特許第6132310号(P6132310)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6132310緑色硫黄細菌変異体およびバクテリオクロロフィル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6132310
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】緑色硫黄細菌変異体およびバクテリオクロロフィル
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20170515BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20170515BHJP
   C12P 9/00 20060101ALI20170515BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20170515BHJP
   C07D 487/22 20060101ALN20170515BHJP
【FI】
   C12N1/20 A
   C12N1/21
   C12P9/00
   !C12N15/00 A
   !C07D487/22
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-558699(P2013-558699)
(86)(22)【出願日】2013年2月12日
(86)【国際出願番号】JP2013053295
(87)【国際公開番号】WO2013122064
(87)【国際公開日】20130822
【審査請求日】2016年2月1日
(31)【優先権主張番号】特願2012-28919(P2012-28919)
(32)【優先日】2012年2月13日
(33)【優先権主張国】JP
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-1202
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-1203
(73)【特許権者】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100117743
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 美由紀
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】原田 二朗
(72)【発明者】
【氏名】野口 正人
(72)【発明者】
【氏名】民秋 均
【審査官】 野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】 Hitoshi Tamiaki et al.,"In vitro synthesis and characterization of bacteriochlorophyll-f and its absence in bacteriochlorophyll-e producing organisms.",PHOTOSYNTHESIS RESEARCH,2011年 2月,Vol.107, No.2,pp.133-138
【文献】 民秋均,溝口正,「バクテリオクロロフィルの分析」,低温科学,2009年,Vol.67,pp.339-346
【文献】 Hitoshi Tamiaki et al.,"Synthesis of homologously pure bacteriochlorophyll-e and f analogues from BChls-c/d via transformation of the 7-methyl to formyl group and self-aggregation of synthetic zinc methyl bacteriopheophorbides-c/d/e/f in non-polar organic solvent.",Tetrahedron,2003年,Vol.59,pp.4337-4350
【文献】 Nikolaus Risch,"Bacteriochlorophyll f. - Partial synthesis and the behavior of some derivatives.",Liebigs Annalen der Chemie,1988年,Vol.4,pp.343-347
【文献】 Hitoshi Tamiaki et al.,"A novel approach toward bacteriochlorophylls-e and f.",Bioorganic & medicinal chemistry letters,1999年,Vol.9,pp.1631-1632
【文献】 Shin-ichi Sasaki and Hitoshi Tamiaki,"Self-assembly of synthetic bacteriochlorophyll-f analogues having C8-formyl group.",Bulletin of the Chemical Society of Japan,2004年,Vol.77,pp.797-800
