特許第6133916号(P6133916)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6133916摺動部材の製造方法およびピストンの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6133916
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】摺動部材の製造方法およびピストンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 201/00 20060101AFI20170515BHJP
   C10M 103/06 20060101ALI20170515BHJP
   C10M 149/18 20060101ALI20170515BHJP
   C09D 7/12 20060101ALI20170515BHJP
   C09D 179/08 20060101ALI20170515BHJP
   F02F 3/00 20060101ALI20170515BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20170515BHJP
   C10N 20/06 20060101ALN20170515BHJP
   C10N 40/00 20060101ALN20170515BHJP
   C10N 50/02 20060101ALN20170515BHJP
【FI】
   C09D201/00
   C10M103/06 C
   C10M149/18
   C09D7/12
   C09D179/08 B
   F02F3/00 D
   C10N10:12
   C10N20:06 Z
   C10N40:00 Z
   C10N50:02
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-38150(P2015-38150)
(22)【出願日】2015年2月27日
(65)【公開番号】特開2016-160293(P2016-160293A)
(43)【公開日】2016年9月5日
【審査請求日】2016年5月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390008822
【氏名又は名称】アート金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】594143433
【氏名又は名称】アクロス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100105463
【弁理士】
【氏名又は名称】関谷 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100129861
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 滝治
(74)【代理人】
【識別番号】100160668
【弁理士】
【氏名又は名称】美馬 保彦
(72)【発明者】
【氏名】岸 美里
(72)【発明者】
【氏名】不破 良雄
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 浩二
(72)【発明者】
【氏名】林 圭二
(72)【発明者】
【氏名】山口 一郎
(72)【発明者】
【氏名】小山石 直人
(72)【発明者】
【氏名】寺田 真也
(72)【発明者】
【氏名】藤原 信幸
(72)【発明者】
【氏名】金澤 裕一朗
(72)【発明者】
【氏名】牧野 真
(72)【発明者】
【氏名】宮本 圭資
(72)【発明者】
【氏名】神保 雅子
【審査官】 岡山 太一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−069473(JP,A)
【文献】 特開2001−031906(JP,A)
【文献】 特開平10−037962(JP,A)
【文献】 特開平07−247493(JP,A)
【文献】 特開平07−118709(JP,A)
【文献】 特開2009−068390(JP,A)
【文献】 特開2006−161563(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00−201/10
C10M 103/00−103/06
F02F 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二硫化モリブデン粒子が分散し、分散した二硫化モリブデン粒子が結合樹脂で結合された潤滑被膜を、金属製の基材の表面に被覆するための潤滑被膜用組成物であり、前記潤滑被膜用組成物は、前記二硫化モリブデン粒子と結合樹脂との総量に対して、前記二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有し、前記二硫化モリブデン粒子の平均粒子径が0.1〜3.0μmの範囲にある滑被膜用組成物から前記潤滑被膜を、前記基材の表面に成膜する摺動部材の製造方法であって、
前記基材の表面に、前記基材よりも硬質の硬質粒子をショットピーニングで吹き付けることにより、前記基材の表面に、突出谷部深さRvkが1.5〜2.0μmの範囲となり、かつ、中心線平均粗さRaが1.5〜2.0μmの範囲となるように複数のディンプルを成形し、
