(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
建産機用の構造部材、例えば建設機械用クレーンのブームは、近年の建設対象物の高層化に伴い、より長尺化、大型化が進んでいる。そのため、ブーム自体の軽量化とつり上げ運搬容量の拡大を図るために、ブームの素材となる鋼板に対しては薄肉化する傾向にあり、より高い降伏強度が要求されている。
【0003】
これまで
鋼板の高強度化のために、鋼成分中にSi、Mnなどの固溶強化元素や、Ti、Nb等の析出強化元素が多量に添加されてきた。例えば特許文献1〜5はいずれもTi析出強化を活用するためにTi添加量を高めている。また、特許文献1〜3では析出強化を十分に活用するために0.12%以上のTi添加と、スラブに対する1250℃以上の高温加熱(高温スラブ加熱)とが必須となっている。しかしながら、高温スラブ加熱を行うと、靭性、特に低温靭性が低下する場合があることが問題になっていた。
特許文献6、7はマルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトを主相とすることで強度と靭性を確保した高強度鋼板に関する発明であり、熱間圧延後の熱延板を(Ms点+50℃)以下まで冷却し、ついで冷却停止温度±100℃で保持した後に巻き取ることで焼き戻しし、強度及び靭性を高めている。しかしながら、冷却停止温度±100℃という低温で巻取りを行った高強度鋼板を曲げ加工し、塗装を行うと、曲げ成形部(成形加工部)の塗装耐食性が低下する場合があることが問題になっていた。また、焼戻しマルテンサイトを素地とした場合でも、低温靭性が低下する場合があることが問題になっていた。
【0004】
一般的に、スケール層付きの鋼板に塗装処理を行った場合、その塗装処理後の耐食性は、「(1)スケール層と地鉄との密着性」と、「(2)電着塗装の前処理として行う化成処理性」に大きく左右されると考えられる。
スケール層と地鉄との密着性を改善する技術としては、例えば、スケール層の構造をマグネタイト(Fe
3O
4)主体にする方法(例えば、特許文献8〜10を参照)、薄スケール化する方法(例えば、特許文献9〜13を参照)、スケール層中のMnFe
2O
4の比率を低下させる方法(例えば、特許文献14を参照)が開示されている。
しかしながら、上記した従来の技術においては、スケール層と地鉄の密着性は改善するものの、電着塗装の前処理である化成処理をスケール層付き鋼板に行った場合、良好な化成処理皮膜が形成されないため、その後に設けられる電着塗装皮膜との密着性が低下し、塗装後の耐食性が劣化するという問題があった。また、前記薄スケール化を図るために、高圧水デスケーリング装置(例えば、特許文献15を参照)等により、仕上げ圧延前のデスケーリングを行うと、化成処理性が十分に得られず、その結果、電着塗装皮膜の密着性が低下し、塗装耐食性が劣化するという問題点があった。
また、特許文献16には、スケールのマグネタイトの体積分率と粒径を制御することにより優れた塗装耐食性を得る技術が開示されている。しかしながら、この特許文献16に記載の技術では、曲げ加工で歪が付与された部分では、所望の塗装耐食性が得られない場合があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、TiやNbを添加した高強度鋼板の課題であった低温靭性の低下を抑制することができ、かつ成形加工部における優れた塗装後耐食性を有する、スケール層を備えた高降伏比高強度熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、先ず、析出強化が期待できるTiあるいはNbを含有した鋼をベースに、建産機用の構成部材(建産機部材)に求められる高い降伏比と曲げ成形性と良好な低温靭性を得るための金属組織について検討を行った。その結果、ベイナイトあるいは焼戻しマルテンサイトを主相とする金属組織にして、フェライトやマルテンサイトの形成を極力抑制することにより、高い降伏比と良好な曲げ成形性と優れた低温靭性とを両立できる傾向があることを知見した。
次いで発明者らは、スラブ加熱温度と低温靭性の関係について鋭意調査を行った。一般的に、TiやNbの炭化物を活用する析出強化鋼においては、TiやNbを溶体化するためにスラブ加熱温度を高温にすることが知られている。しかしながら、発明者らが調査した結果、ベイナイトあるいは焼戻しマルテンサイトを主相とする金属組織の場合には、スラブ加熱温度が高いと低温靭性が劣化し、むしろ、TiやNbが溶体化しない低いスラブ加熱温度の場合に低温靭性が大きく改善することを見出した。その原因については定かではないが、スラブ加熱温度が低い場合に、ベイナイトや焼戻しマルテンサイトのブロック粒径が小さくなる傾向があったことから、未溶解のTiやNbの炭窒化物がベイナイト変態あるいはマルテンサイト変態のブロック細分化に何らかの役割を果たしたものと推測される。
【0008】
次いで、本発明者等は、熱延鋼板の電着塗装の前処理として行う化成処理の特性に及ぼすスケール構造の影響について詳細に調査した。その結果、化成処理によって鋼板表面に形成された化成処理皮膜は、スケール層中のマグネタイト(Fe
3O
4)分率が高いほど、また、マグネタイトの粒が微細であるほど、良好な形態を示すことを見出した。そして、良好な形態の化成処理皮膜が形成された熱延鋼板は、電着塗装によって形成される電着塗装皮膜と化成処理被膜との密着性を向上させることができるため、電着塗装後の耐食性が良好となることを発見した。
【0009】
