(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
タンパク質換算で19重量%水分散液の、pH7で95℃で10分間加熱した後における粘度が、20℃において1000mPa・s以下である、請求項3記載のタンパク質素材。
ペクチンによりゲル化され、かつタンパク質が強化された酸性ゲル状食品であって、該タンパク質として請求項1〜6の何れか記載のタンパク質素材が使用されることを特徴とする、酸性ゲル状食品。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の未分解のタンパク質素材や高分解のペプチド素材では、タンパク質の物性による影響が少ない性質と、苦味やエグ味等の不快味の少ない性質の両面を満足することが困難であった。
そこで本発明の目的は、高タンパク質濃度であっても低粘度で加熱によるゲル化や凝固といったタンパク質特有の物性変化が生じにくく、かつ、タンパク質の酵素分解物由来の苦味やエグ味等の不快味の少ない特長の風味を有し、さらには、タンパク質の等電点付近のpHにおいても不溶化による沈殿、分離が生じにくく、実用的に使えるレベルの安定性を有しており、それゆえ様々な飲食品に対して高濃度でも使用することのできる汎用性の高いタンパク質素材を提供することにある。
そしてさらに、本発明はこのタンパク質素材を用いて、ペクチンを使用した酸性ゲル状食品のタンパク質をペクチンのゲル化に影響を及ぼすことなく安定に強化する手段の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題に対して鋭意研究を重ねた結果、タンパク質の分散液をある特定の範囲にまで加水分解し、該分解処理によって生ずる高分子の不溶性タンパク質画分を含む状態で、特定の水溶性多糖類をタンパク質と複合化させることによって得られた新規なタンパク質素材が、前記課題を解決しうることを見出し、本発明の新規なタンパク質素材と、これを使用したペクチンを使用した酸性ゲル状食品などの応用食品の技術思想を完成するに到った。
【0012】
すなわち本発明は、以下を提供するものである。
(1)下記1〜4の要件を満たすタンパク質素材。
1.乾物あたりのタンパク質含量が50重量%以上、
2.0.22M TCA可溶率が30〜70%、
3.pH3.5、pH4.5及びpH5.5における水溶解率がいずれも30〜70%、
4.タンパク質素材の水分散液のゼータ電位がpH2〜3においていずれも−10〜20mVとなるように水溶性多糖類を含有する。
(2)さらにpH7における水溶解率が30〜70%である、前記(1)記載のタンパク質素材。
(3)タンパク質換算で19重量%水分散液のpH7における粘度が20℃において1000mPa・s以下である、前記(1)記載のタンパク質素材。
(4)タンパク質換算で19重量%水分散液の、pH7で95℃で10分間加熱した後における粘度が、20℃において1000mPa・s以下である、前記(3)記載のタンパク質素材。
(5)タンパク質換算で1重量%水分散液の、pH4、pH5及びpH5.5における保存沈降率がいずれも5%以下である、前記(1)記載のタンパク質素材。
(6)0.22M TCA可溶率が30〜70%のタンパク質加水分解物及び水溶性大豆多糖類を含有し、該タンパク質加水分解物と水溶性大豆多糖類は複合化されており、乾物あたりのタンパク質含量が50重量%以上であることを特徴とするタンパク質素材。
(7)タンパク質加水分解物が大豆由来である、前記(6)記載のタンパク質素材。
(8)下記工程を有することを特徴とするタンパク質素材の製造法。
1.タンパク質を含む水分散液に対して、0.22M TCA可溶率が30〜70%となるようにタンパク質分解酵素で加水分解処理を行い、該分解処理によって生ずる不溶性タンパク質を含むタンパク質加水分解物を得る工程、
2.タンパク質もしくはタンパク質加水分解物、並びに、1種以上の水溶性多糖類を水系下に混合する工程であって、該水溶性多糖類は、該タンパク質素材の水分散液のゼータ電位がpH2〜3においていずれも−10〜20mVとなるような水溶性多糖類であること、
3.タンパク質加水分解物と該水溶性多糖類とを複合化する工程。
(9)ペクチンによりゲル化され、かつタンパク質が強化された酸性ゲル状食品であって、該タンパク質として前記(1)〜(7)の何れか1項に記載のタンパク質素材が使用されることを特徴とする、酸性ゲル状食品、
(10)酸性ゲル状食品が、LMペクチンと二価金属イオンとの反応によってゲル化させたものである、前記(9)記載の酸性ゲル状食品、
(11)LMペクチンと該タンパク質素材とを含有する溶液、及び、二価金属イオンを混合し、ゲル化させることを特徴とする、前記(10)記載の酸性ゲル状食品の製造法、
(12)二価金属イオンと混合してゲル化させて酸性ゲル状食品を調製するための、LMペクチンとタンパク質素材とを含有する酸性ゲル状食品用液体ベースであって、タンパク質素材として前記(1)〜(7)の何れか1項に記載のタンパク質素材が使用されていることを特徴とする酸性ゲル状食品用液体ベース、
(13)二価金属イオンと混合してゲル化させて酸性ゲル状食品を調製するための、LMペクチン及び前記(1)〜(7)の何れか1項に記載のタンパク質素材を含有する密封容器詰め酸性ゲル状食品用液体ベースと、密封容器詰めの二価金属イオンもしくはその含有物とが組み合わされたことを特徴とする、酸性ゲル状食品調製用セット、
(14) 二価金属イオンと混合してゲル化させて酸性ゲル状食品を調製するための、冷水可溶性LMペクチン,前記(1)〜(7)の何れか1項に記載のタンパク質素材及び二価金属イオンを含有することを特徴とする酸性ゲル状食品用粉末ベース、
(15)前記(9)に記載の酸性ゲル状食品であって、ペクチンがHMペクチンであり、タンパク質が10〜40重量%、および、糖質が30〜80重量%であり、pHが3〜4であることを特徴とする、酸性ゲル状食品。
【0013】
なお、水溶性多糖類によってタンパク質を分散安定化する技術は、特許文献2〜6等にも見られるが、いずれも本発明とは技術的思想を異にするものである。
【0014】
例えば特許文献2〜6には、タンパク質にハイメトキシルペクチンやカルボキシメチルセルロースを添加することによってタンパク質の酸性pHにおける分散安定性を高める技術が開示されているが、10%を超えるようなタンパク質濃度の溶液にしたときの各pHにおける加熱前後の増粘性や、酸性や中性にかかわらず広いpH範囲での分散安定性については考慮されておらず、実用的に安定な大豆タンパク質素材を提供するものではない。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高濃度に添加しても低粘度であり、加熱によるゲル化や凝集といった物性変化が生じにくい、タンパク質素材を提供することができる。
