特許第6135046号(P6135046)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

<>
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000006
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000007
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000008
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000009
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000010
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000011
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000012
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000013
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000014
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000015
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000016
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000017
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000018
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000019
  • 特許6135046-糖ペプチドの質量分析法 図000020
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6135046
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】糖ペプチドの質量分析法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20170522BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
【請求項の数】9
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2012-97187(P2012-97187)
(22)【出願日】2012年4月20日
(65)【公開番号】特開2013-224867(P2013-224867A)
(43)【公開日】2013年10月31日
【審査請求日】2015年4月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100100561
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 正広
(72)【発明者】
【氏名】谷口 謙一
(72)【発明者】
【氏名】九山 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】田中 耕一
【審査官】 加々美 一恵
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第06228654(US,B1)
【文献】 特開2010−117377(JP,A)
【文献】 特開2009−132649(JP,A)
【文献】 特表2011−524170(JP,A)
【文献】 特表2005−534752(JP,A)
【文献】 特開2010−148442(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−27/70、27/92
G01N 33/48−33/98
G01N 30/00−30/96
C07K 1/00−9/00
C12Q 1/00−3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グアニジノ基を有する糖ペプチドを、前記グアニジノ基の改変又は前記グアニジノ基の除去に供し、前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドを得る前処理工程と、
前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドを質量分析に供する質量分析工程とを含み、
前記質量分析工程は、糖鎖開裂由来のフラグメントイオンを得る工程を含む、糖ペプチドの質量分析法。
【請求項2】
前記グアニジノ基の改変が、一般式RCOCRCOR(R、R、R及びRは、それぞれ、同一又は異なっていてよいH又は炭素数1〜8のアルキル基である)で表されるジケトンを用いたピリミジン環への変換又はペプチジルアルギニンデイミナーゼを用いた脱イミン化によって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記グアニジノ基の除去が、アルギニン残基の除去によって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記アルギニン残基が糖鎖結合部位よりC末端側に存在し、前記アルギニン残基の除去がエキソペプチダーゼを用いて行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記アルギニン残基が糖鎖結合部位よりN末端側に存在し、前記アルギニン残基の除去が、トリプシン、ArgCからなる群から選ばれる酵素を用いて行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記質量分析を、ポストソース分解、衝突誘起解離、赤外多光子解離又は光誘起解離によって行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記糖鎖開裂由来のフラグメントイオンに基づいて糖鎖配列決定を行う工程をさらに含む、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記質量分析工程において、ペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンを得ることをさらに含む、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記ペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンに基づいてアミノ酸配列決定を行う工程をさらに含む、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ライフサイエンス分野及び質量分析分野に属する。