前記ディンプルが成形された表面に、前記潤滑被膜用組成物から前記潤滑被膜を成膜することを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記結合樹脂が、ポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材の製造方法
【請求項3】
請求項1または2に記載の摺動部材の製造方法により、前記摺動部材をピストンとして前記ピストンを製造する方法であって、
前記ピストンのスカート部の表面に前記複数のディンプルを成形後、前記ディンプルが成形された表面に前記潤滑被膜を被覆することを特徴とするピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二硫化モリブデン粒子が分散し、分散した二硫化モリブデン粒子が結合樹脂で結合された潤滑被膜を、基材の表面に被覆するための潤滑被膜用組成物、これを用いた摺動部材、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、摺動部材の摺動特性を向上させるために、基材の表面に潤滑被膜を被覆することがなされている。このような潤滑被膜は、たとえば、固体潤滑剤として、ポリテトラフルオロエチレン粒子、グラファイト粒子、または二硫化モリブデン粒子等を含有しており、これら粒子は、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂など結合樹脂(マトリクス樹脂)で結合されている。このように、固体潤滑剤を潤滑被膜に含有させることにより、摺動部材の摺動性を高めることができる。
【0003】
このような技術として、たとえば、特許文献1には、樹脂バインダーと総量で40〜60質量%の固体潤滑剤とからなる潤滑被膜が基材表面に形成された摺動部材が提案されている。ここで、固体潤滑剤は、黒鉛と二硫化モリブデンなどの粒子からなり、樹脂バインダーがポリアミドイミド樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、又はポリイミド樹脂が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−196813号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、図7に示すように、特許文献1等で開示される潤滑被膜など、一般的な潤滑被膜92は、金属製の基材91の表面91aに被覆されるため、潤滑被膜92の表面92aの粗さ(すなわち、摺動部材9の表面9aの粗さ)は、基材91の表面91aの粗さに依存しやすい。
【0006】
しかしながら、潤滑被膜92に含有する固体潤滑剤として作用する粒子93の平均粒子径(潤滑被膜用組成物に含有する粒子の平均粒子径)が大きい場合、潤滑被膜92の表面粗さは、基材91の表面粗さよりも粗くなってしまうことがある。また、耐焼付性を向上させるべく、結合樹脂94に対して粒子93の量(潤滑被膜用組成物に含有する粒子の含有量)を増量した場合も、同様の現象が生じてしまう。
【0007】
これにより、たとえ摺動部材の基材91の表面91aをさらに平滑化したとしても、摺動部材の摺動面が平滑になり難く、その結果、低摩擦の摺動特性を得ることが難しい場合がある。
【0008】
本発明は、このような点を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、摺動部材の基材表面に形成される潤滑被膜の表面粗さを低減するとともに、摺動時にその潤滑被膜の表面が平滑化され易い潤滑被膜用組成物、およびこれを用いた摺動部材、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を鑑みて、本発明に係る潤滑被膜用組成物は、二硫化モリブデン粒子が分散し、分散した二硫化モリブデン粒子が結合樹脂で結合された潤滑被膜を、金属製の基材の表面に被覆するための潤滑被膜用組成物であり、前記潤滑被膜用組成物は、前記二硫化モリブデン粒子と結合樹脂との総量に対して、前記二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有し、前記二硫化モリブデン粒子の平均粒子径が0.1〜3.0μmの範囲にあることを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有することにより、初期馴染み特性が高まり、摺動時に潤滑被膜の表面が平滑化され易い。さらに、二硫化モリブデン粒子の平均粒子径を0.1〜3.0μmとすることにより、粒子径が小さくなるので、潤滑被膜の表面が平滑化される。これにより、摺動部材を用いたときに、潤滑被膜の表面が摩耗しやすいため、潤滑被膜(摺動部材)の初期馴染み性を高めることができる。
【0011】
なお、二硫化モリブデン粒子の含有量およびその平均粒子径の数値の限定理由は、後述の実施形態および実施例で詳述する。ここで、粒子同士の結合性、基材表面との密着性、潤滑被膜の耐熱性等を考慮した場合には、結合樹脂にポリアミドイミド樹脂を用いることが好ましい。
【0012】
上述の潤滑被膜用組成物から成膜された潤滑被膜を前記基材の表面に被覆して、摺動部材とした場合、前記潤滑被膜の表面には、複数のディンプルが形成されており、前記潤滑被膜の表面の突出谷部深さRvkが0.4〜1.0μmの範囲にあり、前記潤滑被膜の表面の中心線平均粗さRaが0.4〜1.0μmの範囲にあることが好ましい。
【0013】
