(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6136876
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20170522BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20170522BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20170522BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 301T
C22C38/16
C22C38/58
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-238006(P2013-238006)
(22)【出願日】2013年11月18日
(65)【公開番号】特開2015-98620(P2015-98620A)
(43)【公開日】2015年5月28日
【審査請求日】2016年7月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(74)【代理人】
【識別番号】100166707
【弁理士】
【氏名又は名称】香取 英夫
(72)【発明者】
【氏名】石塚 清和
(72)【発明者】
【氏名】岡本 力
(72)【発明者】
【氏名】上村 隆之
【審査官】
相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−114526(JP,A)
【文献】
特開昭58−100622(JP,A)
【文献】
特開平07−331383(JP,A)
【文献】
特開2012−214907(JP,A)
【文献】
特開2011−208200(JP,A)
【文献】
特開2010−248567(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.0005〜0.3%、
Si:0.01〜3%
Mn:0.01〜5%、
P:0.001〜0.1%
S:0.01%以下、
Al:0.005〜2%、
N:0.01%以下、
Cu:0.05%未満
Sn:0.005〜0.5%
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなり、地鉄表面粗度(平均粗度Ra)が0.5〜2μmであることを特徴とする化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板。
【請求項2】
更に質量%で、
Ti:0.005〜0.2%
Nb:0.001〜0.1%
V:0.005〜0.1%
Cr:0.01〜5.0%
W:0.01〜5.0%
Mo:0.02〜0.5%
Ni:0.01〜1.0%
B:0.0003〜0.007%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板。
【請求項3】
更に質量%で、
Ca、Mg、Zr、REMの1種または2種以上を0.0005〜0.05%含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の内外板や足廻り構造部材などに用いられる化成処理性と耐食性に優れた鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車燃費向上などのため、車体の軽量化を目的に高強度鋼板を足回り部品等に適用することが進められている。また、衝突安全性の法規制の強化から、これまで低強度の鋼板しか用いることができなかった複雑形状を有する部品まで高強度鋼板を適用しようとするニーズがある。更には車体防錆強化のニーズもあり、特に高強度鋼板の適用により板厚が薄くなっていくと、許容される腐食減肉代が減少するため、鋼板の耐食性向上が求められている。
【0003】
鋼板の耐食性向上に対しては、めっきを適用することが広く行われているが、環境によってはめっきの効果は比較的短期間に消失するため、鋼板自体の耐食性を向上することが求められている。
【0004】
特許文献1には、鋼中に所定量のCu,Ni,Snを添加した自動車用の耐食性に優れた深絞り用冷延鋼板が開示されている。この鋼板は、比較的多量のCuを含有するためと推定されるが、環境によっては孔食的な腐食が進行し、孔あきの観点から好ましくない。また化成処理性も十分とはいえない。更には鋼板の高強度化への対応は考慮されておらず、高強度化に必要なC、Si,Mn等の元素を高濃度で含む場合の耐食性の向上については不明確である。