具体的には、本発明は、糖ペプチドの質量分析法に関する。特に本発明は、糖ペプチドの質量分析による構造解析法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖ペプチドの構造解析法においては、糖ペプチドをMS/MSに供して糖鎖開裂由来のフラグメントイオンを検出し、N-グリカン結合ペプチドの特徴的な開裂を示すトリプレットピーク(120Da及び83Daの質量差で出現する3本のピーク)によって、GlcNAcのみが結合した糖ペプチドのイオンを認識し、このイオンをプリカーサイオンとしてMSに供してペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンを検出することによって、ペプチド配列情報を取得する(非特許文献1)。
【0003】
また、ペプチドの構造解析法においては、ペプチジルアルギニンデイミナーゼによりアルギニン残基を修飾することで開裂の優先傾向の改良を行うことができたことが知られている(非特許文献2)。ペプチドの配列解析手法においては他にも、アセチルアセトンを用いてアルギニン残基を修飾する方法(非特許文献3)、マロンジアルデヒドを用いてアルギニン残基を修飾する方法(非特許文献4)、又はカルボキシペプチダーゼによりC末端のアルギニン残基を除去する方法(非特許文献5)により、開裂の優先傾向の改良を行うことができたことが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ネイチャー・プロトコルズ(Nature Protocols)、第6巻、2011年、p.253−269
【非特許文献2】アナリティカル・メソッズ(Analytical Methods)、第3巻、2011年、p.2829−2835
【非特許文献3】ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)第22巻、2008年、p.2063−2072
【非特許文献4】ジャーナル・オブ・マス・スペクトロメトリ(Journal of Mass Spectrometry)、第42巻、2007年、p.950−959
【非特許文献5】アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)第79巻、2007年、p.1583−1590
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の糖ペプチドの構造解析法においては、糖ペプチドのペプチド鎖にアルギニン残基がある場合、アルギニン残基のグアニジノ基にプロトンが強く親和して局在するため、糖鎖開裂に由来するフラグメントイオン及びペプチド鎖の開裂に由来するフラグメントイオンが生じにくく、構造解析が困難である。
この効果は、グアニジノ基を持たない糖ペプチドにグアニジノ基を付加した場合に、グアニジノ基を持たない糖ペプチドでは生じていた糖鎖開裂由来のフラグメントイオンやペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンが、グアニジノ基を付加することで生じにくくなることからも確認される。また、糖ペプチドにラベル化剤で修飾を施すことで正電荷を固定した場合に、修飾前(正電荷固定化前)の糖ペプチドでは生じていた糖鎖開裂由来のフラグメントイオンやペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンが、修飾により正電荷を固定することで生じにくくなることも確認された。これらのことは、開裂効率低下の原因が、分子の切断に必要なプロトンの供給ができなくなっていることにあることを示唆する。
【0006】
そこで本発明の目的は、アルギニン残基を有する糖ペプチドの質量分析において、糖ペプチド解析に必要な開裂を生じさせることができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、糖ペプチドにおけるアルギニン残基のグアニジノ基のプロトンアフィニティを低下させプロトンがグアニジノ基に局在化しないように前処理することによって、上記本発明の目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、以下の発明を含む。
(1)
グアニジノ基を有する糖ペプチドを、前記グアニジノ基の改変又は前記グアニジノ基の除去に供し、前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドを得る前処理工程と、
前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドを質量分析に供する質量分析工程とを含み、
前記質量分析工程は、糖鎖開裂由来のフラグメントイオンを得る工程を含む、糖ペプチドの質量分析法。
【0009】
上記(1)における糖鎖開裂由来のフラグメントイオンの具体例は、前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドの分子量関連イオンから生じるプロダクトイオンであり、より具体的には、前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドのペプチド鎖の全体と糖鎖の一部とから構成されるプロダクトイオンである。
【0010】
(2)
前記グアニジノ基の改変が、一般式RCOCRCOR(R、R、R及びRは、それぞれ、同一又は異なっていてよいH又は炭素数1〜8のアルキル基である)で表されるジケトンを用いたピリミジン環への変換又はペプチジルアルギニンデイミナーゼを用いた脱イミン化によって行われる、(1)に記載の方法。
【0011】
(3)
前記グアニジノ基の除去が、アルギニン残基の除去によって行われる、(1)に記載の方法。
【0012】
(4)
前記アルギニン残基が糖鎖結合部位よりC末端側に存在し、前記アルギニン残基の除去がカルボキシペプチダーゼを用いて行われる、(3)に記載の方法。
【0013】
(5)
前記アルギニン残基が糖鎖結合部位よりN末端側に存在し、前記アルギニン残基の除去が、トリプシン、ArgCからなる群から選ばれる酵素を用いて行われる、(3)に記載の方法。
【0014】
(6)
前記質量分析を、ポストソース分解、衝突誘起解離、赤外多光子解離又は光誘起解離によって行う、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)