しかも、嗜好上好ましくない酵素分解物由来の苦味はもとよりエグ味や酸味などの不快味が少ないタンパク質素材を提供することができる。そのため、最終製品に様々なフレーバリングを行うことが可能となり、自然な風味付けを行うことができる。
また本発明によれば、酸性から中性までのどのようなpHの飲食品においても、タンパク質を容易に水に分散させることが可能であり、かつ、ざらつきが少なく分散安定性にも優れた汎用性の高いタンパク質素材を提供することができる。
したがって、本発明のタンパク質素材によれば、飲食品の各種pHや濃度に合わせてそれぞれに適した他のタンパク質を逐次検討することを要さず、幅広く使用することができる。
そして、本発明のタンパク質素材を用いれば、ペクチンを利用した酸性ゲル状食品に添加しても、酸性pH下でペクチンとタンパク質が電気的に反応して凝集を生ずることがなく、安定にタンパク質が強化された酸性ゲル状食品を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0017】
(タンパク質素材)
本発明において、タンパク質素材はタンパク質を主成分とし、各種飲食品その他の加工製品の製造において使用される原料素材である。このタンパク質素材は、タンパク質を含む原料(タンパク質原料)からさらに加工して調製される。
【0018】
タンパク質原料としては、例えば大豆の場合、水または湯でタンパク質や糖質を含む水可溶性成分を抽出し、不溶性繊維(オカラ)を除去した大豆タンパク質抽出液(豆乳ともいう)や、あるいは大豆タンパク質抽出液をさらに精製してタンパク質の純度を高めた粉末状分離大豆タンパクや、粉末状分離大豆タンパクの製造途中で得られる中間生成物をベースとして加工し、製造することができる。中間生成物としては、大豆タンパク質抽出液を塩酸やクエン酸等の酸でpH4〜5に調整し、大豆タンパク質を等電点沈殿させ、可溶性画分(ホエー)を除去して得られる大豆タンパク質カードや、大豆タンパク質カードをアルカリで中和して再分散させた大豆タンパク質溶液などを使用することができる。また大豆以外の植物性原料(エンドウ等の豆類、小麦、米、コーン等の穀類、菜種、ひまわり種子等)や動物性原料(乳等)に由来する、抽出液、濃縮タンパクや分離タンパク等の各種タンパク質原料も大豆と同様に使用することができる。
【0019】
本発明では、乾物あたりのタンパク質含量が少なくとも50重量%以上であり、好ましくは60重量%以上、より好ましくは70重量%以上の高タンパク質含量のタンパク質素材を提供することができ、70重量%以上の場合は分離タンパク、濃縮タンパクあるいはそれらの中間生成物を用いて製造されるのが好ましい。
【0020】
例えば大豆の場合、タンパク質抽出液を得るための原料としては、全脂大豆、圧搾抽出等で物理的に搾油した残渣として得られる部分脱脂大豆、さらにn−ヘキサン等の溶剤で大豆油を抽出して得られる脱脂大豆や、濃縮大豆タンパク等のオカラ(不溶性繊維分)を含んだ、大豆タンパク質が抽出可能なものを使用することができる。より低脂肪の大豆タンパク素材を製造する場合には脱脂大豆を原料としてもよいし、あるいは部分脱脂大豆や全脂大豆を原料とし、タンパク質のみを抽出し、又はタンパク質と油分を一緒に抽出してから遠心分離等により油分を分離して低脂肪化してもよい。
【0021】
分離大豆タンパクは、大豆タンパク質抽出液のpHを大豆タンパク質の等電点付近のpH(4〜5)に調整してホエー成分を除去し、不溶性成分であるタンパク質成分を分離回収したり、あるいは限外ろ過膜等による膜ろ過によって大豆ホエー成分を除去し、タンパク質濃度を高めることによって得られたものを用いることができる。
また大豆タンパク質抽出液や分離大豆タンパクとしては、タンパク質成分の分画操作や特定のタンパク質成分に富んだ種の大豆を用いること等により得られる、β−コングリシニンまたはグリシニンを多く含むタイプのものも使用できる。
【0022】
大豆以外にも大豆タンパクと同様に植物性タンパク質を含む植物性原料も上記と同様の、あるいは他の精製法によりタンパク質濃度を高めたタンパク質原料を使用することができる。乳の場合、カゼインやホエー等の乳タンパク質の濃縮物や分離物をタンパク質原料として使用することができる。
【0023】
(TCA可溶率)
本発明のタンパク質素材は、特定の分解度の範囲までタンパク質が分解されていることが重要である。加水分解処理はタンパク質を含む水分散液に対して行うことができる。タンパク質の特定の加水分解は、本発明のタンパク質素材の酸性pHにおける水溶解率の安定化と共に、水分散液の低粘度化、水分散液の加熱による粘度上昇の抑制や保存沈降率の低減(耐熱性の向上)等に寄与し、風味においても酸性の水分散液で特に感ずる好ましくない渋味の低減に寄与する。
【0024】
タンパク質の分解度の尺度としては、0.22M トリクロロ酢酸可溶率(TCA可溶率)で表すことができ、この数値はタンパク質粉末をタンパク質含量として1.0重量%になるように水に分散させ十分撹拌した溶液について、全タンパク質に対する0.22M トリクロロ酢酸(TCA)可溶性タンパク質の割合をケルダール法により測定したものである。タンパク質の分解が進行すると、TCA可溶率は上昇する。
【0025】
本発明におけるタンパク質素材は、0.22M TCA可溶率が30〜70%という特定の中間的な分解度を有することが一つの特徴であり、該可溶率が少なくとも30%以上、好ましくは35%以上に分解されていることが適当である。また該可溶率は70%以下、好ましくは60%以下、より好ましくは55%以下であることが適当である。0.22M TCA可溶率が低すぎると食品への高配合時における増粘が問題となり、物性面で食品への配合が困難となる。逆に高すぎても苦味が強くなりすぎ、嗜好性の面で食品への高配合が困難となる。
【0026】
本発明のタンパク質素材の分解度はこのTCA可溶率を指標とするが、タンパク質の分子量でみた場合には平均分子量が10,000〜50,000程度が好ましく、17,000〜40,000程度がより好ましく、19,000〜30,000程度がさらに好ましい。なお、平均分子量は後述する方法によって測定することができる。
【0027】
