(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記センサ部11は、前記処理部10に内在する前記培養液のpH値、温度値、溶存酸素濃度値および浸透圧値を計測することを特徴とする請求項1記載の細胞培養制御システム。
【背景技術】
【0002】
高分子な生体分子を利用するバイオ医薬品の生産は、生物反応により目的物質を生産する培養工程と、そこで発生した夾雑物を取り除き、目的物質の純度を上げる精製工程から構成される。バイオ医薬品を代表する抗体医薬品の培養工程では、主にCHO 細胞などの動物細胞が多く用いられるが、動物細胞は培養環境の影響を受けやすく、環境が適切に維持されないと目的生産物の収量および品質に影響を及ぼしてしまう。
【0003】
そのため、バイオ医薬品の生産は、化学薬品と比較してプロセスの影響を受けやすく、安定した生産が非常に難しい。ゆえに、高効率で安定な生産を実現するための生産技術の開発が強く望まれている。
【0004】
培養環境の悪化の要因としては、攪拌・ガス通気による力学的応力、栄養素や酸素の枯渇、細胞により産生される乳酸やアンモニアといった老廃物の蓄積などが挙げられる。
従って、培養液中の溶存酸素濃度、pH、温度、攪拌速度などの基本的な環境因子の制御を行いつつ、培養中に細胞が要求する物質を補填する製造方法が用いられている。ここで、培養中の補填物質としては、培養液に含まれる栄養成分や、増強剤と呼ばれる細胞の増殖速度または生産速度を向上させる物質などが挙げられる。
【0005】
培養中に物質を補填する培養方法には、連続培養(Continuous Culture)、灌流培養(Perfusion Culture)、流加培養(Fed-Bach Culture)がある。
連続培養、灌流培養はいずれも培養環境を一定に保ちやすく、安定した生産が行えることが特徴だが、一度コンタミネーション(雑菌混入)が起きると汚染も継続してしまうリスクや、培養液の大量消費によるコスト高などのデメリットがある。
【0006】
これに対して、流加培養は、培養中に流加用培養液(フィード剤)の投入は行うが、抜き取りは行わない培養方法である。細胞にとって有害な乳酸やアンモニアといった老廃物を希釈しながら細胞の高密度化を図る培養方法であり、現在の商業生産では主流な培養方法となっている(たとえば、特許文献1、特許文献2、非特許文献1)。
【0007】
特許文献1には、pHや温度などのオンラインモニタリング値と、細胞濃度や細胞代謝成分などのサンプリングによる分析値から、比増殖速度や比生産速度など、細胞培養にとって重要な因子を算出し、それらの予測値と実績値を確認しながら培養する方法が記載されている。
【0008】
特許文献2には、培養中に複数回のサンプリング分析を行うことで、生細胞数変動量と培地成分減少量を把握し、それらの関係に基づいて培養液に含まれる成分を添加し、培養液中の成分を一定に保つ方法が記載されている。
【0009】
このように、特許文献1、2には、培養環境を細胞にとって良好な状態に維持しつつ培養する方法が記載されているが、何れの方法とも、サンプリングによる培養液の分析が必要である。
【0010】
非特許文献1には、栄養源低濃度制御による収率向上の効果以外にも、それらの濃度変化が抗体品質に関わる糖鎖付加パターンに影響することが示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1、2の細胞培養方法が必須とする、サンプリングによる培養液の成分分析には、約1時間程度の時間を要するうえに回数を増やすにもコンタミネーションリスクの増大や工数上の制約があるため、通常は日に1度程度の分析と成らざるを得ない。そのため、その時々の培養状態(培養液の各成分濃度など)を把握しているとは言い難い。
また培養時に、たとえば「基質濃度」を一定に保つような制御は難しく、非特許文献1に開示されているような濃度範囲(±0.1mM程度)を実現することは容易ではない。
【0014】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて考案されたものであり、細胞状態(比増殖速度や比生産速度、比消費速度など)に合せた培養環境が構築できるように、基本環境因子の操作出力値、栄養源やフィード剤および増強剤などの添加タイミングを制御可能とする、細胞培養制御システム及び細胞培養制御方法に関する提案である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の請求項1に記載の細胞培養制御システムは、培養液の中において細胞を培養する処理部(たとえば、バイオリアクター、処理槽、タンクなど)10と、前記培養液の物理的化学的変数を予め設定された制御設定値に基づいて制御する制御部15とを含む細胞培養制御システムにおいて、前記培養液の中の代謝物濃度値を計測するセンサ部11と、前記センサ部11の出力に基づいて時系列データを生成して格納する記憶部13と、前記時系列データの特徴点を抽出する抽出部14と、前記抽出部4の出力に基づき前記制御設定値を変更する制御設定部19と、を備えることを特徴とする。
