特許第6134793号(P6134793)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6134793神経組織を修復するためのキトサンハイドロゲル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6134793
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】神経組織を修復するためのキトサンハイドロゲル
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/20 20060101AFI20170515BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20170515BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20170515BHJP
【FI】
   A61L27/20
   A61L27/38 111
   A61L27/36 311
【請求項の数】11
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-522153(P2015-522153)
(86)(22)【出願日】2013年7月16日
(65)【公表番号】特表2015-526417(P2015-526417A)
(43)【公表日】2015年9月10日
(86)【国際出願番号】FR2013051710
(87)【国際公開番号】WO2014013188
(87)【国際公開日】20140123
【審査請求日】2016年7月6日
(31)【優先権主張番号】1257006
(32)【優先日】2012年7月19日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】508019311
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ クロード ベルナール リヨン 1
(73)【特許権者】
【識別番号】506179310
【氏名又は名称】アンスティテュ ナシオナル デ スヤンス アプリケ ドゥ リヨン
(73)【特許権者】
【識別番号】515015067
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ ジャン モネ, サン テティエンヌ
(73)【特許権者】
【識別番号】305023584
【氏名又は名称】サントル・ナシオナル・ド・ラ・ルシェルシュ・シアンティフィック
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(73)【特許権者】
【識別番号】500248467
【氏名又は名称】アンスティテュ ナシオナル ドゥ ラ サントゥ エ ドゥ ラ ルシェルシェ メディカル(イーエヌエスエーエールエム)
(73)【特許権者】
【識別番号】509230768
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ ピエール エ マリー キュリー (パリ 6)
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ノシア, ファティア
(72)【発明者】
【氏名】ソアレス, シルビア
(72)【発明者】
【氏名】ダヴィッド, ローラン
(72)【発明者】
【氏名】モントンボー, アレクサンドラ
【審査官】 澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2010/0178345(US,A1)
【文献】 CHO YOUNGNAM,CHITOSAN NANOPARTICLE-BASED NEURONAL MEMBRANE SEALING AND NEUROPROTECTION 以下備考,JOURNAL OF BIOLOGICAL ENGINEERING,2010年,V4 N2,P1-11,FOLLOWING ACROLEIN-INDUCED CELL INJURY
【文献】 YING YUAN,THE INTERACTION OF SCHWANN CELLS WITH CHITOSAN MEMBRANES AND FIBERS IN VITRO,BIOMATERIALS,2004年,V25,P4273-4278
【文献】 Journal of Biomedical Materials Research Part A,2009年,89(4),p.1118-1124
【文献】 Biotechnology Advances,2008年,26,p.1-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/33−31/80,
A61L15/00−31/18,
A61P 1/00−43/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
数分布から得られるメジアン径d50が1〜500μmのキトサンのハイドロゲル微粒子であって、
前記キトサンはアセチル化度が20%以下であり、かつそのハイドロゲル中での濃度が、ハイドロゲルの総重量を基準として0.25〜5重量%であり、
前記ハイドロゲル微粒子は、ニューロンの再生及び/又は神経系、有利には中枢神経系、の修復のため、及び/又はニューロン又は神経細胞の前駆体の分枝化のため、及び/又は神経変性疾患の治療、及び/又は虚血性結合、及び/又は麻痺の治療のために使用される
キトサンのハイドロゲル微粒子。
【請求項2】
修復、再生、又は麻痺の治療を神経系の外傷性損傷、特に脊髄の外傷性損傷の後に行うことを特徴とする、
請求項1に記載の微粒子。
【請求項3】
数分布から得られるメジアン径d50は5〜300μmであることを特徴とする、
請求項1又は2に記載の微粒子。
【請求項4】
キトサンのアセチル化度は5%未満であることを特徴とする、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の微粒子。
【請求項5】
前記ハイドロゲル中の前記キトサンの濃度は、ハイドルゲルの総重量を基準として4重量%未満であることを特徴とする、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の微粒子。
【請求項6】
前記ハイドロゲルはキトサンの物理ハイドロゲルであることを特徴とする、
請求項1〜5のいずれか1項に記載の微粒子。
【請求項7】
水性懸濁液として存在し、有利には、22℃において、せん断速度0.001s−1に対して連続モードで測定した粘度が1000Pa・s超の水性懸濁液として存在することを特徴とする、
請求項1〜6のいずれか1項に記載の微粒子。
【請求項8】
前記懸濁液は、注射可能、又は外科手術により移植可能であることを特徴とする、
請求項7に記載の微粒子。
【請求項9】
シュワン細胞及び/又は幹細胞及び/又は栄養因子と共に混合されていることを特徴とする、
請求項7又は8に記載の微粒子。
【請求項10】
アルツハイマー病、パーキンソン病、又は多発性硬化症の治療用であることを特徴とする、
請求項1〜9のいずれか1項に記載の微粒子。
【請求項11】