【文献】 Min Chen et al.,"A red-shifted chlorophyll.",Science,2010年,Vol.329,pp.1318-1319
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
C12N 15/00−15/90
C12P 1/00−41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号 NITE BP-1202で表される、単離された緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株。
【請求項2】
ゲノム内に外因性核酸配列を含む、請求項1に記載のRK-j-1株。
【請求項3】
外因性核酸配列が薬剤耐性遺伝子を含む、請求項2に記載のRK-j-1株。
【請求項4】
外因性核酸配列によりbchU遺伝子が破壊されている請求項2または3に記載のRK-j-1株
【請求項5】
受託番号NITE BP-1203で表されるChlorobaculum limnaeum dbchU株である、請求項に記載のRK-j-1株
【請求項6】
請求項またはに記載のRK-j-1株を培養する工程を含む、バクテリオクロロフィルfの製造方法。
【請求項7】
下記式:
【化1】
(式中、
1はR型/C-8位エチル/C-12位エチルBChl fを表し、
2はR型/C-8位プロピル/C-12位エチルBChl fを表し、
3はS型/C-8位プロピル/C-12位エチルBChl fを表し、
4はS型/C-8位イソブチル/C-12位エチルBChl fを表す。)
で表される、バクテリオクロロフィルf。
【請求項8】
請求項に記載のバクテリオクロロフィルfを構成成分として含有する、再構成されたクロロゾーム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緑色硫黄細菌変異体およびバクテリオクロロフィルに関し、緑色硫黄細菌の遺伝子工学の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
緑色硫黄細菌は光合成によってのみ生育する絶対嫌気性の光合成生物である。そのため、優れた光合成能を持ち合わせており、極めて微弱光に適応した膜外アンテナ系であるクロロゾームを有しているのが特徴である。クロロゾーム内の光捕集部は、タンパク質が関与しない色素のみの自己会合体から形成されている(非特許文献1)。このことは、他の全ての光合成生物のアンテナ系では、色素がタンパク質の支持体中で機能を果たしていることに対する、唯一の例外である。クロロゾームは生体内から容易に単離精製することができ、また生体外で分解させた後に再構成させることが可能である。さらには、再構成時に光化学反応を誘起する色素を加えておけば、機能を持つ会合体を容易に作り出すことができる(非特許文献2)。
【0003】
クロロゾーム内の自己会合色素としてバクテリオクロロフィル(BChl) c、dおよびeが知られており(図1)、どの色素を持つかは緑色硫黄細菌の種類によって異なる。BChl fおよびBChl fを持つ緑色硫黄細菌は、天然界からは発見されていない。これまでの報告では、BChl cを有する緑色硫黄細菌Chlorobaculum tepidumとBChl dを有する緑色硫黄細菌Chlorobaculum parvumにおいて人為的に遺伝子操作を行うことが可能であることが確認されている(非特許文献3、4)。よって、それらの色素の生合成経路に関する研究が進み、全ての合成酵素遺伝子が解明されている。解明された酵素遺伝子を改変することで、様々な色素分子種で構成されたクロロゾームが変異体の生体内で生み出されている。中にはクロロゾームの構造解明に大きく貢献している変異体も存在する(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】H. Tamiaki (1996) Coord. Chem. Rev., 148: 183-197
【非特許文献2】V. I. Prokhorenko et al. (2002) J. Phys. Chem. B, 106: 5761-5768
【非特許文献3】N. U. Frigaard et al. (2003) Photosynth. Res., 78: 93-117
【非特許文献4】N. U. Frigaard (2004) Methods Mol. Biol., 274: 325-340
【非特許文献5】S. Ganapathy et al. (2009) Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 106:8525-8530
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、色素分子、組成などを緑色硫黄細菌の遺伝子改変で調節することができれば、様々な機能を持つクロロゾームを形成させることが可能である。それらを生体外に取り出してきて利用することで、光エネルギーの捕獲、その利用の分野で大きな貢献が可能である。このような意味で、クロロゾームを対象とした緑色硫黄細菌の利用は、ナノサイエンス、ナノテクノロジーの現実的で、かつ利用価値の高い実験系を提供することができる。
