(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
風力発電装置の増速機の出力軸に一体回転可能に設けられた入力回転体及び前記出力軸の回転が伝達される発電機の駆動軸に一体回転可能に設けられ、前記入力回転体の径方向内側又は径方向外側に同心上に配置された出力回転体のうちの一方の回転体側に設けられる内輪と、
他方の回転体側に設けられかつ前記内輪の径方向外側に配置される外輪と、
前記内輪及び外輪の両軌道面の間に形成された複数の空間に個別に配置された複数の係合子と、
を有し、
前記入力回転体の回転速度が前記出力回転体の回転速度を上回る状態で、前記係合子が前記内輪及び外輪の両軌道面に噛み合うことにより前記入力回転体と出力回転体とを一体回転可能に接続し、前記入力回転体の回転速度が前記出力回転体の回転速度を下回る状態で、前記噛み合いを解除することにより前記入力回転体と出力回転体との接続を遮断し、
前記複数の係合子又は前記内輪及び外輪が、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材に軟窒化が施された母材からなり、当該母材における相手部材との間で相対的に摺動又は係合して接触する接触部の表面から20μmまでの部分のビッカース硬さが1000〜1500Hvであり、
前記係合子が円筒ころ又はスプラグであり、かつ前記入力回転体の軸方向先端部と当該入力回転体の軸方向先端部が対向する駆動軸の対向面との間及び前記出力回転体の軸方向先端部と当該出力回転体の軸方向先端部が対向する入力回転体の対向面との間それぞれに隙間が設けられていることにより、前記内輪及び外輪の軸方向の相対移動が許容されており、
前記入力回転体又は出力回転体が温度変化によって軸方向に伸縮したときに前記係合子が相対的に摺動又は係合する部分の表面から20μmまでの部分のビッカース硬さが1000〜1500Hvであることを特徴とする風力発電装置用の一方向クラッチ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(風力発電装置の構成)
以下、本発明の実施形態について添付図面を参照しながら詳述する。
図1は、本発明の一実施形態に係る一方向クラッチが用いられた風力発電装置を示す概略側面図である。この風力発電装置1は、風力を受けて回転する主軸2と、この主軸2に連結された増速機3と、この増速機3に連結された発電機4と、増速機3の出力軸35に一体回転可能に設けられた入力回転体5と、発電機4の駆動軸41に一体回転可能に設けられた出力回転体6と、入力回転体5と出力回転体6との間に配置された一方向クラッチ7と、一方向クラッチ7の軸方向両側に配置された一対の転がり軸受8とを備えている。この風力発電装置1は、風力による主軸2の回転を増速機3で増速させて発電機4に伝達し、当該発電機4を駆動させることによって発電する。
【0020】
主軸2の先端部には、例えば、風力を受ける受風部材であるブレード(図示せず)が一体回転可能に連結されている。このブレードは、風力を受けると主軸2とともに回転するようになっている。
発電機4は、増速機3によって増速された回転を入力して回転する駆動軸41と、発電機4に内蔵されたロータ42と、図示しないステータ等とを有する。ロータ42は駆動軸41に一体回転可能に連結されており、駆動軸41が回転してロータ42が駆動することに伴って発電するようになっている。
【0021】
増速機3は、主軸2の回転を入力してその回転を増速する歯車機構(回転伝達機構)30を備えている。この歯車機構30は、遊星歯車機構31と、この遊星歯車機構31により増速された回転を入力して、さらにその回転を増速する高速段歯車機構32とを備えている。
遊星歯車機構31は、内歯車31aと、主軸2に一体回転可能に連結された遊星キャリア(図示せず)に保持された複数の遊星歯車31bと、遊星歯車31bに噛み合う太陽歯車31cとを有している。これにより、前記主軸2とともに遊星キャリアが回転すると、遊星歯車31bを介して太陽歯車31cが回転し、その回転が高速段歯車機構32の低速軸33に伝達される。
【0022】
高速段歯車機構32は、低速ギヤ33aを有する前記低速軸33と、第1中間ギヤ34a及び第2中間ギヤ34bを有する中間軸34と、高速ギヤ35aを有する出力軸35とを備えている。
