【実施例】
【0078】
以下に、実施例を示して、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、以下において、%の記載は特に断りがない限り重量%を表す。
【0079】
[実施例1]シアリルラクトースの修飾化
実施例1では、α2,3‐シアル酸を有する遊離糖鎖試料として3’‐シアリルラクトース、α2,6‐シアル酸を有する遊離糖鎖試料として6’‐シアリルラクトースを用い、アミンの種類および反応条件による修飾化の影響について検討を行った。
【0080】
(糖鎖試料の調製)
3’‐シアリルラクトースおよび6’‐シアリルラクトース(いずれも東京化成より購入)を、それぞれ水に溶解した後分注し、遠心濃縮(SpeedVac)により溶媒を除き乾固させた。
【0081】
(アミンとの反応)
糖鎖試料に、各種アミンの塩酸塩(アンモニウム塩酸塩、メチルアミン塩酸塩、エチルアミン塩酸塩、ジメチルアミン塩酸塩、プロピルアミン塩酸塩、イソプロピルアミン塩酸塩、およびブチルアミン塩酸塩)をDMSOに溶解したもの(アミン塩酸塩濃度:1M〜4M)を、それぞれ10μL加えた。次いで、脱水縮合剤として、ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)および1‐ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)をそれぞれの濃度が500mMとなるようにDMSOに溶解したものを10μL加え、室温で2分間撹拌した後、37℃で1時間反応させた。反応後の溶液に、93.3%アセトニトリル(ACN)、0.13%トリフルオロ酢酸(TFA)溶液を120μL加えて希釈した。
【0082】
(反応物の精製)
精製用の担体として、cotton HILIC microtipを用いた。まず、200μLチップの先端にコットンを詰めた。ピペッティングにより200μLの水の吸引と排出を3回繰り返し、洗浄を行った。次に、60μLの99% ACN, 0.1% TFA溶液の吸引と排出を3回繰り返し、平衡化を行った。希釈後の反応溶液中で10回ピペ
ッティングし、反応溶液中の糖鎖をコットンに吸着させた。次に、150μLの99% ACN, 0.1% TFA溶液の吸引と排出を3回繰り返し、洗浄を行った。最後に、水20μL中で5回ピペッティングし、水中に糖鎖を溶出させた。
【0083】
(質量分析)
水中に溶出した試料1μLをフォーカスプレートに滴下し、マトリックスとして、50% ACNに溶解させた10mg/mL 2,5‐ジヒドロキシ安息香酸(DHB), 1mM NaClを0.5μL加えた。乾燥後、0.2μLのエタノールを滴下して再結晶化させた。この試料を、MALDI-QIT-TOF-MS (AXIMA-Resonance, Shimadzu/Kratos) により、正イオンモードで質量分析を行った。
【0084】
6’‐シアリルラクトースを、メチルアミンと反応させた試料のマススペクトルを
図1(A1)、イソプロピルアミンと反応させた試料のマススペクトルを
図1(B1)に示す。3’‐シアリルラクトースを、メチルアミンと反応させた試料のマススペクトルを
図1(A2)、イソプロピルアミンと反応させた試料のマススペクトルを
図1(B2)に示す。
【0085】
(分析結果)
α2,6‐シアル酸を有する6’‐シアリルラクトースを、脱水縮合剤存在下でメチルアミンと反応させた試料は、m/z 669に正イオンマススペクトルのピークを有し(
図1(A1))、ほぼ100%メチルアミド化されていた。また、6’‐シアリルラクトースを、脱水縮合剤存在下でのイソプロピルアミンと反応させた試料は、m/z 697に正イオンマススペクトルのピークを有し(
図1(B1))、ほぼ100%イソプロピルアミド化されていた。
【0086】
α2,3‐シアル酸を有する3’‐シアリルラクトースを、脱水縮合剤存在下でアミンと反応させた試料は、イソプロピルアミンとの反応では、m/z 638に正イオンマススペクトルのピークを有し(
図1(B2))、ほぼ100%脱水によりラクトン化されていた。一方、メチルアミンとの反応では、m/z 638のラクトン化修飾体のピークに加えて、m/z 669のメチルアミド化修飾体のピークが確認された(
図1(A2))。これらの結果から、非還元末端にα2,3‐シアル酸を有する糖鎖を脱水縮合剤の存在下でアミンと反応させた場合、脱水によるラクトン化とアミンの求核反応によるアミド化とが競争的に生じ、アミンの種類により、修飾体の生成比が異なることが分かる。
【0087】
3’‐シアリルラクトースとアミンとの反応による、修飾体の生成比を
図2−1(A)に示す。6’‐シアリルラクトースとアミンとの反応による、修飾体の生成比を
図2−1(B)に示す。
