特許第6133053号(P6133053)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6133053アミロイドの凝集体の定量方法及びその定量装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6133053
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】アミロイドの凝集体の定量方法及びその定量装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20170515BHJP
   G01N 21/78 20060101ALI20170515BHJP
【FI】
   G01N21/64 B
   G01N21/78 C
【請求項の数】2
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2012-279761(P2012-279761)
(22)【出願日】2012年12月21日
(65)【公開番号】特開2014-122846(P2014-122846A)
(43)【公開日】2014年7月3日
【審査請求日】2015年12月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124291
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 悟
(72)【発明者】
【氏名】小田 明典
(72)【発明者】
【氏名】里園 浩
(72)【発明者】
【氏名】小杉 壮
【審査官】 吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/024188(WO,A1)
【文献】 特開2006−090782(JP,A)
【文献】 特表2012−503012(JP,A)
【文献】 特表2004−518488(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0039337(US,A1)
【文献】 特表2009−511583(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/042461(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00、01
17−83
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む第一の試料に、前記蛍光物質を励起する光を照射する、励起光照射ステップと、
前記第一の試料から発する蛍光を経時的に検出して、第一の蛍光減衰曲線のデータを取得する、データ取得ステップと、
前記蛍光物質と前記アミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値を、前記第一の蛍光減衰曲線のデータと、前記複合体以外の蛍光成分に由来する複数の蛍光寿命値と、に基づいて算出する、蛍光寿命算出ステップであって、前記複合体以外の蛍光成分に由来する複数の蛍光寿命値は、凝集していない前記アミロイドと前記蛍光物質とを含む第二の試料に前記光を照射することによって前記第二の試料から発する蛍光を経時的に検出して取得された第二の蛍光減衰曲線のデータに基づいて算出されている、ステップと、
前記第一の蛍光減衰曲線のデータと、前記第一の蛍光寿命値と、前記複合体以外の蛍光成分に由来する複数の蛍光寿命値と、に基づいて前記複合体に由来する第一の重み因子を算出する、重み因子算出ステップと、
前記第一の重み因子に基づいて前記アミロイドの凝集体の量を算出する、凝集体定量ステップと、
を含む、アミロイドの凝集体の定量方法。
【請求項2】
前記蛍光物質が、チオフラビンS、6−(2−フルオロエトキシ)−2−(4−メチルアミノスチリル)ベンゾオキサゾール及び8−アニリノ−1−ナフタレンスルホン酸、並びに、下記式(1)、(2)、(3)又は(4)で表される化合物から選ばれる、請求項1に記載の定量方法。
【化1】

(式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、Rは炭素数1〜6のアルキル基、ハロゲン又は水酸基を示し、AはO又はSを示し、5員環に含まれる窒素原子は炭素数1〜6のアルキル基と結合していてもよく、式(2)中、R及びRはそれぞれ独立に水酸基又は炭素数1〜6のアルコキシ基を示し、Xは水素又はハロゲンを示し、式(3)中、R、R、R、R、R10及びR11はそれぞれ独立に水素、水酸基、ハロゲン、又は、1若しくは2つの炭素数1〜6のアルキル基で置換されていてもよいアミノ基を示し、式(4)中、R12及びR13はそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R14は炭素数1〜6のアルキル基、ハロゲン又は水酸基を示す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミロイドの凝集体の定量方法及びその定量装置に関する。
【背景技術】
【0002】
社会的問題となっているアルツハイマー型認知症の研究においては、根本的治療の観点から、ベータアミロイドタンパク質が早期診断及び治療のターゲットとして注目を浴びている。アルツハイマー型認知症において、ベータアミロイドタンパク質の脳内における蓄積が、最初にあらわれる病態だからである。蓄積したベータアミロイドタンパク質は、βシート構造に富む凝集体を形成し脳内の神経細胞に悪影響を与える。そのため、ベータアミロイドタンパク質の濃度及びベータアミロイドタンパク質の凝集についての情報を測定する方法が重要となる。
【0003】
ベータアミロイドタンパク質は、凝集状態によって水に対し不溶となるものもあり、その場合には高速液体クロマトグラフィー及び電気泳動といった手法の適用が困難となる。そこで、不溶化物含有の有無に関わらず、ベータアミロイドタンパク質の凝集を測定する方法として蛍光測定がよく用いられる。蛍光測定の従来法として、チオフラビンT等の蛍光色素(蛍光物質)と分光蛍光光度計とを利用した蛍光強度測定がある(特許文献1)。この測定法は、チオフラビンTと、ベータアミロイドタンパク質の凝集によって形成されるβシート構造と、の相互作用によって生じる蛍光を利用した方法であり、凝集体の定量や凝集状態の測定を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−212116号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】大学出版、「Methods in Enzymology」、Academic Press、1999年刊、第309巻、第274−287頁、第304−305頁