低速軸33は、大型の回転軸からなり、主軸2と同心上に配置されている。低速軸33の軸方向両端部は、ころ軸受36a,36bにより回転自在に支持されている。
中間軸34は、低速軸33の上方に配置されている。また、中間軸34の軸方向両端部は、ころ軸受37a,37bにより回転自在に支持されている。中間軸34の第1中間ギヤ34aは、低速ギヤ33aと噛み合っており、第2中間ギヤ34bは、高速ギヤ35aと噛み合っている。
出力軸35は、中間軸34の上方に配置されており、回転トルクを出力するようになっている。出力軸35の軸方向の一端部35b及び他端部(出力端部)35c側は、それぞれころ軸受38,39により回転自在に支持されている。
【0023】
以上の構成により、主軸2の回転は、遊星歯車機構31のギヤ比、低速ギヤ33aと第1中間ギヤ34aとのギヤ比、及び第2中間ギヤ34bと高速ギヤ35aとのギヤ比により3段階に増速されて、発電機4を駆動するようになっている。
【0024】
図2は、増速機3の出力軸35と発電機4の駆動軸41との連結部分(一方向クラッチユニット)を示す断面図である。
図2に示される一方向クラッチユニット9は、入力回転体5と、出力回転体6と、一方向クラッチ7と、一対の転がり軸受8とを備えている。一方向クラッチ7及び転がり軸受8は、出力軸35の回転を入力回転体5及び出力回転体6を介して駆動軸41に伝達するようになっている。なお、
図2に示される一方向クラッチユニット9は、転がり軸受8が一方向クラッチ7の軸方向両側に配置されたものであるが、一方向クラッチ7の軸方向一方側のみに配置されたものであってもよい。
【0025】
入力回転体5は、出力軸35と同心上に配置されており、その軸方向一端部(
図2の左端部)から軸方向他端部(
図2の右端部)に向けて、フランジ部51、大径部52及び小径部53をこの順に有している。
フランジ部51は、大径部52の外周面よりも径方向外側に延びて形成されており、出力軸35の出力端部35cに着脱可能に固定されている。具体的には、フランジ部51は、前記出力端部35cに形成されたフランジ部35c1に当接した状態で、図示しないボルト及びナットにより当該フランジ部35c1に締結固定されている。
【0026】
出力回転体6は、入力回転体5の径方向外側に同心上に配置されており、円筒部61と、この円筒部61の軸方向他端部(
図3の右端部)に形成されたフランジ部62とを有している。
フランジ部62は、円筒部61の外周面よりも径方向外側に延びて形成されており、駆動軸41の一端部に着脱可能に固定されている。具体的には、フランジ部62は、駆動軸41の前記一端部に形成されたフランジ部41aに当接した状態で、図示しないボルト及びナットにより当該フランジ部41aに締結固定されている。
円筒部61の内周面は円筒面とされており、円筒部61の軸方向一端部(
図3の左端部)の内周面と、入力回転体5の大径部52の外周面との隙間には、円筒部61と入力回転体5の小径部53との間の環状空間を密封するための環状のシール部材10が設けられている。
【0027】
一方向クラッチ7は、入力回転体5と出力回転体6との間に配置されている。この一方向クラッチ7は、出力軸35の回転を入力回転体5及び出力回転体6を介して駆動軸41に断接可能に伝達するために設けられている。
【0028】
一対の転がり軸受8は、入力回転体5の小径部53と出力回転体6の円筒部61との間にそれぞれ配置されており、入力回転体5及び出力回転体6を介して出力軸35及び駆動軸41を互いに相対回転可能に支持している。また、各転がり軸受8は、その軸方向端部に一方向クラッチ7の保持器74の軸方向両端面にそれぞれ当接可能に、前記一方向クラッチ7の軸方向両側にそれぞれ隣接して配置されている。
転がり軸受8は、内輪81と、外輪82と、内輪81及び外輪82の間に転動可能に配置された複数の円筒ころ83とを備えた円筒ころ軸受である。
内輪81は、外周に形成された内輪軌道面81aと、この内輪軌道面81aの軸方向両側において径方向外側に向かって突出して形成された内輪鍔部81bとを有している。各内輪鍔部81bの内側面には、円筒ころ83の両端面がそれぞれ摺接するようになっている。また、一方向クラッチ7に隣接する内輪鍔部81bの外側面81b1は、一方向クラッチ7の保持器74の軸方向端面である円環部74aの外側面が当接する当接面とされている。