タンパク質の加水分解はプロテアーゼによる酵素分解が好ましい。プロテアーゼとしては、例えばアミノ酸が鎖状に結合するタンパク質やペプチド内部のペプチド結合を加水分解し、いくつかのペプチドとする酵素であるエンド型プロテアーゼが好適である。またタンパク質やペプチドの端に存在するアミノ末端及びカルボキシ末端からアミノ酸やペプチドなどを順に切断する酵素であるエキソ型プロテアーゼを1種類以上組み合わせることも可能である。これらエンド型プロテアーゼおよびエキソ型プロテアーゼの種類は、タンパク素材の溶液にpH環境で活性を持つものであれば使用できる。Aspergillus属、Rhizopus属、Bacillus属などの微生物に由来するものや、植物に由来するものが好ましく使用できる。中でも、微生物に由来するものが好ましい。
【0028】
Aspergillus属に由来するプロテアーゼとして、「スミチーム
(R)ACP」(新日本化学工業(株)製),「プロテアーゼM(アマノ)G」(天野エンザイム(株)製)(以上、Aspergillus oryzae由来),「オリエンターゼ
(R)20A」(エイチビィアイ(株)製),「デナプシン
(TM)2P」(ナガセケムテックス(株)製)(以上、Aspergillus niger由来)、Rhizopus属由来の「ニューラーゼ
(R)F3G」(天野エンザイム(株)製)、Bacillus属由来の「プロチン
(TM)SD-NY10」(天野エンザイム(株)製),「オリエンターゼ
(R)10NL」(エイチビィアイ(株)製)等を挙げることができる。
【0029】
反応温度は、使用する酵素の種類にもよるが、概ね20℃以上、70℃以下で反応させる。20℃未満ではプロテアーゼ活性が低く酵素添加量を増加させる必要から工業的に好ましくない場合があり、また70℃を超える場合、プロテアーゼの種類によっては熱変性により失活する場合がある。
反応の際のタンパク素材の溶液pHは、使用する酵素の種類や至適pHにもよるが、概ねpH2〜12、好ましくは3〜11の間で適宜選択することができる。
【0030】
上記の加水分解処理を行った場合、一般には加水分解をあまり受けなかった比較的高分子の不溶性タンパク質画分が生成する。この画分はいわゆる「HMF」(High Molecular Fraction)と呼ばれる画分であるが、本発明のタンパク質素材の製造においては、このHMFを非分離のまま、又は一部分離するに止め、HMFを含むタンパク加水分解物を用いることが重要である。このようにHMFを残すことが、以下の各pHにおける水溶解率の範囲に影響を与える。
【0031】
(各pHにおける水溶解率)
本発明のタンパク質素材は、pH3.5、pH4.5及びpH5.5のいずれのpHにおいても水溶解率が30%以上であってかつ70%以下であることが特徴である。この3点のpHにおける水溶解率がいずれもかかる範囲にあることは、実質的にpH3.5〜5.5という多くのタンパク質の等電点を含む広範囲の酸性pH領域にて水溶解率がかかる範囲に維持されていることを意味する。高配合時の粘度の理由からさらに水溶解率は上記pH範囲において40%以上が好ましく、また風味の理由から、さらに60%未満であるのが好ましい。
【0032】
ここで、タンパク質の等電点から離れるにつれてタンパク質の水溶解率は一般に上昇するため、当然にpH3.5未満及びpH5.5超の範囲の水溶解率は上記範囲内かそれ以上となるが、本発明ではさらにpH7における水溶解率も上記範囲内であることもできる。 また、ここでいう水溶解率は、最終製品であるタンパク質素材の水溶解率であり、その中間物が上記範囲の水溶解率を満たすことは要しない。
【0033】
水溶解率が低すぎると高配合時の粘度が高くなる傾向であり、逆に高すぎると風味面で苦味が強くなる傾向となる。水溶解率が上記3点のpHすべてにおいて30%以下であることは、タンパク質素材が高分子の難溶物である傾向を示す。逆に該pHすべてにおいて水溶解率が70%以上であることは、より高度の分解物であるかあるいはHMFを分離除去し、可溶性ペプチドのみを回収して得られる分離ペプチドである傾向を示す。未分解物や低分解物はpH4.5とpH5.5が30%以下になってしまう。
【0034】
タンパク質の等電点は大豆タンパク質や乳タンパク質のように多くの場合はpH4.5付近にある。例えば市販の分離大豆タンパクの水溶解率は、pH3.5で約30〜40%、pH4.5では5〜15%、pH5.5で10〜20%、pH7で80〜90%であり、等電点に近いほど大きく低下する。しかしながら、本発明のタンパク質素材はタンパク質の等電点付近であっても一定の水溶解率を保持するものである。
すなわち、幅広いpH域においてタンパク質の等電点による水溶解率の変動に留意することなく、一定の範囲の水溶解率を維持しており、この性質は広いpH範囲において実用的に使用するために重要である。
【0035】
なお、本発明において各pHにおける水溶解率は以下の通り測定するものとする。本発明で用いる水溶解率(%)はタンパク質の溶媒に対する溶解性の尺度であり、次のようにして定義する。つまり、タンパク質素材をタンパク質量として1重量%になるように水に分散させ十分撹拌した溶液を、各pHに調整した後、10,000G×5分間遠心分離した上清タンパク質の全タンパク質に対する割合をケルダール法により測定したものである。
【0036】
(水溶性多糖類)
本発明のタンパク質素材の製造においては、タンパク質又はタンパク質加水分解物を、特定の水溶性多糖類と水系下に混合する。そして最終的にタンパク質加水分解物と作用させ、これらを複合化する工程を経ることが重要である。これにより本発明のタンパク質素材は特定の水溶性多糖類と複合化されていることにより、好ましくない不快味が抑制されると共に、また幅広いpHにおける水分散液の保存安定性が高められ、高濃度の水分散液の加熱前後の粘度上昇が抑制され、低濃度の水分散液では加熱によるタンパク質の凝集が抑制される効果が付与される。
【0037】
かかる効果を付与しうる水溶性多糖類としては、タンパク質加水分解物と複合化して得られるタンパク質素材の水分散液のゼータ電位がpH2〜3においていずれも−10〜20mVとなるような水溶性多糖類を使用するのが重要である。この場合、pH3においては−10〜10mVとなるのが好ましく、−10〜5mVとなるのがさらに好ましい。またpH6においては−20〜0mVとなるのが好ましく、−18〜0mVとなるのがより好ましい。
なお、本発明においてゼータ電位は市販のゼータ電位測定装置である「ゼータサイザー(Zetasizer
(R))」(Malvern Instruments社製)を使用し、指定された方法により測定することができる。具体的な測定方法は後述する。
【0038】