後述する発明者らの実験からも明らかなように、潤滑被膜の表面、すなわち摺動部材の摺動面の突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaとの関係を両立させたことにより、摺動部材の摺動面の初期馴染み性を高めつつ、低摩擦特性を実現することができる。
【0014】
また、このような摺動部材を製造する際には、前記基材の表面に、前記基材よりも硬質の硬質粒子をショットピーニングで吹き付けることにより、前記基材の表面に、突出谷部深さRvkが1.5〜2.0μmの範囲となり、かつ、中心線平均粗さRaが1.5〜2.0μmの範囲となるように複数のディンプルを成形し、前記ディンプルが成形された表面に、前記潤滑被膜用組成物から前記潤滑被膜を成膜することが好ましい。これにより、上述した特性を有した摺動部材を容易に製造することができる。
【0015】
このような摺動部材をエンジンのピストンに適用し、該ピストンのスカート部に潤滑被膜を被覆してもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、摺動部材の基材表面に形成される潤滑被膜の表面粗さを低減するとともに、摺動時にその潤滑被膜の表面が平滑化され易い。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本実施形態に係る摺動部材の製造方法を説明するための模式図であり、(a)は基材の表面処理を説明するための図、(b)は表面処理された基材を示した図、(c)は基材の表面に潤滑被膜を被覆した摺動部材を示した図。
図2】実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の表面粗さを示した図。
図3】実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の摩耗試験を説明するための図。
図4】実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の摩耗量を示した図。
図5】実施例4、5および比較例6に係るピストンを用いたときの回転数−BMEPと、FMEPとの関係を示した図。
図6】実施例5および比較例7に係るピストンを用いたときの回転数−BMEPと、FMEPとの関係を示した図。
図7】従来の摺動部材を示した模式図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、図1を用いて本発明の実施形態を説明する。図1は、本実施形態に係る摺動部材の製造方法を説明するための模式図であり、(a)は基材の表面処理を説明するための図、(b)は表面処理された基材を示した図、(c)は基材の表面に潤滑被膜を被覆した摺動部材を示した図である。
【0019】
1.潤滑被膜用組成物について
本実施形態に係る潤滑被膜用組成物は、図1(c)に示すように、金属製の基材10の表面10bに潤滑被膜20を被覆するための組成物である。潤滑被膜用組成物は、二硫化モリブデン粒子とこれを結合する結合樹脂(樹脂バインダー)とを主剤として含む。
【0020】
潤滑被膜用組成物は、二硫化モリブデン粒子と結合樹脂との総量に対して、二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有している。また、二硫化モリブデン粒子の平均粒子径が0.1〜3.0μmの範囲にある。
【0021】
なお、本明細書でいう「粒子径」とは、レーザー回折散乱式粒度分布測定法により測定した体積累積平均粒子径(D50)を表すものであり、「中心線平均粗さRa」は、JIS B 0601−1994に準じて測定された値であり、「突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvk」は、JIS B 0601−2001に準じて測定された値である。
【0022】
本実施形態では、二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有すること、および、二硫化モリブデン粒子の平均粒子径を0.1〜3.0μmとすることにより、後述する摺動部材1の基材10の表面10bに形成された潤滑被膜20の表面粗さを基材10の表面10bの粗さと同程度の表面粗さにすることができる。これにより、潤滑被膜20の表面の平滑化を図ることができる。さらに、摺動部材1を用いたときに、潤滑被膜20の表面が摩耗しやすいため、潤滑被膜20(摺動部材1)の初期馴染み性を高めることができる。
【0023】
ここで、二硫化モリブデン粒子の含有量が70質量%を超えた場合、または、二硫化モリブデン粒子の平均粒子径が3.0μmを超えた場合には、成膜した潤滑被膜20の表面粗さが大きくなり、摺動部材1の摺動面1aの平滑化が阻害されることがある。
【0024】
一方、二硫化モリブデン粒子の含有量が50質量%未満である場合には、初期馴染みの段階において、潤滑被膜20が摩耗し難いため、摺動部材1の初期馴染み性が低下する。平均粒子径が0.1μm未満の二硫化モリブデン粒子は製造し難い。
【0025】
ここで、平均粒子径が0.1〜3.0μmの範囲の二硫化モリブデン粒子は、市販の二硫化モリブデン粒子等を粉砕し、分級することにより容易に得ることができる。また、上述した効果をより一層期待することができる二硫化モリブデン粒子の平均粒子径は、0.5〜1.5μmである。
【0026】