請求項9に記載の微粒子の水性懸濁液を含有する移植組織。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリア性瘢痕を経る軸索再生の一般的な分野に関し、特に脊髄の外傷性の損傷などの、中枢神経系(CNS)又は末梢神経系(PNS)の外傷によって起こるグリア性瘢痕を経る軸索再生の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄(SC)が外傷性の損傷を受けると麻痺、感覚消失、及び慢性疼痛などが生じる。ヒトの症例の大多数では、(実験モデルにおける齧歯動物の場合と同様に)これらの損傷は、脳と、脳以外の体の部分との間の神経接合部の断裂によって表れ、その後損傷部位から徐々に神経変性が起こり、グリア性瘢痕によって囲まれた空洞が形成される。それら全体が軸索を再生するための物理的障壁にも化学的障壁にもなる。化学的障壁は、非神経細胞による抑制分子(サイトカイン、化学忌避物質分子の細胞外マトリックス(ECM))のプロテオグリカン(すなわち、CSPG(コンドロイチン硫酸プロテオグリカン))の大量生成によるものである。他の抑制分子はミエリン由来である(ミエリン由来タンパク質Nogo−A、MAG(ミエリン結合糖タンパク質)、及びOmgp(オリゴデンドロサイトミエリン糖タンパク質))。それらはECM中で曝露され、その後軸索からの脱髄がおこる。残念ながら栄養因子の供給量は少ない。したがって、損傷した神経回路網の修復は阻害される。
【0003】
これらの抑制効果に加え、軸索の生存と再生を助長する栄養因子の生物学的利用能は極めて限定的である。比較として、末梢神経系は、外傷性の損傷を受けた後でもマクロファージの迅速な炎症性反応とシュワン細胞(PNSの髄鞘を形成する細胞)の作用によって細胞破壊片とミエリンの迅速な除去が助長されることにより、末梢神経系の修復や軸索再生がなされる。しかしながら、重症の場合には、適切な末梢の目標に向かって繊維を誘導することが難しいことから、完全な再生が制限されることもある。
【0004】
しかし、哺乳動物のCNSは高い神経可塑性を備えている。したがって、脊髄が部分的に損傷を受けた後でも、影響を受けなかった軸索は再配列され、本質的に側枝伸展部の成長(「神経発芽(sprouting)」ともいう)に関わる、機能の回復に関与することがある。このように観察されたことは、それ以降、損傷を受けた神経系を修復するための治療的戦略が発展するきっかけとなった(非特許文献1)。
【0005】
グリア性瘢痕に含まれるタンパク質の抑制作用に対抗して軸索再生を刺激するための多くの実験モデルが開発されてきた。
・ニューロン、Nogo−Aにおいて同じ受容体を共有するミエリンの特定の成分(Nogo、MAG、及びOmgp)の抑制作用に拮抗させるためのIN1抗体の注射
・軸索成長の阻害因子でもあるプロテオグリカンCSPGの、細胞外マトリックスでの特定の酵素(ChABC、ABC型のコンドロイチナーゼ)による分解
・軸索の成長にとって好ましい接着分子の作用を模倣するペプチドの注射。これは脳内で接着分子のNCAM(神経細胞接着分子)と関係があるオリゴ糖のPSA(ポリシアル酸)の機能を模倣するペプチドの場合である。成長時のNCAMはPSAに富み、繊維束の成長及び結束のために原始的な役割を果たす。
・グリア反応、特にアストロサイトのグリア反応を減少させるための遺伝子工学
・生存率を高め、さらに軸索再生を助長するための神経栄養因子(BDNF(脳由来の神経栄養因子)、NT3(Neutrophin 3))、又はニューロン上で栄養作用を有する細胞の供給
・胚ニューロン、幹細胞、シュワン細胞(末梢神経系の髄鞘形成細胞)の移植による損傷した組織の置換、又はさらに軸索を誘導し、必要であれば軸索の髄鞘形成を行うための嗅神経鞘細胞の移植による損傷した組織の置換
【0006】
外傷を受けた脊髄(SC)を修復するための実験モデルの大多数においては、再生した軸索は極小数であり、損傷部位全体をなんとか横断しているものは非常に少数である。以下の排除すべき2つの大きな障害がある。
(i)効率的な軸索再生のための時間窓を制御する必要があること。人は損傷を受けた後できる限り早く行動する必要がある。
(ii)許容環境だけでなく軸索再生の誘導に寄与する空間的構成をもたらすよう、損傷部位の空間的構成を考慮する必要があること。
【0007】
軸索の成長のための物理的かつ機械的サポートを生じさせるため、及び/又は細胞外マトリックスの生物学的作用を模倣するために、生体活性があり、かつ生分解性の、天然又は合成の高分子材料もまた用いられてきた。細胞外マトリックスの主要成分であって、ハイドロゲル状のコラーゲンは、最も多く使用されている材料である。しかしながら、それをPNS内に移植するとより良好な軸索再生が起こるものの、CNSレベルにおいては、移植と栄養因子の供給との組み合わせだけでは、部分的にしか機能が改善しない。さらに、用いられるポリマーインプラント(高分子体の移植組織)は、一般的に軸索再生を誘導できるような形状(例えば、橋状の管型移植組織)を有していなければならない。
【0008】
キトサンは、生体活性があり、かつ生分解性のポリマーであって、特にその生体適合性、生体再吸収性、及び治癒力から当該分野で知られている。その性質は、とりわけ内科や外科で利用されている。
【0009】
キトサンは天然由来のポリマーであって、キチンの脱アセチル化によって得られる。キチンは高分子量を有する生体高分子であって、無毒で生分解性であり、セルロースと共に、自然界で最も広範に存在する多糖である。キチンは直鎖からなり、その構造は、β(1→4)結合を通じて結合しているグルコサミン(GLcN)とN−アセチルグルコサミン(GLcNAc)の繰り返し単位を含んでいる。甲殻類の殻から、及び/又はイカの内骨格からのキチンの抽出は、主に化学的手段によって行われ、次に熱濃ソーダ中でキチンを脱アセチル化して変換することによりキトサンが得られる。ヒトの組織に対する生体適合性とその治癒能力により、キトサンはゲル、粉体、又はフィルムなどの、種々の物理的形状で、種々の製品、例えば包帯、絆創膏、人工皮膚、角膜バンデージ、治癒のあと自然に再吸収される手術用縫合糸などでその有効性が実証されている。それ以外にも骨の修復や軟骨の修復(非特許文献2)において、口腔外科において、移植組織において、又は歯肉の治癒、忍容性が良好なコンタクトレンズにおいてもその有効性が認められている。
【0010】
キトサンは、ラットの脊柱内の脊椎下へ移植する、脊椎内移植組織としても用いられている(非特許文献3)。しかしながら、使用したその移植組織は形状が無孔シートであり、行われた試験は、この生体高分子は生体適合性があり、脊髄の修復において長期間適用するために使用できることを示すためのものであった。したがってこの文献は無孔シート状のキトサンを使用した場合の軸索再生については何ら述べていない。さらに、使用したキトサンの形状を考慮するとそのような再生が起こらない可能性は高いように思われる。
【0011】
Karin S.Straleyらのレビュー記事(非特許文献4)においては、キトサン足場を、生きた神経、神経幹細胞、及び神経前駆細胞の移植片をラットの脊柱内に移植するのに使用し、それによって軸索再生が促進されたことが示されている。しかしながら、このような用途においては、キトサンが単独で使用されることは決してなく、常にブロック状で使用される。さらに、キトサンはコラーゲン、ポリ−α−ヒドロキシ酸、ヒアルロン酸、及びフィブリンなどの他の多くの生体材料の中で言及されているもので、これらの他の材料と較べてキトサンに特に注目したものではない。
【0012】
一般的に、脊髄又は末梢神経に対する治療上の戦略を開発する上で使用されるハイドロゲルは、シュワン細胞のように、軸索再生に好適な細胞を取り込んで封鎖する支持体(サポート)として、基本的に直径の大きな管として設計されてきた。さらに、これらの検討のうち幾つかにおいては、キトサンが、ゼラチン、コラーゲン、ポリ−D−リシン、又はさらにアガロースなどのタンパク質や多糖と混合して用いられてきた。この混合物中ではキトサンは最も濃度が低い(非特許文献5、6、7、8及び9)。
