(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記表面に前記溶融亜鉛めっきが施されている前記ホットスタンプ用冷延鋼板の表面には合金化溶融亜鉛めっきが施されていることを特徴とする請求項5に記載のホットスタンプ用冷延鋼板。
前記焼鈍工程と前記調質圧延工程との間に溶融亜鉛めっきを施す溶融亜鉛めっき工程を有することを特徴とする請求項9〜11のいずれか1項に記載のホットスタンプ用冷延鋼板の製造方法。
前記溶融亜鉛めっき工程と前記調質圧延工程との間に合金化処理を施す合金化処理工程を有することを特徴とする請求項12に記載のホットスタンプ用冷延鋼板の製造方法。
前記調質圧延工程の後に電気亜鉛めっきを施す電気亜鉛めっき工程を有することを特徴とする請求項9〜11のいずれか一項に記載のホットスタンプ用冷延鋼板の製造方法。
前記焼鈍工程と前記調質圧延工程との間にアルミめっきを施すアルミめっき工程を有することを特徴とする請求項9〜11のいずれか一項に記載のホットスタンプ用冷延鋼板の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ホットスタンプ前後の強度を確保すると共により良好な穴拡げ性を得ることができ、ホットスタンプ後の化成処理性やめっき密着性に優れた冷延鋼板、溶融亜鉛めっき冷延鋼板、合金化溶融亜鉛めっき冷延鋼板、電気亜鉛めっき冷延鋼板またはアルミめっき冷延鋼板及びそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ホットスタンプ前(ホットスタンプ工程における、焼き入れを行うための加熱のさらに前)あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後(ホットスタンプ工程における、焼き入れ後)の強度を確保すると共に成形性(穴拡げ性)に優れた冷延鋼板、溶融亜鉛めっき冷延鋼板、合金化溶融亜鉛めっき冷延鋼板、電気亜鉛めっき冷延鋼板またはアルミめっき冷延鋼板について鋭意検討した。この結果、鋼成分に関し、Si、Mn、及びCの含有量の関係を適切なものとし、鋼板のフェライト及びマルテンサイトの分率を所定の分率とし、かつ、鋼板の板厚表層部及び板厚中心部のマルテンサイトの硬度比(硬度の差)と、板厚中心部のマルテンサイトの硬度分布とをそれぞれ特定の範囲内にすることにより、鋼板において、これまで以上の成形性、即ち引張強度TSと穴拡げ率λとの積であるTS×λ≧50000MPa・%との特性が確保できる冷延鋼板を工業的に製造できることを見出した。さらに、それをホットスタンプに用いれば、ホットスタンプ後でも成形性に優れる鋼板を得られることを見出した。また、冷延鋼板の板厚中心部におけるMnSの偏析を抑制することも、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後の鋼板の成形性(穴拡げ性)の向上に有効であることも判明した。特に、主な焼入れ性向上元素であるMn量を低減すれば、マルテンサイト分率若しくは硬度を減少させた際に、MnS偏析抑制による穴拡げ性向上効果が最大限発揮されることを見出し、それは同時にホットスタンプ後の化成処理性やめっき密着性に優れることも確認した。また、マルテンサイトの硬度の制御のためには、冷間圧延における、最上流のスタンドから、最上流から数えて第3段目のスタンドまでにおける冷延率の、総冷延率(累積圧延率)に対する割合を、特定の範囲内にすることが有効であることも見出した。そして、本発明者らは、以下に示す発明の各態様を知見するに至った。また、この冷延鋼板に、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、及びアルミめっきを行ってもその効果が損なわれないことを知見した。
【0008】
(1)すなわち、本発明の一態様に係る冷延鋼板は、質量%で、C:0.030%以上、0.150%以下、Si:0.010%以上、1.000%以下、Mn:0.50%以上、1.50%未満、P:0.001%以上、0.060%以下、S:0.001%以上、0.010%以下、N:0.0005%以上、0.0100%以下、Al:0.010%以上、0.050%以下、を含有し、選択的に、B:0.0005%以上、0.0020%以下、Mo:0.01%以上、0.50%以下、Cr:0.01%以上、0.50%以下、V:0.001%以上、0.100%以下、Ti:0.001%以上、0.100%以下、Nb:0.001%以上、0.050%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Ca:0.0005%以上、0.0050%以下、REM:0.0005%以上、0.0050%以下、の1種以上を含有する場合があり、残部がFe及び不可避不純物からなり、C含有量、Si含有量及びMn含有量を、質量%でそれぞれ[C]、[Si]及び[Mn]と表したとき、下記式(A)の関係が成り立ち、かつホットスタンプ前の金属組織が、面積率で、40%以上95%以下のフェライトと、5%以上60%以下のマルテンサイトとを含有し、かつ前記フェライトの面積率と前記マルテンサイトの面積率との和が60%以上を満たし、さらに前記金属組織が、面積率で10%以下のパーライトと、体積率で5%以下の残留オーステナイトと、面積率で40%未満の残ベイナイトとのうち1種以上を含有する場合があり、ナノインデンターにて測定された前記マルテンサイトの硬度が、前記ホットスタンプ前において、下記の式(B)及び式(C)を満足し、引張強度TSと穴拡げ率λとの積であるTS×λにおいて50000MPa・%以上を満足する。
(5×[Si]+[Mn])/[C]>10・・・(A)
H2/H1<1.10・・・(B)
σHM<20・・・(C)
ここで、H1は前記ホットスタンプ前の板厚表層部の前記マルテンサイトの平均硬度であり、H2は前記ホットスタンプ前の板厚中心部、すなわち板厚中心における板厚方向に200μmの範囲内の前記マルテンサイトの平均硬度であり、σHMは前記ホットスタンプ前の前記板厚中心部における前記マルテンサイトの硬度の分散値である。
【0009】
(2)上記(1)に記載の冷延鋼板は、前記冷延鋼板中に存在する、円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率が0.01%以下であり、下記式(D)が成り立ってもよい。
n2/n1<1.5・・・(D)
ここで、n1は前記ホットスタンプ前の板厚1/4部における前記円相当直径が0.1μm以上10μm以下の前記MnSの10000μm