【0005】
特許文献2には、耐食性に優れたSn含有低炭素冷延鋼板が開示されているが、この鋼板は、Sn、Ni、CrといったFeより貴な金属をめっきする容器用鋼板の原板であり、自動車用鋼板としての化成処理性、耐食性は十分ではない。
【0006】
特許文献3には、所定量のSnを含有する耐食性の優れた橋梁用鋼材が開示されているが、自動車用鋼板としての化成処理性、耐食性は十分ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−116680号公報
【特許文献2】特開平7−331383号公報
【特許文献3】特開2008−163374号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、上記従来技術の有する問題を解決し、自動車の内外板や足廻り構造部材などに用いられる化成処理性と耐食性に優れた鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らの検討によれば、Sn等の耐食性元素を鋼中に添加すると、無塗装での耐食性は一般に向上するが、耐食性が向上するということは鋼表面の反応性が低下することに関連しており、結果として自動車用鋼板として用いる際に必要な化成処理(りん酸亜鉛処理やジルコニウム系処理等の塗装前処理)における反応性が低下するため、塗装後の耐食性はむしろ低下する。この問題に対して種々検討を加えたところ、鋼成分の最適化と、鋼表面粗度の最適化によって、解決できることを知見した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
(1)質量%で
C:0.0005〜0.3%、
Si:0.01〜3%
Mn:0.01〜5%、
P:0.001〜0.1%
S:0.01%以下、
Al:0.005〜2%、
N:0.01%以下、
Cu:0.05%未満
Sn:0.005〜0.5%
を含有し、残部はFe及び不可避不純物からなり、地鉄表面粗度(平均粗度Ra)が0.5〜2μmであることを特徴とする化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板。
(2)更に質量%で、
Ti:0.005〜0.2%
Nb:0.001〜0.1%
V:0.005〜0.1%
Cr:0.01〜5.0%
W:0.01〜5.0%
Mo:0.02〜0.5%
Ni:0.01〜1.0%
B:0.0003〜0.007%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板。
(3)更に質量%で、
Ca、Mg、Zr、REMの1種または2種以上を0.0005〜0.05%含有することを特徴とする(1)又は(2)に記載の化成処理性と耐食性に優れた自動車用鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、自動車の内外板や足廻り構造部材などに用いられる化成処理性と耐食性に優れた鋼板が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本願発明を詳細に説明する。以降の記載において%は質量%を表すものとする。
本発明の鋼板成分の限定理由を以下説明する。
【0013】
C:0.0005〜0.3%
Cは、鋼の強度を確保するために必要な合金元素であり、求められる強度レベルに応じて添加すればよいが、多量に含有させると溶接性が劣化する。したがって、C含有量は0.3%を上限とする。また、0.0005%未満は現在の精錬技術では実現困難なことからこの値を下限とした。高強度化への対応も考慮する場合には、Cは0.02%以上が好ましい。
【0014】
Si:0.01〜3%
Siは、製鋼時の脱酸に必要な合金元素であり、この点で下限を0.01%とする。またSiは強度確保の観点で添加し、セメンタイトの生成を遅らせる元素であり、残留オ−ステナイト生成に有効な元素であるため、強度、延性の確保のために添加される元素である。しかし、3%を超えて添加しても,その効果は飽和されることに加え、脆化を引き起こしやすくなり、また化成処理性も低下する。更には溶融亜鉛めっき用の原板として用いる場合にはめっき性が低下するなどの問題があるため3%を上限とする。なお、一般的に前述した化成処理性や溶融亜鉛めっき性については、Siが0.5%程度以上になると低下しやすいとされているが、本発明においては後述するように鋼中にSn添加していることから、鋼板最表層に形成、残存するSiを含む酸化膜の形態が変化し、これによってSi3%まで問題ない結果が得られる。Siは多少の耐食性改善効果もあることから、0.5〜2%がより好ましい。
