特許第6133268号(P6133268)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ アニッキ ゲーエムベーハーの特許一覧

<>
  • 特許6133268-リグニン誘導体の製造方法 図000003
  • 特許6133268-リグニン誘導体の製造方法 図000004
  • 特許6133268-リグニン誘導体の製造方法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6133268
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】リグニン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/04 20060101AFI20170515BHJP
   C07G 1/00 20110101ALN20170515BHJP
【FI】
   C12P19/04
   !C07G1/00
【請求項の数】8
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-500310(P2014-500310)
(86)(22)【出願日】2012年3月2日
(65)【公表番号】特表2014-508536(P2014-508536A)
(43)【公表日】2014年4月10日
(86)【国際出願番号】EP2012053592
(87)【国際公開番号】WO2012126709
(87)【国際公開日】20120927
【審査請求日】2015年2月10日
(31)【優先権主張番号】11002445.2
(32)【優先日】2011年3月24日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】511259474
【氏名又は名称】アニッキ ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】ANNIKKI GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】スレボットニク、エヴァルト
(72)【発明者】
【氏名】テルス,トーマス
(72)【発明者】
【氏名】ファクラー,カーリン
(72)【発明者】
【氏名】メスナー,クルト
(72)【発明者】
【氏名】エルテル,オルトヴィン
【審査官】 小石 真弓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−070437(JP,A)
【文献】 特表2001−512500(JP,A)
【文献】 特開昭62−019082(JP,A)
【文献】 特公平08−019629(JP,B2)
【文献】 特公平07−057185(JP,B2)
【文献】 米国特許第05374555(US,A)
【文献】 Enzyme & Microbial Technol.,2004年,Vol.35,p173-181
【文献】 Biotecnol. and Bioeng.,,2010年,Vol.105,No.5,,p871-879
【文献】 J. Biotechnol.,2006年,Vol.125,,p198-209
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グニン誘導体のポリメリセートを調製する方法であって、
リグノセルロース材料をパルプ化することによって得られる工業用リグニン、またはその分画と、プロテアーゼまたは異なるプロテアーゼの混合物とを組み合わせる工程であって、上記プロテアーゼまたは異なるプロテアーゼの混合物は、上記工業用リグニンまたはその分画のモル質量を減させるために、上記工業用リグニンと結合したタンパク質を開裂させるうえで好適な反応条件下および好適な量で用いられ、これにより、除タンパク質処理されたリグニン誘導体を得る工程と、
上記除タンパク質処理されたリグニン誘導体を重合させる工程と、を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
上記工業用リグニンは、木質繊維、経木、および/または木材チップから得られることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
リグノセルロース材料から得られる上記工業用リグニンは、リグノスルホン酸塩、クラフトリグニン、アルカリリグニン、および/またはオルガノソルブリグニンであることを特徴とする請求項に記載の方法。
【請求項4】
上記プロテアーゼまたは異なるプロテアーゼの混合物で処理を行うことによって生成されるペプチドおよび/またはアミノ酸は、上記工業用リグニンから分離されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記プロテアーゼは、Streptomyces griseus由来のプロテアーゼ(プロナーゼ, EC 3.4.24.31)、Bacillus licheniformis由来のプロテアーゼ(EC 3.4.21.62)、Straphylococcus aureus由来のプロテアーゼ(EC 3.4.21.19)、トリプシン、ペプシン、ブロメライン、およびパパインからなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
