特許第6133112号(P6133112)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6133112転がり軸受の診断装置および転がり軸受の診断方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6133112
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】転がり軸受の診断装置および転がり軸受の診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/04 20060101AFI20170515BHJP
【FI】
   G01M13/04
【請求項の数】12
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-82901(P2013-82901)
(22)【出願日】2013年4月11日
(65)【公開番号】特開2014-206403(P2014-206403A)
(43)【公開日】2014年10月30日
【審査請求日】2016年3月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】榊原 育彦
(72)【発明者】
【氏名】今中 孝
【審査官】 山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−099757(JP,A)
【文献】 特開2008−298703(JP,A)
【文献】 特開2007−205760(JP,A)
【文献】 特開2009−109267(JP,A)
【文献】 特開2011−154020(JP,A)
【文献】 特開2011−141214(JP,A)
【文献】 特開2012−042338(JP,A)
【文献】 邵毅敏、久米原宏之、根津紀久雄,“ウェーブレット技法を用いたころがり軸受の故障診断方法(第2報,ノイズ低減による故障診断への応用)”,日本機械学会論文集(C編),日本,日本機械学会,2003年11月25日,69巻,687号,123頁−129頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00 − 13/04
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面および転動体の少なくともいずれかの表面に欠陥がある転がり軸受を回転させた際に発生するパルス状の振動から軸受の欠陥を検出する診断装置であって、
前記転がり軸受に生じる振動に関連する信号をA/D変換するA/Dコンバータと、
前記A/Dコンバータの出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行ない、得られたウェーブレット係数に非線形処理を施し、離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去するウェーブレットフィルタ部と、
前記ウェーブレットフィルタ部によってノイズが除去された後の信号に対して前記欠陥からのパルス信号の定量化を行なうパルス信号分析部と、
前記パルス信号分析部で得られた定量値の大小によって軸受の良否判定を行なう比較照合部とを備え、
前記ウェーブレットフィルタ部は、前記非線形処理として、しきい値Tと乗数nの2つをパラメータとして、ウェーブレット係数の大きさをXとし、前記非線形処理の結果をYとした場合、X<Tの場合はY=(X/T)nTとし、X≧Tの場合はY=Xとする、転がり軸受の診断装置。
【請求項2】
前記ウェーブレットフィルタ部は、前記離散ウェーブレット変換として、複素数離散ウェーブレット変換を用いる、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項3】
前記パルス信号分析部は、前記パルス信号の前記定量化の方法として、ノイズ除去後の波形を絶対値処理した後、予め定められたしきい値カウントレベルを超えるパルスの数を前記定量値とする方法を用いる、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項4】
前記パルス信号分析部は、前記パルス信号の前記定量化の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後、FFT分析を行ない、得られたパワースペクトルの振幅を前記定量値とする方法を用いる、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項5】
前記パルス信号分析部は、前記パルス信号の前記定量化の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後に、直流成分を除去し、残った交流成分の実効値を前記定量値とする方法を用いる、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項6】
ノイズ除去前の波形を表示する第1の波形表示部と、
ノイズ除去後の波形を表示する第2の波形表示部とをさらに備え、
