリウムが陰極先端側に拡散輸送されていく作用がもたらされるに足る領域に形成される。
【0016】
上記第1実施例では、陰極1は全体がトリエーテッドタングステンで構成されたものを示したが、その構造はこれに限られず、先端部のみを酸化トリウムが含有されたトリエーテッドタングステンとする構造としてもよい。
図2にその構造が示されていて、陰極1は、純タングステンからなる本体部11と、その先端に接合された先端部12とからなり、該先端部12は、タングステン中に酸化トリウム(ThO
2)が含有されたトリエーテッドタングステンからなる。なお、前記本体部11と先端部12とは、拡散接合されていることが好ましい。
そして、先端部12の外表面には炭化タングステンからなる外表面炭化層2が形成されている。
【0017】
このような接合構造の陰極1の場合、その内部に形成される密閉空間3は、酸化トリウムが含有された先端部12にまで及んで形成されている。
前記第1実施例と同様に、前記密閉空間3の先端側の小径部32の内表面には、前記外表面炭化層2と同様な炭化タングステンからなる内表面炭化層5(還元部材8)が形成されている。これにより、内表面炭化層5は、少なくとも、酸化トリウムを含有する先端部12には形成されていることになる。
【0018】
図3に他の第3実施例が示されている。この実施例では、まず、先端部12は、本体部11の先端テーパー部の一部を構成するように接合されている。そして、密閉空間3の小径部32は、前記先端部12にまで及んで形成されており、その最先端32aはテーパー形状をなしていて、この小径部32の内表面に内表面炭化層5(還元部材8)が形成されている。この内表面炭化層5は、少なくとも、先端部12に対応する位置に形成されている。
この実施例では更に、密閉空間3内に、炭素、及び/又は、酸素を吸着するゲッター材6が配置されている。このゲッター材6はタンタル(Ta)もしくはニオブ(Nb)からなる。
このゲッター材6は、酸化トリウム(ThO
2)が内表面炭化層5(還元部材8)の炭素によって還元される際に発生する二酸化炭素(CO
2)や一酸化炭素(CO)を吸着し、それらの分圧の上昇を抑えて、酸化トリウムの還元反応を促進する役目を果たすものである。
【0019】
図4に更に他の第4実施例が示されていて、この実施例では、まず、陰極1の本体部11に円周溝7が形成されていて、陰極1の先端部12の熱が後方に逃げることを抑制するヒートダムとして機能し、先端部12での酸化トリウムの還元反応を促進するものである。
また、この実施例では、密閉空間3内のゲッター材6は、陰極芯線6の先端面に形成した開孔に立設固定されている。これにより、ゲッター材6が密閉空間3内でみだりに動くことがない。
【0020】
本発明における動作原理を
図8に基づいて説明する。
図10(A)は点灯初期の状態を表し、
図10(B)は所定時間経過後の状態を表す。
ランプ点灯を開始すると、
図10(A)に示すように、陰極先端に形成された外表面炭化層2中の炭素によって、当該外表面炭化層2中およびその近傍の酸化トリウムTOが還元されてトリウムTとなり、これが、陰極1の外表面を拡散して先端面1b側に移送される。これにより、点灯初期における点灯性やチラツキの発生が防止される。
そして、この時点では陰極1内部の温度が外表面ほどには上昇しておらず、酸化トリウムTOの還元作用がそれほど活発にはなっておらず、また、前記したように、粒界拡散による移送速度が表面拡散による移送速度より遅いこともあって、この領域からのトリウムの粒界拡散による先端面への移送量は少ない。
【0021】
点灯時間が経過すると、
図10(B)に示すように、前述した外表面炭化層2中およびその近傍に含まれる酸化トリウムは減少していくが、陰極内部の温度が約2000℃以上となると、内部に含まれる酸化トリウムTOが、密閉空間3の内表面に形成された内表面炭化層5(還元部材8)中の炭素と反応して還元され、陰極内部においてトリウムTが生成されていく。
この生成されたトリウムTは陰極内部をタングステン粒子の粒界拡散によって陰極先端面1b側に輸送されていく。そして更に、この粒界拡散に遅れて粒内拡散によってもトリウムが先端面1b側に輸送されていく。
これらのトリウムの時間差のある拡散によって、先端面でのトリウムで枯渇が生じることがなく、フリッカーが長時間発生することがなく、再点灯性のよい長寿命のランプを提供することができる。
【0022】
前記の現象を更に詳述すると、陰極内部温度の上昇により、密閉空間3内における内表面炭化層5(還元部材8)中の炭素が陰極基体内に拡散していく。この炭素の拡散によって基体内の酸化トリウムTOの還元が起こり、生成されたトリウムTが粒界拡散により陰極の先端面に向かって輸送されて、トリウムTの供給が円滑に行われる。
