特許第6135847号(P6135847)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧 ▶ 味の素ゼネラルフーヅ株式会社の特許一覧

特許6135847撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置
<>
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000002
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000003
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000004
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000005
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000006
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000007
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000008
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000009
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000010
  • 特許6135847-撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6135847
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】撥水性薄膜の製造方法および撥水処理装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/448 20060101AFI20170522BHJP
   C09K 3/18 20060101ALI20170522BHJP
【FI】
   C23C16/448
   C09K3/18 104
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-47704(P2013-47704)
(22)【出願日】2013年3月11日
(65)【公開番号】特開2014-173150(P2014-173150A)
(43)【公開日】2014年9月22日
【審査請求日】2016年3月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000243766
【氏名又は名称】味の素ゼネラルフーヅ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087723
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 修
(74)【代理人】
【識別番号】100165962
【弁理士】
【氏名又は名称】一色 昭則
(72)【発明者】
【氏名】堀 勝
(72)【発明者】
【氏名】竹田 圭吾
(72)【発明者】
【氏名】小川 雅永
【審査官】 吉野 涼
(56)【参考文献】
【文献】 特表2005−524930(JP,A)
【文献】 特開2005−023381(JP,A)
【文献】 特表2008−518109(JP,A)
【文献】 特開2014−156622(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
C09K 3/18
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ケイ素化合物を撥水性薄膜の原料とした大気圧プラズマ化学気相成長を用いて、前記撥水性薄膜を基材表面に形成する撥水性薄膜の製造方法において、
前記撥水性薄膜の原料として液体材料を用い、
大気圧プラズマを、不活性ガスを含み、かつ有機ケイ素化合物を含まないガスを用いて発生させ、
前記撥水性薄膜の原料をミストにして前記大気圧プラズマに混合することで、前記撥水性薄膜を前記基材表面に化学気相成長させ
前記撥水性薄膜の撥水性は、前記大気圧プラズマと前記基材表面との距離、および前記大気圧プラズマへの前記ミストの導入位置によって制御する、
ことを特徴とする撥水性薄膜の製造方法。
【請求項2】