2あたりの平均個数密度であり、n2は前記ホットスタンプ前の前記板厚中心部における前記円相当直径が0.1μm以上10μm以下の前記MnSの10000μm
2あたりの平均個数密度である。
【0010】
(3)本発明の一態様に係る冷延鋼板は、質量%で、C:0.030%以上、0.150%以下、Si:0.010%以上、1.000%以下、Mn:0.50%以上、1.50%未満、P:0.001%以上、0.060%以下、S:0.001%以上、0.010%以下、N:0.0005%以上、0.0100%以下、Al:0.010%以上、0.050%以下、を含有し、選択的に、B:0.0005%以上、0.0020%以下、Mo:0.01%以上、0.50%以下、Cr:0.01%以上、0.50%以下、V:0.001%以上、0.100%以下、Ti:0.001%以上、0.100%以下、Nb:0.001%以上、0.050%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Ca:0.0005%以上、0.0050%以下、REM:0.0005%以上、0.0050%以下、の1種以上を含有する場合があり、残部がFe及び不可避不純物からなり、前記C含有量、前記Si含有量及び前記Mn含有量を、単位質量%でそれぞれ[C]、[Si]及び[Mn]と表したとき、前記式(A)の関係が成り立ち、ホットスタンプ前及びホットスタンプ後の金属組織が、面積率で、40%以上95%以下のフェライトと、5%以上60%以下のマルテンサイトとを含有し、かつ前記フェライトの面積率と前記マルテンサイトの面積率との和が60%以上を満たし、さらに前記金属組織が、面積率で10%以下のパーライトと、体積率で5%以下の残留オーステナイトと、面積率で40%未満の残ベイナイトとのうち1種以上を含有する場合があり、ナノインデンターにて測定された前記マルテンサイトの硬度が、前記ホットスタンプ後において、前記の式(B)、式(C)及び下記の式(E)、式(F)を満足し、引張強度TSと穴拡げ率λの積であるTS×λにおいて50000MPa・%以上を満足する。
(5×[Si]+[Mn])/[C]>10・・・(A)
H2/H1<1.10・・・(B)
σHM<20・・・(C)
H21/H11<1.10・・・(E)
σHM1<20・・・(F)
ここで、H11はホットスタンプ後の板厚表層部の前記マルテンサイトの平均硬度であり、H21はホットスタンプ後の板厚中心部、すなわち板厚中心における板厚方向に200μmの範囲の前記マルテンサイトの平均硬度であり、σHM1はホットスタンプ後の前記板厚中心部における前記マルテンサイトの前記硬度の分散値である。
【0011】
(4)上記(5)に記載のホットスタンプ用冷延鋼板は、前記冷延鋼板中に存在する、円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率が0.01%以下であり、下記式(G)が成り立ってもよい。
n21/n11<1.5・・・(G)
ここで、n11は前記ホットスタンプ後の板厚1/4部における前記円相当直径が0.1μm以上10μm以下の前記MnSの10000μm
2あたりの平均個数密度であり、n21は前記ホットスタンプ後の前記板厚中心部における前記円相当直径が0.1μm以上10μm以下の前記MnSの10000μm
2あたりの平均個数密度である。
【0012】
(5)上記(1)乃至(4)のいずれか1項に記載の前記ホットスタンプ用冷延鋼板は、表面に溶融亜鉛めっきが施されていてもよい。
【0013】
(6)上記(5)に記載の前記ホットスタンプ用冷延鋼板は、表面に合金化溶融亜鉛めっきが施されていてもよい。
【0014】
(7)上記(1)乃至(4)のいずれか1項に記載の前記ホットスタンプ用冷延鋼板は、表面に電気亜鉛めっきが施されていてもよい。
【0015】
(8)上記(1)乃至(4)のいずれか1項に記載の前記ホットスタンプ用冷延鋼板は、表面にアルミめっきが施されていてもよい。
【0016】
(9)本発明の一態様に係る冷延鋼板の製造方法は、上記(1)または(3)に記載の化学成分を有する溶鋼を鋳造して鋼材とする鋳造工程と:前記鋼材を加熱する加熱工程と;前記鋼材に、複数のスタンドを有する熱間圧延設備を用いて熱間圧延を施す熱間圧延工程と;前記鋼材を、前記熱間圧延工程後に巻取る巻取り工程と;前記鋼材に、前記巻取り工程後に、酸洗を行う酸洗工程と、前記鋼材に、前記酸洗工程後に、複数のスタンドを有する冷間圧延機にて下記の式(H)が成り立つ条件下で冷間圧延を施す冷間圧延工程と、前記鋼材に、前記冷間圧延工程後に、700℃以上850℃以下で焼鈍を行い冷却する焼鈍工程と、前記鋼材に、前記焼鈍工程後に、調質圧延を行う調質圧延工程と;を有する。
1.5×r1/r+1.2×r2/r+r3/r>1・・・(H)
ここで、ri(i=1,2,3)は前記冷間圧延工程での、前記複数のスタンドのうち最上流から数えて第i(i=1,2,3)段目のスタンドでの単独の目標冷延率を単位%で示しており、rは前記冷間圧延工程における総冷延率を、単位%で示している。
【0017】
(10)上記(9)に記載のホットスタンプ用冷延鋼板の製造方法は、前記巻取り工程における巻取り温度を、単位℃で、CTと表し;前記鋼材のC含有量、Mn含有量、Si含有量及びMo含有量を、単位質量%で、それぞれ[C]、[Mn]、[Si]及び[Mo]と表したとき;下記の式(I)が成り立ってもよい。
560−474×[C]−90×[Mn]−20×[Cr]−20×[Mo]<CT<830−270×[C]−90×[Mn]−70×[Cr]−80×[Mo]・・・(I)
【0018】
(11)上記(9)に記載のホットスタンプ用冷延鋼板の製造方法は、前記加熱工程における加熱温度を、単位℃でTとし、且つ在炉時間を、単位分でtとし;前記鋼材のMn含有量及びS含有量を、単位質量%でそれぞれ[Mn]、[S]としたとき;下記の式(J)が成り立ってもよい。
T×ln(t)/(1.7×[Mn]+[S])>1500 ・・・(J)
【0019】
(12)上記(9)〜(11)のいずれか一つに記載の製造方法において、前記焼鈍工程と前記調質圧延工程との間に溶融亜鉛めっきを施す溶融亜鉛めっき工程を有してもよい。
【0020】
(13)上記(12)に記載の製造方法において、前記溶融亜鉛めっき工程と前記調質圧延工程との間に合金化処理を施す合金化処理工程を有してもよい。
【0021】
(14)上記(9)〜(11)のいずれか一項に記載の製造方法において、前記調質圧延工程の後に電気亜鉛めっきを施す電気亜鉛めっき工程を有してもよい。
