【文献】
澤田正美、外1名,準安定オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒成長に及ぼす析出物分布の影響,材料とプロセス,日本,2008年 9月 1日,Vol.21 No.2,Page.1462
【文献】
E.Camps、外3名,Microwave plasma nitrided austenitic AISI-304stainless steel,Surface and Coatings Technology,スイス,1998年 8月 4日,Vol.106 No.2/3,Page.121-128
【文献】
D.Manova、外3名,Influence of grain size on nitrogen diffusivityin austenitic stainless steel,Surface & Coatings Technology,NL,2007年 4月23日,Vol.201 No.15,Page.6686-6689
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題を背景に、温室効果ガスの排出抑制のため、水素の利用が着目されている。その実現には、水素をエネルギーに変換する燃料電池とともに、輸送する船舶、配管、トレーラー、貯蔵するタンク、ユーザーに提供する水素ステーション等の構造部材に適用される金属材料が必要となる。
【0003】
当初、水素は圧力40MPa程度までの高圧ガスとして使用されていたが、水素の金属組織への侵入により金属材料が脆化する安全上の大きな問題があった。その一方、効率的活用という面からは、水素ガスの圧力をさらに上昇して使用することが望まれている。また、例えば、燃料電池自動車は、システムおよび燃料タンクを小型・軽量化する必要があり、金属材料にもさらなる高強度が必要とされている。すなわち、水素関連で使用される金属材料は、脆化がさらに懸念される状況にある。
【0004】
従来、水素関連で使用される金属材料としては、SUS304、SUS316(JIS G 4315)等のオーステナイト系ステンレス鋼が適用されていた。SUS304は準安定オーステナイト系ステンレス鋼に属し、硬質なマルテンサイト相への加工誘起変態により、一般的に強度と伸びとのバランスに優れる。しかし、マルテンサイト相が生じた場合、水素の侵入が容易となり、脆化が顕在化する(感受性が高い)問題があった。他方、SUS316は高いオーステナイト安定性を有し、水素脆化の感受性が低いものの、得られる強度が低い値にとどまる問題があった。また、オーステナイト安定化元素として、希少金属元素に分類され、高価なNiを多量に含有させる必要があるという問題があった。
【0005】
このため、水素環境での使用を前提とする多くのオーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。例えば、特許文献1および2には、前述したステンレス鋼を改良した材料が開示されている。また、特許文献3および4には、高価かつ希少な金属元素であるNiに代えて、オーステナイト安定化元素としてMnを含有させた材料が開示されている。さらに、水素の侵入の抑制を目的として、特許文献5および6には、ステンレス鋼の特徴である表面皮膜を改質した材料が開示されている。そして、特許文献7〜9には表面窒素濃度を高くした材料が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、前記の課題の解決のため、準安定オーステナイト系ステンレス鋼のオーステナイト相の安定性に影響を与える要因について検討を行った。
【0015】
その結果、結晶粒を微細化するとともに、窒素をオーステナイト相内へ固溶させることにより、オーステナイト相が安定化することを確認した。また、結晶粒の微細化により、比較的低温の熱処理で窒素吸収が促進される。そして、結晶粒の微細化と、それによる窒素吸収の促進とが合わさることにより、顕著な効果が発現することが明らかとなった。
【0016】
すなわち、結晶粒の微細化および窒素吸収の促進により、水素環境での使用に際して脆化を起こすことなく、強度と伸びとのバランスに優れるオーステナイト系ステンレス鋼を工業的に安定供給することができることを見出した。
【0017】
また、圧延後の鋼板に対して、結晶粒の微細化工程を行う前に、マルテンサイト相への変態を伴う加工を施すことにより、結晶粒の微細化が促進され、優れた特性を安定して得られることも明らかにした。
【0018】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0019】