有機ケイ素化合物を撥水性薄膜の原料とした大気圧プラズマ化学気相成長を用いて、前記撥水性薄膜を基材表面に形成する撥水性薄膜の製造方法において、
前記基材は、前記基材表面が前記大気圧プラズマの発光領域内となるように配置し、
前記撥水性薄膜の原料として液体材料を用い、
大気圧プラズマを、不活性ガスを含み、かつ有機ケイ素化合物を含まないガスを用いて発生させ、
前記撥水性薄膜の原料をミストにして前記大気圧プラズマの発生部近傍に供給し、前記大気圧プラズマに混合することで、超撥水性の前記撥水性薄膜を前記基材表面に化学気相成長させる、
ことを特徴とする撥水性薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記撥水性薄膜の原料を超音波振動によりミストにする、ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の撥水性薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記ミストは、前記大気圧プラズマの流れる方向に対して垂直な方向に排出して混合する、ことを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の撥水性薄膜の製造方法。
【請求項5】
前記大気圧プラズマを発生させるガスは、アルゴンと水素の混合ガスである、ことを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の撥水性薄膜の製造方法。
【請求項6】
前記有機ケイ素化合物は、ヘキサメチルジシロキサンであることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の撥水性薄膜の製造方法。
【請求項7】
有機ケイ素化合物を撥水性薄膜の原料とした大気圧プラズマ化学気相成長を用い、前記撥水性薄膜を基材表面に形成することにより、前記基材表面を撥水処理する撥水処理装置において、
不活性ガスを含み、かつ有機ケイ素化合物を含まないガスを用いて大気圧プラズマを発生させる大気圧プラズマ発生装置と、
前記撥水性薄膜の原料として液体材料を用い、その撥水性薄膜の原料をミストにして前記大気圧プラズマに混合するミスト供給装置と、
を有し、
前記大気圧プラズマと前記基材表面との距離、および前記大気圧プラズマへの前記ミストの導入位置を可変とした、
ことを特徴とする撥水処理装置。
【請求項8】
前記撥水性薄膜の原料のミスト化は、超音波振動子を用いて行う、ことを特徴とする請求項に記載の撥水処理装置。
【請求項9】
内部を不活性ガスで満たされた筐体をさらに有し、
前記大気圧プラズマ発生装置による大気圧プラズマの生成、および前記基材表面への前記撥水性薄膜の形成は、前記筐体内部で行う、ことを特徴とする請求項7または請求項8に記載の撥水処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気圧プラズマ化学気相成長法を用いて、撥水性薄膜を基材表面に形成する撥水性薄膜の製造方法に関する。また、その撥水性薄膜を基材表面に形成して撥水処理する撥水処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、対象物の表面に撥水性の薄膜を堆積して撥水処理を行うことが様々な分野において行われている。たとえば、自動車のランプカバーや太陽電池、パラボラアンテナなどには着霧、着霜、着雪、着水などの防止の目的で、電子機器のフレキシブル基板には耐腐食性・防湿性の目的で、撥水処理が施されている。
【0003】
従来の撥水処理方法としては、蒸着法や化学気相成長法などの真空で撥水性の薄膜を成膜する方法がある。しかし、蒸着法等により真空で成膜する方法では、真空装置が必要となるため、量産性や簡易さ、コストなどの点で問題があった。また、スプレーなどにより撥水性の材料を塗布する方法も知られている。しかしこの方法にも、撥水性材料の接着性が弱い、という欠点があった。
【0004】
他の撥水処理方法として、特許文献1に記載の方法がある。特許文献1では、原料ガスを有機ケイ素化合物とするプラズマCVD(化学気相成長)法によって、炭素含有ケイ素化合物からなる撥水性薄膜をプラスチック基材上に形成して撥水処理を行うことが記載されている。また、撥水性薄膜の成膜時に、プラスチック基材をTg以下に冷却し、酸素を含まない雰囲気下とすることが記載されている。この撥水処理方法は、低コストで連続処理が可能である。また、プラズマCVD法においてプラズマとして大気圧プラズマを用いる方法も知られており、大気圧プラズマを用いると、プラズマ密度が高いため高速処理が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−12285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の撥水処理方法は、撥水性薄膜の表面自由エネルギーによって撥水性を得るものである。しかし、表面自由エネルギーだけでは高い撥水性を得ることは難しく、特に超撥水性(表面の水滴の接触角が150°以上となる場合)を得ることは困難であり、また撥水性の制御も容易ではない。また、特許文献1よりも高速処理が可能な撥水処理方法が求められていた。