上記リグノセルロース材料は、麦わら、バガス、エネルギー作物および包頴類からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項7】
上記エネルギー作物は、エレファントグラス、スイッチグラスおよび外花穎からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
上記プロテアーゼで処理を行うことによって生成されるペプチドおよび/またはアミノ酸は、上記工業用リグニンから、膜濾過法および/または膜析出法および/またはクロマトグラフィ法によって分離されることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
リグノセルロースの実質的な構造形成要素は、セルロース、ヘミセルロース、およびリグニンである。タンパク質もまた、リグノセルロースにとって必要不可欠な部分であり、かつ、生合成の過程において細胞壁中に堆積するが、しかしながら、細胞壁におけるその生物学的機能は未だに大部分が解明されていないか、或いは単に推量の域を脱しきれていない[1,5]。
【0002】
植物細胞壁の木化反応の過程において、リグニンおよびタンパク質の間に共有結合が形成されることは、形式的には可能なことであり、また個別の事例において既に知られていることでもある[1‐5]。リグニンの内部では、このような交差結合、例えば、タンパク質のチロシン残基とフェノール基との間に形成されるラジアル結合による交差結合が発生し得ると推測されており、タンパク質の堆積および木化反応は確実に互いに密接に関連していることが指摘されている[4,5]。したがって、このようなタンパク質は植物細胞壁中に存在し得るだけでなく、他の細胞壁要素との間に架橋され得る。構造分析のなかには現在進行中のものもあり、今後、上記に関しての証拠が発見されることも考えられる。また、可能なリグニン‐タンパク質結合体をセルロースから単離しかつ特徴付けることに関する利用可能な如何なる報告も存在しないことから、リグニンは相当の割合のこのような結合体によって実際に構成されていることが立証される。
【0003】
米国特許第5,374.555号[5]には、リグノセルロースをプロテアーゼで脱リグニン化する方法が開示されている。幾つかの実施例では、リグノセルロースをプロテアーゼで処理すれば、リグノセルロースからのリグニンの抽出が簡略化されかつ促進されることが示されている。こうした効果は、リグノセルロース内部の架橋マトリクスを形成し、かつ例えばリグニンに結合したタンパク質に起因するとされている。これによって、タンパク質のネットワークを加水分解すれば、リグノセルロースからのリグニンの除去が簡略化される。しかしながら、米国特許第5,374,555号[5]には、抽出したリグニン自体が相当量のタンパク質を含み得ること、またはこのタンパク質が仮想的なリグニン‐タンパク質結合体のモル質量の大部分を占めることが開示されておらず、また加水分解物からのペプチドおよび/またはアミノ酸の可能な調製についても開示されていない。
【0004】
Liang et al.[3]には、後にリグノセルロースをプロテアーゼで処理することによって多糖の放出を促進するために、植物細胞壁のペプチド−リグニン架橋をin−situ導入する分子生物学的方法が記載されている。しかしながら、プロテアーゼによる処理を行うことによって、物理化学特性、例えば、処理後のペプチド−リグニン結合体のモル質量に対して起こりうる影響については、何ら言及されていない。
【0005】
本発明は、リグニン−タンパク質結合体がリグノセルロース内に単に存在しているのではなく、驚くべきことに全リグニンの質量の大部分を占めているという発見に基づいている。すなわち、本発明者が実施した試験により、プロテアーゼ酵素による処理を行うことは、材料特性の向上したリグニン誘導体を得るために工業用リグニンのモル質量を大幅に減少させるうえで好適であることが示される。したがって、本発明の実施形態の1つでは、工業用リグニンと結合したタンパク質を開裂させるうえで好適な反応条件下で、工業用リグニンと結合したタンパク質を開裂させるうえで好適な、プロテアーゼ酵素または異なる量のプロテアーゼ酵素の混合物を用いて工業用リグニンを処理し、この方法によって、工業用リグニンのモル質量を大幅に減少させ、除タンパク質処理された誘導体を得る。本発明のさらなる実施形態では、開裂ペプチドおよび/またはアミノ酸のモル質量が同等に低いこと、ならびに特定の化学特性を利用することによって、残りのリグニン誘導体から開裂ペプチドおよび/またはアミノ酸を開裂することを、追加の手順工程(例えば、超濾過およびナノ濾過工程、抽出工程、沈殿工程、またはクロマトグラフィ工程など)によって提供する。したがって、本発明の他の実施形態では、プロテアーゼ酵素による処理後に加水分解物中に存在するペプチドおよびアミノ酸は、リグニン誘導体から分離されて、さらに処理されて特別な加工物となる。
【0006】
工業用リグニンのモル質量を減少させる従来の方法(例えば、熱開裂および金属触媒を介した開裂)に対する本発明の方法の1つの長所は、穏やかな条件(すなわち温和な温度)下において処理することである。これにより、リグニンの分解は不可能となり、化学構造に関しては自然な状態に実質的に保たれ得る。ちいさなリグニンの技術的優位性とは如何なるものであろうか?