【0022】
(15)上記(9)〜(11)のいずれか一項に記載の製造方法において、前記焼鈍工程と前記調質圧延工程との間にアルミめっきを施す工程を有してもよい。
なお、(1)〜(15)の鋼板を用いて製造したホットスタンプ成形体は、成形性に優れる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、C含有量、Mn含有量、及びSi含有量の関係を適切なものにすると共に、ナノインデンターにて測定されたマルテンサイトの硬度を適当なものとしているので、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後に、より良好な穴拡げ性を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
先述したように、成形性(穴拡げ性)の向上のためには、Si、Mn、及びCの含有量の関係と、鋼板の所定の部位におけるマルテンサイトの硬度とを適切なものとすることが重要である。これまで、成形性とマルテンサイトの硬度との関係に着目した検討は、ホットスタンプ前の鋼板、及びホットスタンプ後の鋼板のいずれについても行われていない。
【0026】
ここで、本発明の一実施形態に係るホットスタンプ前の冷延鋼板(本実施形態に係るホットスタンプ前の冷延鋼板と言う場合がある)、本発明の別の実施形態に係るホットスタンプ後の冷延鋼板(ホットスタンプにより成形体となった状態であり、本実施形態に係るホットスタンプ後の冷延鋼板と言う場合がある)及びそれらの製造に用いる鋼の化学成分の限定理由を説明する。以下、各成分の含有量の単位である「%」は「質量%」を意味する。
【0027】
C:0.030%以上、0.150%以下
Cは、マルテンサイト相を強化して鋼の強度を高めるのに重要な元素である。Cの含有量が0.030%未満では、鋼の強度を十分高めることができない。一方、Cの含有量が0.150%を超えると鋼の延性(伸び)の低下が大きくなる。従って、Cの含有量の範囲は、0.030%以上、0.150%以下とする。なお、穴拡げ性の要求が高い場合にはCの含有量は、0.100%以下とするのが望ましい。
【0028】
Si:0.010%以上、1.000%以下
Siは有害な炭化物の生成を抑え、フェライト組織を主体とし、残部がマルテンサイトである複合組織を得るのに重要な元素である。しかし、Si含有量が1.000%を超える場合、鋼の伸びや穴拡げ性が低下するほかホットスタンプ後の化成処理性やめっき密着性も低下する。そのため、Siの含有量は1.000%以下とする。また、Siは脱酸のために添加されるが、Siの含有量が0.010%未満では脱酸効果が十分でない。そのため、Siの含有量は、0.010%以上とする。
【0029】
Al:0.010%以上、0.050%以下
Alは、脱酸剤として重要な元素である。脱酸の効果を得るために、Alの含有量を0.010%以上とする。一方、Alを過度に添加しても、上記効果は飽和し、かえって鋼を脆化させる。そのため、Alの含有量は0.010%以上0.050%以下とする。
【0030】
Mn:0.50%以上、1.50%未満
Mnは、鋼の焼き入れ性を高めて鋼を強化するのに重要な元素である。しかしながら、Mnの含有量が0.50%未満では、鋼の強度を十分高めることができない。一方、Mnの含有量が2.70%を超えると、焼入れ性が必要以上に高まるので、鋼の強度上昇を招き、これにより鋼の伸びや穴拡げ性が低下する。このように材質上の観点からすれば上限は2.70%までだが、MnはSi同様に鋼板表面にて選択酸化され、ホットスタンプ後の化成処理性やめっき密着性を悪化させ得る。後述の実施例でMnが1.50%の場合にめっき密着性が不合格であったことから、本発明のMn上限は1.50%未満とする。更に好ましくは1.45%である。従って、Mnの含有量は0.50%以上、1.50%未満とする。尚、伸びの要求がより高い場合、Mnの含有量は1.00%以下とすることが望ましい。
【0031】
P:0.001%以上、0.060%以下
Pは、含有量が多い場合粒界へ偏析し、鋼の局部延性と溶接性とを劣化させる。従って、Pの含有量は0.060%以下とする。その一方で、Pをいたずらに低減させることは、精錬時のコストアップにつながるので、Pの含有量は0.001%以上とすることが望ましい。
【0032】
S:0.001%以上、0.010%以下
Sは、MnSを形成して鋼の局部延性及び溶接性を著しく劣化させる元素である。従って、Sの含有量の上限を0.010%とする。また、精錬コストの問題から、Sの含有量の下限を0.001%とするのが望ましい。
【0033】
N:0.0005%以上、0.0100%以下
Nは、AlN等を析出させて結晶粒を微細化するのに重要な元素である。しかし、Nの含有量が0.0100%を超えていると、固溶N(固溶窒素)が残存して鋼の延性が低下する。従って、Nの含有量は0.0100%以下とする。なお、精錬時のコストの問題から、Nの含有量の下限を0.0005%とするのが望ましい。
【0034】
本実施形態に係る冷延鋼板は、以上の元素と、残部の鉄及び不可避的不純物とからなる組成を基本とするが、さらに、強度の向上、及び硫化物又は酸化物の形状の制御などのために、従来から用いられている元素としてNb、Ti、V、Mo、Cr、Ca、REM(Rare Earth Metal:希土類元素)、Cu、Ni、Bのいずれか1種または2種以上を、後述する範囲の含有量で含有してもよい。
【0035】
Nb、Ti、及びVは、微細な炭窒化物を析出させて鋼を強化する元素である。また、Mo、及びCrは焼き入れ性を高めて鋼を強化する元素である。これらの効果を得るためには、鋼がNb:0.001%以上、Ti:0.001%以上、V:0.001%以上、Mo:0.01%以上、Cr:0.01%以上を含有することが望ましい。しかし、Nb:0.050%超、Ti:0.100%超、V:0.100%超、Mo:0.50%超、Cr:0.50%超が含有されていても、強度上昇の効果が飽和するのみならず、伸びや穴拡げ性の低下をもたらすおそれがある。
【0036】
鋼はさらに、Caを、0.0005%以上、0.0050%以下含有することができる。Caは、硫化物又は酸化物の形状を制御して、局部延性又は穴拡げ性を向上させる。Caによってこの効果を得るためには、Caを0.0005%以上添加することが好ましい。しかし、過度の添加は加工性を劣化させるおそれがあるので、Ca含有量の上限を0.0050%とする。REM(希土類元素)についても、同様の理由から、含有量の下限を0.0005%、上限を0.0050%とすることが好ましい。