上記の性質を有しうる水溶性多糖類の選択としては、例えばアルギン酸プロピレングリコール、ハイメトキシルペクチン、カルボキシメチルセルロース(CMC)や水溶性大豆多糖類などのアニオン性多糖類が挙げられ、タンパク質との複合体が前記のゼータ電位を有する限り種類は限定されず、これらを単独又は併用して用いることができる。特に水溶性大豆多糖類の使用がタンパク質の表面電荷の低下効果が高いため好ましく、これと置換可能性のある多糖類の使用も好ましい。この場合は水溶性大豆多糖類にさらにアルギン酸プロピレングリコール、ハイメトキシルペクチン、CMCなどの他の多糖類も併用して用いることができる。また、これらの水溶性多糖類の起源となる植物材料をタンパク質もしくはタンパク質加水分解物と混合し、製造中においてこれらの多糖類を抽出生成させることによって水溶性多糖類の添加の代用が可能である。
【0039】
タンパク質素材における水溶性多糖類の含有量は、水溶性多糖類の種類によって異なり、タンパク質加水分解物と複合化したときのゼータ電位の値を指標として適宜設定することができるが、通常は乾物あたりの食物繊維量として2重量%以上が好ましく、2.5重量%以上がより好ましい。また上限は特に設定されないが、10重量%以下、あるいは8重量%以下が適当である。含有量が低すぎると水溶性多糖類によるゼータ電位が高くなり、苦味、エグ味、酸味などの不快味の低減効果が乏しくなるとともに、加熱後の粘度低下効果が低減し、さらにはpH4〜5.5における分散安定性が低下する。また含有量が高すぎるとタンパク含有量が低下し、水分散液の加熱前の粘度も増加傾向となるためタンパク質素材としてはあまり望ましくない。
【0040】
水溶性多糖類の添加は酵素分解する前のタンパク質の水分散液や、酵素分解後のタンパク質加水分解物の水分散液と水系下に混合することにより行うことができる。また予め水溶液としてから混合することもできる。製造段階における水溶性多糖類の添加時期は当業者が適宜決定することができる。
【0041】
なお、水溶性多糖類の含量は、食物繊維の含量を目安として把握することができ、例えば酵素−重量法(プロスキー変法)による公的な食物繊維の測定法を用いて分析することができる。
【0042】
(タンパク質加水分解物と水溶性多糖類との複合化)
タンパク質加水分解物と水溶性多糖類とを作用させ、複合化するための手段としては、ホモゲナイザー等による高圧による均質化方法や、ジェットクッカーやVTIS等の高温高圧下で蒸気を水分散液に直接注入することによって行われる蒸気吹込式等の直接蒸気加熱処理装置を行う方法などが適用できる。
高圧の均質化方法による場合、その圧力は例えば10〜100MPaとすることができる。直接蒸気加熱処理装置による場合は130〜160℃で1〜60秒間処理することが好ましい。均質化の圧力が低すぎたり、加熱処理の温度が低すぎると複合化が不十分となり、本発明のタンパク質素材を得られない。例えば、一般の飲料の製造で使用されるプレート殺菌等の殺菌目的の加熱処理のみでは複合化が不十分である。
【0043】
(フィチン酸含量)
本発明のタンパク質素材が大豆等の植物由来である場合、製品の求められる品質やコストに応じてフィチン酸含量を調整してもよいし、調整しなくともよい。酸性可溶大豆タンパクのようにフィチン酸含量を低減する場合は、フィターゼ等の酵素で処理すると良い。
【0044】
(製品化)
本発明のタンパク質素材は、必要により製造工程中にpH2〜10に適宜調整を行い、所望のpHの製品にすることができる。得られたタンパク質素材は、液状のままでもよいが、噴霧乾燥等により粉末状の形態として最終製品化することができる。
得られるタンパク質素材は、NSI(窒素溶解度指数)が30〜70であるのが好ましい。
【0045】
(水分散液の粘度)
本発明で提供されるタンパク質素材は、高濃度で配合した時に加熱前後で低粘度であることが特長である。これを数値化するにあたりタンパク質換算で19重量%水分散液のpH7における加熱前後の粘度(20℃)を低粘度性の指標として設定した。
これによると本発明のタンパク質素材は、加熱前の粘度がpH7において20℃において1000mPa・s以下、より好ましくは700mPa・s以下、さらに好ましくは500mPa・s以下、さらに好ましくは200mPa・s以下、最も好ましくは100mPa・s以下という低粘度であるのが特徴でありうる。
【0046】
またさらに、タンパク質換算で19重量%水分散液をpH7で95℃で10分間加熱した後における粘度は、20℃において1000mPa・s以下、好ましくは500mPa・s以下、より好ましくは200mPa・s以下という低粘度でありうる。
すなわち、市販のタンパク質素材の場合、水分散液の濃度が19重量%もあるとその粘度が加熱前後において急激に上昇し、あるいはゲル化してしまう。一方、本発明のタンパク質素材の水分散液はpH7において加熱前後における粘度上昇がなく、もしくは緩慢であり、低粘度で流動性を維持することができる。
本発明のタンパク質素材は、さらにpH7以外のpH範囲においても加熱前後における粘度が上記範囲内であることが望ましい。
【0047】
当該水分散液の加熱前の粘度が高いと、該タンパク質素材を高配合した場合に増粘しやすく、例えば粉末飲料においては風味、食感に悪影響を及ぼし、あるいはRTD飲料等の製造工程において調合段階で問題となるため好ましくない。また、加熱前の粘度は低いが加熱後の粘度が高くなると、該タンパク質素材を高配合した場合にさらに増粘やゲル化が生じやすくなり、RTD飲料等の製造工程において加熱殺菌等の昇温工程で問題となるため好ましくない。
【0048】
なお、本発明において水分散液の粘度は、B型粘度計を使用し、所定の溶液濃度と温度にて測定するものとする。
【0049】
(水分散液の保存沈降率)
本発明で提供されるタンパク質素材は、タンパク質換算で1重量%水分散液の、pH4、pH5及びpH5.5における保存沈降率がいずれも5%以下であることも特長でありうる。かかる特性は主に前記の水溶性多糖類の添加によりもたらされる。
【0050】
すなわち、市販のタンパク素材の場合、水分散液をかかるpHに調整するといずれもタンパク質が等電点沈澱によって分離し沈降してしまうが、本発明のタンパク質素材の水分散液はいずれのpHにおいても固形分が長期間沈降することなく高い分散安定性を維持することができる。
なお、本発明において水分散液の保存沈降率は以下の通り測定するものとする。
タンパク質換算で1重量%水分散液を調製し、これらを試験管に注入し、室温(20℃)にて30分間静置後、全体の液の高さに対する上澄みの高さの割合(%)として算出した。
【0051】
(水分散液の耐熱性)