次いで、本発明者等は、曲げ成形部の塗装後耐食性の影響因子を明らかにするために、種々のスケール組成、スケール厚さ、およびマグネタイト粒径を有するスケール層が形成された鋼板を準備し、それぞれの曲げ加工後の塗装後耐食性を評価した。その結果、スケール層中のマグネタイト分率が高いほど、また当該マグネタイトの粒が微細であるほど、またスケール層中のマグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織が少ない場合に、曲げ成形部の塗装後耐食性が向上することを知見した。この原因については定かではないが、スケール層を曲げ成形した際のスケール層の破壊(割れ)が、マグネタイトの粒径やマグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織の影響を受け、スケール層が割れた部分から腐食が進行したものと推測される。つまり、マグネタイトの粒を微細化することやマグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織を低減することによって、スケール層の破壊部分からの腐食の進行を抑制することができると考えらえる。
【0010】
次いで、発明者らはスケール層内のマグネタイト粒を微細化する条件について鋭意検討を行った。その結果、所定範囲内の厚さのスケール層が存在する状態で仕上げ圧延を開始し、さらに、所定の温度範囲内でスケール層に適正量の歪を付加した場合に、鋼板の冷却後に形成されるマグネタイトの結晶が微細化することを見出した。なお、マグネタイトの結晶が微細化する原因は定かではないが、主にウスタイトからなるスケール層中(高温の仕上げ圧延時に形成されるスケール層はウスタイトが主相)に、歪付加によって導入される微細な欠陥が、冷却中に形成されるマグネタイトの変態核として働いている可能性があるものと考えられる。
次いで、本発明者らは、マグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織の割合を低減させる方法について鋭意検討を行った。その結果、仕上げ圧延において所定の温度範囲内でスケールに適正量の歪を付加し、さらに巻取り温度を適正範囲内にすることで、巻取り中に形成されるマグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織の形成量を減らす事をできることを知見した。
【0011】
上記各検討の結果、本発明者等は、成分と熱延条件を適正化してスケール層の構造と結晶粒径、並びに、母材の金属組織を最適化することにより、優れた曲げ加工性を有し、さらに曲げ成形部の電着塗装後の塗装耐食性を確保でき、さらに良好な低温靭性も具備した高降伏比高強度熱延鋼板を実現することが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
本発明の要旨は、以下の通りである。
【0012】
[1] 質量%で、
C :0.05〜0.15%、
Si:0.4%以下、
Al:0.4%以下、
Mn:1.2〜2.5%、
P :0.1%以下、
S :0.01%以下、
N :0.007%以下、
Ti:0.03〜0.14%、
Nb:0.008〜0.06%
B:0.0003〜0.0030%
を含有し、かつ、
2Mo+Cr:0.2〜1.0%
であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼成分を有し、
鋼組織が、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを面積率の合計で90%以上、マルテンサイトと残留オーステナイトを面積率の合計で5%以下、フェライトを面積率で10%以下であり、
しかも前記ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトのブロック粒径が5μm以下であり、
さらに、
鋼板表層に形成されたスケール層中のマグネタイトの体積分率が60%以上、かつ、前記マグネタイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、さらに、前記スケール層中において前記マグネタイトと鉄の共析組織の面積分率が40%以下であり、最大引張強度が780MPa以上かつ降伏比が0.85以上であることを特徴とする高降伏比高強度熱延鋼板。
[2] 前記鋼成分において、さらに、質量%で、V:0.01〜0.12%を含有することを特徴とする上記[1
]に記載の高降伏比高強度熱延鋼板。
[3] 前記鋼成分において、さらに、質量%で、Cu、Niの1種又は2種を合計で0.02〜2.0%含有することを特徴とする上記[1]
、上記[2]の何れか1項に記載の高降伏比高強度熱延鋼板。
[4] 前記鋼成分において、さらに、質量%で、Ca、Mg、La、Ceの1種又は2種以上を合計で0.0003〜0.01%含有することを特徴とする上記[1]〜上記
[3]の何れか1項に記載の高降伏比高強度熱延鋼板。
【0013】
[5] 上記[1]〜上記
[4]の何れか1項に記載の高強度熱延鋼板を製造する方法であって、1050〜1200℃でスラブ加熱を行い、仕上げ圧延開始時における前記スケール層の平均厚みが3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、次いで、鋼板表面温度を820〜980℃の範囲内、累積圧下率を40%以上、さらに仕上げ圧延終了温度を800℃以上として仕上げ圧延を行い、その後、巻取温度を200〜550℃の範囲内としてコイル状に巻取ることを特徴とする高降伏比高強度熱延鋼板の製造方法。
[6] 前記巻取り後、前記コイル状の熱延鋼板を、150〜500℃の温度範囲まで再加熱することを特徴とする上記
[5]に記載の高降伏比高強度熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の高降伏比高強度熱延鋼板によれば、上記構成により、TiやNbを添加した高強度鋼板の課題であった低温靭性の低下を抑制することができ、かつ成形加工部における電着塗装後の耐食性を向上させることが可能となる。特に、本発明によれば、上記構成を備えたスケール層を有する高強度熱延鋼板を成形加工した後に電着塗装を施した場合であっても、スケール層と地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能となることから、優れた低温靭性に加え、成形加工後における優れた塗装耐食性が得られる。これにより、従来の高強度鋼板部品の板厚を設定する際は腐食による減肉量を見込んで板厚が設定されていたのに対し、本発明の高降伏比高強度熱延鋼板によれば、優れた塗装耐食性が得られることから、部品の板厚を薄く設定することが可能となり、当該部品を適用する建産機の軽量化と長大化が可能となる。