【0013】
Youngnam Choらの非特許文献10には、ナノ粒子を用いることが記載されている。その粒子はキトサンと、デキストラン硫酸又はトリポリ燐酸ナトリウムから形成される複合体の粒子(その中にヒドララジンが含まれている、又は含まれていない、のいずれか)であって、神経保護作用の生体外(in vitro)モデルにおいてそれを使用し、評価を行っている。この非特許文型に記載の粒子径(250〜300nm)を考慮すると、その粒子は生体外(in vitro)で培養された細胞内に取り込まれていることが実証されている(図9に示す)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Nothias F(2011) Stimulating axon regrowth, in “Regeneration nerveuse, des cellules souches aux interfaces cerveau−machine”,(nerve regeneration, stem cells at the brain−machine interfaces) special issue magazine, BIOFUTUR VOL 30/322 JUNE 2011,pp.36−40
【非特許文献2】Montembaultら、Biochimie,88,2006,pages 551−564
【非特許文献3】Kim Howardら、Journal of Biomedical Materials Research, 15 June 2011,Vol.97A,no.4,pages395−404
【非特許文献4】Karin S. Straleyら、J Neurotrauma. 2010 January; 27(1):1−19 doi:10.1089/neu.2009.0948
【非特許文献5】Zuidemaら、2011, Acta Biomateriala 7:1634−1643
【非特許文献6】Karinら、2010,journal of Neurotrauma,27:1−19
【非特許文献7】Annabiら、Tissue Eng Part B Rev. 2010,16:371−383
【非特許文献8】review of Yang T−L,2011,Int.J.Mol.Sci,12,1936−1963
【非特許文献9】Pfister LAら、2007,J Biomed Mater Res A.80:932−7
【非特許文献10】Youngnam Choら、in Biological engineering 2010 4,2, entitled ≪chitosan nanoparticle−based neuronal membrane sealing and neuroprotection following acrolein−induced cell injury”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
驚くべきことに、本発明者らは、キトサンハイドロゲルの微粒子は、軸索再生における移植組織として首尾よく使用することができることを見出した。但しこの場合キトサンは低アセチル化度のものである。また、管状などの、軸索を誘導するための形状を移植組織が有している必要はない。実際、微粒子を基材とする移植組織は解放された多孔質の形状を有し、ブロック状のものにより得られる結果と比較してより有効である。ラットから得られた結果によると、これらのハイドロゲル微粒子は、損傷部位を長い距離(3〜4mm以上)に渡って横断することから、特に脊髄損傷の修復に首尾よく使用することができる。本発明者らは、キトサンを導入するとアストロサイトの反応が、形態学的反応と分子的反応の両方で減少することを見出した。実際に、これらの細胞は、神経組織の一部ではない成分が導入されると迅速に反応し、アストロサイトはその伸長部で障壁を形成し、損傷を受けた組織と健康な組織との間に境界を作ることが知られている。さらに分子が分泌され、その大部分は軸索成長を抑制する(例えばCSPG)。さらに本発明者らは、アストロサイトも移植組織を通じて移動することができ、損傷の境界においてその伸長部が再生する軸索と結合するという、神経系の成長の間に起こるものとして説明される現象が生じることを見出した。アストロサイト及び軸索に対するこのような作用は、以前に使用した実験モデルにおいては全く実証されていなかった。このモデルで得られた軸索の数は損傷全体に浸潤するには不十分で、その数は損傷全体の約10%であった。本発明者らは、キトサンが付着性だけでなく誘引性をも有していることを見出した。本発明者らは、軸索の収縮が大幅に減少することに着目し、その事実から損傷を経て再生する多くの繊維を説明する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
よって本発明は、数分布でのメジアン径d50が1〜500μmのキトサンのハイドロゲル微粒子に関する。上記キトサンはアセチル化度が20%以下であり、かつそのハイドロゲル中での濃度が、ハイドロゲルの総重量を基準として0.25〜5重量%である。上記ハイドロゲル微粒子は、ニューロンの再生及び/又は神経系(中枢神経系又は末梢神経系のいずれか)、有利には中枢神経系(特に脊髄)、の修復のため、及び/又はニューロンの分枝化のため、及び/又は神経変性疾患(アルツハイマー病又はパーキンソン病など)の治療、及び/又は麻痺の治療のために使用されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】脊髄内での外傷性の損傷の図を示したものである。
図2】二重免疫蛍光法(double immunofluorescence)による成体ラットの脊髄の断面の写真を示したものである。図はそれぞれ、半側切断後1週(1w、左側と真ん中の図)及び3週(右側の図、3w)、及び実施例1の本発明の微粒子を移植したもの(+キトサン、真ん中と右の図)、又は移植していないもの(左端の図)である。
図3】成体ラットの脊髄の断面の写真である。この写真は、半側切断し、高いアセチル化度(35%)を有するキトサン物理ハイドロゲル微粒子を外傷性の損傷部位に移植してから4週間後のものである。左側の写真はマクロファージの抗ED1抗体を用いた二重標識化を含んでおり、右側の写真はラミニンの免疫標識を含む。
図4】成体ラットの脊髄の断面写真であり、半側切断し、低アセチル化度(3%)のキトサン物理ハイドロゲルブロックを外傷性の損傷部位に移植した後4週間後のものである。左側の写真はアストロサイトの抗GFAP抗体を用いた免疫標識を含み、右側の写真は抗神経フィラメント抗体を用いた軸索の免疫標識を含んでいる。
図5】本発明の、実施例1による微粒子(13,000rpmで3分間遠心分離することにより得られたもの)の懸濁液について、せん断速度(単位:s−1)に対する粘度(単位:Pa・s)の経時変化曲線を示したものである。
図6】1番目の列が比較例3のキトサン物理ハイドロゲル微粒子の分散物を位相差顕微鏡で観察したものであり、2番目の列は実施例1で作成した例による分散物を位相差顕微鏡で観察したものである。
図7図6−Eの、本発明のキトサン微粒子を移植した後の、損傷における経時変化を示す成体ラットの脊髄断面図の写真であって、損傷し移植してから4週間後の写真である。
図8図6−Eの、本発明のキトサン微粒子を移植した後の、移植組織中での経時変化を示す成体ラットの脊髄断面図の写真である。移植組織内でコロニーを形成した細胞の中で、再生中の軸索を有髄化し、かつ神経インパルスを再構成することができる細胞である、希突起膠細胞(矢印)を図中に特に示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