本発明で提供されるタンパク質素材は、例えば5重量%以下のような希薄分散液の場合に、加熱によるタンパク質の凝集や沈降の少ないものであることも特長でありうる。この特長を有することは、飲料(特に酸性)の製造時に必須である加熱殺菌工程に対して耐熱性を発揮する利点につながる。
【0052】
(タンパク質素材の特長及び利用形態)
本発明で提供されるタンパク質素材が持ちうる主要な特長を列挙すると以下の通りである。
(1)高濃度に配合しても低粘度であり、加熱により熱凝固やゲル化が生じにくく、耐熱性を保持しうる。
(2)タンパク質の酵素分解物由来の苦味やエグ味等の不快味が少ない、良好な風味を有する。
(3)飲食品のpHが酸性であるか、中性であるかを問わず、容易に水に分散させることが可能である。飲食品へ使用する際に、タンパク質原料中に含まれるタンパク質の等電点による凝集および沈降に留意することを必要としない。
(4)液体での分散安定性に優れ、ざらつきも少ない。
(5)低濃度(5%以下)の液ではpH5以下の酸性下で加熱した後でも凝集および沈降を生じにくい。
【0053】
これら(1)〜(5)の特長から、幅広いpHの飲食品に添加して利用することができる。例えば清涼飲料やゼリー飲料等のRTD飲料、プロテインパウダー等の粉末飲料、フルーツゼリーやプリン等のゲル状食品、流動食(液状、半固形状、固形状のものを含む。)などの飲食品への利用に適する。これらの飲食品では酸性タイプも多いが、本発明のタンパク質素材は、中性の製品はもちろん酸性の製品においても利用が可能である。
【0054】
本発明のタンパク質素材は、さらに以下A〜Dの副次的な特徴を有し、各特徴に基づいて特長ある応用食品を製造することが可能である。
【0055】
(A)ペクチンとの反応性
本発明のタンパク質素材の副次的な1つの特徴は、飲食品の安定剤やゲル化剤として多用されるLMペクチンやHMペクチンとの反応性が低いことである。
通常、大豆タンパク質や乳ホエータンパク質は等電点以下の酸性域でペクチンとの反応性が高く、凝集が生ずることが問題となる。
具体的に説明すると、一般的な加工食品に添加されるタンパク質素材としては各種動植物性由来のタンパク質素材が存在するが、一般にカゼインや大豆タンパク質などは固有の等電点が存在し、その等電点付近(pH4.5付近)のpHでは溶解性が低下し、それら自身が凝集してしまう。また酸性pH下で可溶である乳ホエータンパク質でさえ、酸性溶液中ではペクチンとの共存下で電気的に反応して凝集してしまう。そのため、ペクチンが添加された酸性ゲル状食品に使用できるタンパク質としては、アミノ酸スコアが0で栄養価の低いコラーゲンペプチドなどに限定されてしまう。
これに対して本発明のタンパク質素材は、ペクチンとの共存下で加熱しても凝集することがないのが特徴であり、ペクチンとの相互作用に留意しなくとも、各種飲食品にペクチンと併用して配合することができる。
【0056】
(酸性ゲル状食品)
本発明のタンパク質素材を使用すれば、ペクチンがゲル化剤や安定剤などとして使用されている、高タンパク質の酸性ゲル状食品を得ることができる。
ペクチンはDE(エステル化度:メチルエステル化されたガラクツロン酸の割合)が50%以上であるHMペクチン(高メトキシルペクチン)と、DEが50%未満のLMペクチン(低メトキシルペクチン)とに分類される。本発明のタンパク質素材は、これらいずれのペクチンを使用した酸性ゲル状食品にも使用することができる。
HMペクチンを利用したゲルは、一般にHMペクチンを含む溶液の糖度(Brix)を水分を蒸発させることにより高め、それを酸性pHに調整することによって調製することができる。
また、LMペクチンを利用したゲルは、LMペクチンを含む溶液中でカルシウムイオンなどの二価金属イオンとLMペクチンを反応させ、ゲル化させることにより調製することができる。この性質を利用してLMペクチンの溶液と牛乳のようなカルシウム高含有の食品を混合することによってもゲルを調製することができる。
【0057】
○LMペクチンを使用した酸性ゲル状食品
本発明における酸性ゲル状食品の一態様としては、LMペクチンと二価金属イオンを混合し、これらの反応によりゲル化させて調製したものが挙げられる。該酸性ゲル状食品中に本発明のタンパク質素材を添加することにより、製造中の液体中でLMペクチンとタンパク質とが反応し、凝集することなくLMペクチンを使用した高タンパク質の酸性ゲル状食品を製造することができる。
【0058】
該食品は、例えば予めLMペクチン,該タンパク質素材,酸味料や果汁などの酸性化剤,及びその他必要により糖類や香料等の他原料を含有する溶液を調製し、これに二価金属イオンを混合し、ゲル化させることにより製造することができる。LMペクチンと該タンパク質素材を含有する溶液はpHが3〜5、好ましくは3以上4.5未満であることが適当である。
この際、該溶液の調製はLMペクチンを溶解させるために80℃以上に加熱しつつ行うのが一般的である。
ただし冷水可溶性LMペクチン(例えば、「UTFC LM QS 400C」(ユニテックフーズ(株)製など)の場合は30℃以下の水温でも調製することができ、この場合は二価金属イオンも含めた全原料を粉末で予め混合しておき、これを水に溶解すると共にゲル化させて酸性ゲル状食品を得ることもできる。
【0059】
LMペクチンの添加量は、製造する酸性ゲル状食品に求める食感や物性に応じて適宜調整する事項であるが、酸性ゲル状食品中0.2〜3重量%が好ましい。二価金属イオンとしてはカルシウムやマグネシウム等が挙げられ、これらを含む二価金属イオン含有物、すなわち二価金属イオンの塩や二価金属イオンを含む牛乳等の食品を利用することもできる。
【0060】
またタンパク質素材の添加量は、製造する酸性ゲル状食品に求めるタンパク質の栄養価に応じて適宜調整する事項であるが、酸性ゲル状食品中タンパク質量として2〜20重量%が好ましく、4〜15重量%がより好ましい。
得られる酸性ゲル状食品のpHはpH3以上7未満、好ましくは3.5〜6.5、より好ましくは3.5以上6未満であるのが適当である。
この酸性ゲル状食品を構成部分として、さらに別の液体、ゼリー、ホイップクリーム、フルーツ、ナタデココなどと種々組合せた酸性ゲル状食品の応用製品を製造することも可能である。
【0061】
・酸性ゲル状食品用液体ベース