また、本発明の高降伏比高強度熱延鋼板の製造方法によれば、上記手順並びに条件を採用することにより、優れた塗装耐食性並びに低温靭性を備える高降伏比高強度熱延鋼板を製造することが可能となる。
なお、本発明において「塗装」とは、電着焼付塗装に限定するものではなく、その他の塗装を行ってもかまわず、いかなる「塗装」においても上記効果を享受することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の高降伏比高強度熱延鋼板およびその製造方法の一実施形態について、詳細に説明する。なお、本実施形態は、本発明の高降伏比高強度熱延鋼板およびその製造方法の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0016】
[高降伏比高強度熱延鋼板]
本実施形態の高降伏比高強度熱延鋼板は、質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.4%以下、Al:0.4%以下、Mn:1.2〜2.5%、P:0.1%以下、S:0.01%以下、N:0.007%以下、Ti:0.03〜0.14%、Nb:0.008〜0.06%、B:0.0003〜0.0030%を含有し、かつ、2Mo+Cr:0.2〜1.0%を満たすMoとCrを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼成分を有し、鋼組織が、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを面積率の合計で90%以上、マルテンサイトと残留オーステナイトを面積率の合計で5%以下、フェライトを面積率で10%以下であり、さらに、
鋼板表層に形成されたスケール層中のマグネタイトの体積分率が60%以上、かつ、前記マグネタイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、さらに、前記スケール層中において前記マグネタイトと鉄の共析組織の面積分率が40%以下であり、最大引張強度が780MPa以上かつ降伏比が0.85以上であるとして概略構成されている。
なお、以下では、各元素の量を示す「%」は、質量%である。また、以下に示す基本成分及び選択元素の残部は、鉄及び不可避的不純物からなる。また、上記元素において、下限の規定がないものについては、不可避的不純物レベルまで含むことを示す。
【0017】
『鋼成分』
本実施形態の高強度熱延鋼板の鋼成分を構成する各元素について詳述する。
【0018】
「C:炭素」0.05〜0.15%
Cは、鋼の金属組織制御のために用いられる。C量が0.05%未満であると、十分な引張強度を確保することが難しくなるため、C量は0.05%以上とする。なお、引張強度の確保の観点から、C量は0.06%以上とすることが好ましく、0.07%以上がより好ましい。一方、C量が0.15%を超えると、低温靭性が劣化する。このため、C量の適正範囲を0.15%以下に限定する。なお、引張強度と低温靭性のバランスを考慮すると、C量は0.14%以下とすることが好ましく、0.12%以下とすることがより好ましい。
【0019】
「Si:ケイ素」0.4%以下
本実施形態においては、Si量が0.4%を超えると、デスケーリング性が低下し、その結果、スケール層中のマグネタイト分率が低下して、塗装後耐食性が低下する。さらに、Si量が0.4%を超えると、フェライト分率やマルテンサイト分率や残留オーステナイト分率が増加する傾向があるため、その適正範囲を0.4%以下とに制限する。これらの観点から、Si量は0.2%以下が望ましい範囲である。なお、Si量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0020】
「Al:アルミニウム」0.4%以下
Alは、脱酸および鋼板の金属組織制御のために用いられる。しかしながら、0.4%を超えてAlを含有すると、フェライト分率が増大し、降伏比が低下する。このため、その適正範囲を0.4%以下と制限する。Al量は0.2%以下が望ましい範囲である。また、Al量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0021】
「Mn:マンガン」1.2〜2.5%
Mnは、鋼の強度確保と金属組織制御のために用いられる。Mnの含有量が1.2%未満であると、フェライト分率が増大し、低温靭性と曲げ加工性が低下し、さらに十分な最大引張強度を確保することが難しくなる。また、Mn量が2.5%を超えると、スケール層と地鉄との密着性が低下するとともにスケール層中のマグネタイトの体積分率が低下し、その結果、塗装後耐食性も低下する。このため、Mn量の適正範囲を1.2〜2.5%の範囲に限定する。なお、低温靭性、曲げ加工性、引張強度、及び塗装後耐食性を確保する観点から、Mn量の上限を2.3%とすることが好ましく、下限を1.5%とすることが好ましい。
【0022】
「P:リン」0.1%以下
Pは、鋼の強度確保のために用いられる。しかしながら、0.1%を超えてPを含有すると低温靭性や溶接性が低下するので、その適正範囲を0.1%以下と制限する。なお、好ましくは、P量の上限は0.05%である。また、P量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると精錬工程における製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0023】
「S:硫黄」0.01%以下
Sは、母材の低温靭性に影響する元素である。0.01%を超えてSを含有すると、良好な低温靭性が得られないため、その適正範囲を0.01%以下と制限する。なお、好ましくは、S量の上限は0.005%である。また、S量の下限は特に限定しないが、0.0003%未満であると精錬工程における製造コストが増大するため、0.0003%が実質的な下限である。