【0007】
そこで本発明の目的は、基材に撥水性薄膜を形成することができ、高い撥水性を得ることができる撥水性薄膜の製造方法、および撥水処理装置を提供することである。特に、立体的形状の基材の所望の一部分に撥水処理を施すことができる撥水処理方法の実現を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、有機ケイ素化合物を撥水性薄膜の原料とした大気圧プラズマ化学気相成長を用いて、撥水性薄膜を基材表面に形成する撥水性薄膜の製造方法において、撥水性薄膜の原料として液体材料を用い、大気圧プラズマを、不活性ガスを含み、かつ有機ケイ素化合物を含まないガスを用いて発生させ、撥水性薄膜の原料をミストにして大気圧プラズマに混合することで、前記撥水性薄膜を前記基材表面に化学気相成長させ、撥水性薄膜の撥水性は、大気圧プラズマと基材表面との距離、および大気圧プラズマへのミストの導入位置によって制御する、ことを特徴とする撥水性薄膜の製造方法である。
また、本発明は、有機ケイ素化合物を撥水性薄膜の原料とした大気圧プラズマ化学気相成長を用いて、撥水性薄膜を基材表面に形成する撥水性薄膜の製造方法において、基材は、基材表面が大気圧プラズマの発光領域内となるように配置し、撥水性薄膜の原料として液体材料を用い、大気圧プラズマを、不活性ガスを含み、かつ有機ケイ素化合物を含まないガスを用いて発生させ、撥水性薄膜の原料をミストにして大気圧プラズマの発生部近傍に供給し、大気圧プラズマに混合することで、超撥水性の前記撥水性薄膜を前記基材表面に化学気相成長させる、ことを特徴とする撥水性薄膜の製造方法である。
【0009】
撥水性薄膜の撥水性は、大気圧プラズマと基材表面との距離、および大気圧プラズマへのミストの導入位置によって制御することができる。特に、ミストを大気圧プラズマの発生部近傍に導入し、基材表面が大気圧プラズマの発光領域内となるよう基材を配置することにより、撥水性薄膜の表面を超撥水性とすることができる。
【0010】
撥水性薄膜の原料には、液体の有機ケイ素化合物のほか、溶媒に固体または気体の有機ケイ素化合物を溶解させたものを用いることができる。複数種の有機ケイ素化合物を混合して用いてもよい。有機ケイ素化合物には、メチル基、エチル基などのアルキル基を有し、かつSi−O結合を持つ化合物を用いることができ、たとえば、ヘキサメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシラザン、ヘキサメチルジシラン、テトラメチルジシロキサン、などを用いることができる。
【0011】
撥水性薄膜の厚さ(平均の厚さ)は、撥水性を十分に発揮させるため、あるいは撥水性薄膜の密着性・耐久性を十分とするために、10nm以上とすることが望ましい。より望ましくは10〜10000nmである。
【0012】
撥水性薄膜の原料のミスト化の方法は、超音波振動子による超音波振動でミスト化する超音波方式、霧吹きの原理によりミスト化する加圧方式、回転するディスクに液体を滴下し、遠心力によって飛散させてミスト化する回転ディスク方式、インクジェット方式、などの各種方法を用いることができる。超音波方式によれば、発生したミストは直径が数μmと小さく、かつ初速が小さいので空気中に滞留する。そのため、ミストをArなどの不活性ガスによって搬送して大気圧プラズマに混合させることができ、不活性ガスの制御によって容易にミストの流量、流速、供給量等を制御することができる。その結果、撥水性薄膜の成膜速度や撥水性の制御が容易となる。
【0013】
ミストは、複数の方向から大気圧プラズマに混合してもよい。また、大気圧プラズマの流れる方向に対して垂直な方向に噴霧して混合するとよい。より均質な撥水性薄膜を形成することができるからである。
【0014】
大気圧プラズマを発生させるガスとしては、ヘリウム、ネオン、アルゴン等の希ガスや窒素等の不活性ガスを用いることができ、それらの不活性ガスに水素、酸素、空気などの撥水性薄膜の原料ガス以外のガスを混合したガスなどを用いることができる。大気圧プラズマを安定して生成するために、内部を窒素等の不活性ガスを満たした容器内で大気圧プラズマを発生させ、その容器内で撥水性薄膜の成膜を行うようにしてもよい。