本発明のタンパク質素材を使用することにより、予めLMペクチン,該タンパク質素材,酸味料や果汁等の酸性化剤,及びその他必要により糖類や香料等の他原料を含有する酸性ゲル状食品用液体ベースを製造し、密封容器に無菌状態で充填してこれを提供することによって、消費者が家庭において該液体ベースと二価金属イオンを含む牛乳などと混合し、LMペクチンを使用した高タンパク質の酸性ゲル状食品を簡便に調製できるようにすることも可能である。さらに、本発明の酸性ゲル状食品用液体ベースは、タンパク質が含まれることにより油脂を配合し安定な乳化系とすることもできる。したがって、中鎖脂肪酸や高度不飽和脂肪酸などの機能性油脂なども加えることができ、栄養バランスに優れた酸性ゲル状食品を調製することができる。
【0062】
・酸性ゲル状食品調製用セット
さらに同様の目的で、上記の密封容器に無菌状態で充填した、密封容器詰め酸性ゲル状食品用ベースと、別の密封容器に充填した密封容器詰め二価金属イオン又はその含有物とを組み合わせて、酸性ゲル状食品調製用セットとして提供することも可能である。
【0063】
・酸性ゲル状食品用粉末ベース
本発明のタンパク質素材を使用することにより、予め冷水可溶性LMペクチン、該タンパク質素材、二価金属イオン、酸味料や果汁粉末などの酸性化剤、及びその他必要により糖類や香料、上述した油脂等の他原料を粉体混合して酸性ゲル状食品用粉末ベースを製造し、これを提供することによって、消費者が家庭において該粉末ベースを水や牛乳などに溶かし、LMペクチンを使用した高タンパク質の酸性ゲル状食品を調製できるようにすることも可能である。これによって、消費者はLMペクチンを予め熱水で溶解させる必要がなく、簡便に水を入れて撹拌するだけで該ゲル状食品を調製し、食することができる。
この際、冷水可溶性LMペクチンが先に溶解してから二価金属イオンがLMペクチンと反応させるように、二価金属イオンは遅溶性(ゆっくりと酸性で溶解する性質)であることが好ましく、例えば硫酸カルシウム,リン酸三カルシウムや炭酸カルシウムなどが好ましい。
【0064】
○HMペクチンを使用した酸性ゲル状食品
本発明における酸性ゲル状食品の別の態様としては、HMペクチンを使用したいわゆる「ペクチンゼリー」が挙げられる。ペクチンゼリーはHMペクチンと糖類を含む原料を水に溶解し、100℃以上に加熱して水分を30重量%以下に蒸発させ、これに酸味料や果汁などの酸を添加してpHを3〜4の酸性にすることによって製造することができる。該ペクチンゼリー中に本発明のタンパク質素材を添加することにより、製造中の液体中でHMペクチンとタンパク質とが反応して凝集することもなく、高タンパク質のペクチンゼリーを製造することができる。
該酸性ゲル状食品は、タンパク質が10〜40重量%が好ましく、糖質は30〜80重量%が好ましく、pHは3〜4であることが好ましい。HMペクチンの含有量は1〜10重量%が好ましい。本発明のタンパク質素材は糖質と代替して配合することが可能であるため、より低糖で高タンパク質の栄養バランスに優れたペクチンゼリーを提供することが可能である。
【0065】
(B)低加水での水和性
本発明のタンパク質素材の副次的なさらに1つの特徴は、低加水量(例えば1〜1.5倍量)で水和し、容易にペースト化することができることである。これは小麦粉などと同等の水和性であることを意味する。そのため水和した生地の経時的な硬さ等の物性変化が少なく、しかもざらつきの少ない食品生地を提供できる。
従来の分離大豆タンパク等のタンパク質素材は、保水性が非常に高いため、焼き菓子等の生地に多量に添加すると加水量を過剰に増やす必要があり、そのため焼成時間を長くしなければならず、焼き菓子表面のみが焦げて内部は焼成不十分となるなどの問題があった。
【0066】
これに対して、本発明のタンパク質素材は保水性が低いため、かかる問題が少なく、焼成時間の大幅な短縮や、焼成工程の安定化を図ることができる。
また、従来のタンパク質素材は吸水性が高いため、水あめやチョコレート等に粉末状態で練りこんだり、焼き菓子に配合すると、喫食時に口腔内で唾液が奪われ、口腔内の潤滑性が著しく低下し、オカラを食したときのような不快感を強く感じやすい。これに対して、本発明のタンパク質素材は、吸水性が低い性質を有し、口腔内で唾液を奪いすぎることがなく、口腔内の潤滑性の低下が少なく、上記のような不快感が改善されている。
【0067】
すなわち、本発明のタンパク質素材はむしろ小麦粉等の穀粉類と類似した性質を有するため、これらが使用される各種食品、例えば焼き菓子類(クッキー、ビスケット、スポンジケーキ、プロテインバー等)やパン類などに穀粉類の代替で使用することができる。また上記特長によりチョコレート類、ソフトキャンディー、ヌガー等への練り込みにも利用することができる。
【0068】
(C)吸油性の特長とこれを利用した用途
本発明のタンパク質素材の副次的なさらに1つの特長は、粉体の吸油性が高いことである。例えば、粉体1重量部に対し、油脂(融点に関わらず混合時は液体にする)を少なくとも0.5重量部吸油させることができ、1重量部以下、好ましくは0.8重量部以下を吸油させることができる。ここでいう吸油とは粉体が油脂を保持し、粉体が連続相になっている状態をさす。したがって、油脂が粉体から染み出し油脂が連続相になっている状態ではない。吸油性が高いとは、粉体が吸油できる油脂の重量が大きいことをいう。
【0069】
本発明のタンパク質素材の吸油性の高さを利用して、油脂の粉末化が可能である。例えば酸化安定性の低い油脂を吸着させ、保存安定性を高めたり、調味油を吸着させ粉末油脂として利用できる。また、吸油させた状態で、上記記載の低加水での水和性を利用し、少量の水を加えて水和させ、スパテラ等で適度に撹拌させることで、ホ
モジナイザー等の乳化機を用いることなく、高濃度のO/W乳化物を容易に調製できる。例えば、粉体:油脂:水=1:1:1のような高タンパク質、高油分のO/W乳化物の調製が可能である。
【0070】
この性質を利用し、高濃度のO/W乳化物をベースにキャラメル、マヨネーズ、ガナッシュ様チョコレートクリーム等の製造法の簡易化、あるいはこれらの高タンパク質化、高栄養化を図ることが可能となる。さらには濃厚流動食(液状・半固形)、高栄養ゼリー等の医療食等の製造に応用することで、従来より容易にこれらの製造が可能となる。
【0071】
(D)耐塩性の向上
本発明のタンパク質素材の副次的なさらに1つの特長は、水分散液の耐塩性が向上していることである。通常、酸性域でホエータンパク質や酸性可溶大豆タンパクの水溶液に水溶性となるアルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等)を添加すると、特に加熱処理より凝集・凝固が生じやすい。このため、酸性の濃厚流動食(液状・半固形)、高栄養ゼリーにおいてタンパク質を高配合して製造しようとすると、製造工程や品質上で種々の制約を受ける。
【0072】