【非特許文献2】D.V.O’Cornor著、「ナノ・ピコ秒の蛍光測定と解析法−時間相関単一光子計数法−」、学会出版センター、第2章第33〜51頁、第6章第153〜206頁
【非特許文献3】P.K.Singh,M.Kumbhakar,H.Pal,andS.Nath,‘Ultrafast Bond Twisting Dynamics in Amyloid Fibril Sensor’,J.Phys.Chem. B,Vol.114,第2541−2546頁、(2010)
【非特許文献4】A.A.Reinke,J.E.Gestwicki,Insight into Amyloid Structure Using Chemical Probes,Chem.Biol.Drug,Vol.77,第399−411頁、(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記蛍光強度測定では、測定の対象とすべきでないチオフラビンTの自家蛍光及び不純物に由来する蛍光も積算してしまうため、凝集体の定量において正確な値を得ることができない。
【0007】
このような背景から、ベータアミロイドタンパク質の凝集体(ベータアミロイド凝集体)等のアミロイド凝集体の量を精度良く測定する方法の開発が望まれている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、精度良く測定することが可能なアミロイドの凝集体の定量方法及びその定量装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、ある特定の蛍光物質とアミロイド凝集体とが結合した複合体に由来する蛍光寿命値が、アミロイドの凝集状態に依存せずに一定であることを見出し、本願発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、アミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む試料に、上記蛍光物質を励起する光を照射する、励起光照射ステップと、
上記試料から発する蛍光を経時的に検出して、蛍光減衰曲線のデータを取得する、データ取得ステップと、
上記蛍光減衰曲線のデータと、上記蛍光物質と上記アミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値と、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて上記複合体に由来する第一の重み因子を算出する、重み因子算出ステップと、
上記第一の重み因子に基づいて前記アミロイドの凝集体の量を算出する、凝集体定量ステップと、
を含む、アミロイドの凝集体の定量方法を提供する。
【0011】
本発明の定量方法によれば、上記蛍光物質と上記アミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値は、アミロイドの凝集体の状態に依存せずに一定であるので、アミロイドの凝集体を精度良く測定することが可能になる。
【0012】
上記蛍光物質は、チオフラビンS、6−(2−フルオロエトキシ)−2−(4−メチルアミノスチリル)ベンゾオキサゾール及び8−アニリノ−1−ナフタレンスルホン酸、並びに、下記式(1)、(2)、(3)又は(4)で表される化合物から選ばれることが好ましい。これらの蛍光物質を用いることによって、アミロイドの凝集体をより精度良く測定することが可能になる。式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、Rは炭素数1〜6のアルキル基、ハロゲン又は水酸基を示し、AはO又はSを示し、5員環に含まれる窒素原子は炭素数1〜6のアルキル基と結合していてもよく、式(2)中、R及びRはそれぞれ独立に水酸基又は炭素数1〜6のアルコキシ基を示し、Xは水素又はハロゲンを示し、式(3)中、R、R、R、R、R10及びR11はそれぞれ独立に水素、水酸基、ハロゲン、又は、1若しくは2つの炭素数1〜6のアルキル基で置換されていてもよいアミノ基を示し、式(4)中、R12及びR13はそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R14は炭素数1〜6のアルキル基、ハロゲン又は水酸基を示す。
【0013】
【化1】
【0014】
本発明に係る定量方法は、上記データ取得ステップに続いて、上記第一の蛍光寿命値を、上記蛍光減衰曲線のデータと、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて算出する、蛍光寿命算出ステップを更に含んでもよい。上記ステップを更に含むことで、上記第一の蛍光寿命値が不明である蛍光物質を用いた場合でも、アミロイドの凝集体を定量することが可能になる。
【0015】
更に本発明は、アミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む試料に、上記蛍光物質を励起する光を照射する光源部と、上記試料から発する蛍光を経時的に検出する検出部と、経時的に検出した上記蛍光から蛍光減衰曲線のデータを記録する記録部と、上記蛍光減衰曲線のデータと、上記蛍光物質と上記アミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値と、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて上記複合体に由来する第一の重み因子を算出し、上記第一の重み因子に基づいて上記アミロイドの凝集体の量を算出する演算部と、を備える、アミロイドの凝集体の定量装置を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、精度良く測定することが可能なアミロイド凝集体の定量方法及びその定量装置を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】アミロイドの凝集体の定量装置の一実施形態を示す模式図である。
図2】チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体を含む試料の蛍光減衰曲線を示すグラフである。
図3】チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子の経時変化を示すグラフである。
図4】チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子及び蛍光量の相対比率を示すグラフである。