【0037】
鋼はさらに、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、B:0.0005%以上、0.0020%以下を含有してもよい。これらの元素も焼入れ性を向上させて鋼の強度を高めることができる。しかしながら、その効果を得るためには、Cu:0.01%以上、Ni:0.01%以上、B:0.0005%以上含有することが好ましい。これ以下の含有量である場合、鋼を強化する効果が小さい。一方、Cu:1.00%超、Ni:1.00%超、B:0.0020%超添加しても、強度上昇の効果は飽和し、延性が低下するおそれがある。
【0038】
B、Mo、Cr、V、Ti、Nb、Ni、Cu、Ca、REMを鋼が含有する場合は、1種以上を含有する。鋼の残部はFe及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物として特性を損なわない範囲であれば、上記以外の元素(例えばSn、As等)をさらに含んでもよい。尚、B、Mo、Cr、V、Ti、Nb、Ni、Cu、Ca、REMが前述の下限未満含有されているときは、これら元素を不可避的不純物として扱う。
【0039】
また、本実施形態に係る冷延鋼板では、
図1に示されるように、C含有量(質量%)、Si含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を、それぞれ[C]、[Si]及び[Mn]と表したとき、下記式(A)の関係が成り立つことが重要である。
(5×[Si]+[Mn])/[C]>10・・・(A)
上記式(A)の関係が成り立てば、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後においてTS×λ≧50000MPa・%との条件を満足することが出来る。(5×[Si]+[Mn])/[C]の値が10以下であると、十分な穴拡げ性を得ることができない。これは、C量が高いと硬質相の硬度が高くなりすぎて、軟質相との硬度差(硬度の比)が大きくなりλ値が劣ること、及び、Si量又はMn量が少ないとTSが低くなることが原因である。
【0040】
一般的に、DP鋼(二相鋼)で成形性(穴拡げ性)を支配するのはフェライトよりもマルテンサイトである。本発明者等がマルテンサイトの硬度に着目して鋭意検討を行った結果、
図2a及び
図2bのように、板厚表層部と板厚中心部との間のマルテンサイトの硬度差(硬度の比)、及び板厚中心部のマルテンサイトの硬度分布がホットスタンプ前の段階にて所定の状態であれば、ホットスタンプの焼き入れ後でもそれが概ね維持され、伸び又は穴拡げ性などの成形性が良好になることが判明した。これは、ホットスタンプ前に生じたマルテンサイトの硬度分布がホットスタンプ後にも大きく影響し、板厚中心部に濃化した合金元素が、ホットスタンプ後にも板厚中心部に濃化した状態を保つからであると思われる。すなわち、ホットスタンプ前の鋼板で、板厚表層部のマルテンサイトと板厚中心部のマルテンサイトとの硬度比が大きい場合、又はマルテンサイトの硬度の分散値が大きい場合は、ホットスタンプ後も同様の傾向を示す。
図2aと
図2bに示すように、ホットスタンプ前の本実施形態に係る冷延鋼板における板厚表層部及び板厚中心部の硬度比と、本実施形態に係る冷延鋼板にホットスタンプを行った鋼板における板厚表層部及び板厚中心部の硬度比とはほぼ同じである。また、同様に、ホットスタンプ前の本実施形態に係る冷延鋼板における板厚中心部のマルテンサイトの硬度の分散値と、本実施形態に係る冷延鋼板にホットスタンプを行った鋼板における板厚中心部のマルテンサイトの硬度の分散値とはほぼ同じである。従って、本実施形態に係る冷延鋼板にホットスタンプを行った鋼板の成形性は、ホットスタンプ前の本実施形態に係る冷延鋼板の成形性と同様に優れている。
【0041】
そして、本発明では、HYSITRON社のナノインデンターにて1000倍の倍率で測定されたマルテンサイトの硬度に関し、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後に下記の式(B)及び式(C)((E)、(F)も同様)が成り立つと、鋼板の成形性に有利となることを知見した。ここで、「H1」は、ホットスタンプ前の、鋼板の板厚方向最表層から板厚方向200μmの範囲内である板厚表層部に存在するマルテンサイトの平均硬度であり、「H2」は、ホットスタンプ前の、板厚中心部における、板厚中心部から板厚方向に±100μmの範囲内に存在するマルテンサイトの平均硬度であり、「σHM」は、ホットスタンプ前の、板厚中心部から板厚方向に±100μmの範囲内に存在するマルテンサイトの硬度の分散値である。また、以下の説明以降、ホットスタンプ後の硬度、分散値を、ホットスタンプ前と明確に区別すべく、「H11」はホットスタンプ後の板厚表層部のマルテンサイトの硬度、「H21」はホットスタンプ後の板厚中心部、すなわち板厚中心における板厚方向に200μmの範囲のマルテンサイトの硬度、「σHM1」はホットスタンプ後の板厚中心部におけるマルテンサイトの硬度の分散値として説明していく。H1、H11、H2、H21、σHM、及びσHM1は、それぞれ300点計測して求められている。なお、板厚中心部から板厚方向に±100μmの範囲とは、板厚中心を中心とする板厚方向の寸法が200μmの範囲である。
H2/H1<1.10・・・(B)
σHM<20・・・(C)
H21/H11<1.10・・・(E)
σHM1<20・・・(F)
また、ここで、分散値は以下の数1に示す式(K)によって求められ、マルテンサイトの硬度の分布を示す値である。
【数1】
x
aveは硬度の平均値、x
iはi番目の硬度を表す。
【0042】
H2/H1の値が1.10以上であることは、板厚中心部のマルテンサイトの硬度が板厚表層部のマルテンサイトの硬度の1.1倍以上であることを意味し、この場合、
図2aに示されるようにσHMが20以上となる。H2/H1の値が1.10以上であると、板厚中心部の硬度が高くなり過ぎて、
図2bに示されるようにTS×λ<50000MPa・%となり、焼入れ前(即ちホットスタンプ前)、焼入れ後(即ちホットスタンプ後)のいずれにおいても十分な成形性が得られない。尚、H2/H1の下限は、特殊な熱処理をしない限り、理論上、板厚中心部と板厚表層部が同等となる場合であるが、現実的に生産性を考慮した生産工程では、例えば1.005程度までである。なお、H2/H1の値に関する上述の事柄は、H21/H11の値に関しても同様に成立する。