【0015】
基材は、任意の材料、形状のものを用いることができる。平板状である必要はなく、立体的形状であってもよい。
【0016】
また本発明は、有機ケイ素化合物を撥水性薄膜の原料とした大気圧プラズマ化学気相成長を用い、撥水性薄膜を基材表面に形成することにより、基材表面を撥水処理する撥水処理装置において、不活性ガスを含み、かつ有機ケイ素化合物を含まないガスを用いて大気圧プラズマを発生させる大気圧プラズマ発生装置と、撥水性薄膜の原料として液体材料を用い、その撥水性薄膜の原料をミストにして大気圧プラズマに混合するミスト供給装置と、を有し、大気圧プラズマと基材表面との距離、および大気圧プラズマへのミストの導入位置を可変とした、することを特徴とする撥水処理装置である。
【0017】
大気圧プラズマと基材表面との距離、および大気圧プラズマへのミストの導入位置は可変とするのがよい。撥水性薄膜の撥水性の制御が容易な撥水処理装置とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、基材表面に微細構造を有した撥水性薄膜を容易に形成することができ、基材表面が高い撥水性を有するよう容易に処理することができる。また本発明は、大気圧プラズマと前記基材表面と基材表面との距離、および大気圧プラズマへのミストの導入位置によって容易に撥水性の制御が可能である。また、大気圧プラズマを生成してからミストを混合しているため、大気圧プラズマの生成が安定し、撥水性薄膜の生成も安定する。また、本発明は常温・常圧で高速に撥水性薄膜を形成することができ、製造コストの低減、高速処理が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】撥水処理装置1の構成を示した図。
図2】大気圧プラズマ発生装置10の構成を示した断面図。
図3】大気圧プラズマ発生装置10の構成を示した断面図。
図4】電極120a、120bの構成を示した図。
図5】距離Dまたは距離Lと撥水性との関係を示した図。
図6】撥水性薄膜60のFT−IR測定結果を示したグラフ。
図7】Si−O−Si結合に対するSi−CH3 結合のピーク面積比の距離D依存性を示したグラフ。
図8】撥水性薄膜60表面または断面のSEM像。
図9】撥水性薄膜60表面または断面のSEM像。
図10】撥水性薄膜60の製造工程を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の具体的な実施例について、図を参照に説明するが本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
まず、実施例1の撥水性薄膜の製造に用いる撥水処理装置1について説明する。
【0022】
撥水処理装置1は、図1に示すように、大気圧プラズマ発生装置10と、ミスト供給装置20と、被処理体である基板30を配置するステージ40と、大気圧プラズマ発生装置10、基板30およびステージ40が内部に配置される筐体50と、を有している。以下、各構成について詳しく説明する。
【0023】
まず、大気圧プラズマ発生装置10の構成について、図2〜4を参照に説明する。図2は、大気圧プラズマ発生装置10の構成を示した断面図、図3は、大気圧プラズマ発生装置10のプラズマ化領域Pの長手方向に垂直な断面図である。
【0024】
大気圧プラズマ発生装置10は、図2のように、アルミナ(Al2 3 )を原料とする焼結体からなる筐体100を有する。アルミナの他にも、内部で発生する大気圧プラズマに対して耐性の強い材料を用いることができ、たとえば焼結窒化ホウ素(PBN)などを用いることができる。
【0025】
筐体100の内部には、長手方向に直線状に伸びた(以下、この方向をx軸方向という)プラズマ化領域Pが設けられている。筐体100は、直径8mmの孔105と、直径5mmの2つの孔103と、その孔103の形成された拡散板104と、案内部106と、を含むガス導入口102を有している。孔103は、x軸方向に長辺を有する長方形状、スリット状であってもよい。ガス導入口102は供給管101に接続されていて、供給管101からガス導入口102へと大気圧プラズマを生成するためのガスが導入される。
【0026】
大気圧プラズマを生成するためのガスは、ヘリウム、ネオン、アルゴン等の希ガスや窒素等の不活性ガスを用いることができ、それらの不活性ガスに水素、酸素、空気などの撥水性薄膜の原料ガス以外のガスを混合したガスなどを用いることができる。特に水素を混合したガスを用いると、水素の還元作用により、後述の電極120a、120bの酸化を抑制することができる。