図5】チオフラビンSによって染色されたベータアミロイド凝集体を含む試料の蛍光減衰曲線を示すグラフである。
図6】チオフラビンSによって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子及び蛍光量の相対比率を示すグラフである。
図7】FSBによって染色されたベータアミロイド凝集体を含む試料の蛍光減衰曲線を示すグラフである。
図8】FSBによって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子及び蛍光量の相対比率を示すグラフである。
図9】ANSによって染色されたベータアミロイド凝集体を含む試料の蛍光減衰曲線を示すグラフである。
図10】ANSによって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子、蛍光量及び蛍光比の相対比率を示すグラフである。
図11】BF−168によって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子及び蛍光量の相対比率を示すグラフである。
図12】レスベラトロールによって染色されたベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分の重み因子及び蛍光量の相対比率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0019】
本実施形態に係るアミロイドの凝集体の定量方法は、励起光照射ステップと、データ取得ステップと、重み因子算出ステップと、凝集体定量ステップと、を含む。
【0020】
励起光照射ステップでは、アミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む試料に、上記蛍光物質を励起する光を照射する。
【0021】
本実施形態に係るアミロイドは、層状のβシート構造を含むアミロイド線維(アミロイド繊維)を形成し得るタンパク質を意味する。上記アミロイドとしては、例えば、ベータアミロイドタンパク質(アミロイドβタンパク質)、免疫グロブリン軽鎖タンパク質、アミロイドAタンパク質、トランスサイレチンタンパク質、リソザイム、BriLタンパク質、シスタチンCタンパク質、スクレイピータンパク質、β2ミクログロブリン、アポリポプロテインA1、ゲルソリン(ゲルゾリン)、ランゲルハンス島アミロイドタンパク質、フィブリノーゲン、プロラクチン、インシュリン、カルシトニン、心房性ナトリウムペプチド、α−シヌクレイン(シヌクリン)、プリオンタンパク質、ハンチンチンタンパク質、スーパーオキサイドジスムターゼ、α1−アンチキモトリプシ及びタウタンパク質が挙げられる。本実施形態に係る定量方法は、ベータアミロイドタンパク質に対して好ましく適用される。
【0022】
本実施形態に係るアミロイドの凝集体(以下、アミロイド凝集体という場合がある)は、複数のアミロイド分子が凝集することによって生成される物質を意味する。アミロイド凝集体には、上記アミロイドのダイマー、トリマー、テトラマー、オリゴマー等が含まれる。
【0023】
本実施形態に係る蛍光物質としては、蛍光物質とアミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する蛍光寿命値が、アミロイドの凝集状態に依存せずに一定となるような蛍光物質であれば特に制限されない。例えば、チオフラビンS、6−(2−フルオロエトキシ)−2−(4−メチルアミノスチリル)ベンゾオキサゾール(BF−168)及び8−アニリノ−1−ナフタレンスルホン酸(ANS)、並びに、下記式(1)、(2)、(3)又は(4)で表される化合物が挙げられる。これらの蛍光物質を用いることによって、アミロイドの凝集体をより精度良く測定することが可能になる。
【0024】
【化2】
【0025】
式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、Rは炭素数1〜6のアルキル基、ハロゲン又は水酸基を示し、AはO又はSを示す。さらに、5員環に含まれる窒素原子は炭素数1〜6のアルキル基と結合していてもよい。上記炭素数1〜6のアルキル基は、炭素数1〜3のアルキル基であることが好ましく、メチル基であることがより好ましい。上記ハロゲンとしては、例えばフッ素、塩素、臭素及びヨウ素が挙げられる。
【0026】
式(1)で表される化合物としては、例えば、チオフラビンT、2−(4’−アミノフェニル)−6−メチルベンゾオキサゾール(MBPA)、2−(4’−メチルアミノフェニル)−6−メチルベンゾオキサゾール((6−Me−)BTA−1)、2−(4’−ジメチルアミノフェニル)−6−ヨードベンゾチアゾール(TZDM)、2−(4’−メチルアミノフェニル)−6−ヒドロキシベンゾチアゾール(PIB)及び2−(4’−ジメチルアミノフェニル)−6−ヨードベンゾオキサゾール(IBOX)が挙げられる。
【0027】
式(2)中、R及びRはそれぞれ独立に水酸基又は炭素数1〜6のアルコキシ基を示し、Xは水素又はハロゲンを示す。上記炭素数1〜6のアルコキシ基は、炭素数1〜3のアルコキシ基であることが好ましく、メトキシ基であることがより好ましい。上記ハロゲンとしては、例えばフッ素、塩素、臭素及びヨウ素が挙げられる。
【0028】
式(2)で表される化合物としては、例えば、1−フルオロ−2,5−ビス(3−カルボキシ−4−ヒドロキシスチリル)ベンゼン(FSB)、1,4−ビス(3−カルボキシ−4−ヒドロキシスチリル)ベンゼン(X−34)、1−ブロモ−2,5−ビス(3−カルボキシ−4−ヒドロキシスチリル)ベンゼン(BSB)、1−ヨード−2,5−ビス(3−カルボキシ−4−ヒドロキシスチリル)ベンゼン(ISB)及び1−ヨード−2,5−ビス(3−カルボキシ−4−メトキシスチリル)ベンゼン(IMSB)が挙げられる。
【0029】
式(3)中、R、R、R、R、R10及びR11はそれぞれ独立に水素、水酸基、ハロゲン、又は、1若しくは2つの炭素数1〜6のアルキル基で置換されていてもよいアミノ基を示す。上記炭素数1〜6のアルキル基は、炭素数1〜3のアルキル基であることが好ましく、メチル基であることがより好ましい。上記ハロゲンとしては、例えばフッ素、塩素、臭素及びヨウ素が挙げられる。
【0030】
式(3)で表される化合物としては、例えば、レスベラトロール、ピセアタンノール、(E)−3’−ヨード−4−N,N−ジメチルアミノスチルベン(m−I−スチルベン)、4−ジメチルアミノスチルベン及び4−N−メチルアミノ−4’−ヒドロキシスチルベン(SB−13)が挙げられる。
【0031】
