特許第6137527号(P6137527)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6137527癌治療または癌緩和ケア用オクトレオチド修飾ナノ製剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6137527
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】癌治療または癌緩和ケア用オクトレオチド修飾ナノ製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 9/127 20060101AFI20170522BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20170522BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20170522BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20170522BHJP
【FI】
   A61K9/127
   A61K47/34
   A61K47/42
   A61P35/00
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-533881(P2012-533881)
(86)(22)【出願日】2011年2月23日
(86)【国際出願番号】JP2011053890
(87)【国際公開番号】WO2012035794
(87)【国際公開日】20120322
【審査請求日】2014年2月20日
【審判番号】不服2015-12859(P2015-12859/J1)
【審判請求日】2015年7月6日
(31)【優先権主張番号】特願2010-208744(P2010-208744)
(32)【優先日】2010年9月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510250733
【氏名又は名称】ナノシオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】岩瀬 由布子
(72)【発明者】
【氏名】米谷 芳枝
【合議体】
【審判長】 大熊 幸治
【審判官】 齊藤 光子
【審判官】 内藤 伸一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−47298(JP,A)
【文献】 日本薬学会 第130年会 要旨集,2010年 3月 5日,28CE−pm03
【文献】 Food and Chemical Toxicology,2008年,Vol.46,pages 3116−3121
【文献】 Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry,2008年,Vol.72,No.6,pages 1586−1594
【文献】 Journal of Clinical Oncology,1990年,Vol.8,No.11,pages 1907−1912
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K9/00-9/72,31/00-31/80,47/00-47/48
A61P35/00-35/04
CA、REGISTRY、MEDLINE、BIOSIS、EMBASE(STN)、JSTPlus、JMEDPlus、JST7580(JDREAM 3)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リポソームにおけるオクトレオチドの濃度が1.4mol%超である、オクトレオチドで修飾され、薬物が封入されていないリポソームを含む、癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物。
【請求項2】
リポソームがポリ(エチレングリコール)でさらに修飾されている、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
生理食塩水をコントロールとした場合の延命率を表す%ILSが100以上である、請求項1又は2記載の医薬組成物。
【請求項4】
癌が甲状腺髄様癌である、請求項1〜のいずれか1項記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物に関する。詳細には、本発明は、オクトレオチドで修飾されたリポソームを含む、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
甲状腺髄様癌(MTC)は、甲状腺のC細胞の癌化に起因する稀な癌である。MTCは外科的切除によって処置されているが、これにより患者のクオリティオブライフ(QOL)が低下することが問題となっていた。
【0003】
カンプトテシンの誘導体であるイリノテカン(CPT−11)がMTCに対する効力を有する可能性が示唆されているが、CPT−11は半減期が短く、重篤な副作用を示すので、その使用は制限されていた(非特許文献1)。
【0004】
抗癌剤をリポソームに封入すると、受動的標的化によって腫瘍における薬物の蓄積が増加し、副作用が軽減され得ることが知られている。さらに、リポソームをリガンドで修飾することによって、リポソームの治療効果を増強し得る。例えば、ソマトスタチン受容体(SSTR)の高親和性リガンドであるオクトレオチド(Oct)で修飾したリポソームにカンタリジン、ジヒドロタンシノンなどの抗癌剤を封入して、乳癌、胃癌を処置する試みがなされている(非特許文献2、3)。
