【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例を説明する。
【0041】
〔実施例1〕
摺動部材の基材として、15.7mm×6.5mm×10.1mm、表面粗さRz0.8μm(Ra0.2μm相当)のアルニウム合金鋳物(JIS規格:AC8B)を準備し、この基材の表面を、アルカリ脱脂した。
【0042】
次に固体潤滑剤として平均粒子径2μmの二硫化モリブデン粒子と、これを結合する樹脂として、有機溶媒としてNMPに溶解したポリアミドイミド樹脂(PAI)と、を準備し、表1に示すように、二硫化モリブデン粒子が50質量%、ポリアミドイミド樹脂が50質量%(有機溶媒を除いた樹脂の質量%)となるように配合し、これらを混合し、潤滑被膜用組成物を作製した。次に、80℃×30分の条件で基材を予備加熱し、潤滑被膜用組成物を基材の表面にコーティングし、180℃×90分の条件でこれを加熱し、基材上に膜厚が13μmの潤滑被膜を成膜した。
【0043】
ここで、二硫化モリブデン粒子の平均粒子径の測定は、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(日機装(株)製Microtrac MT300)を用いて、PIDS(偏光散乱強度差計測)による測定方法で測定した。平均粒子径は、NMPを用いて測定した、二硫化モリブデン粒子の体積累積平均粒子径D
50である。また、二硫化モリブデン粒子およびポリアミドイミド樹脂の割合(質量%)は、秤量して測定した。
【0044】
〔実施例2〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が60質量%、ポリアミドイミド樹脂が40質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0045】
〔実施例3〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が70質量%、ポリアミドイミド樹脂が30質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0046】
〔比較例1〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように、ポリアミドイミド樹脂70質量%に対して、固体潤滑剤として、平均粒子径7μmの二硫化モリブデン粒子が20質量%、平均粒子径2.5μmのグラファイト粒子が7質量%、平均粒子径4μmのポリテトラフルオロエチレン粒子が(PTFE)3質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0047】
〔比較例2〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が40質量%、ポリアミドイミド樹脂が60質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0048】
〔比較例3〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように二硫化モリブデン粒子が80質量%、ポリアミドイミド樹脂が20質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0049】
〔比較例4〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように比較例1で用いたグラファイト粒子が50質量%、ポリアミドイミド樹脂が50質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0050】
〔比較例5〕
実施例1と同じように摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように比較例1で用いたPTFE粒子が50質量%、ポリアミドイミド樹脂が50質量%となるように配合し、潤滑被膜用組成物を作製した点である。
【0051】
<潤滑被膜の表面粗さの測定>
実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の表面粗さ(中心線平均粗さRa)を測定した。中心線平均粗さRaは、JIS B0601−1994に準拠して測定した値である。この結果を表1および
図2に示す。
図2は、実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の表面粗さを示した図である。なお、
図2に示す破線は、基材の表面粗さである。
【0052】
<初期馴染み試験>
図3に示すように、上に示す実施例1〜3および比較例1〜5の摺動部材に相当するブロック試験片51、リング試験片52、および潤滑油53を組合せて、摩擦摩耗試験(ブロックオンリング試験:LFW−1試験、FALEX社製)を行った。
【0053】