【0024】
「N:窒素」0.007%以下
Nの含有量が0.007%を超えると、粗大なTi−Nb系窒化物を形成するため、低温靭性が低下する。このため、その上限を0.007%に制限する。なお、好ましくは、N量の上限は0.005%である。また、N量の下限は特に限定しないが、0.0003%未満であると製造コストが増大するため、0.0003%が実質的な下限である。
【0025】
「Ti:チタン」0.03〜0.14%
Tiは、析出強化元素として用いるとともに、鋼の金属組織制御と粒径制御のために用いる。しかしながら、Tiの含有量が0.03%未満であると、十分な引張強度(TS)を得ることが困難であり、また、Ti量が0.14%を超えると低温靭性が低下する。このため、その適正範囲を0.03〜0.14%に限定する。なお、引張強度の確保の観点から、Ti量は0.05%以上とすることが好ましく、また低温靭性の観点から、Ti量は0.13%以下とすることが好ましい。
【0026】
「Nb:ニオブ」0.008〜0.06%
Nbは、析出強化元素として用いるとともに、鋼の金属組織制御と粒径制御のため用いられる。しかしながら、Nbの含有量が0.008%未満であると低温靭性が低下し、また、Nb量が
0.06%を超えると低温靭性及び曲げ性が低下する。このため、その適正範囲を0.008〜
0.06%に限定する。なお、低温靭性の観点から、Nb量は0.015%以上とすることが好ましく、低温靭性及び曲げ性の観点から、Nb量は0.05%以下とすることが好ましい。
【0027】
「B:ボロン」0.0003〜0.0030%
Bは鋼板の金属組織制御に用いられる。しかしながら、B量が0.0003%未満であると、十分な引張強度を得ることが困難になり、低温靭性及び曲げ性が低下する。また、B量が0.0030%を超えると、低温靭性が低下する。このため、その適正範囲を0.0003〜0.0030%に制限する。なお、引張強度を確保する観点から、B量を0.0006%以上とすることが好ましく、また、低温靭性及び曲げ性の観点から、B量は0.0025%以下とすることが好ましい。
【0028】
「2Mo+Crの合計量」0.2〜1.0%
MoとCrは、鋼の強度確保と金属組織制御と曲げ加工部の塗装後耐食性向上のために用いられる。2Mo+Crの含有量が0.2%未満であると、フェライト分率が増大し、低温靭性と曲げ加工性が低下し、さらに十分な引張強度を確保することが難しくなる。また、2Mo+Crの合計量が0.2%未満であると曲げ加工部の塗装後耐食性改善効果を得ることが困難となる。一方、2Mo+Crの合計が1.0%を超えると、低温靭性が劣化すると共に、塗装後耐食性も低下する。このため、2Mo+Crの合計量の適正範囲は0.2〜1.0%の範囲に限定する。な
お、塗装後耐食性向上の観点から、2Mo+Crの合計量は0.8%以下とすることが好ましい。
【0029】
「V:バナジウム」0.01〜0.12%
上記鋼成分を構成する各元素に加え、さらに質量%で、Vを0.01〜0.12%含有してもよい。
Vは、鋼の強度調整のために用いてもよい。しかしながら、Vの含有量が0.01%未満であると、その効果がなく、また、0.12%を超えると曲げ性と低温靭性が低下するおそれがある。このため、V量の適正範囲を0.01〜0.12%にすることが好ましい。
【0030】
「Cu、Niの1種又は2種」合計量で0.02〜2.0%
また、上記鋼成分を構成する各元素に加え、さらに質量%で、Cu、Niの少なくとも一方を合計で0.02〜2.0%含有してもよい。
Cu及び/またはNiは、鋼の組織制御のために用いてもよい。しかしながら、これらの元素のいずれか1種又は2種の合計含有量が0.02%未満であると、添加に伴う上記効果が無く、また、2.0%を超えると塗装耐食性が低下するおそれがある。このため、これら元素の合計量の適正範囲を0.02〜2.0%にすることが好ましい。
【0031】
「Ca、Mg、La、Ceの1種又は2種以上」合計量で0.0003〜0.01%
また、上記鋼成分を構成する各元素に加え、さらに質量%で、Ca、Mg、La、Ceの1種又は2種以上を合計で0.0003〜0.01%含有してもよい。
Ca、Mg、La、Ceは、鋼の脱酸のために用いてもよい。しかしながら、これらの元素の1種又は2種以上の合計量が0.0003%未満であると、その効果は無く、また、0.01%を超えると低温靭性や曲げ性が低下するおそれがある。このため、これら元素の合計量の適正範囲を0.0003〜0.01%にすることが好ましい。
【0032】
なお、本実施形態における鋼成分は、上記した元素以外の残部は実質的にFeからなり、また上記して元素以外の他の元素については特に限定はなく、不可避不純物をはじめ、本発明の作用効果を害さない各種元素を適宜含有しても良い。
【0033】
『ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを面積率の合計量』
本実施形態の熱延鋼板の金属組織において、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの面積率の合計量は、高い降伏比と、優れた低温靭性と曲げ加工性を確保する上で極めて重要な因子である。ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの面積率が90%未満であると、低温靭性と曲げ加工性が劣位になるため、その適正範囲を90%以上とする。なお、高降伏比と、優れた低温靭性と曲げ加工性をより享受するためには、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの面積率の合計量は95%以上であることがより望ましい。なお、ベイナイトは、粒状ベイナイト、上部ベイナイト、下部ベイナイトのいずれの形態でも構わないが、ラス状の形態を有する下部ベイナイトであることが望ましい。
【0034】
『マルテンサイトと残留オーステナイトの面積率の合計量』