前記診断装置は、前記第1および第2の波形表示部に表示される波形を比較することで、ノイズ除去の効果を目視によって確認可能である、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項7】
前記転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、前記転がり軸受の振動を検出する振動センサの出力であり、
前記振動センサは、加速度センサを含む、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項8】
前記転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、前記転がり軸受の振動を検出する振動センサの出力であり、
前記振動センサは、速度センサを含む、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項9】
前記転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、前記転がり軸受の振動を検出する振動センサの出力であり、
前記振動センサは、変位センサを含む、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項10】
前記転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、前記振動によって発生する前記転がり軸受の回転軸のトルク変動をとらえるトルクセンサの出力である、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項11】
前記ウェーブレットフィルタ部は、
前記A/Dコンバータの出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行なう離散ウェーブレット変換部と、
前記離散ウェーブレット変換部で得られたウェーブレット係数に前記非線形処理を施すノイズ信号除去部と、
ノイズ信号除去部によって前記非線形処理されたウェーブレット係数を離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去する離散ウェーブレット逆変換部とを含む、請求項1に記載の転がり軸受の診断装置。
【請求項12】
軌道面および転動体の少なくともいずれかの表面に欠陥がある転がり軸受を回転させた際に発生するパルス状の振動から軸受の欠陥を検出する診断方法であって、
前記転がり軸受に生じる振動に関連する信号をA/D変換して第1デジタル信号を得るステップと、
前記第1デジタル信号に離散ウェーブレット変換を行ない、得られたウェーブレット係数に非線形処理を施し、離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去した第2デジタル信号を得るステップと、
前記第2デジタル信号に対して前記欠陥からのパルス信号の定量化を行なうステップと、
前記定量化で得られた定量値の大小によって軸受の良否判定を行なうステップとを備え、
前記第2デジタル信号を得るステップは、前記非線形処理として、しきい値Tと乗数nの2つをパラメータとして、ウェーブレット係数の大きさをXとし、前記非線形処理の結果をYとした場合、X<Tの場合はY=(X/T)nTとし、X≧Tの場合はY=Xとする、転がり軸受の診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の診断装置および転がり軸受の診断方法に関し、特に、転がり軸受が回転する際の振動や音を計測することによって、キズや剥離などの異常を検出する診断装置および転がり軸受の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軌道面や転動体の表面にキズや剥離などの異常のある軸受を回転させると、パルス状の振動や音が発生する。振動センサやマイクロホンによって得られたパルス信号を解析し、転がり軸受の診断をすることは広く行なわれている。
【0003】
振動センサやマイクロホンから得られる信号中には、キズや剥離から発生するパルス信号だけでなく、他の要因により発生するノイズ的な信号も含まれている。
【0004】
従来、このノイズ的信号を除去し、S/N比を向上させる前処理として、バンドパスフィルタを用いて特定の周波数帯域のみを抽出させる方式が一般的である(たとえば、特開2005−62154号公報(特許文献1)参照)。
【0005】
この文献に開示された技術では、バンドパスフィルタを通過後に信号に対して、「パルスカウント」や「エンベロープ処理+FFT(高速フーリエ変換)」を行なうことでキズや剥離の大きさを定量的に診断することができ、定量値の大小で軸受の良否判断を行なう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−62154号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】章、戸田、「シフト不変性を実現する複素数離散ウェーブレット変換」、数理解析研究所講究録、2009年、第1622巻、p.1−17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、前処理として用いているバンドパスフィルタでは、除去すべきノイズ信号の周波数成分と検出したいキズや剥離から発生するパルス信号の周波数成分が重なっている場合、ノイズ信号だけでなくパルス信号も減衰させてしまい、S/N比が十分に向上しないという欠点を持つ。
