(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明者らは、上記の課題、特に、熱間塑性加工における局部的な高面圧を生じる部位、工具と被加工材界面など、潤滑剤の供給が困難な部位における潤滑剤の供給難に起因する焼付きや工具損耗を防止する方法について検討した。その結果、ガラス粉末からなる潤滑剤をフレーム溶射により吹き付けることにより、熱間の被加工材や工具表面の、特に潤滑剤の供給が困難な部位にも潤滑剤を供給することができ、その部位に潤滑被膜を形成して、焼付きや工具の損耗を防止できることを知見した。
【0032】
ガラス溶射による潤滑被膜の形成について公知の文献等は見あたらないが、コーティング材としてのガラス溶射皮膜については、幾つかの報告がなされている。例えば、非特許文献1および2には、ガラス溶射とその皮膜特性に関する研究結果が報告されており、基材(被溶射材)の表面温度をガラスの軟化点以上に保つことにより、通常の粉末式フレーム溶射装置で、ポロシティーや割れなどの欠陥のないガラス皮膜が得られること、ガラス溶射皮膜の耐衝撃性、耐熱衝撃性は非常に優れていること、などが記載されている。
【0033】
また、特許文献1には、廃棄自動車の窓ガラスの粉末にホウ珪酸ガラス粉末を所定量添加して、フレーム溶射装置の溶射用材料として利用する廃棄窓ガラスの有効利用方法が記載されており、ポロシティーのない溶射皮膜が得られるとしている。
【0034】
一般にガラス溶射は非常に難しいとされているが、これは、前記文献にも記載されるように、ポロシティーなどの欠陥のない高品質のガラス皮膜を得ることが前提になっているからであって、溶射により金属材料等の表面に潤滑被膜を形成させるという観点からみた場合、溶射には、次に示すように多くの利点が認められる。
【0035】
すなわち、ガラスは高温で軟化し粘性流体として作用するため、熱間加工において良好な潤滑性を発揮し得る。また、ガラスは熱間加工を行うような高温でも酸化焼失することがない。更には、高温でも高粘度を維持するため垂れ落ちにくい。このため、加工前の熱間材に塗布しても潤滑被膜を必要箇所に付着させ維持できる。
【0036】
ガラスの溶射では、ガラス粉末を溶融させて噴射するため、つまり液状のガラスを噴射するため、ほぼ全量が熱間材等の表面に付着する。このため、ガラスの溶射では、所望の膜厚で付着させることができる。
【0037】
ガラスの溶射では、溶射ガンによって溶射粒子を噴射するため、ノズルでスプレー塗布する場合と同様に、必要な部位のみに必要な量を供給できる。このため、余剰のガラスが押し込まれて疵になるようなことがない。また、余剰ガラスが付着して設備を汚染するようなこともない。
【0038】
ガラスの溶射により形成された溶融ガラス潤滑被膜は高粘度の粘性流体として作用するため、工具と被加工材の接触を防止し焼付きや工具の損耗を防ぐことができる。
【0039】
本発明はこのような知見ならびにガラスのもつ潤滑剤としての利点を考慮してなされたもので、その要旨は前記(1)〜(
16)に示したとおりである。
【0040】
前記(1)の熱間加工用潤滑剤は、
管を製造する熱間加工用潤滑剤であって、
ガラス粉末を含有し、使用に際し、当該潤滑剤を溶射材として、金属材料表面にフレーム溶射により膜厚100〜1×10
4μmの潤滑被膜を形成させ
、前記ガラスの粘度が100Pa・s(1000ポアズ)となる温度が、500℃以上1300℃以下であり、前記ガラス粉末の平均粒径が、0.1〜2×103μmであり、前記ガラス粉末を含有する潤滑剤が、ガラス以外の固体粉末を0.1〜60vol%含有する潤滑剤である。
【0041】
熱間加工用の潤滑剤としてガラス粉末を含有する潤滑剤を用いるのは、ガラスが前述のような利点を有しているからである。
【0042】
さらに、熱間塑性加工の過酷度に応じてガラスの高温粘性を適正化することが必要になるが、ガラスの高温粘性はガラス組成によって異なるので、希望する粘度となる組成のガラスを選定すればよい。溶融時の粘度が高いガラスでは、せん断抵抗が大きくなり摩擦係数は高くなる傾向にあるが、一方で膜強度は高く、耐焼付き性は良好である。逆に、溶融時の粘度が低いガラスでは、せん断抵抗は低く流体潤滑時の摩擦係数は低くなるが、膜強度は比較的弱く、耐焼付き性は高粘度ガラスに比べ劣る。このように、加工の状況に応じて適宜溶射するガラスを選ぶことができる。
【0043】
ガラスは2種類以上の組成のものを混合して使用してもよい。この場合、溶射後十分に時間があり、溶射被膜内で相互の拡散が十分に進行する場合には、粘度は可成性があり中間的な値を示す。一方、フレーム溶射によりガラスを金属材料表面に付着させた後、短時間で熱間加工される場合は、高粘度の溶融ガラスと比較的低粘度の溶融ガラスが混在する状況となり、低粘度溶融ガラスで摩擦係数を低く維持しつつ、高粘度溶融ガラスで耐焼付き性を維持できる。
【0044】
溶射材として用いるのはこのガラス粉末のみでもよいが、ガラス粉末に加え、ガラス以外の固体粉末を加えることができる。一般に、溶射材を付着させるためには、溶射される粉末が溶融して液体になる必要があるが、ここで混合するガラス以外の固体粉末は溶融や軟化しないものであっても使用できる。一緒に溶射されるガラスが溶融するため、これら固体粉末を抱き込んで付着するからである。これらの固体粉末は、加工の際に溶けたガラスの中に分散し、ちょうど固体潤滑剤のように加工界面に介在して焼付きや工具損耗を防止する。
【0045】