【0005】
本発明者らは、Oct修飾したCPT−11封入リポソームを作製し、これがSSTRを発現するMTC由来の細胞株に対する細胞毒性をインビトロで示すことを報告した(非特許文献4)。しかし、インビボでMTCを処置するために有効な方法は確立されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ohno, R. et al., J. Clin. Oncol., 8:1907-1912 (1990)
【非特許文献2】Chang, C.C. et al., Food Chem. Toxicol., 46:3116-3121 (2008)
【非特許文献3】Chen, C.H. et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 72:1586-1594 (2008)
【非特許文献4】岩瀬由布子ら、日本薬学会、第130年会、要旨集、28CE−pm03(2010年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は:
[1]オクトレオチドで修飾されたリポソームを含む、癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物;
[2]リポソームにおけるオクトレオチドの濃度が0.8mol%超である、[1]の医薬組成物;
[3]リポソームがポリ(エチレングリコール)でさらに修飾されている、[1]または[2]の医薬組成物;
[4]生理食塩水をコントロールとした場合の延命率を表す%ILSが100以上である、[1]〜[3]のいずれかの医薬組成物。
[5]リポソームにイリノテカンが封入されている、[1]〜[4]のいずれかの医薬組成物;
[6]イリノテカンの投与量が20mg/kg体重以下である、[5]の医薬組成物;
[7]癌が甲状腺髄様癌である、[1]〜[6]のいずれかの医薬組成物、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、オクトレオチドで修飾されたリポソームを含む、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】細胞内取り込みに対するOct濃度の効果を示す図である。値は、平均±SDである(n=3)。*は、SLと比較した有意差(p<0.05)を表す。
図2】競合阻害試験の結果を示す図である。
図3】競合阻害試験の結果を示す図である。
図4】薬物未封入リポソームを用いた細胞毒性試験の結果を示す図である。
図5】PI3K/Akt/TSC2/mTOR/p70S6Kシグナルカスケードを示す図である。
図6】Akt、TSC2及びp70S6Kのリン酸化に対するOct−CLの効果を示す図である。
図7】腫瘍サイズに対するCPT−11封入リポソームの効果を示す図である。
図8】体重に対するCPT−11封入リポソームの効果を示す図である。
図9】生存率に対するCPT−11封入リポソームの効果を示す図である。
図10】腫瘍サイズに対するCPT−11封入リポソームの効果を示す図である。
図11】体重に対するCPT−11封入リポソームの効果を示す図である。
図12】生存率に対するCPT−11封入リポソームの効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物を提供する。
【0012】
本明細書において使用する用語「甲状腺髄様癌」(本明細書において「MTC」ともいう)は、甲状腺のカルシトニン分泌濾胞傍細胞(C細胞)に由来する悪性内分泌腺腫瘍を指す。MTCは甲状腺癌の約3〜5%を占める。MTCの75%は散発性であり、残りの25%は家族性である(多発性内分泌腫瘍IIA型(MEN2A)、多発性内分泌腫瘍IIB型(MEN2B)および家族性甲状腺髄様癌(FMTC))。MTC上にはソマトスタチン受容体が発現されていることが知られている。
【0013】
本明細書において使用する用語「ソマトスタチン受容体」(本明細書において「SSTR」ともいう)は、成長ホルモン分泌抑制因子であるソマトスタチンをリガンドとする受容体を指す。SSTRは7回膜貫通型Gタンパク質共役受容体であり、MTCに加えて、神経内分泌腫瘍、胃腸膵腫瘍、下垂体腫瘍、カルチノイド腫瘍などで過剰発現されている(下記参照)。SSTRにソマトスタチンアナログが結合すると、PI3K、Akt、TSC2、mTOR、p70S6Kのリン酸化を介してシグナルが伝達され、細胞周期が抑制される(PI3K/Akt/TSC2/mTOR/p70S6Kシグナルカスケード)(Grozinsky-Glasberg, S. et al., Endocr. Relat. Cancer, 15:701-720 (2008);Theodoropoulou, M. et al., Cancer Res., 66:1576-1582 (2006))。
【0014】