マルテンサイトと残留オーステナイトの面積率の合計量は、高い降伏比と、優れた低温靭性と曲げ加工性を確保する上で極めて重要な因子である。マルテンサイトと残留オーステナイトの面積率の合計量が5%を超えると、後述する本実施形態に係る熱延鋼板の降伏比である0.85以上を確保することが困難になり、さらに低温靭性と曲げ加工性が劣位になるため、その適正範囲を5%以下とする。なお、高降伏比と、優れた低温靭性と曲げ加工性をより享受するためには、マルテンサイトと残留オーステナイトの面積率の合計量は2%以下であることがより望ましい。
【0035】
『フェライトの面積率』
フェライトの面積率は、高い降伏比と低温靭性と曲げ加工性を確保する上で極めて重要な因子である。フェライトの面積率が10%を超えると、降伏比0.85以上を確保することが困難になり、さらに低温靭性と曲げ加工性が劣位になるため、その適正範囲を10%以下とする。なお、高降伏比と、優れた低温靭性と曲げ加工性をより享受するためには、フェライトの面積率は5%以下とすることが望ましい。
【0036】
『スケール層中のマグネタイトの体積分率』
本実施形態に係る熱延鋼板の表面に形成されたスケール層中のマグネタイトの体積分率は、成形後の電着塗装後耐食性を確保する上で極めて重要な因子である。つまり、電着塗装の前処理として行う化成処理によって熱延鋼板表面に形成された化成処理皮膜は、スケール層中のマグネタイト分率が高いほど、良好な形態を示す。そして、良好な形態の化成処理皮膜が形成された熱延鋼板は、電着塗装によって形成される電着塗装皮膜と化成処理被膜との密着性を向上させることができるため、電着塗装後の耐食性が良好となる。しかし、スケール層中のマグネタイト分率が60%未満だと、良好な化成処理皮膜が形成されにくくなり、その結果、化成皮膜上に行う塗装との密着性が低下して耐食性が劣化する。このため、本実施形態においては、スケール層中のマグネタイトの体積分率を60%以上に規定する。また、本実施形態においては、耐食性をさらに向上させる観点から、スケール層中のマグネタイトの体積分率を85%以上とすることがより好適である。
【0037】
『マグネタイトの平均結晶粒径』
本実施形態の熱延鋼板において、スケール層中のマグネタイトの平均結晶粒径は、成形加工部の塗装後耐食性を確保する上で極めて重要な因子である。スケール層中のマグネタイトの結晶粒径が3μmを超えると、良好な下地となる化成処理皮膜が形成されにくくなり、電着塗装後の耐食性が劣化する。そのため、スケール層中のマグネタイトの平均結晶粒径の適正範囲を3μm以下とする。また、本実施形態におけるマグネタイトの平均結晶粒径は、良好な化成処理皮膜を形成するとともに成形加工部の塗装後耐食性を確保する観点から、2μm以下がより好適な範囲である。
なお、本発明において説明するマグネタイトとは、Fe
3O
4の化学式からなるスピネル型の結晶構造を有する酸化物である。また、当該結晶構造において、Feの原子位置にMn、Al、Ti等の原子が一部置換した場合でも塗装耐食性に及ぼす効果は変わらないが、他原子による置換率が30%を超えるとスケールの割れを引き起こす場合があることから、Feの原子位置の他原子による置換率はこれを上限とする。
【0038】
『マグネタイトと鉄の共析組織の面積分率』
スケール層中におけるマグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織の面積分率は、成形加工部の塗装後耐食性を確保する上で極めて重要な因子である。スケール層におけるマグネタイトと鉄のラメラ状共析組織の面積分率が40%を超えると、電着塗装後の耐食性が劣化するので、その適正範囲を40%以下とする。なお、良好な化成処理皮膜を形成するとともに成形加工部の塗装後耐食性を確保する観点から、マグネタイトと鉄のラメラ状の共析組織の面積分率は30%以下とすることが好ましい。
【0039】
『降伏比』
例えば、熱延鋼板を建産機部材に適用する場合、当該熱延鋼板は降伏強度による設計が行われており、建産機部材の軽量化を目的とした熱延鋼板の薄肉化の観点から、最大引張強度に対して降伏強度が高い熱延鋼板が望まれる。しかし、降伏比すなわち、降伏強度を最大引張強度で除した値が0.85未満であると、建産機部材の軽量化や、軽量化に伴う長尺化、大型化の効果が得られないため、本実施形態における熱延鋼板の降伏比は0.85以上に限定する。なお、熱延鋼板の薄肉化効果をより享受するためには、降伏比を0.87以上とすることが好ましい。
【0040】
『最大引張強度』
本実施形態の熱延鋼板最大引張強度が780MPa未満であると、建産機部材の軽量化や長尺化、大型化の効果がほとんど見込めないことから、最大引張強度は780MPa以上に限定する。
【0041】
『ベイナイトと焼戻しマルテンサイトのブロック粒径』
ベイナイトと焼戻しマルテンサイトのブロック粒径は、低温靭性および曲げ性と相関する指標である。ブロック粒径が5μmを超えると低温靭性と曲げ性が劣化するので、その適正範囲を5μm以下と限定した。なお、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトのブロック粒径の下限は特に限定しないが、ブロック粒径は細かい方がより望ましい。
なお、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトのブロック粒径は、熱延鋼板全厚の1/4厚さの部分をEBSD法にて解析を行い測定した。ここで、ブロック粒径とは同じ方位を有するラスの集合体であり、本実施形態においては、隣接するラス間の結晶方位差が5°以下であるものを同じ方位と見なした。
【0042】
[熱延鋼板の製造方法]
次に、上記鋼成分ならびに上記構成を備えたスケール層を有する、本実施形態の高降伏比高強度熱延鋼板を製造する方法について説明する。