また、溶射で燃焼してしまうような固体粉末を混合することもできる。例えば、フレーム溶射により噴射する場合、同固体粉末は一部焼失してしまうことは避けられないが、一緒に噴射された溶融ガラスがこれらの固体粉末を濡らして包み込むことにより燃焼から防ぐ効果がある。従って、通常は焼失するような固体粉末も混合することができる。
【0046】
固体粉末としては、例えば、黒鉛、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、フッ化カルシウム、炭酸カルシウム、窒化ホウ素、マイカ(雲母)、などの一般的な固体潤滑剤や、鉄、亜鉛、銅、クロム、ニッケルなどの金属およびその酸化物なども使用できる。その他、溶射の際にかなり酸化焼失し減少するが、有機の粉末も使用できる。ポリエチレン、PTFEなどのポリマー粉末や、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸亜鉛などの石鹸類が例として挙げられる。
【0047】
固体粉末の配合量は、固体粉末を含む溶射材全量に対して0.1〜60vol%とす
る。0.1vol%未満では固体粉末配合の効果(例えば、前記の、加工界面に介在して焼付きや工具損耗を防止する効果)が十分得られないことがあり、逆に60vol%を超えるとガラス分が不足するため付着性が低下することがある。
【0048】
前記(1)の熱間加工用潤滑剤は、使用に際して、上記のガラス粉末、またはこれに固体粉末を混合した粉末を溶射材として、金属材料表面にフレーム溶射により潤滑被膜を形成させる。溶射の方法としては、溶射材がガラス(つまり、絶縁体)であることから、基本的にはフレーム溶射が使用できる。また、その一種である高速フレーム(High Velocity Oxygen Fuel:HVOF)溶射も使用できる。
【0049】
フレーム溶射に用いる溶射材としては粉末を使用するのがよい(粉末式フレーム溶射)。フレーム溶射に用いる溶射材として、一般的には線状または棒状のものを用いる方法もあるが、これらの方法は、溶射材を事前に加工する必要が生じるので、実用的ではない。また、アーク溶射やプラズマ溶射などの電気的溶射はガラス粉末の溶射には適さない。
【0050】
図1は、粉末式フレーム溶射についての説明図で、溶射ガンの概略構造を示す図である。
図1に示すように、粉末式フレーム溶射は、アセチレンなどの燃焼ガスを酸素と混合して燃焼させ、その燃焼炎中に粉末状の溶射材(ガラス粉末)を投入し、燃焼炎中で溶融させて高速のガス流により加速し、溶融粒子1として基材2に衝突させ、被膜3を形成するプロセスである。
【0051】
燃焼ガスは一般的なフレーム溶射に用いるものをそのまま利用できる。酸素−アセチレンの混合ガス、酸素−水素の混合ガス、酸素−プロパンの混合ガスなどが一般に用いられ、それぞれの混合比率を変えることでフレーム温度をコントロールすることができる。
【0052】
粉末を溶射ガン(以下、「溶射ノズル」ともいう)内に供給するキャリアーガスとしては、一般に窒素などの不活性なガスが使用されており、本発明でもこれらをそのまま使用できる。
このように、燃料ガスの種類、供給量、キャリアーガスの流量などの溶射の条件は適宜調整することができる。
【0053】
ガラス粉末を溶射する際の被溶射材(この場合は、金属材料)と溶射ノズル間の距離は一般的な100〜250mmとするのが適している。但し、高温の材料(熱間材)に溶射する場合は熱間材からの輻射熱によりノズルが高温になるので、被溶射材との距離を長めに取るか、ノズルを輻射熱から遮断するための遮蔽板を設けるなどの対策を講じるのが望ましい。
【0054】
前記(1)の熱間加工用潤滑剤では、上記のガラス粉末を含有する熱間加工用潤滑剤を溶射材として、金属材料表面にフレーム溶射により潤滑被膜を形成させるのであるが、その場合、膜厚を100〜1×10
4μmとする。膜厚が100μmに満たない場合は潤滑剤の供給が不十分になるおそれがあり、膜厚が1×10
4μmを超える場合は、十分に溶融しない可能性があり、この場合固化したガラス潤滑膜が押し込みなどの疵を生じることがある。また、潤滑効果が飽和するため潤滑剤が無駄に消費されることとなる。実際の操業においては、実績を踏まえて、金属材料表面における溶射被膜の形成部位に応じ、この範囲内で適宜膜厚を調整するのがよい。
【0055】
前記(1)の熱間加工用潤滑剤において、ガラスの粘度が100Pa・s(1000ポアズ)となる温度が、500℃以上1300℃以下であ
る。高温粘度は溶射するガラスの重要な物性であり、1000ポアズとなる温度が高いほど高温粘度は高く、低いほど高温粘度は低くなる。1000ポアズとなる温度が500℃より低い温度のガラスでは、粘度が低すぎ付着後に垂れ落ちてしまい潤滑性が不足することがある。一方、1000ポアズとなる温度が1300℃を超えると、熱間材に直接当たる第1層目は付着しても、更にその上へは付着し難い場合がある。
【0056】
また、前記(1)の熱間加工用潤滑剤において、ガラス粉末の平均粒径が0.1〜2×10
3μmであ
る。平均粒径がこの範囲を外れて大きい場合は、溶射粉末が装置内で詰まるなど供給に問題を生じることがある。一方、平均粒径が0.1μmより小さい場合は、粉末供給機によっては流れが悪くなり詰まりを生じることがある上に、微粉砕する必要があるので経済的に不利である。溶射被膜の均一性などを考慮すると
、望ましい平均粒径は100〜800μmである。なお、ガラス粉末は大きな塊を砕いて小さくして作るのが一般的であるから、粉末粒子は必ずしも球形ではないが、特に問題とはならない。また、粒径は一定の分布を持つがこれも大きな問題とはならない。