式(4)中、R12及びR13はそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R14は炭素数1〜6のアルキル基、ハロゲン又は水酸基を示す。上記炭素数1〜6のアルキル基は、炭素数1〜3のアルキル基であることが好ましく、メチル基であることがより好ましい。上記ハロゲンとしては、例えばフッ素、塩素、臭素及びヨウ素が挙げられる。
【0032】
式(4)で表される化合物としては、例えば、5−ブロモ−2−(4−ジメチルアミノフェニル)ベンゾフラン(BF−1)が挙げられる。
【0033】
本実施形態に係るアミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む試料としては、これらの成分が含まれていればどのような試料でも制限されないが、好ましくは液体の試料である。上記試料は、例えばアミロイドの凝集体を含む生体試料と蛍光物質とを混合することによって調製することができる。上記生体試料としては、脳脊髄液等が挙げられる。
【0034】
本実施形態に係る蛍光物質を励起する光としては、用いられる蛍光物質を励起することができれば特に制限されないが、例えば280〜800nmの範囲から選ばれる波長の光が挙げられる。
【0035】
データ取得ステップでは、上記試料から発する蛍光を経時的に検出して、蛍光減衰曲線のデータを取得する。
【0036】
上記試料から発する蛍光を経時的に検出して、蛍光減衰曲線のデータを取得する方法としては、公知の方法であれば特に制限されない。例えば、蛍光寿命測定装置(浜松ホトニクス社製、商品名Quantaurus−Tau)を用いた方法が挙げられる。
【0037】
重み因子算出ステップでは、上記蛍光減衰曲線のデータと、上記蛍光物質と上記アミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値と、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて上記複合体に由来する第一の重み因子を算出する。
【0038】
上記第一の蛍光寿命値は、上記蛍光物質と上記アミロイドの凝集体とによって定まる固有の値であり、上記アミロイドの凝集状態に依存しない値である。そのため、本実施形態に係る定量方法では、アミロイドの凝集体を精度良く測定することが可能である。
【0039】
上記複合体以外の蛍光成分としては、用いられる上記試料にもよるが、例えば、上記蛍光物質の自家蛍光による蛍光成分、蛍光寿命を測定する装置の特性に由来する見かけの蛍光成分、及び上記試料に含まれる不純物に由来する蛍光成分が挙げられる。
【0040】
上記複合体に由来する第一の重み因子は、例えば、非特許文献2に記載の方法に従い以下の手順で算出することができる。
【0041】
まず、下記数式(I)で表される関数G(t)を、下記数式(II)にしたがってコンボリューション積分し、関数I(t)を得る。数式(II)において、E(t)は蛍光寿命測定装置の装置応答関数、Cはバックグラウンドである。次に、上記I(t)と、測定された蛍光減衰曲線F(t)とを比較し、両関数が最も良く一致するように、下記数式(III)におけるχを最小にする変数(τ〜τ、A〜A)の組み合わせを探索する。上記探索を行うことによって、数式(I)におけるτ〜τ、A〜Aの最良の組み合わせが得られる。数式(III)において、nは解析の開始時間、nは解析の終了時間を示す。
【0042】
この解析の結果によって得られたτ〜τが各蛍光又は発光成分の寿命値であり、A〜Aが各蛍光又は発光成分の重み因子、すなわち蛍光又は発光成分の量を示す。
【0043】
【数1】
【0044】
ここで、nの値は、蛍光減衰曲線の解析に必要な指数関数の数を示す成分数であり、各成分は違う物理的機構及び/又は蛍光成分若しくは発光成分を起源とする。本実施形態において、これらの成分は、上記複合体に由来する蛍光成分、上記蛍光物質の自家蛍光による蛍光成分、蛍光寿命を測定する装置の特性に由来する見かけの蛍光成分、上記試料に含まれる不純物に由来する蛍光成分等を起源としている。
【0045】
上記第一の蛍光寿命値、及び上記蛍光物質の自家蛍光の蛍光寿命値が既知である場合、これらの蛍光寿命値を定数として数式(I)に適用する。蛍光寿命を測定する装置が理想的な場合、蛍光減衰曲線は上述の2成分で解析できるはずであるが、他にも上記装置の特性に由来する見かけの蛍光成分、上記試料に含まれる不純物に由来する蛍光成分等が考えられるため、実際にはこれらの成分を含めた3成分以上の成分数で解析を行う。上記第一の蛍光寿命値がτで表されるとき、Aが上記複合体に由来する第一の重み因子として求めることができる。
【0046】
なお、上記第一の蛍光寿命値が未知であるとき、上記データ取得ステップに続いて、上記第一の蛍光寿命値を、上記蛍光減衰曲線のデータと、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて算出する、蛍光寿命算出ステップを更に含んでもよい。具体的には、上記蛍光減衰曲線のデータと、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、を上記式(I)〜(III)に適用し、数式(III)におけるχを最小にする変数(τ、A〜A)の組み合わせを探索することによって、上記第一の蛍光寿命値(τ)を算出する。
【0047】
凝集体定量ステップでは、上記第一の重み因子に基づいて上記アミロイドの凝集体の量を算出する。上述したように上記第一の重み因子は、上記複合体に由来する蛍光成分の量、すなわち上記アミロイドの凝集体の量に対応する値である。そのため、上記第一の重み因子を直接上記アミロイドの凝集体の量の指標として用いてもよい。また、上記第一の重み因子を上記アミロイドの凝集体の量を反映する別のパラメータとしてもよい。例えば、基準となる第一の重み因子に対する相対比率として表して、上記アミロイドの凝集体の量を相対的に評価してもよい。
【0048】
次に本実施形態に係るアミロイドの凝集体の定量装置について説明する。本実施形態に係る装置は、アミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む試料に、上記蛍光物質を励起する光を照射する光源部と、上記試料から発する蛍光を経時的に検出する検出部と、経時的に検出した上記蛍光から蛍光減衰曲線のデータを記録する記録部と、上記蛍光減衰曲線のデータと、上記蛍光物質と上記アミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値と、上記複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて上記複合体に由来する第一の重み因子を算出し、上記第一の重み因子に基づいて上記アミロイドの凝集体の量を算出する演算部と、を備える。以下、詳細に説明する。