具体的には、リング試験片52として、ねずみ鋳鉄(JIS規格:FC250)からなる外径35mm、幅8.8mm、表面粗さRz0.8μmの試験片を準備した。リング試験片の一部が潤滑油53に浸かるように、油浴槽54に潤滑油53をはり、油温を80℃に保持した状態でリング試験片52を周速0.11m/sで回転させて、リング試験片52の表面に油膜を形成させ、リング試験片52の外周面にブロック試験片51を接触させて荷重22.5Nを負荷しながら、5分間の連続試験を行った。
【0054】
試験終了後のブロック試験片51である摺動部材の潤滑被膜の摩耗深さを測定し、これを摩耗量とした。なお、潤滑油には、ベース油(SAE粘度グレード0W−20の市販エンジン油)を用いた。この結果を表1、
図4に示す。
図4は、実施例1〜3および比較例1〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の摩耗量を示した図である。なお、
図4に示す破線は、発明者らの経験から初期馴染み性が良好となる摩耗量の下限値である。
【0055】
【表1】
【0056】
(結果1)
図2および表1に示すように、実施例1〜3に係る潤滑被膜用組成物から成膜された潤滑被膜の表面粗さは、比較例1、3、4および5のものに比べて小さかった。
【0057】
すなわち、比較例1、3、4および5に係る潤滑被膜用組成物で潤滑被膜を成膜した場合には、潤滑被膜の表面粗さが粗くなる。これは、比較例1、4および5の場合には、潤滑被膜用組成物に含有する固体潤滑剤の平均粒子径が、実施例1〜3のものに比べて大きいからであると考えられる。一方、比較例3の場合には、潤滑被膜用組成物に含有する固体潤滑剤(二硫化モリブデン粒子)の含有量が、実施例1〜3のものに比べて多いことが起因している。
【0058】
一方、
図4および表1に示すように、実施例1〜3、比較例3〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の摩耗量は、比較例1および2のものよりも多い。これは、実施例1〜3、比較例3〜5に係る摺動部材の潤滑被膜の二硫化モリブデン粒子の量が、比較例1および2のものよりも多いことが起因していると考えられる。ただし、比較例3〜5の潤滑被膜の表面粗さは、実施例1〜3のものよりも表面粗さが大きいため、その油膜形成能が低い。したがって、実施例1〜3に係る摺動部材の潤滑被膜は、比較例1〜5のものに比べて油膜形成能が高く、かつ、初期馴染み性が良いと言える。
【0059】
以上のことから、潤滑被膜用組成物に、二硫化モリブデン粒子を50〜70質量%含有するとともに、その平均粒子径が0.1〜3.0μmの範囲にあれば、潤滑被膜は、基材の表面粗さに応じた表面粗さとなり(平滑性を有し)、初期馴染み性も良好であると考えられる。
【0060】
〔実施例4〕
摺動部材として、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して、切削加工を行った。これにより、スカート部の表面に複数の条痕が形成された。次にスカート部の表面の複数の箇所で、JIS B 0610−2001に準拠して突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvkを測定し、上述した方法で中心線平均粗さRaを測定した。この結果、突出谷部深さRvkの最大値は1.0μm、最小値は0.2μmであり(突出谷部深さRvk:0.2〜1.0μm)、中心線平均粗さRaの最大値は4.8μm、最小値は2.5μmであった(中心線平均粗さRa:2.5〜4.8μm)。
【0061】
この表面に対して、実施例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、実施例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを上述した方法と同様の方法で測定した。この結果、突出谷部深さRvkは0.2〜1.0μm、中心線平均粗さRaは2.5〜4.8μmの範囲にあった。
【0062】
〔実施例5〕
実施例4と同じ、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して表面処理を行った。具体的には、基材のよりも硬質の硬質粒子(具体的には平均粒子径50μmの鉄系の材質からなるショット)を用いて、ショットピーニングでスカート部の表面に複数のディンプルを形成した。
【0063】
次にスカート部の表面の複数の箇所で、突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvkおよび中心線平均粗さRaを測定した。この結果、突出谷部深さRvkの最大値は2.0μm、最小値は1.5μmであり(突出谷部深さRvk:1.5〜2.0μm)、中心線平均粗さRaの最大値は2.0μm、最小値は1.5μmであった(中心線平均粗さRa:1.5〜2.0μm)。
【0064】