結合樹脂は、二硫化モリブデン粒子を結合することができる耐熱性樹脂であることが好ましく、たとえば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、およびポリアミドイミド樹脂からなる群から選択された樹脂、または、これらを1種または2種以上含むポリマーアロイであってもよい。この中でも、ポリアミドイミド樹脂が、耐熱性に優れ、各種潤滑油中で用いても劣化が少なく、また摩擦摩耗特性も良好である。
【0027】
潤滑被膜を形成するために用いる潤滑被膜用組成物は、上述した二硫化モリブデン粒子および結合樹脂を、上述した配合比で調合し、適宜の有機溶媒を溶媒とし、ニーダー等を用いて攪拌・混合することにより調製することができる。なお、潤滑被膜用組成物の製造時には、結合樹脂を予め有機溶媒中に溶解させた状態で、二硫化モリブデン粒子を配合することが好ましい。
【0028】
有機溶媒としては、揮発性の非プロトン系極性溶剤類等が好適に用いられる。具体的には、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、メチルクロロホルム、トリクロロエチレン、トリクロロトリフルオロエタン等の有機ハロゲン化合物類、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、メチルイソピロリドン(MIP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、またはジメチルアセトアミド(DMAC)等が例示され、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)が特に好ましく使用できる。有機溶媒に、無極性溶剤を用いてもよい。
【0029】
さらに、潤滑被膜用組成物には、固体潤滑剤の分散を助ける分散剤、固体潤滑剤と樹脂の密着性や樹脂の基材への密着性を向上させるシランカップリング剤、表面張力をコントロールする界面活性剤が含まれてもよい。さらに、本発明の目的を損なわない範囲において、保存安定性や被覆適性等改善のための添加剤(沈澱防止剤、増粘剤、消泡剤、レベリング剤等)を適量添加してもよい。
【0030】
2.摺動部材およびその製造方法について
まず、金属製の基材を準備する。基材としては、アルミニウム、鉄、銅、ニッケル、クロム、またはチタン等から選択される1種類以上の金属からなる基材であることが好ましく、これらを含む合金からなる基材であっても良い。さらに、所望であればアルカリ脱脂等の表面処理を行なった金属基材であっても良い。
【0031】
ここで、金属製の基材の表面の表面粗さは、使用環境に応じて、適宜設定することがき、本実施形態では、後述する潤滑被膜用組成物から潤滑被膜を成膜した際には、潤滑被膜の表面粗さ(摺動部材の表面粗さ)は、基材の表面粗さに近い値となる。
【0032】
たとえば、図1(a)に示す金属製の基材の表面(切削または研削された表面)に潤滑被膜用組成物を塗布し、潤滑被膜を形成してもよいが、本実施形態では下地処理を行い、基材10の表面を平滑化する。具体的には、図1(a)に示すように、基材10の表面10aに、基材10よりも硬質の硬質粒子40をショットピーニングで吹き付ける。このショットピーニングにより、基材10に、突出谷部深さRvkが1.5〜2.0μmの範囲となり、かつ、中心線平均粗さRaが1.5〜2.0μmの範囲となるようにディンプルが形成された表面10bを成形する(図1(b)参照)。これにより、本実施形態に係る潤滑被膜用組成物の効果を発揮するに最適な基材10の表面10bを得ることができる。
【0033】
たとえばアルミニウム合金(Ai−Si系合金)からなる基材である場合、ショットピーニングの際には、平均粒子径20〜300μmの鉄系合金の硬質粒子40を用いる。まず、酸素が存在する雰囲気下(たとえば大気中)で所定のアークハイト値となる条件で、基材10の表面10aに上述した硬質粒子40を噴射する。
【0034】
このようにして、上述した表面性状の複数のディンプルが形成された基材10の表面10bを得ることができる。なお、突出谷部深さRvkおよび中心線平均粗さRaは、ショットの粒径、噴射処理におけるショットの噴射条件等を変更することなどにより、調整することができる。
【0035】
次に、ディンプルが成形された基材10の表面10bに、潤滑被膜用組成物で潤滑被膜20を被覆する。基材10の表面10bへの塗工は、刷毛塗り、スプレー塗布、ロール塗布、スクリーン印刷による塗布、ナイフコーティング、パッド法による塗布、または浸漬塗布等の公知の方法により行うことができ、工業的にはエアースプレーにより塗布してもよい。
【0036】
潤滑被膜用組成物を基材10の表面10bに塗工した後、加熱処理を行うことにより、組成物中の有機溶媒を除去し、図1(c)に示すように、基材10の表面に、潤滑被膜20を被覆することができる。
【0037】
得られた潤滑被膜20の表面の突出谷部深さRvkは0.4〜1.0μmの範囲となり、潤滑被膜20の表面の中心線平均粗さRaは0.4〜1.0μmの範囲となる。このような結果、摺動部材1の摺動面1aの突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaとの関係をともに上述した範囲としたことにより、摺動面1aの表面粗さをこれまでよりも低い状態で、摺動面1aに潤滑油の保油性を高めることができる。これにより、摺動部材1の摺動面1aの初期馴染み性を高めつつ、低摩擦特性を実現することができる。
【0038】