一方で、BChl eをもつ細菌ではこれまでに遺伝子操作の報告例はない。そのため、その生合成経路については未だに不明のままである。BChl eはクロリン骨格のC-7位にホルミル基を有する点でBChl cおよびBChl dとは異なり、その側鎖を持つことで3つの色素の中で最も短波長側にQyピークを示すといった特徴を有する。よって、BChl eを合成する緑色硫黄細菌で遺伝子操作が可能となれば、その生合成経路が解明されて、遺伝子改変によってBChl cやBChl dと異なる波長領域での吸収特性をもった様々なクロロゾームを生み出すことが可能となる。
本発明の目的は、BChl eを合成する緑色硫黄細菌の遺伝子操作が可能な新規株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、BChl eを有する緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum(「Cba. limnaeum」と省略する場合がある)の遺伝子操作法の開発に取り組むため、Chlorobaculum limnaeum 1549株の継代培養を数年間(約8年)繰り返し、積極的に自発的な変異を促した。コロニーを単離し、生育の早い株を選抜した。さらに、選抜した株に対して自然形質転換法を行って遺伝子操作可能な株を単離することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、以下のものを提供する。
〔1〕 受託番号NITE BP-1202で表される、単離された緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株。
〔2〕 前記〔1〕に記載のRK-j-1株を形質転換してなる、単離された形質転換Chlorobaculum limnaeum株。
〔3〕 bchU遺伝子が破壊されている前記〔2〕に記載の形質転換Chlorobaculum limnaeum株。
〔4〕 受託番号NITE BP-1203で表されるChlorobaculum limnaeum dbchU株である、前記〔3〕に記載の形質転換Chlorobaculum limnaeum株。
〔5〕 前記〔3〕または〔4〕に記載の形質転換Chlorobaculum limnaeum株を培養する工程を含む、バクテリオクロロフィルfの製造方法。
〔6〕 前記〔5〕に記載の製造方法により得られたバクテリオクロロフィルf。
〔7〕 前記〔4〕に記載のChlorobaculum limnaeum dbchU株が産生するバクテリオクロロフィルf。
〔8〕 下記式:
【0008】
【化1】
【0009】
(式中、
17はファルネシル基を代表的に表すが、フィチル基、ゲラニルゲラニル基、ジヒドロゲラニル基またはテトラヒドロゲラニル基であってもよい。
、X、XおよびXは、同一または異なって、水素原子またはメチル基を表す。31は1-ヒドロキシエチル基のR型かS型の立体異性を表す。)
で示される、前記〔6〕または〔7〕に記載のバクテリオクロロフィルf。
〔9〕 下記式:
【0010】
【化2】
【0011】
(式中、
1はR型/C-8位エチル/C-12位エチルBChl fを表し、
2はR型/C-8位プロピル/C-12位エチルBChl fを表し、
3はS型/C-8位プロピル/C-12位エチルBChl fを表し、
4はS型/C-8位イソブチル/C-12位エチルBChl fを表す。)
で表される、バクテリオクロロフィルf。
〔10〕 前記〔6〕〜〔9〕のいずれか1項に記載のバクテリオクロロフィルfを構成成分として含有する、再構成されたクロロゾーム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、遺伝子組み換えによる形質転換が可能な緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株を提供することができる。これまで、BChl eを持つ緑色硫黄細菌は形質転換が困難であったことから、本発明のRK-j-1株を利用してChlorobaculum limnaeumの遺伝子工学的研究の進展が期待される。具体的には、当該株が有する色素分子、組成などを遺伝子改変により調節することが可能である。RK-j-1株を利用して、様々な機能を持つクロロゾームを形成させることが可能である。かかるクロロゾームを生体外に取り出して利用することで、光エネルギーの捕獲、光エネルギーの利用の分野での貢献が期待される。
本発明のRK-j-1株のbchU遺伝子破壊株によれば、これまで天然界で発見されていなかったBChl fを持つ緑色硫黄細菌を提供することができる。bchU遺伝子破壊株は、BChl eよりも短波長側にQyピークがシフトするBChl fを供給することが可能となる。
また、本発明によれば、新規なBChl fを提供することができ、生体外で様々なクロロゾームの再構成を構築し、光エネルギーの捕獲、光エネルギーの利用の分野への応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】代表的なBChl c、BChl d、BChl eおよびBChl fの分子構造を示す。