図2−1(B)に示すように、6’‐シアリルラクトースは、アミンの種類によらず、ほぼ100%アミド化されていたのに対して、3’‐シアリルラクトースは、アミンの種類によってラクトン化とアミド化の比率が異なっていた。アンモニアやメチルアミンを用いた場合は、ラクトン化の比率が80%未満であったのに対して、炭素数が2以上のアミン(エチルアミン、ジメチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミンおよびブチルアミン)を用いた場合は、ラクトン化の比率が高く、選択性に優れることが分かる。特に、分枝アルキル基を有するイソプロピルアミンを用いた場合、ラクトン化の比率が95%以上であり、反応の特異性が高いことが分かる。
【0088】
[実施例2]反応条件の検討
実施例2では、実施例1と同様にシアリルラクトースを試料として、脱水縮合剤の存在下でアミンとの反応を行った。反応時のアミン塩酸塩の濃度、脱水縮合剤の濃度および温度を変更して、反応条件の修飾化への影響を検討した。
【0089】
(アミン濃度の検討)
アミン塩酸塩としてイソプロピルアミン塩酸塩を用い、反応時のイソプロピルアミン塩酸塩の濃度を0.5M〜4.5M(DMSO溶液調製時の濃度1M〜9M)の範囲で変化させた以外は、上記実施例1と同様にして、脱水縮合剤(DICおよびHOBt)の存在下でシアリルラクトースとアミンとの反応を行った。各反応溶液を精製し、実施例1と同様に正イオンモードで質量分析を行った。いずれの試料も反応特異性は実施例1と同様であり、アミン濃度に関係なく、3’‐シアリルラクトースは95%以上の効率でラクトンを形成し、6’‐シアリルラクトースはほぼ100%イソプロピルアミド化されていた。
【0090】
(脱水縮合剤濃度の検討)
アミン塩酸塩としてイソプロピルアミン塩酸塩を用い、反応時の脱水縮合剤(DICおよびHOBt)の濃度をそれぞれ50mM〜250mM(DMSO溶液調製時の濃度100mM〜500mM)の範囲で変化させた以外は、上記実施例1と同様にして、脱水縮合剤の存在下でシアリルラクトースとアミンとの反応を行った。各反応溶液を精製し、実施例1と同様に正イオンモードで質量分析を行った。いずれの試料も反応特異性は実施例1と同様であり、アミン濃度に関係なく、3’‐シアリルラクトースは95%以上の効率でラクトンを形成し、6’‐シアリルラクトースはほぼ100%イソプロピルアミド化されていた。
【0091】
(脱水縮合剤の種類の検討)
アミン塩酸塩としてイソプロピルアミン塩酸塩を用い、脱水縮合剤として、DICに代えてジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を用い、DCCとHOBtの組み合わせで反応を行ったが、反応特異性に変化はみられず、3’‐シアリルラクトースは95%以上の効率でラクトンを形成し、6’‐シアリルラクトースはほぼ100%イソプロピルアミド化されていた。また、HOBtに代えて1‐ヒドロキシ‐7‐アザベンゾトリアゾール(HOAt)、2‐シアノ‐2‐(ヒドロキシイミノ)酢酸エチル(OxymaPure)、あるいは4‐(ジメチルアミノ)ピリジン(DMAP)を用い、DICあるいはDCCと組み合わせて反応を行ったが、反応特異性に変化はみられなかった。
【0092】
(反応温度の検討)
アミン塩酸塩としてイソプロピルアミン塩酸塩を用い、反応時のアミン塩酸塩濃度2M(DMSO溶液調製時の濃度4M)、反応時の脱水縮合剤(DICおよびHOBt)の濃度をそれぞれ500mM(DMSO溶液調製時の濃度1M)とし、糖鎖試料にアミン塩酸塩および脱水縮合剤を加えた後、氷浴上(約0℃)で2時間反応を行った。それ以外は、実施例1と同様にして、反応溶液を精製し、正イオンモードで質量分析を行った。6’‐シアリルラクトースは、実施例1と同様にほぼ100%イソプロピルアミド化されていた。一方、3’‐シアリルラクトースはラクトン生成特異性(アミド化修飾体とラクトンの合計に対するラクトンの割合)が約99%であり、実施例1よりも高い特異性を示した。
【0093】
アミン塩酸塩として、イソプロピルアミン塩酸塩に代えて、メチルアミン塩酸塩、エチルアミン塩酸塩、ジメチルアミン塩酸塩、プロピルアミン塩酸塩、およびブチルアミン塩酸塩を用い、上記と同様に氷浴上で2時間反応を行った後、反応溶液を精製し、正イオンモードで質量分析を行った。
【0094】
氷浴上での3’‐シアリルラクトースとアミンとの反応による修飾体の生成比を
図2−2(A)に示す。氷浴上での6’‐シアリルラクトースとアミンとの反応による修飾体の生成比を
図2−2(B)に示す。
【0095】
図2−1(A)と
図2−2(A)との対比から、脱水縮合剤存在下、低温で3’‐シアリルラクトースとアミンとの反応を行うことにより、ラクトン生成特異性が向上し、特に炭素数が2以上のアミンを用いた場合は、98%程度あるいはそれ以上の高い特異性が認められた。なお、氷浴上での反応は反応速度が小さいため、
図2−2に示すように、反応開始から2時間では、2〜9%程度の未反応成分が確認された。反応時間の延長や、アミンあるいは脱水縮合剤の濃度上昇等により反応速度を大きくすれば、未反応成分を減少できると考えられる。
【0096】
[実施例3]複数のシアル酸を有する分枝糖鎖の修飾化