(A)化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0020】
C:0.01〜0.15%
Cは、後述するNと同様に、強力なオーステナイト安定化元素(以下、「オーステナイト」を“γ”と略称する場合がある。)であり、γ相組織内へ固溶することによってγ相組織を強化する侵入型の固溶強化元素である。しかし、過度に含有させると結晶粒微細化を目的とする熱処理において、多量の炭化物の析出を招き、必要なオーステナイト相の安定性および強度が得られなくなる。そのため、C含有量は0.01〜0.15%とする。C含有量は0.02%以上であるのが好ましく、0.13%以下であるのが好ましい。
【0021】
Si:2.0%以下
Siは、溶製時に脱酸剤として機能する元素であり、また、フェライト安定化元素である。しかし、過度に含有させると粗大な介在物が生成して加工性が劣化するだけでなく、オーステナイト相が不安定となる。そのため、Si含有量は2.0%以下とする。Si含有量は0.9%以下であるのが好ましい。下限は特に定めないが、上記の脱酸効果を得るためには、Si含有量は、0.05%以上であるのが好ましい。
【0022】
Mn:3.0%以下
Mnは、比較的安価でかつ有効なγ相安定化合金元素である。しかし、過度に含有させると粗大介在物が生成して、加工性が劣化する。そのため、Mn含有量は3.0%以下とする。Mn含有量は2.6%以下であるのが好ましい。下限は特に定めないが、上記効果を得るためには、Mn含有量は0.1%以上であるのが好ましい。
【0023】
Cr:10.0〜20.0%
Crは、ステンレス鋼の基本元素であり、有効な耐食性を得るための元素である。しかし、Crはフェライト安定化元素であり、過度に含有させるとγ相が不安定になり、また、CおよびNと化合物を形成する可能性が高くなる。そのため、Cr含有量は10.0〜20.0%とする。Cr含有量は10.5%以上であるのが好ましく、19.4%以下であるのが好ましい。
【0024】
Ni:5.0〜13.0%
Niは、最も強力なγ相安定化元素の1つであり、CおよびNとともに、γ相を室温まで安定化して存在させるために必要な元素である。しかし、前述のように、高価でかつ希少な合金元素であり、極力減少することが望ましく、上限をSUS304系の準安定オーステナイト系ステンレス鋼と同等の含有量とする。そのため、Ni含有量は、5.0〜13.0%とする。Ni含有量は5.4%以上であるのが好ましく、6.0%以上であるのがより好ましい。また、Ni含有量は10.0%以下であるのが好ましく、9.0%以下であるのがより好ましい。
【0025】
N:0.01〜0.30%
Nは、最も強力なγ相安定化元素の1つであり、かつ、侵入型の有効な固溶強化元素である。しかし、過度に含有させると窒化物の析出を招き、必要な強度およびγ相の安定性がともに得られない。そのため、N含有量は0.01〜0.30%とする。N含有量は0.02%以上であるのが好ましく、0.28%以下であるのが好ましい。なお、本発明鋼の場合、N量はステンレス鋼の表面が高く、中心部にかけて減少する分布を有するが、ここでのN含有量は厚さ全体での平均値を意味する。
【0026】
Nb:0〜0.5%
Ti:0〜0.5%
V:0〜0.5%
Nb、TiおよびVは、CおよびNと結合し、ピン止効果で結晶粒の成長を抑制する化合物を形成する元素である。そのため、この効果を得るために、これらの元素から選択される1種以上を、必要に応じて含有させても良い。しかし、いずれの元素の含有量も0.5%を超えると、粗大な化合物が生成し、かつ、γ相形成が不安定となる可能性が高くなり、加工性が劣化するとともに、粗大化合物が破壊の起点となる。したがって、これら元素について、それぞれの元素の含有量はNb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下とする。それぞれの元素の含有量はNb:0.4%以下、Ti:0.4%以下、V:0.4%以下、であるのが好ましい。上記効果を得るためには、Nb:0.01%以上、Ti:0.01%以上、V:0.01%以上から選択される1種以上を含有させるのが好ましい。
【0027】
(B)金属組織
本発明に係る鋼においては、平均結晶粒径を10.0μm以下とする。これは、結晶粒微細化が鋼の熱的なγ相の安定性の向上、および、強度と伸びとのバランスの改善に寄与するためである。平均結晶粒径は5.0μm以下であるのが好ましく、3.0μm以下であるのがより好ましい。
【0028】
また、本発明に係る鋼は、X線回折において、下記式(i)で定義されるオーステナイト相の平均の格子定数d
Ave.の、表面部における値と中心部における値との差が0.010Å以上である。