本発明の請求項2に記載の細胞培養制御システムは、請求項1において、前記センサ部11により獲得した前記代謝物濃度値から、該代謝物濃度値の速度成分を算出する算出部12を備え、前記記憶部13が前記算出部12の出力から時系列データを生成して格納することを特徴とする。
【0016】
本発明の請求項3に記載の細胞培養制御システムは、請求項1または2において、前記制御設定部19は、前記抽出部14の出力のタイミングで所定の添加物の投入量を定め、前記制御部15は、前記制御設定部19が定めた前記添加物の投入量に対応して、添加物の供給源と前記処理部10との間に配された制御手段25を供給/遮断動作させることを特徴とする。
本発明の請求項4に記載の細胞培養制御システムは、請求項3において、前記抽出部14の出力は、前記抽出された前記時系列データの特徴点であり、前記センサ部11が計測した前記培養液中の乳酸濃度値から、前記算出部12が乳酸比生産速度を算出し、前記乳酸比生産速度の符号が正から負に変化する変位点を、前記特徴点として用い、前記抽出部14の出力に基づいて、前記制御手段25が前記添加物としてフィード剤または増強剤を投入することを特徴とする。
本発明の請求項5に記載の細胞培養制御システムは、請求項3において、前記抽出部14の出力は、前記抽出された前記時系列データの特徴点であり、前記センサ部11が計測した前記培養液中のアンモニア濃度値のトレンドの変位点を、前記特徴点として用い、前記抽出部14の出力に基づいて、前記制御手段25が前記添加物としてフィード剤または増強剤を投入することを特徴とする。
【0017】
本発明の請求項6に記載の細胞培養制御システムは、請求項1または2において、前記制御設定部19は、前記抽出部14の出力のタイミングで、所定の投入物の制御設定値を第1の制御設定値から第2の制御設定値へ変化させ、前記制御部15は、前記制御設定部19が定めた前記第2の制御設定値に対応して、前記投入物の供給源と前記処理部10との間に配された前記制御手段25を供給/遮断動作させることを特徴とする。
本発明の請求項7に記載の細胞培養制御システムは、請求項6において、前記制御設定値は、前記センサ部11が計測した、前記処理部10に内在する前記培養液の栄養源濃度値であり、前記抽出部14の出力に基づいて、前記制御手段25は前記栄養源濃度値が前記第2の制御設定値に一致するように前記栄養源を投入することを特徴とする。
本発明の請求項8に記載の細胞培養制御システムは、請求項6において、前記制御設定値は、前記センサ部11が計測した、前記処理部10に内在する前記培養液のpH値であり、前記抽出部14の出力に基づいて、前記制御手段25は前記pH値と前記第2の制御設定値とが一致するように、pHを上げる場合にはアルカリ溶液を投入し、pHを下げる場合にはCO
2 ガスを投入することを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項9に記載の細胞培養制御システムは、請求項6において、前記制御設定値は、前記センサ部11が近赤外分光分析法を用いて計測した、前記処理部10に内在する前記培養液の浸透圧値であり、前記抽出部14の出力に基づいて、前記第2の制御設定値が前記浸透圧値よりも低い場合には、前記制御手段25は前記浸透圧値が前記第2の制御設定値に一致するように塩化ナトリウムを投入することを特徴とする。
本発明の請求項10に記載の細胞培養制御システムは、請求項6において、前記制御設定値は、前記センサ部11が計測した、前記処理部10に内在する前記培養液の温度値であり、前記抽出部14の出力に基づいて、前記制御手段25は前記温度値が前記第2の制御設定値に一致するように前記培養液の温度調整手段を制御することを特徴とする。
本発明の請求項11に記載の細胞培養制御システムは、請求項6において、前記制御設定値は、前記センサ部11が計測した、前記処理部10に内在する前記培養液の溶存酸素濃度値であり、前記抽出部14の出力に基づいて、前記制御手段25は前記溶存酸素濃度値が前記第2の制御設定値に一致するように前記培養液の通気調整手段を制御することを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項12に記載の細胞培養制御システムは、請求項1または2において、前記算出部2は、前記センサ部11の出力を所定の期間で平均化して代表値を算出する平均化手段Aを有し、前記代表値の速度成分を算出することを特徴とする。