実施例3では、結合様式が既知のシアル酸を2つ有するバイアンテナ型のピリジルアミノ(PA)化糖鎖4種類を試料として、実施例1と同様に、脱水縮合剤(DICおよびHOBt)の存在下でアミン塩酸塩との反応による修飾化を行い、反応溶液を精製後、正イオンモードで質量分析を行った。
【0097】
アミン塩酸塩としてエチルアミン塩酸塩を用いて修飾化を行った試料の正イオンマススペクトルを
図3(A1)〜(A4)に示す。また、アミン塩酸塩としてイソプロピルアミン塩酸塩を用いて修飾化を行った試料の正イオンマススペクトルを
図3(B1)〜(B4)に示す。
【0098】
修飾化を行う前の4種類の糖鎖は、いずれも同一のm/zにピークが観測される。これに対して、アミン塩酸塩を用いて反応させると、分子内に存在するシアル酸の結合様式とその数に応じて、異なるm/zを有するピークが観測された。具体的には、エチルアミン塩酸塩を用いた場合、2つのシアル酸がともにα2,3‐シアル酸である場合、両者がラクトン化され、m/z 2288にピークが観測され(
図3(A1));α2,3‐シアル酸とα2,6‐シアル酸を1つずつ有する場合、一方のシアル酸がラクトン化され他方のシアル酸がエチルアミド化され、m/z 2333にピークが観測され(
図3(A2)および(A3));2つのシアル酸がともにα2,6‐シアル酸である場合、両者がエチルアミド化され、m/z 2378にピークが観測された(
図3(A4))。イソプロピルアミン塩酸塩を用いた場合、2つのシアル酸がともにラクトン化された場合は、エチルアミン塩酸塩を用いた場合と同様にm/z 2288(
図3(B1));一方のシアル酸がラクトン化され他方のシアル酸がイソプロピルアミド化された場合は、m/z 2347(
図3(B2)および(B3));2つのシアル酸がともにイソプロピルアミド化された場合は、m/z 2406(
図3(B4))にピークが観測された。
【0099】
これらの結果から、本発明の方法により、糖鎖のシアル酸の数および結合様式の識別が可能であることが分かる。なお、エチルアミン塩酸塩を用いた場合、α2,3‐シアル酸のみを有する糖鎖であっても、エチルアミド化修飾体由来のm/z 2333にもピークが観測され(
図3(A1))、α2,3‐シアル酸を1つしか有していない糖鎖であっても、m/z 2338にもピークが観測され(
図3(A2)および(A3))、一部のα2,3‐シアル酸がエチルアミド化されていることが分かる。これに対して、イソプロピルアミン塩酸塩を用いた場合は、シアル酸の結合様式による反応特異性が高いため、いずれの糖鎖試料についても、ほぼ1本のシグナルが観測された(
図3(B1)〜(B4))。これらの結果から、糖鎖の種類が異なっても、上記実施例1や実施例2で検討を行ったアミンの種類等による生成特異性が保持されることが分かる。
【0100】
[実施例4]糖タンパク質から切り出した糖鎖の修飾化
実施例4では、α2,3‐シアリル糖鎖を多く含むフェツインから切り出した遊離糖鎖の修飾化を行った。
【0101】
(糖タンパク質からの糖鎖の切り出しおよび精製)
糖タンパク質(フェツイン)を、20mM 重炭酸アンモニウム、10mM DTT, 0.02% SDSに溶解し、100℃で3分間処理して、変性・還元させた。その後、室温に冷却し、PNGase Fを加えて、37℃で終夜インキュベーションし、糖鎖を遊離させた。翌日100℃で3分間熱処理を行い、PNGase Fを失活させることにより酵素反応を停止させた。
【0102】
酵素反応により切り出した糖鎖を、カーボンカラムを用いて脱塩精製した。カーボンカラムとして、エムポアディスクカーボン(3M製)を、直径約1mmに切り抜き、200μLのチップに詰めたStage Tip Carbonを用いた。Stage Tip Carbonに100μLのACNを加えた後、遠心により排出した。その後、1M NaOH、 1M HCl、水、60% ACN, 0.1%TFA溶液、および水を用い、同様の操作を順に行い、カラム担体の洗浄と平衡化を行った。その後、酵素反応溶液をカラムに加え、遠心により溶液を排出した。さらに水200μLを加えた後、遠心により排出することを3回繰り返し、洗浄を行った。最後に、20μLの60% ACN, 0.1% TFA溶液を加え、遠心により排出することを2回繰り返し、糖鎖を溶出させた。2回分の溶出液を合わせて、SpeedVacにより溶媒を除き乾固させた。
【0103】
<比較例4−1:メチルアミド化>
乾固した試料に、DMSOに溶解した4M メチルアミン塩酸塩を10μL加えた。次いで30% N‐メチルモルホリン(NMM)に溶解した250mM PyAOPを10μL加え、室温で1時間撹拌した。反応後の溶液に、93.3% ACN, 0.13% TFA溶液を120μL加えた。その後、GL-Tip Amideを用いて、イソプロピルアミンとの反応後と同様に精製および溶出を行い、溶出液をSpeedVacにより乾固させた。
【0104】