【0057】
ガラス粉末に配合する固体粉末の粒径は、ガラス粉末と同じく0.1〜2×10
3μmであることが望ましい。より望ましくは、100μmから800μmである。
【0058】
以上説明した熱間加工用潤滑剤は金属材料表面を対象とする潤滑剤である。
これに対し、前記(
2)の熱間加工用潤滑剤は、加工用工具表面を対象とする潤滑剤である。すなわち、
管を製造する熱間加工用潤滑剤であって、
ガラス粉末を含有し、使用に際し、当該潤滑剤を溶射材として、加工用工具表面にフレーム溶射により膜厚10〜5×10
3μmの潤滑被膜を形成させ
、前記ガラスの粘度が100Pa・s(1000ポアズ)となる温度が、300℃以上1000℃以下であり、前記ガラス粉末の平均粒径が、0.1〜2×103μmであり、前記ガラス粉末を含有する潤滑剤が、ガラス以外の固体粉末を0.1〜60vol%含有する熱間加工用潤滑剤である。
【0059】
フレーム溶射による潤滑被膜の形成は、金属材料表面のみならず、加工用工具表面にも行うことができる。しかし、工具表面に前述のガラス粉末を溶射する場合、工具の表面温度は常温付近まで低下している場合が多いので、一旦溶けたガラスが工具表面に付着し、それと同時に冷えて固化する。その際、ガラスが熱収縮して界面に歪みを生じ、溶射膜が剥離しやすい。したがって、加工用工具表面へガラス粉末を溶射する際は、金属材料表面へ溶射する場合に比べて、比較的薄膜にすることが必要になる。なお、溶射膜の剥離防止対策としては、他に、低粘度のガラスの使用、工具表面の粗面化、更にはガラス以外の固体粉末を配合なども有効である。
【0060】
そのため、加工用工具表面を対象とする場合の膜厚は10〜5×10
3μmとする。膜厚が10μmに満たない場合は潤滑剤の供給が不十分になるおそれがあり、膜厚が5×10
3μmを超える場合は、剥離しやすくなる。実際の操業においては、前記の金属材料表面を対象とする潤滑剤と同様、加工用工具表面における損耗の生じやすさ等を勘案して、この範囲内で適宜膜厚を調整するのがよい。
【0061】
前記(
2)の熱間加工用潤滑剤において、ガラスの粘度が100Pa・s(1000ポアズ)となる温度が、300℃以上1000℃以下であ
る。工具の表面温度は常温付近まで低下している場合が多いので、低粘度のガラスを用いることが溶射膜の剥離防止対策として有効である。1000ポアズとなる温度が300℃以下では、加工時に熱間材と接触し粘度が下がりすぎて潤滑性が不足する場合があり、1000℃より高い場合は付着し難い場合がある。
【0062】
また、前記(
2)の熱間加工用潤滑剤において、ガラス粉末の平均粒径が0.1〜2×10
3μmであ
る。これは、前記の金属材料表面にフレーム溶射する場合と同様で、平均粒径がこの範囲より大きい場合は、溶射粉末が装置内での詰まりが生じ、この範囲より小さい場合は、粉末供給機によっては流れが悪くなって詰まりを生じることがあり、また、微粉砕化のための費用が嵩むこととなる。溶射被膜の均一性などを考慮すると
、望ましい平均粒径は100〜800μmである。
【0063】
さらに、前記(
2)の熱間加工用潤滑剤において、ガラス粉末を含有する潤滑剤が、ガラス以外の固体粉末を0.1〜60vol%含有す
る。これも、前記の金属材料表面にフレーム溶射する場合と同様で、固体粉末を加工界面に介在させて焼付きや工具損耗の防止効果を高めることが可能になる。
【0064】
固体粉末の配合量は、前述のように、少なすぎると効果が十分に得られないことがあり、多すぎると潤滑剤の付着性が低下することがあるので、0.1〜60vol%とするのが適当である。
【0065】
以上述べた本発明の熱間加工用潤滑剤は、金属材料表面または加工用工具表面、特に、工具と被加工材界面など潤滑剤を供給するのが難しい部位や、局部的な高面圧を生じる部位に供給することができ、その部位に優れた潤滑性を付与することができる。
【0066】
例えば、この潤滑剤は、後述するように、継目無鋼管の熱間押拡げ穿孔や熱間押出加工において、ビレット内端面(内側エッジ部)から内面にかけて発生しやすい穿孔プラグとの接触による焼付きや工具損耗を防止し、あるいはダイスと押出管の間の焼付きやダイスの損耗を防止するために、効果的に使用することができる。
【0067】
熱間加工用潤滑被膜は、金属材料表面に形成された潤滑被膜であって、当該潤滑被膜はガラス粉末を含有する粉末を溶射材として、フレーム溶射により形成された100〜1×10
4μmの膜厚を有
してもよい。すなわち、前記(1)の潤滑剤を金属材料表面に形成させた潤滑被膜であり、熱間での塑性加工時に優れた潤滑機能を発揮する。
【0068】
溶射材として使用されるガラス粉末を含有する粉末とは、前述のガラス粉末またはこれに固体粉末を加えた粉末である。固体粉末の種類や、望ましい含有量は前述のとおりである。
【0069】
フレーム溶射により形成された潤滑被膜の膜厚は100〜1×10
4μmである。膜厚の限定理由は前記のとおりで、潤滑被膜の膜厚が100μmに満たないと、潤滑機能が十分に発揮されない場合があり、膜厚が1×10
4μmを超えると、潤滑効果が飽和するだけではなく、潤滑剤の無駄な消費を増大させることとなる。
【0070】
また
、熱間加工用潤滑被膜は、加工用工具表面に形成された潤滑被膜であって、当該潤滑被膜はガラス粉末を含有する粉末を溶射材としてフレーム溶射により形成された10〜5×10
