【実施例】
【0014】
以下、本発明を適用したエンジンの失火判定装置の実施例について説明する。
実施例の失火判定装置は、例えば自動車用ガソリンエンジンに設けられ、個々の気筒に関して各点火サイクル毎に正常に混合気に着火したか否かを判別するものである。
【0015】
図1は、実施例の失火判定装置の構成を模式的に示すブロック図である。
エンジン1は、例えば乗用車等の自動車に走行用動力源として搭載される4ストローク水平対向4気筒ガソリンエンジンである。
エンジン1は、図示しないクランクシャフトの前端部側(変速機と反対側)から順次配列された第1気筒10、第2気筒20、第3気筒30、第4気筒40を有する。
エンジン1は、例えば、クランクシャフトが車両の前後方向にほぼ沿って縦置き配置され、第1気筒10、第3気筒30は、車幅方向右側に配置された右バンク、第2気筒20、第4気筒40は、車幅方向左側に配置された左バンクに収容されている。
第1気筒10と第2気筒20、第3気筒30と第4気筒40は、各気筒のクランクピンのオフセット量だけずらした状態で、実質的にクランクシャフトを挟んで対向して配置されている。
エンジン1における点火順序(爆発順序)は、第1気筒10、第3気筒30、第2気筒20、第4気筒40の順に設定され、クランク角において180°毎に実質的に等間隔で点火(爆発)するようになっている。
【0016】
各気筒10〜40は、それぞれシリンダ、ピストン、燃焼室、吸排気ポート、吸排気バルブ、動弁駆動機構などの他、インジェクタ11,21,31,41、点火栓12,22,32,42等を有する。
インジェクタ11〜41は、各気筒の燃焼室内に霧化されたガソリンを噴射する噴射装置である。
インジェクタ11〜41の燃料噴射量及び燃料噴射時期は、エンジン1の運転状態に応じてECU100によって制御されている。
点火栓12〜42は、各気筒内で形成された混合気に、電気的なスパークによって着火させるものである。
点火栓12〜42の点火時期は、ECU100によって制御されている。
エンジン1はこれら以外に、各気筒に所定量の燃焼用空気を導入する吸気装置50、図示しない排気装置、排ガス後処理装置、過給装置、バルブタイミング可変装置、冷却装置、潤滑装置、EGR装置等を有して構成されている。
【0017】
エンジン1は、さらに、クランク角センサ60、水温センサ70等を有する。
クランク角センサ60は、エンジン1の出力軸である図示しないクランクシャフトの角度位置を検出するものである。
クランク角センサ60は、センサプレート61、ポジションセンサ62等を有して構成されている。
センサプレート61は、クランクシャフトの前端部に固定された円盤状の部材であって、外周縁部には所定の角度間隔で複数のベーン(歯)が放射状に突き出して形成されたスプロケット状の形状となっている。
ポジションセンサ62は、センサプレート61の外周縁部に対向して配置された磁気ピックアップであり、マグネット、コア、コイル、ターミナル等を有する。
ポジションセンサ62は、直前をセンサプレート61のベーンが通過した際に、所定のパルス信号を出力するようになっている。
【0018】
水温センサ70は、シリンダヘッド及びシリンダに形成された冷却水流路であるウォータージャケット内を流れる冷却水(クーラント)の温度を検出するものである。
クランク角センサ60、水温センサ70の出力は、ECU100に伝達される。
【0019】
エンジン制御ユニット(ECU)100は、エンジン1及びその補器類を統括的に制御するものである。
ECU100は、例えば、CPU等の情報処理装置、RAMやROM等の記憶装置、入出力インターフェイス及びこれらを接続するバス等を有して構成されている。
ECU100は、例えばドライバのアクセル操作等によって設定される要求トルクに応じて、図示しないスロットルバルブの開度、燃料噴射量、燃料噴射時期、点火時期、バルブタイミング等を制御する。