【0043】
また、分散値σHMが20以上であることは、マルテンサイトの硬度のばらつきが大きく、局所的に硬度が高すぎる部分が存在することを示す。この場合、
図2bに示されるようにTS×λ<50000MPa・%となり、十分な成形性が得られない。なお、σHMの値に関する上述の事柄は、σHM1の値に関しても同様に成立する。
【0044】
本実施形態に係る冷延鋼板では、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後の金属組織のフェライト面積率が40%〜95%である。フェライト面積率が40%未満であると、十分な伸びや穴拡げ性が得られない。一方、フェライト面積率が95%超であると、マルテンサイトが不足して十分な強度が得られない。従って、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後のフェライト面積率は40%以上、95%以下とする。また、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後の金属組織にはマルテンサイトも含まれ、マルテンサイトの面積率は5〜60%であり、かつフェライト面積率とマルテンサイト面積率との和は60%以上を満たす。ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後では、金属組織の全て、又は主要な部分は、フェライトとマルテンサイトとによって占められ、更に、金属組織にパーライト、残ベイナイト及び残留オーステナイトのうち1種以上が含まれていてもよい。但し、金属組織中に残留オーステナイトが残存していると、2次加工脆性及び遅れ破壊特性が低下しやすい。このため、残留オーステナイトが実質的に含まれていないことが好ましいが、不可避的に体積率5%以下の残留オーステナイトが含まれていてもよい。パーライトは硬く脆い組織なので、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後では、金属組織に含まれないことが好ましいが、不可避的に面積率で10%まで含まれることは許容され得る。尚、残ベイナイト含有量は、フェライトとマルテンサイトとを除いた領域に対する面積率で40%以内であることが好ましい。ここで、フェライト、残ベイナイト、及びパーライトの金属組織はナイタールエッチングにより観察し、マルテンサイトの金属組織はレペラーエッチングにより観察した。いずれの場合でも、板厚1/4部を1000倍にて観察した。残留オーステナイトの体積率は、鋼板を板厚1/4部まで研磨した後、X線回折装置によって測定した。なお、板厚1/4部とは、鋼板における、鋼板表面から鋼板厚さ方向に鋼板厚さの1/4の距離をおいた部分である。
【0045】
なお、本実施形態では、1000倍の倍率で測定されたマルテンサイトの硬度をナノインデンターにて規定している。通常のビッカース硬さ試験にて形成される圧痕はマルテンサイトよりも大きいので、ビッカース硬さ試験によればマルテンサイト及びその周囲の組織(フェライト等)のマクロ的な硬さは得られるものの、マルテンサイトそのものの硬さを得ることはできない。成形性(穴拡げ性)にはマルテンサイトそのものの硬さが大きく影響するため、ビッカース硬さだけでは、十分に成形性を評価することは困難である。これに対し、本発明では、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後のマルテンサイトの、ナノインデンターにて測定された硬度の関係を適切なものとしているため、極めて良好な成形性を得ることができる。
【0046】
また、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後に、板厚1/4部及び板厚中心部にてMnSを観察した結果、円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率が0.01%以下であり、かつ、
図3に示すように、下記式(D)((G)も同様)が成り立つことが、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後にTS×λ≧50000MPa・%との条件を良好かつ安定的に満たす上で好ましいことが分かった。なお、穴拡げ試験を実施する際に、円相当直径が0.1μm以上のMnSが存在すると、その周囲に応力が集中するので割れが生じやすくなる。円相当直径0.1μm未満のMnSをカウントしないのは、円相当直径0.1μm未満のMnSの、応力集中への影響が小さいためである。また、円相当直径10μm超のMnSをカウントしないのは、このような粒径のMnSが後半に含まれる場合、粒径が大き過ぎて、そもそも鋼板が加工に適さなくなるからである。更に、円相当直径が0.1μm以上のMnSの面積率が0.01%超であると、応力集中によって生じた微細な割れが伝播しやすくなるため、穴拡げ性が更に悪化し、TS×λ≧50000MPa・%との条件を満たさない場合がある。ここでも説明の便宜上、ホットスタンプ後の板厚1/4部及び板厚中心部におけるMnSの個数密度、をホットスタンプ前と明確に区別すべく、「n1」及び「n11」は、それぞれホットスタンプ前及びホットスタンプ後における、板厚1/4部における円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの個数密度であり、「n2」及び「n21」は、それぞれホットスタンプ前及びホットスタンプ後における、板厚中心部における円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの個数密度として説明していく。
n2/n1<1.5・・・(D)
n21/n11<1.5・・・(G)
なお、この関係は、ホットスタンプ前の鋼板及びホットスタンプ後の鋼板のいずれにおいても、同様である。
【0047】