ここで、潤滑被膜の膜厚は任意であるが、6〜16μmとするのが好ましい。この範囲にすることで、上述した平均粒子径の二硫化モリブデン粒子を上述した範囲で含有した場合、これを平滑化することができ、摺動面を基材の表面に依存させ、摺動面を上述した範囲にし易い。ピストンのスカート部の摺動面に潤滑被膜用組成物を適用し、潤滑被膜を成膜した際に、ピストンの熱伝導性の低下を抑えることができる。
【0039】
ここで、従来では、基材の表面を砥石等を用いて研磨した際には、その表面は条痕形状となり実面圧が高くなることから、二硫化モリブデン粒子を多く配合し、初期馴染み性を向上させることができなかった。しかしながら、本実施形態では、上述した如き下地処理により、基材10の平滑化された表面10bに潤滑被膜20を被覆し、潤滑被膜20に含有する二硫化モリブデン粒子の平均粒子径を小さくすることで、摺動面1aの実面圧を低減し、摩耗を抑制することができる。これにより、二硫化モリブデン粒子をより多く配合させても、粒子の脱落などがなく耐摩耗性を確保され、潤滑被膜20の初期馴染み性を向上させ、早期に平滑な摺動面を形成することができる。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例を説明する。
【0041】
〔実施例1〕
摺動部材の基材として、15.7mm×6.5mm×10.1mm、表面粗さRz0.8μm(Ra0.2μm相当)のアルニウム合金鋳物(JIS規格:AC8B)を準備し、この基材の表面を、アルカリ脱脂した。
【0042】
次に固体潤滑剤として平均粒子径2μmの二硫化モリブデン粒子と、これを結合する樹脂として、有機溶媒としてNMPに溶解したポリアミドイミド樹脂(PAI)と、を準備し、表1に示すように、二硫化モリブデン粒子が50質量%、ポリアミドイミド樹脂が50質量%(有機溶媒を除いた樹脂の質量%)となるように配合し、これらを混合し、潤滑被膜用組成物を作製した。次に、80℃×30分の条件で基材を予備加熱し、潤滑被膜用組成物を基材の表面にコーティングし、180℃×90分の条件でこれを加熱し、基材上に膜厚が13μmの潤滑被膜を成膜した。
【0043】
ここで、二硫化モリブデン粒子の平均粒子径の測定は、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(日機装(株)製Microtrac MT300)を用いて、PIDS(偏光散乱強度差計測)による測定方法で測定した。平均粒子径は、NMPを用いて測定した、二硫化モリブデン粒子の体積累積平均粒子径D50である。また、二硫化モリブデン粒子およびポリアミドイミド樹脂の割合(質量%)は、秤量して測定した。
【0044】
〔実施例2〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が60質量%、ポリアミドイミド樹脂が40質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0045】
〔実施例3〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が70質量%、ポリアミドイミド樹脂が30質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0046】
〔比較例1〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように、ポリアミドイミド樹脂70質量%に対して、固体潤滑剤として、平均粒子径7μmの二硫化モリブデン粒子が20質量%、平均粒子径2.5μmのグラファイト粒子が7質量%、平均粒子径4μmのポリテトラフルオロエチレン粒子が(PTFE)3質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0047】
〔比較例2〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が40質量%、ポリアミドイミド樹脂が60質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0048】
〔比較例3〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が80質量%、ポリアミドイミド樹脂が20質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0049】
〔比較例4〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように比較例1で用いたグラファイト粒子が50質量%、ポリアミドイミド樹脂が50質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0050】
〔比較例5〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように比較例1で用いたPTFE粒子が50質量%、ポリアミドイミド樹脂が50質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0051】
<潤滑被膜の表面粗さの測定>
実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の表面粗さ(中心線平均粗さRa)を測定した。中心線平均粗さRaは、JIS B0601−1994に準拠して測定した値である。この結果を表1および図2に示す。図2は、実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の表面粗さを示した図である。なお、図2に示す破線は、基材の表面粗さである。