【0027】
ガス導入口102へと導入されたガスは、孔105から拡散板104へ流れ、拡散板104によってx軸方向に2分されて、孔103からプラズマ化領域Pの方に案内される。
【0028】
案内部106は、プラズマ化領域Pのx軸方向に一様に、x軸方向に垂直な方向(以下、この方向でガスが流れる方向をy軸方向という)にガスを流すための直径1.5mmの多数の孔を有する。案内部106は、多数の孔が形成された筐体100のプラズマ化領域P上流側壁面であり、多数の孔と、この壁面とで、拡散部108が構成される。筐体100のプラズマ化領域Pの下流側壁面には、排出部121が形成されている。排出部121には、y軸方向に軸を有する孔123が、x軸方向に沿って多数配設されている。孔123の直径は0.5mm、孔123のx軸方向の間隔は2.5mmで、合計16個設けられている。
【0029】
プラズマ化領域Pは、x軸方向に垂直な断面の短辺を2mm、長辺(y軸方向に平行)を5mmの長方形とし、x軸方向の長さを2cmとした。
【0030】
プラズマ化領域Pのx軸方向両端には、電極120a、120bが離間、対向して設けられている。電極120a、120bは、図4のように、互いに対向する面が深さ0.5mm程度の凹部(ホロー)Hを多数有した凹凸面となっている。電極120a、120bの材料としては、ステンレス、モリブデン、タンタル、ニッケル、銅、タングステン、白金、またはこれらの合金などを使用することができる。電源は、100V、60Hzの商用交流電源を用い、これを9kVに昇圧して電極120a、120bに印加する。なお、印加する電圧はこれに限るものではなく、直流、交流、パルス、その他任意であり、周波数も制限はない。
【0031】
常温(1〜30℃)、常圧(大気圧、ただし0.5〜2気圧程度も大気圧とする)において、ガス導入口102から大気圧プラズマを生成するためのガスを導入し、電極120a、120b間に電圧を印加すると、プラズマ化領域Pに大気圧プラズマが生成される。その大気圧プラズマは、ガス流に乗って孔123を通って筐体100の外部へy軸方向に伸びる。
【0032】
次に、ミスト供給装置20の構成について説明する。ミスト供給装置20は、図1のように、T字型の継手201と、継手201の一方の開口にその開口201aを塞ぐように張られたアルミ膜202と、水203を保持する容器204と、水203の中であって容器204の底面に配置された超音波振動子205と、によって構成されている。継手201の開口201aは、容器204の水203の中に配置されている。また、アルミ膜202と継手201の壁面とで囲まれる凹部には、液体の撥水性薄膜原料であるヘキサメチルジシロキサン206が保持されている。
【0033】
撥水性薄膜の原料には、ヘキサメチルジシロキサン206以外の液体の有機ケイ素化合物を用いることができ、溶媒に固体または気体の有機ケイ素化合物を溶解させたものを用いることもできる。複数種の有機ケイ素化合物を混合して用いてもよい。有機ケイ素化合物には、メチル基、エチル基などのアルキル基を有し、かつSi−O結合を持つ化合物を用いることができ、たとえば、ヘキサメチルジシラザン、ヘキサメチルジシラン、テトラメチルジシロキサン、などを用いることができる。
【0034】
このミスト供給装置20は、超音波振動子205による超音波振動によって水203を振動させることでアルミ膜202を振動させ、さらにアルミ膜202の振動によってヘキサメチルジシロキサン206を振動させて、ヘキサメチルジシロキサン206をミスト化する。ミスト化した撥水性薄膜の原料206は、継手201のアルミ膜202が張られていない側の2つの開口のうち、一方の開口201bから導入されるキャリアガスであるArに混合されて搬送され、他方の開口201cに接続するミスト供給管207によって、大気圧プラズマ発生装置10の大気圧プラズマ照射部近傍まで搬送される。ミスト供給管207のミスト導入口207a(大気圧プラズマにミストが導入される側の開口)近傍は、その軸方向が、大気圧プラズマの流れる方向に対して垂直となっており、その大気圧プラズマの流れる方向に沿ってミスト供給管207のミスト導入口207a近傍が移動することにより、ミスト導入口207aの位置は、大気圧プラズマの流れる方向に沿って可変となっている。これにより、大気圧プラズマへのミスト導入位置を制御することができるよう構成されている。ミスト供給管207の直径は6.4mmである。また、Arの流速、流量等によって容易に大気圧プラズマへのミストの供給量等を制御することができる。