図2】Cba. limnaeumのbchU遺伝子破壊株の作製を示す。(A) Cba. limnaeumのbchU遺伝子周辺のゲノムの模式図。bchU破壊株は、bchU遺伝子の一部がaacC1遺伝子(抗生物質であるゲンタマイシンの耐性遺伝子)と置き換わることで、正常な遺伝子産物が発現できないように構成した。矢印はbchU F1 (a)、bchU R1 (b)、bchU F2 (c)、bchU R2 (d)、bchU comf. F (e)、および、bchU comf. R (f)プライマーを示す。(B) PCRによる遺伝子破壊の確認。bchU comf. FおよびRプライマーを用い、野生株およびbchU遺伝子破壊株のゲノムDNAからbchU遺伝子周辺領域をPCRによって増幅し、その産物をアガロースゲル電気泳動にて確認した。野生株(レーン1)からは1.83 kbpのDNA断片のバンドが、破壊株(レーン2)からは2.51 kbpのバンドが確認された。レーンMは、DNA分子量サイズマーカーを示す(各バンドのサイズは、レーンMの左側に示している)。
図3】Cba. limnaeumのbchU遺伝子破壊株の色素組成の解析結果を示す。野生株(A)およびbchU破壊株(B)より色素を抽出し、LC-MSにより解析を行った。野生株ではBChl eの同族体が検出されたが、破壊株では一切見られず、BChl eの代わりにBChl fを蓄積していることが分かった。ピーク1, R型/C-8位エチル/C-12位エチル(R[E,E])BChl e (MW: 820.44 Da); ピーク2, S型/C-8位エチル/C-12位エチル(S[E,E])BChl e; ピーク3, R型/C-8位プロピル/C-12位エチル(R[P,E])BChl e (MW: 834.46 Da); ピーク4, S型/C-8位プロピル/C-12位エチル(S[P,E])BChl e (MW: 834.46 Da); ピーク5, S型/C-8位イソブチル/C-12位エチル(S[I,E])BChl e (MW: 848.47 Da); ピーク6, R型/C-8位エチル/C-12位エチル(R[E,E])BChl f (MW: 806.43 Da); ピーク7, R型/C-8位プロピル/C-12位エチル(R[P,E])BChl f (MW: 820.44 Da); ピーク8, S型/C-8位プロピル/C-12位エチル(S[P,E])BChl f (MW: 820.44 Da); ピーク9, S型/C-8位イソブチル/C-12位エチル(S[I,E])BChl f (MW: 834.46 Da)。R型とS型はC-3位の1-ヒドロキシエチル基での不斉炭素原子上の絶対構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明が対象とする「緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum」は、野生株としては色素分子としてバクテリオクロロフィルeを有し、該色素分子が自己会合して形成されるクロロゾームを有している。本発明では、久留米大学医学部医化学講座で保存されているChlorobaculum limnaeum1549株を親株として用いる。Chlorobaculum limnaeum1549株は、当該技術分野の研究者からも入手可能である。
【0015】
本発明は、緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum1549株の継代培養物から単離された、遺伝子の形質転換が可能な、緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株(以下、「RK-j-1株」と省略する場合がある)を提供する。
【0016】
RK-j-1株は、親株の1549株では形質転換が不可能であったところ、数年間(約8年間)継続培養を行うことにより形質転換可能となったクローンを単離して得られたものである。長期間の継続培養中に生じた自然変異によるものであると考えられる。16S rDNAはGenebankに登録されているChlorobaculum limnaeumの塩基配列(Accession No.: AJ299413。旧名Chlorobium phaeobacteroides strain 1549で登録)と99.99%以上一致している。形態は、親株の1549株とほぼ同様であり、嫌気光合成培養にて、光独立栄養的に生育が可能である。
【0017】
RK-j-1株は、通常の緑色硫黄細菌と同様の条件で培養することができる。培養条件の好適な具体例として、以下に記載する。
(1)培地:
Green sulfur bacterium medium (NBRC Medium No. 855)