乾固した試料を10μLの水に再溶解させ、1μLをフォーカスプレートに滴下し、マトリックスとして50% ACNに溶解させた100mM 3AQ/CA, 2mM硫酸アンモニウムを0.5μL加えた後、75℃のヒートブロック上で1.5時間反応させ、3AQによる糖鎖の還元末端のラベル化を行った。反応終了後、プレートを室温まで冷却し、MALDI-QIT-TOF-MS (AXIMA-Resonance, Shimadzu/Kratos) により、負イオンモードで質量分析を行った。マススペクトルを
図4(A)に示す。
【0105】
<実施例4−1:イソプロピルアミンを用いたラクトン化後のメチルアミド化>
(イソプロピルアミンとの反応)
脱水縮合剤としてDICおよびHOBt、アミン塩酸塩としてイソプロピルアミン塩酸塩を用い、実施例1と同様に糖鎖の修飾化を行った後、反応後の溶液に、93.3% ACN、0.13% TFA溶液を120μL加えて希釈した。
【0106】
精製用の担体として、GL-Tip Amide (GLサイエンス製)を用いた。まずGL-Tip Amideに水100μを加え、遠心して排出することを3回繰り返し、洗浄を行った。次に、100μLの90% ACN, 0.1% TFA溶液を加え、遠心して排出することを3回繰り返し、平衡化を行った。次いで希釈した反応溶液を全量加えて担体に糖鎖を吸着させ、遠心した。その後、200μLの90% ACN, 0.1% TFAを加え、遠心して排出することを3回繰り返し、洗浄を行った。最後に水10μLを加え遠心により排出することを2回繰り返し、糖鎖を溶出させた。2回分の溶出液を合わせて、SpeedVacにより溶媒を除き乾固させた。
【0107】
(メチルアミド化)
乾固した試料に、DMSOに溶解した4M メチルアミン塩酸塩を10μL加えた。次いで60% N‐メチルモルホリン(NMM)に溶解した100mM PyAOPを10μL加え、室温で1時間撹拌した。さらに30% NMM/DMSOに溶解した500mM PyAOPを5μL加え、室温で1時間撹拌した。反応後の溶液に、93.3% ACN, 0.13% TFA溶液を120μL加えた。その後、GL-Tip Amideを用いて、イソプロピルアミンとの反応後と同様に精製および溶出を行い、溶出液をSpeedVacにより乾固させた。
【0108】
(質量分析)
乾固した試料を10μLの水に再溶解させ、1μLをフォーカスプレートに滴下し、上記比較例4−1と同様に、負イオンモードで質量分析を行った。マススペクトルを
図4(B)に示す。
【0109】
(分析結果)
PyAOPを用いたメチルアミド化のみを行った比較例4−1では、シアル酸の結合様式を区別できず、シアル酸の数に応じたシグナルのみが観測された。一方、脱水縮合剤としてDICおよびHOBtの存在下でイソプロピルアミン塩酸塩との反応を行い、その後PyAOPの存在下でメチルアミン塩酸塩との反応を行った実施例4−1では、シアル酸の結合様式とシアル酸の数に応じて、異なるm/zにピークが観測された。これらは、イソプロピルアミド化された糖鎖とメチルアミド化された糖鎖、さらにはその両方を一分子の中に有する糖鎖が生成していることを示している。この結果から、誘導体化により、シアル酸の結合様式の識別だけでなく、各糖鎖の比率の相対定量も可能であることが分かる。
【0110】
なお、
図4(B)中のX/Yは、Xがα2,3‐シアル酸の数、Yがα2,6‐シアル酸の数を表している(
図4(C)および
図5においても同様である)。例えば、トリアンテナ型で3つのシアル酸を有する糖鎖由来のピークはm/z 3200付近に観測され、3つのシアル酸の全てがα2,3‐シアル酸であるもの(3/0)が最も小さなm/zを示し、3つのシアル酸の全てがα2,6‐シアル酸であるもの(0/3)が最も大きなm/zを示す。
【0111】
イソプロピルアミド化体とラクトン化体の質量差は59Daであるのに対して、第一反応としてイソプロピルアミンとの反応を行った後に第二反応としてメチルアミンとの反応を行った実施例(
図4(B))では、α2,3‐シアリル糖鎖の修飾体とα2,6‐シアリル糖鎖の修飾体とのm/zの差は、28であった(例えば、バイアンテナ型の2/0と1/1のm/zの差は28であり、2/0と0/2のm/zの差は56であった)。この28Daの差は、イソプロピル基とメチル基との差(=エチレン:C
2H
4)に等しいことから、α2,3‐シアリル糖鎖は、イソプロピルアミンとの反応によりラクトン化された後、PyAOP存在下でのメチルアミンとの反応により、ラクトンが開環し、メチルアミド化されていることが分かる。一方、α2,6‐シアリル糖鎖は、イソプロピルアミンとの反応によりイソプロピルアミド化された後、PyAOP存在下ではメチルアミンと反応せずに、イソプロピルアミド修飾体から変化していないことが分かる(後述の実施例4−4も参照)。
【0112】
この結果から、糖鎖を脱水縮合剤の存在下でアミンと反応させて、α2,3‐シアリル糖鎖をラクトン化、α2,6‐シアリル糖鎖をアミド化した後、さらに第二反応として別のアミンと反応させることにより、α2,3‐シアリル糖鎖由来のラクトンが開環アミド化され、α2,6‐シアリル糖鎖由来のアミド修飾体とは異なる分子量を有するアミド修飾体が生成し、質量分析により、糖鎖の結合様式を識別できることが分かる。また、