本発明の方法の特に大きな長所はリグニン誘導体の提供であり、このリグニン誘導体は、モル質量の大きなポリメリセートに変換されることによって、除タンパク処理されたリグニンに比べて大いに良好な、酵素(例えば、ラッカーゼ)を用いた方法によって活性化され得る。以下に説明するように、このようなポリメリセートは、木質系複合材料にとって優れた結合剤であることが示されている。
【0007】
文献DE37992C2には、ラッカーゼおよび大気酸素との重合反応を介して、工業用リグニンを木質系複合材用の活性結合剤に変換する結合剤の調製方法が記載されている。文献DE19700908A1(WO98/31729)には、活性化された中間生成物を同様の方法で産業用リグニンから調製しており、これをその後大気酸素およびフェノール酸化酵素(例えばラッカーゼ)の存在下で非活性の工業用リグニンと反応させる。これにより、活性のリグニンを使用せずに行った対照反応に比べて実質的にモル質量のより大きな重合リグニン生成物を形成する。このような活性化された工業用リグニンの高モル質量は、結合剤として用いる場合に得られる増大した凝集力と同等であることが立証されている。リグニンのかなり包括的な酸化反応は有利であることが立証されている。文献DE19700908A1(WO98/31729)では、例えば、5,400g/molのモル質量を有する非活性のクラフトリグニンに代えて6,300g/molのモル質量を有する活性のクラフトリグニンを使用した場合では、モル質量が16.6%増大したことに対応して、合板の抗張力を6MPaから11MPaに増大させることが可能である。
【0008】
驚くべきことに、タンパク質分解処理を行うことで本発明の方法によって得られる除タンパク質処理後のリグニン誘導体は、除タンパク質処理されていない工業用リグニンに比べて反応性が実質的に増大し、その結果活性化性が実質的に増大していることが見いだされている。文献DE37992C2および文献DE19700908A1(WO98/31729)に記載された方法と同様の方法で工業用リグニンをラッカーゼおよび大気酸素で活性化した結果、モル質量が40%増大した。一方、同一の工業用リグニンから得られた本発明の除タンパク質処理を行ったリグニン誘導体を使用した以外は同一の反応条件化では、重合反応をより高速に行うことが可能であり、且つモル質量を167%増大させることが可能であった。当然ながら、工業用リグニンを大いに除タンパク質処理することによって、酵素的な触媒重合反応および酸化重合反応に対する工業用リグニンの反応性は増大する。文献DE37992C2およびDE19700908A1(WO98/31729)によれば、結合剤としてのリグニン誘導体の工業安定性を決定する要因は、重合性およびこれに関連するリグニンの活性化のみであったことから、上述の発見は、本発明の技術的な利点の基礎を築くものである。文献DE19700902A1、DE19700904A1、DE19700906A1、DE19700907A1、およびDE19701015A1によれば、重合性およびこれに関連するリグニンの活性反応は、さらに、デュロプラスの調製用の高反応性試薬、繊維強化複合材料の調製用の高反応性試薬、および木材複合体用の結合剤調製用の高反応性試薬として、紙および他の植物繊維のコーティング剤としてのリグニン誘導体の工業安定性にとって重要である。また、これらの適用場面に関しては、本発明の方法によって得ることが可能な工業用リグニンの活性可能性に関連する技術的利点が予想される。
【0009】
また、文献WO98/31762号、WO98/31763号、およびWO98/31764号においても、フェノール酸化酵素のリグノセルロース基質に由来する工業用リグニンまたは工業用リグニン/炭水化物の可溶性分画を、重合反応のために使用することが記載されている。
【0010】
当該技術水準によれば、プロテアーゼ処理によって工業用リグニンのモル質量を減少させた場合、これに対応する量のペプチドおよび/またはアミノ酸が放出されるであろうと想定される。本発明のリグニン分画の比率はかなり高く、それ故に、本発明の方法を使用することによって、工業用リグニンから、実質的にペプチドおよび/またはアミノ酸から有利に構成されており、かつリグニンが僅かに混入しているのみである生成物を調製することが可能になる。これにより、表面上、本発明の方法によって生成した原産物からペプチドおよび/またはアミノ酸を調製することが経済的に妥当となる。
【0011】
以下の実施例は、本発明の説明を行うよう意図したものである。実施例1〜3では、リグニンを麦かんから調製しており、モル質量およびリグニンの含有量の観点において、特性を決定している。実施例4では、本発明に特有の核心部、すなわち、プロテアーゼ処理によってリグニンのモル質量を実質的に減少させることを説明している。
【0012】
〔実施例1〕
実験室規模での工業用リグニンの調製