d
Ave.={d
γ(111)×I
γ(111)+d
γ(200)×I
γ(200)+d
γ(220)×I
γ(220)+d
γ(311)×I
γ(311)}/{I
γ(111)+I
γ(200)+I
γ(220)+I
γ(311)} ・・・(i)
d
γ(hkl):オーステナイト相の(hkl)面のX線回折ピークのブラッグ角度から算出される格子定数(Å)
I
γ(hkl):オーステナイト相の(hkl)面のX線回折ピークの積分強度(cps・deg)
【0029】
なお、前記表面部とは、鋼の最外表面から少なくとも結晶粒を1個以上含む程度の深さの領域であって、例えば、鋼の最外表面から10μm以内の金属組織とすることができる。また、前記中心部とは、板厚中央面を対称面として、板厚中央面から両側に少なくとも結晶粒を1個以上含む程度の厚みを有する部分であって、板厚中央面を対称面として板厚中央面から両側に10μm以内に存在する金属組織である。
【0030】
前述したように、結晶粒微細化は、窒素のオーステナイト相への固溶が水素脆化の抑制に極めて有効であり、かつ、強度向上に寄与する。このような効果を得るために、前記平均格子定数d
Ave.の表面と中心部との差が限定される。オーステナイト相の平均の格子定数d
Ave.の、表面部における値と中心部における値との差は、0.015Å以上であるのが好ましく、0.020Å以上であるのがより好ましく、0.030Å以上であるのがさらに好ましい。前記平均格子定数の差を0.030Å以上とすれば、特に顕著な効果が得られ、水素脆化がほぼ抑制される。
【0031】
オーステナイト相の格子定数は、前述したC、N等の侵入型元素の固溶により大きくなる。このため、本発明においては、表面からの窒素吸収で最大となるステンレス鋼の表面部での格子定数の値と最も影響の少ない中心部での値との差を限定することとした。なお、窒素の固溶量Nによる格子定数dの変化は、経験則から以下のように算出可能である。
d=3.5946+0.0348×N
【0032】
前記平均格子定数の差が0.010Åの場合、窒素固溶量は、表面が中心部に比べて約0.29%高いこととなる。標準的なCuターゲットのKα線でのステンレス鋼の測定の場合、出力にも依存するが、X線の侵入深さは約10μmである。すなわち、本限定は、少なくともステンレス鋼の表面を覆う結晶粒のN量が、中心部に比べて0.29%高いことを示す。
【0033】
また、前記平均格子定数の差が0.030Å以上の場合、窒素固溶量は、表面が中心部に比べて約0.87%以上高いこととなる。すなわち、素材中に0.13%の窒素が固溶している場合、表面での窒素固溶量は1.0%以上となる。
【0034】
なお、γ相の格子定数は、各回折ピークより算出されるが、主要な(111)、(200)、(220)ピークの積分強度比に応じた平均値とする。
【0035】
本発明に係る鋼は、X線回折において、下記式(ii)に定義される回折ピーク積分強度比rの、表面での値が95%以上である。
r=100×ΣI
γ/ΣI
ALL ・・・(ii)
ΣI
γ:全てのオーステナイト相のX線回折ピークの積分強度の和(cps・deg)
ΣI
ALL:全てのX線回折ピークの積分強度の和(cps・deg)
【0036】
ステンレス鋼表面がオーステナイト相で覆われていることが水素脆化の抑制に極めて有効である。その効果を得るために上記のように規定する。回折ピーク積分強度比rの、表面での値は、98%以上であるのが好ましく、100%(オーステナイト単相組織)であるのが最も好ましい。
【0037】
なお、水素脆化の抑制のためには、表面がオーステナイト相で覆われていれば良く、鋼内部においては、マルテンサイトが存在していても良い。鋼内部にマルテンサイトが存在することによって鋼の強度を向上させることができる。すなわち、表面以外の領域でのrの値については、特に限定されない。
【0038】
(C)製造方法
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について特に制限はないが、以下に示す製造方法を用いることにより、製造することができる。以下の製造方法では、例えば、加工工程、熱処理工程および窒素吸収処理工程を順に行う。各工程について詳しく説明する。
【0039】
<加工工程>
まず、圧延鋼板等の鋼に対して、マルテンサイト相への変態を伴う加工を施す。上記加工を施すことによって、マルテンサイト変態が促進され、後述する熱処理後により細粒かつ整粒の組織となり、強度と伸びとのバランスに優れた鋼が得られる。この加工工程では、熱処理工程の前に、圧延鋼板の組織を十分にマルテンサイト変態させる必要がある。理想的には、圧延鋼板の組織を100%マルテンサイト相にすることが望ましいが、体積率で95%以上のマルテンサイト相を含む金属組織とすれば十分である。