有利には、上記修復、又は上記再生、又は麻痺の治療を、損傷の後、特に神経系の外傷性損傷(中枢神経又は末梢神経のいずれか。例えば末梢神経の重大な損傷など)、又はより有利には中枢神経系、特に脳、又は好ましくは脊髄の外傷性損傷の後に行う。
【0019】
実際に、上記微粒子は、損傷、特に外傷性の損傷に対しこの損傷を塞ぐために移植されるか、又は軸索の再生もしくは修復もしくは分枝が起こる場所に移植される。したがって上記微粒子は注射で移植されるのが有利であり、外科手術によって移植されるのがより有利である。
【0020】
上記治療は、神経変性の損傷の場合のような外傷性損傷の後の治療としては行われないかもしれない。これらの神経変性の損傷は物理的衝撃によるものではない。神経変性の損傷は特定の部位においてニューロンの欠乏を引き起こす。その時他の領域から出ている軸索は目的となる細胞がなく、そのためその役割を果たすことができない。一方、本発明の微粒子を損傷部位に移植すると、他の無傷のニューロンに向かう軸索の再生を刺激するのに好適な環境を生むことができる。また一方では、関連の入力情報の欠損を経験している、損傷した領域に最初に結合したニューロンでは、粒子の移植によって、近接する軸索の側枝部の再生を刺激することもできる。
【0021】
本発明の範囲内で使用されるキトサンは、アルカリ媒体中でキチンを脱アセチル化することによって得ることができる(Robert GAF Chitin Chemistry,Macmillan Press Ltd Ed.,London,1992)。キチンは節足動物の外骨格(A.Domard and G. Chaussard;New Approach in the Study of the Production of Chitosan from Squid Pens: Kinetics, Thermodynamic and Structural Aspects. In Adv. Chitin Sc. 5, 1−5. 2002; K. Kurita et al.;Squid Chitin as a Potential Alternative Chitin Source: Deacetylation Behaviour and Characteristic Properties. J. Polym. Sci. Part A 31,485−491.1993)や、頭足動物の内骨格(H.−M.Cauchie;An Attempt to Estimate Crustacean Chitin Production in the Hydrosphere. In Adv.Chitin Sci.2,32−39.1997)、さらに特定の真菌又は藻類の細胞壁の構造を形成するポリマーである。したがって、アセチル化度が0%の場合を除き、キトサンは2つの単量体、2−アセトアミド−2−デオキシ−D−グルコピラノース、及び2−アミノ−2−デオキシ−D−グルコピラノースの共重合体であって、グリコシド結合β(1→4)を介して結合した構造である。特に、上記キトサンは、例えばMahtani Chitosan社からイカ又はエビのキチンの脱アセチル化によって製造されたものが市販されている。
【0022】
本発明の範囲において使用することができるキトサンは、アセチル化度が20%以下、すなわち0〜20%である。実際に、アセチル化度がより大きいものを用いた場合、そのようなキトサンでは軸索再生が起こらず、さらに重大な炎症反応を引き起こすことを本発明者らは確認した。有利には、本発明の範囲内において使用できるキトサンは、アセチル化度が0〜10%、有利には5%未満、より有利には1〜4%、特に約3%である。アセチル化度はキトサンの生体再吸収性にも影響を与え、キトサンが生命体内に移植された場合、キトサンはその生命体、特に人体の内部で分解されて、最終的に消失する。その分解物はその生命体によって代謝され、排泄される。実際に、アセチル化度が高ければ高いほど、生物分解及び生体再吸収の速度は大きくなる。したがって、アセチル化度は、目的とする用途に応じて選択される。本発明の範囲内において、キトサンのアセチル化度はプロトンNMR技術を用いて、Hiraiの方法論に従って測定される(Asako Hirai, Hisashi Odani,Akio Nakajima, Polymer Bulletin(1991) Volume:26,Issue:1,Publisher:Springer,Pages:87−94)。
【0023】
ある具体的な実施形態においては、キトサンのモル質量は180,000g/mol超であり、有利には200,000g/mol超であり、有利には300,000g/mol超であり、より有利には1,000,000g/mol未満であり、さらにより有利には600,000g/mol未満であり、特に約450,000g/molである。本発明者らは、驚くべきことに、モル質量が高いとキトサン中でそれほど濃縮されていないハイドロゲルが得られる可能性があり、炎症反応が制限されて、ハイドロゲルの生体再吸収を促進することを見出した。
【0024】
本発明では、ハイドロゲルとは80質量%以上の水、好ましくは90質量%以上の水、より好ましくは95質量%以上の水を含む粘弾性の塊状物(複素せん断弾性率G=G’+jG’’が1オーダー超の周波数範囲に渡ってG’>10G’’である)を意味する。ハイドロゲルには2つの種類がある。1つは化学ハイドロゲル(chemical hydrogels)であり、もう1つは物理ハイドロゲル(physical hydrogels)である。分子鎖間架橋による相互作用のあるハイドロゲルは物理ハイドロゲルと呼ばれ、それに対し特に水素結合及び/又は疎水性相互作用があるものはいわゆる化学ハイドロゲルと呼ばれる。化学ハイドロゲルでは分子鎖間相互作用は共有結合型である。
【0025】
本発明の範囲において、上記ハイドロゲル中のキトサンの濃度は、ハイドロゲルの総重量を基準として0.25〜5重量%、有利にはハイドロゲルの総重量を基準として4重量%未満、有利にはハイドロゲルの総重量を基準として0.5重量%超、特にハイドロゲルの総重量を基準として1〜3重量%、より好ましくはハイドロゲルの総重量を基準として約2.5重量%である。本発明者らは、キトサンの溶液の濃度が0.25重量%未満の場合、溶液をゲル化できず、肉眼で見える大きさのハイドロゲルは得られないことを見いだした。さらに、溶液中のキトサン量が5重量%を超えると、溶解させるのが難しくなり、その溶液で得られる粘度では材料の作成が困難であった。
【0026】
本発明の有利な実施形態においては、キトサンの物理ハイドロゲルが使用される。このタイプのハイドロゲルの有利な点は、有毒な場合もある化学的架橋剤を含んでいない点である。そのようなハイドロゲルの形成方法は、例えば以下の文献に記載されている。本明細書ではその記載を参照してもよい。A.Montembault;C. Viton and A. Domard in Rheometric study of the gelation of chitosan in a hydroalcoholic medium. Biomaterials,26(14),1633−1643,2004、及びMontembault A, Viton C, Domard A, Rheometric study of the gelation of chitosan in aqueous water without cross−linking agent, Biomacromolecules,6(2):653−662,2005.