ソマトスタチン受容体には、5つのサブタイプ(sst1〜5)があり、オクトレオチドはsst2、sst3、sst5のサブタイプのソマトスタチン受容体に対して高い親和性を有する(Patel, Y. C., Frontiers in Neuroendocrinology, 20:157-198 (1999))。胚発生中の神経管閉鎖に伴って遊走する神経堤細胞(neural crest cells)は、ソマトスタチンに対する免疫活性および副腎由来の特性(カテコールアミン陽性)を有する。これは神経堤細胞の発生初期にのみ出現する事象であり(Maxwell, G. D. et al., Developmental Biology, 108:203-209 (1985);Garcia-Arraras, J. E. et al., Cell and Tissue Research, 295:33-41 (1999))、その多くは生後に消失する。そのソマトスタチン受容体を消失した細胞は、癌の発生時に再びソマトスタチン受容体を発現する。以下の癌がそのサブタイプ(sst2、sst3、sst5)に対する選択性を有することが知られている:甲状腺髄様癌(C細胞);下垂体不活性型腺腫;下垂体成長ホルモン腺腫;腎細胞癌;胃腸膵管系腫瘍(クロム親和性細胞);褐色細胞腫;神経芽細胞腫/髄芽腫/髄膜腫;リンパ腫;傍神経節腫(Reubi, J. C. et al., European Journal of Nuclear Medicine, 28:836-846 (2001));乳癌(エストロジェン受容体を有する細胞)(Reubi, J. C. et al.(上記);Orlando, C. et al., Endocrine-Related Cancer, 11:323-332 (2004));小細胞肺癌(Reubi, J. C. et al.(上記);Papotti, M. et al., Virchows Archiv, 439:787-797 (2001));肝臓癌(Reubi, J. C. et al.(上記);Blaker, M. et al., Journal of Hepatology, 41:112-118 (2004));眼球内ブドウ膜メラノーマ(Filali, M. K. E. et al., Graefes Archive for Clinical and Experimental Ophthalmology, 246:1585-1592 (2008));転移性肉腫(Friedberg, J. W. et al., Cancer, 86:1621-1627 (1999));メラノーマ(Lum, S. S. et al., World Journal of Surgery, 25:407-412 (2001));癌組織周囲の内皮細胞(Denzler, B. et al., Cancer, 85:188-198 (1999));急性骨髄性白血病(移動能を有する急性骨髄性白血病細胞)(Oomen, S. P. M. A. et al., Leukemia, 15:621-627 (2001))。従って、本発明は、このようなソマトスタチン受容体を発現する任意の癌に対して有効である。
【0015】
本発明は、オクトレオチドで修飾されたリポソームを含む、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物を提供する。また、本発明は、本発明の組成物を投与する工程を含む、MTCなどの癌の治療、緩和ケアまたは予防のための方法を提供する。本発明の医薬組成物は、一般に1ナノメートル超の大きさを有する。このような医薬組成物を、本明細書において「ナノ製剤」ともいう。また、1ナノメートル超の大きさを本明細書において「ナノサイズ」ともいう。
【0016】
本発明において、SSTRに結合する物質をリガンドとして使用する。好ましくは、SSTRに結合する物質はオクトレオチドである。「オクトレオチド」(本明細書において「Oct」ともいう)は、ソマトスタチンの生物学的活性を示すのに重要な部分である4つのアミノ酸(Phe−Trp−Lys−Thr)をそのままの配列で残した8個のアミノ酸よりなる環状ペプチドであり、SSTRに対する高親和性を有し、増加した血漿半減期を示すソマトスタチンアナログである。SSTRに結合する物質はオクトレオチドに限定されるものではなく、SSTRに結合する能力を有し、本発明の医薬組成物において使用した場合に、MTCなどの癌の細胞に対する毒性を示す任意の物質を使用することができる。
【0017】
本発明において使用する用語「リポソーム」は、リン脂質を使用して得られる小胞を指す。本発明において任意のリン脂質を使用することができる。リン脂質の例としては、限定するものではないが、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリンなどが挙げられる。好ましくは、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)などが使用される。さらに、他の脂質、例えば、コレステロール(Chol)を添加してもよい。
【0018】
1つの実施態様において、本発明によるリポソームは、ポリ(エチレングリコール)でさらに修飾されていてもよい。本明細書において使用する用語「ポリ(エチレングリコール)」(本明細書において「PEG」ともいう)は、エチレングリコールが重合したポリエーテルを指す。本発明において任意の分子量のPEGを使用することができるが、PEGの分子量は、好ましくは500以上、より好ましくは1000以上、さらに好ましくは1500以上であり、好ましくは6000以下、より好ましくは5000以下、さらに好ましくは4000以下である。例えば、PEGは3400の平均分子量を有する。
【0019】