出力回転体6における円筒部61の軸方向両端部の領域A及び領域Cは、転がり軸受8の外輪82とされており、この領域A,Cの各内周面に外輪82の外輪軌道面82aが形成されている。この外輪軌道面82aと内輪軌道面81aとの間には、円筒ころ83が転動可能に配置されている。
【0029】
なお、本発明においては、入力回転体及び出力回転体は、それぞれ出力軸及び駆動軸と一体に形成されていてもよい。また、出力回転体は、入力回転体の径方向内側に配置されていてもよい。この場合、一方向クラッチは、外輪内周面をカム面とし、内輪外周面を円筒面とすればよい。さらにこの場合には、出力回転体の外周面に内輪外周面を形成し、出力回転体を内輪として兼用してもよい。
さらに、一方向クラッチ及び転がり軸受それぞれの外輪を出力回転体に対して別部材として設けてもよい。
また、入力回転体と出力回転体との間に配置される転がり軸受は、出力回転体を軸方向へ移動させるために円筒ころ軸受としているが、出力回転体を軸方向へ移動させない場合には玉軸受としてもよい。
なお、一方向クラッチの保持器は、転がり軸受の外輪を出力回転体に対して別部材として設け、この外輪に当接させてもよい。
【0030】
(一方向クラッチの構成)
図3は、一方向クラッチ7を示す断面図である。
図2及び
図3において、一方向クラッチ7は、内輪71及び外輪72と、この内輪71の外周面71aと外輪72の内周面72aとの間に配置された係合子としての複数の円筒ころ73とを備えている。
なお、以下において、内輪71の外周面71a及び外輪72の内周面72aを、「内外輪71,72の軌道面71a,72a」と総称することもある。
内輪71は、入力回転体5の小径部53の軸方向中央部に外嵌して固定されており、小径部53と一体回転するようになっている。出力回転体6における円筒部61の軸方向中央部の領域Bは、一方向クラッチ7の外輪72とされている。したがって、円筒部61の領域Bの内周面に、前記内周面72aが形成されている。円筒ころ73は、円柱形状であり、本実施形態では周方向に8つ配置されている。
【0031】
一方向クラッチ7は、各円筒ころ73を円周方向に沿って所定間隔毎に保持する環状の保持器74と、各円筒ころ73を一方向に弾性的に付勢する複数の弾性部材75とをさらに備えている。
保持器74は、軸方向に対向する一対の円環部74aと、両円環部74aの間で軸方向に延びかつ周方向等間隔に配列されて当該両円環部74aを連結する複数の柱部74bとを有している。両円環部74aと隣接する柱部74bとの間には複数のポケット74cが形成されており、各ポケット74cに各円筒ころ73が個別に収容されている。
弾性部材75は、圧縮コイルバネからなり、保持器74の各ポケット74cに個別に収容されて柱部74bに取り付けられている。
内輪71の外周面71aには、円筒ころ73と同数(8つ)の平坦なカム面71a1が形成されている。また、外輪72の内周面72aは、円筒面とされている。内輪71のカム面71a1と外輪72の円筒面との間には、空間(くさび状空間)Sが周方向に複数(8つ)形成されている。そして、円筒ころ73は、各くさび状空間Sに個別に配置されており、弾性部材75が円筒ころ73をくさび状空間Sが狭くなる方向に付勢している。円筒ころ73の外周面は、内輪71のカム面71a1及び外輪72の円筒面に接触する接触面73aとなっており、この接触面73aは幅方向(軸方向)に真っ直ぐに形成されている。内輪71及び外輪72の間には、エステル化合物を基油とし、ウレア化合物を増ちょう剤として含む、温度変化に影響をうけにくい潤滑剤であるグリースが供給される。
【0032】
このように構成された一方向クラッチ7では、入力回転体5が増速回転することにより、入力回転体5の回転速度が、出力回転体6の回転速度を上回る場合には、内輪71が外輪72に対して一方向(
図3の反時計回り方向)に相対回転しようとする。この場合、弾性部材75の付勢力により、円筒ころ73が、くさび状空間Sが狭くなる方向へ僅かに移動する。そして、円筒ころ73の接触面73aが内輪71の外周面71a及び外輪72の内周面72aに圧接し、一方向クラッチ7は円筒ころ73が内輪71及び外輪72の間に噛み合った状態となる。これにより、内輪71及び外輪72は前記一方向に一体回転可能となり、入力回転体5と出力回転体6とを一体回転可能に接続することができる。
また、入力回転体5が増速回転後に一定速回転となり、入力回転体5の回転速度が、出力回転体6の回転速度と同一になった場合には、円筒ころ73が内輪71及び外輪72の間に噛み合った状態で保持される。このため、一方向クラッチ7は、内輪71及び外輪72の前記一方向への一体回転を維持し、入力回転体5及び出力回転体6は一体回転し続ける。