【0040】
また、この加工工程は、室温以下の温度条件下で実施することが好ましく、例えば、30℃以下の温度条件下で実施することが好ましい。なお、ステンレス鋼の組成に依存するが、加工の際の温度は−30℃以下とするのがより好ましく、−50℃以下とするのがさらに好ましい。
【0041】
また、上記の加工として、例えば、前記圧延鋼板に対する冷間圧延を挙げることができる。その他にも、冷間での圧延鋼板もしくは鋼片からの押し出し、または引き抜き等を採用しても良い。圧延鋼板の組織を95%以上マルテンサイト相にするために、前述の加工工程を繰り返し施しても良い。例えば、50%程度にマルテンサイト変態した冷延鋼板に対してさらに冷間加工を加え、十分に変態させても良く、組織が95%以上マルテンサイト相の鋼板にさらに冷間加工を加えても良い。
【0042】
<熱処理工程>
前記加工工程によるマルテンサイト変態後、オーステナイト母相へ逆変態させる熱処理工程を行う。この熱処理工程によって、オーステナイト相の結晶粒が著しく微細化されてオーステナイト相の安定性が向上し、鋼組織を強化することができる。ただし、強度と伸びとのバランスに優れた鋼を得るためには、熱処理工程での結晶粒の成長、それに伴う整粒化が必要となる。その際の結晶粒径は、0.5μm以上とするのが好ましく、1.0μm以上とするのがより好ましい。なお、ステンレス鋼の組成に依存するが、同粒径を達成するためには、熱処理温度は700〜1000℃以下とするのが好ましく、750〜950℃とするのがより好ましい。
【0043】
<窒素吸収処理工程>
前記熱処理工程の後、オーステナイト相の微細粒組織を維持した上で窒素を吸収させるための加熱処理を施す。オーステナイト相を維持するため、窒素吸収処理工程時の加熱温度は、前記逆変態および粒成長を伴う熱処理工程での加熱温度以下の温度域とすることで窒素吸収処理工程での粒成長を抑制できるので好ましい。具体的には、粒成長を十分に抑制し細粒組織を維持するためには窒素吸収処理工程時の加熱温度は300〜700℃とするのが好ましく、350〜650℃とするのがより好ましい。700℃を超える温度での実施は、粒成長を起こす可能性が高まり好ましくない。
【0044】
また、窒素吸収処理工程は、少なくとも、硫化水素、フッ化水素等のステンレス鋼の酸化皮膜の除去を目的とするガスと、窒素、アンモニアという窒素源となるガスとを含む混合雰囲気中で加熱することにより実施される。この窒素吸収処理工程は、吸収を阻害する表面酸化皮膜を除去した後、窒素を供給することで実施される。これにより、オーステナイト相の平均の格子定数d
Ave.の表面と中心部との差を0.010Å以上とし、水素脆化を抑制することが可能となる。
【0045】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0046】
供試鋼の組成を表1に示す。供試鋼は成分調整した実験室レベルの小型鋳塊である。実験室レベルの設備を用いて、1100℃で板厚4mmまで熱間圧延し、1100℃×30分の焼鈍後、板厚1mmまで冷間圧延した。なお、板厚1mmまでの冷間圧延工程は、加工誘起マルテンサイト変態の促進を目的として、表2に示す一部の試験材については液体窒素中に5分間保持後に実施した。同圧延は複数回に渡り実施されるが、毎回、液体窒素中に5分間保持した後、圧延を実施した。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
前記冷間圧延工程後、前記マルテンサイト相からオーステナイト母相へ逆変態させるために、表2に示す温度で3分保持する熱処理を行い、続けて表2に示す条件(窒素吸収処理温度および雰囲気)で窒素吸収処理を施した。最後に性能調整を目的として、室温にて板厚0.5mmまで調質圧延を実施した。
【0050】
前記窒素吸収処理工程において、700℃以下で加熱する場合、加熱中の雰囲気を75%アンモニア(NH
3)+25%硫化水素の混合ガス、窒素吸収処理温度での保持から冷却までの間の雰囲気を100%アンモニアとした。これらの例では、窒素吸収処理温度で4時間保持した。表2には「NH
3+H
2S」と示している。なお、窒素吸収処理温度に至るまでの昇温時間は約30分である。
【0051】
他方、前記窒素吸収処理工程において、窒素吸収処理温度が700℃を超える場合には、前記温度で10分間保持した。なお、700℃を超える温度で窒素吸収処理工程を行う場合であって、表2に「H
2+N
2+H
2S」と示した例においては、500℃に昇温するまでの間の雰囲気を「49%水素(H
2)+50%窒素(N