円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率が0.01%超であると、成形性が低下しやすい。MnSの面積率の下限は特に規定しないが、後述の測定方法および倍率や視野の制限、及びそもそものMnやSの含有量から、0.0001%以上は存在する。また、n2/n1(又はn21/n11)の値が1.5以上であることは、板厚中心部における円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの個数密度が、板厚1/4部における円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの個数密度の1.5倍以上であることを意味する。この場合、板厚中心部でのMnSの偏析により、成形性が低下しやすい。本実施形態では、円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの円相当直径および個数密度は、JEOL社のFe−SEM(Field Emission Scanning Electron Microscope)を使って測定した。測定の際、倍率は1000倍で、1視野の測定面積は0.12×0.09mm
2(=10800μm
2≒10000μm
2)である。板厚1/4部で10視野を観察し、板厚中心部で10視野を観察した。円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率は、粒子解析ソフトウェアを用いて算出した。なお、本実施形態に係る冷延鋼板では、ホットスタンプ前に生じたMnSの形態(形状及び個数)はホットスタンプ前後で変化しない。
図3はホットスタンプ前のn2/n1とTS×λとの関係、及びホットスタンプ後のn21/n11とTS×λとの関係を示す図であり、この
図3によると、ホットスタンプ前のn2/n1とホットスタンプ後のn21/n11とがほぼ一致している。これは、通常ホットスタンプの際に加熱する温度ではMnSの形態が変化しないからである。
【0048】
このような構成の鋼板によれば、400MPaから1000MPaの引張強度が実現できるが、400MPaから800MPa程度の引張強度の鋼板にて、著しい成形性向上とホットスタンプ後の化成処理性、めっき密着性確保の効果が得られる。
【0049】
尚、本発明の表面に亜鉛めっきが施された亜鉛めっき冷延鋼板とは、冷延鋼板の表面に溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、アルミめっき、あるいはそれらが複合的に施されているものを指し、これらは防錆上好ましい。これらのめっきを行っても、本実施形態の効果を損なうものではない。これらのめっきについては、公知の方法にて施すことができる。
【0050】
以下に本実施形態に係る鋼板(冷延鋼板、溶融亜鉛めっき冷延鋼板、合金化溶融亜鉛めっき冷延鋼板、電気亜鉛めっき冷延鋼板、及びアルミめっき冷延鋼板)の製造方法について説明する。
【0051】
本実施形態に係る鋼板を製造するに際しては、通常の条件として、転炉からの溶製された溶鋼を連続鋳造してスラブとする。連続鋳造の際に、鋳造速度が速いとTiなどの析出物が微細になりすぎ、遅いと生産性が悪い上に前述の析出物が粗大化するとともに粒子数が少なくなり遅れ破壊などの別の特性が制御できない形態となってしまう場合がある。このため、鋳造速度は1.0m/分〜2.5m/分が望ましい。
【0052】
鋳造後のスラブは、そのまま熱間圧延に供することができる。あるいは、冷却後のスラブが1100℃未満に冷却されていた場合には、冷却後のスラブをトンネル炉などで1100℃以上、1300℃以下に再加熱して熱間圧延に供することができる。1100℃未満のスラブ温度では、熱間圧延の際に仕上げ温度を確保することが困難であり、伸び低下の原因となる。また、Ti、Nbを添加した鋼板では、加熱時の析出物の溶解が不十分となるため、強度低下の原因となる。一方、1300℃超の加熱温度では、スケールの生成が大きくなって鋼板の表面性状を良好なものとすることができない場合がある。
【0053】
また、円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率を小さくするためには、鋼のMn含有量、S含有量を質量%でそれぞれ[Mn]、[S]と表したとき、
図6に示すように、熱間圧延を施す前の加熱炉の温度T(℃)、在炉時間t(分)、[Mn]、及び[S]について下記の式(J)が成り立つことが好ましい。
T×ln(t)/(1.7[Mn]+[S])>1500・・・(J)
T×ln(t)/(1.7[Mn]+[S])が1500以下であると、円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの面積率が大きくなり、かつ板厚1/4部における円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの個数密度と、板厚中心部における円相当直径が0.1μm以上10μm以下のMnSの個数密度との差も大きくなることがある。なお、熱間圧延を施す前の加熱炉の温度とは、加熱炉出側取出温度であり、在炉時間とは、スラブを熱延加熱炉に挿入してから取り出すまでの時間である。MnSは前述のようにホットスタンプ後も変化が生じないことから、熱間圧延前の加熱工程の際に式(J)を満足することが好ましい。
【0054】
次いで、常法に従い、熱間圧延を行う。この際、仕上げ温度(熱間圧延終了温度)をAr
3点以上、970℃以下として、スラブを熱間圧延することが望ましい。仕上げ温度がAr
3点未満では、熱間圧延が(α+γ)2相域圧延(フェライト+マルテンサイト2相域圧延)となり、伸びの低下をもたらすことが懸念され、一方仕上げ温度が970℃を超えると、オーステナイト粒径が粗大になるとともにフェライト分率が小さくなって、伸びが低下することが懸念される。なお、熱間圧延設備は複数のスタンドを有してもよい。
ここで、Ar
3点は、フォーマスター試験を行い、試験片の長さの変曲点から推定した。
【0055】
熱間圧延後、鋼を20℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度で冷却し、所定の巻取り温度CTで巻き取る。平均冷却速度が20℃/秒未満の場合には、延性低下の原因となるパーライトが生成しやすくなる。一方、冷却速度の上限は特に規定しないが、設備仕様から500℃/秒程度とするものの、これに限定しない。
【0056】
巻取り後には、酸洗を行い、冷間圧延(冷延)を行う。その際、
図4に示すように前述の式(B)、式(C)、式(E)、式(F)を満足する範囲を得るために、下記の式(H)が成り立つ条件下で冷間圧延を行う。上記の圧延を行ったうえで後述する焼鈍及び冷却等の条件を満たすことにより、ホットスタンプ前及び/又はホットスタンプ後にTS×λ≧50000MPa・%との特性を確保することにつながる。なお、冷間圧延は、複数台の圧延機が直線的に配置され1方向に連続圧延されることで、所定の厚みを得るタンデム圧延機を用いることが望ましい。