本発明の請求項13に記載の細胞培養制御システムは、請求項1または2において、前記センサ部11が、前記処理部10に内在する前記培養液の栄養源濃度値、代謝物濃度値、pH値、温度値、溶存酸素濃度値および浸透圧値を計測し、前記抽出部14が前記時系列データの予測値を算出するシミュレーション部7を有し、前記予測値の特徴点を抽出することを特徴とする。
本発明の請求項14に記載の細胞培養制御システムは、請求項1または2において、前記センサ部11が前記処理部10に内在する前記培養液の栄養源濃度値を計測し、前記記憶部13が前記栄養源濃度値に基づいて時系列データを生成して格納するとともに、前記時系列データの特徴点を格納し、前記栄養源濃度値の時系列データと前記代謝物濃度値の時系列データと前記特徴点とを表示する表示部18と、前記制御設定部19に接続され前記制御設定の値を入力する入力部Bとを備えることを特徴とする。
【0020】
本発明の請求項15に記載の細胞培養制御方法は、培養液の中において細胞を培養する処理部10と、前記培養液の物理的化学的変数を予め設定された制御設定値に基づいて制御する制御部15とを含む細胞培養制御方法において、センサ部11において前記培養液の中の代謝物濃度値を計測するステップS1と、記憶部13において前記センサ部11の出力に基づいて時系列データを生成して格納するステップS2と、抽出部14において前記時系列データの特徴点を抽出するステップS4と、制御設定部19において前記抽出部14の出力に基づき前記制御設定値を変更するステップS5と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、細胞状態に合せた基質濃度制御を行うことが可能となる。これにより、処理部10に内在する培養液は、老廃物の過剰な蓄積が抑制され、かつ栄養の枯渇を防ぐことができる。ゆえに、本発明は、細胞の高密度化や、目的物質生産に好適な濃度が維持されることによる生産物濃度の高濃度化など、生産性の向上を図ることが可能な、細胞培養制御システムおよびその制御方法の提供に寄与する。
また、本発明においては、細胞状態変化に基づくフィード剤および増強剤の添加を行うことにより、生物由来のばらつきに追従してフィードを行うことができる。ゆえに、本発明は、バッチ間において、細胞状態と基質濃度の関係がばらつかず、著しく安定した生産をもたらす。
さらに、本発明においては、基質濃度制御とフィード剤などの投入タイミング制御が同一バッチで同時に実施可能である(
図8)。ゆえに、本発明は、収率の向上および安定した生産にも貢献する。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下では、本発明に係る細胞培養制御システム及び細胞培養制御システムの制御方法について、図面に基づいて説明する。
【0024】
図1は、本発明に係る細胞培養制御システムの一構成例を示すブロック図である。
本発明に係る細胞培養制御システム1は、培養液の中において細胞を培養する処理部(たとえば、バイオリアクター、処理槽、タンクなど)10と、前記処理部10内における前記培養液の物理的化学的変数を予め設定された制御設定値(以下、目標値とも呼ぶ)に基づいて制御する制御部15とを含んでいる。また、前記培養液の中の代謝物濃度値を計測するセンサ部11と、前記センサ部11の出力に基づいて時系列データを生成して格納する記憶部13と、前記時系列データの特徴点を抽出する抽出部14と、前記抽出部4の出力に基づき前記制御設定値(目標値)を変更する制御設定部19と、を備えている。
【0025】
上記構成により、細胞培養制御システム1を構成する制御部15は、培養液の中において細胞を培養する処理部10内における前記培養液の物理的化学的変数を予め設定された制御設定値(以下、目標値とも呼ぶ)に基づいて制御することができる。ゆえに、本発明によれば、細胞状態に合せた基質濃度制御を行うことが可能となる。よって、処理部10に内在する培養液は、老廃物の過剰な蓄積が抑制される。その結果、細胞の高密度化や、目的物質生産に好適な濃度が維持されることによる生産物濃度の高濃度化など、生産性の向上を図ることが可能な、細胞培養制御システムが得られる。
その際、前記制御設定値は、前記センサ部11の出力に基づいて時系列データを生成して格納する記憶部13と、前記時系列データの特徴点を抽出する抽出部14と、前記抽出部4の出力に基づき前記制御設定値(目標値)を変更する制御設定部19とにより、提供される。
【0026】
以下では、細胞培養制御システム1の構成について、
図1に基づき詳述する。
<センサ部11>
センサ部11は、処理部10に内在する培養液の栄養成分、細胞の代謝成分をモニタリングする機能を備えており、処理部(以下、バイオリアクター、処理槽、タンクとも呼ぶ)10」に接続される。