3μmの膜厚を有
してもよい。
【0071】
この潤滑皮膜は、金属材料表面ではなく加工用工具表面に形成された潤滑被膜である。すなわち、前記(
2)の潤滑剤を加工用工具表面に形成させた潤滑被膜であり、熱間での塑性加工時に優れた潤滑機能を発揮する。
【0072】
被膜の膜厚範囲が、金属材料表面に形成された膜厚範囲より薄い側にあるのは、前述のように、工具の表面温度は高温から常温付近までと変動が大きく、膜厚が厚いと剥離しやすいからである。
【0073】
前記(
3)の熱間加工方法は、金属材料の熱間塑性加工において金属材料表面の一部または全面に施す潤滑剤として、前記(1
)に記載の熱間加工用潤滑剤を用いる加工方法である。また、前記(
4)の熱間加工方法は、金属材料の熱間塑性加工において加工用工具表面の一部または全面に施す潤滑剤として、前記(
2)に記載の熱間加工用潤滑剤を用いる加工方法である。
【0074】
これらいずれの加工方法においても、本発明の熱間加工用潤滑剤を使用するので、金属材料表面、特に、工具と金属材料の界面など潤滑剤を供給するのが難しい部位や、局部的な高面圧を生じる部位に潤滑剤を供給することができ、焼付きや工具の著しい損耗を生じることなく、加工をすることができる。
【0075】
本発明の熱間加工用潤滑剤を施す部位は、金属材料表面、加工用工具表面のいずれにおいても、その一部または全面である。必要に応じて適宜施せばよい。
【0076】
本発明の熱間加工方法は、例えば、ユジーン・セジュルネ製管法による継目無鋼管の熱間押拡げ穿孔または熱間押出加工において、ビレット内端面(内側エッジ部)から内面にかけて発生しやすい穿孔プラグとの接触による焼付きや工具の損耗、ダイスと押出管の間の焼付きやダイスの損耗を効果的に防止することができる。
【0077】
図2は、継目無鋼管の熱間押拡げ穿孔または熱間押出加工における潤滑の現状を模式的に示す図で、(a)は竪プレスによる熱間押拡げ穿孔の場合、(b)は横プレスによる熱間押出の場合である。
【0078】
図2(a)に示すように、ポット4内に挿入されたビレット5に対し、穿孔プラグ6が上方から押し込まれるが、ビレット5の内端面とプラグ6との接触部(図中に破線で囲んだアプセット部7)が局部的な高面圧となり、ビレット5の上端に載置された上乗せガラス8の溶け込みも排除されて、無潤滑状態になる。その結果、アプセット部7における焼付きや工具の損耗が生じやすい。
【0079】
また、
図2(b)に示すように、熱間押出では、押出初期に、ビレット5の端面に相当する部位からマンドレル9とダイス10の間を通して白抜き矢印で示す方向に押し出されるが、図中に破線で囲んだビレット5とダイス10の接触部ではガラス潤滑剤11が不足して、ダイス10と押出管12の間の焼付きやダイスの損耗が生じやすい。
【0080】
このような場合は、ビレット内端面など特に高面圧となる部位には、高粘度ガラスを用い、前記100〜1×10
4μmの膜厚範囲内で厚めの膜厚が形成されるように多量のガラスを溶射するのがよい。
【0081】
図3は、ビレットの端面または内端面(内側エッジ部)にガラスを溶射する場合の状態を模式的に例示する図である。
図3に示すように、ビレット5を回転させながら噴射ガン13から内側エッジ部に向けてガラスを溶射することにより、局所的に潤滑強化することができる。
【0082】
前記
図2(a)に示した熱間押拡げ穿孔に用いるプラグに溶射する場合は、プラグを回転させながら円錐部の側面全体、あるいは穿孔初期にビレット内端面と接触する最も損傷を浮けやすい部位を中心に、剥離を考慮して、前記膜厚の範囲内で厚めに溶射すればよい。
【0083】
また、前記
図2(b)に示した熱間押出に用いるマンドレル表面に溶射する場合は、マンドレルを回転させながら溶射ガンを軸方向に移動するなどして溶射すればよい。特にビレットのボトム側と接触するマンドレルの部位は長時間熱間材に触れるため、溶射するガラスも膜厚を前記の範囲内で厚くするなどするのがよい。また、この部位のみ高粘度のガラス系粉末を溶射するなどしてもよい。
【0084】
ビレット内外面への溶射については、例えば、加熱後のビレットの搬送途中などにおいて、ビレット端面の一方から内孔に向けてガラス粉末を溶射すればよい。この時、溶射ノズルをロボットなどで動かして内端面全周および内孔の奥まで塗布する方法を採るのがよい。また、ビレットをターニングローラーなどの上で回転させて内孔全周に塗布してもよい。ビレット外面に塗布する場合は、ビレットを回転させながら噴射ガンを軸方向に移動させるなどして塗布すればよい。
なお、ガラス粉末を溶射する際、溶融したガラスが流動し加工時に広がるため、必ずしも全面均一に溶射する必要はない。
【0085】
ここで、個々の熱間塑性加工プロセスにおいて本発明の熱間加工方法を実施するに際し、本発明の熱間加工用潤滑剤を施す際の方法(すなわち、フレーム溶射方法)について具体的に説明する。
【0086】
ユジーン・セジュルネ製管法による熱間押拡げ穿孔または熱間押出加工において本発明の熱間加工用潤滑剤を適用する方法は前述のとおりである。
【0087】
図4は、熱間穿孔圧延により、継目無管を製造するために用いられる穿孔機の構成例を模式的に示す上面図である。
図4に示すように、穿孔機30は、一対の傾斜ロール31と、穿孔プラグ32と、芯金33と、プッシャ34とを備える。
【0088】
一対の傾斜ロール31は、パスラインXに対して交叉および傾斜した状態(