前記質量分析工程において、ペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンを得ることをさらに含む、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
上記(7)におけるペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンは、前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドの分子量関連イオンから、及び/又は当該分子量関連イオンから生じたプリカーサイオンから生じるプロダクトイオンであり、より具体的には、前記グアニジノ基を有しない糖ペプチドのペプチド鎖の一部と糖鎖の一部とから構成されるプロダクトイオンである。
【0015】
(8)
前記糖鎖開裂由来のフラグメントイオンに基づいて糖鎖配列決定を行う工程をさらに含む、(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)
前記ペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンに基づいてアミノ酸配列決定を行う工程をさらに含む、(7)又は(8)に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、グアニジノ基を有する糖ペプチドの質量分析において、糖ペプチド解析に必要な開裂を生じさせることができる方法が可能になる。
より具体的には、糖ペプチドをグアニジノ基非存在の糖ペプチドに変換することでプロトンの局在状態が解消されるため、プロトンが遊離し、さらにMS/MS解析時に糖鎖部分やペプチド鎖部分に移動することで、開裂に必要なプロトンが供給される。その結果、糖ペプチド解析に必要なフラグメントイオンを生じさせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】グアニジノ基をピリミジン環に改変する工程を含む本発明における、MS測定において検出される糖ペプチドイオンすなわち分子量関連イオン(A)、MSスペクトル(a)、分子量関連イオン(A)をプリカーサとして実施したMS/MS測定における糖ペプチドイオンの開裂(B)、MS/MSスペクトル(b)、MS/MS測定において得られた、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンをプリカーサとして実施したMS測定における糖ペプチドイオンの開裂(C)、及びMSスペクトル(c)を模式的に示したものである。
図2】グアニジノ基を脱イミン化(アルギニン残基をシトルリン化)して改変する工程を含む本発明における、MS測定において検出される糖ペプチドイオンすなわち分子量関連イオン(A)、MSスペクトル(a)、分子量関連イオン(A)をプリカーサとして実施したMS/MS測定における糖ペプチドイオンの開裂(B)、MS/MSスペクトル(b)、MS/MS測定において得られた、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンをプリカーサとして実施したMS測定における糖ペプチドイオンの開裂(C)、及びMSスペクトル(c)を模式的に示したものである。
図3】グアニジノ基を除去する工程を含む本発明における、MS測定において検出される糖ペプチドイオンすなわち分子量関連イオン(A)、MSスペクトル(a)、分子量関連イオン(A)をプリカーサとして実施したMS/MS測定における糖ペプチドイオンの開裂(B)、MS/MSスペクトル(b)、MS/MS測定において得られた、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンをプリカーサとして実施したMS測定における糖ペプチドイオンの開裂(C)、及びMSスペクトル(c)を模式的に示したものである。
図4】実施例1で得られたグアニジノ基改変TMT-Asialofetuin glycopeptides(127-141)(altered TMT-GP4)のMS/MSスペクトル(b)を、改変前のTMT-Asialofetuin glycopeptides(127-141)(TMT-GP4)のMS/MSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図5】実施例2で得られたグアニジノ基改変Asialofetuin glycopeptides(127-141)(altered GP4)のMS/MSスペクトル(b)を、改変前のAsialofetuin glycopeptides(127-141)(GP4)のMS/MSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図6】実施例2で得られたグアニジノ基改変Asialofetuin glycopeptides(127-141)(altered GP4)のMS/MS/MSスペクトル(b)を、改変前のAsialofetuin glycopeptides(127-141)(GP4)のMS/MS/MSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図7】実施例3におけるアルギニン残基除去で得られたTransferrin glycopeptides(603-622)(Arg-removed Transferrin GP2)のMSスペクトル(b)を、アルギニン残基除去前のTransferrin glycopeptides(603-623)(Transferring GP2)のMSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図8】実施例3におけるアルギニン残基除去で得られたTransferrin glycopeptides(603-622)(Arg-removed Transferrin GP2)のMS/MSスペクトル(b)を、アルギニン残基除去前のTransferrin glycopeptides(603-623)(Transferring GP2)のMS/MSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図9】実施例3におけるアルギニン残基除去で得られたTransferrin glycopeptides(603-622)(Arg-removed Transferrin GP2)のMS/MS/MSスペクトル(b)を、アルギニン残基除去前のTransferrin glycopeptides(603-623)(Transferring GP2)のMS/MS/MSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図10】アルギニン残基を含む(including Arg)Transferrin glycopeptides(603-623)(Transferrin GP2)のMS/MSスペクトル(a)及びアルギニン残基を含まない(not including Arg)Transferrin glycopeptides(402-414)(Transferrin GP1)のMS/MSスペクトル(b)である。