リポソームに対するOctの比率、すなわち、リポソームにおけるOctの濃度は、例えば0.8mol%超、好ましくは1.0mol%以上、より好ましくは1.2mol%以上、さらに好ましくは1.4mol%以上、さらにより好ましくは1.6mol%以上である。本発明者らは、より高いOct濃度がMTC細胞に対する細胞毒性に有効であることを見出した。従って、リポソームにおけるオクトレオチドの濃度は、高いことが望ましいが、例えば10mol%以下、好ましくは8mol%以下、より好ましくは6mol%以下、さらに好ましくは5mol%以下である。Oct修飾したリポソームに関する以前の報告において使用されていたリポソームにおけるOctの濃度は約0.5mol%であり(非特許文献2、3)、本発明では、より高濃度のOctを使用することが好ましい。
【0020】
例えば、OctおよびPEGを含むリポソームを、Hattori, Y. et al., J. Control. Release, 136:30-37 (2009)に記載方法に従って、DSPCおよびCholを混合し、フィチン酸(IP−6)を加えて振とうすることによってリポソームを調製し、これにOct、PEG、DSPEの結合体(Oct−PEG−DSPE)を加えることによって得ることができる(後付け修飾)。あるいは、上記Hattori, Y. et al.に記載の方法に従って、DSPE、Chol、Oct−PEG−DSPEを混合して、フィチン酸(IP−6)を加えて振とうすることによってOctおよびPEGを含むリポソームを調製することもできる。
【0021】
Octでの修飾は上記のような方法に限定されるものではなく、OctがSSTRと結合可能な状態でリポソームに含まれる限り、当技術分野において公知の任意の方法を使用することができる。
【0022】
また、上記のような方法でリポソームを調製する場合は、リポソーム当たりのPEGの量が、Octが結合したOct−PEG−DSPEの量によって決定されるが、PEGを含まないリポソームを調製することや、PEGの量を任意に増加または減少させることもできる。そのような方法は当技術分野において公知である。
【0023】
薬剤が血管内に投与される場合には、体内ではナノサイズよりも小さい分子でしか通過できない毛細血管が大半を占められているため、ナノ製剤は、正常細胞周辺では血管を透過して細胞に簡単には達することはできない。そのため血管内に投与されたナノ製剤は高濃度で血管内に維持されることになる(Igarashi, E., Toxicol Appl Pharmacol, 229:121-34 (2008))。一方、癌細胞周辺では血管新生が盛んであり、増殖能が高いためにナノサイズの物質でも容易に血管を透過することができる。従って、ナノ製剤は、血管内で癌組織選択性を有している。この標的ナノ製剤は、癌発生の時期の細胞に特に強く発現するソマトスタチン受容体に対して高い親和性を有するペプチド(Oct)を癌細胞の標的として使用し、ナノサイズによる組織選択性により、選択的に癌組織に到達し、なおかつ癌細胞選択性によって癌細胞に取り込まれ、癌細胞との相互作用により長く癌組織に滞留することが可能であるので非標的ナノ製剤に比べて有効性と安全性において有利であり、患者のQOLの改善にも結びつくことが期待される。
【0024】
1つの実施態様において、本発明によるリポソームには、薬物が封入されていてもよい。薬物を上記のようなリポソームの調製の際に添加することによって、薬物をリポソームに封入することができる。薬物:リポソームの質量比は、適宜決定され、例えば0.1:1以上、好ましくは0.2:1以上、より好ましくは0.4:1以上、であり、例えば1:1以下、好ましくは0.8:1以下、さらに好ましくは0.6:1以下である。
【0025】
薬物としては、例えばイリノテカン、ドキソルビシンなどの任意の抗癌剤を使用することができる。好ましくは、本発明によるリポソームに封入される薬物は、MTCなどの癌に対して作用する抗癌剤であり、より好ましくはイリノテカンである。「イリノテカン」(本明細書において「CPT−11」ともいう)は、カンプトテシンの水溶性誘導体であり、カルボキシエステラーゼによって活性型のSN−38に変換されて、トポイソメラーゼを阻害する。CPT−11の投与に際して、下痢、腸炎、骨髄抑制、吐き気、嘔吐、下血、腸閉塞、間質性肺炎などの副作用が見られることが知られている。薬物の投与量は、例えばCPT−11の場合、例えば30mg/kg体重未満、好ましくは25mg/kg体重以下、より好ましくは20mg/kg体重以下、さらに好ましくは15mg/kg体重以下であり、例えば1mg/kg体重以上、好ましくは2mg/kg体重以上、より好ましくは5mg/kg体重以上であり、最も好ましくは約10mg/kg体重である。本発明によれば、CPT−11のような薬物の投与量を低下させることができるので、従来の高投与量(30mg/kg体重)に伴う上記の種々の副作用を軽減することができる。
【0026】
嘔吐は、抗癌剤治療あるいは手術後に発生する。これは患者のQOLの低下の原因となっている。嘔吐は、抗分泌薬と抗嘔吐薬の両方あるいは何れかの薬剤を使用することによって抑制される。Octは、急速に消化管分泌を減らすことができ、鎮痙薬のヒヨスチン・ブチルブロマイドが効かない高度の腸閉塞を持つ患者に特に重要な役割を持っている。Octは、緩和ケア治療薬として使用されており、モルヒネ、ヒヨスチン・ブチルブロマイドやハロペディドールなどの他の緩和ケア薬剤との併用治療も可能である(Ripamonti, C. I. et al., European Journal of Cancer, 44:1105-1115 (2008))。現在、処方薬として使用されているOctによる治療では、細胞選択性はあるが、ナノサイズではないので、痛みの部位周辺組織への選択性は期待できない。しかし、Octと併用されている薬剤を封入したOct修飾ナノ製剤の作製により、痛みの部位周囲の組織への選択的な集積、Octによる細胞選択性による痛みの部位周辺の組織と細胞への集積により有効な緩和ケア治療薬も可能となる。