図4のγは交叉角)で、穿孔プラグ35の周りに対向して配設される。穿孔プラグ35は、芯金33の先端に嵌め込まれて芯金33と結合され、穿孔機30の出側となる傾斜ロール31同士の間のパスラインX上に配置される。
【0089】
プッシャ34は、穿孔機30の入側のパスラインX上に配置し、パスラインX上に供給されたビレット35の後端に当接して、ビレット35を押圧する。これにより、ビレット35は、パスラインXに沿って傾斜ロール31およびプラグ32に向けて搬送され、一対傾斜ロール31に噛み込む。そして、ビレット35は、傾斜ロール31により、中心軸側に押圧されながら回転され、穿孔プラグ32により穿孔される。これにより、中空素管が得られる。
【0090】
このような穿孔機30を用いた熱間穿孔圧延(傾斜ロール式穿孔)においては、穿孔前のビレット35において穿孔開始側の端面に向けて潤滑剤を溶射するとよい。ビレット35が中空ビレットである場合は、前述の熱間押拡げ穿孔の場合と同様に、内端面から内孔に向けて溶射するなどすればよい。また、穿孔プラグ32に溶射する場合も熱間押拡げ穿孔の場合と同じように溶射すればよい。熱間穿孔圧延の場合、プラグ32先端部の損傷が懸念されるので、プラグ32の先端に高粘度のガラス粉末を使用し、あるいは溶射量を増やすなどの処置を採るのがよい。
【0091】
また、熱間穿孔圧延時の主ロール(傾斜ロール31)を潤滑する場合は、ビレット35と主ロールのスリップを防止するため、高温粘度の高いガラス粉末を溶射材として使用することが望ましく、回転しながら穿孔されるビレット35の側面に向けて溶射するか、回転する主ロールに直接溶射すればよい。溶射被膜は熱間材(ビレット)に触れて溶融し、最終的にはロール表面に溶融した潤滑被膜が形成される。ディスクロール(
図4では、図示を省略)を潤滑する場合は、ロールに向けて直接溶射するなどすればよい。
【0092】
穿孔プラグ32の表面には、通常、プラグ32を保護するためのスケール被膜が形成されている。スケール被膜の組成は、Fe系酸化膜を主体とし、少量のCr系酸化物をさらに含む。前記(
7)の潤滑剤は、Fe系酸化物を含有するので、化学平衡の原理により、穿孔時に、スケール被膜中のFe系酸化物成分は、潤滑剤中へ移動し難い。すなわち、前記(
7)の潤滑剤により、スケール被膜が潤滑剤中に取り込まれる(溶失する)ことを抑制することができる。
【0093】
潤滑剤中のFe系酸化物の含有量は、2〜40vol%である。2vol%未満では、スケール被膜の溶失を抑制する効果が十分得られないことがあり、逆に40vol%を超えるとガラス分が不足するため付着性が低下することがある。より好ましくは、潤滑剤中のFe系酸化物の含有量は、5〜30vol%である。Fe系酸化物は、FeO、Fe
3O
4、およびFe
2O
3のうちから選ばれた1種または2種以上とすることができる。
【0094】
スケール被膜が、Cr系酸化物をさらに含むことにより、前記(
7)の潤滑剤も、Cr系酸化物をさらに含むことが望ましい。これにより、スケール被膜中のCr系酸化物成分に関しても、潤滑剤中へ取り込まれ難くすることができ、スケール被膜の溶失を、より抑制することができる。当該潤滑剤中のCr系酸化物の含有量は、0.5〜10vol%であることが望ましい。この場合、スケール被膜の溶失を抑制する効果を十分に得つつ、ガラス分の量を十分に確保して付着性を得ることができる。Cr系酸化物は、Cr
2O
3とすることができる。
【0095】
プラグ成分によっては、スケール被膜に、Mn、Mo、W等の金属の酸化物も極少量含まれるが、これらの酸化物成分を潤滑剤が含有するか否かによっては、潤滑剤がスケール被膜の溶失を抑制する効果は、実質的に変わらない。
【0096】
ガラス粉末は、ガラス、硼砂、および硼酸のうちから選ばれた1種または2種以上とすることができる。ガラスの代わりに、または、ガラスに加えて、硼砂、および/または硼酸を用いても、潤滑剤として、上記と同様の効果を奏することができる。ガラス粉末の粘度が100Pa・s(1000ポアズ)となる温度は、500℃以上1300℃以下であることが望ましい。ガラス粉末の平均粒径が、0.1〜2×10
3μmであることが望ましい。穿孔用プラグの表面に潤滑被膜を形成させるとき、その被膜の膜厚は10〜5×10
3μmであることが望ましい。ビレットの穿孔開始側の端面に潤滑被膜を形成させるとき、その被膜の膜厚は100〜1×10
4μmであることが望ましい。これらは、前記(1)および(
2)の潤滑剤の場合と同様の理由による。
【0097】
板材の熱間圧延において本発明の潤滑剤を適用する場合、まず、板材の噛み込み時の疵を防止するために、搬送されてくる板材の先端部に添って溶射すればよい。噛み込み時のスリップを防止する必要がある場合には、溶射するガラス粉末として高粘度のガラスを使用すればよい。溶融ガラスの粘性によって摩擦力が高まり、スリップを防ぐことができる。
【0098】
搬送され、あるいは圧延されて流れていく板材を正しい位置に保持するために設置されるガイドやガイドローラーの損耗を防ぐ場合は、必要に応じて、板材が強く接触する部位を狙って溶射すればよい。
【0099】
その他、熱間鍛造などにおいても、同様に高面圧となる部位に向けて溶射すればよく、その部位に対応する工具側部位に向けて溶射してもよい。
【0100】
一般に、工具表面へ溶射するに際し、工具がロールなどの回転する工具である場合、熱間材に接触している部位ではなく、工具表面に連続的あるいは断続的に溶射すればよい。工具表面に形成された溶射被膜は熱間材に触れて溶融し、最終的には熱間材に接触している部位を含む工具表面にも溶融した潤滑被膜を形成することができる。