図11】アルギニン残基を含む(including Arg)Transferrin glycopeptides(603-623)(Transferrin GP2)のMSスペクトル(a)及びアルギニン残基を含まない(not including Arg)Transferrin glycopeptides(402-414)(Transferrin GP1)のMSスペクトル(b)である。
図12】側鎖アミノ基がグアニジノ基によってラベル化された(guanidino group labeled)Transferrin glycopeptides(402-414)(Transferrin GP1)のMS/MSスペクトル(a)と、ラベル化されていない(not labeled)Transferrin glycopeptides(402-414)(Transferrin GP1)のMS/MSスペクトル(b)である。
図13】TMPP(tris(2,4,6-trimethoxyphenyl)phosphoniumacetyl)基で修飾されたシアリルグルコペプチド(TMPP-sialylglycopeptide)のMS/MSスペクトル(a)及びMSスペクトル(b)である。
図14】グアニジノ基改変(altered)TMT-Fetuin glycopeptides(127-141)のMS/MSスペクトル(b)を、改変前のTMT-Fetuin glycopeptides(127-141)のMS/MSスペクトル(a)と比較して示したものである。
図15】グアニジノ基改変(altered)TMT-Fetuin glycopeptides(127-141)のMSスペクトル(b)を、改変前のTMT-Fetuin glycopeptides(127-141)のMSスペクトル(a)と比較して示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[1.糖ペプチド]
本発明の解析対象となる糖ペプチドは、ペプチド部にグアニジノ基を有する。グアニジノ基は、一般的にアルギニン残基の側鎖中に存在するものであるが、アルギニン残基の存在以外の態様、例えばアミノ酸残基において変異や人為的修飾により生じているものであってもよい。
【0019】
グアニジノ基を有するアミノ酸残基(以下、代表してアルギニン残基と記載する。その他のグアニジノ基含有アミノ酸残基の場合も同様。)のペプチド部における位置としては特に限定されず、C末端であってもよいし、C末端以外の配列中であってもよい。C末端にアルギニン残基が存在する場合の糖ペプチドの例としては、例えばトリプシンのようなアルギニン残基のC末端側で切断を行う酵素を用いた糖タンパク質の消化物が挙げられる。
アルギニン残基がC末端以外の配列中に存在する場合、糖鎖結合部位よりC末端側の内部配列中、糖鎖結合部位よりN末端側の内部配列中、及びN末端のいずれであってもよい。C末端以外の配列中にアルギニン残基が存在する場合の糖ペプチドの例としては、アルギニン残基のC末端側で切断を行う酵素以外の酵素を用いた糖タンパク質の消化物が挙げられる。
【0020】
また、糖ペプチドは、MS解析におけるペプチド鎖を含むイオンを容易に認識する観点から、アスパラギン結合型糖ペプチドであることが好ましい。
なお、ペプチド部は、例えば糖タンパク質を消化して得られる程度の鎖長を有するものであることが好ましい。例えば、4〜30残基程度の鎖長でありうる。
【0021】
[2.グアニジノ基を有しない糖ペプチドへの変換]
糖ペプチドは、グアニジノ基を改変するか、又はグアニジノ基を除去することによって、オリジナルのグアニジノ基を有しない糖ペプチドへ変換される。
グアニジノ基を改変する場合、グアニジノ基よりもプロトンアフィニティが低い基へ変換すればよい。グアニジノ基は極めて塩基性が高いため、改変を行えば大抵、塩基性が下がり、プロトンアフィニティが低くなる。
【0022】
[2−1.グアニジノ基の改変]
グアニジノ基の改変の一例としては、グアニジノ基をピリミジン環へ変換する態様が挙げられる。
この態様においては、RCOCRCORで表されるジケトンを改変のための試薬として用いることができる。上記一般式中、R、R、R及びRは、それぞれ、同一又は異なっていてよいH又は炭素数1〜8のアルキル基である。R及びRが同一であることが好ましく、R及びRが同一であることが好ましい。
以下に、ジケトンとしてアセチルアセトンを用いたグアニジノ基改変の一例を示す。以下において、ペプチド鎖部分は模式的に示し、アスパラギン残基、アルギニン残基及びグアニジノ基改変後のアミノ酸残基のみ、それぞれイタリック体のN、R及びR’で示す。アスパラギン結合糖鎖も模式的に示す。一方、アルギニン残基R及びグアニジノ基改変後のアミノ酸残基R’においては側鎖構造を具体的に表示している(以後においても同様)。
【0023】
【化1】
【0024】
ジケトンは、例えば糖ペプチドの10〜100,000当量用いることができる。反応条件は、用いるジケトンによって当業者が適宜決定することができる。例えば上記一般式でRがアルキル基であるジケトンの場合、塩基性(例えばpH9以上)条件下、50〜95℃で1〜100時間反応させることができる。また例えば上記一般式でR、R、R及びRがHであるジケトン(すなわちマロンジアルデヒド)の場合、等価体である1,1,3,3−テトラメトキシプロパンを使用し、強酸性(例えばpH2.0以下)条件下、20〜50℃で0.1〜2時間反応させることができる。
【0025】
グアニジノ基の改変の他の一例としては、グアニジノ基を脱イミン化する態様が挙げられる。具体的には、アルギニン残基はシトルリン残基に変換される。この態様においては、ペプチジルアルギニンデイミナーゼ(PAD)を用いることができる。以下に、PADを用いたグアニジノ基改変の一例を示す。この態様においては、グアニジノ基改変後のアミノ酸残基R’は、すなわちシトルリン残基である。また、改変後の糖ペプチドにおいては、最もプロトンアフィニティが高くなる部分としてN末端アミノ基を具体的に表示している(以後においても同様)。
【0026】
【化2】
【0027】
反応条件は、当業者が適宜決定することができる。例えば、カルシウムイオン存在下、且つpH6.5〜8.5の条件下、20〜70℃で0.5〜16時間反応させることができる。
より具体的なプロトコルの例を以下に挙げる。
糖ペプチドを、100mM Tris-HCl(pH 7.6)、10mM CaCl2及び2mM DTTを含む溶液20μLに溶解する。1μLのPeptidyl Arginine Deiminase 4 (PAD4) (human recombinant)溶液(Cayman Chemical Company)を添加し37℃で5時間反応させる。反応後、Zip-Tipを用いて精製を行う。(この後、10mg/mLのMDPNA (Methanediphosphonic acid)を含む5mg/mL DHB溶液と混合し、MALDI-MS解析を行うことができる。)