【0027】
特に、本発明の物理ハイドロゲルは、水系、又は水−アルコール系の経路、有利には水系経路、例えば以下の順のステップを含む方法等によって得ることができる。
・精製し、凍結乾燥したキトサンと酢酸の水溶液を混合することにより、濃度が、溶液の総重量を基準として0.25重量%〜5重量%のキトサンの溶液を調製し、
・得られた溶液をアンモニアの蒸気と接触させてゲル化させ、
・得られたハイドロゲルを洗浄することにより、アンモニアと、ゲル化の間に形成された塩を除去する。水系経路の長所は、得られたハイドロゲルが人体内で迅速に生分解される点である。
【0028】
本発明の範囲内において用いることができるキトサンハイドロゲル微粒子は、メジアン径d50が1〜500μm(数分布として)、有利には5〜300μm、有利には10〜50μm、特に約20μmであることを特徴とする。微粒子のメジアン径d50は、例えばZeissブランドの位相差顕微鏡(Axiovert 200M)を、画像取り込みソフトウェアパッケージのLinkys32と共に用いて観察することによって測定することができる。ハイドロゲル微粒子の粒径分布は画像処理ソフトウェアパッケージのImageJ(http://rsbweb.nih.gov/ij/)を用いて画像処理するか、又はC.Igathinathaneら(computers and electronics in agriculture 63(2008)168−182)により説明された方法に従って得ることができる。
【0029】
所望のメジアン径d50を有するキトサン微粒子は、ハイドロゲルを粉砕することにより、特にIKAブランドのホモジナイザー、ULTRATURAXを用いて粉砕し(回転速度11,000rpmで3×10秒操作し、一連の操作の間に30秒間停止する)、満足する粒径の微粒子を、例えば遠心分離(例えばBioblock ScientificブランドのSigma 3K30型装置を用いて13,000rpmで3分間行う)によって回収することにより、得ることができる。
【0030】
上記本発明の方法は、微粒子の回収を行う前に、滅菌ステップ、特にオートクレーブを用いて、例えば121℃で20分間滅菌ステップを行うのが有利である。
【0031】
本発明の具体的な実施形態においては、本発明の上記微粒子は水性懸濁液状、有利には、せん断速度0.001s−1での粘度(22℃で連続モードで測定した値)が1000Pa・s超、有利には10,000Pa・s超、より有利には100,000Pa・s超、特に約330kPa・sの水性懸濁液状である。上記粘度は、加圧下で、レオメーター(TA InstrumentsブランドのアドバンスドレオメーターAR2000)を用いたコーンプレートレオメトリーにより測定するのが有利である。上記懸濁液状であることが好ましいのは体内移植が可能だからである。この場合、使用する移植組織は、本発明のハイドロゲル微粒子を含有する水性懸濁液を含む。上記懸濁液は、注射可能であるか又は外科手術により体内への移植が可能であるのが有利である。
【0032】
例えば、懸濁液の粘度の特性値は、モル質量が450,000g/molのキトサンを2.5%の濃度で含有するハイドロゲルを、13,000rpmで3分間遠心分離した後の値が330kPa・sである(図5)。
【0033】
したがってこの懸濁液は、神経組織を損傷させる衝撃によって軸索が切断された損傷部位に直接注射するのに充分な液体状でなければならず、また移植された場所に固定されるよう充分に濃くなければならない。この懸濁液が注射可能であることの別の長所は、硬膜(骨(脊椎骨又は頭蓋骨)の直下にある、神経組織を保護する膜)の破れを伴うとは限らない打撲の場合においても修復が可能になることである。脳の外傷の場合においては、衝撃によって深部領域が損傷することがあり、注射によってそれ以上の重大な損傷が引き起こされるのを避けることもできる。これは神経変性の損傷(すなわち必ずしも外傷性の衝撃によるものである必要はないが、ニューロンの死の結果生じるもの)にも適用が可能である。このように、上記懸濁液はむしろスラリー状のほうがよい。
【0034】
本発明の他の実施形態においては、本発明の上記微粒子は、シュワン細胞、及び/又は幹細胞、及び/又は栄養因子とともに混合される。
【0035】
この懸濁液は、上述の微粒子の作成方法によって得られる、本発明の微粒子を含有する遠心分離ペレットから水を蒸発させることによって作成することができる。有利には粘度(22℃において、せん断速度0.001s−1に対して連続モードで測定した懸濁液の粘度)が1000Pa・s超となるように作成する。
【0036】
この蒸発は、例えば遠心分離ペレット状の懸濁液をガラスプレート上に載せ、それを小さなピンセットで摘んで外科手術中に損傷部位に載せることができるような所望の硬さになるまで、室温(約20℃)で数分(例えば5〜10分)、空気中に放置して乾燥させることによって行うことができる。この方法は脊髄の外傷性損傷の場合に有効である。注射の場合には、上記ペレットは生理的液又は人工脳脊髄液中に再懸濁させてもよい。
【0037】
本発明はさらに移植組織に関する。移植組織は、上記微粒子の水性懸濁液、並びにシュワン細胞、及び/又は幹細胞、及び/又は栄養因子を含有する。移植から1、2時間後、すなわち(キトサンは付着性を有していることから)微粒子が付着するまでの時間を空けてから細胞を添加することができる。なお本発明者らは、細胞培養することによって微粒子が付着することを生体外(in vitro)で確認した。この移植組織は軟骨細胞を含んでいない方が有利である。
【0038】
この移植組織は、神経系、特に中枢神経系、有利には脊髄に使用することを目的とした移植組織であるのが有利である。したがって、損傷を引き起こした衝撃によって生じた炎症以外には、移植した位置での炎症反応は起こらない。
【0039】
本発明の微粒子の長所は、一つは細胞の付着と軸索の付着の両方に適した表面が提供されることであり、もう一つは、軸索が粒子間(懸濁液の微粒子の間)の孔を使用して損傷部位に浸潤することができることである。実際に、本発明者らは、培養したニューロンが、本明細書において生体内(in vivo)への移植用として提案したものと同じキトサン懸濁液からなる基質上で(他の軸索との間に)その神経突起を成長させることを既に検証している。成長させるには、軸索を結束して伸長力を生むようにしておく必要がある。
【0040】
上記懸濁液又は上記微粒子は、例えば国際公開第2009/044053号に記載の、例えば外傷性の損傷部位などに移植するための、移植組織を形成するためのキトサン複膜繊維などのように、複膜系に用いてもよい。