【0101】
工具が穿孔用のプラグなどの場合、使用前に予めガラス粉末を溶射しておくことにより、加工初期における局部的に高面圧となる面の潤滑を強化して、焼付きや工具損耗を防ぐことができる。
【0102】
穿孔用のプラグなどの場合、使用前にあらかじめガラス粉末を溶射しておくことにより、加工初期における局部的に高面圧となる面の潤滑が強化され、焼付きや工具損耗を防ぐことができる。
【0103】
上記の例示に限らず、熱間塑性加工プロセスにおける金属材料表面、加工用工具表面のあらゆる部位において、必要に応じ、本発明の熱間加工用潤滑剤を適用して潤滑性を高めることができる。
【0104】
本発明の潤滑剤を適用する場合、特別な前処理は必要としないが、脱脂や洗浄によって表面の清浄化を行ってもよい。
【0105】
加工用工具表面の粗度としては、比較的粗い方が溶射被膜の密着性は良く、算術平均粗さRaで0.01μmから5μmが好ましい。
【0106】
本発明の潤滑剤を適用する際の熱間材の温度は、溶射材が溶融または軟化する温度以上であることが前提となる。選定するガラス粉末の軟化点または融点にもよるが、概ね400℃以上となる。
【0107】
本発明の熱間加工方法は、加工の対象である金属材料の材質が、CrおよびNiの含有量の合計が12wt%以上であるCr合金、Cr−Ni合金またはNi基合金である場合、特にその効果が顕著である。これに該当する鋼種としては、高クロム鋼、各種のステンレス鋼やNi基合金などがあげられる。これらの材料は、固く、加工時に焼付きや工具の損耗が生じやすい材料であるが、本発明の熱間加工方法を適用することにより、支障なく加工することができる。
【0108】
また、本発明の熱間加工方法における潤滑技術は、従来の潤滑技術と併用して用いてもよい。例えば、継目無鋼管の熱間押拡げ穿孔や熱間押出加工では、従来使用している成形ガラスを用いる潤滑等と併用すれば潤滑性は一層向上する。
【実施例】
【0109】
本発明の効果を検証するため、以下の試験を行った。
【0110】
(実施例1)
〔ボールオンディスク摩擦試験〕
まず、本発明の基本的な潤滑性能を評価するため、ボールオンディスク試験を実施した。試験片(ディスク)はSUS304製で、直径110mm、厚さ10mmであり、工具(ボール)はSUJ2製で、直径3/4インチであって、いずれも市販品を用いた。
【0111】
試験では、ディスクを10rpmで回転させながら高周波誘導加熱で所定の温度に加熱し、ボールをディスク上面に荷重980N(100kgf)で押し付け摩擦させた。この時、ボールは回転するディスクの半径45mmの位置に接触するように設定した。ボール自身は摩擦中回転しない。
【0112】
潤滑剤としては、表1に示すNo.1〜No.6のガラス粉末、またはこのガラス粉末に固体潤滑剤としてBN(窒化ホウ素)または鱗状黒鉛を10%添加した粉末を使用した。
【0113】
【表1】
【0114】
これらの潤滑剤は、ディスクの加熱後、摩擦試験の開始直前に供給した。なお、試験中も高周波加熱により所定温度を維持した。試験温度は800℃、1000℃、1200℃とした。摩擦係数は、ディスクを回転させる軸にトルクメーターを設置し、トルクから摩擦力を算出し、ボールにかかる荷重と摩擦力から求めた。
【0115】
本発明の潤滑剤の供給には、スルザーメテコジャパン(株)社製の粉末供給式フレーム溶射装置を使用した。燃料ガスとしてはアセチレンと酸素の混合ガスを使用した。粉末供給のキャリアーガスとしては窒素ガスを用いた。
【0116】
試験では、異なる2種類の方法で潤滑剤を供給した。すなわち、熱間の試験片(ディスク)にガラス系潤滑剤〔ガラス粉末、またはガラス粉末に固体粉末(固体潤滑剤)を混合した粉末からなる潤滑剤〕を溶射して潤滑被膜を形成し、冷却することなくそのまま摩擦試験する方法と、常温の工具(ボール)にガラス系潤滑剤を予め溶射しておき、摩擦試験する方法である。表2に、ガラス系潤滑剤とその供給方法(溶射条件)をまとめて示す。表2において、「熱間材料表面」の欄(実施例1〜8)が前者の方法で潤滑剤を供給した場合であり、「工具表面」の欄(実施例9〜16)が後者の方法で潤滑剤を供給した場合である。また、「ガラス粉末」の欄の符号(No.5、No.1等)は、表1の「ガラスの名称」の欄の符号と対応する。
【0117】
【表2】
【0118】
熱間材料表面への潤滑剤の供給は、まず、ディスクを所定温度に加熱した後、ディスク表面全面に目標膜厚となるように潤滑剤を溶射した。そして、冷却することなく、溶射10秒後に摩擦を開始した。一方、常温の工具表面への潤滑剤の供給は、予めボール表面全面に目標膜厚となるように潤滑剤を溶射した。続いて、ディスクを所定温度に加熱した後、摩擦を開始した。いずれの場合も、溶射時のノズルと被溶射材との距離は100mmとした。
【0119】
比較例として、従来の潤滑法についても同様の試験を行った。表3に、使用した潤滑剤とその供給方法をまとめて示す。
【0120】
【表3】
【0121】
比較例1は、ウォーターインジェクション方式で潤滑油を塗布した場合である。潤滑油は40℃の動粘度が100mm
2/sの鉱物油をベースに、耐焼付き性を確保するため全塩基度400mgKOH/gのカルシウムスルフォネートを10wt%添加したものとした。この潤滑油を水に3wt%の比率で混合してウォーターインジェクションで100cc/分の量を供給しながら摩擦を行った。塗布開始後10秒後から摩擦を開始し試験中も供給し続けた。