【0028】
[2−2.グアニジノ基の除去]
グアニジノ基の除去は、アルギニン残基の除去によって行われることができる。
アルギニン残基が糖鎖結合部位よりC末端側にある場合は、カルボキシペプチダーゼを用いてアルギニン残基を除去することができる。
より具体的には、アルギニン残基がC末端にある場合は、当該C末端のアルギニン残基1残基を除去することができるカルボキシペプチダーゼBを用いることが好ましい。以下に、カルボキシペプチダーゼBを用いたグアニジノ基除去の一例を示す。
【0029】
【化3】
【0030】
アルギニン残基が糖鎖結合部位よりC末端側の内部配列中にある場合は、適宜、C末端から複数のアミノ酸残基を1残基ずつ除去することができるエキソペプチダーゼを用いることができる。このようなエキソペプチダーゼとしては、アルギニン残基を除去できないものを除いて、当業者が適宜選択することができる。例えば、カルボキシペプチダーゼYなどを用いることができる。この場合、アルギニン残基の除去がなされた時点で反応を完了させてよい。
【0031】
アルギニン残基が糖鎖結合部位よりN末端側にある場合は、アルギニン残基のC末端側を切断することができる酵素を当業者が適宜選択することができる。例えば、トリプシン、ArgC及びクロストリパインなどが挙げられる。これによって、アルギニン残基からN末端側のペプチド鎖が除去される。以下に、このような酵素を用いたグアニジノ基除去の一例を示す。
【0032】
【化4】
【0033】
グアニジノ基の除去における反応条件は、用いる酵素の種類に応じて当業者が容易に選択することができる。
より具体的なプロトコルの例を以下に挙げる。
糖ペプチド1nmolを、25μLの100mM NaHCO3溶液に溶解する。10pmolのTrypsin溶液を添加し、37℃で1時間反応させる。反応後、サイズ排除クロマトグラフィを用いて精製を行う。(この後、10mg/mLのMDPNA (Methanediphosphonic acid)を含む5mg/mL DHB溶液と混合し、MALDI-MS解析を行うことができる。)
【0034】
[3.質量分析]
上記の方法によって得られたグアニジノ基を有さない糖ペプチドは、質量分析工程に供される。質量分析工程においては、糖鎖開裂由来のフラグメントイオンと、ペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンとを得る。
[3−1.イオン化法]
質量分析におけるイオン化法としては、具体的には、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization; MALDI)法及びエレクトロスプレーイオン化(Electrospray ionization; ESI)法が挙げられる。
【0035】
[3−2.開裂法]
質量分析における開裂法としては、具体的にはポストソース型である。イオン化法に応じて当業者によって適宜選択されるが、より具体的には、ポストソース分解(Post Source Decay; PSD)、衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation; CID)、赤外多光子解離(infraredmultiphoton dissociation;IRMPD)、及び光誘起解離(photo‐induced
dissociation;PID)によるものが挙げられる。本発明においては、糖ペプチド分子のグアニジノ基を改変又は除去することにより、PSD、CID、IRMPD、及びPIDなどによる開裂において生じる開裂部位の優先傾向を減少させることが可能であるため、これらの開裂法が有用である。
【0036】
CID、IRMPD及びPIDを実施可能な質量分析装置としては、衝突室、又は、衝突室の機能を持つ四重極もしくはイオントラップを有する質量分析装置が挙げられる。具体的には、イオントラップ型質量分析計、三連四重極型質量分析計、四重極飛行時間型質量分析計、四重極−イオントラップ型質量分析計、四重極−フーリエ変換型質量分析計、四重極−オービトラップ型質量分析計が挙げられる。
PSDを実施可能な質量分析装置としては、具体的には飛行時間型質量分析計が挙げられる。グアニジノ基が改変又は除去された糖ペプチドのイオン化の際に弱い塩基性残基にプロトンを供給することでモバイルプロトンの生成率を促進するPSD測定は、特にMALDI-TOF-MSにおいて好ましい。
【0037】
[3−3.質量分析適用例]
本発明の質量分析は、とりわけ糖ペプチドの構造解析に適用されることが好ましい。糖ペプチド構造解析においては、アミノ酸配列決定及び/又は糖鎖配列決定が行われる。
一方、本発明の質量分析は、糖ペプチドの構造解析を行わない分析にも適用されることができる。そのような分析としては、Multiple Reaction Monitoring (MRM)による定量等、種々の定量分析が挙げられる。
【0038】
[3−4.糖鎖開裂由来フラグメントイオン]
[3−4−1.糖鎖開裂由来フラグメントイオンの具体例]
糖鎖開裂由来フラグメントイオンは、分子量関連イオンから生じる。糖鎖開裂由来のフラグメントイオンは、分子量関連イオンのペプチド鎖全体を少なくとも含む。ペプチド鎖全体を少なくとも含むプロダクトイオンは、分子量関連イオンのペプチド鎖部分で切断が生じていないプロダクトイオンであり、分子量関連イオンにおけるアミノ酸残基数と同じ数のアミノ酸残基を有する。
【0039】
ペプチド鎖全体を少なくとも含むプロダクトイオンの具体例として、まず、糖鎖構造を決定するためのプロダクトイオンが挙げられる。これは、分子量関連イオンにおける構成糖間の結合が切断されることにより生じるものであり、ペプチド鎖に糖が1個、2個、3個、及び/又は(n−1)個(nは分子量関連イオンが有する構成糖の数を表す整数)結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンである。このような糖ペプチドプロダクトイオンにおいては、糖の環構造が開裂していてもよい。
好ましい態様においては、糖鎖部分から構成糖が1個ずつ脱落し構成糖間のすべての結合が切断されることにより、糖鎖構造決定に必要なすべてのプロダクトイオンを得ることができる。
【0040】
ペプチド鎖全体を少なくとも含むプロダクトイオンの具体例として、次に、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンを識別するための指標となるプロダクトイオンが挙げられる。具体的には、ペプチド鎖に糖(一例を挙げるとN−アセチルグルコサミン)が1個結合したプロダクトイオンの低質量側に検出されうる、当該糖が環開裂した構造がペプチド鎖に結合したプロダクトイオン、及び糖鎖を含まないペプチド鎖のみからなるプロダクトイオンである。
ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンと、その低質量側の2種のプロダクトイオンとを含む合計3種のプロダクトイオンが、トリプレットピークとして、特定の質量差で生じる特徴的なパターンで検出されうる。この特徴的なパターンで検出されたトリプレットピークを指標として、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンを識別し、識別された当該プロダクトイオンの相対的な検出強度を考慮して、後述のアミノ酸配列決定のためのプリカーサイオンとして選択されるべきプロダクトイオンを決定することができる。
【0041】
あるいは、当該トリプレットピークを構成するプロダクトイオンのうち、糖が環開裂した構造がペプチド鎖に結合したプロダクトイオンが十分な強度で検出されない場合がある。この場合、ペプチド鎖に糖が1つ結合した糖ペプチドイオンと、ペプチド鎖のみからなるプロダクトイオンとの合計2種のイオンを指標とすることもできる。すなわちこの合計2種のイオンを指標として、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンを識別し、識別された当該プロダクトイオンの相対的な検出強度を考慮して、後述のアミノ酸配列決定のためのプリカーサイオンを選択することができる。
【0042】
なお、ペプチド鎖に糖が1個結合したプロダクトイオンが、糖が2個以上結合した他のプロダクトイオンに比べて十分に強い強度で検出されている場合、糖が1個結合したプロダクトイオンをプリカーサイオンとして選択することができる。ペプチド鎖に糖が1個結合したプロダクトイオンよりも、糖が2個以上(2個〜(n−1)個)結合した他のプロダクトイオンの方が十分に強い強度で検出されている場合、糖が2個以上結合した他のプロダクトイオンをプリカーサイオンとして選択することができる。
【0043】
[3−4−2.糖鎖開裂由来フラグメントイオンの検出態様]
ここで、質量分析に供される糖ペプチド分子が、本発明と異なりグアニジノ基を有する場合(グアニジノ基改変非処理の場合)は、分子量関連イオンの糖鎖全体と、酸性アミノ酸残基をC末端に有する構造と、を有する糖ペプチドプロダクトイオンが特異的に生じる。
例えば質量分析に供されるペプチド分子が、グアニジノ基を有するアミノ酸残基をC末端に有するものである場合、分子量関連イオンの開裂においては、糖鎖の開裂が起こりにくくなる。このため、糖鎖構造解析に有用な糖鎖開裂由来フラグメントイオンを十分に生じさせることができない。
また例えば、質量分析に供されるペプチド分子が、グアニジノ基を有するアミノ酸残基をペプチド鎖内部に有するものである場合、分子量関連イオンの開裂においては、酸性アミノ酸残基のC末端でのペプチド鎖開裂が特異的に起こることにより、分子量関連イオンの糖鎖全体と、ペプチド鎖の一部であって酸性アミノ酸残基をC末端に有する構造と、を含む糖ペプチドプロダクトイオンが特異的に生じる。このイオンは、糖鎖構造解析のための糖鎖開裂由来フラグメントイオンの質量範囲内に検出されるため、糖鎖開裂由来フラグメントイオンとの区別が困難であり、糖鎖構造解析の障害となる。
【0044】
一方、本発明の方法においては、質量分析に供される糖ペプチド分子はグアニジノ基を有しないように前処理されているため、糖鎖開裂由来のフラグメントイオンの生じ方がグアニジノ基改変非処理の場合と異なる。
例えば質量分析に供されるペプチド分子が、グアニジノ基を有するアミノ酸残基をC末端に有するものである場合、分子量関連イオンの開裂においては、糖鎖開裂由来イオンが生じやすくなる。つまり、本発明の方法は、グアニジノ基改変非処理の場合に観察されるような、分子量関連イオンの糖鎖全体と酸性アミノ酸残基をC末端に有する構造と、を有する糖ペプチドプロダクトイオンの発生の特異性を失わせるため、糖鎖構造解析に有用な多くのフラグメントイオンを生じさせることができる。
また例えば、質量分析に供されるペプチド分子が、グアニジノ基を有するアミノ酸残基をペプチド鎖内部に有するものである場合、糖鎖構造解析の障害となるイオン(グアニジノ基改変非処理の場合に糖鎖構造解析の障害となる上述のイオンに相当するイオンであり、具体的には、分子量関連イオンの糖鎖全体と、ペプチド鎖の一部であって酸性アミノ酸残基をC末端に有する構造と、を含む糖ペプチドプロダクトイオン)は実質的に検出されない。仮に検出されたとしても、その検出強度は、糖鎖構造解析のための糖鎖開裂由来フラグメントイオン(より具体的には、糖鎖構造解析に使用される糖鎖解析由来フラグメントイオンのうち最も検出強度が低いもの)の検出強度の20%以下、好ましくは10%以下である。このように、糖鎖構造解析に有用な糖鎖開裂由来フラグメントイオンと糖鎖構造解析の障害となるフラグメントイオンとの好ましくない混在状態を招来しないため、糖鎖開裂由来フラグメントイオンの識別が当業者にとって容易となり、糖鎖構造解析の障害が回避される。以上のように、本発明においては、糖鎖構造解析の障害となるイオンの検出抑制が、糖鎖構造解析のための糖鎖開裂由来フラグメントイオンの検出を特異的なものにしている。
【0045】
[3−5.ペプチド鎖開裂由来フラグメントイオン]
ペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンは、分子量関連イオンの開裂により、上記の糖鎖開裂由来フラグメントイオンと同時に生じることができる。この場合におけるペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンは、分子量関連イオンのペプチド鎖の一部と、1個又は2個の糖と、を有する。ペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンにおいては、糖の環構造が開裂していてもよい。
上記の場合におけるペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンは、糖の数が1個又は2個と少ないため、同時に検出されている糖鎖開裂由来フラグメントイオンの質量域より低質量側に検出される。このため、上記のペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンは、糖鎖開裂由来フラグメントイオンとはマススペクトル上で明確に区別されることができる。
【0046】
ペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンは、分子量関連イオンの開裂により生じた糖ペプチドプロダクトイオンをプリカーサイオンとして生じることもできる。より具体的には、ペプチド鎖由来フラグメントイオンは、プリカーサイオンのペプチド鎖の一部と、1個又は2個以上の糖とを有する。ペプチド鎖由来フラグメントイオンにおける糖の数は、プリカーサイオンにおける糖の数と同じであってもよいし、少なくてもよい。また、糖は、環構造が開裂していてもよい。