また、ECU100は、水温センサ70が検出する冷却水温が所定の低温状態である場合には、暖気促進のため、ファストアイドル運転を行う。
ファストアイドル運転においては、目標アイドル回転数を増加させるとともに、燃料増量、点火時期遅延等が行われる。
また、ECU100は、クランク角センサ60の出力に基づいて逐次算出されるクランクシャフトの回転速度に基づいて、エンジン1の特定の気筒において混合気に正常に着火しない失火状態を検出する失火判定手段としても機能する。
以下、ECU100における失火判定について詳細に説明する。
【0020】
<主診断値>
本実施例においては、失火判定に用いる差分式の主診断値として、失火時のエンジン回転数(回転速度)低下のみを捉えるdomg(式1参照)を採用する。
主診断値:domg = omg1 - omg0 ・・・(式1)
ここで、omg0は、診断対象気筒の燃焼行程(爆発行程、膨張行程)におけるクランクシャフトの平均回転速度であり、omg1は、診断対象気筒の直前に点火され、燃焼行程が行われた気筒(直前気筒)のクランクシャフトの平均回転速度である。
【0021】
この主診断値を予め設定した閾値と比較することによって、S/N比=1程度を確保することが可能でおり、従来技術に係る他の診断値に対して優位性が確認できた。
ただし、この主診断値domgは、隣接気筒(直前気筒)との回転速度変化のみを算出しているため、回転速度の径時変化や、センサプレート61の部品公差による回転速度の気筒間の計測誤差が考慮されていない。
これらの影響をキャンセルするため、以下説明する各補正を行う。
【0022】
<回転数変化補正項、比較項>
エンジン回転数が連続的に変化している状況下においては、主診断値domgには一定値がオフセットされる。
特に、エンジン回転数が減少傾向にあるときには、診断値が大きくなり、実際には失火していないにも関わらず失火判定が行われる誤検出が懸念される。
そこで、主診断値に対して、回転数補正項neslopeA(式2参照)を追加する。
回転数変化補正項:neslopeA = {(omg5−omg1)/4+(omg9−omg5)/4}/2
=(omg9−omg1)/8 ・・・(式2)
【0023】
ここで、omg5, omg9は、omg1に対してそれぞれ1燃焼サイクル、2燃焼サイクル前の同一気筒燃焼行程におけるエンジン回転速度である。
このように、現在気筒の回転速度と1,2点火サイクル前の自気筒回転速度とを比較することによって、後述するセンサプレート61の部品公差や気筒間インバランスの影響を受けずに、エンジン回転速度変化のみを算出することができる。
ここで、回転速度算出期間を主診断値domgと統一するために、点火サイクルでの変化を点火数で平均化して補正項とした。
【0024】
また、後述する気筒別補正項算出のために、現在気筒と3点火前気筒とを比較する回転数変化比較項neslopeB(式3参照)を同時に追加する。
回転数変化比較項:neslopeB={(omg4−omg1)/3+(omg8−omg5)/3}/2・・(式3)
【0025】
<気筒別補正項>
エンジン回転数は、クランクシャフトと同期して回転するセンサプレート61のベーン(外周歯)をポジションセンサ62で磁気的に読み取ることによって算出される。
センサプレート61には、部品公差ばらつきが存在し、読み取るベーンによってエンジン回転数に誤差が発生する。
既存の差分式では比較気筒を利用することで誤差を低減していたが、本実施例の差分式(主診断値)には比較気筒が存在しないため、気筒別補正項dcyl(式4参照)を追加することで対応する。
気筒別補正項:dcyl=[{ (omg4−omg1)/3-(omg5−omg1)/4}×3×omg0/omg4
+{(omg8−omg5)/3−(omg9−omg5)/4}×3×omg0/omg8]/2
=(neslopeB−neslopeA)×3×omg0/[(omg4+omg8)/2]・・・(式4)
【0026】