【0049】
図1は、アミロイドの凝集体の定量装置の一実施形態を示す模式図である。アミロイドの凝集体の定量装置100は、アミロイドの凝集体と蛍光物質とを含む試料3に、蛍光物質を励起する光を照射する光源部6と、試料3から発する蛍光を経時的に検出する検出部1と、経時的に検出した蛍光から蛍光減衰曲線のデータを記録する記録部15と、蛍光減衰曲線のデータと、蛍光物質とアミロイドの凝集体とが結合した複合体に由来する第一の蛍光寿命値と、複合体以外の蛍光成分に由来する1又は複数の蛍光寿命値と、に基づいて複合体に由来する第一の重み因子を算出し、第一の重み因子に基づいてアミロイドの凝集体の量を算出する演算部16と、を備えている。
【0050】
光源部6は、複数の波長が照射可能な単一又は複数の光源から構成されている。光源部6は、公知の光源を適宜使用することができるが、例えば、LED、半導体レーザーが挙げられる。
【0051】
光源部6は、試料3に蛍光物質を励起する光を照射するものであって、励起する光の波長は、280nm〜800nmである。ここで、光源部6は、単色光源であっても、複数の光源を組み合せた光源であってもよい。光源部6の発光は、所定時間連続してもよいし、任意のパターンでパルス点灯させてもよい。同一又は異なる波長特性を有する複数の光源を順番に発光させたり、複数の光源を同時に発光させたりしてもよい。試料の交換時に検出部1を外部光から保護するため、ハッチ14と同期して開閉するシャッター2を組み合わせても良い。
【0052】
検出部1は、蛍光物質を励起する光(励起光)が照射されたことによって試料3から生じる蛍光を検出するものであり、蛍光を検知する光センサーと、光センサーに入射する光を制限するためのフィルター、光センサーが検知して出力する信号に基づいて蛍光量を算出する蛍光算出部を有している。
【0053】
検出部1には、光電子増倍管を用いたフォトンカウンター、アバランシェフォトダイオードを用いた微弱光計測装置等を用いることができる。
【0054】
記録部15は、上記蛍光減衰曲線のデータの他にも、蛍光物質の自家蛍光の蛍光寿命値及び蛍光寿命測定装置の特性に由来する見かけの蛍光成分の蛍光寿命値等の解析に必要な情報も記録する。記録部15は、後述するように解析装置11に備えられてもよい。
【0055】
演算部16は、後述するように解析装置11に備えられてもよい。
【0056】
更に上記装置100は、検出部1に入射する光を制御するシャッター2と、試料3から発せられる蛍光を検出部1に導く集光部4と、検出部1によって得られたデータを後述する解析装置11に電気的に送信する通信部10と、装置100内の温度を調節するための温度調節部19が設けられている。
【0057】
検出部1、シャッター2、試料3、集光部4及び光源部6は、外部からの光が遮断可能な遮光部13に格納されている。遮光部13は例えば暗箱である。
【0058】
試料3は、ハッチ14を開閉して交換を行うことができる。
【0059】
検出部1、シャッター2、光源部6、通信部10及び温度調節部19は、解析装置11と電気的に接続されており、解析装置11内にある制御部12によってその機能が制御されている。
【0060】
解析装置11には、記録部15、演算部16、解析結果の表示を行う表示部17、制御に必要な情報を入力するため入力部18を備えている。
【0061】
制御部12は装置100の作動状況を所定の手順に従って制御可能な制御装置であり、コンピュータ、タイマー、リレー等を組み合わせたもの等が使用できる。
【0062】
解析装置11と制御部12は双方の機能を備えた1つのコンピュータを使用しても良いし、制御部12、記録部15、演算部16、表示部17、入力部18に相当する機能を備えたコンピュータ等を用いてもよい。
【実施例】
【0063】
以下、本発明について、実施例を挙げて更に詳細に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0064】
実施例1
(a)ベータアミロイド凝集体の調製
ベータアミロイドタンパク質(商品名:ヒト 1−42、ペプチド研究所製)をジメチルスルホキシドで5mmol/Lとなるように溶解し、さらに10mmol/Lの塩酸を用いて、ベータアミロイドタンパク質の濃度が100μmol/Lとなるように希釈した。得られたベータアミロイドタンパク質の調製液は、インキュベータを用いて37℃でインキュベートした。上記インキュベートを行うことによって、ベータアミロイド凝集体を含む試料(以下、ベータアミロイド凝集体サンプルという場合がある)を調製した。ベータアミロイド凝集体の量を調整するため、インキュベートの時間が0分、20分、40分、60分、80分又は100分である上記試料をそれぞれ準備した。すなわちインキュベートの時間が0分である試料には凝集体が存在せず、インキュベートの時間が増えるに従って凝集体の量が増加し、インキュベートの時間が100分である試料が最も凝集体の量が多い試料となる。
【0065】
(b)ベータアミロイド凝集体の染色
ベータアミロイド凝集体サンプル10μLに、5μmol/LのチオフラビンT溶液(溶媒:50mmol/Lグリシン−水酸化ナトリウム溶液、pH9.0)990μLを混合して染色試料とした。
【0066】
(c)染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光減衰曲線の測定
(a)及び(b)の操作で得られた、インキュベートの時間(以下、凝集時間という場合がある)が0分〜100分であるベータアミロイド凝集体サンプルから調製された染色試料を、それぞれ1cm角の石英セルに1000μL分注した。その後、蛍光寿命測定装置(浜松ホトニクス社製、商品名Quantaurus−Tau)を用いて、励起波長405nm、観測波長500nmで、蛍光減衰曲線の測定を行った。測定された蛍光減衰曲線を図2に示す。図2において、a、b、c、d、e及びfは、それぞれ、凝集時間が0分、20分、40分、60分、80分及び100分であるベータアミロイド凝集体サンプルを用いたときの蛍光減衰曲線を示す。
【0067】
(d)蛍光減衰曲線の解析によるベータアミロイド凝集体の定量
得られたそれぞれの減衰曲線F(t)は、非特許文献2に従い以下の手順で、固有の蛍光寿命値と重み因子とを持つ複数の蛍光成分に分離した。
【0068】