本実施形態に係る高降伏比高強度熱延鋼板の製造方法は、1050〜1200℃でスラブ加熱を行い、仕上げ圧延開始時におけるスケール層の平均厚みが3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、次いで、鋼板表面温度820〜980℃の範囲内、累積圧下率を40%以上、さらに仕上げ圧延終了温度を800℃以上として仕上げ圧延を行い、その後、巻取温度を200〜550℃の範囲内としてコイル状に巻取る方法である。
また、本実施形態においては、上記鋼成分ならびに上記構成を備えたスケール層を有する熱延鋼板を製造するにあたり、巻取りまでを上記同様の手順及び条件で行った後、150〜500℃の温度範囲で保持または温度加熱を行う方法とすることができる。
以下、本実施形態の熱延鋼板の製造方法で規定する各手順並びに各条件について説明する。
【0043】
まず、上記鋼成分からなるスラブを加熱する。このようにスラブを加熱することにより、TiやNbを含有する炭窒化物の溶解および析出状態を制御して、鋼板の金属組織や結晶粒径の制御を行い、これにより鋼板の低温靭性を制御する。
スラブ加熱温度が、1050℃未満であると、低温靭性が低下し、一方、1200℃を超えても低温靭性が低下する。このため、その適正条件を1050〜1200℃の間に限定する。なお、より安定した低温靭性を確保する観点から、スラブ加熱温度は1170℃以下がより望ましい上限である。
【0044】
スラブを上記温度範囲に加熱した後、粗圧延、仕上げ圧延を順次行う。この際、粗圧延の条件は特に限定されるものではなく、従来から用いられている各条件を採用することができる。
【0045】
本実施形態において、仕上げ圧延開始時におけるスケール層の平均厚み(平均スケール厚さ)は、熱延後の塗装耐食性に影響する重要な因子である。ここで、従来の製造方法では、通常、仕上げ圧延前にデスケーリングを行い、スケール層を除去することが一般的である。しかしながら、過度のデスケーリングによって、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さが3μm未満になると、熱延後のスケール層において微細なマグネタイト結晶が得られないために良好な化成処理皮膜が得られず、その結果、塗装後の耐食性が劣化する。一方、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さが30μmを超えると、仕上げ圧延後のスケール層と地鉄との界面形状の凹凸が大きくなって疲労特性が劣化するとともに、スケール層中のマグネタイト分率の低下およびスケール層と地鉄の密着性低下を通して、塗装耐食性の劣化も引き起こす。このため、本実施形態の製造方法においては、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さの適正範囲を3〜30μmに限定する。なお、良好な化成処理皮膜を形成するためには、平均スケール厚さは5μm以上とすることが好ましく、またスケール層中のマグネタイト分率及びスケール層と地鉄の密着性を確保する観点からは、平均スケール厚さは10μm以下とすることが好ましい。
なお、仕上げ圧延前に行うデスケーリングの方法は特に限定するものではない。但し、デスケーリングの処理の程度は、鋼成分やデスケーリング時の鋼板温度に応じて変化するので、これら鋼成分や鋼板温度に応じて吐出水の水圧・水量や噴射角度を変化させることにより、デスケーリング後の前記平均スケール厚さを調整することができる。また、前記平均スケール厚さは、デスケーリングによりスケールを除去した後に、仕上げ圧延開始までの温度や保持時間を変えることにより調整することが出来る。
スケール厚さはX線回折法や断面組織観察により測定可能であるが、実際の熱延鋼板製造ラインにおいて、これらの方法によりスケール厚さをその場で測定することは実質的に困難である。このため、実機製造ラインに相当するデスケーリングやデスケーリング処理後の温度及び温度保持の条件を実験室で再現し、これら条件下でのスケール厚さをX線回折法あるいは断面観察法(2か所測定の平均)により定量化し、これにより得られた定量式を元に、実製造ラインで、所望のスケール厚さを有する
鋼板の製造を行うことができる。
【0046】
また、仕上げ圧延において、圧延時の
鋼板表面温度と歪付加量(累積圧下率)は、圧延後に行う冷却後のスケール層中のマグネタイトの結晶粒径と、マグネタイトと鉄とのラメラ状の共析組織の割合に影響を及ぼす重要な因子である。
鋼板表面温度が820℃未満の条件で仕上げ圧延を行うと、スケール層は破砕されてスケール内に空隙が形成され、この結果、スケール層中のマグネタイトの体積分率が低下する。一方、鋼板表面温度が980℃を超える条件で仕上げ圧延を行うと、冷却後にマグネタイトが細粒化せず、マグネタイトと鉄の共析組織の割合が増加する。このため、本実施形態の製造方法においては、仕上げ圧延時の鋼板表面温度の適正範囲を820〜980℃に限定する。
【0047】
また、仕上げ圧延において、上記鋼板表面温度の適正温度範囲内での累積圧下率が40%未満であると、スケール層中のマグネタイトの細粒化効果が得られず、またマグネタイトと鉄の共析組織の割合が増加する。このため、仕上げ圧延時において、上記鋼板表面温度の適正温度範囲内での累積圧下率の適正範囲を40%以上とする。また、本実施形態において、上記鋼板表面温度の適正温度範囲内での累積圧下率は、60%以上がより好ましい範囲である。
なお、本発明で説明する累積圧下率とは、上記温度範囲内で行った仕上げ圧延に関して、仕上げ圧延開始時の初期板厚をt0、仕上げ圧延後の板厚をtfとした場合に、下記式(1)によって求められる量である。
累積圧下率={(t0−tf)/t0}×100 ・・・ (1)
【0048】
また、仕上げ圧延終了温度が800℃未満であると、フェライト分率が増加し、適正な降伏比が得られないと共に、低温靭性が低下する。このため、本実施形態においては、仕上げ圧延終了温度の適正範囲を800℃以上に制限する。また、本実施形態において、高い降伏比及び優れた低温靭性を確保する観点から、仕上げ圧延終了温度は850℃以上とすることが好ましい。
なお、仕上げ圧延においては、通常は複数回のロール圧延を行うので、上記鋼板表面温度の温度範囲内での累積圧下率40%以上の圧延を含む条件であれば、それ以外の条件の圧延処理を行っても構わない。