【0009】
この欠点は、欠陥から派生するパルス信号の周波数帯域に合わせてバンドパスフィルタの通過帯域を適切に設定することにより、ある程度緩和できる。しかし、パルス信号の周波数成分は、キズや剥離の大きさや形状などによって変化する。
【0010】
そのため、さまざまな種類のキズや剥離に対応するためには、通過帯域を変えた複数のバンドパスフィルタを用意し、それぞれの帯域に対して個別に分析や診断を行なう必要があった。
【0011】
本発明の目的は、キズや剥離などの軸受欠陥を感度良く判断することができる軸受の診断装置および転がり軸受の診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明は、要約すると、軌道面および転動体の少なくともいずれかの表面に欠陥がある転がり軸受を回転させた際に発生するパルス状の振動から軸受の欠陥を検出する診断装置であって、転がり軸受に生じる振動に関連する信号をA/D変換するA/D変換器と、A/D変換器の出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行ない、得られたウェーブレット係数に非線形処理を施し、離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去するウェーブレットフィルタ部と、ウェーブレットフィルタ部によってノイズが除去された後の信号に対して欠陥からのパルス信号の定量化を行なうパルス信号分析部と、パルス信号分析部で得られた定量値の大小によって軸受の良否判定を行なう比較照合部とを備える。
【0013】
好ましくは、ウェーブレットフィルタ部は、離散ウェーブレット変換として、複素数離散ウェーブレット変換を用いる。
【0014】
好ましくは、ウェーブレットフィルタ部は、非線形処理として、しきい値Tと乗数nの2つをパラメータとして、ウェーブレット係数の大きさをXとし、非線形処理の結果をYとした場合、X<Tの場合はY=(X/T)nTとし、X≧Tの場合はY=Xとする。
【0015】
好ましくは、ウェーブレットフィルタ部は、非線形処理として、しきい値Tをパラメータとして、ウェーブレット係数の大きさをXとし、非線形処理の結果をYとした場合、X<Tの場合はY=0とし、X≧Tの場合はY=Xとする。
【0016】
好ましくは、パルス信号分析部は、パルス信号の定量化の方法として、ノイズ除去後の波形を絶対値処理した後、予め定められたしきい値カウントレベルを超えるパルスの数を定量値とする方法を用いる。
【0017】
好ましくは、パルス信号分析部は、パルス信号の定量化の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後、FFT分析を行ない、得られたパワースペクトルの振幅を定量値とする方法を用いる。
【0018】
好ましくは、パルス信号分析部は、パルス信号の定量化の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後に、直流成分を除去し、残った交流成分の実効値を定量値とする方法を用いる。
【0019】
好ましくは、転がり軸受の診断装置は、ノイズ除去前の波形を表示する第1の波形表示部と、ノイズ除去後の波形を表示する第2の波形表示部とをさらに備える。診断装置は、第1および第2の波形表示部に表示される波形を比較することで、ノイズ除去の効果を目視によって確認可能である。
【0020】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、転がり軸受の振動を検出する振動センサの出力であり、振動センサは、加速度センサを含む。
【0021】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、転がり軸受の振動を検出する振動センサの出力であり、振動センサは、速度センサを含む。
【0022】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、転がり軸受の振動を検出する振動センサの出力であり、振動センサは、変位センサを含む。
【0023】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、振動によって発生する転がり軸受の回転軸のトルク変動をとらえるトルクセンサの出力である。
【0024】
好ましくは、ウェーブレットフィルタ部は、A/D変換器の出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行なう離散ウェーブレット変換部と、離散ウェーブレット変換部で得られたウェーブレット係数に非線形処理を施すノイズ信号除去部と、ノイズ信号除去部によって非線形処理されたウェーブレット係数を離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去する離散ウェーブレット逆変換部とを含む。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、従来手法と比較して、キズや剥離などの軸受欠陥を感度良く判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本実施の形態の転がり軸受の診断装置の構成を示す図である。