この表面に対して、実施例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、実施例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを上述した方法と同様の方法で測定した。この結果、突出谷部深さRvkは0.4〜1.0μm、中心線平均粗さRaは0.4〜1.0μmの範囲にあった。
【0065】
〔比較例6〕
実施例4と同じ、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して、実施例4と同じように切削加工を行った。これにより、スカート部の表面に、複数の条痕が形成された。なお、スカート部の表面の突出谷部深さRvk、中心線平均粗さRaは、実施例4のものと同じ範囲であった。
【0066】
この表面に対して、比較例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、比較例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを測定した。比較例6の突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaは、実施例4のものと同じ範囲であった。
【0067】
〔比較例7〕
実施例5と同じ、AC8系のアルニウム合金鋳物からなる内燃機関のピストン(基材)を準備し、ピストンのスカート部の表面に対して、ショットピーニングでスカート部の表面に複数のディンプルを形成した。スカート部の表面の突出谷部深さRvk、中心線平均粗さRaは、実施例5のものと同じ範囲であった。
【0068】
この表面に対して、比較例1と同じ潤滑被膜用組成物を用いて、比較例1と同じ条件で、潤滑被膜を成膜した。成膜後の潤滑被膜の表面(摺動面)の複数の箇所において、突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaを測定した。比較例7の突出谷部深さRvkと中心線平均粗さRaは、実施例5のものと同じ範囲であった。
【0069】
<実機試験>
実施例4、5および比較例6、7に係るピストンを用いて、実機試験を行った。具体的には、排気量約660cc、シリンダボア径94mm、ストローク95mmであり、エンジンオイルに0W−20を使用し、油水温を80℃±1℃に設定した。次に、回転数を2000rpmまで段階的に増加させるとともに、正味平均有効圧(BMEP)を変化させながら、摩擦平均有効圧力(FMEP)を測定した。これらの結果を、
図5および
図6に示す。
図5は、実施例4、5および比較例6に係るピストンを用いたときの回転数−BMEPと、FMEPとの関係を示した図である。
図6は、実施例5および比較例7に係るピストンを用いたときの回転数−BMEPと、FMEPとの関係を示した図である。
【0070】
(結果2)
図5に示すように、実施例4および実施例5の摩擦平均有効圧力(FMEP)は、比較例6のものよりも低く、特に、実施例5の摩擦平均有効圧力(FMEP)は、実施例4のものよりも低かった。また、
図6に示すように、実施例5の摩擦平均有効圧力(FMEP)は、比較例7のものよりも低かった。
【0071】
このことから、実施例4および5では、実施例1に係る潤滑被膜用組成物を用いたことにより、これに二硫化モリブデン粒子を含有していたとしても、基材の表面粗さよりも大きくすることなく、潤滑被膜を形成することができたからであると考えられる。これにより、実施例4および5の潤滑被膜は油膜を形成しやすいため、実施例4および5のFMEPは、比較例6のものよりも低くなったと考えられる。
【0072】
特に、実施例5の潤滑被膜の場合には、実施例4のものよりも、その中心線平均粗さRaが小さいにも拘わらず、その突出谷部深さ(油溜り深さ)Rvkは大きい。これにより、実施例5の場合には、実施例4のものよりも、より厚い油膜が形成されやすく、実施例5のFMEPは、実施例4のものよりも低くなったと考えられる。しかしながら、比較例7の場合には、比較例1に係る潤滑被膜用組成物を用いたので、基材の表面状態に依存し難く、比較例7のFMEPは、実施例5のものよりも大きくなったと考えられる。
【0073】
さらに、実機試験後のスカート部の潤滑被膜の表面粗さを複数測定したところ、実施例4に係る潤滑被膜の表面粗さ(たとえばRa2.1μm)は、比較例6のもの(たとえばRa2.3μm)よりも小さかった。同様に、実施例5に係る潤滑被膜の表面粗さ(たとえばRa0.72μm)は、比較例7のもの(たとえばRa1.01μm)よりも小さかった。これらの表面粗さの関係は、実機試験前の関係と同じ関係にあった。この結果と、上述したFMEPの結果から、実施例4および5に係る摺動部材は、比較例6および7のものに比べて初期馴染み性がより高いと考えられる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲および明細書に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。