1.5×r1/r+1.2×r2/r+r3/r>1.0・・・(H)
ここで、「ri」は、前記冷間圧延における、最上流から数えて第i(i=1,2,3)段目のスタンドでの単独の目標冷延率(%)であり、「r」は前記冷間圧延における目標の総冷延率(%)である。総圧延率は、いわゆる累積圧下率であり、最初のスタンドの入口板厚を基準とし、この基準に対する累積圧下量(最初のパス前の入口板厚と最終パス後の出口板厚との差)の百分率である。
【0057】
式(H)が成り立つ条件下で冷間圧延を行うと、冷間圧延前に大きなパーライトが存在していても、冷間圧延にてパーライトを十分に分断することができる。この結果、冷間圧延後に行う焼鈍により、パーライトを消失させるか、又はパーライトの面積率を最小限度に抑えることができるため、式(B)、式(C)及び式(E)、式(F)が満たされる組織が得られやすくなる。一方、式(H)が成り立たない場合には、上流側のスタンドでの冷延率が不十分であり、大きなパーライトが残存しやすくなり、後の焼鈍にて所望のマルテンサイトを生成することができない。また発明者らは、式(H)を満足すると、得られた焼鈍後のマルテンサイト組織の形態が、その後ホットスタンプが行われてもほぼ同じ状態に維持され、従って、ホットスタンプ後でも本実施形態による鋼板が伸び又は穴拡げ性に有利になることを知見した。本実施形態による鋼板では、ホットスタンプで二相域まで加熱した場合、ホットスタンプ前のマルテンサイトを含む硬質相はオーステナイト組織になり、ホットスタンプ前のフェライト相はそのままである。オーステナイト中のC(炭素)は周囲のフェライト相に移動しない。その後冷却すれば、オーステナイト相はマルテンサイトを含む硬質相になる。つまり、式(H)を満足して前述のH2/H1が所定の範囲となれば、ホットスタンプ後もこれが維持されてホットスタンプ後の成形性に優れることになる。
【0058】
本実施形態ではr、r1、r2、r3は目標冷延率である。通常は目標冷延率と実績冷延率とが概ね同じ値となるように制御しながら冷間圧延を行う。目標冷延率に対して実績冷延率をいたずらに乖離させた状態で冷間圧延することは好ましくない。しかしながら、目標圧延率と実績圧延率とが大きく乖離する場合は、実績冷延率が上記式(H)を満足すれば本実施形態を実施していると見ることができる。尚、実績の冷延率は、目標冷延率の±10%以内に収めることが好ましい。
【0059】
冷間圧延後には、焼鈍を行うことにより鋼板に再結晶を生じさせ、さらに防錆能を向上させるために溶融亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきを施す場合には、常法により溶融亜鉛めっきまたは溶融亜鉛めっきおよび合金化処理を行い、次いで冷却する。この焼鈍および冷却により、所望のマルテンサイトを生じさせる。尚、焼鈍温度について、700〜850℃の範囲に加熱して焼鈍を行い、常温もしくは溶融亜鉛めっき等の表面処理を行う温度まで冷却することが好ましい。この範囲で焼鈍することにより、フェライトおよびマルテンサイトに関して所定の面積率を安定的に確保できると共に、フェライト面積率とマルテンサイト面積率との和を安定的に60%以上とすることができ、TS×λの向上に貢献することが出来る。他の焼鈍温度の条件は特に規定しないが、700〜850℃での保持時間は、所定の組織を確実に得るためには1秒以上、生産性に支障ない範囲で保持することが好ましく、昇温速度も1℃/秒以上設備能力上限、冷却速度も1℃/秒以上設備能力上限までで適宜決めることが好ましい。調質圧延工程では、常法により調質圧延する。調質圧延の伸び率は、通常0.2〜5%程度であり、降伏点伸びを回避し、鋼板形状が矯正できる程度であれば好ましい。
【0060】
本発明のさらに好ましい条件として、鋼のC含有量(質量%)、Mn含有量(質量%)、Si含有量(質量%)及びMo含有量(質量%)を、それぞれ[C]、[Mn]、[Si]及び[Mo]と表したとき、上記巻取り温度CTに関し、下記の式(I)が成り立つことが好ましい。
560−474×[C]−90×[Mn]−20×[Cr]−20×[Mo]<CT<830−270×[C]−90×[Mn]−70×[Cr]−80×[Mo]・・・(I)
【0061】
図5aに示すように、巻取り温度CTが「560−474×[C]−90×[Mn]−20×[Cr]−20×[Mo]」未満であると、マルテンサイトが過剰に生成し、鋼板が硬くなりすぎて、後の冷間圧延が困難となることがある。一方、
図5bに示すように巻取り温度CTが「830−270×[C]−90×[Mn]−70×[Cr]−80×[Mo]」超であると、フェライト及びパーライトのバンド状組織が生成しやすく、また、板厚中心部ではパーライトの割合が高くなりやすい。このため、後の焼鈍で生成するマルテンサイトの分布の一様性が低下し、上記の式(C)が成り立ちにくくなる。また、十分な量のマルテンサイトを生成させることが困難になることがある。
【0062】
式(I)を満足すると、前述のようにフェライト相と硬質相とが理想の分布形態になる。この場合、ホットスタンプで二相域加熱を行うと、前述のようにその分布形態が維持される。式(I)を満足して、前述の金属組織をより確実に確保することが出来れば、ホットスタンプ後もこれが維持されてホットスタンプ後の成形性に優れることになる。
【0063】
さらに、防錆能を向上させるために、焼鈍工程と調質圧延工程との間に溶融亜鉛めっきを施す溶融亜鉛めっき工程を有し、冷延鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを施すことも好ましい。さらには、溶融亜鉛めっき後に合金化処理を施す合金化処理工程を有することも好ましい。合金化処理を施す場合、更に合金化溶融亜鉛めっき表面を、水蒸気などめっき表面を酸化させる物質に接触させて、酸化膜を厚くする処理を施してもよい。
【0064】
溶融亜鉛めっき、及び合金化溶融亜鉛めっき以外には、例えば調質圧延工程の後に電気亜鉛めっきを施す電気亜鉛めっき工程を有し、冷延鋼板表面に電気亜鉛めっきを施すことも好ましい。また、溶融亜鉛めっきの代わりに、焼鈍工程と調質圧延工程との間にアルミめっきを施すアルミめっき工程を有し、冷延鋼板表面にアルミめっきを施すことも好ましい。アルミめっきは溶融アルミめっきが一般的であり、好ましい。
【0065】