一方、入力回転体5が減速回転することにより、入力回転体5の回転速度が、出力回転体6の回転速度を下回る場合には、内輪71が外輪72に対して他方向(
図4の時計回り方向)に相対回転しようとする。この場合には、弾性部材75の付勢力に抗して、円筒ころ73が、くさび状空間Sが広くなる方向へ僅かに移動することにより、円筒ころ73と内輪71及び外輪72それぞれとの噛み合いが解除される。このように、円筒ころ73の噛み合いが解除されることで、入力回転体5と出力回転体6との接続が遮断される。
このように、本実施形態に係る一方向クラッチ7は、入力回転体5の回転速度が出力回転体6の回転速度を上回る状態で、入力回転体5と出力回転体6とを一体回転可能に接続し、入力回転体5の回転速度が出力回転体6の回転速度を下回る状態で、入力回転体5と出力回転体6との接続を遮断するので、風力の低下により主軸2を介して出力軸35の回転速度が急激に低下しても、発電機4のロータ42の慣性による回転が駆動軸41を介して出力軸35に伝達されるのを防止することができるため、出力軸35を支持しているころ軸受38,39に作用するラジアル荷重の減少及びこれに伴うころの自転遅れを抑制することができる。したがって、本実施形態に係る一方向クラッチ7によれば、この状態から風力の変化により主軸2の回転速度が急激に増加してころに高荷重がかかったときに、ころが回転輪との接触面で滑りにくくなるので、ころ軸受にスメアリングが発生するのを効果的に抑制することができる。
風力発電装置1においては、一般的に、当該風力発電装置1を構成する部材が大きいため、温度変化による伸縮量が大きくなる。
本実施形態に係る一方向クラッチ7では、玉軸受と異なり、軸方向に拘束されていない。すなわち、本実施形態に係る一方向クラッチ7では、
図2に示されるように、入力回転体5の軸方向先端部51aと当該入力回転体5の軸方向先端部51aが対向する駆動軸41の対向面41bとの間には隙間S1が設けられている。また、出力回転体6の軸方向先端部61aと当該出力回転体6の軸方向先端部61aが対向する入力回転体5の対向面51bとの間には隙間S2が設けられている。このように、本実施形態に係る一方向クラッチ7では、軸方向に隙間S1及びS2が設けられていることにより、内輪71及び外輪72の軸方向の相対移動が許容されている。
したがって、温度変化によって出力軸35、駆動軸41等が軸方向に伸縮して両軸の軸方向間隔が変動した場合、係合子(円筒ころ73)が相対的に摺動又は係合する部分は、常温使用下での軌道面の位置と異なるものとなる。そこで、常温使用下での軌道面の位置だけでなく、想定される位置ずれ量も含む範囲で、入力回転体5又は出力回転体6が温度変化によって軸方向に伸縮したときに係合子(円筒ころ73)が相対的に摺動又は係合する部分についても、熱処理を施し、前記部分の表面から20μmまでの部分のビッカース硬さを1000〜1500Hv、前記部分における内部硬さを54HRC以上とすることが好ましい。なお、前記位置ずれ量は、風力発電装置1が使用される環境温度、使用時の発電機の発熱量等から温度変化域(例えば、−40〜60℃)を想定し、当該温度変化域における各部材の伸縮量を実験や計算で求めることによって推定することができる。
【0033】
本実施形態においては、一方向クラッチ7の円筒ころ73、内輪71及び外輪72は、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材から得られた母材から構成されている。マルテンサイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS440、SAE51440、AIS440等が挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。前記マルテンサイト系ステンレス鋼のなかでは、一方向クラッチの軌道面の硬さを確保する観点から、SUS440が好ましく、SUS440Cがより好ましい。
【0034】
円筒ころ73、内輪71及び外輪72は、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材に軟窒化処理が施された母材からなる。円筒ころ73の係合面73aは、内輪71及び外輪72それぞれとの間で相対的に摺動又は係合する接触部である。また、内外輪71,72の軌道面71a,72aは、円筒ころ73との間で相対的に摺動又は係合する接触部である。