2)+1%硫化水素(H
2S)」の混合ガスとし、500℃を超えて窒素吸収処理温度に至り、保持し、その後、室温に冷却するまでの間の雰囲気を「50%水素+50%窒素」の混合ガスとした。なお、加熱時500℃に至るまでの時間は約1分である。
【0052】
また、700℃を超える温度で窒素吸収処理工程を行う場合であって、表2に「N
2」と示した例においては、昇温から冷却に至るまでの窒素吸収処理工程を全般的に100%窒素ガスの同一雰囲気で実施した。
【0053】
同材より試験片を採取し、調質圧延前の結晶粒径、表面部および中心部での平均格子定数(d
Ave.)、調質圧延後の表面でのオーステナイト相の割合(r値)、ならびに、引張特性を測定した。結晶粒径を測定するため、試験片の圧延方向に対して平行な断面を形成し、当該断面を研磨し、所定の酸混合水溶液で腐食させた後、光学顕微鏡またはSEMを用いて、当該断面の組織を調査した。そして、平均的かつ代表的な部位にて結晶粒径を測定した。
【0054】
表面部および中心部での平均格子定数(d
Ave.)、ならびに、表面部でのオーステナイト相の割合(r値)は、X線回折装置を用いて測定し、前述した式(i)および式(ii)より算出した。なお、前記表面部として、試験片の最外表面から10μmまでに存在する金属組織を採取した。また、前記中心部として、板厚中央面から両側に10μm以内に存在する金属組織を採取した。
【0055】
引張特性は、圧延方向と平行な方向に試験片を採取し、インストロン型の引張試験機を用いて、引張強さおよび伸びを測定した。測定は室温にて実施した。水素脆化は、45MPaの水素ガス中で250℃×100h保持後に引張特性を測定し、伸びの変化より判定した。判定は、保持後の伸びの値が水素ガス中で保持する前の値(表2の「室温引張特性」の「伸び(%)」)に比べて85%未満であった場合を×、85%以上95%未満を○、95%以上を○○とした。
【0056】
それらの結果を表2に併せて示す。
【0057】
本発明の規定を全て満足する試験No.1〜14は、結晶粒径が10.0μm以下であり、いずれも引張強さが1200MPa以上、伸びが12%以上を達成し、優れた強度と伸びとのバランスを示す。また、結晶粒の微細化とともに、表面部と中心部とのd
Ave.の差を0.010Å以上とすることで表面でのr値が95%以上となり、水素脆化が十分に抑制される。
【0058】
特に、表面と中心でのd
Ave.の差が0.030Å以上の場合、水素脆化の評価は○○となり、顕著な抑制効果を示す。特に、マルテンサイト相への変態を伴う加工が室温以下の低温、具体的には液体窒素温度で実施した試験No.2および11は、結晶粒がさらに微細化し、同一の供試鋼の中で最良の性能を示す。
【0059】
他方、試験No.15〜18は、鋼の組成は本発明の規定を満足するものの、製造条件が適切でないことに起因して、本発明で規定される要件を全て備えないため、水素脆化を起こす。
【0060】
具体的には、試験No.15および18は、比較的優れた強度と伸びとのバランスを示すものの、窒素吸収処理の雰囲気が適切でなく、表面部と中心部とのd
Ave.の差が小さいため、調質圧延後に表面でのr値が規定範囲外となり、脆化する。試験No.16および17は、熱処理または窒素吸収処理での加熱温度が高いため、結晶粒径が大きく、調質圧延後に表面でのr値が規定範囲外となり、脆化する。
【0061】
試験No.19〜28は鋼の組成が本発明の規定を満足しないため、適切な条件で製造した場合でも、結晶粒径および表面部と中心部とのd
Ave.の差の一方または両方が本発明の規定を満たさず、表面でのr値も本発明の規定から外れるため、水素脆化を起こす。また、伸びも10%以下にとどまり、優れた強度と伸びとのバランスも達成されない。
【0062】
また、試験No.27および28は、マルテンサイトからオーステナイトへの逆変態と窒素吸収とを兼ねた熱処理を施した例である。試験No.27は、熱処理の温度が高いため、結晶粒径が著しく大きく、調質圧延後に表面でのr値が規定範囲外となり、脆化する。そして、試験No.28は、熱処理温度が低いため、前工程の冷間圧延で形成された加工誘起マルテンサイト相が残存し、オーステナイト母相への逆変態が不十分となり、調質圧延後に表面でのr値が規定範囲外となり、脆化する。
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0〜20.0%、Ni:5.0〜13.0%、N:0.01〜0.30%、Nb:0〜0.5%、Ti:0〜0.5%、V:0〜0.5%、残部:Feおよび不純物である化学組成を有し、平均結晶粒径10μm以下であり、オーステナイト相の平均の格子定数d