図2】振動センサで検出された振動信号を示した図である。
図3】ウェーブレットフィルタの動作を説明するための図である。
図4】非線形処理の一例を示した図である。
図5】非線形処理の他の例を示した図である。
図6】本実施の形態のウェーブレットフィルタによる処理波形と従来のバンドパスフィルタによる処理波形とを比較して示した図である。
図7】定量化として絶対値処理およびパルスカウント処理を行なった波形例を示した図である。
図8】他の定量化の処理について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰返さない。
【0028】
図1は、本実施の形態の転がり軸受の診断装置の構成を示す図である。
図1を参照して、診断装置100は、振動センサ2と、増幅器3と、アンチエリアシング(anti-aliasing)フィルタ4と、A/D変換器5と、元波形表示部16と、ウェーブレットフィルタ部6と、ノイズ除去後波形表示部11と、パルス信号分析部12と、比較照合部13と、良否しきい値設定部14と、結果出力部15とを含む。
【0029】
振動センサ2は、診断対象である軸受1に設置され、軸受に生じる振動を検出する。
図2は、振動センサで検出された振動信号を示した図である。軌道面や転動体の表面にキズや剥離などの異常のある軸受1を回転させると、パルス状の振動が発生し、図2に示すような信号が得られる。なお、振動センサで振動を検出することに代えて振動時に発生する音をマイクロホンで検出しても良い。
【0030】
パルス信号分析部12は、振動センサ2やマイクロホンによって得られたパルス信号を解析し、転がり軸受の診断をする。
【0031】
しかし、振動センサ2やマイクロホンから得られる信号中には、キズや剥離から発生するパルス信号だけでなく、他の要因により発生するノイズ的な信号も含まれている。本実施の形態では、振動信号に重畳されているノイズをウェーブレット変換によって除去する。
【0032】
すなわち、本実施の形態では、従来の課題を解決するために、ノイズ信号を除去し、S/N比を向上させる方法として、離散ウェーブレット変換を利用した非線形フィルタ(以後、ウェーブレットフィルタ部6と表記)を用いることを特徴としている。ウェーブレットフィルタ部6は、A/D変換器5の出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行なう離散ウェーブレット変換部7と、離散ウェーブレット変換部7で得られたウェーブレット係数に非線形処理を施すノイズ信号除去部8と、ノイズ信号除去部8によって非線形処理されたウェーブレット係数を離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去する離散ウェーブレット逆変換部10とを含む。
【0033】
後に図3で説明するように、ウェーブレットフィルタ部6では、先ず、元信号を離散ウェーブレット変換(DWT)により複数のレベル(帯域)に分解する。
【0034】
離散ウェーブレット変換後は、キズや剥離からの信号は特定のレベルに大きな振幅成分として残り、ノイズ信号は複数のレベルに小さな振幅成分として分かれるという特徴を持つ。そこで、それぞれのレベルに対して、決められたしきい値以上の大きなレベルの信号はそのまま残し、しきい値未満の信号を減衰または除去させる内容の非線形処理を施した後、離散ウェーブレット逆変換(IDWT)によって信号を再合成することで、パルス信号の振幅を保ったまま、ノイズ信号のみを除去することができる。
【0035】
また、ウェーブレットフィルタ部6は、1度の変換で複数のレベル(帯域)に分解できる。このため、通過帯域を変えた複数のフィルタを用意するといった煩雑性が無くなる利点がある。
【0036】
なお、ウェーブレットフィルタ部6で用いる離散ウェーブレット変換(DWT)では、多重解像度解析(MRA)によるアルゴリズムが一般的に用いられている。この際、Daubechiesなどの従来型のウェーブレットを用いた場合、キズや剥離からの信号の位相がほんの僅かに移動しただけで、フィルタのかかり方が大きく変動する現象が発生する(シフト不変性の欠如)。この、シフト不変性の欠如を改善するために, これまでさまざまな手法が試みられている。本実施の形態では複素数離散ウェーブレット変換(非特許文献1:数理解析研究所講究録 第1622巻2009年1-17「シフト不変性を実現する複素数離散ウェーブレット変換」)を用いることで、改善を行っている。
【0037】
図1図2を参照して、測定対象となる軸受1に振動センサ2を取付け、一定の回転速度(例えば、1800rpm)で回転させる。軸受1の軌道面や転動体にキズや剥離が有る場合には、発生する振動は図2に示すような形状の波形として観測される。この振動を振動センサ2によってアナログ電圧信号に変換し、増幅器3で振幅増幅した後、アンチエリアシングフィルタ4で高周波数成分を取り除いた後、A/D変換器5でデジタルデータに変換する。