【0035】
キャリアガスには、Arの他にも、ヘリウム、ネオン、アルゴン等の希ガスや窒素等の不活性ガスを用いることができる。
【0036】
このミスト供給装置20によると、超音波振動子によって液体をミスト化しているため、液滴の直径が数μmで直径のばらつきが少ないミストを発生させることができる。また、液滴の初速が小さく空間に滞留するため、キャリアガスであるArによって容易にミストの流速、流量を制御することができる。
【0037】
ステージ40は、被処理体であるSi基板30を保持するものであり、筐体50の内部に配置されている。このステージ40は移動可能となっており、大気圧プラズマとSi基板30との距離を調整したり、Si基板30を移動させながら処理を行って連続的な撥水処理が可能となっている。
【0038】
筐体50は、供給管501、排気管502が取り付けられていて、供給管501から筐体50内部に窒素が導入される。これにより、筐体50内部は窒素で満たされている。また、排気管502によって筐体50内部の気体の排出量が制御され、筐体50内部の圧力が一定に保たれる。これにより、筐体50内部において大気圧プラズマ発生装置10により大気圧プラズマを発生させた場合に、大気圧プラズマを安定させることができる。
【0039】
次に、実施例1の撥水性薄膜の製造方法について説明する。
【0040】
まず、ステージ40上に、被処理体であるSi基板30を配置した(図10(a)参照)。次に、大気圧プラズマ発生装置10により、ArとH2 の混合ガス(H2 の割合は1vol%)を用いて大気圧プラズマを発生させた。大気圧プラズマは、ガス流に乗って孔123の開口からy軸方向に照射され、発光領域はy軸方向に9mm伸びた。混合ガスの流量は5slmとした。そして、ミスト供給装置20を用いて、ヘキサメチルジシロキサンをミスト化し、ミスト供給管207を介して大気圧プラズマに混合した。ミストはミスト供給管207の軸方向に、つまり、大気圧プラズマのガスの流れる方向に垂直な方向に、ミスト供給管207のミスト導入口207aから排出され、大気圧プラズマに混合された。また、筐体50の内部に筐体501より窒素を5slmで供給し、排気管502からのガス排出量を調整して、筐体50内部の圧力を常圧で一定に調整した。ステージ40上のSi基板30は、特に加熱・冷却はせず、常温とした。
【0041】
これにより、基板30表面に撥水性薄膜60を堆積した(図10(b)参照)。従来の大気圧プラズマCVD法では、撥水性薄膜60の原料として気体を用いたり、固体、液体の材料を揮発させて気体としたりし、その原料の気体をAr等の不活性ガスに混合し、混合ガスを用いて大気圧プラズマを生成していた。一方、実施例1では、撥水性薄膜60の原料ガスを不活性ガスに混合させずに大気圧プラズマを発生させ、その大気圧プラズマに、ミスト状の撥水性薄膜原料を別途混合している。このように、撥水性薄膜の原料を混合させずに大気圧プラズマを生成しているため、大気圧プラズマを安定して生成することができ、その結果、撥水性薄膜60を安定して生成することができ、撥水性薄膜60の厚さや組成等のばらつきを低減することができる。また、大気圧プラズマの生成と、ミストの混合に分離したことで、撥水性薄膜60の撥水性、成膜速度、処理面積などの制御性も向上する。
【0042】
また、この製造方法によって製造された撥水性薄膜60表面は、雪の結晶のような多数の枝状の分岐を有した微細な凹凸構造61を有した形状となる。この撥水性薄膜60の材料による表面自由エネルギーと、撥水性薄膜60表面の微細な凹凸構造61により、高い撥水性を得ることができる。
【0043】
撥水性は、大気圧プラズマとSi基板30との距離と、ヘキサメチルジシロキサンのミストの導入位置によって制御することができる。特に、Si基板30が大気圧プラズマの発光領域内となるようにし、ミスト導入位置を大気圧プラズマ発生部近傍(プラズマ化領域Pの近傍)とすることで超撥水性を得ることができる。実施例1の撥水処理装置1では、大気圧プラズマ発生装置10のプラズマ照射口(孔123のSi基板30側開口)から、y軸方向にSi基板30表面までの距離Dを、ステージ40の移動によって可変とすることができるので、これによって大気圧プラズマとSi基板30との距離を制御可能である。また、大気圧プラズマ発生装置10のプラズマ照射口(孔123のSi基板30側開口)から、y軸方向にミスト導入口207aまでの距離Lを、ミスト供給管207を移動させることで可変とすることができるので、ミストの導入位置を制御することができる。また、撥水性を制御は、大気圧プラズマへ導入するミストの流速、流量などによってもすることができる。また、撥水性薄膜60の成膜速度も、同様に距離Dや距離Lの制御、ミストの流速や流量などによって制御することができる。また、処理面積は、プラズマ化領域Pの面積によって制御することができる。