【0041】
本発明は、さらに神経系(中枢神経系又は末梢神経系)の、有利には中枢神経系(特に脊髄)の神経再生及び/又は修復の方法に関し、及び/又はニューロン又は神経細胞の前駆体(グリア細胞及びニューロン)の分枝化、及び/又は神経変性の疾患(アルツハイマー病もしくはパーキンソン病など、又はさらに多発性硬化症など)及び/又は虚血性損傷の治療、及び/又は本発明の微粒子を、治療が必要な患者の体内、特に有利には外傷性の損傷部位に移植して損傷を塞ぐか、又は軸索の成長及び修復、又は分枝が起こりそうな場所に移植するための方法に関する。有利には、上記移植は載置、注射、又は外科的手術によって行われる。
【0042】
本発明は図及び以下の実施例を考慮することによってより良く理解できるであろう。
【0043】
図1は脊髄内での外傷性の損傷の図を示したものである。この図が示すように、初期の損傷部位の周辺では、切断された軸索が遮られて再度成長することができない(その多くが時間の経過とともに収縮し退化する)。アストロサイトは移動して損傷を取り囲み、物理的及び化学的障壁を形成する。しかしながらこのとき損傷部位の内側にまでは移動しない。治癒は空洞が形成された後に起こることがしばしばある(例えばヒトやラットの体内で観察される)。
【0044】
図2は二重免疫蛍光法(double immunofluorescence)による成体ラットの脊髄の断面の写真を示したものである。図はそれぞれ、半側切断後1週(1w、左側と真ん中の図)及び3週(右側の図、3w)、及び実施例1の本発明の微粒子を移植したもの(+キトサン、真ん中と右の図)、又は移植していないもの(左端の図)である。上側の写真はニューロンの軸索が存在していることを示す、神経フィラメント(NF)の形成を示したものである。下側の写真(GFAP)は、アストロサイト(中枢神経系のグリア細胞)を示す。なお、1週の時点において、軸索の多くはホスト組織から到達したものであり、吻側(脳に向かう方向)と尾側(動物の尾へ向かう側)の両方において既に損傷部位に浸潤していた。損傷のみの断面と、損傷+キトサンの断面との間で1週時点での軸索の密度を比較する。損傷+キトサンの1週と3週の図を検討することによって、時間の経過とともに軸索の数はさらに増加し、再生の範囲は長い距離に渡ることが分かった。またグリア反応は低いままであった。
【0045】
図3は成体ラットの脊髄の断面の写真である。この写真は、半側切断し、高いアセチル化度(35%)を有するキトサン物理ハイドロゲル微粒子を外傷性の損傷部位に移植してから4週間後のものである。左側の写真はマクロファージの抗ED1抗体を用いた二重標識化を含んでおり、右側の写真はラミニンの免疫標識を含む。ラミニンは微細血管を示すため、その写真から血管新生しているかどうかが分かる。この種の移植組織は強い炎症反応を生じさせ、軸索再生に加え移植組織を通じた内皮細胞(血管由来の細胞)の移動さえも遮断する。一方アセチル化度が低いと、微粒子の移植組織内部で血管新生が認められる。
【0046】
図4は成体ラットの脊髄の断面写真であり、半側切断し、低アセチル化度(3%)のキトサン物理ハイドロゲルブロックを外傷性の損傷部位に移植した後4週間後のものである。左側の写真はアストロサイトの抗GFAP抗体を用いた免疫標識を含み、右側の写真は抗神経フィラメント抗体を用いた軸索の免疫標識を含んでいる。アストロサイトのグリア反応と炎症反応がたとえ減少したとしても、移植組織に近接した軸索はその境界で遮られていることがわかり、再度移植組織を通じて成長することはなかった。
【0047】
図5は、本発明の、実施例1による微粒子(13,000rpmで3分間遠心分離することにより得られたもの)の懸濁液について、せん断速度(単位:s−1)に対する粘度(単位:Pa・s)の経時変化曲線を示したものである。ハイドロゲルは、アセチル化度が3%のキトサンを2.5重量%含有している。粘度は、加圧下で、レオメーター(TA InstrumentsブランドのアドバンスドレオメーターAR2000)を用いたコーンプレートレオメトリーにより、22℃で、連続モードで測定した。
【0048】
図6は、1番目の列が比較例3のキトサン物理ハイドロゲル微粒子の分散物を位相差顕微鏡で観察したものであり、2番目の列は実施例1で作成した例による分散物を位相差顕微鏡で観察したものである。
【0049】
A−この写真は、移植する前の、ゲル微粒子の粒径分布を測定するためのものである。粒子の主要成分は500μmを超える大きな粒径のものであるから、d50は500μmよりも大きくなる。成体ラットの脊髄内にこの配合物を移植してから4週後に半側切断を行った(B−D)ところ、位相差顕微鏡で観察するとポリマーはかなり不透明であった。移植組織に浸潤した軸索(Bの、軸索を特異的に標識化したもの)やアストロサイト(Cの、アストロサイトを特異的に標識化したもの)は非常に少なかった。さらに、細胞核の標識化(Dの、細胞核を特異的に標識化したもの)によって、移植組織に浸潤した細胞は非常に少なく、またマイクロゲルによって占められた、コロニー化されていない領域が存在していることが示されている。
【0050】
E−この写真は、移植する前の、ゲル微粒子の粒径分布を測定するためのものである。ここでフラグメントの見かけのメジアン径は20〜50μmである。成体ラットの脊髄内にこの配合物を移植してから4週後に半側切断を行った(F−H)ところ、損傷は多くの細胞(Hの、細胞核を特異的に標識化したもの)によって浸潤されていた。その中でもアストロサイト(Gの、アストロサイト又は星形細胞を特異的に標識化したもの)については、図6−Cにおいて、キトサン微粒子と共に観察できるものとは異なり、移植組織を囲むアストロサイト反応はそれほど顕著ではなかった(G)。さらに多くの軸索(Fの、軸索を特異的に標識化したもの)は移植組織に浸潤していた。
【0051】
図7は、図6−Eの、本発明のキトサン微粒子を移植した後の、損傷における経時変化を示す成体ラットの脊髄断面図の写真であって、損傷し移植してから4週間後の写真である。A−C:移植組織中での高度に組織化された新血管新生(Aの、血管を特異的に標識化したもの)を示す三重標識化である。その際、軸索の強力な再生(Bの、軸索を特異的に標識化したもの)と細胞による広範囲な浸潤(Cの、細胞核を特異的に標識化したもの)が起こる。D−E:軸索(D)の、移植組織中に新たに形成された微細血管(E)との結合(矢印)を示す、移植組織の高倍率図である。
【0052】