したがって、これらを回避するため、従来は耐塩性の高いゼラチンやコラーゲンペプチド、乳ペプチド、大豆ペプチド、アミノ酸類等を併用する等の工夫を行っている。しかしながら、ゼラチンやコラーゲンペプチドでは高価であること、アミノ酸スコアが0でありアミノ酸バランスを重要視する用途で不十分であること、乳ペプチド、大豆ペプチド、アミノ酸類は高価であること、ペプチド由来の苦味やアミノ酸由来の不快味といった風味上の制約があること、などの理由からアミノ酸スコア1.0であるタンパク質でかつ耐塩性があり、風味に優れる本発明のタンパク質素材の利用価値は高い。
【0073】
(測定方法)
本発明における分析値は以下の測定方法に従うものとする。
○平均分子量
50mMリン酸緩衝液(1%(重量/体積)SDS、1.2%(重量/体積)NaCl、pH7.0)を用いて希釈調整したタンパク質分解物溶液を、10分間超音波処理を行った後、0.2μmフィルターを用いて濾過する。得られた濾液を0.4ml/minの流速、室温20℃で、「TSK gel
(R) G3000SWXLカラム」を「TSK gel
(R) G2000SWXLカラム」(何れも東ソー(株)製、カラムサイズ:内径7.8mm×長さ30cm)と直列につないで連続で通し、上記リン酸緩衝液を用いてタンパク質分解物を溶出する。タンパク質分解物の検出はUV検出器を用い、220nmの吸光度を測定して行う。これにより、各画分に分離精製されたタンパク分解物の重量平均分子量を、GPCソフトウェア(東ソー(株)製)を使用して得られたチャートから算出する。
【0074】
分子量マーカーとしては以下の分子量の化合物を用いる。
335,000(Thyrogloblin、和光純薬工業(株)製)
150,000(γ-globlin、和光純薬工業(株)製)
67,000(Albumin(BSA)、SIGMA社製)
43,000(Peroxidase、和光純薬工業(株)製)
18,000(Myoglobin、SIGMA社製)
12,384(Cytochrome-C、SIGMA社製)
5,734(Insulin、SIGMA社製)
307(Glutathione、和光純薬工業(株)製)
137(p-アミノ安息香酸、和光純薬工業(株)製)
【0075】
○ゼータ電位
タンパク質素材の0.1重量%水溶液を試料として用い、測定装置としては「Zetasizer
(R) Nano ZS」(Malvern Instruments社製)を用い、付属の自動滴定装置「MPT-2」にてpH2〜7の範囲を0.5刻みで連続測定する。pH調整は0.25M水酸化ナトリウムと0.25M 塩酸を用いて行う。データ処理は付属のソフトウェアを用いてゼータ電位曲線を求める。
【実施例】
【0076】
以下、実施例により本発明の実施態様をより具体的に説明する。なお、実施例中の「%」と「部」は特記しない限り「重量%」と「重量部」を示す。
【0077】
■比較例1(タンパク質分解物の調製)
未分解品である分離大豆タンパク「フジプロ
(R)F」(不二製油(株)製、タンパク質含量:乾物あたり90.8%)を10%に溶解(pH7.1)し、40℃に加温した状態で市販品のプロテアーゼの添加量と反応時間を種々変更して加水分解し、反応後、pH7に調整して加熱殺菌し、噴霧乾燥を行い、7種類のタンパク質加水分解物(a〜f)を得た。得られた加水分解物の分解度(0.22M TCA可溶率)は、それぞれa:20%、b:25%、c:30%、d:45%、e:55%、f:75%であった。また、これらの加水分解物の窒素溶解指数(NSI)はそれぞれ91、90、72、50、59、78であった。
【0078】
○分解度と粘度の関係
各分解度のタンパク質加水分解物a〜fをタンパク質濃度19%とした溶液を調製し、沸騰水中で10分間加熱処理前後での20℃の粘度をB型粘度計にて測定した。表1に結果を示す。
【0079】
(表1)
【0080】
タンパク質濃度19%溶液に調製すると、分解度が25%以下では加熱前でも粘度が1,000mPa sを超えてしまい、加熱によりさらに著しく増粘したため、取扱いが非常に困難となった。また分解度が30%以上になると加熱前後の粘度が低下傾向となるものの、タンパク質加水分解物cやdでは依然として加熱後の粘度上昇が顕著であった。
【0081】
○分解度と不快味の関係
各分解度のタンパク質加水分解物a〜fをタンパク質濃度として5%配合した簡易粉末飲料(グラニュー糖7%、pH5.0)を調製し、10人のパネラーに依頼し、苦味とエグ味を総じて不快味の評価を行った。不快味の評価基準は1(全く不快味なし)、2(僅かに不快味がある)、3(不快味がある)、4(不快味が強い)、5(不快味が非常に強い)の5段階とし、各パネラーが与えた評価の平均値を算出した。表2に結果を示す。
【0082】
(表2)
【0083】
表2の通り、分解度が30%以上、特に55%以上になると加水分解による苦味を呈するようになり、分解度が高いものほど苦味が強くなった。そのため風味面で使用しにくい品質であった。またa〜fの加水分解物から不溶性画分であるHMFを分離すると、相対的に低分子のペプチド量が増して分解度が高くなるため、苦味はさらに強く感じられるようになった。
したがって、上記の結果から、55%以上の分解度のタンパク質加水分解物は、高タンパク質濃度において良好な加工適性を示すものの、分解度が増すほど酵素分解物由来の苦味が強くなり、利用しにくい傾向にあった。
【0084】
○pH4〜5.5における分散安定性
大豆タンパク質加水分解物についてタンパク質濃度1%溶液を調製し、希薄な水酸化ナトリウムまたは塩酸にpH4〜6.5まで0.5刻みでpHを調整し、各pHにおける室温20℃で30分間静置後の溶液の状態を観察した。
大豆タンパク質素材としては、市販品A(0.22MTCA率25%)、市販品B(同35%)、市販品C(同50%)、市販品D(酸性可溶大豆タンパク、同15%)を使用した。これらは何れも酵素分解時に生ずるHMFを含むものである。
分散安定性の評価は、30分静置後の溶液の状態を観察し、上澄みのない状態で安定性がある状態(○)、やや上澄みがある状態(△)、完全に上澄みがあり、不溶物が形成されている状態(×)を評価した。結果を表3に示す。
【0085】
(表3)分散安定性評価
【0086】
表3の通り、いずれの分解度のタンパク質加水分解物においても、pH4.0〜5.5域ではタンパクが不安定な状態となり、この領域での利用が制限されることとが示唆された。これは、大豆タンパク質が等電点付近(pH4.5〜5.5)では最も溶解度が小さいことに起因していると考えられる。