以上のように、気筒別補正項の計算には、上述した回転数変化補正項neslopeAと、回転数変化補正項neslopeBとの差分を用いる。
センサプレート61公差の影響がない自気筒と、公差の影響がある隣接気筒とでそれぞれ同一区間(同一期間)の回転数変化を算出し、その差分を求めることによって、回転数に含まれる気筒間誤差のみを抽出している。
補正項の後半における「3×omg0/[(omg4+omg8)/2」は、回転数変化を計算する際に平均化した気筒間誤差を復元し、現在気筒で生じる誤差予測値に修正する役割を有する。
【0027】
上述した主診断値及び各補正項を用いて、補正後診断値(差分式)domgIDLを以下の式5、式6で定義する。
エンジン回転数の連続変化が小さく任意に定めた閾値neslopelim以下である場合は、主診断値からセンサプレート誤差(気筒間誤差)のみを補正する式5を使用し、エンジン回転数の連続変化が閾値neslopelim超である場合にはさらに傾きオフセット分を補正する式6を使用する。
補正後診断値:domgIDL=domg+dcyl (|neslopeA|≦neslopelim)・・(式5)
domgIDL=domg−neslopeA+dcyl (|neslopeA|>neslopelim)・・(式6)
【0028】
上述したように、補正後診断値の閾値neslopelimを設ける効果を
図2に示す。
図2は、回転数変化補正を有効とする領域の広狭とS/N比との相関の一例を示すグラフである。
図2において、横軸は閾値neslopelimの大小を示し、図中左端は回転数変化補正を全域で有効とした状態であり、右端は回転数変化補正を全域で無効とした状態である。
縦軸は、失火判定におけるS/N比を示している。
図2は、エンジン1に組み合わせられる変速機が無段変速機(CVT)である場合、6速手動変速機(6MT)である場合のデータをそれぞれ示している。
図2に示すように、回転数変化補正を全域で有効とする場合に対して、CVT、6MTともに閾値neslopelimを設けて回転数変化補正の有効、無効を切り替えた場合のほうが、S/N比にして10%弱程度の向上が確認できた。
この結果から、これ以降の計算には、CVT車においてはneslopelim=4(rpm)、 6MT車においては2(rpm)(6MT)を設定した。
【0029】
以上説明した補正後診断値domgIDLの診断値平均AVEと、ばらつきσ、S/N比を表1に示す。
表1には、従来技術に係る差分式を用いた比較例1、2によるS/N比も示している。
【表1】
【0030】
上述したように、実施例の補正後診断値においては、比較例1、2に対して大幅にS/N比を改善することが確認できた。
ただし、S/N比≧1という正常、失火完全分離の目標値にはまだ到達していない。
そこで、本実施例においては、以下説明する3点モデル判定法を導入した。
【0031】
<3点モデル判定法>
補正後診断値domgIDLでも達成しきれなかったS/N分布の完全分離を実現するため、以下説明する3点モデル判定法を導入した。
3点モデル判定法とは、診断式に直前気筒及び直後気筒の診断値との差分値比較を織り込んだ判定法である。
図3は、3点モデル判定法におけるモデル診断値の算出手法を示す図である。
図3(a)は、診断対象気筒(現在気筒)の診断値α
0と、前後気筒の診断値α
−1、α
+1との推移の一例を示す図である。
図3(b)、
図3(c)は、それぞれ基本モデル及び前後気筒との差分値を加味した前後比較モデルを示す図である。
前後比較モデルを用いたモデル差分値domgMDLは、診断対象気筒の診断値Pの2乗によって求められる面積MAINから、Pを底辺とし、前後気筒の診断値B,Aをそれぞれ高さとする三角形の面積SUB1, SUB2を減算し、さらにその平方根を求めることによって算出される。
以下、より詳細に説明する。
【0032】
モデル診断値SG-Modelは、以下の式7によって算出される。
モデル診断値SG-Model=(α
0)^2−1/2×α
0×[(α
−1)+(α