【0044】
撥水性薄膜60は、Si−O結合やSi−C結合を含む有機ケイ素化合物、または無機ケイ素化合物(つまり、Si−O結合を含み、Si−C結合は含まないもの)である。撥水性薄膜60におけるこれら結合の割合は、撥水性薄膜60の材料を変更したり、大気圧プラズマとSi基板30との距離を調整したり、ミストの導入位置を調整したりすることによって制御可能である。
【0045】
なお、撥水性薄膜60の厚さ(平均の厚さ)は、10nm以上とすることが望ましい。撥水性を十分に発揮させるため、あるいは撥水性薄膜の密着性・耐久性を十分とするためである。より望ましくは10〜10000nmである。
【0046】
上記以上に説明した実施例1の撥水性薄膜60の製造方法によれば、常温、常圧でSi基板30の撥水処理を行うことができるので、低コスト、高回転率、高速処理が可能である。また、撥水性薄膜60の原料を混合させずに大気圧プラズマを生成するため、撥水性薄膜60を安定して生成することができる。また、実施例1の撥水性薄膜60の製造方法は、撥水性を容易に制御することができる。
【0047】
[実験例]
図5は、プラズマ照射口からSi基板30表面までの距離Dと、実施例1の撥水性薄膜の製造方法によって撥水処理された撥水性薄膜60の撥水性との関係を調べた結果である。撥水性は接触角接線法によって評価し、距離Dは7、9、11、13mmと変化させた。また、プラズマ照射口からミスト導入口207aまでの距離Lは0mm、つまり大気圧プラズマの根元部にミストを導入した。
【0048】
まず、撥水性薄膜60を形成していないSi基板30については、接触角が36.5°であった。これに対し、D=7、9mmとして撥水性薄膜60を形成して撥水処理した場合は、図5のように、接触角が150°を越えて超撥水性が得られた。また、D=11mmとして撥水処理した場合は接触角125°、D=13mmとして撥水処理した場合は接触角117°となり、強い撥水性が得られた。また、図5から、距離Dが大きくなるほど撥水性が低下する傾向にあることがわかった。
【0049】
また、ミスト導入位置と撥水性との関係を調べるため、距離Lを2mmとし、距離Dを、9、11、13mmとした場合についても、上記と同様にして撥水性を評価した。その結果、図5のように、距離Lを2mmとすると、距離Lを0mmとした場合よりも撥水性が低下することがわかった。このことから、距離Lを大きくするほど撥水性が低下するものと考えられる。
【0050】
図6は、撥水性薄膜60の化学結合について、FT−IR(フーリエ変換赤外分光)によって評価したグラフである。波数1070cm-1付近のピークはSi−O−Si結合によるピークであり、波数1270cm-1付近のピークはSi−CH3 結合によるピークである。距離Dは、7、9、11、13と変化させて撥水性薄膜60を形成した。また、距離Lは0mmとした。図6より、いずれの場合にも、撥水性薄膜60はSi−O−Si結合とSi−CH3 結合を有した構造であることがわかった。
【0051】
また、図7は、図6の測定結果から、撥水性薄膜60におけるSi−O−Si結合に対するSi−CH3 結合のピーク面積比を算出して、その比の距離D依存性を調べた結果である。図7から、距離Dが7mmの場合は、距離Dが9、11、13mmの場合に比べて、Si−CH3 結合の割合が低いことがわかった。一方、図1に示したように、距離Dが7mmの場合は超撥水性が得られている。疎水性であるSi−CH3 結合の割合が、距離D=11、13mmの場合よりも低いにも係わらず、撥水性は距離D=11、13mmの場合よりも高いという結果から、距離Dが7mmにおける撥水性は、化学結合に依存する表面自由エネルギーの寄与のみによるのではなく、他の要因が存在していることを示唆している。つまり、撥水性薄膜60表面の微細構造が、撥水性に寄与していることを示唆している。
【0052】
そこで発明者らは、撥水性薄膜60の表面および断面をSEMによって解析した。図8はそのSEM像を示している。距離Lを0mm、距離Dを7、9、11、13mmと変化させて撥水性薄膜60の表面と断面について撮影した。図8のように、上記予想通り、撥水性薄膜60表面には微細な凹凸構造61が形成されていることがわかった。微細な凹凸構造61は、距離Dが大きいほど凹凸の起伏が小さく平坦となり、距離Dが小さいほど凸部の枝分かれが多くて凹凸の起伏が激しくなっていた。そして、図5の結果と比較すると、微細な凹凸構造61の起伏が大きく、枝分かれした構造が多いことが、撥水性薄膜60の撥水性が高い要因であるとわかった。