【0052】
<初期馴染み試験>
図3に示すように、上に示す実施例1〜3および比較例1〜5の摺動部材に相当するブロック試験片51、リング試験片52、および潤滑油53を組合せて、摩擦摩耗試験(ブロックオンリング試験:LFW−1試験、FALEX社製)を行った。
【0053】
具体的には、リング試験片52として、ねずみ鋳鉄(JIS規格:FC250)からなる外径35mm、幅8.8mm、表面粗さRz0.8μmの試験片を準備した。リング試験片の一部が潤滑油53に浸かるように、油浴槽54に潤滑油53をはり、油温を80℃に保持した状態でリング試験片52を周速0.11m/sで回転させて、リング試験片52の表面に油膜を形成させ、リング試験片52の外周面にブロック試験片51を接触させて荷重22.5Nを負荷しながら、5分間の連続試験を行った。
【0054】
試験終了後のブロック試験片51である摺動部材の潤滑被膜の摩耗深さを測定し、これを摩耗量とした。なお、潤滑油には、ベース油(SAE粘度グレード0W−20の市販エンジン油)を用いた。この結果を表1、図4に示す。図4は、実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の摩耗量を示した図である。なお、図4に示す破線は、発明者らの経験から初期馴染み性が良好となる摩耗量の下限値である。
【0055】
【表1】
【0056】
(結果1)
図2および表1に示すように、実施例1〜3に係る潤滑被膜用組成物から成膜された潤滑被膜の表面粗さは、比較例1、3、4および5のものに比べて小さかった。
【0057】
すなわち、比較例1、3、4および5に係る潤滑被膜用組成物で潤滑被膜を成膜した場合には、潤滑被膜の表面粗さが粗くなる。これは、比較例1、4および5の場合には、潤滑被膜用組成物に含有する固体潤滑剤の平均粒子径が、実施例1〜3のものに比べて大きいからであると考えられる。一方、比較例3の場合には、潤滑被膜用組成物に含有する固体潤滑剤(二硫化モリブデン粒子)の含有量が、実施例1〜3のものに比べて多いことが起因している。
【0058】
一方、図4および表1に示すように、実施例1〜3、比較例3〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の摩耗量は、比較例1および2のものよりも多い。これは、実施例1〜3、比較例3〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の二硫化モリブデン粒子の量が、比較例1および2のものよりも多いことが起因していると考えられる。ただし、比較例3〜5の潤滑被膜の表面粗さは、実施例1〜3のものよりも表面粗さが大きいため、その油膜形成能が低い。したがって、実施例1〜3に係る摺動部材の潤滑被膜は、比較例1〜5のものに比べて油膜形成能が高く、かつ、初期馴染み性が良いと言える。
【0059】
以上のことから、潤滑被膜用組成物に、二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有するとともに、その平均粒子径が0.1〜3.0μmの範囲にあれば、潤滑被膜は、基材の表面粗さに応じた表面粗さとなり(平滑性を有し)、初期馴染み性も良好であると考えられる。
【0060】
〔実施例4〕
摺動部材として、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して、切削加工を行った。これにより、スカート部の表面に複数の条痕が形成された。次にスカート部の表面の複数の箇所で、JIS B 0610−2001に準拠して突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvkを測定し、上述した方法で中心線平均粗さRaを測定した。この結果、突出谷部深さRvkの最大値は1.0μm、最小値は0.2μmであり(突出谷部深さRvk:0.2〜1.0μm)、中心線平均粗さRaの最大値は4.8μm、最小値は2.5μmであった(中心線平均粗さRa:2.5〜4.8μm)。
【0061】
この表面に対して、実施例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、実施例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを上述した方法と同様の方法で測定した。この結果、突出谷部深さRvkは0.2〜1.0μm、中心線平均粗さRaは2.5〜4.8μmの範囲にあった。
【0062】
〔実施例5〕
実施例4と同じ、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して表面処理を行った。具体的には、基材のよりも硬質の硬質粒子(具体的には平均粒子径50μmの鉄系の材質からなるショット)を用いて、ショットピーニングでスカート部の表面に複数のディンプルを形成した。
【0063】
次にスカート部の表面の複数の箇所で、突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvkおよび中心線平均粗さRaを測定した。この結果、突出谷部深さRvkの最大値は2.0μm、最小値は1.5μmであり(突出谷部深さRvk:1.5〜2.0μm)、中心線平均粗さRaの最大値は2.0μm、最小値は1.5μmであった(中心線平均粗さRa:1.5〜2.0μm)。