【0047】
また、ペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンとして、上記の他に、糖を有しないペプチド鎖のみのフラグメントイオンが生じることもある。
以上のペプチド鎖開裂由来フラグメントイオンに基づいて、ペプチド鎖のアミノ酸配列決定を行うことができる。
【0048】
[3−6.構造解析具体例]
図1に、グアニジノ基をピリミジン環に改変した例を挙げ、質量分析において検出されるイオン等と、スペクトルとを模式的に示す。より具体的には、MS測定において検出される糖ペプチドイオンすなわち分子量関連イオン(A)、MS測定によって得られたスペクトル(a)、分子量関連イオン(A)をプリカーサとして実施したMS/MS測定における糖ペプチドイオンの開裂(B)、MS/MS測定によって得られたスペクトル(b)、MS/MS測定において得られた、ペプチド鎖に糖が1個結合した構造を有する糖ペプチドプロダクトイオンをプリカーサとして実施したMS測定における糖ペプチドイオンの開裂(C)、及びMS測定によって得られたスペクトル(c)を示す。図1においては、ペプチド鎖部分は模式的に示し、アスパラギン残基、グアニジノ基改変後のアミノ酸ン残基及びアスパラギン酸残基のみ、それぞれイタリック体のN、R’及びDで示す。アスパラギン結合糖鎖も模式的に示す。一方、グアニジノ基改変後のアミノ酸残基R’においては側鎖の構造を具体的に表示している。さらに、改変後の糖ペプチドにおいては、最もプロトンアフィニティが高くなる部分としてN末端アミノ基を具体的に表示している(以後においても同様)。
【0049】
この態様においては、グアニジノ基の改変により、改変部におけるプロトンアフィニティがグアニジノ基における場合に比べて低下している。その結果、グアニジノ基であれば当該基に局在して外れにくいプロトンが、改変部から遊離可能な状態のもの(モバイルプロトン)となる。これにより、(B)に示すように、モバイルプロトンはMS/MS測定において糖鎖部分に移動することができる。すなわち、開裂に必要なプロトンが糖鎖部分に供給される。その結果、(b)に示すように、MS/MS解析では糖鎖開裂由来のフラグメントイオンを得て、糖鎖構造の解析が可能になる。
さらに(C)に示すように、プロトンはMS測定においても遊離可能であるため、ペプチド部分に移動することができる。すなわち、開裂に必要なプロトンがペプチド鎖部分に供給される。その結果、(c)に示すように、MS解析ではペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンを得て、アミノ酸配列の解析が可能になる。
【0050】
図2に、グアニジノ基を脱イミン化(アルギニン残基をシトルリン残基へ変換)して改変した例を挙げ、図1と同様に、質量分析において検出されるイオン等と、スペクトルとを模式的に示す。
この態様においては、グアニジノ基の改変により、最もプロトンアフィニティの高い部分がN末端アミノ基となる。その結果、イオントラップ中では、グアニジノ基であれば当該基に局在して外れにくいプロトンが、N末端アミノ基から遊離可能な状態のもの(モバイルプロトン)となる。これにより、(B)に示すように、モバイルプロトンはMS/MS測定において糖鎖部分に移動することができる。すなわち、開裂に必要なプロトンが糖鎖部分に供給される。その結果、図1における場合と同様、(b)に示すようにMS/MS測定で糖鎖構造の解析が可能になり、(c)に示すようにMS測定でペプチド鎖のアミノ酸配列の解析が可能になる。
【0051】
図3に、グアニジノ基を除去した例を挙げ、図1と同様に、質量分析において検出されるイオン等と、スペクトルとを模式的に示す。
この態様においては、ペプチド鎖中にグアニジノ基が含まれなくなったため、最もプロトンアフィニティの高い部分がN末端アミノ基となる。その結果、イオントラップ中では、グアニジノ基であれば当該基に局在して外れにくいプロトンが、N末端アミノ基から遊離可能な状態のもの(モバイルプロトン)となる。これにより、(B)に示すように、モバイルプロトンはMS/MS測定において糖鎖部分に移動することができる。すなわち、開裂に必要なプロトンが糖鎖部分に供給される。その結果、図1における場合と同様、(b)に示すようにMS/MS測定で糖鎖構造の解析が可能になり、(c)に示すようにMS測定でペプチド鎖のアミノ酸配列の解析が可能になる。
【実施例】
【0052】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0053】
[実施例1]
糖ペプチドAsialofetuin glycopeptides (127-141)(GP4)(配列番号1)1nmolを25μLの0.1mM NaHCO3水溶液に溶解し、そこに57mMのTandem Mass Tag(TMT;サーモサイエンティフィック社)のアセトニトリル溶液を1.5μL添加した。得られた混合溶液に対して超音波洗浄器を用いて5分間超音波処理した後、50℃で30分間反応をさせた(TMT- Asialofetuin glycopeptides(127-141)の生成)。さらに、100mMのNa2CO3溶液を2μL、アセチルアセトンを3μL添加して、70℃で一晩反応させた(改変TMT- Asialofetuin glycopeptides(127-141)の生成)。サイズ排除クロマトグラフィを用いて改変TMT- Asialofetuin glycopeptides(127-141)の精製を行い、遠心エバポレーターを用いて溶媒を除去した後、適宜希釈し、MALDI-QIT TOF MS (AXIMA-Resonance)を用いたMS解析及びMS/MS解析を行った。
得られたMS/MSスペクトルを図4に示す。図4においては、改変前のTMT- Asialofetuin glycopeptides(127-141)(TMT-GP4)のスペクトル(図4(a))と比較して改変TMT- Asialofetuin glycopeptides(127-141)(altered TMT- GP4)のスペクトル(図4(b))を示している。
【0054】
[実施例2]
Asialofetuin glycopeptides (127-141)(GP4)(配列番号2)1nmolを50μLの1M HCl溶液に溶解させた。この溶液に1.2μLのtetraethoxypropaneを添加して、1時間室温で反応させた(改変PG4の生成)。反応後MilliQで100倍に希釈してZip-Tipで脱塩精製を行った後、10mg/mLのMDPNA (Methanediphosphonic acid)を含む5mg/mL DHB溶液と混合し、MALDI-QIT TOF MS (AXIMA-Resonance)を用いてMS解析、MS/MS解析及びMS解析を行った。