密閉空間3の内表面炭化層5によって還元されたトリウムTは、高温となる密閉空間3において蒸発する場合があるが、この密閉空間3内に閉じ込められているため、蒸発したトリウムはその壁に捉えられ、表面拡散により密閉空間3内で先端側に輸送されていくので、陰極外部に飛散して消失することはない。
【0023】
また、
図2〜
図6に示すトリタンからなる先端部を本体部に接合する構造の陰極においても、少なくとも酸化トリウムが含有された先端部において、密閉空間が形成されており、この密閉空間の内表面に内表面炭化層が形成されて還元部材を構成していることで、酸化トリウムが含有された領域において内表面炭化層(還元部材)が形成されていることになる。これにより、酸化トリウムの使用量を少なくした陰極構造、いわゆる、省トリタン陰極構造においても、陰極内部に含まれる酸化トリウムの還元反応を円滑に行い、内部の酸化トリウムを有効に活用できるようにしたものである。
【0024】
また、密閉空間3の先端側の小径部32の径を、陰極先端面1bの径より大径としたことで、密閉空間表面の内表面炭化層5(還元部材8)で還元されたトリウムがテーパー部のアーク側先端面に輸送されるに伴いトリウム量が多くなり、充分なトリウムの供給を図ることができる。
【0025】
更には、前記密閉空間3には、炭素、及び/又は、酸素を吸着するタンタルやニオブなどのゲッター材6が配置されているので、酸化トリウムの炭素による還元過程で発生する二酸化炭素(CO
2)や一酸化炭素(CO)を吸収し、それらの分圧の上昇を抑えて、還元反応を促進する。
また、小径部32の最先端部32aをテーパー形状とすることによって、先端が平坦面である場合と比べて、炭素を塗布する面積が増えるので、最も高温となり還元反応が活発に行われる領域において還元されるトリウムを増やすことができる。
また、陰極1の本体部11に円周溝7を形成することで、陰極1の先端部12の熱が後方に逃げることを抑制し、先端部12の温度を高温にすることができ、酸化トリウムの還元反応を促進するものである。
【0026】
図3の実施例に基づく陰極構造の一数値例を挙げると以下のとおりである。
<本体部>
材料:カリウム(K)ドープタングステン
胴径:φ10mm
<先端部>
材料:2wt%トリタン
厚さ:3mm
<全体>
全長:35mm
先端テーパー角:50°
<密閉空間>
小径部:φ2.5mm、長さ6mm
大径部:φ4mm、長さ27mm
小径部先端と陰極先端面との距離(厚さ):2mm
【0027】
上記構造において、密閉空間3(小径部32)の先端部と陰極先端面1bとの距離(厚さ)は、2〜5mmとすることが好ましく、2mm未満であると点灯時の高熱により蒸発・摩耗それに続いて溶融して穴が開くことがあり、5mmを超えると点灯時の温度上昇が必ずしも十分でなく、酸化トリウムの還元反応が十分に達成することが期待できない。
つまり、この厚さは、酸化トリウムが還元される温度である2000℃程度の領域を含み、炭素がタングステン中へ固溶する温度域をも含むものであり、これにより、炭化層で還元されたトリウム、及び、固溶した炭素が先端側に輸送される過程で還元されたトリウムが、陰極の先端へ円滑に供給されフリッカーなどの発生が抑制される。
【0028】
図2の構造の陰極の製作方法を説明する。
(1)タングステンからなる本体部11と、酸化トリウムを含有する先端部12を拡散接合などにより接合する。
(2)陰極先端を切削加工してテーパー形状とする。
(3)陰極内部に小径部32と大径部31とからなる穴を切削加工により形成する。この時、小径部32の少なくとも一部が先端部12内に位置するようにする。
(4)硝化綿を入れた酢酸ブチル混合溶液に炭素粉末を加えた混合溶液を刷毛により、陰極の先端テーパー部1aの外表面の所定の位置と、密閉空間3を構成する小径部32に塗り、乾燥させる。その乾燥させた陰極を真空高温炉に入れ、1800℃に昇温し、30分保持し、その後、室温に戻った後に炭化した陰極を、冷却後に取り出す。ここで、炭化層形成の成否は、X線解析(XRD)装置で確認することができる。
(5)陰極芯線4を大径部31に挿入して固定し、密閉空間3を形成する。
【0029】
図3の実施例のように密閉空間3内にゲッター材6を収容した構造とするときは、上記製作工程(4)の後に、タンタルなどの線材を密閉空間3内に収容し、その後、上記工程(5)により、陰極芯線4を挿入固定して密閉空間3を形成する。
ゲッター材6は、上記のように例えば、不純物濃度の低い(50wtppm以下)のタンタルワイヤからなり、長いまま何重かに折りたたんだり、短く切断したりして収容してもよいし、あるいは