麦かんを約2cmの粒径になるように粉砕する。粉砕後の上記麦かん2.5gを、水およびエタノール(50:50)からなる溶液200ml中の反応漕(容量500ml)内で懸濁させる。これにより得られる懸濁液を水浴で50℃まで加熱し、熱調整し、NaOH水溶液を用いてpHを13(開始pH)に調節する。その後、混合液を200rpmおよび70℃の条件下で24時間撹拌し続ける。
【0013】
続いて、固形物を濾過して取り除く。そして、澄んだ濾液のpHが2.0となるようにリン酸を用いて調節する。得られた沈殿物をジメチルホルムアミド(DMF)中に溶解させ、かつ、Sephadex LH60を使用してDFM中で分取ゲルクロマトグラフィーを行って、溶解させた沈殿物を高分子分画および低分子分画に分画した。各分画に含まれるDMFを高真空状態で蒸発させ、得られた固形の残渣物を乳鉢内で均質化した。
【0014】
〔実施例2〕
モル質量の評価
実施例1の高分子分画を適量サンプリングしたものを、10mMのNaOH中に溶解させた。その後、Agilent1200HPLCシステムのHPSECを用いてモル質量を評価した。HPSECシステムは、直列に接続された3つのカラム(G3000PW、G4000PW、およびG4000PW(Tosoh Bioscience社製))から構成され、10mMのNaOHを溶媒として使用した。スルホン酸ポリスチロール(PSS)を用いてキャリブレーションした。リグニンの吸収極大(280nm)において記録したUVクロマトグラムの評価を行うことによって、サンプルのモル質量分布を評価した。
【0015】
〔実施例3〕
吸光係数の評価
実施例1のリグニンの正確に分量測定した分画に関して、一方ではタンパク質含有量の分析(CHN分析)を行い、他方ではDMF中に溶解させ、得られた溶液の280nmにおける紫外吸収を分光計内で評価した。測定した分画の分量を280nmの総紫外吸収量で除算することによって、吸光係数を算出する。
【0016】
図1に、実施例1の分取ゲルクロマトグラフィーによって得た分画の280nmにおける吸光係数、およびタンパク質含有量を示す。分画番号の増加に伴い、分画のモル質量が増加する。
【0017】
代表的な結果を図1に示す。リグニンの吸光係数は、リグニンの典型的な吸収極大(280nm)において、高モル質量(分画番号10)から低モル質量(分画番号30)にかけて、約5mg−1から約20〜25mg−1になるように、4〜5倍に増大している。純リグニンの吸光係数は比較的一定であり、本発明で試験した最も吸光係数の高い分画(分画21〜30)は、ほぼ純粋なリグニンから構成されており、高分子の分画は最大で80%(分画9)の非リグニンから構成されているはずであると、当該技術水準に基づき推測される。いずれかの理論によって拘束されることを願うことなく、発明者は、実施例4の結果を考慮して、上述した非リグニンは主にタンパク質から構成されていると推測している。窒素含有量に基づいて算出しかつ図示したタンパク質含有量の結果によって、モル質量が減少すると、これは分画番号が増大することであるが、分画のタンパク質含有量も減少するという仮定の裏付けが得られる。
【0018】
〔実施例4〕
プロテアーゼ処理
酸沈殿させた5mgの工業用リグニンまたは酸沈殿させた5mgの実施例1のリグニンの高分子分画を、1mlの25mMトリス緩衝液中にpH8.5で溶解させ、Streptomyces griseus由来の0.1mgのプロテアーゼ(Sigma P5147)を添加して37℃で1時間〜24時間撹拌させた。または、上述したプロテアーゼに代えて、Bacillus licheniformis由来のプロテアーゼ(Sigma P5380)、トリプシン、または上述したこれらのプロテアーゼの0.1gの混合物を用いて、同様の結果を得た。その後、反応液のpHが12.0となるようにNaOHを用いて調節し、これに対して実施例2に基づくHPSEC分析を行った。
【0019】
代表的な結果を図に示す。実験室規模で調製した工業用リグニンをプロテアーゼ処理した結果、当初16,000Daであったモル質量は大幅に減少して約6,000Daとなった(図中、矢印で示す)。ピーク領域の比較から容易に理解されるように、工業用リグニンをプロテアーゼ処理した結果、そのモル質量の分布は、低モル質量側に向かう右方向に大きくシフトしている。特に、高分子領域、例えば溶出体積が約17mlの領域では、280nmに対する吸光の差は数倍に増大するため、タンパク質の割合が高いことが示される。
【0020】
さらに、タンパク質が、リグニンの調製過程において偶然に取り込まれただけの一種の混入物であるならば、工業用リグニンのモル質量がプロテアーゼ処理の結果としてシフトするようなことは確認されないはずであるので、タンパク質は、リグニンの調製過程で偶然に取り込まれただけの一種の混入物ではあり得ないということが、結果から示される。さらには、タンパク質を明らかに含む高分子分画の紫外スペクトルは、概してリグニンから得られたものであった。したがって、本実施例で検出した紫外吸収タンパク質の構造が単に関与しているのではない。この結果はむしろ、タンパク質が実質的な相互作用によってリグニンと結合(おそらく共有結合)し、プロテアーゼ処理を介して成功裏に切断可能であったことを、示している。