【0064】
この表面に対して、実施例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、実施例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを上述した方法と同様の方法で測定した。この結果、突出谷部深さRvkは0.4〜1.0μm、中心線平均粗さRaは0.4〜1.0μmの範囲にあった。
【0065】
〔比較例6〕
実施例4と同じ、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して、実施例4と同じように切削加工を行った。これにより、スカート部の表面に、複数の条痕が形成された。なお、スカート部の表面の突出谷部深さRvk、中心線平均粗さRaは、実施例4のものと同じ範囲であった。
【0066】
この表面に対して、比較例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、比較例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを測定した。比較例6の突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaは、実施例4のものと同じ範囲であった。
【0067】
〔比較例7〕
実施例5と同じ、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して、ショットピーニングでスカート部の表面に複数のディンプルを形成した。スカート部の表面の突出谷部深さRvk、中心線平均粗さRaは、実施例5のものと同じ範囲であった。
【0068】
この表面に対して、比較例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、比較例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを測定した。比較例7の突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaは、実施例5のものと同じ範囲であった。
【0069】
<実機試験>
実施例4、5および比較例6、7に係るピストンを用いて、実機試験を行った。具体的には、排気量約660cc、シリンダボア径94mm、ストローク95mmであり、エンジンオイルに0W−20を使用し、油水温を80℃±1℃に設定した。次に、回転数を2000rpmまで段階的に増加させるとともに、正味平均有効圧(BMEP)を変化させながら、摩擦平均有効圧力(FMEP)を測定した。これらの結果を、図5および図6に示す。図5は、実施例4、5および比較例6に係るピストンを用いたときの回転数−BMEPと、FMEPとの関係を示した図である。図6は、実施例5および比較例7に係るピストンを用いたときの回転数−BMEPと、FMEPとの関係を示した図である。
【0070】
(結果2)
図5に示すように、実施例4および実施例5の摩擦平均有効圧力(FMEP)は、比較例6のものよりも低く、特に、実施例5の摩擦平均有効圧力(FMEP)は、実施例4のものよりも低かった。また、図6に示すように、実施例5の摩擦平均有効圧力(FMEP)は、比較例7のものよりも低かった。
【0071】
このことから、実施例4および5では、実施例1に係る潤滑被膜用組成物を用いたことにより、これに二硫化モリブデン粒子を含有していたとしても、基材の表面粗さよりも大きくすることなく、潤滑被膜を形成することができたからであると考えられる。これにより、実施例4および5の潤滑被膜は油膜を形成しやすいため、実施例4および5のFMEPは、比較例6のものよりも低くなったと考えられる。
【0072】
特に、実施例5の潤滑被膜の場合には、実施例4のものよりも、その中心線平均粗さRaが小さいにも拘わらず、その突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvkは大きい。これにより、実施例5の場合には、実施例4のものよりも、より厚い油膜が形成されやすく、実施例5のFMEPは、実施例4のものよりも低くなったと考えられる。しかしながら、比較例7の場合には、比較例1に係る潤滑被膜用組成物を用いたので、基材の表面状態に依存し難く、比較例7のFMEPは、実施例5のものよりも大きくなったと考えられる。
【0073】
さらに、実機試験後のスカート部の潤滑被膜の表面粗さを複数測定したところ、実施例4に係る潤滑被膜の表面粗さ(たとえばRa2.1μm)は、比較例6のもの(たとえばRa2.3μm)よりも小さかった。同様に、実施例5に係る潤滑被膜の表面粗さ(たとえばRa0.72μm)は、比較例7のもの(たとえばRa1.01μm)よりも小さかった。これらの表面粗さの関係は、実機試験前の関係と同じ関係にあった。この結果と、上述したFMEPの結果から、実施例4および5に係る摺動部材は、比較例6および7のものに比べて初期馴染み性がより高いと考えられる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲および明細書に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【符号の説明】
【0075】
1:摺動部材、1a:摺動面、10:基材、10b:基材の表面、20:潤滑被膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7