まず、数式(I)で表される関数G(t)を、数式(II)にしたがってコンボリューション積分し、関数I(t)を得た。数式(II)において、E(t)は蛍光寿命測定装置の装置応答関数、Cはバックグラウンドである。次に、上記I(t)と、測定された蛍光減衰曲線F(t)とを比較し、両関数が最も良く一致するように、数式(III)におけるχを最小にする変数の組み合わせを探索した。上記探索を行うことによって、数式(I)におけるτ〜τ、A〜Aの最良の組み合わせを得た。数式(III)において、nは解析の開始時間、nは解析の終了時間を示す。
【0069】
この解析の結果によって得られたτ〜τが各蛍光成分の寿命、A〜Aが各蛍光成分の重み因子、すなわち蛍光成分の量である。
【0070】
【数2】
【0071】
nの値は、すなわち減衰曲線の解析に必要な指数関数の数を示す成分数と呼ばれる数値である。各成分は違う物理的機構及び/又は蛍光種を起源とする。本実施例において、これらの成分は、蛍光寿命測定装置の特性、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光、チオフラビンTの自家蛍光、及びそれ以外の蛍光成分を起源としており、成分数nは試料の状態によって適意に決定する必要がある。
【0072】
チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体、及びチオフラビンTの自家蛍光の蛍光寿命値が既知である場合、これらの蛍光寿命値を定数として数式(I)に適用する。計測装置が理想的な場合、蛍光減衰曲線は上記2成分で解析できるはずであるが、計測装置の特性に由来する見かけの成分、及びチオフラビンT以外の蛍光成分があるため、実際にはこれらの成分を含めた3成分以上の成分数で解析を行った。
【0073】
チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値τを1.8ns、チオフラビンTの自家蛍光の蛍光寿命値τを6.6nsとしたときの、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の重み因子A(第一の重み因子)の変化を図3に示す。
【0074】
重み因子Aは、すなわちチオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の量を示すものである。図3は、凝集の進行に従って重み因子Aが増えていることを示しており、本手法によってベータアミロイド凝集体の量を定量できることを示すものである。
【0075】
凝集時間が0分であるときにおける重み因子Aを1とした場合の、重み因子Aの凝集時間に対する変化を図4に示す。同じ試料において、凝集時間が0分であるときの全蛍光量を1とした場合の相対比率も同時に示した。本手法の結果に関して、ベータアミロイド凝集体の増加による計測値(重み因子A)の増加は、蛍光強度の増加と一致した傾向を示した。すなわち、本手法による計測値が蛍光量を評価する方法と本質的に同じ情報を与えることが示された。さらに図4によれば、計測値の増分は、本手法の方が従来の方法よりも大きく、ベータアミロイド凝集体をより高感度に検出できることを示している。なお上述の減衰曲線の解析方法については、非特許文献2による一般的な解析方法を適用したものであり、本実施例によって、より高度な解析方法の適用を妨げるのではない。
【0076】
実施例2
本実施例は、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値が未知であった場合のベータアミロイド凝集体の定量手法について記載するものである。なお本実施例は、蛍光寿命値が未知である場合の解析方法の一例であり、より高度な解析方法の適用を妨げるものではない
【0077】
ベータアミロイド凝集体の調製、ベータアミロイド凝集体の染色、及び染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光減衰曲線の測定は、実施例1に準じて行った。
【0078】
本実施例においては、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値が未知であることから、解析における成分数n、及びチオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体からの蛍光の寿命を以下に示す手順を用いて決定した。
【0079】
蛍光物質によって染色された凝集体の蛍光寿命値が未知である場合の解析の手順(1)
手順1:凝集時間が0分である染色試料の蛍光減衰曲線について必要かつ十分な成分数nで解析する。
手順2:解析の結果得られた蛍光寿命値τ〜τを定数とする。
手順3:凝集時間が0分を超えている染色試料の蛍光減衰曲線について、成分数n+1で解析する。
手順4:解析の結果、得られた蛍光寿命値τn+1、及び重み因子An+1を蛍光物質によって染色された凝集体の蛍光寿命値と量とする。
【0080】
以下、手順(1)に従い、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値の決定と定量方法とを具体的に説明する。
【0081】
まず、ベータアミロイドタンパク質のモノマー(以下、ベータアミロイドモノマーという場合がある)である凝集時間が0分である試料の蛍光減衰曲線について、上述した数式(I)〜(III)を用いて解析を行った。解析を行うにあたり成分数nは任意であるが、I(t)とF(t)とが最も良く一致するのに必要な最低限の数とした。
【0082】
このベータアミロイドモノマー試料においては、ベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分は存在しないはずなので、ここで決定されたn個の成分は、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光以外からの蛍光成分、すなわち上述した蛍光寿命測定装置の特性由来する見かけの蛍光成分、チオフラビンTの自家蛍光に由来する蛍光成分、及び不純物等、それ以外のものに由来する蛍光成分の3成分である。
【0083】
次に、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体が存在すると思われる、凝集時間が20分以上である試料から得られた蛍光減衰曲線について、ベータアミロイド凝集体に由来する蛍光成分として新たに成分を追加、すなわち4成分で解析を行った。この解析において、ベータアミロイド凝集体以外の蛍光成分は、ベータアミロイドモノマー試料で得られた3個の蛍光寿命値(τ〜τ)として全て既知であるため、これら既知の蛍光寿命値を定数として解析した。この解析の結果、得られた蛍光寿命値τが、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値であり、その重み因子Aがベータアミロイド凝集体の量となる。