センサ部11は、インラインにてモニタリングする場合、センサ部11を構成するセンサ機能部(不図示)は、処理部10の中に直接挿入(浸漬)して用いられる。
【0027】
センサ部11は、培養液の中の細胞密度(生存率も含む)と代謝物濃度値と栄養源濃度値とpH値と温度値と溶存酸素濃度値と浸透圧値を計測する機能を備えている。
ここで、代謝物には、乳酸、アンモニアが含まれる。栄養源には、グルコース、グルタミンが含まれる。
センサ部11において、温度、pH、溶存酸素濃度は、それぞれ独立のセンサ機能部(不図示)で計測される。
【0028】
センサ部11において、細胞密度は、染色による画像認識または浸漬型の静電容量センサ(
図1のセンサ部11内に、このセンサをCとして表記)を用いて計測される。特に、「染色による画像認識」とは、トリパンブルーと細胞培養液を混合することにより細胞を染色し、ガラスやプラスチックのスライド(一定のスペースが空いている)に混合溶液を挿入後、画像処理を行い染色されない生細胞と青色に染色される死細胞の数をカウントし、生細胞密度と生存率を自動で計算する手法である。この他に、血球計算盤を使用してマニュアルでカウントしてもよい。また、細胞密度の測定方法としては、NIRS(near-infrared (NIR) spectroscopy:近赤外分光分析法)を用いてもよい。
【0029】
代謝物濃度と栄養源濃度は、NIRSのセンサまたは酵素電極法のセンサ、比色法のセンサ(
図1のセンサ部11内に、これらのセンサをDとして表記)を用いて計測される。浸透圧はNIRSで計測する。例えば、数分おきに計測する。
NIRSのセンサは、事前に各成分値と吸光度を関連付けた検量線を作成しておき、1度の測定で多成分の分析を行う。ベースライン変動や水分の吸収帯域を利用することで、細胞の数や浸透圧についての分析も可能となる。1回の測定時間は数分程度である。
【0030】
<記憶部13>
記憶部13は、センサ部11の出力側に接続されており、センサ部11の出力に基づいて時系列データを生成して格納する。たとえば、記憶部13では、数分おきの時系列データが形成される。
また、記憶部13は、算出部12の出力側にも接続されており、算出部12の出力に基づいて時系列データを生成して格納する。
【0031】
さらに、記憶部13は、抽出部14にも接続されており、抽出部4の出力に基づいて特徴点を格納する。抽出部4の出力としては、たとえば、代謝物濃度値と代謝物比生産速度値、栄養源濃度値と栄養源比消費速度値、pH値、温度値、溶存酸素濃度値と溶存酸素比消費速度値、浸透圧値などが挙げられる。これらの時系列データを、記憶部13は生成して格納する。また、これらの時系列データから取得した特徴点についても、記憶部13は格納する機能を備えている。
【0032】
<算出部12>
算出部12は、記憶部13に接続されるとともに、記憶部13を介してセンサ部11に接続されている。
算出部12は、比速度(細胞1匹あたりの各変数の速度)を算出する。比速度としては、たとえば、比増殖速度、栄養源比消費速度、代謝物比生産速度が挙げられる。
【0033】
比増殖速度μは、全細胞濃度Xtおよび生細胞濃度Xνと、式(1)の関係にあるので、「比増殖速度μ=1/Xν・(dXt/dt)」として算出される。
【0035】
栄養源比消費速度の一例である、グルコース比消費速度濃度νGlucは、生細胞濃度Xνと、式(2)の関係にあるので、「グルコース比消費速度νGluc=−1/Xν・(dXdGluc/dt)」として算出される。
【0036】
【数2】
なお、グルタミンについても、上記グルコースと同様に算出される。
【0037】
代謝物比生産速度の一例である、乳酸乳酸比生産速度ρLacは、生細胞濃度Xνと、式
(3)の関係にあるので、「乳酸比生産速度ρLac=1/Xν・(dLac/dt)」として算出される。
【0038】
【数3】
なお、アンモニアについても、上記乳酸と同様に算出される。
【0039】
<平均化設定手段A>
平均化設定手段Aは、上述した算出部12の中に配置されており、記憶部13に接続されるとともに、記憶部13を介してセンサ部1に接続されている。
平均化設定手段Aは、センサ部11の出力を所定の期間で平均化して代表値を算出するとともに、この代表値の速度成分も算出する。
【0040】
<抽出部14>
抽出部14は、記憶部3に接続されており、記憶部3に格納された時系列データの特徴点(たとえば、ピーク点や変化点)を抽出する。たとえば、
図6に示すように、n個のデータ区間の代表値を順次算出し、3に格納する。数分置きに測定される各濃度値および算出値には一定のばらつきが含まれるため、適当な直近n個のデータから平均値や中央値などの代表値を算出する。