【0015】
Mn:0.01〜5%
Mnは、鋼の強度を確保するために必要な合金元素であり、求められる強度レベルに応じて添加すればよい。0.01%未満では強度が足りず、また上限を超えても効果が飽和しコスト増大を招くため好ましくない。また、Mn添加量が増加するに従い、化成処理性が向上する傾向が認められる。これは、後述するSn添加との複合効果と推定されるが、化成処理性の観点からは1%以上の添加が望ましい。また3%を超えても化成処理性向上の効果は飽和することから、Mnは1〜3%がより好ましい。
【0016】
P:0.001〜0.1%
Pは鋼板の強度を上げる元素として必要な強度レベルに応じて添加する。しかし、添加量が多いと粒界へ偏析するために局部延性を劣化させる。また、溶接性を劣化させる。従って、P上限値は0.1%とする。一方,0.001%未満ではPの劣化効果は無視できる他,これ未満にするにはコストの上昇を招く。
【0017】
S:0.01%以下
Sは、不純物として含有されるが、Mnと結合すると非金属介在物のMnSを形成して
腐食の起点となり易く、耐食性を劣化させる。したがって、Sの含有はできるだけ少なく
する必要があるので、その上限は0.01%とする。
【0018】
Al:0.005〜2%
Alは、製鋼時の脱酸に必要な合金元素であり、この点で下限を0.005%とする。またAlは強度確保の観点で添加し、セメンタイトの生成を遅らせる元素であり、残留オ−ステナイト生成に有効な元素であるため、強度、延性の確保のために添加される元素である。しかし、2%を超えて添加しても,その効果は飽和されることに加え、脆化を引き起こしやすくなり、また化成処理性も低下する。更には溶融亜鉛めっき用の原板として用いる場合にはめっき性が低下するなどの問題があるため2%を上限とする。
【0019】
N:0.01%以下
Nは、不可避的に含まれる元素であるが、あまり多量に含有する場合は、時効性を劣化させるのみならず、AlN析出量が多くなってAl添加の効果を減少させるので、0.01%以下の含有が好ましい。また、不必要にNを低減することは製鋼工程でのコストが増大するので通常0.001%以上に制御することが好ましい。
【0020】
Cu:0.05%未満
Cuは、一般的に耐食性を向上させる基本元素とされてきたが、孔食的な腐食を発生させやすく、また化成処理性も低下する。このため自動車用としてはできるだけ少なくする必要があり、不純物として含有する場合にも0.05%未満とする必要がある。
【0021】
Sn:0.005〜0.5%
Snは鋼のアノード溶解反応を抑制し無塗装での耐食性を向上させる作用があることから、極微量添加であっても自動車の合せ構造部などの化成処理、塗装が殆どつき回らない部位の耐食性を劇的に改善する効果がある。このため下限を0.005%とした。一方、Snは化成処理性を低下させ、塗装後の耐食性を低下させることから、上限は0.5%とした。また無塗装耐食性、化成処理性、塗装後耐食性のバランスの点で、0.05〜0.2%がより好ましい。
【0022】
本発明の鋼板は、上記の成分設計を前提として、更に表面粗度(平均粗度Ra)を0.5〜2μmに限定するものである。Sn添加鋼では耐食性が良い結果として、化成処理性が劣り、結果として塗装後耐食性が不足しやすい。これに対して粗度をやや高めとすれば、化成処理時に凹凸部での濃淡電池が形成されやすくなり反応性が向上する。このため下限を0.5μmとした。粗度が大きすぎると、化成性は良好であるが、自動車の袋構造内部などの10μm程度未満の中途半端な厚みの電着塗装部位での耐食性が低下するため、上限を2μmとした。
【0023】
本発明の鋼板は以下に示す付加成分を必要に応じて1種または2種以上添加することが可能である。
Ti:0.005〜0.2%
Nb:0.001〜0.1%
V:0.005〜0.1%
Cr:0.01〜5.0%
W:0.01〜5.0%
Mo:0.02〜0.5%
Ni:0.01〜1.0%
B:0.0003〜0.007%
【0024】
Ti,Nb,V,Cr,Wは微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を生成する元素であり、強度調整に有効であることから、上記の下限を設定した。一方上限を超えると強度が増加しすぎて延性が低下する。Moは、鋼中のパーライトの生成を抑制する元素であり、強度−延性バランスを得るために有効であるが、上限を超えると強度が増加しすぎて延性が低下する。またMoには耐食性を向上させる効果もある。Ni、Bはフェライト,ベイナイト変態を遅らす作用がありこれによって強度調整が可能である。Niの上限を超えると耐食性が低下する。Bの上限を超えると強度が増加しすぎて延性が低下する。