【0021】
同様の結果は、他のリグニンの分画および他のプロテアーゼを使用した場合にも得られた。しかし、一般に、プロテアーゼ処理の開始前のリグニンの出発原料のモル質量が高いほど、リグニンのモル質量がプロテアーゼに大きく左右されることが確認された。これは実施例3の結果と一致する。モル質量の増大に伴い、リグニンの吸光度は280nmにおいて大幅に減少した。
【0022】
〔実施例5〕
ラッカーゼを用いた重合化
実施例4にしたがって、実施例1による工業用リグニンの20mgの高分子分画を、500μlのプロテアーゼ(水中で5mg/ml)中に4mg/mlの濃度となるようにpH8.7で添加した。対照反応物には、プロテアーゼに代えて水500μlを添加した。反応混合物を37℃で一晩培養した。pHが6.0となるように調節した後、100μlのラッカーゼ(水中で1U/ml)を0.9mlの各反応液に添加して、30℃で培養した。特定の時間間隔(図参照)の経過後、サンプルを抽出し、10mMの不希釈NaOHで希釈(1:10)し、実施例2によるHPSECを用いてモル質量を評価した。
【0023】
図3に、プロテアーゼ処理した実施例1による工業用リグニン(「プロテアーゼ」)の高分子分画のモル質量(Mp、ピーク最大値)およびモル質量分布(Mw、モル質量の重量平均)のラッカーゼの影響による経時変化、およびプロテアーゼで処理していない実施例1の工業用リグニン(「ブランク」)のモル質量(Mp、ピーク最大値)およびモル質量分布(Mw、モル質量の重量平均)のラッカーゼの影響による経時変化を示す。
【0024】
表:除タンパク質処理したリグニンの分画をラッカーゼで重合化させた場合の動的データのまとめ、および除タンパク質処理していないリグニンの分画をラッカーゼで重合化させた場合の動的データのまとめ。
【0025】
【表1】
【0026】
図および表に示したデータでは、プロテアーゼ処理した、すなわち除タンパク質処理した工業用リグニンの重合反応は、プロテアーゼ処理していないリグニンの対照重合反応に比べて、より高速で行われ、その結果、モル質量が実質的により増大したポリメリセートが生成されたことを示している。ここで、リグニンを大気酸素およびラッカーゼで活性化させた場合、リグニンがプロテアーゼ処理されたものでなくても、そのモル質量が40%増大した。他方で、プロテアーゼ処理した、同じ工業用リグニンの誘導体を使用し、それ以外は同じ反応条件下では、誘導体の重合反応がより高速に行われ、そのモル質量は167%増大した。いずれかの理論に拘束されることを願うことなく、発明者は、タンパク質を除去することによって、リグニンに新たな反応中心を発生させ、および/またはタンパク質にマスキングされていたリグニン内部の反応中心を放出することになると推測し、このことは、例えば大気酸素およびラッカーゼなどの酸化剤の効果の場合、重合速度を実質的に加速させる一方で、他方では、モル質量が実質的に増大し、かつ、関連する活性化が強力になったポリメリセートを生成する。
[1] K. IIYAMA et al. (1993) Cell Wall Biosynthesis and Its Regulation. In: H.G. Jung et al. (eds.) Forage Cell Wall Structure and Digestibility, ASA-CSSA-SSSA, Madison, WI, USA.
[2] F.W. WHITMORE (1982) Phytochemistry 21, 315-316.
[3] H LIANG et al. (2008) Clean 36, 662-668.
[4] B. KELLER et al. (1989) Proc. Natl. Acad. Sci USA 86, 1529-1533.
[5] B. KELLER (1993) Plant. Physiol. 101, 1127-1130.
[6] A.R. POKORA & M.A. JOHNSON (1994) US patent No. 5,374.555.
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】実施例1の分取ゲルクロマトグラフィーによって得た分画の280nmにおける吸光係数、およびタンパク質含有量を示す図である。
図2】実施例4において、実施例2に基づくHPSEC分析を用いたモル質量評価を行った代表的な結果を示す図である。
図3】プロテアーゼ処理した実施例1による工業用リグニン(「プロテアーゼ」)の高分子分画のモル質量(Mp、ピーク最大値)およびモル質量分布(Mw、モル質量の重量平均)のラッカーゼの影響による経時変化、およびプロテアーゼで処理していない実施例1の工業用リグニン(「ブランク」)のモル質量(Mp、ピーク最大値)およびモル質量分布(Mw、モル質量の重量平均)のラッカーゼの影響による経時変化を示す。
図1
図2
図3