図4(B)では、ラクトンに由来するシグナルはほとんど観測されなかったことから、この方法により、ラクトンが高反応率でアミド化されていることがわかる。
【0113】
<実施例4−2:ラクトンの加水分解による開環後のメチルアミド化>
上記実施例4−1と同様にして、DIC、HOBtおよびイソプロピルアミン塩酸塩を用いて糖鎖の修飾化およびGL-Tip Amideを用いて精製を行い、20μLの溶出液を得た。
【0114】
(ラクトンの開環およびメチルアミド化)
溶出液20μLに、4.0 %メチルアミン水溶液を5μL加えて撹拌した後、室温で10分間静置して、ラクトンの加水分解による開環を行った。その後SpeedVacにより溶媒を除き乾固させた。アルカリ環境でのラクトンの開環を行った後、上記実施例4−1と同様に、NMMおよびPyAOPの存在下で撹拌することによりメチルアミド化を行い、精製および試料の乾固を行った。
【0115】
(質量分析)
乾固した試料を10μLの水に再溶解させ、実施例4−1と同様に、負イオンモード質量分析を行った。マススペクトルを
図4(C)に示す。
【0116】
(分析結果)
図4(C)のマススペクトルは、
図4(B)と類似していたが、
図4(B)に比べて観測されるシグナルの数が減少していた。ラクトンの開環反応に用いるメチルアミン水溶液の濃度を、4.0%(反応溶液中のメチルアミン濃度:0.8%)から40%(反応溶液中のメチルアミン濃度:8%)に変更した場合も、
図4(C)とほぼ同様のマススペクトルが得られ、
図4(B)に比べてピークの数が減少していた。これは、ラクトン由来のシグナルが完全に消失したことによるものであり、脱水縮合剤およびイソプロピルアミンによるラクトン化(第一反応)と第二反応でのメチルアミド化との間に、加水分解によるラクトンの開環(すなわち、加水分解によりラクトン化前の状態に戻す反応)を行うことにより、α2,3‐シアリル糖鎖のメチルアミド化の反応効率が上昇し、定量性等の分析精度を向上できることが分かる。
【0117】
メチルアミン水溶液の濃度を0.4%(反応溶液中のメチルアミン濃度:0.08%)に変更した場合のマススペクトルは、
図4(B)に比べるとラクトン由来のピーク強度が減少していたが、完全には消失していなかった。反応時間を長くすることにより、ラクトンを完全に加水分解することは可能であるが、効率の観点からは、ラクトン開環時のアミン濃度は、0.1%以上が好ましいといえる。
【0118】
<実施例4−3:固相担体に固定された糖鎖試料の修飾化>
酵素反応により切り出したフェツイン由来糖鎖を、ヒドラジド基をリガンドとして有する固相担体(BlotGlyco 住友ベークライト製)に結合させた。糖鎖の結合は、BlotGlycoの標準プロトコールに準じて行った。
【0119】
(イソプロピルアミン塩酸塩との反応およびメチルアミン塩酸塩との反応)
糖鎖を結合後の担体を、200μLのDMSOで3回洗浄した。100μLのイソプロピルアミド化反応溶液(2M イソプロピルアミン塩酸塩、250mM DIC、250mM HOBt)を加え、ピペットで軽く混ぜた後、37℃で1.5時間反応させた。遠心により液体を除去した後、200μLのDMSOで3回洗浄を行った。その後、100μLのメチルアミド化反応溶液(2M メチルアミン塩酸塩、50mM PyAOP、30% NMM)を加え、室温で1時間撹拌した。さらに、PyAOP溶液(500mM PyAOP、30% NMM)を5μL追加し室温で30分撹拌した。その後、200μLのDMSO、200μLのメタノール、および200μLの水で、それぞれ3回ずつ洗浄を行った。その後、標準プロトコールに準じて反応後の糖鎖試料を担体から遊離させ、Stage Tip Carbonで脱塩精製を行い、SpeedVacにより乾固させた。
【0120】
(質量分析)
乾固した試料を10μLの水に再溶解させ、実施例4−1と同様に、負イオンモード質量分析を行った。マススペクトルを
図5(A)に示す。
【0121】
(分析結果)
図5(A)のスペクトルは、
図4(B)のスペクトルとほぼ同じであることから、固相担体に糖鎖を固定した状態でも、液相状態で反応を行う場合と同様に修飾化を実施できることが分かる。
【0122】
<実施例4―4:固相担体への固定状態でのラクトン開環ステップの追加>
上記実施例4−3と同様にフェツイン由来糖鎖を固相担体に結合させ、イソプロピルアミド化反応溶液を用いた反応およびDMSOによる洗浄を行った。その後、200μLの1%メチルアミン水溶液で3回洗浄を行うことにより、アルカリ環境でのラクトンの開環を実施した。その後、上記実施例4−3と同様に、メチルアミド化反応溶液を用いてアミド化を行い、固相担体から遊離した試料を精製し、負イオンモード質量分析を行った。マススペクトルを
図5(B)に示す。
【0123】
(分析結果)
図5(B)のスペクトルは、
図4(C)のスペクトルと類似しており、
図5(A)に比べて観測されるシグナルの数が減少していた。この結果から、糖鎖を固相に固定した状態でも、ラクトン化(第一反応)と第二反応でのメチルアミド化との間に、加水分解によるラクトンの開環を行うことにより、α2,3‐シアリル糖鎖のメチルアミド化の反応効率が上昇することが分かる。また、
