【実施例】
【0029】
以下では、本発明の銅合金線材を製造した具体例を実施例として説明する。
【0030】
[線材の作製]
(実施例1)
まず、Zr0.20at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金となるように秤量した原料を石英管内に入れ、Arガス置換したチャンバー内で高周波誘導溶解した。十分に溶解して得られた溶湯を、純銅鋳型に注湯して、直径12mm、長さ約180mmの丸棒インゴットを鋳造した。次に、室温まで冷却した丸棒インゴットを、直径11mmとなるまで面削加工を行い鋳肌の凹凸を除去した。続いて、常温で、順次孔径が小さくなる20〜40個のダイスに通して伸線後の線材の直径(伸線径)が0.040mmとなるように伸線加工を行って実施例1の線材を得た。なお、伸線に用いたダイスは、中央にダイス孔を設けてあり、孔径の異なる複数のダイスを順に通すことでせん断による伸線加工を行うものである。
【0031】
(実施例2〜14)
表1に示す原料組成の鋳造素材を用い、表1に示す伸線径となるまで伸線した以外は、実施例1と同様の工程を経て実施例2〜14の線材を得た。
【0032】
(比較例1〜4)
表1に示す原料組成の鋳造素材を用い、表1に示す伸線径となるまで伸線した以外は、実施例1と同様の工程を経て比較例1〜4の線材を得た。
【0033】
(実施例15〜17)
実施例5の線材を用いて、さらに、表2に示す寸法となるように室温で圧延パス1回の平線圧延を行って、実施例15〜17の線材を得た。
【0034】
(実施例18〜21)
実施例13の線材を、100℃,200℃,300℃,400℃で1時間保持したものを、それぞれ実施例18〜21とした。
【0035】
(比較例5〜8)
実施例13の線材を、500℃,550℃,600℃,650℃で1時間保持したものを、それぞれ比較例5〜8とした。
【0036】
[伸線加工度の導出]
伸線加工度(η)は、伸線加工前の断面積A
0(mm
2)及び伸線加工後の断面積A(mm
2)より、η=ln(A
0/A)の式によって求めた。
【0037】
[複合相の面積率の導出]
複合相の面積率は、以下のように導出した。まず、線材の横断面を1000倍以上の倍率でSEMを用いて観察した。そして、断面全体が入る視野、若しくは、断面中心を含んだ50μm×50μmの視野において、母相に比べて白く見える複合相の割合を画像解析により求めた。
【0038】
[複合相のアスペクト比L/Tの導出]
複合相のアスペクト比L/Tは、以下のように導出した。まず、線材の縦断面を1000倍以上の倍率でSEMを用いて観察し、少なくとも50μm×100μmの視野で、偏平状に白く見える複合相を任意に30箇所選択した。そして、各々の複合相の伸線方向の長さLと伸線方向に直交する方向の長さ(太さ)Tを測定してL/Tを計算し、この平均値をアスペクト比L/Tとした。
【0039】
[Cu
8Zr
3の同定]
Cu
8Zr
3の同定は、以下のように行った。まず、各線材について、Arイオン・ミリング法を用いて細くした試料を用意し、この試料について走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて組織観察を行った。次に、組織観察を行った視野についてエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて組成分析を行い、CuとCu−Zr化合物とを区別した。そして、Cu−Zr化合物について、ナノ電子線回折(NBD)によって構造解析を行った。
【0040】
[引張強さの測定]
引張強さは、万能試験機(島津製作所製、オートグラフAG−1kN)を用いてJISZ2201に準じて測定した。そして、最大荷重を銅合金線材の初期の断面積で除した値である引張強さを求めた。
【0041】
[導電率の測定]
導電率はJISH0505に準じて線材の体積抵抗ρを測定し、焼き鈍した純銅の抵抗値(1.7241μΩcm)との比を計算して導電率(%IACS)に換算した。換算には、以下の式を用いた。導電率γ(%IACS)=1.7241÷体積抵抗ρ×100。
【0042】
[実験結果]
図1〜3は、それぞれ、実施例12,13,比較例5のSEM写真であり、(a)は縦断面、(b)は横断面である。
図1〜3において、白く見える部分が複合相であり、黒く見える部分が銅母相である。実施例12,13では、銅母相中に短繊維状の複合相が分散しているが、比較例5では、銅母相中に粒子状の複合相が分散していることがわかった。
【0043】
図4は、実施例12の複合相のSTEMの明視野像(BF像)及び高角度環状暗視野像(HAADF像)である。
図5は、
図4の各Point(1〜3)におけるEDX分析結果である。EDX分析結果より、Point1,2はCu−Zr化合物であり、Point3はCuであることがわかった。
図6は、
図4のPoint2(Cu−Zr化合物)のNBD解析結果である。これによれば、Cuの回折パターンを除く代表的な3つの回折パターンのそれぞれから求められる格子定数はd
1=3.960Å、d
2=3.135Å、d
3=1.929Åであった。これらは、それぞれCu
8Zr
3の(200)面、(022)面、(401)面の格子面間隔と一致(差が±0.05Å以内)した。また、複合相に含まれることが想定されるCu
5ZrやCu
9Zr
2の格子面間隔とは一致しなかった。このことから、複合相は、CuとCu
8Zr
3とを含むことがわかった。
【0044】
図7は、実施例13の複合相のSTEMの明視野像(BF像)及び高角度環状暗視野像(HAADF像)である。