図4のように、陰極芯線4の先端面に小径の穴を形成して、これにタンタルワイヤを差し込み固定してもよい。
【0030】
以上の実施例においては、密閉空間は、陰極後方から挿入される陰極芯線によって密閉される構造を示したが、
図5、
図6に示すように、陰極構造として、本体部と、酸化トリウムを含有する先端部とを接合した構造とするとき、少なくとも先端部の内部に密閉空間を形成するように、本体部と先端部との接合によって密閉空間を形成するものであってよい。
また、密閉空間内に設ける還元部材は、その内表面に形成した炭化層で構成したものを示したが、炭素以外の他の還元剤、例えば、ホウ素を層状に形成したものであってもよい。
【0031】
更には、還元部材は、密閉空間の内表面に層状に形成する以外に、還元剤を含む還元部材を密閉空間内に充填するものであってもよい。
以下そのような実施例を
図5〜
図9により説明する。
図5に示すように、陰極1は、本体部11と、これに接合される先端部12とからなり、陰極1の全体、つまり、本体部11および先端部12のいずれにも酸化トリウムが含有されている。そして、密閉空間3は、本体部11と先端部12とに跨るように形成されていて、これら本体部11と先端部12を接合することで密閉空間3が形成される。
この密閉空間3内には、還元部材8が充填されていて、この還元部材8には、還元剤として、炭素(C)、ホウ素(B)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)の一つ又は複数の元素が含有されている。
また、還元部材は、これらの還元剤の相互の化合物(ZrC、HfB
2など)の形態であってもよいし、還元剤以外の他の元素との化合物(WC、BNなど)の形態であってもよい。このように化合物の形態とすることで、化学的な安定化が図られて、取扱い面で優れているという利点がある。
【0032】
実際に充填される還元部材8の形態としては、例えば、炭素棒を短く切断したものや、ホウ素の棒状物、ジルコニウム・ワイヤ等の固形物が挙げられる。又は、炭素(C)粉末、ホウ素(H)粉末、タングステンカーバイト(WC)粉末、ホウ化タングステン(WB)粉末、あるいは、水素化ジルコニウム(ZrO
2・nH
2O)粉末等の粉末体を前記密閉空間3内に充填した後プレスピンで加圧し、軽く押し固めたものを用いることもできる。
なお、密閉空間3の位置および軸方向長さは、その内部に充填される還元部材8が、酸化トリウムとの還元反応を起こすに足るだけの温度領域にあるように選択される。
【0033】
図5に示す実施例では、陰極1の全体がトリエーテッドタングステンで構成されているが、
図2以下の実施例と同様に、先端部12のみを酸化トリウムが含有されたトリエーテッドタングステンとする構造としてもよい。
図6にその構造が示されていて、陰極1の先端部12にのみ酸化トリウムが含有されており、本体部11は酸化トリウムが含まれない純タングステンで構成されている。そしてこの実施例では、先端部12の内部に密閉空間3が形成されていて、その内部に還元部材8が充填されている。
勿論、この実施例においても、
図5の実施例と同様に、先端部12と本体部11にかけて密閉空間3を形成するようにしてもよい。
【0034】
上記の
図5、
図6の実施例においては、密閉空間3が、陰極1の酸化トリウムが含有された領域に対応する位置に形成されたものが示されているが、密閉空間3は酸化トリウムが含有された領域に隣接して配置されていても、該密閉空間3内の還元部材8による還元作用は有効に機能するものであり、そのような実施例が
図7に示されている。
図7において、密閉空間3は、酸化トリウムを含有しない本体部11に上端開放の有底孔を形成し、この本体部11に酸化トリウムを含有する先端部12を接合することで形成されている。こうすることで、密閉空間3は酸化トリウムが含有された領域、即ち、先端部12に隣接して位置されることになる。
この密閉空間3内に還元部材8を充填することで、先端部12に含まれる酸化トリウムに有効に作用して還元反応は充分に機能する。
【0035】
更には、密閉空間3は、酸化トリウムを含有する領域、即ち、先端部12に対して近接配置されている形態であってもよい。このような実施例が
図8、9に示されている。
図8において、密閉空間3は、本体部11に形成された有底孔の上部をタングステン製の蓋部材9で密閉することによって形成されている。こうすることで、密閉空間3は、先端部12と近接する位置に形成される。
そして、この密閉空間3に還元部材8を充填することで、先端部12に含まれる酸化トリウムに有効に作用して還元反応は充分に機能する。
【0036】
また、密閉空間3は、
図1〜4のように陰極芯線4を用いて形成することもできる。