【0053】
また、図9は、距離Lを2mm、距離Dを9、11、13mmと変化させて撥水性薄膜60の表面について撮影したSEM像である。図8図9を比較すると、距離Lが大きくなるほど撥水性薄膜60表面の凹凸の起伏が小さくなり、平坦となることがわかった。
【0054】
上記実験結果から、距離Dと距離Lによって撥水性が変化するのは、次のような機構によるためであると推察される。
【0055】
距離Dが小さいと、Si基板30表面は大気圧プラズマの発光領域内に含まれ、Si基板30表面に未結合手が多数形成される。この未結合手に大気圧プラズマによって発生したラジカルが結合し、枝状に堆積していくため、撥水性薄膜60表面に微細な凹凸構造61が形成される。そのため凹凸構造61による撥水性向上の寄与が大きくなり、高い撥水性が得られる。
【0056】
距離Dが大きいと、Si基板30表面は大気圧プラズマの発光領域外となり、Si基板30表面の未結合手が少なくなる。大気圧プラズマによって発生したラジカルはSi基板30表面で拡散するため、Si基板30表面に均等に堆積していき、撥水性薄膜60表面は平坦となる。そのため撥水性は撥水性薄膜60の材料による表面自由エネルギーの寄与が大きくなり、距離Dが小さい場合に比べて撥水性が低くなる。
【0057】
距離Lが小さいと、大気圧プラズマにより発生した高い反応性を有したラジカル同士が空中で重合し、微粒子を形成する。この微粒子がSi基板30表面に堆積するため、その体積によって形成される撥水性薄膜60表面は荒くなり、撥水性薄膜60表面に微細な凹凸構造61が形成されることとなる。そのため、高い撥水性が得られる。
【0058】
距離Lが大きいと、空中で重合するラジカルが少なくなり、微粒子はあまり形成されない。Si基板30表面に堆積する微粒子も少なくなる。そのため、撥水性薄膜60表面は平坦になる。よって、距離Lが小さい場合に比べて撥水性が低くなる。
【0059】
なお、実施例1の撥水性薄膜の製造方法における大気圧プラズマの生成には、図2〜4に示した構成の大気圧プラズマ発生装置10に限らず、従来知られている任意の構成の大気圧プラズマ発生装置を用いることができる。
【0060】
また、撥水性薄膜60の原料のミスト化は、実施例1のような超音波振動に限るものではなく、他の方法によってミスト化してもよい。たとえば、加圧方式、回転ディスク方式、インクジェット方式、などの方法を用いることができる。
【0061】
また、実施例1では被処理体としてSi基板を用いているが、本発明はSi基以外の様々な材料に撥水性薄膜を形成することができる。たとえば、PET(ポリエチレンテレフタラート)などのプラスチック材料を被処理体として用いることが可能である。また、実施例1では被処理体として平板状のSi基板30を用いているが、本発明は平板状の基材に限るものではなく、様々な立体的形状に対して、その一部または全部の領域を撥水処理することができる。
【0062】
また、実施例1では、大気圧プラズマを安定して生成するために、筐体50内部で撥水処理を行うようにしているが、筐体50なしで、通常の大気下で撥水処理を行うようにしてもよい。
【0063】
また、実施例1では、大気圧プラズマへのミストの混合は一ヶ所のみから行っているが、複数箇所から混合するようにしてもよい。また実施例1では、ミストは、大気圧プラズマの流れる方向に対して垂直な方向に噴霧して大気圧プラズマに混合しているが、必ずしもそのような方向に混合する必要はない。ただし、実施例1のような方向にミストを混合すると、撥水性薄膜60をより均質にすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、立体的な基材の一部分に撥水処理を施す場合に特に有効である。たとえば、飲料ペットボトル容器の飲み口部分のみに撥水処理を施すことができる。
【符号の説明】
【0065】
1:撥水処理装置
10:大気圧プラズマ発生装置
20:ミスト供給装置
30:基板
40:ステージ
50、100:筐体
60:撥水性薄膜
61:微細な凹凸構造
101:供給管
102:ガス導入口
103、105、123:孔
106:案内部
108:拡散部
120a、b:電極
121:排出部
201:継手
202:アルミ膜
203:水
204:容器
205:超音波振動子
206:ヘキサメチルジシロキサン
207:ミスト供給管
P:プラズマ化領域
H:ホロー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10