【0035】
本実施形態においては、一方向クラッチ7の円筒ころ73、内輪71及び外輪72のすべてがマルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材から得られた母材から構成されているが、本発明においては、円筒ころ73、内輪71及び外輪72の少なくとも1つがマルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材から得られた母材から構成されていてもよい。十分な硬さを確保する観点から、少なくとも内輪71がマルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材から得られた母材から構成されていればよく、円筒ころ73、内輪71及び外輪72のすべてがマルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材から得られた母材から構成されていてもよい。
【0036】
また、円筒ころ73において、内輪71及び外輪72との間で相対的に摺動又は係合する接触部である係合面73a並びに内輪71及び外輪72において、円筒ころ73との間で相対的に摺動又は係合する接触部である軌道面71a,72aそれぞれの表面から20μmまでの部分の硬さ(ビッカース硬さ)は、1000Hv以上である。前記硬さは、風力発電装置に用いるのに十分な硬さを確保する観点から、好ましくは1000〜1500Hv以下である。前記硬さ(ビッカース硬さ)は、円筒ころ73、内輪71及び外輪72それぞれの断面組織における接触部側から所定の深さにおける位置でJIS Z 2244に準じて測定することによって得られた値である。
なお、本実施形態においては、係合面73a及び軌道面71a,72aのすべての表面硬さが1000Hv以上とされているが、本発明においては、円筒ころ73、内輪71及び外輪72のうち、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材から得られる母材から構成された部材の前記接触部の表面硬さのみが1000Hv以上とされていてもよい。耐摩耗性を向上させる観点から、少なくとも内輪71の軌道面71aの表面から20μmまでの部分の硬さ(ビッカース硬さ)が1000Hv以上であればよく、円筒ころ73の係合面73a、内外輪71,72の両軌道面71a,72aのすべての表面硬さが1000Hv以上であってもよい。
【0037】
さらに、円筒ころ73において、内輪71及び外輪72それぞれとの間で相対的に摺動又は係合する接触部である係合面73a、内輪71及び外輪72それぞれにおいて、円筒ころ73との間で相対的に摺動又は係合する接触部である軌道面71a,72aにおける内部硬さ(ロックウェルC硬さ)は、経年磨耗したときにも十分な硬さを確保する観点から、54HRC以上である。なお、前記内部硬さの上限は、通常、表面硬さ以下である。前記内部硬さは、円筒ころ73、内輪71及び外輪72それぞれの断面組織における接触部側から所定の深さにおける位置でJIS Z2245に準じて測定することによって得られた値である。
なお、本実施形態においては、係合面73a及び軌道面71a,72aにおける内部硬さが54HRC以上とされているが、本発明においては、円筒ころ73、内輪71及び外輪72のうち、前記母材からなる部材の前記接触部の内部硬さのみが54HRC以上とされていてもよい。経年磨耗したときにも十分な硬さを確保する観点から、少なくとも内輪71の軌道面71aの内部硬さが54HRC以上であればよく、円筒ころ73の係合面73a、内外輪71,72の両軌道面71a,72aのすべての内部硬さが54HRC以上であってもよい。
本実施形態においては、係合子が円筒ころとされているが、本発明においては、係合子は、スプラグであってもよい。
【0038】
本実施形態に係る一方向クラッチ7に用いられる円筒ころ73、内輪71及び外輪72は、例えば、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材を用い、