図5(A)と5(B)で全体的なシグナル強度に変化がみられないことから、ラクトン開環のためにアミンによる洗浄を行った場合でも、pHの上昇に起因する担体のヒドラゾンの開裂は生じず、担体に糖鎖が固定された状態を維持できることがわかる。
【0124】
<実施例4―5>
糖タンパク質として、フェツインに代えて、α2,6‐シアリル糖鎖が主成分であるトランスフェリンを対象として、PNGase Fを用いた酵素反応により糖鎖を切り出した。上記実施例4−1〜4−3と同様に、イソプロピルアミン塩酸塩との反応を行った後、メチルアミン塩酸塩との反応を行い、負イオンモード質量分析を行った。
【0125】
トランスフェリンから切り出した糖鎖を用い、実施例4−1と同様に液相で反応を行った場合、および実施例4−3と同様に糖鎖が担体に固定された固相状態で反応を行った場合のいずれにおいても、マススペクトルでは、シアリル糖鎖のイソプロピルアミド化修飾体のピークのみが観測された。実施例4−2と同様に、イソプロピルアミン塩酸塩を用いた反応とメチルアミン塩酸塩を用いた反応との間にメチルアミン水溶液中で静置した場合も、イソプロピルアミド化修飾体のピークのみが観測された。これは、脱水縮合剤としてDICおよびHOBtを用いてイソプロピルアミン塩酸塩と反応させることにより、ほぼ全てのα2,6‐シアリル酸がイソプロピルアミド化され、その後にPyAOPおよびメチルアミンを加えても、イソプロピルアミド修飾体は反応しないことを示している。
【0126】
[実施例5]シアリルグリコペプチドの修飾化
実施例5では、糖ペプチドとしてシアリルグリコペプチド(SGP)を用い、糖ペプチドの修飾化を行った。
【0127】
<実施例5−1:イソプロピルアミンによるシアリルグリコペプチドの修飾化>
(糖ペプチドの修飾化および精製)
2,3‐SGPおよび2,6‐SGP(いずれも株式会社伏見製薬所の糖ペプチド標準品;2865.8Da)を、それぞれ水に溶解し、100 pmolずつ分注して、SpeedVacにより溶媒を除去した。そこに、4M イソプロピルアミン塩酸塩のDMSO溶液を10μL加えた後、100mM DIC, 100mM HOBtのDMSO溶液を10μL加え、室温で2分間撹拌した後、37℃で1時間反応させた。反応後の溶液に、93.3% ACN、0.13% TFA溶液を120μL加えて希釈した。その後、実施例1と同様に、cotton HILIC microtipを用いて精製を行い、水中に糖鎖を溶出させた。
【0128】
(質量分析)
水中に溶出した試料1μLをフォーカスプレートに滴下し、マトリックスとして、50% ACNに溶解させた10mg/mL 2’,4’,6’‐トリヒドロキシアセトフェノン一水和物(THAP)を0.5μL加えた。MALDI-QIT-TOF-MS (AXIMA-Resonance, Shimadzu/Kratos) により、負イオンモードで質量分析を行った。2,3‐SGPの反応物の負イオンマススペクトルを
図6−1(A)に示す。2,6‐SGPの反応物の負イオンマススペクトルを
図6−1(B)に示す。
【0129】
マトリックスを、50% ACNに溶解させた10mg/mL 2,5‐ジヒドロキシ安息香酸(DHB),0.1mM メチレンジホスホン酸(MDPNA)に変更して、正イオンモードで質量分析を行った。2,3‐SGPの反応物の正イオンマススペクトルを
図6−2(A)に示す。2,6‐SGPの反応物の正イオンマススペクトルを
図6−2(B)に示す。
【0130】
(分析結果)
2,3‐SGPの反応物の負イオンマススペクトル(
図6−1(A))では、m/z 2827にピークが観測され、2,6‐SGPの反応物の負イオンマススペクトル(
図6−1(B))では、m/z 2945にピークが観測された。両者のm/zの差は、イソプロピルアミン2個に相当する118であることから、2,3‐SGPでは、2個のシアル酸がいずれもラクトン修飾化され、2,6‐SGPでは、2個のシアル酸がいずれもイソプロピルアミド修飾化されていることが分かる。これらの結果から、本発明の方法は、遊離糖鎖だけでなく、糖ペプチドにおける糖鎖のシアル酸の結合様式の識別および定量にも有用であることが分かる。
【0131】
2,3‐SGPの反応物の正イオンマススペクトル(
図6−2(A))では、m/z 2829にピークが観測され、2,6‐SGPの反応物の正イオンマススペクトル(
図6−2(B))では、m/z 2947にピークが観測された。両者のm/zの差は、負イオンマススペクトルの場合と同様に118であった。なお、2,3‐SGPの反応物の正イオンマススペクトルでは、m/z 2847 ([MH]
++18)のピークが確認され、イオン化の際に2個のラクトンのいずれか一方が加水分解により開環したものと考えられるが、その強度は[MH]
+のピークと比べて十分低いものであった。また、2,6‐SGPの反応物の正イオンマススペクトルでは、m/z 2929 ([MH]