このような一連の処理の後、必要に応じてホットスタンプを行う。ホットスタンプ工程では、例えば以下のような条件で行うことが望ましい。まず昇温速度5℃/秒以上500℃/秒以下で700℃以上1000℃以下まで鋼板を加熱し、1秒以上120秒以下の保持時間の後にホットスタンプ(ホットスタンプ加工)を行う。成形性を向上させるためには、加熱温度はAc
3点以下が好ましい。Ac
3点は、フォーマスター試験を行い、試験片の長さの変曲点から推定した。引き続き、例えば冷却速度10℃/秒以上1000℃/秒以下で常温以上300℃以下まで冷却する(ホットスタンプの焼き入れ)。
【0066】
ホットスタンプ工程の加熱温度が700℃未満では焼入れが不十分で強度が確保できず、好ましくない。加熱温度が1000℃超では軟化し過ぎ、また鋼板表面にめっきが施されている場合めっきが、特に亜鉛がめっきされている場合は亜鉛が蒸発・消失してしまうおそれがあり好ましくない。従ってホットスタンプの加熱温度は700℃以上1000℃以下が好ましい。ホットスタンプ工程の加熱は、昇温速度が5℃/秒未満では、その制御が難しく、かつ生産性が著しく低下するので、5℃/秒以上の昇温速度で行うことが好ましい。一方、昇温速度上限の500℃/秒は現状加熱能力によるものであるが、これに限定しない。ホットスタンプ後の冷却は、10℃/秒未満の冷却速度ではその速度制御が難しく、生産性も著しく低下するので、10℃/秒以上の冷却速度で行うことが好ましい。冷却速度上限の1000℃/秒は、現状冷却能力によるものであるが、これに限定しない。昇温後ホットスタンプを行うまでの時間を1秒以上としたのは、現状の工程制御能力(設備能力下限)によるものであり、120秒以下としたのは、鋼板表面に溶融亜鉛めっきなどが施されている場合にその亜鉛などが蒸発してしまうのを回避するためである。冷却温度を常温以上300℃以下にするのは、マルテンサイトを十分に確保してホットスタンプ後の強度を確保するためである。
図8a及び
図8bは、本発明の実施形態に係る冷延鋼板の製造方法を示すフローチャートである。図中の符号S1〜S13は、上述した各工程にそれぞれ対応する。
【0067】
本実施形態の冷延鋼板では、上記のホットスタンプ条件でホットスタンプを行った後でも、式(E)、及び式(F)を満足する。また、その結果、ホットスタンプを行った後でも、TS×λ≧50000MPa・%との条件を満足することができる。
【0068】
以上により、前述の条件を満足すれば、硬度分布又は組織がホットスタンプ後でも維持され、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後に強度を確保すると共により良好な穴拡げ性を得ることができる鋼板を製造することができる。
【実施例】
【0069】
表1に示す成分の鋼を鋳造速度1.0m/分〜2.5m/分で連続鋳造の後、そのまま、もしくは一旦冷却した後、表5の条件で常法にて加熱炉でスラブを加熱し、910〜930℃の仕上げ温度で熱間圧延を行ない熱延鋼板とした。その後、この熱延鋼板を、表5に示す巻取り温度CTにて巻取った。その後酸洗を行って鋼板表面のスケールを除去し、冷間圧延にて板厚1.2〜1.4mmとした。その際、式(H)の値が、表5に示す値となるように冷間圧延を行った。冷間圧延後、連続焼鈍炉で表2に示す焼鈍温度にて焼鈍を行なった。一部の鋼板は更に連続焼鈍炉均熱後の冷却途中で溶融亜鉛めっきを施し、更にその一部はその後合金化処理を施して合金化溶融亜鉛めっきを施した。また、さらに一部の鋼板では、電気亜鉛めっきまたはアルミめっきを施した。尚、調質圧延は伸び率1%にて常法に従い圧延している。この状態でホットスタンプ前の材質等を評価すべくサンプルを採取し、材質試験等を行なった。その後、
図7に示すような形態のホットスタンプ成形体を得るべく、昇温速度10〜100℃/秒で昇温し、800℃で10秒保持した後に成形し、冷却速度100℃/秒で200℃以下まで冷却するホットスタンプを行った。得られた成形体から
図7の位置よりサンプルを切り出し、材質試験等を行い、引張強度(TS)、伸び(El)、穴拡げ率(λ)他を求めた。その結果を表2、表3(表2の続き)、表4、表5(表4の続き)に示す。表中の穴拡げ率λは以下の式(L)により求める。
λ(%)={(d´−d)/d}×100・・・(L)
d´:亀裂が板厚を貫通した時の穴径 d:穴の初期径
尚、表3中のめっきの種類で、CRはめっき無し、即ち冷延鋼板であり、GIは溶融亜鉛めっき、GAは合金化溶融亜鉛めっき、EGは電気めっきを冷延鋼板に施していることを示す。
尚、表中の判定の、G、Bは、それぞれ以下を意味している。
G:対象となる条件式を満足している。
B:対象となる条件式を満足していない。
【0070】
ホットスタンプ後の表面性状の評価としては、めっきなしの冷延鋼板によるホットスタンプの場合はホットスタンプ後の化成処理性を評価し、亜鉛、アルミ等のめっきがされている場合はホットスタンプ後のめっき密着性を評価した。化成処理性の評価では、 化成処理性の評価は、市販の化成処理薬剤( 日本パーカライジング株式会社製、パルボンドP B − L 3 0 2 0 システム) を用いて、浴温4 3 ℃ 、化成処理時間1 2 0 秒の条件で行い、S E M により化成処理結晶の均一性を評価した。化成処理結晶の均一性評価は、化成結晶にスケが無いものを合格(○)とし、一部にスケが見られるものを(△)、スケが著しいものを(×)と評価した。めっき密着性では、上記めっき鋼板を縦100mm×横200mm×厚2mmの板形状試験片に加工し、V曲げ曲げ戻し試験を行ってめっき密着性を評価した。詳細には、V曲げ試験用の金型(曲げ角度60°)を用いて上記試験片をV曲げ加工した後、更にプレスで上記試験片を平坦に戻す曲げ戻し加工を行った。曲げ戻し加工を行ったときの内側の面(変形部)にセロハンテープ(ニチバン社製「セロテープ(登録商標)CT405AP−24」)を貼り付け、手で剥がした後、テープに付着しためっき層の剥離幅を測定した。本実施例では、剥離幅が5mm以下のものを合格(○)とし、5mm超〜10mm以下のものを(△)、10mm超のものを(×)と評価した。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
【表5】
【0076】
以上の実施例から、本発明要件を満足すれば、ホットスタンプ前あるいはホットスタンプ前及びホットスタンプ後にTS×λ≧50000MPa・%との条件を満たす優れた冷延鋼板、溶融亜鉛めっき冷延鋼板、合金化溶融亜鉛めっき冷延鋼板を得ることができる。