【0038】
変換されたデジタルデータを、ウェーブレットフィルタ部6を通すことで、パルス成分を保持したままノイズ成分のみを除去し、S/N比を向上させる。
【0039】
図3は、ウェーブレットフィルタの動作を説明するための図である。図3を参照して、パルス信号とノイズ信号を含んだ元波形に対して、離散ウェーブレット変換部7が離散ウェーブレット変換(DWT)を実行すると、元波形を複数のレベル(レベル−1,レベル−2,…)のウェーブレット係数として分解することができる。
【0040】
この時、キズや剥離からのパルス信号は特定のレベルに大きな振幅成分として集中し、ノイズ信号は複数のレベルに小さな振幅成分として分かれる。ここで、各々のレベルのウェーブレット係数に対して、しきい値Tと乗数nの2つをパラメータとして非線形処理を行なう。非線形処理は、ノイズ信号除去部8によって実行される。またノイズ信号除去部8が行なう非線形処理は、ノイズ除去係数設定部9の設定によって変更することが可能である。
【0041】
図4は、非線形処理の一例を示した図である。図4に示すように、しきい値T未満のウェーブレット係数に対しては、Y=(X/T)nTの式で示される非線形処理により係数を減少させる。また、しきい値T以上の係数に関してはY=Xの式によりウェーブレット係数をそのまま残す。
【0042】
図5は、非線形処理の他の例を示した図である。図5に示すように、しきい値Tのみをパラメータとして、しきい値T未満のウェーブレット係数に対しては、除去(Y=0)し、しきい値T以上の係数に関してはウェーブレット係数をそのまま残す(Y=X)のような非線形処理を用いても良い。
【0043】
図3に示したように、離散ウェーブレット変換後の各レベルのウェーブレット係数W2に非線形処理を行ない、振幅の小さいウェーブレット係数を除去するとウェーブレット係数W3が得られる。
【0044】
その後、ウェーブレット係数W3に対して離散ウェーブレット逆変換部10で離散ウェーブレット逆変換(IDWT)を行ない、波形を再構成すると、ノイズ除去後波形W4に示すように、ノイズ信号だけを除去することができる。
【0045】
なお、図3に示したのは、元波形に対して図4で示す非線形処理を用い、しきい値T=6000、n=5で振幅の小さいウェーブレット係数を減衰させる内容のウェーブレットフィルタ処理を行った場合の例である。図3の元波形W1とノイズ除去後波形W4を比較すると、パルス信号の振幅がほぼ保たれたまま、ノイズ信号が除去され、S/N比が大きく向上していることが分かる。
【0046】
図6は、本実施の形態のウェーブレットフィルタによる処理波形と従来のバンドパスフィルタによる処理波形とを比較して示した図である。図6に示すように、ウェーブレットフィルタによる処理波形の方が欠陥によるパルス信号の振幅は大きく、ノイズ成分の振幅が小さいことから、S/N比が向上していることが確認できる。
【0047】
なお、本実施の形態においては、シフト不変性の欠如を改善するために、非特許文献1に示されるような複素数離散ウェーブレット変換を使用している。
【0048】
非線形処理を行なうためのしきい値Tと乗数nは、図1のノイズ除去係数設定部9にて設定する。この際、元波形表示部16とノイズ除去後波形表示部11に表示される波形を比較することで、ノイズ除去の効果を確認しながらノイズ除去のパラメータを設定することができる。
【0049】
ウェーブレットフィルタ部6によってノイズが除去されたパルス信号は、パルス信号分析部12で定量化される。定量化の方法として、たとえば、パルス信号分析部12は、絶対値処理およびパルスカウント処理を用いることができる。
【0050】
図7は、定量化として絶対値処理およびパルスカウント処理を行なった波形例を示した図である。図7を参照して、ノイズ除去後の波形W4を絶対値処理すると波形W5が得られる。そして、予め定められたカウントレベルを超えるパルスの数を測定値とする処理(パルスカウント処理)が行なわれる。波形W6の破線は、予め定められたカウントレベルを示す。
【0051】
図8は、他の定量化の処理について説明するための図である。定量化の他の方法として、たとえば、パルス信号分析部12は、エンベロープ処理およびFFT分析処理を用いることができる。
【0052】
他の定量化の方法では、図8のようにノイズ除去後の波形W4をエンベロープ処理すると波形W7が得られる。そして波形W7についてFFT分析を行ない、得られたパワースペクトルW8の振幅を測定値とする。このような他の定量化方法を用いても良い。
【0053】
また、別の定量化の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後に、直流成分を除去し、残った交流成分の実効値を測定値とする方法を用いても良い。
【0054】
再び図1を参照して、パルス信号分析部12で定量化された測定値は、良否しきい値設定部14で設定されたしきい値と比較照合部13で比較される。良否判定の結果は、結果出力部15によって出力される。
【0055】
なお、振動センサ2は加速度センサを用いるのが一般的であるが、速度センサや変位センサを用いても良い。また、振動センサの代わりに、マイクロホン(音)やトルクセンサ(トルク変動)を用いても良い。
【0056】