【0122】
比較例2は、黒鉛を水に10wt%分散させたスラリー潤滑剤を使用した場合、比較例3は、マイカを水に10wt%分散させたスラリー潤滑剤を使用した場合であり、いずれも流量100cc/分で摩擦部に供給しながら摩擦試験を実施した。
【0123】
比較例4は、表1のNo.2のガラスを5wt%のケイ酸ソーダ3号水溶液を用いて直径110mm、厚さ2mmに成形し、乾燥させたガラス成形体を潤滑剤として使用した場合である。このガラス成形体を加熱後のディスクに載せ、10秒後に摩擦を開始した。
【0124】
摩擦試験の結果を表2および表3に併せて示す。
表2および表3の「評価」の欄の記号の意味は次のとおりである。
◎:極めて良好。焼付きはなく、試験中の摩擦係数の最大値が0.1未満であったことを示す。
○:良好。焼付きはなく、試験中の摩擦係数の最大値が0.1以上0.2未満であったことを示す。
△:可。焼付きはなく、試験中の摩擦係数の最大値が0.2以上であったことを示す。
×:不可。焼付きが発生したことを示す。
そして、800℃、1000℃および1200℃の全ての温度において焼付きが生じなかった場合のみ合格とした。
【0125】
本発明例
(実施例8、および16)を含む実施例1〜1
6ではいずれの試験温度においても焼付きがなく、良好であるのに対し、比較例ではいずれかの試験温度において焼付きを生じ、芳しくなかった。
【0126】
(実施例2)
本発明の熱間加工用潤滑剤を用いて、実験室レベルの熱間押拡げ穿孔試験および熱間押出試験を実施した。
【0127】
〔熱間押拡げ穿孔試験〕
図5は、熱間押拡げ穿孔試験に用いた装置(要部)の概略構成を示す図である。
加熱炉で1200℃に加熱した中空ビレットの上面(端面)および内端面(ビレットの内側エッジ部)に、表2の実施例3で使用したガラスと同じガラスの粉末を2000μmの膜厚で溶射し、
図5に示した試験装置のコンテナ14に前記ビレット15を挿入して、直後にプラグ16を降下させ、熱間押拡げ穿孔試験を行った。
【0128】
また、別の試験として、
図5に示した装置を使用し、プラグ16の全表面に、表2の実施例3で使用したガラスと同じガラスの粉末を約100μmの膜厚で溶射し、その後加熱したビレット15をコンテナ14に挿入して押拡げ穿孔を行った。
【0129】
なお、通常はビレットの内外面にガラス粉末を潤滑剤として塗布するが、この試験では、ビレット内外面へのガラス粉末の塗布は行わず、代わりにビレット挿入前にコンテナの内面側に市販の窒化ホウ素をスプレーで十分量塗布した。
【0130】
表4に、ビレット、プラグおよびコンテナの形状、ならびに試験条件の詳細を示す。
上記熱間押拡げ穿孔試験では、ビレット内面とプラグ間の焼付き、およびプラグの損傷を目視で検査し、評価した。
【0131】
【表4】
【0132】
また、比較例として、表3の比較例4で使用した成形ガラスを前記のビレット端面の形状に合わせて成形し、これを潤滑剤として使用し、押拡げ穿孔を行った。
【0133】
図6は、潤滑剤として使用したガラス成形体の形状を示す図である。
比較例では、
図5に示した試験装置のコンテナ14にビレット15を挿入した後、
図6に示した形状のガラス成形体17をビレット15の端面にセットし、直後にプラグ16で穿孔を開始した。
【0134】
試験の結果、本発明の熱間加工用潤滑剤を用いた場合は、熱間材(中空ビレット)へ溶射した場合、および工具(プラグ)表面へ溶射した場合のいずれにおいても、穿孔後のプラグには損傷や被加工材の移着(焼付き)は認められなかった。
【0135】
一方、潤滑剤としてガラス成形体を用いた比較例では、ビレット内端面と接触する位置に相当するプラグ位置でプラグが損傷を受けていた。また、ビレットのボトム側内面に筋状の焼付きが多く見受けられた。
【0136】
〔熱間押出試験〕
図7は、熱間押出試験に用いた装置(要部)の概略構成を示す図である。
加熱炉で1200℃に加熱した中空ビレットを炉から取り出し、内外面に粉末ガラスを塗布し、その後、端面全体に表2の実施例5で使用したガラスと同じガラスの粉末を2000μmの膜厚で溶射し、
図7に示した試験装置のコンテナ18に前記ビレット19を挿入して、マンドレル20を降下させ、熱間押出を実施した。
【0137】
また、別の試験として、
図7に示した装置を使用し、ダイス21およびマンドレル20の表面に、表2の実施例4で使用したガラスと同じガラスの粉末を約100μmの膜厚で溶射し、その後加熱したビレット19をコンテナ18に挿入して押拡げ穿孔を行った。
【0138】
表5に、ビレット、マンドレル、コンテナおよびダイスの形状、ならびに試験条件の詳細を示す。
【0139】
【表5】
【0140】
また、比較例として、表3の比較例4で使用した成形ガラスを前記
図6に示した形状に成形し、これを潤滑剤として使用して熱間押出を実施した。ビレットの内外面には、本発明の潤滑剤を用いた場合と同じくガラス粉末を塗布した。
比較例では、
図7に示した試験装置のコンテナ18へのビレット19挿入前に、
図6に示した形状のガラス成形体をコンテナ18内のダイス21上にセットし、ビレット19をコンテナ18に挿入した直後に押出を開始した。
【0141】
試験の結果、本発明の熱間加工用潤滑剤を用いた場合は、熱間材(中空ビレット)へ溶射した場合、および工具(ダイス)表面へ溶射した場合のいずれにおいても、押出後のダイスおよび管外表面に損傷や焼付きは認められなかった。
【0142】