図7(a)(b)の中央付近のCu−Zr化合物の周囲には、せん断変形で導入された転位らしき組織が観察された。
図8は、
図7の各Point(1〜3)におけるEDX分析結果である。EDX分析結果より、Point1はCu−Zr化合物であり、Point2,3はCuであることがわかった。
図9は、
図7のPoint1(Cu−Zr化合物)のNBD解析結果である。これによれば、Cuの回折パターンを除く代表的な3つの回折パターンのそれぞれから求められる格子定数はd
1=3.762Å、d
2=3.420Å、d
3=2.427Åであった。これらは、それぞれCu
8Zr
3(斜方晶)の(021)面、(121)面、(213)面の格子面間隔と一致(差が±0.05Å以内)した。また、複合相に含まれることが想定されるCu
5Zr(立方晶)やCu
9Zr
2(正方晶)の格子面間隔とは一致しなかった。このことから、複合相は、CuとCu
8Zr
3とを含むことがわかった。
【0045】
図10は、比較例5の複合相のSTEMの明視野像(BF像)及び高角度環状暗視野像(HAADF像)である。
図11は、
図10の各Point(1〜3)におけるEDX分析結果である。EDX分析結果より、Point1,3はCu−Zr化合物であり、Point2はCuであることがわかった。
図12は
図11のPoint1(Cu−Zr化合物)のNBD解析結果である。これによれば、Cuの回折パターンを除く代表的な3つの回折パターンのそれぞれから求められる格子定数はd
1=3.762Å、d
2=2.213Å、d
3=1.475Åであった。これらは、それぞれCu
8Zr
3の(021)面、(312)面、(512)面の格子面間隔と一致(差が±0.05Å以内)した。また、複合相に含まれることが想定されるCu
5ZrやCu
9Zr
2の格子面間隔とは一致しなかった。このことから、複合相は、CuとCu
8Zr
3とを含むことがわかった。この比較例5では、STEM像が繊維状でなく粒子状となっており、比較例5の組織は再結晶組織であると推察された。また、EDX分析の結果、酸素が含まれていないことがわかった。このように、再結晶組織であることや、酸素を含まないことが、引張強さや導電率に何らかの影響を与えると推察された。
【0046】
表1は、実施例1〜14及び比較例1〜4の原料中のZrの割合(at%)、伸線径、伸線加工度η、複合相の面積率、複合相のアスペクト比、引張強さ、導電率を示すものである。表1より、原料組成におけるZrの比率が0.20at%未満である比較例1では、導電率は高いが、引張強さが700MPa未満であった。また、原料組成におけるZrの比率が1.0at%より大きく、複合相が繊維状に長く伸長して銅母相と層をなしている比較例2,3では、引張強さは高いが、導電率が70%IACS未満であった。また、原料組成におけるZrの比率は0.2at%以上1.0at%以下であるが、複合相が短繊維状でなく粒子状である比較例4では、導電率は高いが引張強さが700MPa未満であった。これに対して、実施例1〜14では、いずれも引張強さが700MPa以上導電率が70%IACS以上であった。このことから、700MPa以上の引張強さと70%IACS以上の導電率とを両立するには、銅母相中に短繊維状の複合相が分散しており、Zrが0.2at%以上1.0at%以下である必要があることがわかった。また、実施例1〜14より、Zrの比率(at%)を高くしたり、伸線加工度ηを高くしたりすると、引張強さが大きくなることがわかった。また、複合相の面積率を少なくしたり、複合相のアスペクト比L/Tの値を小さくすることで、導電率を高めることができることがわかった。また、複合相の面積率は、伸線加工度ηの影響をほとんど受けず、Zrの比率によって変化することがわかった。一方で、複合相のアスペクト比は、伸線加工度ηが大きくなるほど大きくなることがわかった。
【0047】
【表1】
【0048】
表2は、実施例5の線材を平線圧延した実施例15〜17の、断面形状(長辺、短辺、アスペクト比、直角度)及び、引張強さ、導電率を示すものである。このように平線圧延を行っても、引張強さや導電率は大きく変化しないことがわかった。また、1回の圧延パスで、横断面のアスペクト比を5.0以上とすることができた。また、実施例15〜17はいずれも直角度R/tが0.1以下の矩形断面となった。これは、複合相が短繊維状に分散した状態のまま平線圧延するため、幅広がりを抑制できたためと推察された。
【0049】
【表2】
【0050】
図13は、伸線後の保持温度と引張強さ及び導電率との関係を示すグラフである。すなわち、実施例13,18〜21及び比較例5〜8の引張強さ及び導電率をまとめたグラフである。このグラフから、500℃未満(400℃以下)の温度で保持した場合には引張強さ700MPa以上、導
電率70%IACS以上を維持できるが、500℃以上の温度で保持した場合には引張強さが700MPa未満となることがわかった。これは、上述した
図3や
図10からもわかるように、再結晶が生じたためと推察された。このことから、伸線工程及び伸線工程後の処理は500℃未満で行う必要があることがわかった。500℃未満であれば、再結晶が生じにくいため組織を未再結晶状態のままとすることができ、銅母相中に短繊維状の複合相が分散したものとすることができる。
【0051】
本出願は、2011年9月29日に出願された日本国特許出願第2011−214983号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。