【0041】
具体的には、代謝物濃度値の時系列データの特徴点を抽出する。乳酸値の時系列データの特徴点を抽出する。たとえば、
図4や
図5に示すようなフローチャートに基づき、細胞状態変化のタイミングを決定する。
また、抽出部14は、比速度の時系列データの符号が変化した時刻を抽出する。たとえば、乳酸値が増加から減少に転じた時刻を抽出する。
さらに、抽出部14は、比速度の時系列データの符号が変化しない時間帯(たとえば、増加傾向を示す時間帯、減少傾向を示す時間帯、略一定値を示す時間帯)において、時系列データの傾斜角度の増減を抽出してもよい。
【0042】
<シミュレーション部17>
シミュレーション部17は、上述した抽出部14の中に配置されており、記憶部13に接続されている。
シミュレーション部17は、予め作成された物理モデルまたは化学モデル(物質収支、エネルギー収支など第一原理に基づくモデル)と生物学モデル(生物学の経験値事実に基づくモデル)から、記憶部3に格納された時系列データを基に、時系列データの数時間先から1日先を算出する。ここで、算出する時系列データとは、「培養液の中の栄養源濃度値と温度値とpH値と溶存酸素濃度値と浸透圧値の時系列データから代謝物濃度値の時系列データの予測値」である。
【0043】
シミュレーション部17が、上記の予測値を利用する場合には、例えば
図5に示すフローチャートに基づき、細胞状態変化のタイミングを決定する。乳酸の継時変化に限らず、基質や代謝物などの各比速度の継時変化からも細胞状態の変化点を決定することができる。予め細胞状態変化の算出に用いるパラメータは予備実験により定めておく。
また、細胞状態の変化点、すなわち特徴点(たとえば、ピーク点や変化点)に関する情報は、添加物や栄養源の投入に関わる制御部15(添加物制御部15a、栄養源制御部15b)、あるいは基本関係因子に関わる制御部15(pH制御部15c、浸透圧制御部15d、通気制御部15e、温度制御部15f、攪拌制御部15g)に出力する。
【0044】
<制御設定部19>
制御設定部19は、抽出部14に接続されている。
制御設定部19は、第1の制御設定値、第2の制御設定値を予め格納している。また、添加物投入量も予め格納している。
制御設定部19は、抽出部4の出力のタイミングで、所定の添加物投入量を定めるとともに、第1の制御設定値から第2の制御設定値へ変化させる。
また、制御設定部19は、入力部Bに接続されており、入力部Bの出力に基づき、第1の制御設定値、第2制御設定値、添加物投入量を変更する。
【0045】
<制御部15>
制御部15は、添加物制御部15a、栄養源制御部15b、pH制御部15c、浸透圧制御部15d、通気制御部15e、温度制御部15f、攪拌制御部15gから構成されている。
[添加物制御部15a]
添加物制御部15aは、制御設定部19に接続されており、制御設定部19から出力される情報(添加物投入量出力)に基づき、第一制御手段25aを供給/遮断動作させることにより、第一供給源35aから添加物(乳酸やアンモニアなど)を、処理部10の培養液に投入して、処理部10に内在する培養液の添加物濃度値を調整する。
第一制御手段25aとしては、たとえば、バルブ、弁、流量計などが挙げられる。供給/遮断動作としては、開状態(フルオープン)と閉状態(クローズ)の他に、半開状態(ミドルオープン)とされる設定があってもよい。
【0046】
[栄養源制御部15b]
栄養源制御部15bは、制御設定部19に接続されているとともに、センサ部11に接続されている。
栄養源制御部15bは、センサ部11で計測される栄養源濃度値が、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)となるように、第二制御手段25bを供給/遮断動作させることにより、第二供給源35bから栄養源(グルコースやグルタミンなど)を、処理部10の培養液に投入して、処理部10に内在する培養液の栄養源濃度値を調整する。
第二制御手段25bとしては、たとえば、バルブ、弁、流量計などが挙げられる。供給/遮断動作としては、開状態(フルオープン)と閉状態(クローズ)の他に、半開状態(ミドルオープン)とされる設定があってもよい。
【0047】
[pH制御部15c]
pH制御部15cは、制御設定部19に接続されているとともに、センサ部11に接続されている。
pH制御部15cは、センサ部11で計測されるpH値が、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)よりも低い値を示す場合は、第三制御手段25cを供給/遮断動作させることにより、第三供給源35cからアルカリ溶液を、処理部10の培養液に投入して、処理部10に内在する培養液のpHを上げるように誘導する。