一方、潤滑剤としてガラス成形体を用いた比較例では、管先端部の外表面に、アップセットで割れた成形ガラスの破片塊が未溶融のままダイスを通過したことによると思われる押し込み疵が見受けられた。また、外筋と呼ばれる筋状の焼付き疵も散見された。
【0143】
(実施例3)
〔ボールオンディスク摩擦試験〕
本発明の熱間穿孔圧延用潤滑剤による潤滑性、およびその持続性を評価するため、ボールオンディスク試験を実施した。試験片(ディスク)はSUS316製で、直径110mmであり、工具(ボール)は、SUJ2製(Fe−Ni(1.0%)−Cr(0.5%)−Mo(1.5%)−W(3%)の組成を有する)で、直径3/4インチであって、熱処理により表面にスケールを形成したものを用いた。
【0144】
試験では、表6に組成を示すNo.1〜No.24の潤滑剤を溶射材として、フレーム溶射により、ディスクの表面に被膜を形成した。被膜の膜厚は、2000±100μmであった。このディスクを、高周波誘導加熱で1200℃に加熱し、10rpmで30秒間回転させながら、ボールをディスク上面に荷重980N(100kgf)で押し付け摩擦させた。ディスクを回転させる軸にトルクメーターを設置し、このトルクメーターによりトルクを測定し、このトルクから摩擦力を算出し、ボールにかかる荷重と摩擦力とから、摩擦係数を求めた。
【0145】
【表6】
【0146】
図8は、このようにして求めた、時間と摩擦係数との関係の例を示す図である。摩擦係数は、測定開始後、時間とともに上昇し、オーバーシュートした後、時間に対してほぼ一定の値(以下、「定常μ」という。)をとるようになり、その後、再び上昇し始める。定常μを、潤滑剤による潤滑性の指標とした。また、測定開始後、摩擦係数が時間に対してほぼ一定した状態を経て再上昇し始めるまでの時間を耐久時間Dとし、この耐久時間Dを、潤滑剤による潤滑作用の持続性の指標とした。
【0147】
図9および
図10は、測定結果をまとめたもので、各潤滑剤を用いたときの、定常μと耐久時間との関係を示す図である。
図9および
図10のいずれにおいても、定常μ(横軸)の値が小さくなることは、穿孔効率が高くなることに対応しており、耐久時間(縦軸)の値が大きくなることは、プラグ寿命が長くなることに対応している。
【0148】
図9は、ガラス以外の固体粉末を含まない潤滑剤、ならびに、それぞれ、Fe
2O
3、黒鉛、およびBNからなる固体粉末を含有する潤滑剤を用いた場合を比較したものである。固体粉末がFe
2O
3からなる場合は、それ以外の場合に比して、定常μが低く、かつ耐久時間が長いことがわかる。
【0149】
図10は、それぞれ、Fe
2O
3、FeO、FeO+Fe
3O
4+Fe
2O
3、Fe
2O
3+Cr
2O
3、およびCr
2O
3からなる固体粉末を含有する潤滑剤を用いた場合を比較したものである。固体粉末がFe
2O
3からなる場合に比して、固体粉末が、それぞれ、FeO、FeO+Fe
3O
4+Fe
2O
3、およびFe
2O
3+Cr
2O
3からなる場合は、定常μが低く、かつ耐久時間が長いが、固体粉末が、Cr
2O
3からなる場合は、定常μが高く、かつ耐久時間が短いことがわかる。
【0150】
図9および
図10に示す結果をまとめると、潤滑剤が、ガラス以外の固体粉末として、Fe系酸化物を含有する場合は、これを含有しない場合に比して、定常μは低くなり、かつ耐久時間は長くなる。いずれの潤滑剤を用いた場合でも、定常μ、および耐久時間に対しては、ガラス粉末の種類の違いより、ガラス以外の固体粉末の種類の違いの方が、与える影響は、概ね大きい。
【0151】
(実施例4)
潤滑剤を溶射材として、フレーム溶射により、プラグの表面に被膜を形成し、このプラグにより、ビレットを穿孔する試験を行い、潤滑剤の潤滑性能を評価した。
穿孔条件は、以下のとおりとした。
ビレットの温度:1200℃
ビレットの材質:SUS304
ビレットの寸法:外径70mm、長さ400mm
穿孔後の中空素管の寸法:外径74mm、肉厚8.0mm、長さ900mm
拡管比(穿孔後の中空素管の外径/ビレットの外径):1.06
穿孔比(穿孔後の中空素管の長さ/ビレットの長さ):2.3
プラグの組成:Fe−Ni(1.0%)−Cr(0.5%)−Mo(1.5%)−W(3%)
【0152】
表7に、用いた潤滑剤の組成、および評価結果を示す。評価結果は、1パス目穿孔効率と、寿命(パス数)で示している。1パス目穿孔効率は、1本目のビレットを穿孔する際の穿孔効率であり、穿孔効率は、
(ビレットの実際の搬送速度)/(ビレットの理論上の搬送速度)×100[%])
で定義される。ビレットの理論上の搬送速度は、ピアサーロールの回転数により定められる。ビレットの実際の搬送速度は、互いに接触するプラグとビレットとの摩擦抵抗などの影響のため、設定されたピアサーロールの回転数から算出される理論上の搬送速度に比べて遅くなる。
寿命は、プラグの先端部に溶損が発生するまでのパス数とした。溶損が発生しているか否かは、目視により、判断した。
【0153】
【表7】
【0154】
表7から明らかなように、潤滑剤が、ガラス以外の固体粉末として、Fe
2O
3を含有する場合は、潤滑剤を用いなかった場合、および固体粉末がFe
2O
3を含有しない場合に比して、1パス目穿孔効率、および寿命のいずれも向上している。また、潤滑剤が、ガラス以外の固体粉末として、Fe
2O
3に加えてCr
2O
3を含有する場合は、固体粉末として、Fe
2O
3のみを含有する場合に比して、1パス目穿孔効率、および寿命のいずれも、さらに向上している。