得られたMS/MSスペクトルを図5に、MSスペクトルを図6に示す。各図においては、改変前のAsialofetuin glycopeptides (127-141)(GP4)のスペクトル(図5(a)、6(a))と比較して改変Asialofetuin glycopeptides(127-141)(altered GP4)のスペクトル(図5(b)、6(b))を示している。
【0055】
[実施例3]
Transferrin glycopeptides(603-623)(Transferrin GP2)(配列番号3)1nmolを25μLの100mM NaHCO3溶液に溶解した。この溶液に10pmolのCarboxypeptidase Bを添加し、37℃で1時間反応させた(Transferrin glycopeptides(603-622)(Arg除去 Transferrin GP2)(配列番号4)の生成)。サイズ排除クロマトグラフィを用いて精製を行った後、10mg/mLのMDPNA (Methanediphosphonic acid)を含む5mg/mL DHB溶液と混合し、MALDI-TOF MS(AXIMA-Performance)のLinearモードを用いたMS解析と、MALDI-QIT TOF MS (AXIMA-Resonance)を用いたMS/MS及びMS解析を行った。
得られたMSスペクトルを図7に、MS/MSスペクトルを図8に、MSスペクトルを図9に示す。各図においては、Transferrin glycopeptides(603-623)(Arg除去前のTransferrin GP2)のスペクトル(図7(a)、図8(a)、図9(a))と比較してArg除去後で得られたTransferrin glycopeptides(603-622)(Arg除去Transferrin GP2)のスペクトル(図7(b)、図8(b)、図9(b))を示している。
【0056】
[参考例1]
アルギニン残基を含む(including Arg)Transferrin glycopeptides(603-623)(GP2)と、アルギニン残基を含まない(not including Arg)Transferrin glycopeptides(402-414)(GP1)(配列番号6)とについてのMS/MSスペクトル及びMSスペクトルを、それぞれ図10(a)と図10(b)、及び図11(a)と図11(b)に示す。なお、図10(b)及び図11(b)においては、リジン残基Kの側鎖の構造を具体的に表示している(以後において同様)。
アルギニン残基を含まないTransferrin glycopeptides(402-414)では、糖鎖開裂由来のフラグメントイオン及びペプチド鎖開裂由来のフラグメントイオンが出現するのに対し、アルギニン残基を含むTransferrin glycopeptides(603-623)ではフラグメントイオンがあまり得られなかった。
【0057】
[参考例2]
リジン残基の側鎖アミノ基がグアニジノ基によってラベル化された(guanidino group labeled)Transferrin glycopeptides(402-414)(Transferrin GP1)と、ラベル化されていない(not labeled)Transferrin glycopeptides(402-414)(Transferrin GP1)とについてのMS/MSスペクトルをそれぞれ図12(a)及び図12(b)に示す。なお、図12(a)においては、ラベル化されたリジン残基をK’で表し、ラベル化リジン残基K’におけるラベル化側鎖の構造を具体的に表示している。
図が示すように、ラベル化によってペプチド鎖にグアニジノ基を含ませると、糖鎖開裂由来のフラグメントイオンの生成が抑制された。従って、グアニジノ基の除去や改変と、MS/MSにおけるフラグメントイオン生成効率の改善との関係性が示された。
【0058】
[参考例3]
TMPP(tris(2,4,6-trimethoxyphenyl)phosphoniumacetyl)基で修飾されたシアリルグルコペプチド(配列番号7)のMS/MSスペクトル及びMSスペクトルを、それぞれ図13(a)及び図13(b)に示す。
TMPP基は電荷を固定する性質を有する。図が示すように、TMPPで電荷を固定すると、糖鎖(GluNAc以外)の開裂及びペプチド鎖の開裂が生じなくなった。従って、糖鎖及びペプチド鎖の開裂にはプロトンが必要であることが示された。
【0059】
[実施例4]
糖ペプチドFetuin glycopeptides (127-141)(GP4)(配列番号1)0.1nmolを10μLの50mM NaHCO3水溶液に溶解し、そこに57mMのTandem Mass Tag(TMT;サーモサイエンティフィック社)のアセトニトリル溶液を1μL添加した。得られた混合溶液に対して超音波洗浄器を用いて5分間超音波処理した後、50℃で30分間反応をさせた(TMT- Fetuin glycopeptides(127-141)の生成)。得られた反応液をSpeedVac(サーモサイエンティフィック社)を用いて溶液除去し、その後、20μLのPAD反応用溶液(100mM Tris-HCl pH7.6, 50mM NaCl, 10mM CaCl2, 2mM DTT in water)に溶解した。さらに1μLのPAD4溶液(ケイマンケミカルカンパニー)を添加し、37℃で5時間反応させることにより、アルギニン残基Rをシトルリン残基R’(Cit)に変換した(改変TMT- Fetuin glycopeptides(127-141)の生成)。反応終了後、Zip-Tipを用いて脱塩処理を行い、10mg/mLのMDPNA (Methanediphosphonic acid)を含む5mg/mL DHB溶液(50% Acetonitrile/water 0.1% TFA)と混合し、MALDI-QIT TOF MS (AXIMA-Resonance)を用いたMS/MS解析及びMS解析を行った。
得られたMS/MSスペクトルを図14に示す。図14においては、改変前のTMT- Fetuin glycopeptides(127-141)のMS/MSスペクトル(図14(a))と比較して改変(Altered) TMT- Fetuin glycopeptides(127-141)のMS/MSスペクトル(図14(b))を示している。同様に、図15に、改変前のTMT- Fetuin glycopeptides(127-141)のMSスペクトル(図15(a))と比較した改変(Altered) TMT- Fetuin glycopeptides(127-141)のMSスペクトル(図15(b))を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]