CL 培地 (液体培地):1L当たり20 mLのsalts A(0.64 g Na2EDTA・2H2O, 10 g MgSO4・7H2O, 2.5 g CaCl2・2H2O, 20 g NaCl / 1 L)、20 mLのsalts B(25 g CH3COONH4, 20 g NH4Cl, 115 g Na2S2O3・5H2O / 1 L)、20 mLのCL/CPバッファー(25 g KH2PO4, 115 g MOPS[3-{N-モルフォリノ}プロパンスルホン酸]/ 1 L)、1 mLの微量元素溶液(5.2 g 2Na・EDTA, 0.19 g CoCl2・6H2O, 0.1 g MnCl2・4H2O, 1.5 g FeCl2・4H2O, 0.006 g H3BO3, 0.017g CuCl2・2H2O, 0.188 g Na2MoO4・2H2O, 0.025 g NiCl2・6H2O, 0.07 g ZnCl2, 0.03 g VOSO4, 0.002 g Na2WO4・2H2O, 0.002 g Na2HSeO3 / 1 L)、50μLのレサズリン(10 mg/mL)、 20 μLのビタミンB12(1 mg/mL)を加え、蒸留水で1 Lにメスアップする。121℃で約20分間オートクレーブした後、濾過滅菌した50 mLのNa2S 9H2O/NaHCO3溶液(0.6 g Na2S 9H2O, 2.0g NaHCO3/ 50 mL)を加え、pHを6.9-7.0に調整する。
CP プレート(固体のプレーティング培地):1L当たり20 mLのsalts A、20 mLのsalts B、1 mLの微量元素溶液、50 μLの10 mg/mL レサズリン、20 μLのビタミンB12および0.36 gのL-システインを加え、10 M NaOHでpHを7.6に調整し、15gの寒天(Bacto AgarTM)を加えて121℃で約20分間オートクレーブし、50℃に冷却して培養皿に分注して固めた後、嫌気性チャンバー内に移動させる(L-システインの過剰な酸化を防ぐため、オートクレーブ後60分以内に操作する)。
(2)培養条件
嫌気性チャンバー内で、30℃の温度で、純窒素置換した偏性嫌気条件下で培養する。
(3)長期保存条件
5%DMSOまたは15%グリセロールを含有する培地中で、凍結保存(−80℃以下)する。
【0018】
培養条件の詳細は、Frigaad NU and Bryant DA, Appl. Environ. Microbiol., 67; 2538-2544 (2001)およびFrigaad NU, Sakuragi Y and Bryant DA, Methods Mol. Biol., 274; 325-340 (2004)を参照のこと。
【0019】
Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株は、2012年1月12日(原寄託日)に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、受領番号NITE AP-1202(受託番号NITE P-1202)で寄託され、NITE P-1202からブダペスト条約に基づく寄託への移管請求を行い、当該請求が2012年12月25日(移管日)に受領され、受託番号:NITE BP−1202で国際寄託されている。
【0020】
RK-j-1株は、バクテリオクロロフィルeを有する通常のChlorobaculum limnaeumとは異なり、形質転換可能な株である。本発明は、RK-j-1株を形質転換して選られる、単離された形質転換Chlorobaculum limnaeum株を提供する。
【0021】
形質転換は、自然形質転換法(Natural transformation)で行うことができる。自然形質転換法は、対数増殖期の培養RK-j-1株を準備し、遠心分離により細胞を回収し、上記CL培地と導入対象の核酸(DNA等)を添加して混合し、CP プレート上に播種し、3-5日間インキュベートして生育した細胞を、CPプレート上にスプレッドしてコロニーを生育させる。この場合、形質転換された細胞を区別するために、抗生物質耐性遺伝子も同時に導入し、該抗生物質を含有するCPプレート上で培養することが望ましい。生育したコロニーをピックアップし、PCRやシークエンス解析により目的の遺伝子の導入の有無を確認する。
【0022】
緑色硫黄細菌の形質転換法の詳細については、Environ. Microbiol., 67; 2538-2544 (2001)およびMethods Mol. Biol., 274; 325-340 (2004)などを参照のこと。
【0023】
形質転換の好ましい一態様として、bchU遺伝子の破壊が挙げられる。bchU遺伝子は、S-アデノシルメチオニン(SAM)をメチル基供与体としてクロリン骨格の20位をメチル化する酵素(メチル基転移酵素)をコードする。bchU遺伝子の発現を当該遺伝子をターゲットとするターゲティングベクターを用いて抑制することができる。具体的には、図2に示すように、bchU遺伝子の一部を薬剤耐性遺伝子(例、aacC1遺伝子:ゲンタマイシン耐性遺伝子)と置き換えることで、正常なbchU遺伝子産物を発現しないように相同組換えを生じさせることができる。
【0024】
このようにして得られたChlorobaculum limnaeum RK-j-1株由来のbchU破壊株は、クロリン骨格の20位にメチル化を転移する酵素を欠失しているため、バクテリオクロロフィルeの20位が脱メチル化したバクテリオクロロフィルfを産生する(図1を参照)。
【0025】