図4に示される各工程を含む方法を行なうことによって得ることができる。以下、本発明の一実施形態に係る一方向クラッチに用いられる係合子(円筒ころ73)の製法を例として挙げて説明するが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない
図4は、本発明の一実施形態に係る一方向クラッチに用いられる係合子(円筒ころ73)の製法の一例を示す工程図である。
【0039】
まず、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材からマルテンサイト系ステンレス鋼製の円柱状のワークW(
図4(a)参照)を製造し、得られたワークWに切削加工等を施して、所定形状に加工して、外周面101a及び端面101b1,101b2それぞれを形成する部分に研磨取代を有するころの素形材101を得る〔「前加工工程」、
図4(b)参照〕。
【0040】
つぎに、素形材101における外周面101a及び端面101b1,101b2それぞれを形成する部分に対して研磨仕上げ加工を施すとともに、外周面101aを形成する部分に対して超仕上げ加工をさらに施して、所定精度に仕上げる(「仕上げ加工工程」、
図4(c)参照)。
【0041】
その後、前記仕上げ加工工程で得られた中間素材に対して、焼入れ処理を施す(「焼入れ工程」、
図4(d)参照)。かかる焼入れ処理は、例えば、中間素材を1000〜1100℃で5分間以上加熱し、急冷することによって行なわれる。
急冷は、冷却油の湯浴中における油冷によって行なわれる。
【0042】
つぎに、焼入れ処理後の中間素材に対して、サブゼロ処理を施す(「サブゼロ処理工程」、
図4(e)参照)。かかるサブゼロ処理は、例えば、−80〜−60℃で5分間以上当該中間素材を冷却することによって行なわれる。
【0043】
つぎに、サブゼロ処理後の中間素材に対して、焼戻し処理を施す(「焼戻し処理」、
図4(f)参照)。かかる焼戻し処理は、例えば、中間素材を、400℃を超える温度、通常、450〜550℃で加熱することによって行なわれる。
【0044】
つぎに、焼戻し処理後の中間素材102における外周面101aを形成する部分の表面に生じた酸化被膜103を除去する(「表面酸化被膜除去処理」、
図4(g)参照)。
マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材では、熱処理等によって当該鋼材の表面に酸化被膜が形成されることから、そのままでは、窒化処理によって当該鋼材の表面に窒化物からなる層を形成させることが困難である。そこで、上記のように、焼戻し処理後の中間素材102に対して表面酸化被膜除去処理を施すことによって、以降のガス軟窒化処理を効率よく行なうことができる。
中間素材102の表面からの酸化被膜103の除去は、例えば、中間素材102を還元ガス雰囲気中に静置することによって行なうことができる。還元ガスとしては、例えば、フッ化窒素等が挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0045】
つぎに、表面酸化被膜除去処理後の中間素材104に対して、ガス軟窒化処理を施す(「ガス軟窒化工程」、
図4(h)参照)。
これにより、本実施形態に係る一方向クラッチ7の係合子である円筒ころ73が得られる(
図4(i)参照)。かかる係合子は、マルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材に軟窒化が施された母材からなる。また、前記係合子の接触部の表面から20μmまでの部分のビッカース硬さは、1000〜1500Hvであり、前記接触部の内部硬さは、54HRC以上である。
【0046】
ガス軟窒化処理は、例えば、表面酸化被膜除去処理後の中間素材104を、ガス軟窒化雰囲気下に400〜500℃で加熱することによって行なわれる。加熱時間は適宜決定することができる。
従来、ガス軟窒化処理は、580℃前後の温度条件下に行なわれている。
しかし、本実施形態に係る製法では、鋼材として、他の鋼材と比べてクロム含有量が多いマルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材が用いられていることから、当該マルテンサイト系ステンレス鋼の組織中への窒化物の分散及び当該組織中における窒化物の析出が容易である。また、本実施形態に係る製法では、約500℃までの温度で加熱しても組織変化を生じにくいマルテンサイト系ステンレス鋼製の鋼材が用いられているので、ガス軟窒化処理における加熱保持温度を500℃以下とすることにより、組織変化を生じさせず、寸法及び硬さの変化を抑制することができる。