+−18)およびm/z 2988([MH]
++41)にもピークが確認されたが、前者はイソプロピルアミド修飾体の脱水化物、後者はペプチドC末端のカルボキシ基がイソプロピルアミド化されたものであり、いずれも同定可能であった。
【0132】
これら結果から、本発明の修飾化法は、糖ペプチドの正イオンモード質量分析、負イオンモード質量分析のいずれにも適用可能であり、正イオンモードおよび負イオンモードのいずれによっても、糖鎖のシアル酸の結合様式を識別できることが分かる。
【0133】
なお、本実施例のマススペクトルにおけるピークのm/zの値と修飾化前のシアリルグリコペプチドのm/zとの差は、正イオンおよび負イオンのいずれにおいても、2個のシアル酸が脱水によりラクトン化された場合(
図6−1(A)および
図6−2(A))は−36、2個のシアル酸がイソプロピルアミド化された場合(
図6−1(B)および
図6−2(B)
)は+82であった。これらの結果から、脱水縮合剤の存在下で、アミン塩酸塩との反応を行っても、ペプチドのC末端のカルボキシ基はほとんど修飾化されていないことが分かる。
【0134】
<実施例5−2:インソース分解質量分析による修飾部位の確認>
上記実施例5−1において、イソプロピルアミンにより修飾化された部位が糖鎖のシアル酸部分であり、ペプチド部分が修飾化されていないことを確認する目的で、糖ペプチドの分解イオン測定を行った。具体的には、正イオンモード質量分析の際のレーザー強度を上げることによりインソース分解を促進して、分解イオンを生成させ、低m/z領域のフラグメントを確認した。2,3‐SGPの反応物のインソース分解マススペクトルを
図7(A)、2,6‐SGPの反応物のインソース分解マススペクトルを
図7(B)に示す。
【0135】
2,3‐SGPの反応物および2,6‐SGPの反応物のいずれも、低m/z領域にm/z 863.5の明瞭なシグナルが観測され、両者の間に分解イオンのm/zの差は見られなかった。m/z 863.5のピークは、ペプチドにGlcNAcが一残基付加したイオンであり、糖ペプチドの分解イオンとして観測されやすいフラグメントである。
図6−2に示すように、2,3‐SGPの反応物と2,6‐SGPの反応物とのm/zの差は118であり、
図7に示すように両者のペプチド部分のm/zには差がないことから、ペプチド部分はほとんど修飾されていないことが分かる。
【0136】
なお、
図7(A)および(B)では、ペプチドC末端のカルボキシ基がイソプロピルアミンによりアミド化されたフラグメントに由来するm/z 904.5のシグナルが検出されたが、その強度は、ペプチド部分が修飾されていないm/z 863.5のシグナル強度の3%にも満たないものであった。これらの結果から、脱水縮合剤の存在下で糖ペプチドとアミン塩酸塩との反応を行った場合には、ペプチドのC末端のカルボキシ基はほとんど修飾化されず、糖鎖のシアル酸部分が選択的に修飾化されることが分かる。
【0137】
<比較例5−1:メチルアミンによるシアリルグリコペプチドの修飾化>
2,3‐SGPおよび2,6‐SGPを、それぞれ水に溶解し、100 pmolずつ分注して、SpeedVacにより溶媒を除去した。そこに、DMSOに溶解した4M メチルアミン塩酸塩を10μL加えた。次いで30% NMMに溶解した250mM PyAOPを10μL加え、室温で1時間撹拌した。上記実施例5−1と同様に反応物の精製を行い、正イオンモードで質量分析を行った。2,3‐SGPの反応物のマススペクトルを
図8(A)、2,6‐SGPの反応物のマススペクトルを
図8(B)に示す。
【0138】
2,3‐SGPおよび2,6‐SGPのメチルアミンとの反応物のマススペクトルでは、いずれもm/z 2904にピークが検出され、シアル酸の結合様式に応じたm/zの差はみられなかった。このピークは、修飾化前のシアリルグリコペプチドに比べてm/zが39大きく、シアリルグリコペプチドに含まれる3個のカルボキシ基がメチルアミド修飾化されたものに相当する。
【0139】
実施例5−2と同様の方法で、2,3‐SGPおよび2,6‐SGPのメチルアミンとの反応物のインソース分解質量分析を実施したところ(データ不図示)、低m/z領域では、ペプチドにGlcNAcが一残基付加したイオンよりも13大きいm/z 876.5に明確なシグナルが確認され、ペプチド部分の1箇所(C末端のカルボキシ基)がメチルアミド化されたフラグメントが生成していることが分かった。一方、m/z 863.5のシグナルはほとんど観測されなかった。
【0140】
これらの結果から、シアリルグリコペプチドとメチルアミンとの反応では、シアル酸の結合様式に関わらず2個のシアル酸部分とペプチド部分C末端の計3個のカルボキシ基の全てがメチルアミド化されており、シアル酸の結合様式の識別は困難であるといえる。
【0141】
<比較例5−2:エタノールによるシアリルグリコペプチドの修飾化>