逆に、pH制御部15cは、センサ部11で計測されるpH値が、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)よりも高い値を示す場合は、第五制御手段25eを供給/遮断動作させることにより、第五供給源35eからCO
2 ガスを投入して、処理部10に内在する培養液のpH値を下げるように誘導する。
第三制御手段25cおよび第五制御手段25eとしては、たとえば、バルブ、弁、流量計などが挙げられる。供給/遮断動作としては、開状態(フルオープン)と閉状態(クローズ)の他に、半開状態(ミドルオープン)とされる設定があってもよい。
【0048】
[浸透圧制御部15d]
浸透圧制御部15dは、制御設定部19に接続されているとともに、センサ11に接続されている。
浸透圧制御部15dは、センサ部11で計測される浸透圧値が、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)となるように、第四制御手段25dを供給/遮断動作させることにより、制御設定値が計測された浸透圧値よりも低い場合には、第四供給源35dからNaClを、処理部10の培養液に向けて投入して、処理部10に内在する培養液の浸透圧値を調整する。
第四制御手段25dとしては、たとえば、バルブ、弁、流量計などが挙げられる。供給/遮断動作としては、開状態(フルオープン)と閉状態(クローズ)の他に、半開状態(ミドルオープン)とされる設定があってもよい。
【0049】
[通気制御部15e]
通気制御部15eは、制御設定部19に接続されているとともに、センサ部11に接続されている。
通気制御部15eは、センサ部11で計測される溶存酸素濃度値が、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)となるように、第五制御手段25eを供給/遮断動作させることにより、第五供給源35eから所望のガス(Air、O
2、CO
2、N
2など)を、処理部10の培養液に向けて誘導する。
第五制御手段25eとしては、たとえば、バルブ、弁、流量計などが挙げられる。供給/遮断動作おいて、第五制御手段25eは各種ガスを取り扱うことから、バルブや弁とともに、流量計を併設する構成が好ましい。この構成によれば、単なる開状態(フルオープン)と閉状態(クローズ)の他に、半開状態(ミドルオープン)において流量制御を行うことも可能となる。
【0050】
[温度制御部15f]
温度制御部15fは、制御設定部19に接続されているとともに、センサ部11に接続されている。
温度制御部15fは、センサ部11で計測される温度値が、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)となるように、ヒータ(不図示)の電力を調整する。ヒータ(不図示)は、処理部10の内側(培養液側)に配置する構成に限定されず、処理部10の外側に配置してもよい。
【0051】
[攪拌制御部15g]
攪拌制御部15gは、制御設定部19に接続されている。
攪拌制御部15gは、制御設定部19から出力される情報(制御設定値)となるように、処理部10に内在する培養液を攪拌するためのモータ(不図示)の電力を調整する。
【0052】
図2は、本発明に係る細胞培養制御システムの制御方法を示すフローチャートである。
本発明に係る細胞培養制御システムにおいては、処理部10に内在する培養液の培養状態(培養液の各成分濃度など)を把握し、所望の培養状態を維持・管理を行う。ただし、
図2のフローチャートは一例であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0053】
以下、
図2のフローチャートに基づき、細胞培養制御システムの制御方法について説明する。
(S1)センサ部11において、処理部10に内在する培養液中の代謝物濃度値を計測する。センサ部11は、計測された代謝物濃度値に関する情報を、記憶部13へ出力する。
(S2)記憶部13において、センサ部11で計測された代謝物濃度値の時系列データを生成し、格納する。記憶部13は、格納した代謝物濃度値の時系列データに関する情報を、算出部12へ出力する。
【0054】
(S3)算出部12において、記憶部13に格納された代謝物濃度の時系列データと、センサ部11で計測された細胞密度とから、代謝物比生産速度値を算出し、時系列データとして記憶部13に格納する。算出部12は、記憶部13から入手した代謝物濃度の時系列データと、記憶部13へ格納した代謝物比生産速度値の時系列データとに関する情報を、抽出部14へ出力する。
【0055】
(S4)抽出部14において、代謝物濃度値もしくは代謝物比生産速度値の時系列データから特徴点を抽出する。抽出部14は、抽出した特徴点に関する情報を、制御設定部19へ出力する。