図9において、本体部11に、底面側に開口する有底孔を設け、この有底孔に後方から陰極芯線4を挿入する。これにより密閉空間3が形成され、この密閉空間3は、酸化トリウムを含有する先端部12とは近接して位置することになる。この密閉空間3内に還元部材8を充填することで、先端部12に含まれる酸化トリウムに有効に作用して還元反応は充分に機能する。
【0037】
以上のように、陰極1の内部に形成される密閉空間3は、
図1〜6の実施例に示すように、酸化トリウムが含有された領域に形成されていてもよいし、あるいは、
図7に示すように、酸化トリウムが含有された領域に隣接した領域に形成されていてもよいし、更には、
図8、9に示すように、酸化トリウムが含有された領域と近接して位置するように形成されていてもよい。
なお、
図5〜9の実施例においても、
図1〜4の実施例と同様に、陰極1の先端側の外表面に炭化タングステンからなる外表面炭化層を形成してもよい。こうすることにより、特に、点灯初期おいて良好な点灯性がもたらされる。
【0038】
図6の実施例に基づく陰極構造の一数値例を挙げると以下のとおりである。
<本体部>
材料:カリウム(K)ドープタングステン
胴径:φ10mm
<先端部>
材料:2wt%トリタン
厚さ:6mm
<全体>
全長:17mm
先端テーパー角:40度
<密閉空間>
直径:φ1.4mm、長さ3mm
<還元部材>
直径:φ0.5mm、長さ3mm、4本
材質:純カーボンの棒、炭素の濃度100%
【0039】
図6の構造の陰極の製作方法を説明する。
(1)トリエーテッドタングステンからなる先端部12の底面に有底穴を形成し、接合部の表面研磨および洗浄の後、還元部材8を充填する。この還元部材8には、タングステンと炭素の化合物又は固溶体を用いることができる。
(2)タングステンからなる本端部11と、前記先端部12を拡散接合などにより接合する。これにより還元部材8が充填された密閉空間3が形成される。
(3)陰極先端を切削加工してテーパー形状とする。
【0040】
本発明の効果を実証するために行った実験例を説明する。
<本発明>
上記段落0026で説明した陰極を用いて以下の仕様のショートアーク型放電ランプを作製した。
発光管:材質 石英ガラス、最大内径80mm
陽極:材質 タングステン、外径29mm、軸方向長さ40mm
電極間距離:7.5mm
定格電力:7kW
<比較例>
陰極外表面のみに炭化層が形成され、陰極内部に密閉空間および内表面炭化層が形成されていない陰極を用いて、同仕様のショートアーク型放電ランプを作製。
【0041】
これらのランプを電圧が44V、電流が160Aの条件で点灯し、フリッカーが発生するまでの時間を測定するとともに、点灯後照度維持率が85%になるまでの経過時間を測定した。
その結果、本発明においては、フリッカー発生までの時間が750時間であり、また、照度維持率が85%になるまでの経過時間は600時間であった。ここでいうフリッカーは、アークプラズマの不安定性に起因しているから、そのランプ電圧変動を指標とし、ランプ電圧変動が平均ランプ電圧の1.2%を超えるとフリッカーと定義した。
これに対して、比較例では、フリッカー発生時間が550時間であり、照度維持率が85%になるまでの経過時間は500時間であった。
【0042】
以上の結果から明らかなように、本発明に係るショートアーク型ショートアーク型放電ランプによれば、フリッカーが発生するまで750時間と長期間にわたって安定した点灯状態が達成されることが確認された。
これに対して、比較例に係るショートアーク型ショートアーク型放電ランプにおいては、点灯後550時間でフリッカーが発生し、比較的短期間で不安定となった。これは、先端部の外表面炭化層で還元されたトリウムが点灯時間と共に減少し、これにより、ランプの点灯中において、炭化層から先端部に十分にエミッター物質であるトリウムが供給されなかったためと考えられる。
一方、本発明ランプでは、陰極内に還元部材として内表面炭化層を有するため、この炭化層で還元されたトリウムが陰極先端に供給され続けた結果と考えられる。
【0043】
以上のように、本発明によれば、陰極内部に形成した密閉空間に還元部材を設けたので、陰極内部に含有された酸化トリウムが密閉空間内の還元部材により還元され、これにより生成されたトリウムが先端面に供給されてくることで、陰極先端面でのトリウムの枯渇を防止することができて、長時間にわたり、チラツキが発生することがないものである。
また、陰極の外表面に炭化層を形成することで、特に、初期点灯時における点灯性が良好であり、この外表面炭化層による還元作用で生成するトリウムが減少してきても、前記した内部の還元部材による還元作用によりトリウムが陰極先端面に継続供給されるものである。