【0027】
本発明の医薬組成物の投与は、全身投与、局所投与のいずれでもよい。投与経路は、静脈内、皮下、腹腔内、筋肉内、鼻腔内などの任意の経路であり得る。本発明の医薬組成物は、賦形剤、希釈剤、安定化剤等、製剤の分野で使用される任意の成分をさらに含んでもよい。
【0028】
本発明の医薬組成物を、インビトロで、例えば、MTCなどの癌由来細胞株に対する細胞毒性を指標として評価することができる。さらに、本発明の医薬組成物を、インビボで、例えば、動物における腫瘍サイズ、生存率などを調べることによって評価することができる。
【0029】
本発明の医薬組成物の延命効果を、[(処置群平均生存日数)−(コントロール投与群平均生存日数)/(コントロール投与群平均生存日数)]×100(%)の式に従って算出される%ILS(increase of life-span;延命率)によって評価することができる。例えば、生理食塩水をコントロールとした場合、%ILSは、例えば100以上、好ましくは120以上、より好ましくは150以上、さらに好ましくは180以上、さらにより好ましくは200以上である。
【0030】
本発明者らは、本発明の組成物を使用して、インビボで、薬物投与終了後でも、腫瘍サイズの増加が抑制され、動物が延命され、MTCが完全に治癒され得ることを示した。従来、MTCの処置は外科的切除によって行われていた。イリノテカンのMTCに対する効力は示唆されていたが、その副作用は重篤であり、有効な薬物療法は確立されていなかった。本発明は、MTCなどの癌の治療、緩和ケアおよび予防に有効な医薬組成物を初めて開示するものである。さらに、本発明者らは、OctおよびPEGを含む薬物未封入リポソームがMTC細胞に対する細胞毒性を示すことを見出した。Octは従来、ソマトスタチン受容体検出用診断薬や、薬物の標的化送達のためのリガンドとして使用されており、薬物未封入Oct修飾リポソーム自体が細胞毒性を示すことは予想外であった。本発明の医薬組成物によって示されるインビボでのMTCに対する効果は、そこに封入されたCPT−11の効果がOct修飾リポソームによって相加的または相乗的に増強されたものである可能性がある。甲状腺髄様癌(C細胞)を用いたインビボ担癌動物モデル実験では、遊離の薬剤およびリガンドのないCPT−11封入ナノ製剤が部分寛解であるのに比べ、CPT−11封入Oct修飾ナノ製剤は完全寛解した。これは、最適なOctの修飾率による増強効果によるものと考えられることから、本発明のOct修飾ナノ製剤は、他の抗癌剤に対しても同様の効果を有することが期待できる。
【0031】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
実施例1:Oct修飾リポソームの特徴付け
(1)リポソームの調製および修飾
ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC、日油)およびコレステロール(Chol、和光純薬)(モル比55:45;質量比80mg:32mg)をエタノールに溶解し、70℃に設定したロータリーエバポレーターを使用してエタノールをわずかに残して除去した。これに、トリエタノールアミンでpH6.5に調整した80mMフィチン酸(IP−6)溶液(ナカライテスク)を加え、得られた混合物を70℃で温めながら5分間激しく振とうして、リポソームを得た。得られたリポソームを再度エバポレーターにかけ、残りのエタノールを除去した。超音波処理によりリポソームサイズを約150nmにした。Sephadex G50を使用したゲルろ過により外液をHBS緩衝液(20mM HEPES、150mM NaCl、pH7.4)に置換し、リポソーム画分を集めた。リン脂質テストワコー(和光純薬)を用いて、集めたリポソーム画分のDSPC濃度を測定した。求めたDSPC濃度およびDSPC:Cholのモル比(55:45)に基づいて総脂質量を算出した。
【0033】
調製したリポソーム溶液に、イリノテカン(「CPT−11」、ヤクルト本社)水溶液(10mg/ml)を、CPT−11:総脂質=0.6:1(質量比)になるように加え、60℃で60分インキュベートして、CPT−11を封入した。ドキソルビシン(「DXR」、和光純薬)封入リポソームの場合は、DXR:総脂質=0.2:1(質量比)になるようにDXRを加え、60℃で25分インキュベートして封入した。インキュベーション終了後、5分間氷冷し反応を停止した。未封入の薬物をSephadex G50を使用したゲルろ過により除去して、未修飾リポソーム(「CL」)を得た。
【0034】
オクトレオチド−ポリ(エチレングリコール)3400−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(Oct−PEG−DSPE、神戸天然物化学)水溶液を、リポソーム総脂質量の0.25、0.8、1.0、1.2、1.4または1.6mol%となるように上記で得られたCLに加え、得られた混合物を60℃で20分間加温し(後付け修飾)、Oct修飾リポソーム(Oct−CL)として「0.25Oct−CL」、「0.8Oct−CL」、「1.0Oct−CL」、「1.2Oct−CL」、「1.4Oct−CL」、および「1.6Oct−CL」を得た。
(4.4Oct−CLの調製法です。)