(S5)制御設定部19は、抽出部14から入手した特徴点に関する情報(出力)に基づき、栄養源濃度設定値を第一の設定値から第二の設定値へ変更し、この情報(新たな添加物投入量設定値=第二の設定値)を添加物制御部15aへ出力する。
【0056】
(S6)添加物制御部15aは、制御設定部19から入手した添加物投入量に関する情報(新たな添加物投入量設定値=第二の設定値)に基づき、第一制御手段25aを供給/遮断動作させる。これにより、添加物制御部15aは、第一供給源35aから添加物(フィード剤や増強剤など)を、処理部10の培養液に投入して、処理部10に内在する培養液の添加物濃度値を、第二の設定値に調整する。
【0057】
シミュレーション部17の予測値を用いる場合には、濃度設定値と予測値の差分が無くなるように栄養成分投入量を算出する。その算出された投入量に相当する情報が、第1制御手段25aおよび第1供給源(添加物)に相当する、投入用ポンプ(不図示)へ出力される。
【0058】
また、算出部14から細胞状態変化の信号が入力された場合には、複数の濃度設定値を順次切り替える。さらに、算出部14からの信号が入力された時、予め設定された添加物投入量に基づいて、第1制御手段25aおよび第1供給源(添加物)に相当する、投入用ポンプ(不図示)へ出力される。
【0059】
(S7)栄養源制御部15bは、制御設定部19から入手した栄養源濃度値に関する情報(新たな添加物投入量設定値=第二の設定値)に基づき、第二制御手段25bを供給/遮断動作させる。これにより、栄養源制御部15bは、第二供給源35bから栄養源(グルコースやグルタミンなど)を、処理部10の培養液に投入して、処理部10に内在する培養液の栄養源濃度値を、第二の設定値に調整する。
【0060】
栄養源制御部15bについても、前述した添加物制御部15aと同様に3つの場合が想定される。すなわち、
一つ目は、予め設定された濃度設定値[処理部10内における培養液の物理的化学的変数を予め設定された制御設定値(目標値)]に対して、センサ部11の測定値または算出部12の算出値が低い値となった場合である。
二つ目は、シミュレーション部17の予測値を用いる場合である。
三つ目は、算出部14から細胞状態変化の信号が入力された場合である。
何れの場合も、前述した添加物制御部15aと同様に、栄養源制御部15bは機能するように設定される。
【0061】
以下では、細胞培養制御システム1の動作について説明する。
<乳酸の場合>
処理部10に内在する培養液中の細胞が増殖する(細胞密度が増加する)と、乳酸が増加する。これに伴い、センサ部11の出力値が増加し、記憶部13の時系列データは増加する。算出部12の乳酸比生産速度は正の値になる。抽出部14は特徴点が無いため変化しない。その結果、制御設定部19は第1の制御設定値を保持する。ゆえに、添加物制御部15aは第1の制御設定値に基づいて動作する(
図6、
図8、
図9)。
【0062】
乳酸が増加から減少に転じると、センサ部11の出力が減少に転じる。これに伴い、記憶部13の時系列データは減少するため、算出部12の乳酸比生産速度は負の値になる。ゆえに、抽出部14は時系列データの符号の変化の時刻を特徴点(ピーク点または変化点)とする。制御設定部19は第1の制御設定部から第2の制御設定部へ変化する。よって、添加物制御部15aは、第1の制御設定部に基づく動作から、第2の制御設定部に基づく動作へ変化する。
【0063】
<アンモニアの場合>
同様に、処理部10に内在する培養液中の細胞が増殖する(細胞密度が増加する)と、アンモニアが増加する。これに伴い、センサ部11の出力値が増加し、記憶部13の時系列データは増加する。算出部12のアンモニア比生産速度は正の値になる、抽出部14は特徴点が無いため変化しない。その結果、制御設定部19は第1の制御設定値を保持する。ゆえに、栄養源制御部15bは第1の制御設定値に基づいて動作する(
図6、
図8、
図9)。
【0064】
アンモニア濃度の時系列データが変化すると、センサ部11の出力が変化する。これに伴い、記憶部13の時系列データは変化する。抽出部14は時系列データの変化の時刻を特徴点(ピーク点または変化点)とする。制御設定部19は第1の制御設定部から第2の制御設定部へ変化する。よって、栄養源制御部15bは、第1の制御設定部に基づく動作から、第2の制御設定部に基づく動作へ変化する。
【0065】
乳酸およびアンモニアの何れの場合であっても、オペレータは、表示部8を見て、入力部Bを使って、制御設定値を修正する。細胞密度や生存率が想定の範囲を超えた場合には、オペレータは、新たな制御設定値を入力する。
なお、ここでは、オペレータが操作するとして説明したが、オペレータの代りにコンピュータなどが、予め決められたルールに基づき、制御設定値の修正や新たな制御設定値の入力を行うように、本発明に係る細胞培養制御システム1を構築してもよい。