したがって、本実施形態に係る製法では、ガス軟窒化処理における加熱保持温度が500℃未満とされているので、ガス軟窒化処理後に仕上げ加工を施さなくてもよく、製造工程を簡略化し、製造コストを低減させることができる。
【0047】
ガス軟窒化処理に用いられる雰囲気ガスは、アンモニアガス、窒素ガス、水素ガス、一酸化炭素ガス、二酸化炭素ガス等を含む混合ガスである。
【0048】
なお、本実施形態においては、係合子の製法を例としてあげて説明したが、一方向クラッチ7の内輪71及び外輪72も同様の工程によって製造することができる。
【実施例】
【0049】
以下に実施例等を挙げ、本発明を詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
【0050】
(実施例1)
マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS440C)製の鋼材を所定形状に加工して、一方向クラッチ7の外輪72〔設計寸法(内径75mm、厚さ175mm)〕用の素形材を得た。得られた素形材は、内周面を形成する部分に研磨取代を有する。つぎに、得られた素形材における内周面を形成する部分に対して研磨仕上げ加工を施した後、超仕上げ加工をさらに施して、所定精度に仕上げ、中間素材を得た。
【0051】
得られた中間素材に対して、
図5に示される熱処理等を施した。具体的には、中間素材を840℃で30分間及び1020℃で45分間加熱した後、油浴で急冷することによって焼入れ処理を行なった。つぎに、得られた中間素材を−75℃で60分間冷却するサブゼロ処理を行なった。その後、得られた中間素材を520℃で2時間加熱する焼戻し処理を行なった。得られた中間素材を還元ガス雰囲気中に静置することにより、前記中間素材における内周面を形成する部分の表面に生じた酸化被膜を除去した。つぎに、表面酸化被膜除去処理後の中間素材を、ガス軟窒化雰囲気中に450℃で8時間加熱するガス軟窒化処理を行なった。これにより、外輪を得た。なお、ガス軟窒化処理前後の外輪の寸法変化は、公差(±20μm)未満であった。
【0052】
(実施例2)
実施例1において、ガス軟窒化処理の際の加熱保持温度を450℃とし、かつ加熱保持時間を8時間とする代わりに、ガス軟窒化処理の際の加熱保持温度を500℃とし、かつ加熱保持時間を3時間としたことを除き、実施例1と同様の操作を行ない、試験片(外輪)を得た。実施例2で行なった熱処理条件を
図6に示す。なお、ガス軟窒化処理前後の外輪の寸法変化は、公差(±30μm)未満であった。
【0053】
(試験例1)
実施例1〜2で得られた試験片それぞれの断面組織を電子顕微鏡で観察した。また、実施例1〜2で得られた試験片それぞれの表面硬さ分布を調べた。表面硬さは、JIS Z 2244に準じて測定した。
【0054】
さらに、実施例1〜2で得られた試験片それぞれの断面硬さ分布を調べた。断面硬さは、各試験片の断面組織を用い、JIS Z 2244に準じて測定した。
【0055】
実施例1で得られた試験片の断面組織を観察した結果を
図7、実施例1で得られた試験片の内周面の表面からの深さとビッカース硬さとの関係を調べた結果を
図8、実施例2で得られた試験片の組織を観察した結果を
図9、実施例2で得られた試験片の内周面の表面からの深さとビッカース硬さとの関係を調べた結果を
図10に示す。
【0056】
本発明のように、表面酸化被膜除去処理を行ない、かつ加熱保持温度450℃でガス軟窒化処理を行なった実施例1(
図7及び8参照)では、拡散層が見られ、表面から20μmまでの部分のビッカース硬さが1138〜1348Hvであり、表面から50μm以上の深さの部分における内部硬さが658Hv(約58HRC)以上であり、しかも表面(拡散層の上部)に化合物層がほとんど観察されないことがわかる。
また、本発明のように、表面酸化被膜除去処理を行ない、かつ加熱保持温度500℃でガス軟窒化処理を行なった実施例2(
図9及び10参照)では、拡散層が見られ、表面から20μmまでの部分のビッカース硬さが1203〜1370Hv以上であり、内部硬さが580Hv(約54HRC)以上であり、しかも表面(拡散層の上部)に化合物層がほとんど観察されないことがわかる。