【0084】
上記解析手法において、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体で得られた蛍光減衰曲線のそれぞれについて、上記解析を個別に行ってもよい。別の解析手法として以下の手順(2)で行ってもよい。
【0085】
蛍光物質によって染色された凝集体の蛍光寿命値が未知である場合の解析の手順(2)
手順1:凝集時間が0分である染色試料の蛍光減衰曲線について必要かつ十分な成分数nで解析する。
手順2:解析の結果得られた蛍光寿命値τ〜τを定数とする。
手順3:十分に凝集が進行した染色試料の蛍光減衰曲線について、成分数n+1で解析する。
手順4:解析の結果、得られた寿命値τn+1を凝集体の蛍光寿命値として、同様に定数とする。
手順5:十分に凝集が進行した染色試料以外の染色試料について、τ〜τn+1を定数として解析する。
手順6:解析の結果、得られた重み因子An+1を蛍光物質によって染色された凝集体の量とする。
【0086】
まず、上記手順(2)に従い、ベータアミロイド凝集体が最も多いと思われる、凝集時間が100分である試料について最初に解析を行い、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体からの蛍光寿命値τn+1を求める。凝集時間が異なる他の試料を用いた減衰曲線については、この値(τn+1)をチオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の既知の蛍光寿命として解析すれば、正確かつ迅速に解析を行うことができる。以下、具体的に説明する。
【0087】
本実施例において、まずベータアミロイドモノマーに相当する凝集時間が0分である試料は、n=3、すなわち3成分で解析された。
【0088】
次にτ〜τの値を固定して、凝集時間が100分である試料の蛍光減衰曲線を、4成分、すなわちτ及びA〜Aを変数として解析し、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値τとこの試料における凝集体の量Aとを求めた。
【0089】
最後に凝集時間が異なる他の凝集体試料について、τ〜τを定数としA〜Aのみを変数として解析することによって、それぞれの凝集体の量を示すAを決定した。
【0090】
本実施例の方法によって決定された、チオフラビンTによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値τは1.6nsとなった。凝集体の量を示す重み因子Aの凝集時間に対する経時変化は、図3と同じであり、本手法によってもベータアミロイド凝集体の定量が可能であることが示された。
【0091】
本実施例によれば、チオフラビンT等の蛍光物質によって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値が未知であっても、ベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値を決定することができると共に、ベータアミロイド凝集体の定量が可能である。
【0092】
実施例3
本実施例は蛍光物質として、チオフラビンTの類縁化合物であるチオフラビンSを適用した例である。ベータアミロイド凝集体は、実施例1に記載の方法で調製した。
【0093】
このベータアミロイド凝集体サンプル10μLに、5μmol/LのチオフラビンS溶液(溶媒:50mmol/Lグリシン−水酸化ナトリウム溶液、pH9.0)990μLを混合して染色試料とした。上記染色試料は、実施例1に記載の方法によって蛍光寿命値の計測を行った。得られた蛍光減衰曲線を図5に示す。図5において、a、b、c、d、e及びfは、それぞれ、凝集時間が0分、20分、40分、60分、80分及び100分であるベータアミロイド凝集体サンプルを用いたときの蛍光減衰曲線を示す。
【0094】
この減衰曲線を用いて、実施例2に記載の方法で解析を行った結果、チオフラビンSによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値は4.5nsとなった。凝集時間が0分である凝集体の重み因子を1とした場合の、凝集体の重み因子の凝集時間に対する変化を図6に示す。同じ試料における全蛍光量について、凝集時間が0分であるときを1とした場合の相対比率も同時に示した。本手法の結果に関して、凝集体の増加による計測値の増加は、蛍光強度の増加と一致した傾向を示した。本手法による計測値が蛍光量を評価する方法と本質的に同じ情報を与えることが示された。さらに図6によれば、値の増分は本手法の方が従来の方法に比べてより大きく、凝集体をより高感度に検出できることが示された。
【0095】
本実施例によれば、チオフラビンSのような自家蛍光が比較的強い蛍光物質であっても、凝集体の定量が可能となる。また本手法が、チオフラビン系色素一般に適用できることも本実施例によって示された。
【0096】
実施例4
本実施例は蛍光物質として、アミロイドを認識するための蛍光試薬として用いられる、1−フルオロ−2,5−ビス(3−カルボキシ−4−ヒドロキシスチリル)ベンゼン(FSB)を適用した例である。FSBは、アミロイド染色色素として古くから用いられているコンゴーレッドの類縁化合物であり、コンゴーレッドより強い蛍光強度を持つアミロイド認識蛍光試薬として知られている。ベータアミロイド凝集体は、実施例1に記載の方法で調製した。
【0097】
このベータアミロイド凝集体サンプル10μLに、1%(w/v)FSB溶液(溶媒:DMSO)の4000倍希釈液(希釈液:50mmol/Lグリシン−水酸化ナトリウム溶液、pH9.0)990μLを混合して染色試料とした。上記染色試料は、実施例1に記載の方法によって蛍光寿命の計測を行った。得られた蛍光減衰曲線を図7に示す。図7において、a、b、c、d、e及びfは、それぞれ、凝集時間が0分、20分、40分、60分、80分及び100分であるベータアミロイド凝集体サンプルを用いたときの蛍光減衰曲線を示す。
【0098】
この減衰曲線を用いて、実施例2に記載の方法で解析を行った結果、FSBによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値は2.33nsとなった。凝集時間が0分である凝集体の重み因子を1とした場合の、凝集体の重み因子の凝集時間に対する変化を図8に示す。同じ試料における全蛍光量について、凝集時間が0分であるときを1とした場合の相対比率も同時に示した。本手法の結果に関して、凝集体の増加による計測値の増加は、蛍光強度の増加と一致した傾向を示した。本手法による計測値が蛍光量を評価する方法と本質的に同じ情報を与えることが示された。さらに図8によれば、値の増分は本手法の方が従来の方法に比べてより大きく、凝集体をより高感度に検出できることが示された。