Reiding, K. et al., Anal. Chem., vol. 86, pp. 5784‐5793 (2014) (上記非特許文献2)に記載の方法により、脱水縮合剤として1‐エチル‐3‐(3‐(ジメチルアミノ)プロピル)カルボジイミド(EDC)およびHOBtを加えたエタノール中で、2,6‐SGPの修飾化を行い、実施例5−1と同様に正イオンモードで質量分析を行った。エタノールによる2,6‐SGPの修飾化物のマススペクトルを
図9(B)に示す。なお、対比のため、
図9(A)には、イソプロピルアミンによる2,6‐SGPの修飾化物(上記実施例5−1)のマススペクトルを示している。
【0142】
エタノールによる修飾化試料のマススペクトル(
図9(B))では、想定されるエチルエステル修飾化物のm/z 2394には、シグナルが観測されず、多数の副反応シグナルが観測された。この結果から、シアル酸のエステル修飾化は、遊離糖鎖の分析には利用可能であるが、糖ペプチドの分析への応用は困難であることが分かる。
【0143】
[実施例6]シアル酸を含まない糖ペプチドとアミンとの反応
実施例6では、脱水縮合剤存在下での糖ペプチドとイソプロピルアミンとの反応において、糖鎖のシアル酸部位が選択的に修飾化されペプチド部分がほとんど反応しないこと(上記実施例5の結果)を確認するために、シアル酸を含まない糖ペプチドを用いて検証を行った。糖ペプチドとしては、RNase Bの消化物およびIgGの消化物を用いた。
【0144】
(糖ペプチド試料の調製)
RNase BおよびIgG(いずれもSIGMAより購入)のそれぞれを、6M 尿酸、20mM 重炭酸アンモニウム、および5mM トリス(2‐カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)の存在下、室温で45分間処理して、変性および還元を行った。次いで、10mM ヨードアセトアミド(IAA)の存在下、室温遮光条件で45分間反応させアルキル化を行った後、濃度10mMとなるようにDTTを加え、室温遮光条件で45分間反応させ、余剰のIAAを不活性化した。その後、トリプシンを加え、37℃で終夜インキュベーションし、プロテアーゼ消化を行った。消化後、カーボンカラムを用いて脱塩を行い、SpeedVacにより乾固させた。
【0145】
(イソプロピルアミンとの反応および質量分析)
(反応物の精製および質量分析)
上記実施例5−1と同様の条件で、得られたトリプシン消化物(糖ペプチド)とイソプロピルアミンとを脱水縮合剤の存在下で反応させ、反応物の精製を行い、正イオンモードで質量分析を行った。RNase B消化物の反応物のマススペクトルを
図10、IgGの反応物のマススペクトル(拡大図)を
図11に示す。
【0146】
(RNase B断片反応物の分析結果)
RNase Bは、シアル酸を有しておらず、ハイマンノース型の糖鎖が付加している糖タンパク質である。RNase Bのトリプシン消化では、配列SRNLTKのアルギニンC末端が消化されないミスクリベッジが生じており、
図10に示すように、2種類のペプチド断片(NLTKおよびSRNLTK)が確認された。また、これらのペプチド断片のそれぞれに、ハイマンノース型のグライコフォームが5種類(マンノース数:5〜9)存在し、これらのグライコフォームが162Da間隔で観測された。
【0147】
本実施例では、実施例5−1と同様の条件、すなわち2,3‐SGPの2個のシアル酸がいずれもラクトン修飾化され2,6‐SGPの2個のシアル酸がいずれもイソプロピルアミド修飾化される条件で反応を行ったが、反応前のRNase B断片と同じm/zにシグナルが観測された。これは、RNase B断片がシアル酸を含んでいないためである。また、
図10では、反応前のRNase B断片よりもm/zが41大きいシグナル([MH]
++41:ペプチドのC末端がイソプロピルアミド(iPA)修飾化されたもの)も観測されたが、そのシグナル強度は、ペプチドのC末端が反応していないもの([MH]
+)の10%程度であった。
【0148】
(IgG断片反応物の分析結果)
図11のマススペクトルは、シアル酸を含まない2種類の糖ペプチド(IgGのサブクラスに由来してペプチド部分のアミノ酸配列の一部が異なるもの)に由来するシグナルを含んでおり、反応前のIgG断片と同じm/z 2602および2634に強いシグナルが観測された。また、
図11では、反応前のIgG断片よりもm/zが41大きいシグナルも観測されたが、そのシグナル強度は、ペプチドのC末端が反応していないものに比べて、20%程度あるいはそれ以下であった。
【0149】
実施例5に示したように、糖ペプチドの糖鎖にシアル酸が存在する場合には、シアル酸が優先的に修飾化されるため反応前と同一のm/zを有するシグナルはほとんど観測されなかった。一方、実施例6に示したように、糖ペプチドの糖鎖にシアル酸が存在しない場合には、ペプチド部分の酸性アミノ酸の有無に関わらず、反応前と同一のm/zを有するシグナルが高い強度で観測された。これらの結果から、本発明の方法を糖ペプチドに適用することにより、シアル酸の有無の解析が可能であるとともに、試料がシアル酸を含んでいる場合には、その結合様式の識別が可能であることが分かる。