したがって、高タンパク質濃度でも加熱前後において低粘度で加工適性が高く、分解物由来の苦味が少なく、かつ大豆タンパク質の等電点付近(4.5〜5.5)でも実用的に分散安定な状態を示すような大豆タンパク質加水分解物を、本実験では得ることができなかった。
【0087】
■実施例1(本発明のタンパク質素材の製造)
比較例1で得られた大豆タンパク質加水分解物d(タンパク質含量:乾物あたり90.8%、分解度45%、HMF非分離タイプ、重量平均分子量約20,000)10部と、水溶性多糖類として、水溶性大豆多糖類「ソヤファイブ
(R)S」(不二製油(株)製、以下「SSPS」と称する。)1部を80℃の温水89部に十分分散させた。この分散液を直接蒸気吹込式の加熱装置(アルファバル社製)を用いて加熱処理(140℃,10秒間)を行い、噴霧乾燥し、本発明のタンパク質素材を得た。得られたタンパク質素材のpH3.5、pH4.5、pH5.5及びpH7における水溶解率を測定したところ、それぞれ49%、48%、50%、50%であり、何れも30〜70%の中間的でフラットな水溶解率であった。
【0088】
また、このタンパク質素材のpH2、pH3、pH6におけるゼータ電位は、それぞれ3.8mV、2.0mV、−18mVであり、pH2〜3においてはいずれも5mV以下の非常に絶対値の低い正電位であった。そして、pH6においては−10〜−20mVであり、比較的絶対値の低い負電位であった。
一方、比較例1の大豆タンパク質加水分解物dの前記pHにおけるゼータ電位は、それぞれ25mV、16mV、−29mVであり、pH2〜3においてはいずれも15mVを超える絶対値の高い正電位であった。そして、pH6においては−20mVを大きく下回り、比較的絶対値の高い負電位であった。すなわち、実施例1で得られたタンパク質素材については、pHの変化が水溶解率やゼータ電位に及ぼす影響が比較的緩やかであることがわかった。
【0089】
実施例1で得られたサンプルと、比較としてこれらと同じ方法で水溶性多糖類を添加せずに調製したサンプルについて品質評価を行った。比較例1に記載の方法にて、タンパク質濃度19%の加熱前後の20℃での溶液粘度、タンパク質濃度として5%配合した簡易粉末飲料の風味、タンパク質濃度1%溶液のpH4〜6.5における分散安定性についてそれぞれ評価した。分散安定性の評価は比較例1と同様に目視によるタンパク質の沈降状態の観察にて行い、さらに比較例1との比較で保存沈降率の測定により行った。結果を表4,表5に示す。
【0090】
(表4)加熱前後の粘度と風味
【0091】
(表5)各pHにおける分散安定性
【0092】
表4の結果より、タンパク質濃度19%の加熱前後の粘度が低いにもかかわらず、苦味が有意に低減されていること、大豆タンパクが等電点付近(pH4.5〜5.5)においても分散安定性が高いことから、従来のタンパク素材が有していた高タンパク配合飲食品の課題を改善するものであった。
【0093】
■実施例2(LMペクチン配合酸性ゲル状食品用液体ベース)
下記表6の配合にてLMペクチンを配合した酸性ゲル状食品用液体ベースを調製した。果汁入り液体ソースを80℃で湯煎しプロペラ撹拌を行いながら、実施例1で得られたタンパク質素材、グラニュー糖、LMペクチンを添加し溶解した。80℃にて10分間撹拌を続け、香料を添加し、ソース部を調製した。この溶液のpHは3.5であった。その後溶液を容器に充填して密封し、80℃で5分間殺菌し、酸性ゲル状食品用液体ベースを得た。この液体ベースは、タンパク質が約6%含まれるにもかかわらず、LMペクチンとタンパク質との凝集が生ずることがなく、安定な品質を保持していた。
【0094】
(表6)
【0095】
得られた酸性ゲル状食品用液体ベースと牛乳を1:1で混合したところ、該液体ベース中のLMペクチンと牛乳中のカルシウムとが反応し、高タンパク質で適度に保形性を有し、糖質主体の酸性ゲル状食品用液体ベースから調製したものと遜色のない食感の酸性ゲル状食品を調製することができた。
【0096】
■比較例2
表6の配合において、実施例1のタンパク質素材の代わりに、分離大豆タンパク質「フジプロ
(R)F」(不二製油(株)製)及び分離乳ホエータンパク質「PROVON
(R) 190」(Glanbia Nutritionals社製)を使用し、実施例2と同様にしてそれぞれ酸性ゲル状食品用液体ベースを調製しようと試みた。
ところが、分離大豆タンパク質を使用したものは、分離大豆タンパク質が酸性溶液中で溶解しにくいため、加熱以前に凝集が生じてしまい、均一な酸性ゲル状食品用液体ベースを得ることができなかった。
また、乳ホエータンパク質は調合時には問題なく溶解したが、加熱後に凝集が生じ、これも均一な酸性ゲル状食品液体ベースが得られなかった。
分離大豆タンパク質は等電点がpH4.5付近にあり、酸性下では溶解性が低く、乳ホエータンパク質は酸性下で溶解するものの、加熱によりLMペクチンと反応してしまったことが原因と考えられる。
【0097】
■実施例3(LMペクチン配合酸性ゲル状食品用粉末ベース)
実施例1のタンパク質素材5g、桃とグレープフルーツの果汁粉末ミックス3.5g、冷水可溶性LMペクチン「UTFC LM QS 400C」(ユニテックフーズ(株)製)2.6g、砂糖5g、リン酸三カルシウム0.32gを粉体混合し、LMペクチンを配合した酸性ゲル状食品用粉末ベースを調製した。
該粉末ベースを100gの水に撹拌しながら溶解させ(pH4.7)、5分間放置すると、ゲル化してタンパク質含量が約4%の高タンパク質の酸性ゲル状食品(ムース)を得ることができた。
【0098】
■実施例4(HMペクチン配合高糖度酸性ゲル状食品)
下記表7の配合にてHMペクチンを配合した高糖度の酸性ゲル状食品を調製した。
加熱釜に水と少量の消泡剤を予め入れ、次に原料A群を粉体混合して投入し、撹拌しながら昇温した。80〜90℃でHMペクチンが溶解したことを確認し、続いて原料B群を粉体混合して投入した。さらに原料C群を投入し、100℃以上で十分に水分を蒸発させた。Brix計で糖度が80%を超えると原料D群を添加してpHを3.5とし、加熱を止め型に流し込み、冷却し、型抜きして高タンパク質のペクチンゼリーを得ることができた。
【0099】
(表7)
【0100】
■比較例3
表7の配合において、製造例1のタンパク質素材の代わりに、分離大豆タンパク質「フジプロ
(R)F」(不二製油(株)製)及び分離乳ホエータンパク質「PROVON
(R) 190」(Glanbia Nutritionals社製)を使用し、実施例4と同様にしてそれぞれペクチンゼリーを調製しようとした。
しかしながら、比較例2と同様の現象により、これらの配合ではペクチンゼリーを調製することができなかった。