4.4Oct−CLは、DSPC、CholおよびOct−PEG−DSPE(モル比55:45:8.8;質量比5.68mg:2.28mg:6mg)を用い、リポソームの調製およびDXRの封入はCLと同様の方法で行った (先付け修飾)。
【0035】
PEG化非Oct修飾リポソーム(「SL」)を、Oct−PEG−DSPEの代わりにメトキシ−ポリ(エチレングリコール)2000−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(PEG−DSPE、日油)を1.6mol%となるように加えて調製した。
【0036】
薬物未封入リポソームを、薬物(CPT−11、DXR)封入を行わなかった以外、上記の薬物封入リポソームと同じ手順で調製した。
【0037】
(2)Oct修飾リポソームの特徴付け
得られたOct修飾リポソーム(0.25Oct−CL、0.8Oct−CLおよび1.6Oct−CL)ならびに未修飾リポソーム(CL)およびPEG化非Oct修飾リポソーム(SL)について、サイズ(nm)およびゼータ電位(mV)(ELS−Z2(大塚電子)使用)ならびにCPT−11封入効率(%)を測定した。リポソーム中の薬物の濃度を、1%Tritonによるリポソームの破壊後、DXRについては480nmでUV−1700 PharmaSpec(島津製作所)を使用して、CPT−11については励起波長375nmおよび蛍光波長535nmでWallac ARVO SX1420マルチラベルカウンター(PerkinElmer)を使用して測定した。結果を平均±SD(n=3)で表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
オクトレオチド(Oct)濃度の増加にともなって(0〜1.6mol%)、リポソームのゼータ電位が低下した。このことは、リポソームがOctで修飾されたことを示唆する。リポソームの修飾後の最終Oct濃度を、1%Tritonにおける1:1,000希釈後にOct−EIAキット(Peninsula Laboratories)を使用して測定したところ、それぞれのOct修飾リポソームにおけるOctの量は理論値の70%より多かった。CPT−11封入効率はCL以外の全てのリポソームにおいて>82%であった。全てのタイプのリポソームの平均直径およびその中に封入されたCPT−11の量は、暗所4℃で少なくとも1ヶ月変化しなかった。
【0040】
実施例2:細胞内取り込みに対するOct濃度の効果
ソマトスタチン受容体(SSTR)を高発現するヒト甲状腺髄様癌細胞株であるTT細胞(European Collection of Cell Cultures(ECACC)から入手)を、6ウェルプレートに、10%熱不活化ウシ胎仔血清(FBS)を補充したHam’s F−12培地中、10細胞/ウェルの密度で播種し、72時間培養した。細胞に、DXR量として50μg/mlの0.25Oct−CL、0.8Oct−CL、1.0Oct−CL、1.2Oct−CL、1.4Oct−CL、1.6Oct−CL、4.4Oct−CLまたはSLを含む培地(2ml/ウェル)を添加し、37℃で1または2時間インキュベートした。なお、CPT−11は下記の波長で励起されないので、本実施例ではCPT−11の代わりにDXRを封入したリポソームを使用した。培地を除去し、PBS(pH7.4)で3回洗浄し、次いで、リポソームの細胞内取り込みを、488nmアルゴンイオンレーザーを備えたFACS Caliburフローサイトメーター(Becton-Dickinson)およびCELL Questソフトウェア(Becton-Dickinson Immunocytometry System)を使用して分析した。2時間の培養後の相対平均蛍光強度を図1に示す。図1において、0.25、0.8、1.0、1.2、1.4、1.6、4.4およびSLはそれぞれ0.25Oct−CL、0.8Oct−CL、1.0Oct−CL、1.2Oct−CL、1.4Oct−CL、1.6Oct−CL、4.4Oct−CLおよびSLについての結果を示し、*は、SLとの統計的有意差を示す(p<0.05)。
【0041】
図1に示すように、Oct修飾されていないSLと比較して、0.25Oct−CLおよび0.8Oct−CLの細胞内取り込みはむしろ低かった。また、0.25Oct−CLと0.8Oct−CLとの間には有意な差はなかった。一方、1.4Oct−CL、1.6Oct−CLおよび4.4Oct−CLの細胞内取り込みは他と比較して有意に高かった。すなわち、従来技術において使用されていたような低いOct濃度(約0.5%)では、Oct修飾による細胞内取り込み増強効果は観察されず、細胞毒性の発揮において高いOct濃度(1.6mol%)でのOct修飾が有効であることが示された。
【0042】
2時間インキュベートした後の1.6Oct−CLの蛍光強度は1時間後の2倍に増加したが、SLではそのような増加は観察されなかった。すなわち、Oct−CLの細胞内取り込みはインキュベーション時間依存的に増加することが示された。
【0043】
実施例3:競合阻害試験
実施例2において観察された細胞内取り込みがソマトスタチン受容体(SSTR)を介しているかどうかを調べるために、競合阻害試験を行った。詳細には、20倍モル過剰量(84nmol/ml)の遊離Oct(Acris Antibodies GmbH)の存在下での、DXRを封入した1.6Oct−CL(Oct:4.2nmol/ml)の37℃で2時間のTT細胞内取り込みを、フローサイトメトリーにより調べた。その結果、過剰量の遊離Octは1.6Oct−CLの細胞内取り込みに影響を与えなかった。この理由は明らかではないが、上記の結果によって、Oct修飾リポソームのSSTRに対する親和性が遊離Octより高いことが示唆された。