【0049】
上記各条件を満足する仕上げ圧延を施した後、熱延鋼板の冷却を行う。本鋼成分範囲内であれば、当該冷却の条件は特に限定されるものではなく、従来から用いられている各条件を採用することができる。
【0050】
次に、本実施形態発明の製造方法において、上記仕上げ圧延を完了した鋼帯を巻き取る際の巻取温度は、熱延鋼板の金属組織とともに、スケール層中のマグネタイトの体積分率とマグネタイト粒径とマグネタイトと鉄の共析組織の割合を制御するための重要な因子である。
鋼帯の巻取温度が200℃未満の場合、マルテンサイト分率が増加して低温靭性が低下すると共に、降伏比が低下する。また、巻取温度が200℃未満の場合は、スケール層においてマグネタイトへの変態が十分に起こらないために良好な塗装耐食性が得られない。一方、鋼帯の巻き取り温度が550℃を超えると、フェライトの分率が増加するとともに、マルテンサイトと残留オーステナイトの分率が増加し、降伏比が低下する。このため、本実施形態の製造方法においては、鋼帯の巻取温度の適正範囲を200〜550℃の範囲内に制限する。なお、マグネタイトの粒径をより適正範囲にする観点から、巻取温度は500℃以下が望ましい。
【0051】
また、本実施形態において、前記巻取温度の範囲内で巻取りを行いコイル状の熱延鋼板とした後、150〜500℃の間で熱延鋼板を再加熱してもよい。この再加熱により、マルテンサイト分率を低下させて、高い降伏比と良好な低温靭性をより得ることが可能になる。
再加熱温度が150℃未満であると、マルテンサイト分率を低下させる効果が少なく、また再加熱温度が500℃を超えると最大引張強度として780MPa以上を確保することが難しくなる。なお、再加熱温度としては400℃がより望ましい上限である。なお、再加熱を行い保持する時間は特に限定をしないが、30分以上かつ3日間以下であることが望ましい。
【0052】
なお、本実施形態において、スケール層中のマグネタイトの体積分率は、熱延鋼板表面をX線回折法で測定するか、あるいは、熱延鋼板断面をEBSD法(電子線後方散乱電子回折法)によって測定してもよい。
また、マグネタイトの平均結晶粒径は、熱延鋼板断面において、EBSD法によって100個以上の結晶粒を測定し、その公称粒径として求めることができる。
また、マグネタイトと鉄の共析組織はラメラ状の形態を有しており、走査型電子顕微鏡で撮影した写真の画像解析により、その面積分率を定量化することが出来る。
【0053】
以上説明したような本実施形態に係る高降伏比高強度熱延鋼板によれば、上記構成により、スケール層を有する熱延鋼板に電着塗装を施した場合であっても、スケール層と地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能となり、優れた塗装耐食性と低温靭性が得られる。これにより、従来の熱延鋼板を建産機用部品に適用する場合においては腐食による減肉量を見込んだ部品板厚が設定されていたのに対し、本実施形態の高降伏比高強度熱延鋼板は、優れた塗装耐食性が得られることから、適用する部品の板厚を薄くすることが可能となり、その結果建産機の軽量化と長大化が可能となる。
また、本発明の塗装耐食性と低温靭性に優れた高降伏比高強度熱延鋼板の製造方法によれば、上記手順並びに条件を採用することにより、優れた塗装耐食性並びに低温靭性を備える高強度熱延鋼板を製造することが可能となる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明に係る塗装耐食性と低温靭性に優れた高降伏比高強度熱延鋼板の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前記及び後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0055】
本実施例においては、まず、下記表1に示す鋼成分を有する鋼番号A〜Yの鋼を鋳造した後、このスラブを再加熱し、粗圧延を行った。
次いで、デスケーリング装置を用いて、スケール層の平均残存厚さを変化させた上で、下記表2に示す条件で仕上げ圧延を行なった。その後、所定の温度で巻き取り処理を行う処理を行った。
そして、上記手順で得られた本発明例及び比較例の熱延鋼板について、以下に説明するような評価試験を行った。
【0056】
まず、スケール層中のマグネタイトの体積分率については、X線回折法により定量し、またスケール層中に存在するマグネタイトの結晶粒径はEBSD法にてマグネタイト相の分離を行ったうえで、その粒径を測定した。なお、X線回折法では下地の鉄とスケール層中の鉄を区別できないため、EBSD法等の断面観察法で求めた分率とは差異が生じる場合がある。この場合は、断面観察法により求めた値を採用するものとする。
また、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトのブロック粒径は、鋼板全厚の1/4厚さの部分をEBSD法にて解析を行った。ここで、ブロック粒径とは同じ方位を有するラスの集合体であり、隣接するラス間の結晶方位差が5°以下であるものを同じ方位と見なした。
【0057】
また、熱延鋼板の引張特性は、各々の熱延鋼板からJIS5号試験片を採取し、引張方向が圧延方向垂直方向(C方向)になるような条件で行い、最大引張強度(TS)と降伏強度を測定した。なお、降伏強度は、上降伏点が観られるものは、上降伏点強度を降伏強度とし、上降伏点が観られない場合には0.2%伸びでの流動応力を降伏強度とした。得られた最大引張強度と降伏強度から降伏比(YR)を求めた。
【0058】
また、熱延鋼板の低温靭性は、JIS Z2242に記載の方法に従い、圧延方向の試験片を用いた2mmVノッチシャルピー衝撃試験により評価を行った。なお、本発明では、試験温度を−40℃として行ったときの吸収エネルギーvE
−40が40J/cm
2以上、延性脆性遷移温度vTrsが−20℃以下である場合を良好(表2において「○」と表記)として評価した。