図8は、図6−Eの、本発明のキトサン微粒子を移植した後の、移植組織中での経時変化を示す成体ラットの脊髄断面図の写真である。移植組織内でコロニーを形成した細胞の中で、再生中の軸索を有髄化し、かつ神経インパルスを再構成することができる細胞である、希突起膠細胞(矢印)を図中に特に示している。
【0053】
実施例1:本発明の微粒子の製造
Mahtani Chitosan社から市販されている、イカのキチン由来の、アセチル化度が3%のキトサンを、酢酸の水溶液(アミン性官能基に対して化学量論的量を加えた)に溶解させることにより、0.5重量%のキトサンを含有する溶液を得る。
3μm、1μm、及び0.45μmのフィルター上で濾過する。
ソーダ又はアンモニアを用いて、pHが14になるまで沈殿させる。
遠心分離によって沈殿物を回収する。
塩が除去されるように、洗浄液のpHが中性になるまで脱イオン水で洗浄する。
洗浄した沈殿物を凍結乾燥して乾燥品を得る。
上記沈殿物と純水(Versol(R))とから、モル質量が450,000g/molのキトサンを、溶液の総重量を基準として2.5%の濃度で含有する溶液を調製する。
直径数cmのペトリ皿の中で、アンモニアの蒸気の存在下、溶液を接触させる(72時間)ことによりゲル化させる。
ハイドロゲルを脱イオン水で洗浄してアンモニアを除去する。
その操作を繰り返して合計で7回洗浄する。
pHが中性の値を示しているか確認する。
IKAブランドのULTRATURAX装置を用いてハイドロゲルを粉砕する(回転速度11,000rpmで3×10秒間操作し、一連の操作の間に30秒間停止する)。
ハイドロゲルの微粒子を、オートクレーブ(121℃で20分間)を用いて滅菌する。
遠心分離(Bioblock ScientificブランドのSigma 3K30型装置を用いて13,000rpmで3分間行う)により、メジアン径d50が約20μmの滅菌された微粒子を回収する。
【0054】
次にこれらの微粒子を用いて最低粘度が1,000Pa・sの水性懸濁液を作成する。このために、得られた遠心分離ペレットをガラスプレート上に載せ、室温において外気により数分乾燥させる。部分的に乾燥すると粘度は330kPa・sにまで上昇する(22℃、せん断速度0.001s−1で測定(測定は、図5に示されているように、加圧下で、レオメーター(TA InstrumentsブランドのアドバンスドレオメーターAR2000)を用いたコーンプレートレオメトリーにより連続モードで測定)する。
【0055】
比較例1:アセチル化度がより高いキトサン物理ハイドロゲルの微粒子の製造
最初のキトサンとしてアセチル化度が35%のものを用いた以外は実施例1で用いられた方法と同じ方法を用いる(得られた微粒子は実施例1のものとメジアン径d50が同じであり、キトサン含有量も実施例1のものと同じであり、得られた懸濁液の粘度も同じである)。そのようなアセチル化度のキトサンを得るために、文献(Biomacromolecules. 2001 2(3):765−72. Relation between the degree of acetylation and the electrostatic properties of chitin and chitosan. Sorlier P, Denuziere A, Viton C, Domard A)に記載されている方法に従って、Mahtani Chitosan社から購入した低アセチル化度(3%)のキトサンを再アセチル化し、水−アルコール媒体中で実施例1に示されている方法と同様の方法で乾燥させた。
【0056】
比較例2:アセチル化度が低いキトサン物理ハイドロゲルブロックの製造
粉砕、遠心分離、及びガラスプレート上での部分的乾燥を行わない点を除き、実施例1と同様の方法を用いる。得られた物理ハイドロゲルは目的の大きさに切り出される前に直接滅菌される。
【0057】
比較例3:d50が500μmを超える微粒子の製造
この粒子を得る方法は、最初のハイドロゲル中のキトサンの濃度が、総重量を基準として3.5重量%であり、ゲルの粉砕時間が3×10秒の代わりに10秒のみである点を除き、実施例1の方法と同じである。
【0058】
脊髄の外傷性損傷の修復の試験
これらのテストでは、成体ラットの脊髄の、横方向への胸の半側切断 Th8/Th9を行った後、暴露されたセグメントから、横方向へ背部分のサンプリング(2〜3mm)を行う。このタイプの損傷は、最後の胸のセグメントと最初の腰のセグメントの間に見られた。半側切断の場合、これによって損傷と同じ側の後部足に麻痺が生じる。対照ラットには、同じタイプの損傷を与えるが、移植組織は用いずに自然治癒させる。
【0059】
移植組織を、損傷を形成してからすぐに外科的手法により導入し、外傷による出血を減少させる。試験に用いた移植組織は以下の3種類である。
・約2〜3mmの本発明の微粒子(実施例1によって得られたもの)の水性溶液、
・約2〜3mmの、高アセチル化度を有するキトサン(比較例1によって得られたもの)の、ハイドロゲル微粒子の水性溶液
・又は比較例2に従って得られたキトサン物理ハイドロゲルの、切り出された約2〜3mmのブロック
【0060】
24体の動物全て(12体の損傷+移植組織の動物、及び12体の対照の動物:損傷のみ)を分析した。
【0061】
損傷後の時期(時期は様々)に、動物に深い麻酔をかけて、分析対象の組織を固定するために、固定液(4%のパラホルムアルデヒド/0.1Mリン酸エステル緩衝液、PBS中)を心臓から灌流させる。その後、脊髄の切断を、損傷後1週(n=8)、3週(n=8)、4週(n=8)に行い、形態学的及び免疫組織学的分析を行う。
【0062】
解剖とサンプリングの後、30mmの切片を作成するために、低温槽内で、分析対象の組織(脊髄)をプレート上に載置し、組織学的に使用できるようになるまで−80℃で保温して、スクロースと共に凍結保護した。
【0063】
特定の部位を易透化(0.3%Triton in PBS)及び飽和(NGS(正常ヤギ血清)、10% in PBS)させた後、切片を、NGS5%−PBSで希釈した一次抗体の溶液中で、4℃で一晩インキュベートする。好適な蛍光色素を結合させた二次抗体を用いて室温で2時間、光から遠ざけてインキュベートする。洗浄の後、そのプレートをMowiolと共に載置する。標識化は蛍光顕微鏡で分析する。
【0064】
図1に示すように、脊髄が機械的に損傷すると物理的及び化学的障壁が形成され、損傷を囲い込み、損傷した軸索の再生を阻害する。
【0065】
図2では、3つの下側の写真において、損傷の後に活性化され、図1に示されている障壁の形成の原因であるアストロサイト(中枢神経系のグリア細胞)が示されている。図2では、最初の上側の写真において、キトサンの移植組織がない場合には、1週間の時点において、ニューロンの軸索が、障壁によって囲まれた損傷を貫通することができないことを示している。