【0025】
本発明の鋼板はさらに、Ca、Mg、Zr、REM(希土類元素)の1種または2種以上を、単独または合計で0.0005〜0.05%含有することができる。Ca、Mg、Zr、REMは、硫化物や酸化物の形状を制御して局部延性や穴拡げ性を向上させる。この目的のためには、これらの元素の1種または2種以上を単独または合計で0.0005%以上添加する必要がある。しかし、過度の添加は加工性を劣化させるため、その上限を0.05%とした。
【0026】
本発明の鋼板は、通常の製鋼、熱延、酸洗を経る熱延鋼板として適用でき、また、前記酸洗後にさらに冷延、焼鈍を経る冷延鋼板としても適用可能である。熱延鋼板の場合の表面粗度は、熱延ロールの粗度管理や酸洗条件の管理、さらには酸洗後の調質圧延など、いずれの方法でも所定のRaとなるようにすればよい。また冷延鋼板の場合は、焼鈍後の調質圧延によって所定のRaとなるようにすればよい。
【0027】
本発明の鋼板は、更に通常用いられる処理、例えば防錆油の塗油、防錆用の亜鉛系めっき、などを施すことも可能である。
【実施例】
【0028】
表1に示した成分組成を有する鋼を製造し、冷却凝固後1200℃まで再加熱し、880℃にて仕上圧延を行い、550℃まで冷却後,巻取りを行った。その後、インヒビター入り塩酸により酸洗を行い、更に必要に応じて調質圧延によって粗度を調整した(実施例1〜34および比較例1〜5)。前述の酸洗後の鋼板に50%の冷間圧延を施し、その後連続焼鈍にて、800℃の焼鈍を行い、1%の調質圧延を行った(実施例35〜38および比較例6)。
【0029】
(評価)
・無塗装耐食性:70mm×150mmに切出し、脱脂処理したのち、裏面とエッジをテープシールし、50mm×120mmの露出部を形成し、JASO−M609,610に規定する複合サイクル腐食試験を100サイクル行った後、錆を除去し、板厚減少の最大値を計測した。
【0030】
・化成処理性1(りん酸亜鉛処理):70mm×150mmに切出し、通常自動車用の脱脂、表調、化成処理(りん酸亜鉛処理)を行い、化成結晶状態をSEMにて観察して下記レーティングに従って判定した。ここで、スケとは、SEM観察において、化成結晶が存在せず下地の鋼板が露出して観察されることをいう。
○:スケがなく均一な化成結晶
△:軽微なスケあり
×:スケあり
【0031】
・化成処理性2(Pフリー化成):70mm×150mmに切出し、ヘキサフルオロジルコニウム酸と硝酸AlとポリエチレンイミンからなるPフリー化成処理(特許第5274560の実施例1)を行った。この化成は非結晶性の皮膜であり、化成の良し悪しをSEM等の観察で直接判定することが難しいことから、上層に20μmのカチオン電着塗装と30μmの溶剤塗装を施したうえで、以下の方法で塗装の密着性を評価することで化成処理性の指標とした。塗装後の鋼板を沸騰水に1時間浸漬後、カッターナイフでクロスカットを施し、クロスカット中央部をエリクセン試験機で4mm押出した。その後、テープ剥離を行い、剥離した面積率を測定した。測定結果を次に示すレーティングに従って評価した。
○:剥離なし
△:軽微な剥離あり
×:剥離あり
【0032】
・塗装後耐食性1(薄膜電着塗装):前記化成処理性1にて調整した化成処理鋼板に、8μmの厚みのカチオン電着塗装を施し、裏面とエッジをテープシールした後、JASO−M609,610に規定する複合サイクル腐食試験を300サイクル行った後、赤錆発生面積率を計測した。
【0033】
・塗装後耐食性2(通常塗装):前記化成処理性1にて調整した化成処理鋼板に、20μmの厚みのカチオン電着塗装と50μm厚みの溶剤塗装を施し、裏面とエッジをテープシールした後、カッターナイフでクロスカットを施し、JASO−M609,610に規定する複合サイクル腐食試験を200サイクル行った後、腐食ふくれ部をテープ剥離して、カット疵部からの片側最大剥離巾を計測した。
【0034】
表1に評価結果を示す。本発明範囲を外れる数値にアンダーラインを付している。本願発明の実施例では、無塗装耐食性、化成処理性、塗装後耐食性のいずれも高いレベルで満足していた。一方比較例ではいずれかの性能が悪化した。
【0035】
【表1-1】
【表1-2】
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明によって、無塗装耐食性、化成処理性、塗装後耐食性のいずれも高いレベルで満足する鋼板が得られることから、自動車用の内外板、足回り構造部材などに好適に用いることができ、自動車の軽量化や耐久性向上に大きく寄与するものであるから、産業上極めて有用である。