本発明は、Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株由来のbchU破壊株を提供する。当該破壊株は、Chlorobaculum limnaeum dbchU株と命名され、2012年1月12日(原寄託日)に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、受領番号NITE AP-1203(受託番号NITE P-1203)で寄託され、NITE P-1203からブダペスト条約に基づく寄託への移管請求を行い、当該請求が2012年12月25日(移管日)に受領され、受託番号:NITE BP−1203で国際寄託されている。
【0026】
dbchU株は、親株のRK-j-1株と形態学的にほぼ同一であり、RK-j-1株と同様の培養条件および保存条件で生育させることができる。dbchU株は、aacC1遺伝子を持つため、50μg/mLのゲンタマイシン存在下でも生育可能である。
【0027】
バクテリオクロロフィルfは天然界ではその存在が知られておらず、一部の構造のバクテリオクロロフィルfが有機合成されているに過ぎない(H. Tamiaki et al. (2011) Photosynth. Res., 107: 133-138)。本発明のbchU破壊株(dbchU株)を培養することにより、バクテリオクロロフィルfが提供される。また、bchU破壊株(dbchU株)を培養する工程を含む、バクテリオクロロフィルfの製造方法も提供される。
【0028】
バクテリオクロロフィルfの製造方法は、bchU破壊株(dbchU株)を50μg/mLのゲンタマイシンを含有するCL培地中で、親株(RF-j-1)と同様に培養する。
【0029】
本発明のbchU破壊株(dbchU株)が産生するバクテリオクロロフィルfの構造は、以下の通りである。
【0030】
【化3】
【0031】
(式中、
17はファルネシル基を代表的に表すが、フィチル基、ゲラニルゲラニル基、ジヒドロゲラニル基またはテトラヒドロゲラニル基であってもよい。
、X、XおよびXは、同一または異なって、水素原子またはメチル基を表す。31は1-ヒドロキシエチル基のR型かS型の立体異性を表す。)
【0032】
17がファルネシル基である前記バクテリオクロロフィルfの構造は、以下の通りである。
【0033】
【化4】
【0034】
(式中、
、X、XおよびXは、同一または異なって、水素原子またはメチル基を表す。31は1-ヒドロキシエチル基のR型かS型の立体異性を表す。)
【0035】
上記式で示されるバクテリオクロロフィルfのうち、R型/C-8位エチル/C-12位メチルBChl fとS型/C-8位エチル/C-12位メチルBChl fについては、有機化学の分野で自体公知の合成方法および既報(H. Tamiaki et al. (2011) Photosynth. Res., 107: 133-138)に記載された方法に準じて、有機化学的に合成することもできる。
【0036】
また、本発明は、下記構造式で示される新規なバクテリオクロロフィルfを提供する。
【0037】
【化5】
【0038】
(式中、1はR型/C-8位エチル/C-12位エチルBChl fを表し、
2はR型/C-8位プロピル/C-12位エチルBChl fを表し、
3はS型/C-8位プロピル/C-12位エチルBChl fを表し、
4はS型/C-8位イソブチル/C-12位エチルBChl fを表す。)
【0039】
本発明で提供される新規バクテリオクロロフィルfの構造を略号とともに記載する:
R型/C-8位エチル/C-12位エチル(R[E,E])BChl f;R型/C-8位プロピル/C-12位エチル(R[P,E])BChl f;S型/C-8位プロピル/C-12位エチル(S[P,E])BChl f;S型/C-8位イソブチル/C-12位エチル(S[I,E])BChl f。
【0040】
本発明のバクテリオクロロフィルfを用いて、インビトロでクロロゾームを再構成することができ、本発明は、再構成されたクロロゾームを提供する。クロロゾームの生体外の再構成については、BChl c、d、eおよびfの自己会合能力によって行うことが可能である。これらの色素を生体から抽出した後に、低極性有機溶媒、水-有機溶媒の混合溶液、または、界面活性剤を有する水溶性中に置くことで、色素が自己集積してクロロゾームを再構築する。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はいかなる意味においてもこれらに限定されるものではない。
【0042】
実施例1 1549株の継続培養および形質転換
BChl eを有するChlorobaculum limnaeum 1549株(立命館大学薬学部生物有機化学研究室を経由し、久留米大学医学部医化学講座で保存されている株)を数年間(約8年間)、継代培養を繰り返すことで積極的に自発的な変異を促した。培養はスクリューキャップ付きの試験管中にCL培地を入れ、30℃、光照射下において行った。十分な生育に達した後に、室温暗所に置いた。3-6か月の周期で継代し、1年間ほどの間隔でCPプレート上にて生育させて、コロニーを形成させた。なお、プレート培養は嫌気ジャー内でH2/CO2発生ガスパック等を用いて行った。
コロニーを単離し、生育が早い株を選抜した。さらにいくつかの選抜された株に対して、自然形質転換法(natural transformation)を行い、遺伝子操作可能な株の選抜を行った。遺伝子改変領域として、BChl eのC-20位のメチル基を修飾すると考えられた酵素遺伝子bchUを選んだ。その領域とゲンタマイシン耐性遺伝子aacC1との入れ替えが、相同組み換えで起こるかを確認した。