【0066】
他方、本発明のキトサン微粒子を体へ移植すると、1週及び3週の時点で、図2の上側の2枚の写真(NF)の右側に見られるように、損傷を通して軸索が広く成長する(損傷の中心において強い繊維の標識化が見られ、また損傷部位を通る直進性の軸索再生が見られる)。
【0067】
したがって、形態学的及び免疫組織学的分析からは、明らかにかつ驚くべきことに、移植組織を用いない、損傷のみの場合と比較して、本発明の微粒子を脊椎(SC)の損傷部に移植すると変化が起こることを示している。
【0068】
・アストロサイトのグリア反応は明らかに減少する。アストロサイトの細胞体の萎縮は減り、その突起(プロセス)はより精密でより長くなり、その非常に多くが損傷の中心に向いている。これにより、損傷部位を囲むアストロサイトの突起(プロセス)の蓄積がなくなることから、無傷の組織と損傷を受けた組織の境界がはっきりしなくなり、したがって物理的障壁が減少する。このことからホスト組織と移植組織の間には大きな親和性があることがわかる。さらに、アストロサイトのこの形態学的な態様、すなわち損傷の中心部分に向かって伸びようとする指向性は、これらの細胞がむしろ軸索の再生には好ましい役割を果たしているということを示している。さらに、移植組織の入り口において、アストロサイトが再生する軸索と連結して同じ方向(平行な方向)に、長い距離にわたって伸長していることがしばしば観察される。移植組織内にアストロサイトが存在することが観察される(その細胞体が識別される)ということは、これらの細胞が移植組織の内部にも移動したことを証明していることから、親和性を有するさらに強い証拠となる。したがって、本発明のキトサン微粒子は、この種のグリア細胞に対して許容される基質を形成する。
【0069】
・損傷が大きいにも関わらず(3〜4mm幅)、微粒子を導入しても炎症性の(マクロファージ)反応は増加せず、包嚢性の空洞は減少する。
【0070】
・DAPIで核を標識することにより、キトサンハイドロゲルの微粒子が多くの細胞(マクロファージ/ミクログリア、上述のアストロサイト、新しい血管を形成する内皮細胞)に取り込まれていることを確認することができた。この点に関し、移植組織には充分に血管が新生し、新生血管のネットワーク又は細胞構造は(図6に示すように)より組織的な方法で形成される。移植組織、及び損傷部位を囲むホスト組織中に、希突起膠細胞(オリゴデンドロサイト、中枢神経系の軸索を有髄化する細胞)の多くの前駆体が同定されるが、これにより、移植組織の存在下で、内因性NPC(多能性前駆細胞(multipotent progenitor cell))の増殖が刺激されると、希突起膠細胞の表現型への分化が促進される。損傷の後に、直接損傷を受けていない軸索においてさえも脱髄が起こることが知られているという点においてこの観察結果は重要である。これは、希突起膠細胞の増殖と分化を刺激することによって、再髄鞘形成による修復が発生し得ること、したがって(図8に示すように)ニューロンの電気的活性が再確立されることを示唆している。したがって、そのような観察結果から、本発明のキトサンハイドロゲル微粒子の、多発性硬化症の治療における有効性が予測できる。
【0071】
・最も注目すべき点は、図2に示すように、損傷部位を横断するかなり多くの軸索が存在することである。これらの軸索は損傷内から上流と下流の両方に向けて移植組織を貫通する。さらに図2は長い距離に渡って再生能力が確保されることを示している。このような観察結果は損傷後1週及び4週において確認でき、損傷から3ヶ月を超えても確認された。さらに、移植組織における軸索再生は、血管新生と関連があることが分かったこともまた興味深い(図7に示す)。実際に、非常に小さなサイズの損傷モデルにおいて、麻酔をかけた動物の生体内(in vivo)での2光子画像法により、血管を囲むことにより、再生しようとする軸索が、その再生の最初の部分で誘導される(又は援助される)ことが分かった(Dray C, Rougon G, Debarbieux F, Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 June 9;106(23):9459−64. doi:10.1073/pnas.0900222106. Epub 2009 May 21)。この場合において、(固定された組織上への)この結合が数週後に観察された。なお、脊髄の重傷の後の動物への生体内(in vivo)でのアプローチは実行が難しい。
【0072】
移植組織へのこれらの観察結果全体から、本発明のキトサン微粒子は許容可能で魅力的な基質を形成し、損傷した脊髄を復元するのに非常に好適であることが分かる。損傷部位に上記キトサン微粒子を局所的に移植すると、神経細胞全体にとって好ましい環境が生じ、軸索の成長にとって許容可能で魅力的な基質であることが分かる。さらに、内因性の細胞による移植組織の浸潤と血管新生の確立によって、吻側(頭に向かう方向)と尾側の間に組織間橋が形成される可能性を与え、壊死(単独の損傷の場合において、アストロサイトに囲まれた空洞と、健常組織に損傷が広がらないように保護するための分子境界が形成される)の形成を予防する。そのような効果は、たとえ他のアプローチを組み合わせた戦略においても未だ実証されていない。
【0073】
これに対し、図3は、左側の写真において、(抗ED1抗体を用いた)炎症反応(キトサンの周囲に免疫マーカーが王冠状に存在している)を示しており、右側の写真において、血管新生(ラミニンの免疫標識による)がキトサンの外側で制限されていることを示している。このことは軸索再生が遮られ、アストロサイト反応と炎症反応が重大であることを示している。この重大な炎症反応はまた非常に強力な血管新生と大きな二次損傷を生じさせる。
【0074】
最後に、図4は移植組織の微細構造が組織の反応に対し非常に敏感な影響を与えることを示している。実際に、バルクやブロックの1個体のハイドロゲルではなく微粒子として使用することが必要である。1個体のハイドロゲルを用いた場合、軸索再生は、キトサンブロックの存在により、キトサンブロックの境界で遮られる。
【0075】
このように、これらの試験によって、アセチル化度が低いキトサン物理ハイドロゲル微粒子の懸濁液によって、炎症を起こすことなく、脊髄の外傷性損傷における軸索再生を刺激し誘導する可能性が与えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8