【0044】
次に、2倍容量(258μL)の薬物を封入していない空の1.6Oct−CL(Empty 1.6Oct−CL)、またはコントロールとして空のSL(Empty SL)の存在下での、DXRを封入した1.6Oct−CLの37℃で2時間のTT細胞内取り込みを、フローサイトメトリーにより調べた。その結果、いずれの場合でも阻害が観察されたが、Empty Oct−CL存在下での細胞内取り込みは、Empty SL存在下での約半分であり、Empty Oct−CLによる細胞内取り込みの有意に高い競合的阻害が示された(図2(B))。この競合的阻害を模式的に図2(A)に示す。さらに、共焦点レーザー顕微鏡観察により、封入した薬物(DXR)は核内に取り込まれていることが示された(図3)。このように、薬剤を封入した1.6Oct−CLの核内への取り込みが、Oct修飾依存性であることが示された。
【0045】
実施例3:細胞毒性試験
(1)CPT−11封入リポソームを用いた細胞毒性試験
TT細胞を96ウェルプレートに10細胞/ウェルの密度で播種し、そこに種々の濃度の遊離CPT−11、1.6Oct−CLまたはSLを添加し、48時間、72時間および96時間インキュベートした。次いで、細胞をPBSで洗浄した後、発色試薬(Cell Counting kit−8、同仁化学研究所)を1ウェル(100μL)当たり10μL添加し、450nmで吸光度を測定し、IC50(μM)を算出した。結果を表2に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
表2に示すように、いずれの場合も細胞毒性は経時的に増加した。96時間でのSLについてのIC50値は、遊離CPT−11のものとほぼ同じであった。一方、1.6Oct−CLの細胞毒性は、48時間では遊離CPT−11より低かったが、96時間では遊離CPT−11の約1/2と遊離CPT−11を上回った。すなわち、いずれの薬物封入リポソームについても細胞毒性は見られたが、Oct修飾した薬物封入リポソームを使用した場合、長時間のインキュベーション後に細胞毒性が増強されることが示された。これは、受容体を介したエンドサイトーシス機構によって細胞内取り込みが促進され、活性型のSN−38への変換によって発揮されるCPT−11の細胞毒性が増強されるためであることが確認されている(データは示さず。)。
【0048】
(2)薬物未封入リポソームを用いた細胞毒性試験
上記結果から、CPT−11に加えて、標的化のためのリガンドとしてのOctで修飾したリポソーム自体が細胞毒性を有している可能性が示唆された。そこで次に、細胞毒性に対するリガンド(Oct)の効果を評価するために、CPT−11未封入のリポソームを用いて細胞毒性試験を行った。詳細には、96ウェルプレートに播種したTT細胞に、各種濃度(Oct量として0.042〜8.4μM)の薬物を封入していないPEG化非Oct修飾リポソーム(Empty SL)、薬物を封入していない1.6mol%Oct修飾リポソーム(Empty 1.6Oct−CL)、薬物を封入していない4.4mol%Oct修飾リポソーム(Empty 4.4Oct−CL)、コントロールとしての遊離Octを添加し、96時間インキュベートした。細胞をPBSで洗浄した後、発色試薬を添加し、450nmで吸光度を測定した。ここで、Empty 4.4Oct−CLを、最初からOct−PEG−DSPEをDSPE:Chol:Oct−PEG−DSPE=55:45:8.8(モル比)となるように加えた以外、実施例1と同様に調製した。これは、Oct−PEG−DSPEの低い水溶性の故に、1.6mol%より高い濃度での後付け修飾が困難であったからである。
【0049】
結果を図4に示す。図4において、各濃度について4つの棒は、それぞれ左から遊離Oct、Empty 1.6Oct−CL、Empty 4.4Oct−CL、Empty SLについての細胞生存率(%)を示す。いずれの濃度でも、遊離のOctに細胞毒性が観察された。リポソームの中では、より高濃度のOctで修飾されたEmpty 4.4Oct−CLが、いずれの濃度でも特に高い細胞毒性を示し、これは遊離Octのものより高かった。この結果は、リポソームにおける高濃度のOctが細胞毒性を示すことを示唆する。
【0050】
(3)Akt、TSC2およびp70S6Kのリン酸化に対するOct−CLの効果
Octは、PI3K/Akt/TSC2/mTOR/p70S6Kシグナルカスケード(図5)のTSC2、mTORおよびp70S6Kタンパク質のリン酸化に関与することが知られている。上記のOctによる細胞毒性とPI3K/Akt/TSC2/mTOR/p70S6Kシグナルカスケードとの関係を調べるために、この経路のAkt、TSC2およびp70S6Kのリン酸化に対するEmpty 1.6Oct−CLの効果を調べた。詳細には、TT細胞をEmpty 1.6Oct−CL(Oct濃度として0.42μM)またはEmpty SL(Empty 1.6Oct−CLの脂質量に相当する量)で24時間処理した後、細胞抽出液(タンパク質量:40μg/レーン)中のAkt(分子量60 kDa)、TSC2(分子量200 kDa)およびp70S6Kタンパク質(分子量70 kDa、85 kDa)を電気泳動し、一次抗体としてのAkt−抗体、TSC2−抗体、p70S6K−抗体、phospho−Akt−抗体、phospho−TSC2−抗体およびphospho−p70S6K−抗体(Cell Signaling Technology、すべて1000倍希釈)および二次抗体としてのヤギ抗ウサギ−HRP(Santa Cruz Biotechnology、2500倍希釈)を使用して検出を行った。