【0043】
Chlorobaculum limnaeum 1549株の継代培養物から、他のコロニーよりも生育が早いものを2種類選抜し、それぞれをRK-j-1株およびRK-j-2株と命名した。この2つの株に対して、natural transformationを行った。Chlorobaculum limnaeum 1549株からクローニングしたbchUの大部分をaacC1と入れ替えたplasmidをRK-j-1株またはRK-j-2株と混合し、薬剤添加なしのCPプレートにスポットして、嫌気ジャー内で30℃で3-7日間生育させた。そのスポットを掻きとってCL液体培地に懸濁し、ゲンタマイシンが添加されたプレート(最終濃度50μg/mL)にスプレッドした。7-14日後プレートを確認したところ、RK-j-1株とplasmidを混ぜたものだけにコロニーの形成が確認された。そのコロニーをゲンタマイシンが添加されたCL液体培地(最終濃度50μg/mL)で培養を行い、ゲノムDNAを抽出してRCR法によってbchU遺伝子を含む周辺遺伝子の増幅を行った。PCR産物のアガロースゲル電気泳動を行った結果、bchU遺伝子領域に、aacC1が挿入されていると考えられるサイズのバンドが検出された(図2)。次いで、DNAシークエンスによってDNA配列を確認したところ、bchU遺伝子にaacC1が挿入されていることが確認された。このコロニー由来の株をbchU破壊株(dbchU株)と名付けた。
【0044】
実施例2 bchU破壊株からの色素化合物の抽出
BChl eのC-20位のメチル基が欠失した色素はBChl fと呼ばれ(図1)、短波長側にQyピークがシフトすることがin vitroで確認されている(H. Tamiaki et al. (2011) Photosynth. Res., 107: 133-138)。
bchU破壊株から既報(H. Tamiaki et al. (2011) Photosynth. Res., 107: 133-138)に従って、色素を抽出し、野生株と比較したところ、Qyピークの短波長シフトを確認した。さらにはLC-MSによって色素組成の解析を行ったところ、この破壊株からはBChl eが一切検出されず、その代わりにBChl fを蓄積していることが分かった(図3)。
BChl c、dおよびeは、生体内でC-3位、8位およびC-12位の側鎖が異なる同族体が混在していることが分かっている。bchU破壊株に蓄積しているBChl fも同様に、同族体の混合物として生体内に存在していた。これまでに、R型/C-8位エチル/C-12位メチルBChl fとS型/C-8位エチル/C-12位メチルBChl fについては、有機合成されている既知の色素である(H.Tamiaki et al. (2011) Photosynth. Res., 107: 133-138)。bchU破壊株にはこの2種類のBChl fは存在せず、R[E,E]BChl f、R[P,E]BChl f 、S[P,E]BChl fおよびS[I,E]BChl fが検出された。これらはすべて、新規の色素化合物であった。
【0045】
Chlorobaculum limnaeum 1549株に継代培養を長年行った後に単離されたRK-j-1株を用いて、遺伝子組み換えによる形質転換が可能であった。形質転換が可能であることを実証するため、bchU遺伝子の破壊を行った。bchU破壊株は本来のBchU酵素機能を失い、結果としてBChl fを同族体の混合物として蓄積していた。それらは、R[E, E]BChl f、R[P, E]BChl f 、S[P, E]BChl fおよびS[I, E]BChl fと同定されたが、全て新規色素化合物であった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の緑色硫黄細菌Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株は、遺伝子組み換えによる形質転換が可能な株であり、当該株が有する色素分子、組成などを遺伝子改変により調節することが可能である。RK-j-1株を用いて、様々な機能を持つクロロゾームを形成させることが可能である。かかるクロロゾームを生体外に取り出して利用することで、光エネルギーの捕獲、光エネルギーの利用の分野での貢献が期待される。このような観点から、クロロゾームを対象とした緑色硫黄細菌の利用は、ナノサイエンス、ナノテクノロジーの現実的で、かつ利用価値の高い実験系を提供することができる。
【0047】
以上、本発明の具体的な態様のいくつかを詳細に説明したが、当業者であれば示された特定の態様には、本発明の教示と利点から実質的に逸脱しない範囲で様々な修正と変更をなすことは可能である。従って、そのような修正及び変更も、すべて後記の請求の範囲で請求される本発明の精神と範囲内に含まれるものである。
【0048】
本出願は、日本で出願された特願2012−028919(出願日:2012年2月13日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図1
図2
図3