+1)] ・・・(式7)
ただし、α
0>0のとき、α
−1=ABS(α
−1)、α
+1=MAX(α
+1, 0)
α
0≦0のとき、α
−1=ABS(α
−1)、α
+1=MIN(α
+1, 0)
【0033】
モデル差分値は、以下の式8によって算出される。
(1)α
0>0 かつ MAIN>SUB1+SUB2のとき
domgMDL={(α
0)^2−1/2×α
0×[(α
−1)+(α
+1)]}^0.5
(2)α
0≦0かつ MAIN>SUB1+SUB2のとき
domgMDL= ―{(α
0)^2−1/2×α
0×[(α
−1)+(α
+1)]}^0.5
(3)MAIN≦SUB1+SUB2のとき
domgMDL=α
0 ・・・(式8)
【0034】
モデル診断値domgMDLは、中心差分値の二乗から計算されるメインモデル(MAIN)から、前後差分値それぞれと中心差分値から計算されるサブモデル1(SUB1)、サブモデル2(SUB2)を減算する考え方を用いている。
直前気筒の差分値を用いるサブモデル1に関しては、回転数ばらつきの指標とするため、絶対値での計算を行っている。
一方、直後気筒の差分値を用いるサブモデル2に関しては、失火後の回転数回復において誤計算することを避けるために、中心差分値と直後気筒との差分値とが同一符号の場合にのみ算出することとしている。
メインモデルからサブモデルを減算した算出値を、式7の通りモデル診断値SG-Modelと定義し、ここから失火判定に用いるモデル差分値domgMDLを式8を用いて算出する。
ただし、SG-Modelが負の値(メインモデルよりサブモデルのほうが大きい状態)である場合は、中心差分値をそのままモデル差分値SG-Modelとして判定に利用する。
【0035】
失火判定は、上述したモデル差分値domgMDLを、予め設定された閾値である判定差分値(適合値)と比較し、モデル差分値domgMDLが判定差分値以上である場合に失火判定を確定させる。
【0036】
以下、実施例の効果について説明する。
図4は、実施例の失火判定装置における正常状態、失火状態の診断値頻度分布の一例を示す図であって、CVT車におけるデータを示す図である。
図5は、実施例の失火判定装置における正常状態、失火状態の診断値頻度分布の一例を示す図であって、6MT車におけるデータを示す図である。
図4及び
図5においては、正常状態(失火が生じていない状態)として、通常状態に加え、上記通常状態に対して部品公差に起因する空燃比のオフセットが所定量生じている場合、隣接気筒で気筒間インバランスが所定量存在する場合、対向気筒で気筒間インバランスが所定量存在する場合が混在する条件設定としている。
一方、失火状態として、全点火回数における1%、3%、5%が失火している状態が混在する条件設定としている。
図4、
図5に示すように、CVT、6MTとも、正常状態と失火状態の診断値分布を、実質的に完全に分離できている(S/N比が1以上である)ことが確認できた。
【0037】
(変形例)
本発明は、以上説明した実施例に限定されることなく、種々の変形や変更が可能であって、それらも本発明の技術的範囲内である。
(1)エンジン及び失火判定装置の構成は、上述した実施例に限らず適宜変更することが可能である。例えば、実施例においてエンジンは例えば水平対向4気筒であるが、シリンダレイアウトや気筒数は、燃焼行程が複数気筒で同時に行われることがない限り、適宜変更することが可能である。
また、失火診断装置のハードウェア的な構成や各数式も適宜変更することが可能である。
例えば、実施例においては、エンジン回転数変化補正を直前2点火サイクルの診断値を用いて行っているが、この点火サイクル数なども特に限定されない。
(2)実施例ではモデル判定法として、診断対象気筒に加え前後気筒の影響を加味する3点モデル判定法を利用しているが、これに限らず、診断対象気筒の診断値を直前気筒の診断値、あるいは直後気筒の診断値の一方のみを加味して補正するようにしてもよい。