【0051】
図6に示すように、Empty 1.6Oct−CLを添加した場合、p70S6Kのリン酸化が低下したが、AktおよびTSC2のリン酸化には影響がなかった。Empty SLは、今回検討したAkt、TSC2およびp70S6Kのリン酸化に影響を与えなかった。このことは、Empty Oct−CLによる細胞毒性はPI3K/Akt/TSC2/mTOR/p70S6Kシグナルカスケードにおけるリン酸化の低下に関連することを示唆する。また、このリン酸化の低下が、Empty SLではおきないことから、リポソームを構成する脂質による影響ではなく、リガンドであるOctに関連することを示唆する。
【0052】
実施例4:インビボにおけるCPT−11封入リポソームの効果
CPT−11を封入したOct修飾リポソームのインビボにおける効果を調べるために以下の実験を行った。TT細胞107個をマウス(ICR nu/nuマウス、6週齢、メス、オリエンタル酵母)に移植して、100〜250cmの腫瘍体積の腫瘍を形成させた。各群4匹のマウスに、CPT−11量として10mg/kg体重の未修飾リポソーム(CL)、1.6mol%Oct−PEG−DSPEで修飾したリポソーム(1.6Oct−CL)、1.6mol%Oct−PEG−DSPEおよび0.9%mol%PEG−DSPEで修飾したリポソーム(1.6Oct−SL)を投与した。投与は尾静脈より2回(1日目、4日目)行った。コントロールとして、生理食塩水、遊離CPT−11(30mg/kg)を3回(1日目、4日目、7日目)投与した。腫瘍サイズおよび体重を経時的に測定した。結果をそれぞれ図7および8に示す。図7、8において、白丸、三角、灰四角、黒丸、白四角はそれぞれCL、1.6Oct−CL、遊離CPT−11、生理食塩水、1.6Oct−SLについての結果を示す。図7において、実線の矢印はCL、1.6Oct−CL、1.6Oct−SLの投与を、破線の矢印は遊離CPY−11、生理食塩水の投与を示し、*はCLに対する有意差(p<0.05)を示す。また、生存時間および累積生存率をそれぞれ表3および図9に示す。図9において、丸、四角、三角はそれぞれCL、1.6Oct−CL、1.6Oct−SLについての結果を示す。表3における%ILSを、生理食塩水をコントロールとして、[(処置群平均生存日数)−(コントロール投与群平均生存日数)/(コントロール投与群平均生存日数)]×100(%)の式に従って算出した。表3中のメジアンはN匹の動物からなるそれぞれの群についての生存時間(日)の中央値を表す。
【0053】
【表3】
【0054】
測定期間中、体重に有意な差は見られなかった。遊離CPT−11を投与した場合は、生理食塩水を投与した場合と同様に、腫瘍サイズが増加し、延命効果は見られなかった。CLの場合もほぼ同様の結果が得られた。一方、Oct修飾したリポソーム(1.6Oct−CL、1.6Oct−SL)を投与した場合は、いずれも腫瘍サイズの増加が有意に抑制され、生存時間および生存率が有意に増加した。特に1.6Oct−CL投与群では、半数の動物が、薬物投与終了後でも300日以上生存し、腫瘍が完全に治癒されたことが示唆された。
【0055】
遊離CPT−11はインビトロでは細胞毒性を示したが(実施例3、表2、図4など)、インビボではコントロールとして使用した生理食塩水と同様な効果しか示さなかった。このように、インビトロでの結果からインビボにおける効果を予測することは困難であった。本発明者らは、これまでに有効な薬物療法が確立されていないMTCを、Oct修飾リポソームを使用してインビボで治療できることを初めて示した。また、Oct修飾リポソームを使用した場合のCPT−11の投与量は、遊離CPT−11の投与量よりかなり低かった(1/3)。すなわち、本発明によれば、CPT−11の投与量を低下させ、副作用を軽減できることが示された。
【0056】
同様に、CPT−11量として10mg/kg体重の1.6Oct−CLおよび2.5%mol%PEG−DSPEで修飾したリポソーム(2.5Oct−SL)ならびにコントロールとしての生理食塩水を、100cmの腫瘍体積の腫瘍を有する各群6匹のマウスに尾静脈より2回(1日目、4日目)投与して、腫瘍サイズ、体重および生存率を経時的に測定した。結果をそれぞれ図10、11および12に示す。図10、11および12において、白三角、丸、黒三角はそれぞれ1.6Oct−CL、SL、生理食塩水についての結果を示す。図10において、*および#はそれぞれSLおよび1.6Oct−CLに対する有意差(p<0.05)を示す。この場合にも、1.6Oct−CL投与群で、薬物投与終了後でも、腫瘍サイズの増加がほぼ完全に抑制された。Oct修飾されていないSLについても腫瘍サイズの抑制は観察されたが、1.6Oct−CL投与群での抑制効果の方が有意に高かった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明により、オクトレオチドで修飾されたリポソームを含む、甲状腺髄様癌などの癌の治療、緩和ケアまたは予防用医薬組成物が提供される。
図1
図2
図3
図4
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図6
図7
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図10
図11
図12