【0066】
以下では、本発明に係るキーワードに説明する。
<細胞の状態とその変化について>
本発明における「細胞の状態」とは、比増殖速度や栄養成分の比消費速度、代謝物の比生産速度など、細胞1つあたりの増殖性やエネルギー代謝の状態、目的蛋白の生産性などの指標になる生物的因子およびそれらの比で表されるパラメータである。
通常それらの比速度およびパラメータは、オフライン分析により1日に1〜2度程度の頻度で測定され、積分法などを用いて近似的に算出される。
【0067】
従って、データの数は少なく、そこから算出される数値は、常に半日から1日単位で平均化された過去の値として得られる。
また、代謝成分濃度は一般的に培養液中増加傾向となるが、例えば乳酸は、細胞状態(代謝状態)の変化により、産生されていた状態から消費される状態へと切り替わることが知られている。
これらの情報は、たとえば、非特許文献2や非特許文献3などに掲載されている。
【0068】
<フィード剤の添加について>
通常、フィード剤及び増強剤は培養中に不足した栄養分の補填や、増殖性、生産性を高める成分の添加、蓄積した老廃物の希釈などを目的に投入されるが、そのタイミングについては一意的に決められているものではない。
ユーザーが単一もしくは複数のフィード剤を混合し、培養時間(日数)や細胞数などの指標を基に条件出しを行うことで投入のタイミングを決定するのが一般的である。
【0069】
生産性を上げるためには、増殖期には出来るだけ細胞増殖にエネルギーが利用され、生産期以降は目的生産物の産生にエネルギーが利用されるのが理想とされる。そのため、各フェーズにおいて適切な培地成分濃度は異なり、培養中にそれらの成分の添加が行われる。
しかしながら、細胞培養は生物由来のばらつきを持つため、バッチ間において細胞増殖の様子(細胞状態の継時変化)が同一になるとは限らない。従って、フィードタイミングを培養時間や細胞の数で決めてしまうと、細胞の状態に追従した添加が困難となる場合がある。
【0070】
<浸透圧について>
浸透圧は培養における重要な環境因子である。浸透圧の制御については、栄養源やNaClなどのフィードを調整することで実現できる。
図6にはバッチ培養(グルコースはショット投入)における、グルコース濃度と浸透圧(氷点降下法により測定)の関係を示すが、浸透圧トレンドはほぼグルコース濃度トレンドに依存し、フィード制御により浸透圧がコントロール出来ることを示している。培養液の初期の浸透圧は、通常は等張液(半透膜を通過できない物質の濃度が細胞内の水溶液のものと等しい水溶液)程度(280 osmol/Kg 程度)に調整されているが、培養経過に伴って、アルカリ溶液や栄養成分の投入、細胞の代謝などに起因して浸透圧は変動する。浸透圧が細胞の増殖や抗体産生に、どのように影響を及ぼすかについては、たとえば、非特許文献4、5、6などに示されている。
【0071】
<NIRSについて>
NIRS(near-infrared (NIR) spectroscopy)は、近赤外領域での分光法であり、測定対象に近赤外線を照射し、各波長成分の吸光度変化によって測定対象の成分を算出する方法である。
測定対象に含まれる成分の分子振動に起因した光吸収を利用するが、NIRSでは倍音・三倍音を観測するため、様々な要因が関連して複雑な吸収スペクトルとなる。
【0072】
しかし、中赤外、遠赤外と比較して、分析の弊害となる水の吸収が極めて小さいため、培養液のような水溶液を測定するのに適している。
事前に各成分値と吸光度を関連付けた検量線の作成をしておくことで、1度の測定で多成分の分析が可能であり、本発明のように、培養液中の複数の栄養成分、代謝成分を測定するのに適している。
【0073】
また、培養液中に存在する細胞は測定波長域の光を散乱するため、吸収スペクトルのベースライン変動に寄与する。これを利用し、細胞の数とベースライン変動との関係を検量することで、細胞数も同時に測定可能である。
さらに、スペクトル中の水分の吸収帯域を利用することで、培養における重要な環境因子の一つである浸透圧の測定も可能である。浸透圧は水溶液中の溶質のモル濃度に比例するが、この溶質の量が変動することにより測定領域(光が透過する領域)の水分の割合が変化し、当該吸収帯域のピーク値は変動する(溶質の量が増えるとほとんどの場合において測定領域の水分の割合は減少し、吸収ピークは下がる)傾向がある。
【0074】
以上、本発明に係る細胞培養制御システムおよび細胞培養制御システムの制御方法について説明してきたが、本発明はこれに限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で、適宜変更が可能である。