【0099】
本実施例によれば、FSBのようなチオフラビンTとは別の骨格を持つアミロイド認識蛍光試薬であっても、凝集体の定量が可能となる。さらに本手法が、一般的なアミロイド認識蛍光試薬に適用できることも本実施例より示された。
【0100】
実施例5
本実施例は蛍光物質として、粘性蛍光プローブとして有名な8−アニリノ−1−ナフタレンスルホン酸(ANS)を適用した例である。ANSはアミロイド染色にはあまり用いられないが、溶媒の粘性等によって分子の運動が抑制されると蛍光強度が増強するという、チオフラビンTと同じ発蛍光機構を持つ化合物である。ベータアミロイド凝集体は、実施例1に記載の方法で調製した。
【0101】
このベータアミロイド凝集体サンプル10μLに、5μmol/LのANS溶液(溶媒:50mmol/Lグリシン−水酸化ナトリウム溶液、pH9.0)990μLを混合して染色試料とした。上記染色試料は、実施例1に記載の方法で蛍光寿命計測を行った。ただし、本実施例においては観測波長を435nmに設定して測定を行った。得られた蛍光減衰曲線を図9に示す。図9において、a、b、c、d、e及びfは、それぞれ、凝集時間が0分、20分、40分、60分、80分及び100分であるベータアミロイド凝集体サンプルを用いたときの蛍光減衰曲線を示す。
【0102】
この減衰曲線を用いて、実施例2に記載の方法で解析を行った結果、ANSによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値は0.88nsとなった。凝集時間が0分である凝集体の重み因子を1とした場合の、凝集体の重み因子の凝集時間に対する変化を図10に示す。同じ試料における全蛍光量について、凝集時間が0分であるときを1とした場合の相対比率も同時に示した。本手法の結果に関して、凝集体の増加による計測値の増加は、蛍光強度の増加と一致した傾向を示した。本手法による計測値が蛍光量を評価する方法と本質的に同じ情報を与えることが示された。
【0103】
ANSは粘性によって蛍光スペクトルが大きくシフトすることが知られており、シフト前とシフト後の蛍光強度比を求めることで、蛍光量より鋭敏に蛍光変化を計測することができる。この蛍光比による凝集体の計測の結果も図10中に点線で示した。図10によれば、値の増分は、従来から用いられている蛍光量又は蛍光比による計測よりも本手法の方がより大きく、凝集体をより高感度に検出できることが示された。
【0104】
なおANSにおいては、他の蛍光色素と異なり、凝集時間が40分以上である試料中の凝集体の量が単調に増加していない。これはANSとベータアミロイド凝集体とが他の蛍光物質とは異なる結合様式を持っているために起こる現象であり、本手法に由来するものではない。本実施例によれば、ANSのようなチオフラビンTと同じ発蛍光機構を持つ化合物であっても、凝集体の定量が可能となる。
【0105】
実施例6
本実施例は蛍光物質として、チオフラビンTの骨格を参考に設計されたPET用ベータアミロイド標識試薬である6−(2−フルオロエトキシ)−2−(4−メチルアミノスチリル)ベンゾオキサゾール(BF−168)を適用した例である。ベータアミロイド凝集体は、実施例1に記載の方法で調製した。
【0106】
このベータアミロイド凝集体サンプル10μLに、5μmol/LのBF−168溶液(溶媒:0.05[vol]%のDMSOを含む、50mmol/Lグリシン−水酸化ナトリウム溶液、pH9.0)990μLを混合して染色試料とした。
【0107】
染色試料は、実施例1に記載の方法で蛍光寿命計測を行った。ただし、本実施例においては観測波長を480nmに設定して測定を行った。得られた蛍光減衰曲線を用いて、実施例2に記載の方法で解析を行った結果、BF−168によって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値は4.5nsとなった。凝集時間が0分である凝集体の重み因子を1とした場合の、凝集体の重み因子の凝集時間に対する変化を図11に示す。同じ試料における全蛍光量について、凝集時間が0分であるときを1とした場合の相対比率も同時に示した。本手法の結果に関して、凝集体の増加による計測値の増加は、蛍光強度の増加と一致した傾向を示した。本手法による計測値が蛍光量を評価する方法と本質的に同じ情報を与えることが示された。さらに図11によれば、値の増分は本手法の方が従来の方法に比べてより大きく、凝集体をより高感度に検出できることを示している。
【0108】
本実施例によれば、BF−168のような、PET計測用として設計された標識試薬であっても、凝集体の定量が可能となる。本手法が、PET用ベータアミロイド標識試薬一般に適用できることも本実施例よって示された。
【0109】
実施例7
本実施例は蛍光物質として、スチルベン系の骨格を持つベータアミロイド標識試薬であるレスベラトロールを適用した例である。ベータアミロイド凝集体は、実施例1に記載の方法で調製した。
【0110】
このベータアミロイド凝集体サンプル10μLに、5μmol/Lのレスベラトロール溶液(溶媒:50mmol/Lグリシン−水酸化ナトリウム溶液、pH9.0)990μLを混合して染色試料とした。上記染色試料は、実施例1に記載の方法で蛍光寿命の計測を行った。得られた減衰曲線を用いて、実施例2に記載の方法で解析を行った結果、レスベラトロールによって染色されたベータアミロイド凝集体の蛍光寿命値は4.5nsとなった。凝集時間が0分である凝集体の重み因子を1とした場合の、凝集体の重み因子の凝集時間に対する変化を図12に示す。同じ試料における全蛍光量について、凝集時間が0分であるときを1とした場合の相対比率も同時に示した。本手法の結果に関して、凝集体の増加による計測値の増加は、蛍光強度の増加と一致した傾向を示した。本手法による計測値が蛍光量を評価する方法と本質的に同じ情報を与えることが示された。さらに図12によれば、値の増分は本手法の方がより大きく、凝集体をより高感度に検出できることを示している。
【0111】
本実施例によれば、レスベラトロールのような、スチルベン系の骨格を持つベータアミロイド標識試薬であっても、凝集体の定量が可能となる。さらに本手法が、スチルベン系ベータアミロイド標識試薬一般に適用できることも本実施例によって示された。
【符号の説明】
【0112】
1…検出部、6…光源部、15…記録部、16…演算部、100…アミロイドの凝集体の定量装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12