最後に再び図1等を参照して、本実施の形態の転がり軸受の診断装置について総括する。本実施の形態の転がり軸受の診断装置は、軌道面および転動体の少なくともいずれかの表面に欠陥がある転がり軸受を回転させた際に発生するパルス状の振動から軸受の欠陥を検出する。診断装置は、転がり軸受に生じる振動に関連する信号をA/D変換するA/D変換器5と、A/D変換器5の出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行ない、得られたウェーブレット係数に非線形処理を施し、離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去するウェーブレットフィルタ部6と、ウェーブレットフィルタ部6によってノイズが除去された後の信号に対して欠陥からのパルス信号の定量化を行なうパルス信号分析部12と、パルス信号分析部12で得られた定量値の大小によって軸受の良否判定を行なう比較照合部13とを備える。
【0057】
好ましくは、ウェーブレットフィルタ部6は、離散ウェーブレット変換として、複素数離散ウェーブレット変換を用いる。
【0058】
好ましくは、図4に示したように、ウェーブレットフィルタ部6は、非線形処理として、しきい値Tと乗数nの2つをパラメータとして、ウェーブレット係数の大きさをXとし、非線形処理の結果をYとした場合、X<Tの場合はY=(X/T)nTとし、X≧Tの場合はY=Xとする。
【0059】
好ましくは、図5に示したように、ウェーブレットフィルタ部6は、非線形処理として、しきい値Tをパラメータとして、ウェーブレット係数の大きさをXとし、非線形処理の結果をYとした場合、X<Tの場合はY=0とし、X≧Tの場合はY=Xとする。
【0060】
好ましくは、図7で説明したように、パルス信号分析部12は、パルス信号の定量化の方法として、ノイズ除去後の波形を絶対値処理した後、予め定められたしきい値カウントレベルを超えるパルスの数を定量値とする方法を用いる。
【0061】
好ましくは、図8で説明したように、パルス信号分析部12は、パルス信号の定量化の他の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後、FFT分析を行ない、得られたパワースペクトルの振幅を定量値とする方法を用いる。
【0062】
好ましくは、パルス信号分析部12は、パルス信号の定量化のさらに他の方法として、ノイズ除去後の波形をエンベロープ処理した後に、直流成分を除去し、残った交流成分の実効値を定量値とする方法を用いる。
【0063】
好ましくは、図1に示すように、転がり軸受の診断装置は、ノイズ除去前の波形を表示する第1の波形表示部(元波形表示部16)と、ノイズ除去後の波形を表示する第2の波形表示部(ノイズ除去後波形表示部11)とをさらに備える。診断装置は、第1および第2の波形表示部に表示される波形を比較することで、ノイズ除去の効果を目視によって確認可能である。
【0064】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、転がり軸受の振動を検出する振動センサ2の出力であり、振動センサは、加速度センサを含む。
【0065】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、転がり軸受の振動を検出する振動センサ2の出力であり、振動センサは、速度センサを含む。
【0066】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、転がり軸受の振動を検出する振動センサ2の出力であり、振動センサは、変位センサを含む。
【0067】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、振動によって発生する音をとらえるマイクロホンの出力である。
【0068】
好ましくは、転がり軸受に生じる振動に関連する信号は、振動によって発生する転がり軸受の回転軸のトルク変動をとらえるトルクセンサの出力である。
【0069】
好ましくは、図1に示すように、ウェーブレットフィルタ部6は、A/D変換器5の出力するデジタル信号に離散ウェーブレット変換を行なう離散ウェーブレット変換部7と、離散ウェーブレット変換部7で得られたウェーブレット係数に非線形処理を施すノイズ信号除去部8と、ノイズ信号除去部8によって非線形処理されたウェーブレット係数を離散ウェーブレット逆変換によって波形を再構成することでノイズ成分を除去する離散ウェーブレット逆変換部10とを含む。
【0070】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0071】
1 軸受、2 振動センサ、3 増幅器、4 アンチエリアシングフィルタ、5 A/D変換器、6 ウェーブレットフィルタ部、7 離散ウェーブレット変換部、8 ノイズ信号除去部、9 ノイズ除去係数設定部、10 離散ウェーブレット逆変換部、11 ノイズ除去後波形表示部、12 パルス信号分析部、13 比較照合部、14 良否しきい値設定部、15 結果出力部、16 元波形表示部、100 診断装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8