曲げ性は、90°のV曲げ試験により評価し、割れが発生しなかった最小のパンチ先端半径をR、素材の板厚をtとした時に、R/tが0.5以下の場合に曲げ性が良好なものとして(表2において「○」と表記)と評価した。
また、成形加工後の塗装耐食性については、まず、得られた熱延鋼板(スケール層付き)に対して90°のV曲げ加工を行い、次いで、当該熱延鋼板を脱脂し、次いで、前処理としてリン酸亜鉛処理(化成処理)を行った後、カチオン電着塗装を25μmの厚さで行った。そして、電着塗装表面に線状の疵を付与した後、JIS Z2371に記載の方法に従って200hの塩水噴霧試験(SST試験)を行い、この試験後に、テープ剥離試験を行った際の塗膜剥離幅を測定した。そして、塗膜剥離幅が2mm以下のものを耐食性が良好なもの(表2において「○」と表記)、塗膜剥離幅が2mmを超えるものを耐食性が不良なもの(表2において「×」と表記)として二段階評価した。なお、本発明において塗装とは、電着焼付塗装に限定するものではなく、その他の塗装を行ってもかまわない。
【0059】
下記表1に鋼成分の一覧を示すとともに、下記表2に、作製した熱延鋼板に存在するスケール層の解析結果、引張強さ(TS)、降伏比(YR)、曲げ性、低温靭性、塗装耐食性の評価結果の一覧を示す。なお、下記表2中において、各見出しは以下の項目を示す。
【0060】
SRT :スラブ加熱温度
t
scale :仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さ(mm)
Red :820〜980℃間の累積圧下率(%)
FT :最終仕上げ圧延温度(℃)
CT :巻き取り温度(℃)
RT :巻き取り完了後の再加熱温度(℃)
d
B :焼戻しマルテンサイトとベイナイトのブロック粒径(μm)
f
F :フェライトの面積分率(%)
f
M+γ :マルテンサイトと残留オーステナイトの合計の面積分率(%)
f
TM+B :焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計の面積分率(%)
f
mag :スケール層中のマグネタイトの体積分率(%)
d
mag :マグネタイトの平均粒径(μm)
f
e :スケール層中のマグネタイトと鉄の共析組織の面積分率(%)
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
表2に示すように、本発明で規定する各条件で作製され、また、本発明で規定する範囲のスケール層中のマグネタイトの体積分率、マグネタイトの平均結晶粒径、マグネタイトと鉄の共析組織の面積分率、金属組織が制御された本発明例の熱延鋼板は、何れも、TSが780MPa以上であり、降伏比が0.85以上であり、vE
−40が50J以上であり、また、曲げ性ならびに曲げ加工部の塗装耐食性の評価が「○」であった。これにより、本発明の高降伏比高強度熱延鋼板が、塗装耐食性と低温靭性に優れていることが明らかとなった。
【0064】
これに対して、表2に示す比較例の熱延鋼板は、スケール層中のマグネタイトの体積分率、マグネタイトの平均結晶粒径、並びに、マグネタイトと鉄の共析組織の面積分率、金属組織の何れかが本発明の規定範囲を満たしていないことから、曲げ加工性、塗装耐食性、及び低温靭性の少なくとも何れかが劣る結果となった。
【0065】
試験番号A−2は、スラブの加熱温度が適正範囲よりも高かったため、低温靭性が低下した例である、一方、試験番号A−3は、スラブの加熱温度が適正範囲よりも低かったため、十分な引張強度を得ることができず、また低温靭性も低下してしまった例である。
試験番号A−4は、デスケーリングを過度に行い、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さが小さい状態であったためマグネタイト結晶粒が大きく、塗装耐食性が不良の評価となった例である。
また、試験番号A−6は、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さが本発明の規定範囲に比べて過大であったため、マグネタイト分率が少なくなり、塗装耐食性も不良の評価となった例である。
また、試験番号A−8、B−2は、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚は適正だったものの、仕上げ圧延中にスケール層に歪が付与されなかった(累積圧下率が小さかった)ため、マグネタイト結晶粒が微細化せず、マグネタイトと鉄の共析組織分率が過大になり、塗装耐食性が不良NGとなった例である。
また、試験番号A−9は、最終仕上げ圧延温度が低かったため、スケール層の破壊が起こり、マグネタイト分率も小さくなり、塗装耐食性が不良となり、さらにフェライト分率が過大になり、降伏比が低下し、さらに低温靭性が低下した例である。
また、試験番号A−10は、巻き取り温度が適正範囲超であったことから、フェライト分率が過大になり、降伏比が低下し、さらに低温靭性が低下した例である。
また、試験番号A−12は、巻き取り温度が適正範囲未満であったことから、ウスタイトからマグネタイトへの変態が十分に起こらなかったため、耐食性が不良となり、さらにマルテンサイト分率が低下して降伏比が適正範囲以下になった例である。
【0066】
また、試験番号F−1、I−1、J−1、S−1は、鋼成分が適正でなく、またこれに伴ってマグネタイト分率やマグネタイト粒径が適正範囲外となり、塗装耐食性が不良となった例である。
また、試験番号F−1、G−1、H−1、K−1、L−1、M−1、N−1、O−1、P−1、Q−1、R−1、S−1、T−1、U−1、V−1は、鋼成分が適正でなかったため、最大引張強度が780MPa未満であり、また降伏比や低温靭性や曲げ性が低下した例である。
【0067】
以上説明した実施例の結果より、本発明の熱延鋼板が、最大引張強度780MPa以上を有し、さらに降伏比0.85以上であり、スケール層を有する本発明に係る熱延鋼板に対する成形加工の後に電着焼付塗装を施した場合であっても、塗装後の耐食性に優れ、さらに低温靭性や曲げ加工性に優れていることが明らかである。